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GUNDAM EXSEED_B_60

Last-modified: 2015-12-31 (木) 14:30:38

アッシュのお見合い事件からひと月ほどがたったクランマイヤー王国。ハルドはすることもないので、主に第二農業コロニーの森の民から、森の中や大地に隠れる技術を学び過ごしていた。
一応は、アービル以外のクライン公国占領下にあるコロニー解放に向かったが、クランマイヤー王国軍が来ると分かると、クライン公国軍は尻尾をまいて占領したコロニーから逃げ出していった。
どうやら、クランマイヤー王国が戦闘民族の国家という訳の分からない噂がクライン公国軍に広まっているようで、クランマイヤー王国兵に捕まったら最後、頭の皮を剥がされるなどという噂まで出回っている始末だ。
実際のクランマイヤー王国の民は極めて穏やかだというのに。そう思いながら、ハルドは今日の訓練を終わりにして、メインコロニーに戻りクランマイヤー王家邸に帰ろうとしていると、イオニスが少年たちに剣の振り方を徹底的に仕込んでいた。
よくよく思えば、虎(フー)の弟子や虎の朝稽古に参加する人々は減るどころか増えている。もしかしたら、本当に戦闘民族になってしまったのかハルドは思ったが、まぁ別に困ることでもないから良いかと、最終的には、そんな結論に達したのだった。
「ただいま……っと、何、お出かけか?」
ハルドが王家邸の玄関に入ると、入れ違いにアッシュが外へ出ようとしていた。アッシュにしては割とカッコを付けた服装だった。
「小学校で子どもたちの合唱大会があるんだ。シイナさんがピアノの伴奏をするというので、一応、顔を出しておこうと思ってな」
そりゃご苦労なことだな思いながら、ハルドは何となく聞いてみた。
「そろそろ、ヤった?」
そういうとアッシュは明らかに不機嫌な表情を浮かべハルドに言う。
「彼女は貞操観念が強い女性だ。二度とそんなセリフは言うな彼女への侮辱だ」
ハルドはスマンスマンと適当にポーズを取って謝った。アッシュはそれで、一応許したのか咳払いをして、ハルドに重要なことを伝えようとした。
「一応、進展はあった」
「そりゃ、すごいね。どこまで行ったんだ」
「手を繋ぐところまでいった」
ハルドはそりゃホントに凄い、流石アッシュ大摂政閣下だ、そう思い呆れ果てた。二十を過ぎた男女が手を繋いだで一喜一憂か、微笑ましいのか馬鹿らしいのかハルドは判断がつかなかった。
「もういいよ、手を繋いだのくだりは、そのうち聞かせてくれ。さっさと合唱大会にでもいくんだな」
ハルドはシッシとアッシュを追い出すように手を振った。
「姫やヴィクトリオも出るんだが、行かないのか?」
「俺はいいよ」
ガキのつたない歌を聞いても仕方ないしつまらん。ハルドはそれなら適当に酒場にでもくりだす方がましだと思うのだった。
アッシュは、そうかと言い、玄関のドアを開けて足早に小学校へと向かっていった。
交際は順調そうで何よりとハルドは思うようになった。夜中にコッソリとシイナ嬢に電話をしているのもハルドは知っている。
シイナ嬢もハルドが思っていたような悪女ではなく、ごく普通の真面目な女性だということが分かったのでハルドの心配事は、当座はなかった。
心配事が無いのなら、酒飲んでメシ食って寝る。肉体的に健康かは分からないが、精神的な健康を保つにはそれが一番だと思い、ハルドは最近雇ったメイドに雪まみれのブーツとズボン、そしてコートを渡すと自室に戻り、着替えてから酒場へと繰り出す。
クランマイヤー王国唯一の酒場、人魚と海の男亭は、今日は珍しく客が少なかった。いつもなら安いつまみと酒を求める客でごったがえすのだが。
「子どもの合唱大会を見に行くからだってさ」
一応の看板娘兼ウェイトレスのアイリーン・ジャクソンが客の入りの悪さに不機嫌な表情を浮かべている。アイリーンの両脚は先の戦いで義足になっており、歩く度、奇妙な音がした。

 
 

「まぁ、ガキの晴れ姿でも見たいんだろ」
ハルドはそう言うと、カウンターの席に座り、アイリーンの父親のリバーズ・ジャクソンに今日のオススメを尋ねた。
「魚がオススメだね」
そう言われたが、魚というカテゴリだけでは何が良いのか分からない。だが、クランマイヤー王国は自前で魚を調達できる貴重なコロニーだ。鮮度は良いだろうとは思った。ハルドは仕方ないので定番メニューを頼んだ。
「フィッシュアンドチップスと枝豆とビール」
この店のフィッシュアンドチップスはイギリス風ではなく、なんというか丁寧につくっているので、味に関しては信用ができる。
枝豆もクランマイヤー王国産の良物を使っているし、塩気もちょうどいい。一人で食う分には量が多いが、元々食事も済ませる気で来たので、量に関して問題はなかった。
注文を済ませると、枝豆とビールそして、お通しにピクルスが小鉢に入って出てきた。ハルドはまずビールのジョッキに手を伸ばすと、黄金色の液体を口の中に流し込み、そのまま嚥下して胃まで一気に流し込む。
この瞬間、ビールの喉越しと共に一日の終わりを感じるのだった。そして枝豆を摘まみ、口の中に豆を放り込む。至福の時間だ。ガキの合唱大会などよりも、こちらの方が有意義だろうとハルドは思うのだった。
「なぁ、テレビつけてよ」
ハルドはアイリーンに言う。アイリーンは命令された感じがして気に食わなかったが一応、客の要望なので、店内に備え付けのテレビに電源を入れ、映像を映す。映った映像は地球の野球中継の録画だった。
「サンフランシスコ・ジャイアンツじゃん。チャンネルそのままで」
ハルドは野球中継の録画を見ながら、ビールと枝豆を口に入れていく。
「アンタ、野球ファンだったの?」
アイリーンが意外そうな表情でハルドを見る。
「そうだよ。軍人時代の基地はキャリフォルニアだったから、ちょっと長めの休暇を取ってジャイアンツの試合を見に行ったりしてた」
アイリーンは続けて意外そうにハルドを見た。もう少しインドア派な印象があったが、意外にスポーツ好きとは思わなかった。
そんな話をしている内に、フィッシュアンドチップスが出来上がり、ハルドはビールの一杯目を飲み干し、おかわりを要求したのだった。
単純に言えば、タラを揚げただけものにフライドポテトが添えられているフィッシュアンドチップスをのんびり食べつつ、ビールを飲み野球中継の録画を眺めつつ、ハルドはアイリーンの脚に言及した。
「義足も良いけどよ。再生治療するなら、早めにした方がいいぜ、再生が遅くなるにつれて、リハビリがきつくなる」
現代の科学ならば、失った手足を生やすことはそれほど難しいことではない。ただ、金がかかることと、リハビリが過酷を極めることは知られていた。
「アタシはこの脚で構わないよ」
「嫁の貰い手へるなぁ」
ハルドはヘラっとした笑みを浮かべて言うと、アイリーンは即座に言う。
「だったら、アンタが貰ってくれるとありがたいんだけどねぇ」
誰よりも男前で、誰よりも強い男だ。自分の夫に相応しいともアイリーンは思ったが、ハルドは困ったような笑みを浮かべて言う。
「そいつは無理だ。俺の心は、ただ一人の女のためにあるからな」
これほどの怪物にそこまで言わせる女、アイリーンはその正体が気になったがハルドは笑って誤魔化すのだった。
「話したって、たいして面白い話しにならねぇから、これはやめようぜ。海鮮焼き飯くれ。それ食ったら勘定で頼むわ」
ハルドはそう言って注文した料理を食べ、金を払うと、ノンビリした調子で酒場を出たのだった。
その直後、ハルドは思わぬ失敗をした。手を繋ぎ歩く、アッシュとシイナ嬢にばったりと出くわしてしまったのだ。二人はバツが悪いような照れたような表情をして繋いでいた手を離した。
ガキかよ。ハルドは呆れた二人だと思いながらも邪魔をしたことに対して多少の罪悪感はあった。
「まぁ、二人とも仲良くやってくださいな」
ハルドはそう言うと、さっさと自分は王家邸に帰ることにした。どうせ、アッシュはシイナ嬢を家まで送るだろうから、帰りは自分よりも遅くなるだろう。ハルドはアッシュがいない内に、もう少し王家邸で飲むかと思い、帰り道についたのだった。

 
 

ハルドは一人王家邸で、ボンヤリと酒を飲みながら、居間でテレビを見てくつろいでいた。姫とヴィクトリオは合唱大会の後に子どもだけのお楽しみ会があるらしいとセーレから連絡があったため、ハルドは一人で王家邸にいた。
ちょうどテレビではキスシーンが映っており、ハルドはアッシュも今頃、キスの一つでもしているかと思ったが、あのヘタレに手を繋ぐ以上の行為は無理だと断じるのだった。
そんな風にハルドが適当に過ごしていると、不意に王家邸の玄関のドアが開いた音が聞こえた。まぁ、どうでもいいことかと思っていると、侵入者は居間の方へと近づいて来ていることをハルドは気配で察した。
森の民に教えてもらった技能が生きた瞬間だった。ハルドは今のテーブルの上に置きっぱなしにしている銃を手に取ると、侵入者がやってくる方向へと銃口を向けるのだった。
「おい、物騒だな」
侵入者はなんの警戒もなく、ハルドの前に現れると、そう言いながら手を挙げた。現れた人物はアラン中佐だった。ハルドは姿を確認すると銃を降ろし、酒を飲む。
「ちょうどいいや、何かツマミ作ってよ、シェフ中佐」
ハルドはそう言ったものの、アラン中佐の様子がいつもと違うことに気づいた。まずシェフの服装というか料理人の服装をしておらず、軍服だった。
元々は駐在武官として派遣された彼がいつも料理人の服装をしていることの方が異常だったが、ハルドとしては軍服よりも料理人の姿の方が見慣れているので軍服姿の方に違和感を覚えるのだった。
「摂政閣下はご不在か?」
アラン中佐はハルドの言葉を無視して、そう言った。ハルドは自分の要求が通らなかったことに関して、気分を害することもなく、ノンビリとした調子で答える。
「今はデート中、アッシュ大摂政閣下が、愛する女の寝室に踏み込むようなマネをしなければ、もうすぐ帰って来るだろ」
ハルドの言葉にアラン中佐は何とも言えない表情になった。アラン中佐自身も失礼だとは思うのだが、アッシュにそれを出来る度胸はないと思った。
「では、少し待たせてもらう」
そう言って、アラン中佐は居間のソファーに腰掛けるのだった。
「マジな話かつヤバい話し?」
ハルドが尋ねると、アラン中佐は頷く。
ハルドは大きなため息をつくと、酒を片づけだした。ここしばらく、ノンビリで楽だったんだけどな、と思いながら、テーブルの上を掃除し、テレビを消し、ハルドは足を組んで無言でアッシュを待つ。
そうして十数分後、アッシュはクランマイヤー王家邸に戻ってくると、ハルドとアラン中佐の只事ではない様子を察し、険しい顔で居間のソファーに浅く座るのだった。
アッシュが座ると同時に、アラン中佐が険しい顔で話しを切りだした。
「地球連合からコロニー同盟への協力の要請です」
ハルドもアッシュも、アラン中佐が顔を出したので、そんなところだろうと思っていたが、予感が当たったところで、嬉しくもなかった。
「ま、そんなところだろうと思ったけどよ。こっちを名指しとは、地球連合軍様は、戦力分析がちゃんとしていらっしゃる」
ハルドは茶化して言った。クライン公国の方はコロニー同盟の盟主を名乗っているアマツクニに小規模だが戦力を差し向け、その度にハルドとセインが出向いてクライン公国を叩いていた。
対して地球連合の方はというと、コロニー同盟の戦力のほとんどと実質的な決定権がクランマイヤー王国にあると知っており、わざわざクランマイヤー王国あてに協力の要請を出したのだった。
「こちらに直接の要請ということは、戦力が欲しいということだろう。それで、要請の内容は?」
アッシュが尋ねるとアラン中佐は険しい顔のまま言うのだった。
「ヤキン・ドゥーエ攻略の協力だ」
その言葉を聞いた瞬間に、アッシュは目をつぶり額に手をあて、ハルドはそりゃまた剛毅な話だという気持ちを込めて、軽く口笛を吹いたのだった。

 
 

ヤキン・ドゥーエ、数十年前に始まり、未だに歴史の表舞台に現れる、クライン公国最大の要塞。幾度もの戦いを乗り越え、改修された要塞は鉄壁の防衛性能を持つと言われる大要塞だ。
地球連合はコロニー同盟の結成に際して、防衛線力を各コロニーに配置せざるをえなくなったクライン公国の隙をついて、僅かに弱まったヤキン・ドゥーエまでの侵攻ラインをこじ開け、補給線を確立させていた。
そして、いま、この時がヤキン・ドゥーエを攻略し、地球連合の支配領域を拡大させるチャンスだと地球連合は考えているのだとアッシュは思った。
「ヤキンを抜けて、アプリリウスを抑えて限界だろ」
ハルドは冷静な声で、そう言った。アッシュとアラン中佐。同じテーブルにつくもの全員が同じ考えだった。
ヤキン・ドゥーエも昔とは役割が違う。大要塞であり守りの要衝であるが、重要度は下がっている。それは、クライン公国の開祖、ユウキ・クラインがヤキン・ドゥーエより遥か遠くにアレクサンダリアという新首都を作ったためである。
現在のヤキン・ドゥーエは地球へと軍事物資を運ぶための集積場と化している面が強く、その後ろにあるアプリリウスも首都ではなくなったため、大規模な都市というだけになり下がっている。
「とにかく、地球連合はアプリリウスを占領し、アレクサンダリア攻略までの拠点にしたいと考えていると考えていいんですか?」
アッシュがアラン中佐に尋ねると、アラン中佐は難しい顔を浮かべたまま首を横に振る。
「それは、私には分からないことだが、戦略的に考えればヤキンを落としたならば、アプリリウスまで攻め上がり、拠点とするのが筋だろう」
だが、そこからが辛いだろうとアッシュは思った。クライン公国初代公王ユウキ・クラインは悪い評判も絶えない人物だが、賢明だったのは自国の首都が敵の勢力圏に近すぎるとし、伝統をかなぐり捨て、新首都アレクサンダリアを造りあげたことだろう。
その後、アレクサンダリアを中心に周囲に鉄壁の要塞群を造り上げたのもユウキ・クラインの功績であり、地球連合は何十年も前の人物が、思い付きで行ったような戦略的施設建造の影響で、攻め手をことごとく奪われていたのだった。
「まぁ、先のことはヤキンを落とした後でってことで」
ハルドはそう言うが、そのヤキン・ドゥーエを落とすことがどれほどの困難を伴うのか誰も想像がつかなかった。しかし、アッシュはやらなければならないという思いに駆られていた。ここで地球連合からの協力要請を断ればどうなるか。
コロニー同盟は地球連合からも、すぐにではないだろうが徐々に敵対勢力としての扱いを受け、当初考えていた、コロニーの平和の道からは遠ざかってしまう。
それを考えた場合、クランマイヤー王国はヤキン・ドゥーエ攻略戦への協力を喜んで受け入れるしかないのだった。
アラン中佐は、申し訳ないといった表情を浮かべながら、席を立ち言う。
「詳細と攻撃のタイミングは後日、連絡があるだろう。すぐにではないだろうが、なるべく戦闘員には伝えておいた方がいいだろう」
アラン中佐はそう言って、王家邸から去って行った。
「……こちらの戦力も完全には回復していないのに、要塞攻略戦とはな」
アッシュは疲れたのか、ソファーに身体を預けながらハルドに言う。
「地球連合だって、そこまで、こっちには期待してないだろ。少数精鋭の部隊による奇襲攻撃。そういう役割を俺たちに期待してるはずだ」
ハルドはそう言って、アッシュの肩を叩くと立ち上がり、言う。
「ま、それでも覚悟を決めていくしかねぇだろうがな」
そう言って、ハルドはさっさと自分の寝室へ引き上げていくのだった。

 
 

アラン中佐から地球連合への協力の話しを受けてから数日、クランマイヤー王国は落ち着かない雰囲気が漂っていた。アッシュが正直にこのことを国民に伝えたためだった。
クランマイヤー王国の国民の落ち着かない雰囲気は、また大きな戦いがあることと、自分たちとは直接関係が無い戦いに巻き込まれる理不尽さを感じていたためであった。
そんな中、ハルドは、クランマイヤー王国のメインコロニーの中でも静かで人の訪れない場所で、独自の訓練を続けていた。
森の民からはもはや教えることはないと言われたハルドだったが、終わりに森の民の族長のリカードから精神のあり方について助言を受けていた。
「きみの心は、冷静と狂気の境界に立っている。きみ自身それを理解していると思うが、あえて助言をさせてもらおう。狂気を恐れるなと。
きみは冷静で賢く闘争心に溢れた狼だ。きみの知っている人間が狂気に呑まれていようと、きみは狂気に呑まれることはない。これだけは断言できる。だから、恐れず、必要がある時は一歩を踏み出しなさい」
リカードからの助言はそれだけだった。だが、それだけでハルドは救われた思いがした。自分の師匠エルザ・リーバスは結局、狂気に呑まれ死んでいった。それを思うと、狂気に呑まれることへの恐れがあった。自分は狂気に任せてエルザを殺したというのにだ。
今、ハルドは静かな場所で、瞑想をしつつ自分の中の正気と狂気のラインを見定める訓練というか修行をしていた。
スッと自分の中に入る感覚、正常な世界と歪む世界がハッキリと見え、自分は明らかに正常な世界に立っていると思った。ハルドは自分の心の中の世界で、歪む世界へと足を踏み入れるか、考え、正気と狂気のラインで足を止めるのだった。
ハルドは、正気のラインを越え、向こう側へと進まなければ、あの青い翼のガンダム乗りユリアス・ヒビキには勝てないだろうということも理解していた。だから、一歩を踏み出さなければならない。そう思い、心の中で一歩を踏み出そうとした。その瞬間だった。
「ハルドさん!」
姫の声が聞こえ、ハルドは瞑想状態から現実に引き戻された。
ハルドはハッとして声がした方を見ると、姫が手をメガホンのような形にしてハルドを呼んでいたのだった。ハルドは、軽くため息をつくと、姫の方へと歩いていった。
「それで、どうしたんです?」
ハルドは姫と歩調を合わせながら、ノンビリと人気の無い道を歩きつつ姫に尋ねる。
「ハルドさんがまた戦争に行くって聞いて心配して」
姫がそう言うと、ハルドはそれはありがたいことだと思った。クランマイヤー王国の人間に加え、アッシュなどもハルドが死ぬことなど無いと思って心配など欠片もしていない。それより、そこら住民に、
「ウチの子は連れて行かないわよね!?」
と詰め寄られ、
「アンタんとこのお子さんはヘボだから連れて行かないよ」
と言うような役回りだというのに。
姫は神妙な表情でハルドの隣を歩きながら尋ねる。
「私と会った時を覚えていますか?」
そりゃ忘れるはずもないとハルドは思い、その当時のことを思い出す。

 

一年くらい前だ。生きる方法を見つけられず、馬鹿どもの手伝いをしながら日銭稼ぎという日々にもウンザリし、なんとなくクランマイヤー王国に流れ着いた。
リンゴの木の下で全てが面倒くさくなり、横になって、このまま死んでみるかと挑戦していた時だった。この姫が話しかけてきたのは。
警戒心も何も無く、怪しい男に話しかけてきたのだ。
「おなか、いたいんですか?」
お腹が痛くてぶっ倒れている人間がいるかと、当時は思ったが、まぁそれはどうでもいい。
「心が痛い」
真っ正直に答えてみたら、この姫は下手くそな歌を歌いだした。心に加えて耳や色々な感覚が痛くなったので、起き上がったのだ。そうすると姫は言ったのだ。
「心が痛いのは寂しいからです。私のお家に案内します。お泊りしていってください」
そうして、なんとなく姫の家に招かれ、今は亡きバーリ大臣に色々と申し訳ないと言いながら一晩の宿を借りるつもりが、長期の滞在となった。
クランマイヤー王国を拠点としていたわけではないが、その後はなんとなくクランマイヤー王国に立ち寄るようになっていた。

 
 

「憶えてますよ。ただ、見知らぬ人間を家に泊めるのは、今後はなるべく避けるようにしてくださいね」
ハルドは微笑みながら、そう言った。思えば、ここまで長い付き合いになるとは思わなかったが、別にそれが悪いとも思わなかった。
「もう、心は痛くないですか?」
姫は心配するような表情の中に、何か別のものを持ったような表情を浮かべたが、ハルドは、その別のものを無視して笑顔で言った。
「寂しいどころか、うるさいくらいなんで、心が痛いとか考えてるヒマはありませんでしたよ」
思えば色んな輩が、この国にやって来た。どいつもこいつもろくでもない奴らだが、ハルドは嫌いになれないどころか、みんなが好きだった。恥ずかしくて口には出せないが。
しょっちゅうバカをやったり、バカの的にされたりだ。なぜ自分が的にされるのかを尋ねたら、美青年の無様な姿の方がかえってウケるからだと言われた時は、取り敢えず全員を捕まえて、朝まで正座の刑に処した。
悪くなかった。いや、悪くない。この国は最高だとハルドは姫に笑顔を見せると、姫は僅かに寂しげな表情を見せながらも、笑顔で言うのだった。
「ハルドさんが笑顔になってくれたなら、私の任務完了です!」
姫は笑顔を浮かべながら敬礼をしてみせた。ハルドはどういうことかと聞きたかった姫が先に言い出した。
「私は誰かを幸せな気持ちにしたかっただけなんです。その最初の一人がハルドさんで、ハルドさんが幸せになったら、私は全てを諦めて王女になります」
ハルドは、それは俺が言った言葉だ、否定して良いと思ったが、姫は僅かに微笑む、その微笑みにハルドはハルドはゾッとした。
「もう、遊びは終わりなんです。ハルドさん、私は王女として生きていきます」
ハルドはまだ早いだろという言葉を伝えたかった、だが、姫の眼差しにハルドは気圧され、何も言えなかった。こんな少女に、俺が負けるのかと思ったがハルドは今の自分では無理だと思わされた。
「ハルドさんは優しい人ですから、色んな人を心で思っていてください。誰かの心の中なら、人はずっと生きていられます。それが辛くなることもあるかもしれません。その時は忘れてください。今の言葉は私の両親の言葉です。
でも、出来れば、ハルドさんには、今の私になる前の私を本当の私と覚えていてほしいです」
ハルドはようやく気づいた。今、目の前で大切な人が失われようとしていることを、そして自分が何もできないことを。
姫は全てを理解したハルドの肩に優しく、手を置き、言うのだった。
「次の戦いの戦果を期待しています」
ハルドは自分が間違えたと思いながらも、その手の温もりに、ただ一度の忠誠を誓うのだった。

 

「なんだか、大変なことになったなぁ」
セインは緊張感のない口調でそう言うのだった。アッシュからヤキン・ドゥーエ要塞攻略戦はセインの耳にも入っていたがセインはそれほど危機感を感じずにいた。
「あのね、ヤキン・ドゥーエは――!」
隣でミシィがセインに説教するように言うが、セインは別に気にしなかった。これが一番なのだと。説教の内容は関係なく、ミシィが自分を気にして言葉をかけてくれている、セインはそれだけで充分に幸せだと思った。
セインは、口うるさく説教をしているミシィの唇を自分の唇で塞いだ、咄嗟かつ一瞬だが許されるだろうとセインは思ったが、その直後に手痛い反撃を食らった。
ミシィは憤慨しつつも唇を気にしながら、頬を染めて立ち去って行った。セインは座っていたベンチから叩き落されたが、別に気にしなかった。
好きな女の子に突然にキスをするより勇気がいることがあるかと思い、大笑いしながら地面に横たわり思う。
「人生は楽しい」
天国の両親には悪いと思うし、ロウマ・アンドーが憎いことには変わりがないが、セインはそれよりも大事な物を掴みとったような気がして、手を天に掲げる。
力の狂気に呑まれることや、復讐に思いをたぎらせることで得るものはなかったが、ただ好きな女の子のことを思い頑張って戦ったら、思わぬご褒美が得られた。
「はははははっ!」
地面に寝転びつつ笑いながらセインは心の中で何かが確かな形で吹っ切れたような気がしたのだった。
「僕の戦う意味は単純でいいよ」
セインは天に掲げた手を握り締め、一人そう言うのだった。

 
 

アッシュはどうしたらいいものかと、シイナ・マクスウェルをクランマイヤー王国のメインコロニーの全景が見えるベンチの隣に座らせながら思うのだった。
この状況に関して自分の位置にハルドがいて、シイナ嬢の位置にターゲットがいれば、殺れと言えば済むのだが、全くそんな状況ではない。
アッシュは緊張で大量の汗をかいていた。アッシュの人生は訓練と勉強の毎日であり、こうして女性と私的に隣り合う状況は初めてだった。
過去には隣り合った女学生の消しゴムを拾い渡した際にも、風邪を引いていたのか、女学生が頬を赤らめた経験しかなかった。
アッシュはモテるという自覚を持たないまま、その年齢まで生きてきたので、女性に対しての関心を持たずに生きてきて、その上、自分はモテないという感覚を持っていた。
同じく、シイナ嬢も自身が極めて魅力的な女性であることを理解しないまま過ごしてきた。過去に隣に座った男子学生の鉛筆を拾い、持ち主に渡した際、男子学生は妙に緊張した様子を見せても、ただ緊張しやすい体質なのだとしか思わなかった。
見た目からすれば、アッシュもシイナ嬢も完璧なカップルであったが、二人にその自覚はなかった。
アッシュはハンサムかつ長身、そしてどことなく気品を漂わせている、シイナ嬢は長い黒髪に白い肌、そして端整な容姿であり、二人が並んで座っていれば誰もがカップルだと思わずにはいなかった。
しかし、当の二人は自分たちの関係がどういうものなのかイマイチ掴めずにいたのだった。二人は何を話せばいいのか分からずに、互いに黙ったまま、時間が過ぎていく。
そんな中、シイナ嬢は何か意を決したようにアッシュに尋ねるのだった。
「今度、大きな戦いがあると聞きました」
「はい」
アッシュは否定のしようもないので、うなずき、返事をする。
「アッシュさんも、戦いに行かれるのですか?」
言外に行く必要は無いのではないかという意味が秘められた言葉だった。実際、摂政の自分が戦いに赴くのもおかしな話ではあるのだが、戦力的なものを考えたならば、自分も行く必要があるとアッシュは思うのだった。
「ご心配をおかけするかもしれませんが、僕は大丈夫ですよ。必ず帰ってきますので」
アッシュは穏やかに微笑むと、シイナ嬢はそれきりにアッシュが戦いに赴くことに関して追及することは出来なかった。自分に出来ることは、この人の無事を祈ることだけだと思い、その思いを言葉にする。
「どうか、ご無事で……」
アッシュはその言葉だけで充分だった。なんとしても帰ってこよう。そう決意させるにはアッシュにとっては充分すぎるほどの言葉だった。

 
 

ロウマ・アンドーは不機嫌な表情を隠さずに、自分の目の前に並ぶ、聖クライン騎士団員達を睥睨した。
「騎士団員五十名。そのうち実戦経験者は、その半数にも満たない。だいたいが訓練エースか」
ロウマは騎士団の上層部は馬鹿なのかと罵りたくなった。聖クライン騎士団は確かにエリートの集まりで、頼りにはなるが、それは、ある程度の実戦経験がある輩だ。今、自分の目の前にいるのはテストの点数が良いだけの頭でっかちなパイロットばかりだ。
地球連合は、ヤキンのそばに、急造だが中継基地を設営しているというのに、こちらの戦力は頼りないエリートが数十名増員されただけだ。
アッシュは危機感を覚えていた。ここの所、失敗が多く、騎士団の上層部が自分に対して向ける目も厳しくなっている。ここで更にヤキン・ドゥーエを落とされ、アプリリウスまでも奪われでもしたら、自分の出世の道は閉ざされるとロウマは最悪の予想をしていた。
もはや手段を選んでいる場合ではないとロウマは思った。使えるものは何でも使う。
バルドレンの出来そこないのEXSEED兵も、プロメテウス機関からMSを借りてでも、何をしてでも自分は勝利しないといけないとロウマは思う。自らの出世とその先に待つ栄光のために。

 

ユリアス・ヒビキは、本人はイマイチ理由が分かっていなかったが、ヤキン・ドゥーエの守備部隊へと配属されていた。
その理由はある種の謹慎であり、ウィンダリアでの終戦協定の際にクランマイヤー王国のガンダムタイプと遊んでいたことがマズかったらしいと、ユリアスは騎士団の上層部から命令を受け、このヤキン・ドゥーエに配属されたのだった。
まぁ、それほど大変なことでもないだろうとユリアスは思った。どうせ、適当に戦ったところで自分が負けることはありえないし、自分がいる軍が負けるはずはない。ユリアスは絶対の自信を持ち、戦いが始まるのを待つのだった。

 

そして、戦いまでの僅かな時間は過ぎていった――

 
 

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