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GUNDAM EXSEED_B_59

Last-modified: 2015-12-31 (木) 14:28:47

シルヴァーナがクランマイヤー王国へと帰還する道のりは至って平穏であった。ただし、ハルドから、MS操縦の基礎からの洗い直しをされたセインやアルバにとってはその限りではないが。
そうして、やがてシルヴァーナはクランマイヤー王国へと帰還する。
流石に一か月近くもクランマイヤー王国を離れていたのは良くなかったかなとアッシュは思い、すぐに携帯端末で滞っている仕事は無いかを聞くが、特に問題はないという。
どうやらここに来て、クランマイヤー王国の政治体制は整ってきたとアッシュは口元をほころばせた。
そうなるとアービルの方が心配になってくるが、その瞬間にアッシュはハルドに頭をはたかれた。
「てめぇはこっちの摂政だ。他よりこっちだろ」
口に出して言わなくて済む関係は楽だと思い、アッシュは気持ちをクランマイヤー王国にだけ集中させ、宇宙港とそれに繋がるMS格納庫を抜け、外に出ると、工業区画は雪に覆われていた。
「もう冬か」
ハルドが呟く。クランマイヤー王国の四季は地球に合わせているわけではないが、それでも秋が終われば冬が来る。ハルドらアービル遠征組は自分たちの服装が明らかに気温に合っていないことを理解していた。
「くっそ寒い。馬鹿じゃねーの。ここの気象管理システムをつくったやつ」
ハルドがそう言うと、アービルへ遠征していた者たちは急ぎ、移動を開始し、速やかに服を変えるのだった。
ハルドらがクランマイヤー王家邸のあるメインコロニーに戻ると、コロニー内は一面の銀世界であった。アッシュは感動を覚えるよりも先に呆れていた。
「コロニー内に雪を降らせるなんて、無駄な気もするが」
大量の水を利用し、コロニーの循環システムにも相当に負担がかかるだろうとアッシュは現実的な観点から見ると無駄ばかりのような気がしてならなかった。それに辺りの民家を見てみると屋根の雪下ろしをしており、面倒が増えているだけに思えた。
ただ地球の環境を真似するにしても、ここまでする必要はないとアッシュは思うが、ハルドは別のようであった。
「いいね、風情があって。つっても俺は降る雪を見ながら、一杯飲みつつ、詩歌の一つでも口ずさみたいだけだがよ」
一杯か。アッシュもさっさと着替えて温まり、食事をして酒でも飲んで、一息つきたいと思い、クランマイヤー王家邸への帰り道を急ぐのだった。
現在、クランマイヤー王家邸に住んでいるのは、ハルドとアッシュ、セーレにストームくらいなので姫やヴィクトリオも寂しがっているだろうとアッシュは思い。帰路を急ぎ、王家邸へと辿り着く。
クランマイヤー王家邸には特に変化はなかったが、庭園などには雪が積もり、今までとは別の装いを見せていた。
王家邸の中に入るとすぐに姫とヴィクトリオが出迎えに現れ、ハルドらも帰宅の挨拶をする。
アッシュはもはや、ここが自分の家だなと何となく思いながら、一番暖かい部屋であるリビングに向かうと、ユイ・カトーとストームが悠然と座りながら、昼間からワインなどを飲んでいた。

 
 

「ずいぶん遅い、ご帰宅ですね」
「色々あったんだよ」
アッシュはそう言って、自分もソファーに身体を預けると、目の前にグラスが差し出され、赤い液体つまりはワインが注がれる。グラスを差し出したのはストームであり、注いだのユイ・カトーであった。
ハルドはヴィクトリオを背負いながら、適当にリビングにある暖炉の様子を見ていた。
アッシュはワインを一口含み、ソファーに身体を預けるとようやく一息ついた心地になった。ここで仕事の話しをするのも無粋かと思ったが、アッシュはユイ・カトーに尋ねた。
「そちらの進捗具合はどうだった?」
ユイ・カトーは答える前にグラスのワインを飲み干し、ニヤリと笑った。
「上々も上々、特にザバッグの発注がいいですね。ザバッグのライセンス生産の許可を貰えれば、コロニー同盟に加わってもいいというコロニーも少ないですけどありました。フレイドもまぁまぁ売れましたけど、キャリヴァーとかは駄目ですね」
キャリヴァーは駄目か。良い機体なんだがなぁとアッシュはお気に入りの機体が世間的に芳しくない評判であることに僅かに落ち込むのだった。
「そっちは、あんまり良くなかった感じですね」
「まぁ、イマイチだったな。コロニー解放よりもその後の後始末に色々と手を焼かされた」
結局、アービルでは、今度があるなら、もっと上手くやらなければいけないと、アッシュもハルドも反省する羽目になった。
「ところで、仕事が溜まっているんじゃないんですか?」
ユイ・カトーはアッシュに尋ねる。アッシュの仕事が溜まると自分にも、しわ寄せが来るために尋ねたのだった。
その件に関しては問題はなかった。クランマイヤー王国とアービルの間に高速通信の中継設備を設置したため、アッシュが直接サインをする必要がある書類以外の仕事に関するものはアービルにいながら粗方片付けた。
「問題はないと思う」
アッシュがそう言うと、黙って見ていたはずのストームがニヤニヤと笑い出し、言う。
「いや、問題ありだ」
そう言って、ストームは大きなファイルをアッシュに渡した。姫やヴィクトリオと適当に遊んでいたハルドも、その存在には注意が向き。ヴィクトリオに新聞紙を丸めて作った剣で叩かれても無視して。そのファイルに注目した。
また厄介ごとかと思い、アッシュはウンザリとした気持ちでそのファイルを開いた。しかし、開いたファイルには大きな写真が一枚あるだけだった。アッシュは、これは何だとストームに尋ねようと、ストームを見ると、ストームはヘラヘラと一言で答えた。
「見合い写真」

 

アッシュは緊張した面持ちで、長い黒髪の清楚な雰囲気の女性とテーブルを間に挟み対面していた。女性の方も緊張しているのか、アッシュの方を上目づかいでチラリと見るがすぐにうつむいてしまう。
アッシュはその女性の様子に対して、自分が動く必要があると考え、決死の覚悟で口を開く。
「あ、あの!」
「は、はい!?」
黒髪の女性は急に声をかけられ、驚き目を丸くした。アッシュは何かミスをした気がして、口ごもり、小声で言う。
「い、いえ、すいません。何でもありません」
そう言うと黒髪の女性はやはり、恥ずかしそうに顔を赤くして、うつむき、同じく、アッシュもうつむきだし、顔を赤らめる。
そこにシェフの姿をしたアラン中佐がスープをテーブルについている二人の前に出す。
「カニと海老を使ったビスクとジャガイモのポタージュのハーフスープになります」
穏やかなオレンジ色のビスクのスープと、白のジャガイモのポタージュがスープ皿の上で半々に分かれた。アラン特製のスープがテーブルに置かれた。
「最初はそれぞれを別に味わい、次に混ぜていただければ、様々な味わいが楽しめると思います」
そう言って、アラン中佐は厨房に戻った。
アッシュと黒髪の女性はゆっくりと会話もなく食事を始めるのだった。

 
 

ハルドはアッシュの姿を見ながら何をしているんだという思いにかられていた。とはいっても、行動を起こすことはせずに徹底的にクールを貫いていた。雪の中に埋もれていたこともあってだが。
「こちらハルド、状況に動き無し」
雪の中に自らを隠しながら、アッシュと黒髪の女性を監視しながら、作戦司令部に報告していた。ハルドの隣にはストームが待機し、ストームの隣には更に虎(フー)が待機していた。
世界中の諜報機関が恐れるメンバーが勢ぞろいであり、このメンバーならば、その気になれば国一つ滅ぼすことすら簡単なことである。そんな三人が今していることは、端的に言えば覗きであった。
何故こんなことになったかというと、数日前の見合い写真の件にまでさかのぼる。ストームが見合い写真といって見せた写真。それが問題だった。
「見合いなんて、そんなことしている暇があるか」
アッシュはそう言って、見合い写真を閉じて置く。興味を持った、姫とヴィクトリオが写真を見る。すると口々にこういった。
「あ、シイナ先生だ」
「わぁ、綺麗」
ハルドもチラリと見ると、思い出したように口にする。
「小学校の先生をしている人だな。俺の勘では、すごく良い人そうだが」
アッシュはそう言われても興味を示さないふりをふりをしていたが、ハルドはアッシュの好みの女性のタイプを聞いていたので、多分このシイナ先生とやらはアッシュの好みにジャストミートだと思った。
写真で多少の加工は入っているだろうが、すらっとした体型に艶やかな黒髪、そして、顔全体からは穏やかで優しそうな雰囲気がただよって見える。
「いろいろ言われても、僕は見合いに興味なんかないぞ」
アッシュはそう言ったが、ユイ・カトーが直後に口を挟む。
「シイナ先生?まあ、それは良いんですが、その人は多分、クランマイヤー王国の名士の家の人ですよ」
ユイ・カトーがそう言い、アッシュは姫を見た。すると姫が答えた。
「えーと、シイナ先生はマクスウェル家の長女で、マクスウェル家はクランマイヤー王国で一番大きな畑と牧場を持っています」
アッシュは、なるほど大地主の家の娘かと単純に思い、それ以上考えなかったが、周りは違った。ハルド。ユイ・カトー、ストームの全員がニヤニヤと笑みを浮かべながらアッシュに詰め寄る。
「大地主様の娘さんをないがしろにしたら、マズいよなぁ」
ハルドはそう言って、アッシュの自由を拘束して見合いの話しを進めたのだった。その間、シイナ・マクスウェルがアッシュの妻に相応しいか、ハルドらは徹底的に検討した。
この点は、特殊工作員であったストームや、それに虎(フー)そして、ハルドが活躍したのだった。人間のプロファイリングに関して特殊工作員である彼らはプロフェッショナルだった。
その結果、シイナ・マクスウェルは妻に相応しいという結論に達した。それなりに有名な地球の大学を卒業。学生時代に男性との交際経験は一切なし、大学時代も、派手な生活はせず地味に生活し、男性との交流はなし、ボランティア活動を進んで行い、極めて善良な性格。
大学卒業後に地元に戻り教師となった。教師としての評判は上々、父兄からも信頼されているという。
ハルドらはアッシュが悪い女に騙されないように徹底した布陣を配置した結果、シイナ・マクスウェルは合格に達したのだった。

 
 

そして、何かと抵抗を持つアッシュを無理矢理だが見合いの席につけた。ハルドから見てアッシュのストレスは限界であったため、ここいらで彼女か婚約者でもいいが女ができれば良いと思ったのだった。
「アイテ、マンザラ、ジャナシ」
相手が満更ではないということかと虎の呟きを聞きハルドも理解した。
それはそうだとハルドも思う。アッシュも少し前までは監禁生活の影響でガリガリだったが、今は逞しい男に戻っているし、元々顔立ちはハンサムというか男前だ。少し男臭いかもしれないから、中性的な顔を好む女性には敬遠されるかもしれない。
だが、ハルドとストームそして虎の情報力を結集し分析した結果、相手のシイナ・マクスウェルは、むしろ男らしく精悍な顔立ちを好むとデータが出ている。問題はないはずだとハルドは思った。
ハルドは思う。これは野次馬ではないと、アッシュというクランマイヤー王国の摂政に位置する重要な立場の人間の妻を決める一大行事を見届ける行為なのだと。

 

「……あの、小学校の先制をしていると聞きました」
「あ、はい、学校の先生をしています。まだまだ未熟ですが」
「音楽の授業が、お好きだとか。……そのピアノを学んでいたと聞きました」
「いえ、でも、手習い程度で本格的には……」

 

ハルドは、作戦司令部に連絡をする。
「楽器だ楽器。アッシュは弦楽器なら、誤魔化しありだが、出来る」
そう言われ、クリスは即座に指示を出し、弦楽器をマクスウェル邸に届ける指示を出した、種類は分からないので、取り敢えずある物をかき集め、虎の弟子たちに人間の走る速度を超える速度で運ばせ、アラン中佐にとりあえず弦楽器を最速で渡した。

 

「ピアノはあるようですし、アッシュ摂政閣下にはこちらを」
そう言ってアラン中佐はアッシュにヴァイオリンを渡したが、、正解だった。アッシュはヴァイオリンに関しては自信があった。
アッシュはシイナの弾くピアノに合わせてヴァイオリンの弦を巧みに動かした。
「手習い程度とは謙遜がすぎます。ついていくので精一杯でした」
アッシュは微笑みながらシイナに言うと、シイナは顔を赤くし、申し訳ないと言った表情をするのだった。

 

「どうなんだろうな、これ」
ハルドは雪の中に埋もれ、完全に身を隠しながら言う。
「ミアイ、ソクケッコン、チガウ。ツキアイ、ソノゴ、アル」
雪の中に完全に隠れ、姿を全く見せない虎が言う。ハルドはそういうものかと、取り敢えずの納得をしたのだった。ちなみにハルドら三人は完全に雪の中に隠れており、肉眼ではその存在を確認できない。
ハルドが見合いを成功させてほしいと思うのは、アッシュの精神の安定のためである。すぐに結婚して所帯を持てば安定するだろうと思った。
だが、まぁ結婚までいくのには時間がかかるかと、考えを改めたが、とにもかくに、アッシュの精神状態が安定するなら、別になんでも良いかと思うのだった。
「しかし、アッシュ君もシイナお嬢さんも、どうしようもないねぇ」
ストームは完全に雪と同化した姿でありその姿を目視で確認することは不可能だった。
「今時、中学生でも、もっとマシに異性と話せるよ」
「ユイ・カトーとかとは平気で話してんだけどな。不思議だぜ」
「アイツラ、オンナ、カテゴリー、ハイルカ?」
虎にそう言われてハルドは入らないなと思い、答えが出た。とりあえず、このままだと食事が終わる。美味しい食事を食べながら楽しく会話というのが、一番良い手段だと考えていたハルドはアラン中佐に連絡を取る。
「食事の提供速度を遅らせろ。もう一日かかるくらいでもいい!」
アラン中佐は急な指示に戸惑った。現状、スープまで出し終えている。前菜とサラダも出してしまった。次はパンだが、ここから順番を変えるのかとアラン中佐は頭を抱えたくなったが、仕方ないと思い、もう一度前菜を出すことにした。

 
 

そうアラン中佐が苦肉の策を練った直後に再び、ハルドから連絡が入る。
「酒もだ。とにかく酒を飲ませろ。そうすりゃアッシュは喋るようになる」
アラン中佐ウンザリとした思いを抱きながらも、とりあえず上物のワイン取り出しに動いた。作戦の機密性ゆえ、人手はほとんど使えないため、アラン中佐がソムリエの役までやる羽目になっていた。
アラン中佐は、どうせ常人にそこまで細かいワインの味がわかるかと思い、味よりも取り敢えずストーリー性がありそうなものを選び、アッシュたちのテーブルに持っていった。
「ワインはいかがですか。こちらはシイナ様がお生まれになられた年にクランマイヤー王国で作られたワインになります。この年のワインは特に出来が良いとされ、穏やかで優しい味わいが特徴だとされています」
アラン中佐は自分の店に来る客にはだいたい、特に出来が良いワインだとホラを吹いているので、今更、罪悪感を覚えることはなかった。

 

「そこで、あなたのようなワインですね。とかカッコつけろよ」
盗聴器で室内の話しを盗み聞きしていたハルドがアッシュの気の利かなさに憤るが、ストームはハルドに対して疑問の視線を向けていた。
「ほとんど、初対面の女の子に、そのセリフはキモくない?ハッちゃんさぁ」
そう言われると、ハルドはマジで?と心底驚いた表情を浮かべた。
「ハッちゃんと付き合ってた女の子スゲーなーって心の底から思うわ」
「フトコロ、ヒロシ」
そう言われ、ハルドは自分の交際関係は異常だったのかと首を傾げるのだった。
そうこうしているうちに、室内ではアランの薀蓄が終わり、男女二人のグラスにワインが注がれる。
「あの、アッシュさんは、お酒が強い方なんですか」
「いえ、嗜む程度です」
何が嗜む程度だ、てめぇほとんどザルじゃねぇか気取ってんな。とハルドは盗聴器越しにアッシュに言ってやりたかった。
「つーかさぁ、もうこれ、酒に睡眠薬混ぜて、アッシュ君に襲わせちゃった方が早いんじゃない?彼、下の方すごい溜まってるでしょ」
ストームが面倒くさくなったのか、強行策を提案するが、即座にハルドは反対する。
「奴にそんな度胸があったらこんな事やってねぇよ」
「リョウホウ、ネムラセ、ハダカ二シテ、ベッドホウチ」
虎の提案に二人は、ああ、そういや、昔、そんなこともやったっけなぁと思い出した。財界だか政界だかの大物のスキャンダル写真が欲しいということで、虎が言ったようなことを軍の上の方から命令でやったことを二人は思い出した。
「よし、じゃあ、その作戦で行くか」
ハルド達、雪の中に隠れた三人が誰にも動きを悟られぬように行動を開始しようとした瞬間であった。
「駄目に決まってるでしょ!」
作戦本部に詰めていたミシィが、ハルド達の会話を聞き、怒鳴り声をあげた。
「普通に見守るの!恋が生まれる、その瞬間を!」
なんだよ、女こえーなと思い、ハルドらは仕方なくミシィに従い、もう少し見張りを続けることにした。
ハルドらはすでに長時間、雪の中に埋もれた状態であったが、別段不自由を感じてはいなかった。
彼らは訓練時代に氷点下の湖に最低限の装備で突き落とされ、その後、湖を泳ぎ渡り、雪中を行軍するという訓練を何度もこなしているため、ただ雪の中にいる程度ならば、なんの問題もなかった。
「ところでさ、アッシュ君のことも大事だけど、ハッちゃんはどうすんの?」
どうすんのとは彼女を作らないのかということだ。
「俺は別にいいかな。別れた女が俺にとって最高だったし」
別れたといっても死別なので、どうしようもない。ずっと自分は死んでいった彼女の思い出を引きずって行くのだろう。生産的ではないが、元々の生き方が非生産的な生き方なので、それぐらいは許されるはずだとハルドは思っていた。

 
 

「まぁ、ハッちゃんがいいなら、俺はいいけどね」
ストームとて妻子を失ってからは、新たに女性と付き合うようなことはしなかった。ストームも思い出を引きずっている男の一人であった。
とはいえ、今は自分の過去に浸っている場合ではない。一人の男の一生がかかった重要な局面なのだ。
ハルドらは見張りを続けるが、これといって大きな何かが起きるわけではない。ハルドは作戦参謀に指示を仰ぐことにした。
作戦本部にて今回に限り作戦参謀となったミシィは冷静な声で言う。
「現状は様子見よ。お酒が入ってアッシュさんが少し饒舌になりはじめたら、状況は好転するはず。それまでは流れにまかせましょう」
流石、女子だとハルドは思った。恋愛関係に関しては冷静極まりない。アラン中佐の方も苦心して、前菜を再び出してくれている。
「生ハムのクリームソース、バラの装いです」
皿の上にはバラの形に整えられた生ハムが桃色の花弁を演出し、その中心にオリーブの実が宝石のように輝き、それらに雪のように優しげに少量のクリームソースがかけられていた。
「いいなぁ、美味そうだなぁ」
ストームがそう言うと、ハルドは軍の伝統、一つで作戦に必要なエネルギーを摂取できるという、コンクリートブロック状の水分のないビスケットを手渡した。
虎は何も言わずに、それを食べている。普通に食べると食べカスがこぼれるものだが、ハルドら特殊部隊経験者は食べかすをこぼさずに、食べる技術を真っ先に教えられるため、食べカスをこぼすことなど万に一つも無かった。

 

「あのっ、大学時代には何を勉強されていたんですか?」
アッシュが気力を振り絞り、尋ねる。
「え、えーと児童心理学と、教育に関する一般分野です」
「教育ですか。確かに教育は重要ですね。失礼を承知で申し上げますがクランマイヤー王国の教育水準は決して高いとは言えない」
ハルドは盗聴器を使って話しを盗み聞きしていたが、大丈夫かコイツと、アッシュの正気を若干だが疑った。見合いの席で政治の話しをするなよと思ったが、ハルドにとって意外だったのは、相手のシイナ嬢が食いついてきたことだった。
「そうなんです。クランマイヤー王国の人々は義務教育が終わると同時にだいたいが農業や工業に従事し、学ぶことの喜びを知らないまま、大人になっていってしまいます」
アッシュはシイナ嬢の言葉を聞き、少し考えた上である提案をしてみた。
「夜間に高等教育を行う学校を開設してみるのも良いかもしれませんね。それならば、仕事を終えた大人や経済的な事情で勉学に励むことの出来ない少年少女を手助けすることが出来るかもしれません」
「! アッシュさん。ありがとうございます。そんなに真面目に考えていただいて」
シイナ嬢は感激した表情を浮かべた。おそらく、シイナ嬢の言葉を真面目に受け取った人間はクランマイヤー王国には少なかったためだろうと、ハルドはのぞき見をしながら思った。
「男女の艶っぽい会話じゃないねぇ」
ストームが言うがハルドは無視した。虎はそろそろ興味がなくなってきたようだった。
その後も、盗聴器から聞こえてくるのは国の教育体制をどう整えるかという真面目な話ばかりでハルドらは辟易とした。

 
 

ハルドにしてみれば、さっさと今後もお付き合いをしていただけませんか?や、結婚してくれませんかなどの言葉が聞きたかったが、それから、どんどん離れていく気がした。そんな中、ストームが、ハルドにボトルを渡す。
その中身はどう見てもウィスキーか、それと同じような蒸留酒であった。ハルドはいい加減うんざりしてきたこともあって、そのボトルを奪い取り、中身を口に含んだ。
室内では気づけば、肉のメインディッシュが終わり、デザートなどの食事の終わりの方へと向かっていた。
しかし、聞こえてくるのは教育問題の話しだけ、二人とも激して話しているわけではなく、穏やかに話しているので、状況的には安心だが、ハルド的には気に入らなく、ウィスキーのボトルから直接ウィスキーを飲んでいた。
対して室内では、コーヒーなど優雅に飲んでいる。ハルドはこのままでは良くないだろうと思い、酒の力もあって行動に出ることにした。
ハルドは完全に酔っ払いの調子で、雪の中から、姿を現すと、アッシュとシイナ嬢が食事をしている部屋に乗り込むために動き出した。
アッシュとシイナ嬢がいる部屋は、マクスウェル邸の一室であるため、、完全に不法侵入がばれた形だが、酔っ払っているハルドはどうでもよく、室内に面した窓に体当たりをすると、開かないことに気づき、即座に窓を叩き破り室内に侵入する。
アッシュは突如現れた不審者に対し、シイナ嬢をかばうように前に出る。
アッシュがハルドを不審者と間違えたのも無理はなかった。ハルドは雪中迷彩で、完全に顔を隠していたからだった。
ハルドは酔っ払った勢いで銃を抜くとシイナ嬢に向け、叫ぶ。
「てめぇ、清楚ビッチじゃねぇだろうな!大学時代は隠れて男と遊んでたとかねぇよな!ウチのアッシュは純情なんだぞ、その心を弄ぶなら、ここで殺す!」
アッシュは“ウチの”という言葉に僅かな違和感を抱きながら、銃を持った相手に対して、さらに警戒を強めた。
「あ、あの、私、大学は女子大出身で男の人と話したこと自体があまりなくて」
シイナ嬢がそう言った瞬間、ハルドは更に激昂した。
「だから、それが怪しいんだっつうの!俺の周りには女子大の学生と付き合ってるやつが何人もいたぞ!昔の話だが!」
激昂したハルドは、もういい殺す。とシイナ嬢に銃口を向けた。俺の大切な仲間のアッシュを、たぶらかす奴は殺さねばならないという使命感に燃えてだった。だが、シイナ嬢に銃口が向いた僅かな隙をアッシュは見逃さずに素早い動きを見せた。
「彼女に銃を向けるな!」
アッシュは珍しく怒りを露わにしながら、ハルドの顔面に蹴りを叩き込み、酔ってはいたものの一撃でハルドを無力化したのだった。

 

「オマエ、サケ、ナニカ、マゼタナ」
虎は、ハルドが突撃していった騒動を見てストームに尋ねる。ストームはヘラっと笑いながら、小さな袋を虎に見せる。
「興奮剤みたいなもんよ。酒に混ぜるとよく効くんだよね。まぁ、これで分かったのはハッちゃんがガチでアッシュ君の心配をしてることくらいなかな」
そう言うと、ストームはノンビリと成り行きを見守ることにし、虎はこのストームという男には隙を見せてはいけないと心に決めるのだった。

 
 

「お前は何をやっているんだ?」
ハルドはアッシュの声で目を覚ました。色々と混乱しているが、アッシュを悪女の手から救わなければとハルドは思ったのだった。
「いや、お前が騙されないかと不安でな……」
ハルドはそう言うと、起き上がり、ゆっくりと椅子に座る。
「騙すって、シイナさんがか?」
アッシュは何を考えているのかというのを表情で示した。ハルドとしては、人格を知らないから良く分からないし、万全の態勢を取りたかったのだ。
「あ、あの、私がアッシュさんと関わり合いになることを危惧されていたということですか?」
シイナ嬢が言うのでハルドは適当に頷いた。まだ、この女がビッチだという証拠は消えないのだ。ほとんどは勝手な妄想だが、勝手な妄想が真実になる世界をハルドは知っている。
「俺としては、アンタがアッシュを好きかかどうかが問題だ。家柄云々を言うのは、好きじゃねえがアッシュは正当なクライン家の血を引くし、この国の摂政だしな。付き合っていろいろ役得あるだろ」
アッシュはハルドの言葉に心底呆れた表情を浮かべながら、言う。
「あのな、シイナさんは、そんな人じゃないぞ。真面目だし、優しい人だ」
「そんなのわかんねぇじゃねぇか、一回飯食って話ししただけだぞ」
それで駄目ならお見合いなど全て意味がないことになるぞと、アッシュは思いながら、取り敢えずハルドが冷静になるのを待とうとした、その時だった。
「あ、あのでしたら、お付き合いから始めてもよろしいでしょうか?」
シイナ嬢は僅かに怯えを含んだ声で言った。
「あの、もちろん最初から恋人というわけではなくて、お友達からでもよろしければなんですが……」
ハルドは、なんともといった表情をしてアッシュを見ると、アッシュの表情は明らかに輝いていた。アッシュは駄目だと思い、ハルドはシイナ嬢に尋ねる。
「コイツの何がいいの?」
「口調も物腰も柔らかで素敵な方だと思いました。第一印象だけで語ってしまい、申し訳ないのですが……」
ハルドはもういいよと、思ったアッシュだって馬鹿ではない。付き合っている内にこの女がろくでもない女か、そうでないかを見極めるだろう。
だが、まぁ自分も一応目を光らせておく必要があるとハルドは考えていた。
そうこうして、ハルドの乱入というトラブルにより、お見合いの場は破壊されたが、結果的には、アッシュ・クラインとシイナ・マクスウェルは友人からというスタートで付き合い始めるのだった。

 
 

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