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G-Seed_?氏_第十七話

Last-modified: 2007-11-10 (土) 19:46:42

(遠い・・・)
 カナード・パルスは顔をしかめた。この程度で疲労するような脆弱さとは
縁遠い男であるが、いつまでたっても存在する物理的距離には、流石にうん
ざりさせられていた。
 乗り物を使用する選択肢も無論あるが、ここまで来て乗り物に乗って、
当初の計画をご破算にするのも癪な気がする。
「あっ! すいません」
 黒髪の少年と危うく衝突しそうになりカナードは憮然とした表情を浮かべた。
「・・・気をつけろ」
 ろくに前を見ていなかった自分も悪いのは分かっていたが、元々無愛想な
上に多少苛立っていることが災いし、かなり穏やかならざる物言いになって
しまった。
 カナードのあまりの不遜な態度に、カナードと衝突しかけた黒髪の少年の
顔に険が走る。だが、
「シン! ・・・早く」
 少年はあっさりと険しい相好を崩壊させた。
「ごめんね、ステラ。今行くから!」
 いそいそと金髪の少女の元に駆け寄っていく少年の後姿を見て、
(真昼間から、デレデレニヤニヤしやがって。そんな緩んだ表情で、戦場で生
き残れると思っているのか!?)
 ディオキアは平和であり、誰もが軍人であるわけもない。よって、カナード
の怒りはまったくもって理不尽極まるものであるといえよう。
 苛立ちの命じるままに、カナードは多少のやっかみもブレンドした鋭い視線
を二人に向けた。すると、
(・・・ん!?)
 何処からか自分に二つの視線が向けられるのを感じ、カナードは周囲を油断
なく見回した。
(消えた・・・。チィ、気配の残滓の欠片もない。かなりの手練か!) 
 傍目から見ると、鋭い目をした黒ずくめの男が周囲にガンを飛ばしまくって
いる光景は、多少異様ではあっただろうが、カナードはいたって真剣であった。
自分を恨んでいる人間はダース単位でいることを彼は知っていた。
 しばらくして、カナードの視線が一点で止まった。
(金太郎のような下着に銭ゲバ野郎を思い出させるグラサン・・・。あいつだ。
あの怪しいファッションがそう主張している。そして、その向かいにいる女に
モテそうなツラをしたガキ。奴もだな。女にモテそうな奴は俺の敵と決まっている)
 独断と偏見に満ち満ちた判断であったが、恐ろしい事にカナードの直感は
独断の密林を走破し、偏見の沼を泳ぎ渡って、真実にたどり着いていたのである。
 カナードの視界の中で彼等が移動を開始し、張り詰めていたカナードの視線
がふっと揺るんだ。
 護衛しているのかストーカーしているのか知らないが、彼等の監視対象が
自分ではなく、あの黒髪の少年か金髪の少女――おそらくは後者――だと判断
したためである。
(男など追っかけても1アースダラーにもならんからな)
 少し前までの自分のことは宇宙の彼方に放り投げ、カナードは口の端を吊り
上げた。
 それにしても、あんな奴等がくっついているようでは、あの黒髪の少年の
未来はあまり明るいものにはならないように思える。
(女を見る目がなかったことを恨むんだな、ガキ。まあこれも何かの縁だ、
あまり酷い事にならんように祈ってやる。賽銭はなげてやらんから、ご利益が
あるかは知らんがな)
 自己完結をすませると、カナードは4人のことを、頭の使われる頻度の極端に
少ない物置に放り込んでしまった。
 ちなみに、ご利益どころかカナードの立てた波紋は津波となって黒髪の少年
を襲う事になるのだが、神ならぬ身、それをカナードは知る由もなかった。

 *         *

(・・・何故だ?)
 ホテルのロビーでルナマリアを待ちながら、レイは首をひねった。
 深酒遅寝がたたって大いに寝坊して起きた後、ルームサービスで食事を
すませた。その後怠惰を極めるためにもう一度寝ようとしていた所、部屋に
備え付けてある電話が鳴った。
 とってみるとルナマリアからであり、何処かに行かないのかと問われ、昨日
思わせぶりなことを言った手前断る事もできず、ルナマリアと出かける事に
なってしまった・・・。
 聞けば、シンは当の昔に出かけてしまったそうだ。
 別にルナマリアと出かけることは嫌ではない、というより寧ろ、嬉しいくらい
ではあるのだが――
(では一体、シンは何のためにあんなものを見ていた?)
 それを考えると、どうにも収まりが悪く、心の表面が波立っている気がするの
だった。
 突然トゲトゲしい気を発散させるモノが近づいて来るのを感じ、レイは目線
だけを移動させた。向こうの方から長い髪をした目付きの鋭い男が歩み寄って
くる。明らかに堅気のいでたちでも物腰でもない。
 レイはさり気なく視線を下方45度に切り替えた。君子危うきに近寄らず、である。
 しかし、何かがレイの心をざわめかせた。時間が経過してもそのざわめきは
収まらず、さらに大きさを増して行く。
(あの男のトゲトゲしさは、感じた事があるような気がする・・・)
 記憶の糸をレイは手繰り寄せる。手繰り寄せられた糸に付随している記憶
を検索するうちに、レイの表情が変わり始めた。
(まさか!!)
 レイは顔を上げた。

「ついたか・・・」
 ため息と安堵をもらしながら、カナードは依頼人が指定してきた目の前の
ホテルを忌々しそうに見上げた。
(いい服を着て、いい物を食って、いい家に住んでる奴等の好みそうな所だ!)
 どうにもこういう場所は好きになれない。今さっき、ドアマンが自分の格好を
見て品定めするような視線を送ったのが気に入らない。今目に入った立て札が
気に入らない。
(『本日のブランチは終了いたしました』だと!? 何が『ブランチ』だ!
要は朝食、つまり朝メシだろうが! セレブ気取って何が『ブランチ』だ。
お前らは『ブランチ』とい言いたいだけと違うのか!? それに何だ! 
5千アースダラーというのは! ふざけるな! こっちは、交通費浮かせて
晩にジョアンナのハンバーグセットを食うためにはるばる歩いてきたんだ。
ジョアンナのハンバーグセット、680アースダラー(税込み)を舐めるなよ!?)
 心の中で悪態をつきながら、狼というよりは寧ろ野良犬の如き目付きでホテル
の中を闊歩するカナードの目に、一人の少年の姿が飛び込んできた。
(フンっ! 少しばかり顔が良くて金持ってるからって人生勝ったと思うなよ、ガキが!
男の価値は逆境においてこ――)
 突然、カナードの脳裏に閃く姿があった。
 カナードは、もう一度金髪の少年の顔を注視した。
(・・・間違いない)
 何故かは分からないが、カナードにはそれが分かった。まさか、こんな所で
再会しようとは。
 一体何を言えばいいのか――。否。言葉をかわすべきかどうかすらも分からない。
 目の前の少年がいきなり顔を上げた。そのアイスブルーの瞳に驚愕の色が浮かん
でいる。どうやら少年も気づいたようだ。
 少年まで後、三歩の距離だ。後二歩。そして後一歩――
「なかなかいいご身分のようじゃないか。試作B」
 自分の唇からすべりでたあまりといえばあまりの言葉に、流石のカナードも
自分の感情表現能力というものに一抹の不安を感じた。
 ところが、
「そちらは苦労しているようでご愁傷様だ。失敗作」
 辛辣な言葉で金髪の少年が応酬してきたではないか。
 唖然とした後、カナードは笑い出したい気分になった。
(あの泣く事しかできなかった洟垂れのガキが、言うようになったじゃないか)
 間近で見ると少年の体が、尋常ならざるほど鍛え上げられていることが、
カナードには分かった。そして、何をどうやったかは知らないが、これほどの
高級ホテルに立ち入れるほどの身分も手に入れている。
(まったくもって・・・。生きている内は負けじゃない!)
 口の端に微笑を浮かべ、カナードは少年の側を通り過ぎようとした。
 あの泣く事しかできなかった少年が、強く己の生を生きている。それが分かった
だけで十分だと思えた。
 しかし、
「・・・キラ・ヤマトは見つかったか?」
 カナードの足が止まった。
 しばしの思考の後、カナードは口を開いた。
「『誰もが何かを決められて生まれたりはしない』それを命をかけて、教えてくれた奴がいた」
 言いながら、カナードは再び歩を進め始める。
「そいつは戦う宿命を背負わされたクローンだった。だがそいつは最後まで
宿命と戦い、自分の生き方を自分で選んで死んでいった。俺はカナード・パルスだ。
俺は他の誰にもなれない。そして誰も俺になることはできない」
 カナードは今まで、プレアの言葉を他の誰かに言った事はなかった。プレア
の残した言葉は、プレアの生き方であり、命そのものだと思っていたから。
 だが、目の前の少年には伝えたいと思った。目の前の少年が、まだ心の何処かで
過去を引きずっているのなら、教えてやりたいと思った――
 
 そのまま二人はすれ違った。
 それ以上カナードは言葉を発しようとはせず、レイも求めなかった。
 一つの道は示された。しかし、どの道を選ぶかは己の意思。
 運命の悪戯で近づいた二人の距離は、こうしてまた遠ざかった。

 レイと分かれた後、カナードは指定された部屋の前にたどり着いた。
ノックをする前に一息つき、カナードは余計な感情を追い払った。
 ノックをし、部屋に足を踏み入れる。気配を探り相手の人数と位置関係を
一気に確認。バスルームの中をチェックする事も当然忘れない。
「相変わらず、慎重だな」
 苦笑交じりの声がした。聞き覚えがあるような気がしたが頭の隅に追いやる。
 部屋にいる全員が見える位置をキープしたまま、壁に背をつけてカナードは
目の前の男達を見渡した。
 全員がその辺にいるサラリーマンと何ら変わりない人間であった。
 カナードは、体の警戒レベルを最大に引き上げた。普通に見えるやつほど
危ない。これは常識である。
 しかし、目の前には一人だけ、別の意味で例外といえる人間がいた。
(こいつとだけは金輪際会いたくなかったんだがな)
 目の前の男の脂ぎった顔と体型は相も変わらずだった。
(ピザの食いすぎで動脈硬化起こしてくたばりやがれデブ!!)
 思いがけない再会で感傷的になった気分が、招かざる再会によって完膚なき
までに叩き潰された気がする。どうやら運命の神というヤツは天使の顔と
悪魔の顔の両方を持っているらしい。
「要件は何だ?」
 目の前のデブ――いや、ジェラード・ガルシアが嫌な笑いを浮かべた。
「我がユーラシア連邦の代表としてガンダムファイトに出る気はないかね? 
元特務隊X所属、カナード・パルス特務兵」