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GUNDAM EXSEED_B_8

Last-modified: 2015-04-17 (金) 17:36:40

ドロテス・エコー大尉という男は、この時代には珍しいニコチン中毒者だった。
「あータバコ吸いてー」
思わず自分のデスクで勤務中も、そんな独り言を言ってしまうほどである。
そんな独り言を言うのを聞き咎める人物はいる。それは、ドロテスが働く収容所の所長である。見た目は貧相だが、階級は極めて高くおまけに一等市民である。ドロテスとはまったく逆の人物であった。
「エコー大尉」
所長に呼ばれて、ドロテスは席を立った。立ち上がると巨大な人物であることが分かった。2mに近い身長に筋骨隆々の体躯、そして褐色の肌。髪は長髪を適当に縛り上げている。
立ち上がり、のっそりとドロテスが所長の前に行くと、所長の額には青筋が立っている。
「タバコが吸いたいのは結構だが、その前に仕事をしたまえ!キミは何だ!?」
「自分はこの収容所の警備主任であります」
そう、ドロテス・エコーは、ここ月の第3収容所の警備主任を任されていた。
「なぜ大尉のキミの部屋がないか、わかるか?」
所長は変わらず青筋を浮かべている。
「スペースがないからでありますか?」
そう答えた瞬間、所長は机を思い切り叩いた。
「キミがサボらないように私が見張る必要があるからだ!」
ああ、なるほどと、ドロテスは思った。だから、所長と同じ部屋に自分が置かれているということかと、ドロテスは理解した。
「わかったら、仕事をしたまえ」
そう言われ、ドロテスはとりあえず、自分のデスクに戻ったのだった。そしてドロテスは、こう考えた。トイレに行くふりをして、煙草を吸いに行こうと。

 

「ふー」
ドロテス・エコー大尉はMSのコックピットの中で煙草を吸っていた。C.E152は喫煙家には辛い時代であった。もはや施設内に禁煙スペースはない。自室ですら煙草は許されないのだ。だが、ただ一つだけ、煙草が自由に吸える場所がある。それはMSのコックピットの中である。
「生き返るぜ」
大げさな表現ではあるが、煙草は彼にとって死活問題である。
聖クライン騎士団に入ったら、階級は即座に上がり大尉にはなったが、自由は無くなった。そうドロテスは思う。ただの公国軍人だった時の方が煙草は自由に吸えた。特に地球勤務の時は良かった。外に出れば吸い放題だった。
「人生失敗だ」
目先の階級と昇給に釣られたのだ。昨今煙草代も馬鹿にならない。自由に煙草を吸える金を手にしたと思ったら、今度は吸える場所がないということだ。
人生とはままならないものだと思い、ドロテスはコックピットの適当な場所に灰をこすり付ける。整備士はグダグダ言うが、これがドロテスのゲン担ぎだった。MS戦で死なないための。
一息ついたドロテスは煙草を携帯灰皿に押し込み、コックピットから出る。あまりトイレが長いと所長にまた文句を言われるからだ。立場上は、一応警備主任なのだから、少しは働いて見せなければならない。ドロテスは煙草臭さを消す努力もせず、そのまま職場に戻った。
その後ろ姿を見ても、だれも想像がつかないだろう。ドロテス・エコー大尉、二つ名は褐色の悪鬼。かつて地上で猛威を振るい味方にすら恐れられた男だということを。

 
 

セーレからの依頼を受けたハルドは速やかに準備していた。とにかく施設に潜り込むのだから、ばれない衣装がいると。しかし現地調達で良いと思った。
収容所というものは出るものには厳しいが入るものには優しいという認識があったからだ
ハルドのプランではコナーズに船を操縦してもらい、月の近くまで行く、そしたら、ハルドだけ宇宙に放り出されるという予定だ。月の引力に引っ張られるし、ノーマルスーツの推進システムで多少の移動は出来るだから、困難はないと思っていた。しかし、
「すいません、ついてきちゃいました」
ハルドが月面に降りようとした瞬間、もう一人余計なのが付いてきた。それはセイン・リベルターであった。
「収容所だったら、父さんがいるかもしれないし……」
と言いだしたが、関係ない。コナーズに回収を命令しようとしたハルドだった、コナーズの船は、遠く離れてしまっていた。
「おまえ!……まぁいいよ……」
こうなってはどうしようもない。余計なコブを一つ付けた状態で仕事をしなければならない。
「親父を見つけても、連れて帰れるとは限らんからな、セイン」
ハルドは忠告を残し、月面へと着陸した。セインもハルドと同じように着陸する。
二人の視線の先には大きなクレーターがあり、そのクレーターの中に施設があった。月の第3収容所である。
二人はそこを目指して月面を歩き始めた。二人は苦も無く収容所のすぐ傍へとたどり着く。
「もう少し警備が硬いかと思ってましたけど」
「収容所だからな、気をつけるのは中で、外は別にな」
言って、ハルドはセインに先んじて、大胆に収容所に近づく、それを見てセインも真似をする。
「中の囚人の面倒を見てれば良いだけだからな」
ハルドはそう言いながら、収容所の施設の周りを探索し始めると、すると、ちょうどいい場所を見つけたようで、大きな排気口に目を付けた。
腰のツールボックスから工具を取り出すと排気口に工作をし始め、排気口自体を外してしまう。
「あとは、まぁスパイ映画とか、ゲームのノリで」
そう言うと、ハルドは先に入って行く、セインはその後についていくだけだった。
排気口の中は入り組んだ通路になっていたが、通るのに困ることはなかった。思ったよりも道は広かったからだ。
ハルドの先導に従いセインは行くが、途中、ハルドに言われる。
「俺はお前の親父を探してるわけじゃねぇからな。なんかしてくれるなんて期待すんなよ」
それはそうだ。ハルドはハルドの目的があってここに来ている。セインはいわば邪魔者だ。
「大丈夫です。自分のことは自分で何とかします」
そう言った瞬間、セインの襟元がハルドに掴まれた。
「ガキのセリフだな。なんも考えてねぇ……」
それだけ、言うとハルドは手を話し、先へと進むのだった。セインはたじろいだが、そのままハルドの後を着いていった。
道を進む中、不意にハルドが呟くように言った。
「俺は今までの人生、自分1人の力だけで自分の始末をつけきったことはないよ」
セインに聞かせるようだったが、自分への反省にもとれる言葉だった、
やがて、二人は適当な場所を見つけ、そこから、施設内に侵入することにした。ハルドはどんな場所か想像がついたが、セインには想像が付いていなかった。
宇宙空間にある密閉された施設、その中で最も排気つまりが空気を入れ替える必要な場所とは――死体処理場である。
幸運にも死体処理場に人はいなかった。なので、ハルドはゆっくりとノーマルスーツを脱ぎ、死体処理場にあった焼却炉に服を投げ込んだ。
セインは偶然にも積み重ねられた死体の一つと目があったようで、不運にも吐き気に襲われていた。

 
 

「こんなの酷すぎる」
セインが言うがハルドは何ともない様子で返す。
「アービルに比べればましだろ。まぁ似たようなもんか」
セインは無視してハルドが困ったのが服である。しかし、それも一瞬だった。ハルドは重なった死体の中から比較的綺麗な物を2体見つけると、死体から服を脱がし、裸になった死体は焼却炉に投げ込んだ。
「何をしてるんですか!」
セインはハルドに向けて言うが、ハルドには死者をいたわる気持ちはなかった。ハルドは脱がした服の一枚をセインに投げ渡し、それを着ろと命令する。セインには訳が分からなくなっていた。
このハルドという男は死者をいたわる気持ちは無いのか、そう思いながらもセインは、今まで着ていたものを脱ぎ捨て、ハルドの真似をして焼却炉に投げ捨てるとハルドと同じように死体から剥ぎ取った服を着るのだった。
セインはハルドについて死体処理場から出た。直後に、
「悪いっ、入り口は開けたままで!」
という声が聞こえ、先ほどまでセインたちがいた死体処理場に、トロッコのようなものが死体を運び込んでいった。
「まぁ、よく人が死ぬ場所らしいな」
ハルドは何ともない様子だったが、セインはゾッとするしかなかった。
「まぁ、状況把握だな」
セインの怯えを無視して、ハルドは言う。セインはというと、恐る恐る周囲を見回すしかなかった。
荒っぽそうな暴力的な人間、それに虐げられるひ弱な人、正気を失って徘徊する人や、その場に座り込む人。
息苦しくなって、セインは上を見上げたが、この収容所の上を見上げても空はなく、クランマイヤー王国のような、のどかな緑もない。あるのはただ灰色の天井だけだ。セインはすでに帰りたくなっていた。
別にクランマイヤー王国でもいいじゃないか、あそこは良いところだ。帰ったら、少しミシィと仕事について相談してみよう。現実逃避に近い感情がセインを襲った。
が、その考えは無理やり途中で断ち切られた。断ち切ったのはハルドであるハルドは、セインの背を叩くと、行くぞ、と促したのだった。

 

収容所内を歩くと、収容所は基本的に三つの区画にわかれていることがセインには分かった。囚人が生活をする収容棟、セインが見た限りそこはヒドイ物であった。囚人には個人のスペースは与えられていない、最低限与えられているのはトイレくらいだ。
囚人は基本的に複数の小さな二段ベッドが並んだ部屋で寝ることになる。一応、ベッドは個人スペースのようで、うっかりとベッドに触ったセインは、囚人の1人に怒られた。ベッドの下は個人スペースとして使われているようだった。
1人の綺麗な顔をした囚人が「大事な石」と言って、ベッドの下に石を入れているのが見えた。セインにはただの石にしか見えなかったが、ハルドは「大事な物は人それぞれだ」そう言って、セインに見るなと言った。
直後、綺麗な顔の女の人は収容所を管理している看守に連れていかれた。セインも子どもではない。あの綺麗な顔の女の人がこれから何をされるのかぐらいは分かったが、動けなかった。

 
 

「あんま、気にすんな」
ハルドは、綺麗な顔の女の人を見送る自分を見てそう言ったのだろうとセインは思った。
次には囚人が作業を行う作業棟である。
セインはタイミングが悪かったため、その作業棟の中を見ることは出来なかったが、中を覗いたハルド曰く、まぁまぁな作業光景だったよ、というだけである。
そして、管理棟。看守やらその主任、それ以上の所長が詰める場所である。しかし、警備は厳重であり、近づく方法は無いようにセインは思えた、ハルドも同様であり。あまり積極的に管理棟に近づくべきではないという結論がでた。
そして、気づくと収容施設は夜の時刻を迎えていた。
食事は収容棟スペースの前の広場のまえに並べられた。食事は管理棟から運ばれ、看守が業務の一環として配膳を行っていた。
ハルドもセインも上手く、その列に並べた。不意に視線を動かすと綺麗な顔の女の人のトレーには他の囚人よりも良いものが見えた。
「そういうもんだよ」
ハルドは何か言いたそうなセインの気持ちを察し、そう言うのだった。
相手をするから楽な生活。それでいいのかとセインは思うが。
「そういうもんだよ」
ハルドはそれしか言わなかった。
収容所で食べる食事は人生で一番まずかった。セインはそう思った。
さっさとクランマイヤー王国に帰りたい。ハルドは父親のことも忘れて、誰が以前に使っていたのかも分からないベッドの上で眠りについたのだった。

 

ハルドはセインが寝た後も地道に活動を続け、様々な人物から情報を収集していた。すると何人かの軍人崩れに絡まれたが、それらを殴り倒し、情報を聞き出すと、クイーンという人物が浮かび上がって来たのだ。
収容所の中で物流を操る女王クイーン。ハルドはその存在に興味を持ったが、時間も時間だったため、その日は眠ることにした。
翌日、ハルドとセインは別行動となった。収容所の囚人に課せられる強制労働があったためだ。ハルドはそれなりに厳しい労働。セインは年齢を考慮されたのかハルドよりは楽な労働が課せられた。
「生まれて始めてだぜ。ちゃんと労働したのは」
労働を終えた自由時間にハルドとセインは合流したが、ハルドは体力的なものもあり厳しいという労働も楽なものだった。対してセインは死にそうな表情になっている。
「ここの人はこんなにつらい仕事を毎日……」
体力的にセインにはきつかったようだった。
その後もハルドとセインは別行動をすることとなった。
ハルドはクイーンという人物に接触するため。セインは父を捜すため行動を開始した。
ハルドの方は順調に進んでいく、それらしいゴロツキのような輩に喧嘩を吹っかけ、殴り倒して情報を聞き出すだけで、段々とクイーンに近づいていく。
対して、すぐにセインは手詰まりというか、結果が出た。大声で父を知っている人はいないかと聞いたところ、誰も知らないという答えが返ってきた。
その後も丁寧に調べたが、どうやらセインの父はこの収容所には送られていないということが分かった。結果だけ言えば無駄足である。
ハルドの方はと言うと計十数人を殴り倒したところで、クイーンの元に辿り着いた。
クイーンはハルドに背を向けていた。見た感じでは小柄な女である。
「あまり、騒ぎになるようなことは止めてほしいのだけれど」
小柄な女だった声は自信に溢れている。
「今度からは気をつけるよ。で、せっかくここまでたどり着いたんだから、せめてご褒美に顔でも見せてくれよ。収容所の女王様」
そうハルドが言うと、クイーンと呼ばれる人物は勿体付けるように振り返った、だが、その結果は、意外なものとなった。

 
 

「ふふふ、て、え隊長!?ごめんなさい、すいません!」
振り返りハルドの顔を見た瞬間、クイーンという人物という人物は一瞬でハルドの軍門に下った。
クイーン、それはハルドの知り合いであった。クイーン、その本名はユイ・カトー。過去にはハルドの部下でもあった人物である。
最後に見たのは3年前だが、その時と比べて前髪が長く伸びており、右目を完全に隠している。
「すいません。調子に乗ってました。殺さないでください」
クイーンこと、ユイ・カトーは土下座でもしかねない勢いだった。ハルドの本当の恐ろしさを知っているが故の行動だった。
ハルドはハルドで意外だった。まさか、ユイ・カトーとは思わなかったからだ。
「しかし、生きていたとはな」
ハルドは感心した様子だった。てっきり、死んだと思っていたからだ。ユイ・カトーが生きていたのなら、他にも生きている人間はいるかもしれない。ハルドはそう思い、他に生きている奴はと、尋ねるのだが、ユイ・カトーは首を横に振るだけだった。
そして前髪を上げてみせる前髪に隠されていた右目は眼帯に覆われていた。そして眼帯を上げると、眼帯に隠れた目には大きな傷跡があった。見ただけで失明していると分かる傷だった。
「まぁ、わたしもこのざまで、一応助けてくれた艦長はなんとも」
そう言いながら、ユイ・カトーは首を横に振った後、ハルドを案内する。案内された先は、収容棟内でも特別な隔離房であった。
「艦が墜とされてからはこんな調子です。私が色々手を尽くして匿っているんですがね」
言われた、その先にはハルドが知る限り、最高の艦長ベンジャミンがいた。ハルドは思わず駆け寄る。
「ベン!俺が分かるか」
肩を掴み体をゆするが、ベンジャミンは反応を示さず。ただ呟くだけだった。
「……放っておいてくれないか……」
ベンジャミンの視線は虚ろで、ハルドの姿を捉えているかも定かではなかった。
「廃人ですよ。命を救われた恩で匿ってはいますが」
ユイ・カトーはやれやれといった感じで言うのだった。なぜこうなってしまったのかハルドには想像がつかない。
何が原因かは分からないが、ハルドの信頼する艦長ベンジャミンは廃人同然となっていた。
クイーンことユイ・カトーは言う。
「もう、面倒事は持ち込まないでくれますか。私らはこの収容所内でも、それなりに生きているんで」
そう言った瞬間だった。クイーン、ユイ・カトーが、久しぶりの恐怖を味わったのは。
「お前が俺に命令するのか?」
怒声も何も含まない自然な声だったが、その時収容所のクイーンことユイ・カトーは久々の恐怖を間近で体験した。絶対的な死の恐怖だった。
クイーンはその瞬間に平伏するしかなかった。収容所は過去の階級が絶対の場所ではない、それでも、クイーンことユイ・カトーは絶対に逆らってはいけない存在を思い出したのだった。世界最強の怪物の存在のことを。
「すいませんでした!」
ユイ・カトーは地面に平伏するような勢いで言ったが、ハルドは許した。
「俺が知りたいのはお前じゃない。別の人間のことだ」
そしてハルドは自分が探している人物について尋ねた。するとユイ・カトーは少し考えこむような仕草を見せた後、
「あ、あの人かも」
そう言うと、ハルドにハルドが探している人物がいる場所へ行く方法を説明し始めた。

 
 

「これを収容所の看守の人に渡せば一発で、その人の近くまで行けますよ」
言ってユイ・カトーがハルドに渡したのは筒状に丸めてゴムで留めた紙幣の束であった。
「賄賂ってやつか」
ハルドは納得して受け取った。だが疑問も残る。
「しかし、いいのか、金を貰っても、結構な額だぞ?」
ハルドは尋ねるが、ユイ・カトーは首を横に振る。
「収容所は物々交換が基本なんです。みんな多少の私物は持ち込んでいますからね。ホントに多少ですけれど」
言うと、ユイ・カトーは外よりもここの方が楽な感じで言うのだった。
「儲けを得る手段はどこにでも転がっています。金が全てじゃないってのも悪くないですよ」
ハルドが知る限り金の亡者だった、ユイ・カトーという女は収容所での生活を、囚人たちの物流を管理するクイーンとしてまんざらでもない生活を送っているようだった。
「取引が通じる場所だったら、お前はどこでも生きていけるよ」
ハルドは心からユイ・カトーという女に対して、そう思うのだった。

 

その後はというと、セインがハルドの行く末を見届けた。ハルドが看守に何かを渡した瞬間、電磁警棒で殴られたのだ。そしてハルドは特別棟というところに移送されてしまった。
ハルドが移送される時、前髪の下にチラリと眼帯が見える女の人が運ばれていくハルドに対して、楽しそうに手を振っていたが、あれはなんだろうとセインは思うのだった。
セインはやがて気づいたがハルドがいなくなってしまったら、自分はどうすればいいのか?
セインは過酷な収容所の中、孤独の身となってしまったのだった。そしてそれからのセインは号令に従って整列し、日課の労働をする生活がはじまった。
毎日、死にそうになるまで働かされ、不味い食事をし、硬いベッドで寝る。その繰り返しだった。日時の感覚もなくなる過酷な日々であった。
そしてハルドはというと、気づいた時には特別棟のベッドの上にいた。目が覚めると下卑た顔の男たちがハルドに手を出そうとしていた。
ハルドは顔だけならば目も覚めるような色男であるから、手を出そうという男がいても不思議ではない。
ハルドは目が覚めた瞬間、下卑た顔の男たちを殴り倒した。多少の痺れはあるが体を動かす分には問題はなかった。問題はユイ・カトーである。
ユイ・カトーの言う通り、看守に賄賂を渡したら、その瞬間に殴られたのである。ユイ・カトーには自分の恐ろしさを本格的に教えてやる必要があるとハルドは思った。
そして、ふと気付いた。場所が変わっていることに。最初にいた囚人用のスペースよりも劣悪な環境の場所だった。
おいおい、とハルドは思い、自分が鼻をへし折った相手にここはどこかを尋ねる。すると返って来たのは特別棟であるという答えだった。
普通の収容棟には置いておけないような危険人物を収容しておく場所らしい。すると、その話し通りみただけで問題のありそうな人間が、ワラワラと出てきた。
「へへへ」
一際おおきな男がニヤニヤと笑うが、ハルドはその笑い顔が気に入らなかったので、一撃で殴り倒す。すると、男たちが一斉にハルドに襲い掛かって来た。
ハルドにも体力の限界はある。だが、十数人を一気に殴り倒しても大丈夫なだけの体力はあった。
騒ぎは相当なものだったが、看守は全く関心が無い様子で、労働の開始を告げる号令をかけに来た。
その瞬間に倒された男たちは、よろよろと立ち上がりながら整列するのだった。ハルドもある程度は手加減していたのだ。
一際大きな男はハルドの隣に並んだ。そしてハルドに対して媚びるような視線を送りながら、
「へへ、アニキって呼んでもいいっすかね」
勝手にしろとハルドは呟き、看守によって整列させられたまま作業場へと向かわされ、労働に従事させられるのだった。
しかし、ハルドの受難は労働や収容所の生活ではなく、別のところから来た。

 
 

「シュア!」
攻撃は突然、襲ってきた。ハルドが収容所の囚人の義務として労働に励もうと思った矢先の出来事だった。掛け声とともに跳び蹴りがハルドの顔面を捉え、ハルドは吹き飛ばされた。
かなりのダメージではあったが、立ち上がれないほどではなかったハルドは起き上がり、自分を攻撃をしてきた相手を見る。
相手は細身の男だった。切れ長で鋭い目が自分を睨みつけているとハルドは感じた。
「蹴られる覚えはないんだけど?」
言いながら、ハルドは構えを取る。相手の殺傷を前提とした格闘術の構えだった。先ほどの男たちに使うようなゴロツキ相手の殴り合いではなく、本気の構えだった。
「ケェア!」
対して謎の男も気合を入れ直すような叫びの後、構えを取る。どこかで見たことがあるような中国武術的な構え。だが、ハルドはどこで見たのかを思い出せずにいた。
「シャッ!」
掛け声とともに男が動き出すが、速すぎた。ハルドは目で追うのが精一杯であった。そして一瞬で懐に入り込まれ、腹部に拳打が直撃した。
語弊なくハルドは、ブッ飛ばされた。数m吹き飛ばされ、さらに床を転がる。ハルドは内蔵が全部、口から出るような感覚を味わった。人生初めての体験である。
男はゆっくりと動けなくなったハルドに近づいてくる。だが――
「そこまでだ!」
看守が現れ、テーザーガンで男を撃ったのだ。ナイスだとハルドは思ったが、直後にハルドもテーザーガンで撃たれた。電気のショックがハルドを襲い、ハルドは意識を失った。

 

「クソ」
ハルドは人生はじめてだった。両手に鉄の輪を通され、鉄の輪からは鎖が伸びており、自分の行動を制限しているという状況は。
先ほどの騒動はハルドも同罪ということになり、ハルドも懲罰房に入れられたのだった。冗談ではないとハルドは思うが、看守たちはそうは思わなかったようだった。
とりあえずユイ・カトーにはこの状況を招いた責任を取ってもらおうとハルドは思った。
懲罰房は薄暗いコンクリート造りの狭い部屋であった。そして、囚人の行動を完全に制限するように作られている。鉄の鎖と言うレトロな物もその一つだ。
そして厄介な問題が1つ。この懲罰房というのは二人用だった。ハルドの同室には男が一人いた。
それはハルドにとって最悪なことに先ほどハルドを襲った男だった。看守の配慮だろうかとハルドは思う。「仲直りしなさい」と余計なお世話だとハルドは思った。
「どうも」
ハルドは取り敢えず挨拶をしてみた。直後に返って来たのは。
「オマエ、カナラズ、コロス」
仲良くできそうもないとハルドは思った。だが、その男の言葉に引っかかる部分をハルドは感じた。
その引っ掛かりに従い、何となくハルドは思い当たる名前を読んでみた。
「虎(フー)さん?」
そう言った瞬間に、懲罰房に殺気が満ちた気がした。
「オマエ、ワタシ、ワスレテタナ!」
正解だったとハルドは確信した。この男は虎(フー)という名の工作員だ。昔、といっても3年前だったが、戦って勝った相手だ。
なぜ、こんなところで3人も昔の知り合いと会うのかとハルドは、運命は不思議だと思った。
「オマエ、コロス、ソノタメ、キタエタ!」
カタコトなのは虎という男が共通語は苦手なためだ。確かに共通語は上達しなかったが、武術は3年前とは比べ物にならない。
とはいえ3年前も銃弾を普通に避ける化け物だったが、とハルドは思い返す。

 
 

「俺を殺すのいいんだけどさ。なんで、こんなとこにいんの?」
ハルドは純粋な疑問をぶつけてみた。返って来た答えも単純だった。
「クニ、ワタシ、ステタ。ワタシ、コウコク、ウラレタ」
ああ、国に捨てられて、クライン公国に売られたということか、ハルドは片言の共通語を解読して理解した。
まぁ、仕方ないかともハルドは思う。この虎という男は素直すぎて工作員やらには向かない。国も持て余すだろうと今までのやり取りで思った。
なにせ、ほとんど見ず知らずの自分に対して完全に事情を話してしまうほどなのだからとハルドは思った。
「まぁ、俺を殺すのはやめようよ。虎さん」
ハルドは適当になだめることにした。
「もう国からも捨てられたわけで、国に義理を通す必要もないじゃないか。俺を殺すのは私情だよ。鍛えたその拳が泣くよ」
ハルドはかなり適当に言ったつもりだったが、虎は大きく頷いていた。
「ソウダ。オマエ、コロス、タイギナイ。クニステラレ、ワタシ、オマエ、コロス、ヒツヨウナシ」
虎がそう言うと懲罰房に満ちていた殺気は引いていった。
「シカシ、キタエタ、コブシ、ドウスル?」
言われてハルドも困った。なんだ、この生き物はと改めて思った。
一撃で人間を殺傷するような生き物は絶対に味方に引き入れたいが……ハルドは考え、結論に至った。利用しようと。
この男は強いが恐ろしく素直だ。この場で適当に言いくるめてしまおうと思った。
「アンタは公国に売られたわけで、公国に恨みがあるはずだよな」
ハルドが言う。すると虎は首を横に振る。
「コブシ、キタエタ、ウラミ、ハラスタメ、チガウ」
「いや、アンタの恨みだけじゃない。ここに囚われた人たちのために拳を振るうんだ。それは正義の行いだ。何よりも正しいはずだ」
ハルドは本当に適当に言ったつもりだが、虎(フー)という男には何か感じ入ったものがある様子だった。
「ギ、ソノタメ、コブシ、アリ!」
そう言った直後だった。虎という男は手首の関節を外し、鉄の輪から拳を引き抜く。ハルドも真似をして引き抜く。
この程度は自分たちにとって拘束になどなりはしないのだとハルドは思う。
「まずは人探しだ。少し付き合ってくれるか虎先生!」
「カマワン、ギノタメノ、コブシナラ!」
この瞬間、その後の歴史上でも数々の名を残す最強のタッグが誕生したのだった。

 

セインは日々の労働に疲れ果てていた。不意に故郷、そしてクランマイヤー王国そこに住む人々、を思い出し涙がこぼれた。
その時だった、急に肩を叩かれたのは。セインが振り返るとそこには右目を隠すように前髪を伸ばした女性がいた。
「アンタ隊長のツレだろ?そろそろ隊長がキレて騒ぎを起こす頃だ。今を狙うよ!」
そんなことを言われてセインは、無理やり引っ張られていった。

 

「もう、どうなろうと構わねぇ!反乱だ!」
ハルドは懲罰房を出た瞬間、そう叫んだ。すぐに看守が来るが、一瞬で虎先生が倒す。どう倒したのかハルドにも分からない動きだった。
「ジュウ、モッテクル、ワタシ、アイテ!」
虎先生はそう言うと、ハルドの目の前から消えるような速さで動きだす。銃を持っている相手は自分が倒すということだろうかとハルドは理解した。
気づくと、虎先生は戻ってきており、両手には銃が握られている。虎先生はハルドにそれを突き出すと。
「ツカエ」
ぶっきらぼうに、そう言うのだった。ハルドは最強の味方を得たと確信した。ハルドは適当に銃を乱射した。囚人たちを勢いづけるためだった。そして、ハルドは一際大きな男に銃を投げ渡す。

 
 

「鬱憤たまってんだろ。ぶちまけろ!」
ハルドが言うと、大きな男は意外に機敏な動きで物陰に隠れ、看守たちに対して銃撃を始めた。ハルドは軍務経験者だと察した。
ハルド達が、そんなことをしている間も、虎はひたすらに看守たちを打ち倒していた。そして、銃を拾うと、自分の後ろにいるものに届けるのだ。
その度に歓声が上がる。虎にとっては初めての体験である。敵を倒すのは当然とされていたが、それがこんなにも讃えられることだと初めて知った。
讃えられる喜びを知った虎は歓喜のままに双手を振るう。その度に、人があり得ない形で吹き飛ばされていく。だが、だれも気に留めない。
特別棟は虎に対する感謝と歓声に満ち溢れ、そして虎は生まれて始めて自分の行動が、こんなにも人の心を動かすことの感動を知って、灰色の天井に向けて吠えた。

 

ドロテス・エコーは普段通り、MSのコックピットの中でタバコを吸っていたが。囚人たちの反乱らしき行動にはすぐに気づいた。
「MS隊の準備をさせろ」
適当にその場にいた人間に言ったが、意味は理解できていない様子だった。
「囚人どもは、どうしたって宇宙に出る必要があるんだよ。逃げるのにな。そこを俺が叩く。状況が状況だ殺しても文句は言われないだろう」
そう思い、ドロテスは乗機の発進準備を整える。所長を置いてきたが、別に構わないだろうと思う。公国軍人なら立派な最後を遂げてくれるだろう。ドロテスはそう思うのだった。
後はタイミングだ、囚人どもが、大挙して逃げ出したところを、一気に仕留める。ドロテスはそういう計画だった。

 

「どうすっかな」
ハルドは現状をかんがみ、呟いた。もはや収容所内は戦場だ。人探しがのんびりできる状況ではない。
ハルドの視界には元軍人らしき男たちが看守と銃撃戦をし、その中で、虎(フー)先生が素手で看守を撲殺している光景しか見えない。とりあえず、
「虎(フー)先生!」
ハルドは、とにもかくにも最強の戦力である、虎を呼び戻したのだった。そしてハルドは言う。
「俺は人を探す。だから、この収容所の秘密区画みたいなのを探さなきゃならん」
ハルドは依頼された人探しを忘れてはいなかった。現状、通常の収容棟とこの特別棟を探しても、ハルドの探し人は見つかっていない。
ならば、収容所を徹底的に探す必要があるのだ。
「ソイツ、シンデル、カノウセイ?」
虎がハルドの考えている最悪のことを言いだす。やはりコイツは最前線に特攻させておくべきかもしれないと思ったが、最強の盾だ。
「アニキ、自分は、そう言う場所知ってますぜ」
急に囚人の中でも一際大きな体格の男が言いだしてきた。普段なら邪魔だ消えろ。とハルドは言いたかったがそう言うわけにいかない状況だ。
「この特別棟は管理棟と長い通路でつながっているんです。その途中に、何か変な通路があって学者っぽい奴が見えました」
かなり有力な情報だとハルドは思った。
「じゃあ、そこまで行く通路は?」
言ってみてハルドは気づいた最激戦区だ。そこを通るのは無理ということは別のルートだ。
「普通の収容棟を抜けて管理棟を突破、その怪しい区画までいくぞ!」
ハルドが言った瞬間、周りにいたゴロツキ崩れの囚人がオーと連呼する。ハルドは状況がすさまじくなってきていることを理解していた。

 
 

「シャッ!」
「うらー!」
ハルドと虎は二人で通常の収容棟に突入した。幸い特別棟と通常の囚人の棟は繋がっていた。
すぐに看守が動くが銃を撃つよりも速く虎が動き、殴り倒す。本当に化け物だとハルドは思った。
「ハルドさん!」
どこかで聞いたような声が聞こえた気がしたがハルドは無視した。それよりもまずは、目の前で邪魔をする看守を片づけなければならない。
ハルドは物陰に隠れながら銃を連射し、看守を撃ち倒す。そして叫ぶのだ。
「反逆の時だ!」
取り敢えずハルドはそれらしいことを言った、別に囚人がどうなろうと構わない。所詮は自分の無能で捕まったような奴らだからとハルドは思う。
死んだ看守から、銃を奪い拾った囚人の1人がハルドの仲間に加わる。こう言う場所は仲間も増えやすくていいとハルドは思った。
「狙うは管理棟!俺たちを虐げた奴らをぶち殺せ!」
ハルドはそんなに恨みもなかったが、とりあえず言ってみると、いつのまにかどこからか武器になるような鈍器を持ち出した囚人がハルドの声に応じる。

 

「ハルドさん……」
セインは状況についていけずにいた。すると、前髪を伸ばした女性はセインを引っ張り、ハルドの前に出そうとするのだが、上手くいかなかった。
ハルドは銃を片手に、どんな障害も薙ぎ払うような勢いで、管理棟に進んでいき、その扉を突破し進んでいく。
「なんかイマイチだね、キミ」
前髪の長い女性はそう言うと、さっさと消えてしまった。
セインの周囲は銃撃戦やら殴り合いとなっていた。看守と囚人の戦いだ。その中で、セインだけがポツンと取り残されていた。
セインは何がなんだか分からない。自分の人生はいつもそうだ。強い人間が勝手に全ての環境を変えてしまい、それに自分はついていけない。
「ふざけるな」
セインは呟き立ち上がった。
「ふざけるなぁ!」
心の奥底から声を出しセインはハルドを追うのだった。もう、ウンザリだ。そういう思いがあった。ついていってやる。
自分は変わる世界について行き、そして追い越すのだ。セインの心には、そんな思いが芽生えていた。全部変えてやる。今の自分も世界も
「うおぉぉぉぉぉ!」
叫びながらセインはハルドを追う。セインが、その人生で見てきた中で一番自由で誰よりも強い男を。

 

「くっそ、めんどくさいな」
そう言いながら、ハルドは、この収容所の所長を撃ち殺していた。
「いい加減、センスの無い服も飽きあきだ」
言いながら囚人に支給される服の襟を引っ張っていた。
「フク、キレル、ソレダケデヨシ」
虎(フー)は世の中の事柄のほとんどに対し悟りを開いているようだった。
ハルドと虎の二人はしらみつぶしに収容所を探し歩いていた。収容所内の戦況は囚人側が優勢のようだったので、二人が歩くのには苦労しなかった。
「アニキ、こっちですぜ!」
ハルドと虎には巨漢が付いている。ハルドが収容された特別棟から延々とハルドに付いてきている。
ハルドはウンザリだったが、殺すという選択肢も取りがたい相手だった。
ハルドは巨漢の言われた通りに、ついていく。するとようやく目的地にたどり着いたような気がした。
“特別製造区画”
なんともハルドの興味をひくプレートを巨漢が示していた。
「イクカ?」
虎が言うが当然だ。
「当然!」
ハルドは言って、そのプレート通りの道を進んだ。

 
 

ハルドを追うセインは途中、見たくないものを見た。それは、以前に見た綺麗な顔の女の人が囚人によって組み伏せられている光景だった。
今の収容所は無法地帯だこう言うことがあってもおかしくない。
セインは思わず立ち止まり、考えてしまう。見過ごす方が楽だと。
すると、女を組み伏せていた男の1人がセインを見た。そしてニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら言うのだった。
「おい、ボウズ。俺たちが終わったら回してやるからよ」
言われて、セインは硬直した。こいつらは最低だと感じた。だが、感じたところで何ができる。自分は弱い。
そう思った時、偶然に女と目があった。その瞬間、セインの抑えていた物が爆発した。全部変えてやるという強い思いが。
「うらぁ!」
適当に近くあった物を拾い、女を組み伏せている男の頭を思いっきり殴った。セインの人生においては初めての暴力だった。
「なんだ、ガキ!」
残った男が殴りかかって来る。避けるなんて高度なことはセインに出来なかった。思いっきり殴られ、思いっきり殴り返した。
武器は偉大だった。ひ弱なはずのセインの一撃の方がダメージが大きく、男を昏倒させた。
「僕――違う!俺は!」
セインは訳が分からなくなりながらも興奮していた。
男たちはいなくなった。綺麗な顔の女の人はというと、優しい顔をセインに向け。
「ありがとう」
その言葉だけでセインは十分だった。
「イマイチかと思ったけどイイね」
いつの間にか前髪の長い女性はセインの後ろにいた。
「その子は保護するからキミは行きなよ。隊長のところにさ」
言われて、セインは頷き走り出す。
銃弾や怒声が飛び交う中をセインは叫びながら、ハルド達が作った死体の中を通り過ぎていく、そして、セインは運命を左右する道を選ぶことなく勢いのまま進むのだった。
“特別製造区画”
そのプレートが示すのとは違う逆方向へと。

 

「失礼しまぁす!」
ハルドは鉄製の重厚な扉を蹴飛ばし、開いた。その先に有ったのが特別製造区画である。入った直後、警戒の意味も含めて周囲を見回すと、収容所とは思えない光景だった。清潔だが、機械油が混じったような感じ、単純に言えばMSの開発研究所だ。
「人を探しているんだが!」
ハルドは銃を隠さず、この区画の全員に聞こえる声で言った。反応は当然怯えたものだ。ここにいるのは軍とは関係があるが軍人ではない軍属の連中でほとんどが拳銃すら触ったことが無いだろう。
そんな人間たちが、銃を持った人間に怒鳴られれば怖がるのは当然だ。現状を見て、少し焦りすぎたかとハルドも考えた。
ハルドが少し脅しをかけすぎたかと思った時だった。物陰から、1人の男がゆっくりと姿を現した。
「なんだ、騒がしい」
そう言った、男は30手前と言った感じの若い男である。見た目は細身といってもアッシュ・クラインの痩せ方や虎とは違う。不摂生がもととなった痩せ方だ。そして長い白髪を後ろで縛っている。そして眼鏡に無精ひげを生やしている。
ハルドはこの男を見た瞬間、ピンときた自分が救出を依頼された人物だと。なぜなら事前に聞いていた情報と全く同じ容姿だからだ。
「チャールズ・マクバレルさん?」
ハルドは恐る恐る聞いてみた。返って来た答えは……
「そのとおりだが」
ハルドのカンは当たったが面倒なことになった。
「貴様は間違いを犯しているな。私を呼ぶ時は“さん”ではなく“教授”を付けろ。確かに籍は奪われたが私がMS開発においてどれだけの影響を――ぐわぁ!」
教授が話している途中、車いすが教授に激突し、教授の話しを中断させた。

 
 

「いまさら言っても仕方ないことを言わない。私と決めたルールでしたよね」
激突の衝撃に耐えられず床に倒れこむ、マクバレルという男はあまりにも貧弱であった。
そして、車いすに乗った女性はマクバレルに対し上から物を言っていた。この女性は、顔立ちは優しそうだったが、怒らせると危険であることを分からせる一場面であった。
女性の顔を見るとハルドは少し考え込むような様子を見せ、1人の女性の名前を呼んだ。
「レビー・シカード?」
呼ばれて女性は、ハッとすると次にハルドの顔を見て目に涙を浮かべる。
「生きていたんですね、隊長!」
レビーは感動から、マクバレルにもう一撃を喰らわせていた。
「ぐふっ」
ハルドとしては嬉しいというよりも、奇妙すぎて気持ちが悪くなる気分だった。この月の収容所で4人も昔の知り合いと出会っているのだ。
ハルドが天を仰ぎみて気持ちを落ち着けようとした瞬間だった。区画内に銃声が響く。ハルド達が撃ったわけではない。つまりは看守側だ。
ハルドらは急ぎ、物陰に隠れる。そこで不思議に思ったが、物陰に隠れるのはレビーたちも同じだった。
「ここで働いてるんじゃないのか?」
「働かされているんですよ、無理やりに!できたら助けてください」
レビーがそう言った瞬間に虎(フー)が動く。銃弾の嵐などものともせず、全てを避けながら駆け抜け、看守たちを一撃で倒す。
「すごいな、あのサイボーグ。後で中身を見せてくれ」
マクバレルが素っ頓狂なことを言うが、実際、虎の動きは人間技ではないのでハルドもなんともいえない、もしかたら本当にサイボーグかもしれないからだ。
そんな中、レビーがこの施設について説明を始めた。ハルドは虎の活躍を眺めながら、なんとなく、話しを聞くことにした。

 
 

レビー曰く、この特別製造区画というのは逮捕した民間人や捕虜で技術者としての心得がある人間を使って、クライン公国が新型MSを開発しているということだった。
「へー」
あまり興味がなかったのでハルドは適当な返事をして理解したように見せた。そんなことをしている内に虎が戻ってきた。ほんの僅かに疲れた様子で虎が言う。
「テキ、オオスギル、ムリ」
なるほど、虎に無理なら、おそらく人間には無理な状況なのだろう。しかし虎が暴れてくれたおかげで、看守側も体制を整えなおしている所だ。
ハルド達には多少なりとも、ゆっくりする時間が与えられたわけだが。
「俺、このマクバレルって人をここから救出するように頼まれてここまで来たんだけど」
ハルドは、マクバレルよりも話の通じそうなレビーに対して言う。
「じゃあ、助け出してくださいよ。教授と言わず。ここの収容所の人全部」
レビーはあっさりと、大変なことを持ち出してきた。ハルドとしては助ける必要があるのかという気持ちはある。
「捕虜や無実の罪なんかで収容された人たちですよ。助けなきゃだめです」
それは、人道的な観点に立てばそうだとハルドは思うが、そして実際に何とかもできなくはない。
「いや、この状況ならやれなくもねぇけど、マジ?」
ハルドが言うとレビーは頷くだけだった。とりあえずハルドは味方を見回してみると虎はしきりに頷き、巨漢の男もしきりに頷いている。
「私は嫌だぞ。ここは開発環境に恵まれ――がっ!」
拒否しようとしていたマクバレルの頭にレビーのスパナが直撃した。3年間見ない間に相当強くなったとハルドは感心した。
「シカシ、ドウスル?ヒト、オオイ」
虎が戦闘以外の話題に加わる。虎が話すとどういう意味で言ったのか分かりづらくて面倒だが、レビーはすぐに読み取った。
「輸送艦があるから、人はいくらでも乗せられる。後は……」
マクバレルが急に起き上がり、言う。
「MSも積むぞ。試作機も開発途中も何でもだ」
起きるとマクバレルは動き出し、どこかへ行こうとする。ハルドは大丈夫かという視線をレビーに送るが。
「教授も実際はここが嫌なんです。なにせ逮捕されて連れてこられたわけですし」
ハルドは巨漢の男に視線を送り、マクバレルを護衛するように命じた。しかしよくよく考えてみたら、呼び名が無いのは面倒だ。
「おい、デカいの。名前は?」
「ゴドウです。アニキ」
言うとゴドウはマクバレルの後をついていった。さて、ではハルド達はどうするかというと。
「誘導ですね」
レビーが言う。レビーの説明では輸送艦はこの特別製造区画からしか発着できないということだった。ならば、囚人をここまで、連れてこなければいけないのか。
ハルドはウンザリする思いだった。虎を伴い、銃弾の残りを確認しながらハルドは動き出す。ガラでもない、強制収容所を解放するヒーローになるために。

 
 

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