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G-Seed_?氏_第七話

Last-modified: 2007-11-10 (土) 19:43:47

 ギアナ高地に雨が降る。南米特有のたらいをひっくり返したような雨が。
視界が閉ざされ、地面が泥水でぬかるむ。植物にとっては、恵みの雨。
 しかし三人にとっては、クソ忌々しい、と品性が許せば言いたくなるような
ただの災厄に過ぎなかった。
 
 ――11日目

 今日も修行は続く。
 疲労と寝不足は容赦なく三人を蝕んでいた。目はかすみ、手は上がらず
足はもつれる。
「わっ!」
 ぬかるみに足を取られ、ルナマリアが顔から泥水の中に突っ込んだ。
「ルっ・・・」
 疲労と寝不足のせいで、感情が磨耗してきていると自覚すらあるシンも、
流石に驚きの声を上げ、硬直した。
(ひ、悲惨・・・)
 シンの見守る中、ルナマリアはがばっと立ち上がり、しばらく滝のように
降る雨に顔を晒した。
 やがて、目が開けられるくらい泥が落ちると、
「まったく、雨が降ってなかったら大惨事だったわよ!」
 まだ少し泥にまみれた顔で振り返ると、軽く笑ってみせた。
「だがルナマリア。雨が降っていなければ、そもそもぬかるみで転ぶという
ことがありえないのではないか?」
 レイがツッコミをいれる。
「災い転じて福となそうとしている心意気がわかんないわけ?」
「慣用句の誤用もじさないという、お前の意志の発露は理解できた」
「ありがとう」
「どういたしまして」
 シンは必死に笑いをこらえていた。笑うと腹筋が痛む。だが、こらえようと
すると別の筋肉が痛むという悪循環、しかしその悪循環が滑稽で・・
「くっ・・・。はははっ! 痛って! ははっ!」
 たまらず笑い出すともう止まらない。人間、疲労が限界を超えるとやたらと
笑いが出るらしいが、それも混じっているに違いない。
 笑いは伝染する。
 ルナマリアも笑い始め、レイも肩をふるわせる。
 雨の中、少年少女は一しきり笑い声を上げた。

*         *

(何をやっている・・・)
 少し離れた木の上から、一部始終見ていたドモンは苦笑を浮かべた。
 三人がよろよろと走り出す。睡眠不足と筋肉疲労と組手でボロボロだが、
三人は良くついてきていた。
 やはり、仲間の存在が大きい、ドモンはそう見ていた。

「・・・どうぞ」
「ああ」
 炊き上がった白米を口に運び、味噌汁を飲む。
(見事!)
 疲れた身体に見合った仕上がりとなっている。どれほど疲れていようが、
手をぬかぬ精神力!
 実際、ルナマリアという少女は、中々芯の部分がしっかりしているように
感じる。修行中も、明るい声で軽口を叩いてみたり、極限状態にあって周りが
よく見えている。空元気も元気のうち、の効能を彼女は良く知っているのだろう。
 (もっとも、疲れていようと、いつも元気そうな奴もいるがな)
 ドモンは、シンの方に目をやった。
 とにかく、この少年は起伏が激しい。少し褒めれば嬉しそうな顔をするし、
――あれで本人は隠しているつもりらしいが――ダメ出しをすれば露骨に
嫌な顔をする。
 ただ、プラスにしろマイナスにしろ感情をバネにできる所がシンの強みでも
ある。それに、彼の良くも悪くもまっすぐなパワーがルナマリアやレイを
引っ張っている面もあるのだ。
 (逆に、起伏がなさすぎるのが・・・)
 ドモンは、今度はレイに目をやった。
 この半月で、金髪は、埃にまみれていたが、アイスブルーの瞳に宿る
鋭い眼光は変わっていない。
 この少年は、とにかく淡々とやるべきことをやるという美点がある。
 もっとも、爆発力に欠けるきらいがあり、そこがシンと対称的である。
 何にしてもこの三人は、面白い。このまま正式に弟子とし、東方不敗を伝
授してもいいと思う。

 ――だが、その前に

 夕食。
 雨もあがり、澄んだ空気の中、満天の星空の下で食べる食事は格別である。
 
 ――五体満足なら、の話だが。
 
 今日も吐き気と激しい闘争を繰り広げながら、食事という苦行に耐える三人に
向かって、ドモンが口を開いた。
「お前達が今日脱落しなかったとして、後4日だ」
 三人はそろって顔を上げた。
「だが、お前達はあまりにも弱い。3人同時に伝授することは時間的に不可能
だと俺は判断した」
 息を呑む気配が伝わってくる。ドモンはかまわず言葉を紡いだ。
「よって、残り4日間が終わった時点で脱落しなかった者同士、最後の
一人になるまで戦ってもらう。そして、残った者にのみ、流派東方不敗を
伝授するものとする!」
 突然の無情な宣言。
 言葉を無くしす三人を残し、
「後10分後に修行を再開する。それまでに、食事を終えろ!」
 ドモンは立ち去った。
 しばし、 密林の闇よりも深い静寂が満ちた。
「・・・言っておく」
 レイの低く鋭い声が静寂を切り裂いた。
「俺は絶対に脱落しない。そして、最後の勝ち残り戦でも最後の一人になる
つもりだ」
 闇の中、アイスブルーの瞳が冷たく輝き、ルナマリアとシンを見据えている。
その凍てつく輝きを炎の煌きが迎え撃った
「それは俺の台詞だ・・・。俺は、誰にも負けない。絶対に!」
 声に熱気を宿し、シンが吼える。
「ま、何にしても正々堂々とやりましょ。勝っても負けても恨みっこなしって
ことで」
 冷気と熱気をさらりと受け流し、ルナマリアは食器を片付けるために立ち
あがった。

 ――次の日

 目を覚ましたシンは、例によってすでに身支度を終えているレイに挨拶を
しようとして・・・。
 やめた。
 レイも、いつも以上に表情が硬い。ほとんど能面のようである。
「おはよ!」
 背後からかかった明るい声。
「お、おはよ・・・」
 シンは反射的に挨拶を返した。
「今日こそ、一発ぐらいイイの入れたいわよね。ドモンさんに!」
 食事の支度のために歩き去っていくルナマリアは、まったくもって、普段
どおりのルナマリアであった。
 その普段さに、シンは混乱する。
(一人にしか伝授しないって、あの人に言われたんじゃなかったっけ? 
俺達・・・)
「シン、少し話がある」
 背後から、今度は硬質な声がかかった。

*         *

「残った分は、昼食の時に一緒に使っちゃうとして・・・」
 独白しながら、ルナマリアはテキパキと食事の支度をしていく。
(どんな技術でも身に着けとくもんよねえ、ホント)
 だからといって、昔の境遇に感謝などする気にはらない。
 何で自分がこんなことを、と食事を作りながら泣きそうになったことも
あった・・・。
(やめやめ! 思い出すと暗くなっちゃう)
 タマネギを手早く刻んで、フライパンに放り込む――
「ルナマリア」 
 突然声をかけられたせいで、タマネギが少しフライパンから外れて転がった。
 文句を言おうと振り返ったルナマリアの瞳が大きく見開かれた。
「シン。レイ。どしたの?」
「話がある」

「なるほど。三人のうち一人しか残らないのに、私にだけ負担をかける
わけにはいかない。よって、食事当番は三人交代で行うべきだ、と」
 ルナマリアは目の前の少年二人を順繰りに見渡した。
「まあ、心意気は買うけど・・・。二人とも、料理したことあるの?」
「料理しているのは、よく『見て』いた」
「まあ、何とか・・・なるかなって」
 ルナマリアは無言でお玉を連続して振り下ろした。
「いってぇ!?」
「・・・なかなか痛いぞ。ルナマリア」
「馬鹿なこと言ってるからよ! ていうか、ケツの穴が小さいこと言ってん
じゃないわよ! 何? 一人しか残らないから助け合うのやめよう。
ギスギスしようってわけ?」
 朝のことを思い出し、シンとレイはきまり悪げに視線をそらした
「正々堂々恨みっこなしにしようって言ったじゃない!」
 言うだけ言い放つとルナマリアは後ろを向き、料理を再開する。
 その背中から、怒りのオーラが立ち昇っていた。
「ルナ・・・。あのさ」
「私達、アカデミーの頃からの仲間で、友達でしょ。こんなことで、気まず
くなっちゃうの。嫌よ、私・・・」
 胸をつかれる思いがしてシンは黙り込んだ。それはレイは同じだったよう
で、腕を組んで考える仕草をしている。 ややあって、
「分かった。俺が間違っていた・・・。だが、本当にいいのか? 食事の
準備は、実際、負担になっているだろう?」
 ルナマリアは振り返って微笑を浮かべた。
「代わりに、水汲んできてくれたり、他にも色々やってくれてるでしょ?
先に修行終わっても、シンかレイのどっちかが残って私に付き合ってくれるし。
感謝してるわよ。二人とも!」
 面と向かって礼を言われ、シンは照れたように頭をかき、レイの頬にも、
わずかに赤みが刺した。
「俺も感謝してる。ルナの料理だから、何とか食べられるって思うし・・・」
「確かにシンの料理では、拷問レベルが、地獄の責め苦レベルまで跳ね
上がりそうではある」
「そりゃお前もだろ! レイ!」
「大丈夫だ。ちゃんと覚えている通りにやればきっと食べられるものができ
あがるはずだ」
「『はず』って何だよ!?」
「邪魔よ、二人とも!」
 炊事場から叩き出され、二人は顔を見合わせた。
「女は強いな・・・」
「ルナはその中でも特別だって思うけどな!」
 シンは天を仰ぎ見た。

 今日のギアナ高地は晴れであった。