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G-Seed_?氏_第十六話

Last-modified: 2007-11-10 (土) 19:46:26

 ステラはいつものように波打ち際で遊んでいた。
 今日は休みだと『船長』に言われたから、ゆっくりと眠って、起きたら
スティングとアウルはもう出かけていて、船長もいなかった。
 少しつまらない気がしたけど、海を見たらそんな気持ちはなくなった。
 ステラは海が好きだ。
 波の音がとっても落ち着く気がして好き。水面がキラキラ光って、色が変
わっていくのがキレイだから好き。キレイな貝殻が拾えるから好き。泳ぐと
気持ちがいいから好き・・・
 突然向こうの方で音がした。手が見えた。人が落ちたのだと分かった。
(どうしよう?)
 ステラは少し考えた。別に自分には関係ない。でも、『船長』が海で漂流
――分からないといったら困っている人のことだって船長は言った――
している人を見たら、助けてやるやるのが船乗りだって言ってた。アウルが、
『俺達船に乗ってるわけじゃねーじゃん』っていったら、同じ目的を目指して
集まる事は、同じ『船』に乗る事と一緒なんだって船長は言った。
 海に落ちた人を助けるのは・・・。
 徐々にステラの瞳が鋭いものに変わっていく。

 ――教則022ケース1
 
 ステラのスイッチが入った。

 ――訓練開始

 ステラの動きが変わった。無駄の無い動きで服を脱ぎ捨て、下着だけになる。
対称の様子からしてウェットスーツを装着する暇はない。ゴーグルのみを装着。
クロールで一気に落ちた人間の所まで近づき、防御体制で接近。対象は抵抗
しない。ヘアキャリーで浅瀬まで運搬。対称が足をついた。

 ――訓練終了

 スイッチが切れ、ステラの瞳がいつものぼうっとしたものに戻り出す。後ろで、
助けた人が何か言った。
 振り返ると目が合った。その瞳は赤。
(怖い色・・・)
 ステラは少し身体をこわばらせた。

 
 砂浜に上がり、ステラはバッグに手を伸ばし、タオルを取り出して手早く
身体を拭いた。
「あ、あの・・・」
 服を身に着けながら、ステラは声のする方に予備のタオルを放った。その時
タオルの下にあった弁当の包みをを見つけ、ステラは笑顔を浮かべた。
 ステラは船長が大好きだ。いつも怒ったような顔をしているけど、本当は
優しいって知っている。
 船長が本当に怒ったのは、今までたったの二回。
 一度目は、来たとき。ステラ達の丸いベッドが気に入らないといって怒った。
 二度目は、アウルが『ブロックワード』で混乱した時。
 ブロックワードをなくせって船長が言ったら、施設の人が怒って闘いになった。
施設の人を船長が全員ぶっ飛ばしたら、MSやMAがたくさん来たけど船長が
ガンダムを呼んでまた全部ぶっ飛ばしてしまった。
 それから、ステラ達にブロックワードはなくなったらしい。何がなくなったのか、
ステラには良く分からないけど。
「すいません。これ・・・」
 ステラが振り向くと赤い瞳の男の子がタオルを差し出していた。受け取って
ステラは、どこでお弁当を食べようかを考えながら歩き出す。
「ちょっ・・・ちょっと」
「何?」
 助けた人間の事など、どうでも良くなりかけていたステラは、少しうるさいなあと
思った。だけど、
「ありがとう! 助けてくれて。俺、本当に、死ぬかと・・・」
 『ありがとう』その言葉が耳に届いた時、ステラとても嬉しい気持ちになった。
心がとても暖かくなる。こんなこと誰にも言われた事がなかった。
 心がふわふわして何だか楽しい。ステラはふと、カバンに入っているお弁当
を思った。一人で食べるのはつまらない。それに、分けて上げたら、またあの
言葉が聴ける気がしたから。
「・・・一緒に、食べる?」
 少年は赤い瞳を大きくしたが、ステラはもう、その瞳があんまり怖くなかった。
 

 シンは少し困惑していた。
 溺れている自分を助けた時の声は、自分達のように何らかの訓練を受けた者が
発する類の物だった。故にシンは安心して身を任せる事ができたのだ。
 ところが今、目の前にいる少女は歳は自分達と同じくらいの歳にも関わらず、
非常に幼い印象である。しかも、
(何で助けてもらった俺が、弁当分けてもらってんだ? 俺がお礼をするのが筋
なんじゃないの?)
 チラリと少女の方を見る。シンの視線と少女の視線が衝突した。少女は、何かを
期待するようにじっとシンの方を注視している。シンの頭に閃くものがあり、シン
は慌てて、あまり分厚いとはいえない脳の中の辞書をめくった。
「ありがとう。すごくおいしいよ」
 発せられたのは、お世辞にもオリジナリティ溢れるとは言い難い言葉であったが、
誠意は伝えることには、成功したようではある。
 ステラの顔が喜びに輝いた。ステラは、花が開くように笑うと自分の分の弁当を
食べ始めた。その様子は、小兎が熱心に餌を咀嚼するイメージを想起させ、シンは
何だか可笑しくて、クスリと微笑を漏らした。
「君、この町の子?」
「・・・違う」
「ええと、じゃあ。名前は?」
「ステラ」
「ステラね。俺はシン。シン・アスカ」
「・・・シン」
 すると少女は何度か『シン』と繰り返すと、
「シン・・・シン。覚えた!」
 そう言って笑った。その無邪気な笑顔はシンにマユの、妹の笑顔を思い出させ、
シンは胸に小さな鈍痛を感じた。
 その後、色々な話をした。
 ステラにとっては『船長』以外では、これほど自分の話をじっと聞いてくれる人は
初めてであったし、絶妙に合いの手を入れてくれる人も始めてだった。これは、
妹煩悩であったシンが、少し下の女の子と話す事に慣れていたからである。
 またシンにとっても、桜色に頬を染めながら、一生懸命身振り手振りを交えて話し
てくれる、そして自分の話すこと一つ一つにくるくる表情を変えるステラとの会話は
楽しかった。それに何と言っても、
(ステラって可愛いなあ・・・)
 シンもやはり、一人の健全な男子であった。

 日が傾き、ステラの金色の髪に紅が混じり始めていた。
 だが、どうにも分かれ難い気がして、
「今日、これから・・・。何かある?」
 シンはステラに訊ねた。レイやルナマリアには悪いが、ステラさえいいというなら、
何処かで一緒に夕食でも、と思ったのだ。
 だが、残念ながらステラから返ってきた答えは、
「帰らないと・・・ダメなの」
 失望が心の壁を這い登るのを感じながら、シンはステラの顔をさりげなく凝視した。
 目は伏せられ、その瞳には悲しみに類する光彩が浮き出ているように思えた。ただ、
女の子の表情から心中を洞察するという経験の蓄積が、格闘技やMSの蓄積より遥かに
少ないため、経験の蓄積に比例して能力も低いシンには確信が持てない。
 心臓の拍動が急激に数と音量を高めつつあるを感じながら、
「じゃあ。明日は? 明日、暇だったらどこかに行かない? ステラ」
 気づいた時には、そう口にしていた。
 言った瞬間に頭に血が集中し、羞恥心と後悔の念が押し寄せてくる。
だが、それ以上の承諾してくれという思いを込めて、シンはステラのすみれ色の瞳を覗き
込んだ。
 しかし、ステラの表情がパッと明るくなるのを見て、シンは自分の心配は杞憂に終わった
ことに安堵と同時に猛烈な喜びを感じた。
「シン・・・。また、明日ね!」
 手を振るステラに手を振り返しながら、シン自分の心がどうしようもなく高揚しているのを
感じた。
 この時、シンが冷静にステラを観察していれば、ステラの走るスピードが尋常ならざる物
だと気づいたはずである。だが、舞い上がり過ぎて大統領でもぶん殴って見せるぜ、状態の
シンには、そんな観察力に脳の働きを裂く気はサラサラなかった。
 シンの頭は既に、明日の計画を考えることで占められていたのであった。

 アルゴ・ガルスキーという男は巨大であった。腕も、脚も、首も、胴も。全てが。
アルゴがその場に存在するだけで、周囲の人間は自分達の周りだけ重力が増した
よううな圧力を感じるのが常である。
 しかし、その巨漢がチマチマと鍋をかき回している姿は、巨熊がタイヤと戯れ
るような愛嬌があった。もっとも、地球上をくまなく探しても、花崗岩で形成
されたようなアルゴの顔を見ながら、それを指摘できる人間がいるかどうか
疑わしいものであったが。
 鍋の中では、真っ赤なキムチ汁がほどよいとろみでぐつぐつと煮立ち、その中
にひたった白菜や湯豆腐、豚肉がおいしそうな湯気を立ち昇らせている。
「うまそうじゃんか」
 水色の髪の女顔の少年、アウル・ニーダが早速箸を伸ばそうとするが、アルゴに
目で制せられた。
「え〜。来ないあいつが悪いんじゃねーのぉ?」
 不満タラタラな声を上げるアウルに、切れ長の目をしたスティング・オークレーは
苦笑を浮かべた。こちらの少年にはどこか年長者のような雰囲気があった。
「お前が、朝っぱらからバスケバスケと言わなけりゃ今頃三人揃ってたと思うぜ?」
 今日、本当はステラも一緒に出かける予定だったのに、と暗にスティングが
言っている事に気づいたアウルは、そのどちらかといえば可愛らしいとでも
表現した方が適切な顔に似つかわしくない、皮肉気な表情を浮かべた。
「な〜に言ってんだよ! ムキになって突っかかって来たのはそっちじゃんか」
「別にムキになったわけじゃねえ。白黒はっきりさせたかっただけだ」
「自分が勝つまでやるってのは、白黒はっきりつけるって言わないと思うけどぉ?」
 形勢不利と見たか、スティングはフンと鼻を鳴らして黙り込み、アウルは久々に
スティングに舌戦で勝利して、気分良さそうに形の良い鼻をうごめかせた。
 その時、息を切らせたステラが部屋に飛び込んできた。
「おせーよ。待ちくたびれたぜ!」
「・・・ごめんなさい」
 兄貴分の少年の抗議にステラはその秀麗なまつげを伏せた。スティングは内心
苦笑を浮かべた。アウルの顔にどこかバツの悪そうなものがよぎるのを見て取った
からである。
「おいおい、ステラ。あんまりマジに取るな。別に怒ってやしない。なあ、アウル?」
「何でもいいからさっさと食べようぜ」
「そうだな・・・」
 スティングの視線にアルゴが無言で首肯し、食事が始まった。

「おい、アウル! 肉ばっか食うな」
「早いもん勝ちってんじゃね? こういうの」
「だからってお前なあ・・・。ん? 何だステラ」
 差し出された器を見てスティングは、視線をステラと器の間で往復させた。
器の中には肉と白菜と豆腐が鎮座してある。なるほどとスティングは得心した。
「魚だろ? 今、取ってやる」
 だが、ステラはふるふると頭を振った。スティングの眉間の不可解の皺が濃く
なった。
そして次に発せられた言葉にスティングの目は大きく見開かれ、アルゴでさえ
その鋼鉄のような眉を0.1ミリほど動かした。
「お肉・・・あげる」
「・・・ああ?」
 あまりの意外さにスティングは、しばし硬直する。ステラが能動的に誰かに何か
を与えるという行為をするのは珍しい。というより初めてではないだろうか?
「いらねーの? じゃ、も〜らい!」
 スティングは無言で、不埒者の箸を叩き落した。それから遠慮がちに一切れ
だけステラの器から肉を取ると、優しげな微笑を浮かべた。
「ありがとうよ。ステラ」
「・・・うん!」
 ステラも満面の笑みで応じる。その光景を見て、アウルは面白くなさそうに、
「ちぇっ・・・。何だよ、二人して――」
「はい・・・アウルも」
 アウルの顔に浮かんだ不機嫌の皺は、見る見るうちに消失していった。
「・・・まあ、別にいらなけどさぁ」
 アウルが嬉しそうに器からスティングと同じように肉を一切れだけ取り、いそいそと
鍋からステラの好きな魚を取って、ステラの器に入れててやるのを見たために、
スティングは腹筋に力を込め、込み上げる笑いの衝動と闘わなくてはならなかった。

 アルゴは、鍋を持つと立ち上がった。先程までいたダイニングを抜けて、流し
場へと向かう。ちなみに、今この家にいるのは4人きりである。勿論見張られては
いるだろうが、3人に関しては全面的にアルゴに任せるということで話はついて
いた。勿論、この破格な待遇は、アルゴが武力で無理を押し通した結果である。
 満腹したスティングとアウルはくつろいで足を崩している。だが、そうしていて
すらアルゴの目から見ても隙というものが無いことが、アルゴの胸中に重い物を
発生させた。
 服を引っ張られてアルゴは振り返った。
「・・・明日、お弁当・・・」
「まかせろ」
 ステラの頼みに、アルゴは言葉少なに答えた。
「ううん。・・・つくりたいの」
 どういう風の吹き回しだと思う一方、こういう好ましい変化ならば大歓迎である
とアルゴは思った。向こうでスティングとアウルが嬉しそうに相好を崩す気配が
伝わってくる。
 しかし、
「シンと、明日遊ぶって約束した・・・から」
 その瞬間、その場の空気中の粒子が運動を停止した。向こうでアウルとスティング
が全身を耳にしているのを肌で感じながら、
「シン、とは誰だ? ステラ」
 当然の問いをアルゴは発した。
 その後のステラの話を総合した結果、今日、海であった少年と明日遊ぶ約束をした
ので、そのために弁当を作っていきたいということが類推できた。
 向こう側から二人分の不機嫌の波動が伝わってくる。アルゴの唇がわずかにで
はあったが、苦笑いの弧を描いた。
 ただ、アルゴは自分の目的が達成されつつあることに喜んでいた。
 三人とも大分人間らしくなってきたと思っていたが、三人の中で一番難があると
思っていたステラが、初対面の人間とそこまでコミュニケーションを取る事が
できるのなら、『普通』の生活を送る事が何とか可能だということが分かったから
である。
 そう、アルゴの目的は一つ。
 彼等三人を光の当たる場所で人間らしい生活を送らせること。
 実の所、三人を連れ出すのはアルゴにとって造作もないことであった。習慣的に
投薬しなければならない薬――徐々に減らさせているが――のことは、職員を締め
上げて吐かせればいい。また、裏の世界で生きる術を教えてやることも、元の世界
で宇宙海賊という裏家業を営んでいた彼にとっては容易い事だ。
 だが、彼等のような存在が表沙汰になれば、史上空前の大スキャンダルに発展する
事は間違いない。したがって、彼等が逃げた場合、地球連合軍と関係者のが血眼に
なって抹殺しようと追っ手を差し向けるであろうことは容易に想像がつく。
 追っ手の目を常に意識しながら裏稼業よって生計を立てるという生活を3人に
おくらせること。それはアルゴの望む所ではない。彼等には光の当たる場所で生きて
欲しいし、生きる権利があるとアルゴは思っていた。
 地球軍はガンダムファイトに優勝した場合、3人が完全に口を噤むことを条件に
自由と多額の報奨を約束している。生憎とアルゴは、善良で人を疑うことを
知らない人間とは一光年ほど離れた所にいる人間であるので、そんな約束を鵜呑み
にするほどおめでたくはなかったが、ガンダムファイト優勝チームという知名度を
得られれば、手を出しにくくなるだろうと考えていた。
 それに約束を履行しない時は、それこそさっさと逃げるだけであり、裏稼業に
手を出すのはその時でも遅くない。
 一度関わった以上、3人の面倒は最後まで見るとアルゴは堅く誓っていた。
仲間を見捨てるという言葉は、昔も今もアルゴ・ガルスキーの辞書にはないのである。
 さし当たっては――
 無理だと言わずに、ステラにも作れる料理というものを何とか考え出すことが、
急務であるようだった。

 *         *

「すげぇ・・・」
 高級感というものが集まって実体化したようなレストランの入り口でシンは
思わず声を上げ、自分の着ているザフト軍の制服を引っ張った。
 どうせまた明後日からは、地獄の修行の日々を送る事になるのである。
その前に贅沢というものを飽食しておこうと来てはみたが、やはり気後れする。
「そこの仕官さん。今、何時かしら?」
「す、すいません。俺、時計持ってなくて」
 シンは赤面しつつ答えた。
 黒のワンピースドレスの似合う、美しい女性であった。引き締まった身体で
あるが女性特有の丸みは損なわれる事なく、なだらかなラインを描いていて、
女豹の優美さとしなやかさを感じさせた。
 薄い化粧と整えられた真紅の髪、アメジストの活力に富んだ瞳が真に印象的で
ある・・・

 ――ってちょっと待て

 目をこすって、もう一度シンは目の前の女性を凝視した。
「ルナかよ!?」
「すぐに気づきなさいよ!」
 生気あふれる闊達な声が少女の年齢感じさせ、ようやくシンは目の前の女性と
いつもの少女の象を連結させることに成功した。
「私・・・変かな?」
「全然。すっごく似合ってる。ていうか・・・綺麗だって思う」
 修辞句としては落第でも、語調とシンの態度は言葉に代わり十分すぎるほど
雄弁に主の意志を表現することに成功したらしい。
 ルナマリアの頬に朱が刺した。
「ありがとう・・・。嬉しい」
 シンは自分の頬が火を吹いたかと思うほど熱くなるのを感じた。まともに
ルナマリアの顔を見ることもできず、シンは意味も無く頭をかき回したい
衝動に駆られた。
 ルナマリアの方を伺うと、どうやらルナマリアも感情の手綱を取るのに苦心
していることが見て取れた。頬の赤みの面積が増していると感じるのはシン気の
せいではあるまい。
 しばし、二人を足を沈黙の池が捉えた。その重量感からぬけ出そうと、
「それにしてもどうしたんだよ、その格好?」
 自分でもよくやったと思えるほど、普段どおりの声でシンは尋ねた。この
試みは大いに成功したらしく、ルナマリアの体からスっと力がぬける。
「衝動買いしちゃった」
 普段の表情に戻ったルナマリアが、ぺロリと舌を出した。
「明後日からまた、お洒落とは100万光年ほど遠い日々が始まると思うと、
今日ぐらいはお洒落したいかなって」
「なるほどなあ」
 シンですらたまに我に変えると、我が身の不潔さと汚さに嫌気が指すことが
ある汗まみれ泥まみれ埃まみれの修行の日々である。年頃の女の子であるルナ
マリアには応えるだろうろうことは、シンにすら容易に想像できた。
 シンはもう一度横目でルナマリアを眺めた。
(綺麗だな・・・本当に)
 だが自分の視線がやたらと、ルナマリアの腰や唇や胸に移動することに
気づき、シンは赤面した。昼間ステラのあられもない姿をみたせいかもしれ
ない。
(俺の理性が真っ赤に燃える! 雑念払えと轟き叫ぶ!)
 シンが思春期男子の欲望と敗北必至の戦いを繰り広げていると、
「すまない、遅れた」
「・・・レイってホント、そういう格好似合うわね」
 ルナマリアが感嘆の声を上げた。
「世辞と分かっていても、そう言われると嬉しい。お前も良く似合っているぞ。
一瞬、どこのご令嬢かと思ったくらいだ」
「ありがと、レイ」
 シンにとってフォーマルな格好をしたレイを見るのは初めてだが、豪華ホテ
ルの廊下で見ると、彫刻家が造形したような顔は何やら高貴さすら漂っている
ように見えた。ここまで差があると劣等感を感じる気にもなれない。シンは
こっそりため息をついた。
「では行こう」
 物怖じもした様子もなく、さっさとレイは中に入っていく。シンとルナマリア
は顔を見合わせ、後に続いた。
 店内は薄暗く、手編みのテーブルロスの掛かったテーブルの上ではキャンドル
の光が揺らめいて幻想的な雰囲気を作りだしていた。
 老ウェイターに案内されるままに、一つの席に腰を下ろしたシンはメニュー
を見て顔をしかめた。
(何だこれ・・・。どれを食べたらいいんだ?)
 ルナマリアも困ったようにメニューを見ている。泰然自若としているのは
レイくらいのものであった。
 そのレイが堂々と、一番高いコースを注文するのを聞いて流石にシンは、
抗議の声を上げた。
「おい! いくら師匠が払ってくれるからって・・・」
「心配するな。ドモン師父に伺ったが、宿泊は宿泊券があり、他の代金もミハシラ
の公費で落ちるそうだ」
 ちなみに、宿泊券は、ユウナがドモンに手渡した迷惑料兼口止め料の一つ
だったりする。通常なら高級ホテル云々という発想が絶無のドモンが、この
休暇を思いついた理由であった。
 また、ドモン自身は、地球での滞在費を公費で賄うという行為を潔しと
しなかったのだが、ミナが薄っすらと笑って、『金の卵を産むガチョウをタダ
で提供したのだ。少しはミハシラに恩返しをさせろ』と言ったために、不承不承
という感じでそうしているのである。
「そういえばお師匠様は?」
「こういうホテルは落ち着かないから、他の宿を探すと言っておられた」
 そういうことならと、シンもルナマリアもコース料理を選び、何とか注文は
完了した。一息ついて、
「なあ、俺達って周りから浮いてないかな?」
 シンは周囲を見回した。当たり前といえば当たり前だが、周囲は高級店に
ふわさしい格好をした人間ばかりである。
「シン、知らん顔で堂々としていれば誰も何とも思わないものだ」
「・・・レイって、何かこういう店になれてないか?」
「と考えれば、食事を楽しめると思わないか?」
 何やらはぐらかされたような気分で、シンが腕組みをした。しかし、そんな
疑問もやがて運ばれてきた料理に舌鼓を打つうちに、アッサリと淡雪の如くど
こかへ消えていった。

「美味しい・・・」
 ルナマリアが幸せの吐息をもらし、
「どうやったらこんなに上手く作れるんだ? こういうのを作れる人って長い
こと修行するんだろうなあ」
 腕が上がらないほど疲労しきったルナマリアの代わりに料理した時のことを
思い出し、シンも感嘆の息を吐き出した。
「奇抜さという点では、シンの作る、血の味のする卵の殻入りプレーンオムレ
ツも負けていなかったと思うぞ」
 かなり割合で本音の成分が含有されたレイのコメントに、
「卵の殻はカルシウムが含まれてるから健康にいいって知らないのかよ」
 シンは一応の反撃を試みた。
「カルシウムの必要性は認めるが、できれば違う方法で摂取したいものだ」
「レイのメキシコ料理だって、あんまり上等とは言えなかっただろ!」
「違うでしょ、シン。あれはインドネシア料理よ」
「・・・ドイツ料理だ」
 などとくだらないことを言い合いながら、楽しそうに食事をする若い三人の
少年少女は、やはり周囲から浮いていたのであった。

「さて・・・」
 たっぷりとした食事をたっぷりと時間をかけてすませ、部屋に戻ったレイは
豪華な天井を見上げた。眠ってしまってもいいが、やはりそれは勿体無い。
のんびりと時間を使う機会など今度はいつあることか。
 私物を整理するうちに、レイはチェス板をみつけた。ドモンを捜し歩いていた
時期にはたまに夜やったものだ。今からでは想像もつかない時間の使い方
である。
(誘ってみるか)
 レイは扉を開けて外に出ると、向かいのシンの部屋の扉を叩いた。少しだけ
間があってドアが空き、シンが顔を出した。
「何だよ? レイ」
「チェスでも久しぶりにどうだ?」
「ああ・・・。え〜と・・・」
 レイの心に不可解の文字が浮かんだ。
「別に無理にとは言わない」
「いや、違う。ちょっと・・・待って!」
 扉が閉まり、レイは廊下に残された。ほどなくドアが開き、レイはシンの
部屋に招き入れられ、対局が始まった。
 だが、シンが集中していないことはコマの動かし方で一目瞭然であった。
いつにないシンの様子を疑問に思い、レイは手がかりを探してそっと部屋を
見回した。そして、ある一点に目を留めた。
 慌てて突っ込んだのだろう。シンのカバンの縁から雑誌が覗いている。タイ
トルの一部だけが読めた。
 曰く、『ディオキアのデートコー』
 レイは、シンの不自然な言動の原因を悟った。
 その後、両者の思惑が一致した事により対局は稀に見るスピードで終局を
迎え、
「すまない。誘っておいて何だが、急用を思い出した」
「気にすんなって」
 役者の才能には恵まれていない友の、隠そうとする努力は見られる安堵の
表情に送られ、レイはシンの部屋を出た。

 ドアを叩く音にレイは目を開けた。どうやら眠っていたらしい。魚眼レンズ
越しに外を覗いてルナマリアだと確認し、ドアを開ける。
「レイ。寝る前に一杯飲みに行かない?」
 プラントは15歳で成人であるから、彼等には飲酒の権利がある。
「断る理由はないな」
 ホテルの最上階にあるバーに向かう途中、
「シンは誘ったのか?」
「うん。でも、シンったらもう寝てるみたい」
「・・・そうか」
 両者の明日の行動に対する熱意には差が存在するようだが、その両者の差が
少しでも明日一日で縮まればいい、とレイは思った。
 幸運の妖精が多少味方してくれたのか、バーは程よくすいていた。
 軽くグラスを合わせ、二人は最初の一杯で喉をしめらせる。酒を友ともしないが
潤滑油としての効能は否定しない、という点でレイとルナマリアの意見は一致していた。
 もっとも、二人の間に今更潤滑油が必要かというと疑問ではあったが。
「――なるほど。アスラン・ザラが候補にな」
 どうやら先程までルナマリアはメイリンと話していたらしい。レイは既に
知っていたが、そんなことはおくびにも出さず、ルナマリアの話に耳を傾ける
仕草を続けた。
「流石、伝説のエース様よねえ。二年のブランクも何のそのってやつ?」
「お前はアスラン・ザラが嫌いなのか?」
 敢えて単純化したレイの質問に対するルナマリアの答えは、
「嫌いよ」
 気持ちのいいほどの即答であった。
「脱走したただけならともかく、味方だった人間に銃を向けるなんてどんな
神経してるんだか!?」
「・・・まったくだ」
 プラントでは、終戦直後のアイリン・カナーバの喧伝によりラクス・クラインや
アスラン・ザラを英雄視する人間も多いが、ルナマリアは違うようである。
実際、どう取り繕ってみたところでアスラン・ザラは裏切り者であり、ラクス・
クラインは最新鋭機体と最新鋭艦の強奪犯であることが本質であるのだから
当然であった。
 ふと悪戯心を起こしたレイは小さく笑い、
「一本気で仲間思いのヤツの方が好き・・・か?」
 この質問はルナマリアに軽い衝撃を与えたようである。ルナマリアのアメジストの
瞳に感情の色彩が複雑に揺らめいた。しかし、一瞬にしてその揺らめきは消え去り、
「そりゃ裏切る奴よりはいいわよ。でも、それって当たり前じゃない?」
 心を隠すのに長けている性別は女の方である、というのは昔からの見解であるが
どうやらそれは正しいようである。残念ながら、レイには、ルナマリアの精神に
かけられたヴェールの下をうかがうことは不可能であるようだった。
「それはそうだ」
 レイは、微量の敗北感と共に一気にグラスの中の液体を飲み干した。

(・・・何杯飲んだ?)
 どうやら思った以上に修行によるストレスの蓄積は深刻だったようである。いつの
間にかレイは、普段とは比べ物にならないほどの酒盃を重ねてしまっていた。
「ねえ? 聞いてる!?」
「・・・ああ。メイリンがアスラン・ザラに惚れているかもしれないという話だったな」
 鈍化し始めた思考を何とか回転させようと、レイは水の入ったグラスに手を
伸ばした。
「そう!」
 グラスが音を立てて置かれ、中の氷と液体が激しく揺らめいた。どうやら、
限度を超えて飲んでしまったのはルナマリアも同様であるようだ。
「力はあるのに、いつも悲しそうで悩んでるとこが何だかほっとけないって・・・。
そんなイジイジしてる男のどこがいいっつーのよ!」
「・・・飲みすぎているぞ。ルナマリア」
 ルナマリアの剣幕に多少辟易したレイは、ルナマリアのグラスを取り上げ、
水のグラスを押しやった。水のグラスを受け取り、
「メイリンって結構甘えっ子だから、もっと頼もしいタイプの男がいいと思うんだ
けど・・・」
 ルナマリアはため息をついた。
「それはどうだろうな? 人間の感情とは二律背反な感情が常に動いているらしい」
「どういうこと?」
「つまりだ。例えば誰かを守りたいと言っている人間は、一方で誰かに守られた
がっていたりするということだ」
 何故世界すべてを憎んでいたラウが自分には優しかったのか? 何故ギルという友を
作ったのか? それは、人間を憎悪しつつもラウはどこかでそれは違うと否定された
かったのではないのか。レイは、そんな事を思った。その思考プラセスに
自分の願望が入り込んでいるのは分かっているが、そう思いたかった。
 ルナマリアは無言で聞いている。
 レイは、自分が薀蓄にもならない自説を垂れていだけだという自覚はあった
ものの、酔いが自制心の錠前を外してしまったらしく、どうにも話を止められ
なかった。
「この守るという感情を言い換えると、頼られたいという感情といえる。だが、
こういう人間は一方で頼ってくれる人間を必要としている。妙な言い方だが、自分を
頼ってくれる人間に頼っている、ということだな。人とはつくづく複雑だ」
 一体誰のことを自分は言っているのかと、レイは自嘲の笑みをもらした。
(自己分析か? くだらない)
 つまらない話をしてすまなかった、とルナマリアに謝罪しようとして、レイは
ルナマリアの横顔に、自分が今浮かべた感情と同じものが浮かんでいるのを
見て取り、見てはいけない物を見たような罪悪感をおぼえ、思わず視線を逸らした。
「レイって心理学とかに興味あるわけ?」
 視線を戻した時には、ルナマリアの顔から先程の感情は完全に霧消しており、
レイはロウソクの光の陰影で見間違えたかと軽く首を捻った。
「別にそういうわけではない」
 答えながらレイはチラリと手元の時計に視線をやり、自分の眉が跳ね上が
るのを感じた。
「――大分遅くなってしまった。出よう」
「そうね。でも大丈夫よ。どうせ今日は何か予定があるわけでもないし」
 レイの眉が、今度は困惑のために持ち上がった。
(シン、お前というヤツは・・・)
 段取りというものを知らないヤツだ、と舌打ちをしつつ
「ルナマリア。明日は能動的に動かず、人を待った方がいいそうだ」
「・・・何それ。占い?」
「そういうものかもしれないといえない事もないものだ。あまり気にするな。
俺は気にしない」
 酔った頭で慣れないことを言うとろくなことがない、とレイは苦笑し、
誤魔化すように足のスピードを早める。その時にはもう、先程感じた小さな
違和感のことなど忘れてしまっていた。
 
 
 レイが苦い思いと共に、この夜のルナマリアの表情を思い出すのはもう少し、
先のことである。