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KtKs◆SEED―BIZARRE_第26話

Last-modified: 2008-11-10 (月) 17:49:34

 『PHASE 26:ステラ・ルーシェ・ラン』

 
 

 セイバーがミネルバに帰還したのは、シンたちの戦闘が終わり、二人が治療を受けてしばらく経ってからのこと。ラボ探索開始時には既に夕焼けだった空に、星が瞬くようになってからのことだった。
「そんなことがあったなんて……」
 自分が留守にしていた間の出来事を聞き終え、アスランは声を漏らした。彼らは現在、机を囲み、椅子に座って話していた。
「ま、こんなもんは大したことじゃねえよ……うぐっ!」
 体を動かそうとしたポルナレフが苦悶の声をあげる。包帯で巻かれ、治療がすんでいるとはいえ、普通なら迷わず病院行きの怪我である。痛まないわけがない。
「無理をしないでください教官」
 シンが呆れたように言う。そう言うシンも、銃を掠めた傷や、撃ち抜かれた足の甲など傷は多い。それでも二人とも全然戦線離脱する気は無いようだった。
「それにしても、随分久しぶりのように感じるな。オーブで別れてからそう時間も経ってないのに」
 そこで、カガリが感慨深げに言葉をつむいだ。
「いろいろと慌しく時間が過ぎましたからねぇ」
「変に敬語にしなくていいよ。普通に話してくれ」
 ポルナレフの頷きに、カガリが苦笑した。
「了解。にしてもアスランよぉ。魔王からお姫様を救い出してくるたぁ、やるじゃねえか勇者様」
「えっ、い、いやまあ、ほとんどその場の勢いで」
「しかも更にもう一人、ええと、ミリアリアっつったか? 彼女までかっさらってくるなんて、意外とやるじゃねえか色男」
 ウヒヒと下品な声で笑うポルナレフに、アスランは真っ赤になって反論した。
「ち、違う! ミリアリアを連れてきたのはカガリです!」
 ポルナレフは大げさにのけぞって驚く。
「な、なんだとう!? そいつは恐れ入ったぜ。まさかお姫様が女さらってくるたぁ、新機軸。こりゃあこれからは敬意を表して、『カガリ兄貴』と呼ばねえと……」
「いやそれはマジでやめてくれ……頼むから」
 カガリが汗を垂らしながら、げっそりと言う。
「悪い悪い、冗談だって」
「ただでさえ、家のメイドから影でお姉さまとか言われているのに……」
 顔をうつむかせ、小声でなにやらブツブツ呟くカガリに、あーちょっとまずったかな、と思ったポルナレフは話題を変える。

 

「ところでシンよ。お前、急に感覚が鋭くなったように感じたんだって?」
「え? ああ、はい。なんつーか、相手をぜってー許せねえ! って思ったら、急に頭ん中クリアになって……銃弾がどう飛んでくるかとかもわかるようになって……オーブの海での戦いでも、似たようなことになったんですけど」
 以前よりは多少マシになったとはいえ、まだカガリを認めきれない感情を抱えているため、カガリとの会話に参加せずにいたシンが、当時の状況を述べる。

 

「スタンド能力に目覚めたわけでもなし……火事場の馬鹿力みたいなもんか?」
 訓練されたボクサーは相手のパンチが超スローモーションで見え、事故に遭った瞬間の人間は体内や脳で、アドレナリンやらなにやらが分泌されて、一瞬が何秒にも何分にもかんじられるという。それに似たものだろうか。
「いや……訓練中にヘトヘトになった後、疲れを通り越して最高にハイになったことはありますけど、それとはまた違った感じで……」
 脳内麻薬による興奮とはまた違う、もっと深い、何か。
「ただ力が上がったんじゃなくて、上手く言えないけどこう……見えないところまで感じ取れるような気になったっていうか……世界が開けたというか……」

 

「ふむ……俺なら銃弾ぐらいは素で見えるし、対処もできるがよぉ、まだそれはシンには無理だろ」
 さらっと凄いことを言う。ポルナレフのスタンド、『銀の戦車』には視力がない。ゆえに戦いの時も、本体であるポルナレフ自身の目で見なければならない。銃弾をも楽に掴み取るようなスタンドとの戦いを行えるその視力は、並大抵のものではない。

 

「ウエシバって武術の達人が銃弾をよけたって話がある。こう……銃口から一瞬早く、白いツブテが飛んでくるから、そのツブテを避けると弾丸もよけられたそうだ」
 合気道の開祖、植芝盛平。モンゴルで襲撃者から弾雨にさらされながらも、相手の殺意を冷静に感じ取り、死地を乗り切ったという。

 

「だがそんなのはいわゆる『武の境地』ってやつだぜ? 俺でさえ至ってねえっつーのに、いきなり悟り開いちゃったわけか?」
 ポルナレフに渋い顔をされるが、そう言われてもシンとしては困る。対応に悩んでいると、アスランが助け舟を出した。

 

「そういう経験は俺にもある。詳細についてはわからないが、世界と自分が一体化したかと思うほど、意識が明敏になり、通常より遥かに上のポテンシャルを引き出せる現象……俺以外にも数人、カガリも経験したことがあるそうだ」
 シンが思わずカガリに視線を向けると、彼女は頷くことで肯定を示した。

 

「知人はそれを『SEED』と呼んでいた」

 

「しーど? 種?」
 ポルナレフの疑問に、

 

「【『S』uperior 『E』volutionary 『E』lement 『D』estined−factor】……『優れた』種への、『進化』の『要素』である事を、『運命付けられた因子』。
 ある論文で、そう名づけられたそうです。コーディネイターのように人工的な進化ではなく、自然発生的に生まれた、新たな人類の力を指して」
「はぁん、ややっこしい名づけ方だねえ。ジョースターさんを見習って欲しいぜ。『私の側に立つ(スタンド・バイ・ミー)』から『スタンド』って、実にシンプルな名づけ方だ」

 

 シンたちが人類の進化系であるという論については、特に意見は無いようだった。シンの力には関心はあっても、シンがどういう存在か、ということまでは考えないらしい。人類の進化系だのという前に、シンはシンということで完結しているのだろう。
 自分の方が遥かに異常な超能力者なのだから、一々気にしてはいられないというのもあるだろうが。

 

「しかし、俺の知る限り『SEED』が発動するのはMS戦闘中のみで、シンのような状況下で発動することはないのですが……」
「俺の教育の賜物かな? とりあえず、便利な能力ってことで良さそうだが、使いこなせなきゃどんな能力も大したモンじゃねえぜ。アスラン、こいつの能力に心当たりがあるなら、いっちょ稽古つけてやってくれるか?」
「時間が空いていれば構いませんが……」
 アスランはシンを挑戦的な表情で見つめ、

 

「厳しく行くぞ。ついて来れるか?」
「ついて来れるかだって? そんな愚問より、追い抜かれることこそを気にするべきじゃないですか?」
 シンもまた苛烈な笑みを持って返す。アスランは上等だと頷き、後でしごきの内容について計画することにした。

 

「仲いいなぁお前たち」
 微笑ましいものを見るようなカガリの視線に気付き、シンとアスランは妙に気恥ずかしくなり、頬を紅くしてそっぽを向く。そんな仕草にカガリはクスリと吹き出す。
 この二人は、わだかまりはなく、馴れ合いすぎもせず、ごく自然な友情と同僚意識とライバル関係を築いているようだった。

 

「ミネルバは、いい環境のようだな。アークエンジェルとはえらい違いだ」
 少し寂しそうに、また悔しそうに、ため息をついた。ポルナレフはうっかりしていたと声をあげる。
「おお、そうそう。忘れてた。そっちの話も聞かなきゃな」
 ポルナレフは姿勢を正してカガリの方へ向き直り、
「アークエンジェル……あのムカつく艦で、何があったのかを」
「そうだな……話しておこう。まず初めに、さっきシンが邂逅した男の名をドナテロ・ヴェルサス、ポルナレフを襲った男の名をンドゥールと言っていたな」
「ん? おお」
 ポルナレフが頷いたのを確認し、カガリは教える。

 
 

「その二人はアークエンジェルに乗っている」

 
 

 一同が言葉を失った中、カガリの説明が続く。
「外見的特徴から見て、まず間違いないだろう。私はあの艦の中で彼らに会った。キラやラクスからも信頼され、艦内での立場も中々に高いように見えた」
 そこでカガリは言葉を切るが、質問が無いようなので、説明を再開する。
「話によると、オーブにいたキラたちが謎のコーディネイター戦闘部隊に襲撃され、危機一髪の時に助けてくれたらしい。そして、キラたちにコーディネイターの部隊を送り込んだのは、デュランダル議長だと吹き込んだ」
「なんだって!」
 シンが思わず怒鳴り声を出す。だがポルナレフが手で制し、その場は黙った。
「そしてデュランダル議長が悪事を企んでいるとそそのかし、キラたちをアークエンジェルで出航させた。
 その最終目的は不明だが、どうやらラクスを支援するクライン派らの組織力を利用して、やりたいことがあるようだと……彼らを怪しんでいるバルトフェルド隊長が言っていた。以前にも【一族】という組織に身をやつしていたことがあったらしい」
「バルトフェルド……確か『砂漠の虎』って言われていた奴だな。それじゃ、あのフリーダムのパイロットたちは、ンドゥールたちに騙されてあんなことをしたってわけか?」
 そんなポルナレフの質問に、カガリは表情を暗くし、
「いや……確かにヴェルサスはキラたちを利用しているようだが、私を誘拐したことや、この前の戦闘に乱入したのは、ヴェルサスの企みによるものではなく、キラとラクスの独断らしい。
 誰にも責任を押し付けることはできない……彼らと、そして止められなかった私の罪だ」

 

 そして、カガリは血を吐くような声を絞り出した。

 

「彼らは、自分の行いを善行と信じている。アスランがキラを説得したが、聞き入れてはくれなかった。おそらく、これからもこの戦争に関わり、状況を混乱させるだろう……私には、何もできない。何も……できない」
 何もできない。カガリという少女個人の力は不足すぎる。オーブの代表という立場では、私事を行うことは許されない。ゆえに、もはやカガリにできることはこれくらいしかなかった。

 

 ガンッ!!

 

 カガリは机に手を突き、額を机に激しく叩き付けた。

 

「頼むッ!! どうか、どうかあいつらを止めてやってくれ!! あいつらに、これ以上、罪を犯させないでくれ!! 私の友達を、どうか、もう……」
 シンからは、彼女の顔は見えない。だが震える肩と、声から、カガリ・ユラ・アスハが泣いていることは、容易に悟ることができた。

 

「カガリ」

 

 アスランがカガリの肩に手を置く。カガリは顔をゆっくり上げ、濡れた目で彼の顔を見た。

 

「それは、彼らに頼むようなことじゃない」
「わかってる! けど……」
 他に、何をしてやればいいというのか。

 

「俺が止める」
 アスランは、深く強く言い切った。

 

「俺が彼らを止める。幼い頃からの親友として、共に戦った戦友として……俺が彼らを、止めてみせる」
 その目には、漆黒の炎が宿っているようにカガリには見えた。
「アス……ラン……」
 カガリは静かに涙を流す。彼が自分の願いを聞き、力になってくれるのが、嬉しくて愛しくて。彼が自分の弱さを背負い、キラたちを殺す覚悟を決めようとしていることが、哀しくて悔しくて。
「うっ……ううう……」
 アスランの胸にすがりつきたい想いに襲われながら、手を血が滲むほど握り締めて、それだけは耐える。これからもまだ戦うために。挑むために。その資格を持ち続けるために。

 

 シンは息苦しさを抱えて、口を引き結んでいた。
 家族を守れなかったオーブという存在は、シンの心に深く食い込んでいる。一朝一夕で変わるものではない。
 まして、偉そうなことを宣言しておいて、無様にさらわれ、今の今まで何もできず、そのくせ自分にできないことを、他人に押し付けてくる国家主席。無能、役立たず、恥知らず。どれだけ罵っても当然至極……のはずだ。
 だがなぜか、罵声が口から出てこない。
 自分の無力を認め、恥を痛感しながら、それでも行われた懇願を嘲られるほど、シンは無情にはなれない。
「く……」
 自分はどうすればいいのか、複雑な気持ちで迷うシンを、ポルナレフは静かに見守っていた。

 

 そこに、無粋な電子音が響いた。彼らがその音に反応した一瞬後、その音が発せられた理由がわかった。

 

「MS一機、接近中! 『ガイア』です!」

 

 そして、誰もが『走り始める』。迫る戦いに備えるために。

 

   ―――――――――――――――――――――――――

 

 報告を聴き、アスランとシンが飛び上がって、自分たちの機体へと向かう。ポルナレフも向かおうとしたが傷の痛みに悶絶し、カガリに介抱された。
「無茶はするなと言われただろう?」
「くそ、情けねえ……」
 呆れるカガリとぼやくポルナレフだったが、そこに別の隊員たちが飛んできた。オーブの重要人物であるカガリを避難させるためだ。カガリは避難指示に落ち着いて了承すると、今までずっと黙って席に座っていた人物に声をかけた。

 

「いっしょに避難するんだミリアリア」

 

 無理矢理連れてきてからというもの、始終しかめっ面で黙り込んでいる少女は、少しの間を空けたものの、不承不承というように頷いた。
「……やはりまだ怒っているよな?」
「いきなり殴られて誘拐されて、怒らないとでも思ってた?」
「気持ちはわかる。私も似たような目にあったから。しかし、私たちの行動に納得できないとしても、これだけは知っていてほしい」
 カガリは彼女らしい、真っ直ぐな眼差しをミリアリアに向ける。

 

「私は、私が正しいと信じることをしている」
「……キラやラクスもそうよ」
「そうかもしれない。だけど彼らは、少しばかり『信じ過ぎて』いる」
「……………かもね」
 ミリアリアは、海辺でのキラとアスランの会話を回想しながら、納得しきれぬ様子なれど、同意の言葉を口にした。

 

『接近しているのはガイアのみ。今のところ後続はないようだわ。何としても施設を守るのよ! いいわね、アスラン、シン!』
「「了解!」」

 

 MSに乗り込んだシンとアスランが、タリア艦長の命令に同時に答える。インパルスとセイバーが飛び立ち、臨戦態勢に入る。森の中を疾走する熱源が、レーダーで確認できた。

 

「一人で来るとはいい度胸だ……!」
 人体実験施設を目の渡りにし、家族を侮辱した敵を取り逃がし、更にカガリに対する複雑な感情を抱え、シンは苛々の限界にきていた。その鬱憤を、ガイアを叩いて晴らそうと、操縦桿に力を込める。

 

「待てシン! 施設の破壊が目的なら、何か特殊な装備を持っているかもしれない! 爆散させずに倒すんだ!!」
「ええっ!?」
 アスランの警告に、シンは慌てて突進を中止する。
 確かに、ガイアが現れた理由はこの施設の抹消以外に考え付かない。だとすれば、強力な爆弾や、それに類似する装備を備えている可能性は高い。近くに部隊がいる以上、下手に爆発させれば彼らにまで被害が及ぶ。
(考えもしなかった。くそ!)
 シンはアスランとの思慮の差に内心悔しがりながら、ガイアへの対応をするか考える。
 その間にも、ガイアは高く跳躍し、インパルスへと襲い掛かった。
「くっ!」
 インパルスはシールドを掲げてガードするが、衝撃を殺しきれず吹っ飛ばされる。大地に墜落する前にブースターを作動させて、体勢を立て直した。
 アスランはセイバーを動かし、ビーム砲の狙いをつける。
(四肢を破壊して動きを止める)
 上空よりガイアに向けて、熱線が降り注いだ。

 

「あいつら!」
 ステラは現れた二機のMSを確認し、怒りの声をあげる。
「いつもいつも……お前たち、嫌いだ!!」
 アーモリーワンで、宇宙空間で、インド洋で戦い、今まで決着のついていない宿敵が、今こんなときにまで立ちふさがっている。
「私は、守るんだ!! どけぇっ!!」
 ガイアが走る。パイロットの願いのままに。

 
 

 ガイアはビームをかわすと、地を蹴ってセイバーへと飛び掛りながら変形し、四足獣型MAからMSへと変わり、ビームサーベルで切りかかった。セイバーはそれをかわしながら、シールドでガイアを殴りつける。
「ぐああっ!!」
 コクピットまで響く強い衝撃。アスランがリンゴォとの戦いで憶えた、MSの拳闘術。それをまともにくらって、ガイアが落下する。そのまま反応できず、大地に激突するものと思われた。

 

「こ、こんなことでぇっ!!」

 

 まだだ。まだ終わらない! 私は、助けなくてはならない。守らなくてはならない!!

 

「私は、まだ走れる!!」

 

 プッツ〜〜〜〜ン!!

 

 ステラの中で、何かが切れて、はじけた。膨大な情報が認識され、ステラはそのすべてを使って攻勢に出る。

 

「おおおおおお!!」

 

 ガイアがブースターを吹かせて全身を一回転させ、体勢を整えて着地した。

 

「なにっ!?」
 アスランが驚愕の声をあげる。それほどまでに、ガイアのとった行動は、唐突で、高速で、完璧で、驚異的な反応だった。
 そして間髪入れず、ガイアはセイバーに向けて、ビームサーベルによる横殴りの一閃を仕掛ける。その速度、正確さは、さっきの攻撃とは比べ物にならない。
「ちいっ!!」
 だがさすがに経験を積んだパイロットであるアスランは、間一髪のところでサーベルの一撃をかわす。だが、その後も次々と振り下ろされる斬撃に、防戦一方となってしまう。

 

「なんだあいつ。いきなり動きが良くなって……。あんな相手を、爆散させないよう手加減して倒すっていうのかよ」
 その様を見ていたシンがぼやく。
「まあ、やるしかねえんだけど……さっ!」
 インパルスのビームライフルによる援護が行われる。それは並みの相手ならば確実に撃墜できたであろう正確な射撃だったが、ガイアはそれを軽々とかわした。だがおかげで、セイバーは苦戦の状況を脱することができた。
『シン! 挟み撃ちにするぞ! 俺は上から攻める!』
「了解!」
 ガイア目掛けてインパルスが突進する。対するガイアは、突進を前に退くどころか、逆にビームを乱射しながら攻め寄ってきた。インパルスはシールドを構えるが、強力なビームを浴び続けるシールドの限界は、間もないものと思われた。
 だがシールドの限界より前に、ガイアのサーベルが迫る。コクピットを一突きにしようとした攻撃を、一瞬横にずれることで何とかかわしたインパルスだったが、ガイアはすぐに身を反転させ、第二撃を繰り出そうとした。

 

(やばい! かわしきれない!!)

 

 シンは、死を覚悟しかけた。

 

「シン!!」

 

 プッツ〜〜〜〜〜ン!!

 

 およそ2年ぶりにアスランの『SEED』が発動した。考えるよりも先に体が動き、正確無比な狙撃で、ガイアの腕をビームで撃ち抜いていた。当たる前から当たることが決まっていたかのような、見事な攻撃だった。
「お、おおおおおお!!」
 命が救われたことを理解する前に、シンは反射的に攻撃を繰り出していた。サーベルがコクピットに吸い込まれるように振るわれた。だがガイアは紙一重で直撃をさけ、浅く切り裂かれたものの、破壊されることなく回避に成功した。
 それでもコントロールは利かなくなったらしく、ガイアは糸の切れた操り人形のように脱力し、森へと落下した。激突音をたて、仰向けに転がり、もはや動く気配は無かった。

 

『大丈夫かシン!!』
「おかげさまで! にしてもこいつ、こんなに強かったかぁ?」
 冷や汗を流しながら、安堵の息をつくシン。そして何の気なしに自分が傷つけたコクピットを見た。傷は装甲を切り裂き、内部まで達しており、コクピット内部まではっきりと見えた。
 奇跡的なことに、コクピット内のパイロットまでビームの刃は達さなかったらしく、パイロットは焦げ跡一つ見られなかった。それでも衝撃で傷つき、意識は無いらしく、動くことはなかった。来ているのかどうかもわからない。

 

「………ちょっと待てよ、オイ」

 

 シンは、かすれた声をあげた。そのパイロットの外見。金色の髪、白い肌、どこか子供っぽくも可愛らしい顔立ち。そう、今、まぶたを閉ざして、衣服を血に染めて倒れている少女こそは、

 

「ステラァァァァァッ!!」

 

 シンが守ると、そう誓った相手だった。

 

   ―――――――――――――――――――――――――

 

 ガイアのパイロットの姿を確認し、アスランは息を呑んだ。一度見たことのある顔だったからだ。あれは確かに、ディオキアの海でシンが助けた相手だ。シンと彼女は、会ったばかりであるにも関わらず、とても通じ合っているように見えた……。

 

「っ! シンっ!!」
 アスランが我に返ったとき、すでにシンはインパルスから降り、墜落したガイアのコクピットから少女を担ぎ出していた。

 

「ステラ……ステラっ! 何で、君がっ!」
 ステラを横抱きに抱えながら、シンは目に涙を浮かべるほどに、心を乱しながら叫ぶ。アーモリーワンでの初陣も、これほど恐ろしくはなかった。
(呼吸は……あるっ! 早く、早く医者にっ!)
 ステラが敵である、という考えは浮かぶことなく、シンの頭には彼女をどうしてでも助けるということで満たされていた。
「し……ぬ……だめ……こわい……」
 ステラの桃色の唇より、途切れ途切れの言葉が漏れる。その声に、シンは彼女が生きているということを安堵しながらも、唇を噛み締めて悲痛な表情をつくる。
 初めて会ったときも、彼女は死の恐怖に震えていた。だから彼は、彼女を守ると誓ったのだ。それなのに、今、彼女に死の恐怖を与えているのは自分なのだ!
(わかっていた……世界がどれほど理不尽かなんて! けど、いくらなんでもこれはないだろう!!)
 何に向ければよいのかわからない怒りを、胸のうちに燃え上がらせながら、シンは今まで幾度もたててきた誓いを思い起こす。
「俺は……戦う! そして負けない!」
 このどうしようもなく残酷な運命と。そのために、彼は走る。ステラを助けるために。彼女を死から、理不尽な運命の手から、勝ち取るために。家族を奪ったものに、今度こそ打ち勝つために。

 

(まも……らなきゃ……そのためにも……はしら……なきゃ)
 ステラは混濁した意識で、なおもそう思い続けていた。
 大地の女神の名を冠するガイアを駆けさせ、一刻も早く行かなくては。
 ロドニアのラボ。決していい思い出の場所ではない。ネオやブチャラティたちとの時間に比べれば、酷く冷たく痛い場所。殺戮の技術を教え込まされ、同僚を蹴落として死に至らしめ続けた場所。様々な実験をされ、薬品を投与され、人として扱われなかった場所。
 だがあそこには、同じように扱われながら生きてきた子供たちがいた。偽善かもしれないが、優しく接してくれた大人たちも数少ないがいた。

 

(たすけ……る……)
 こんなことを考えるようになったのはなぜだろう? ほんの少し前までは、そんなふうに思わなかったはずだ。
 ネオに優しくされてから? ブチャラティたちに、それまでと違う在り方を教わってから? いや、それは下地ではあるが、違う。
『生きること』『戦うこと』を知った彼女に、『守ること』を、『大切にすること』を教えてくれたのは……。
(シ……ン……)
 あの、少年だ。見ず知らずの自分のために、本気になってくれた彼から、それを教わった。ただ自分のためだけに生きることから、更に先に進むことができた。

 

(あい……たい……)
 走らなくては。生きるために、走らなくては。守るために、走らなくては。また会うために、走らなくては。
(はし……る……)
 そして彼女は目を開けた。
(…………?)
 ステラは不思議に思う。自分の体は動いていない。いまだにぐったりとしていて、痛みさえろくに感じられないほどに感覚が鈍っている。
 なのに、風景は動いている。

 

(わた……し……はしって……いる?)
 ステラは疑問に思いながら、少しだけ顔をあげた。それだけでも今の彼女にはかなりの苦労だった。
(シン……?)
 そこには必死で走っている、ステラが会いたいと願っていた人物の顔があった。

 

(また……あう……やくそく……まもって……くれた……)
 ステラは納得し、ゆっくりと微笑んだ。

 
 

 ガイアのパイロットを抱え、インパルスに搭乗したシンを見て、アスランは通信を送った。
「シン! 何をしているんだ!」
『すみません隊長! けど……けど時間が無いんです!』
 言い切ると、シンは通信を切った。それ以上の通信には返事もしない。
「くそ、どういうことなんだ!」
 苛立つアスランに、今度はタリアからの通信が入る。

 

『どうしたのアスラン? シンは?』
「それがその……」
 アスランはどう報告するべきか判断に困る。
「……負傷したと思われる、ガイアのパイロットを連れて、そちらへ」
『ええっ?』
 タリアの傍らで聞いていたらしい、アーサーの声が聞こえた。
『どういうこと?』
 タリアの訝しげな声が続き、アスランはインパルスを追いかけながら返答する。

 

「……どこから話すべきか。ただ進路からして、インパルスがミネルバに着艦しようとしています」
『なんですって!?』
 報告もなくMSを動かし、母艦に敵パイロットを連れ込むなどありえない。そんな叫びがタリアの口より放たれた。
『私もミネルバに戻るわ! レイにガイアの回収をさせて!』
 向こう側が慌しくなり、通信が途絶えた。

 

「どうフォローしたものかな」
 おそらく、知った顔が敵のパイロットであることがわかり、パニックになったのだろう。自分も経験があるからわかる。前の大戦で、敵MSに乗っていたのが幼馴染のキラ・ヤマトであると知ったときの驚きは、それはもう言葉では表せないものだった。
「とにかく俺もミネルバに行かねば……」
 アスランは呟いてインパルスを追う。
 そしてミネルバに着艦したとき、彼は気付く。ミネルバに先日までは無かった機体があることに。

 

 何の通信もなく、突然帰還したインパルスに、ミネルバにいたルナマリアやヴィーノは驚き、機体に駆け寄った。
「どうしたっていうのよシン……って、誰よその子?」
 ルナマリアが、シンの抱える少女に視線を向ける。
「どいてくれっ!」
 だがシンは答える時間も惜しいというように、彼女を押し退けて走る。
「ちょっとシン!? ああもう!」
 その行動に腹を立てながらも、ただごとではなさそうだと判断したルナマリアは、シンの後を追う。それを見ていた者が、もう二人、それに付き合うように走り出した。

 

 やがてシンは医務室にたどりついて、中に飛び込んだ。
「先生っ! この子を早くっ!」
 開口一番、叫んだシンに、中にいた軍医と看護婦が呆気にとられる。
「一体なんだね?」
「その軍服……連合の兵士じゃないの!」
 看護婦の指摘もシンはとりあわず、
「でもっ、怪我してるんです! だからっ!」
 シンは訴えながらステラをベッドに寝かせる。だが軍医はすぐに治療に取り掛かろうとはせず、
「だが敵兵の治療など、艦長の許可なしでできるか! 私はなんの連絡も受けてはいないぞ!」
「そんなもんはすぐ取るっ!」
 シンは頭に血を昇らせ、軍医を怒鳴りつける。

 

「あんた医者だろ! 敵味方とか以前に人を助けろよっ!!」
 シンが激昂のあまり軍医の胸倉を掴みあげようとしたとき、横から止める手があった。

 

「言い分には同意するが、怪我人の側で暴れるな」
 重く落ち着いた声と、シンの肩をしっかりと押さえる手は、シンの煮えた頭さえ冷ますほどの『強さ』があった。

 

「!? 誰だ!!」
 振り向いて顔を見るが、その顔に見覚えはなかった。ミネルバのクルーではない。
 シンがとまどっている間に、新たな人物が横たわるステラに近づいていた。

 

「なるほど、この子を助けるために焦っていたわけか」
 その人物はそう呟くと、ステラに対して右手を伸ばす。すると指先から、なにやら黒いドロドロとした得体の知れない物体が漏れ出し、ステラの体にまとわりついた。
「なっ!! 何をしていやがるっ!!」
「落ち着け。あれは治療だ」
 シンの肩を押さえている男が言う。
「ち、治療だって?」
 シンが見ていると、気味の悪い物体は、ウネウネと蠢き、ステラの服の中に潜り込んでいく。ちょうぞ、血が滲んでいる辺りに。
「あれが傷口を塞ぐ。大抵の傷はあれで処置できる」
「ほ、本当か?」
 シンは、ステラが助かりそうであるとわかり、安堵のため息を吐く。そこに、

 

「ちょっと! 追い抜いて行かないでよ!!」
 先に走り出したにも関わらず、最後に医務室に入ってきたルナマリアが、二人の人物に文句を言う。
「そう言うなよ。人助けは早い方がいいだろ?」
 ステラに治療を施した女性が笑う。
「ルナマリア……この人たちを知っているのか?」
「ええ、オーブから派遣されてきた兵士よ。名前は……」
 ルナマリアに紹介されるより先に、二人が名乗る。

 

「俺の名はウェザー・リポート。階級は三佐だ」
「私はフー・ファイターズ。あだ名はFF。階級は一応、一尉ってことになってる。ま、よろしく頼むわ」

 

 シンは自分の大切な人間を、厭うべき祖国から来た援軍が、救ってくれたことを知ったのだった。

 

   ―――――――――――――――――――――――――

 

「久しぶりだな……元気そうで何よりだ。ユウナも安心するだろう」

 

 ウェザー・リポートは相も変らぬ静かな表情で、カガリに向けて言った。
「ああ、心配をかけてすまない。一刻も早く、オーブに戻らなくてはな」
 カガリが戻れば、国民の不安も解消され、士気も高まるだろう。政治家カガリの能力は穴埋めの利く程度である。しかし国家の中心としてのカガリは、ユウナにも、他の誰にも代わりを務められないのだ。
「そうしてくれ。だが、船の用意はすぐにとは、いかないかもしれないが」
「ミネルバには乗れないのか?」
 ミネルバの目的地は、ザフトの基地があるジブラルタルだという。そこからなら、オーブへ行く艦に乗ることも可能だろう。

 

「ミネルバは最強の軍艦。今やザフトの象徴と言ってもいい、数々の武勇をたてた艦だ。それだけに敵も、是が非でも落とそうと必死だ。おそらく、ジブラルタルに着く前に、また狙ってくるだろう。これはさきほどミネルバで会った、アスランの推測だが」
「つまり、ミネルバに乗るのは危険だと言うんだな。だが、また狙ってくるという確証はないだろう? それに戦時下である以上、結局、危険は付き物だ」
「それはそうだが……」
「どう行動しようと危険であるなら、巧緻より拙速を尊ぶべきだというのが、私のやり方だ。私はミネルバに乗船していくべきだと思う」
「拙速を尊んだ結果、よく叱られたと聞いているが?」
「……………ユウナだな。それを言ったのは」
「情報源は秘密だ」

 

 半眼で睨むカガリに、ウェザーはしれっと流す。
「とにかく、貴方の身柄の確保は、オーブにも通信してある。今後の行動について送ってくるのに、さほど時間はかからないはずだ。それまで待っていてくれ」
「ああ、わかっている。私は今はザフトの客人の身だ。無茶はしない」
 もし、ここがオーブ軍であったら無茶をしたのだろうか。したかもしれない。その無茶さ加減が、時に爽快さとなり、彼女のカリスマとも通じるのだが。なんだかんだで人間は、良かれ悪しかれ、普通できないことをする者に憧れるものだ。
 とはいえ、軽率な行動を取られたらやはり困る。このごろはいろいろ反省するところがあり、大人しくなっているが、注意はしておくべきだろう。女の行動力が軽視できないものであることを、ウェザーはよーく知っている。

 

「……それはそうとな」
 カガリが口を開く。
「なんだ」
「顔を息が吹きかかるような位置まで、近づけて話すのはやめてくれ。キスしようとしているところだと思われたらどうする」
「……失礼した」
 気まずげに目線をそらし、身を引いて顔を離すウェザーだった。

 

   ――――――――――――――――――――――

 

「久しぶりだねミリアリア。お互い元気で何よりだ」
 ウェザーと同じような挨拶を、FFはミリアリアと交わしていた。
「ええ、まあ、そうね……」
 だがカガリと違い、ミリアリアは暗く沈んだ空気を漂わせていた。
「どうしたよオイ。買ったばかりのスニーカーで、犬のフンを踏んじまったような顔だぜ?」
「何その例え。でもまあ、最悪な気分ってのは確かね」
「ふうん?」
 FFは女にしては逞しい腕を組み、
「何があったんだ? よかったら相談してみな。そんなに長くはなかったが、組んで仕事もした仲だ。助けになるぜ」
 そのように、うながした。
 ミリアリアは一瞬ためらったが、FFは頼りになる相手だし、何もしないよりかはマシだと考え、彼女に話した。キラ、ラクス、アークエンジェル、彼らのこと。彼らの起こしたことを。

 
 
 

「するってーと、オーブであの騒ぎを起こしたのが、お前の友達だっていうのか?」
 ミリアリアは哀しげな面持ちで頷いた。
 こいつはハードだと、FFは考え込む。彼女はちょうどその頃オーブにいて、フリーダムの戦勝式典乱入騒ぎを知っている。殺されかけたユウナを、死の危機から救ったのが他ならぬFFである。
「そりゃ、頭では理解できるわ。キラたちのやっていることが、正しくないってことは。無意味な混乱を生むだけで、全然戦争を止めることになっていないってことは。だけど、だけど……」
 ミリアリアの声が小さくなっていく。納得できない気持ちを、どう表したらいいのかわからずに、顔をうつむかせる。そんな彼女に、FFはなんてことなさそうに、簡単な言葉をかけた。

 

「友達なんだろ?」

 

 ミリアリアはひょいと顔を上げ、鳩が豆鉄砲をくらったような顔で、FFを見つめる。
「いや、だから友達がまずい事しようとしていて、他の奴らはもう仕方がないからこれ以上、悪事働く前に殺してでも止めようとしている。でもお前は殺させたくないと思ってる。そんなとこか?」
 わかりやすく説明されて、ミリアリアは呆然と頷くしかなかった。考えてみれば、戦争の意義だの、真の正義だの、正しい道だの、殺人の是非だの、そういう難しい問答を抜けば、至極簡単にまとまる問題だった。

 

「別にそんな難しく考えることねえじゃん。よくマンガにあるような展開だ。いいんじゃねえの? 助けてやれば」
 FFはあっさりと言った。
「でも、もうキラたちはザフトからもオーブからも連合からも、敵として認識されているのよ? つまり、世界のすべてを敵に回している……どう助けるっていうのよ!」
 ややヒステリックな声があがる。興奮するミリアリアに、しかしFFはまたもなんてことないように言った。

 

「すべてじゃないだろ? お前がいる」

 

 その言葉に、またもミリアリアは豆鉄砲に撃たれたような顔つきになった。

 

「他の奴らだって、別に殺したいわけじゃないだろうさ。ただ、今が戦争で、ここが戦場である以上、ぬるいことは言ってられないことを、わきまえてるだけで、本当はまだ友達だと思ってるだろうさ」
「私は……わきまえていないってことね」
「まあ、な。でも、そういうのもアリだと思うぜ。お前は軍人でも戦士でもないんだからさ。無理にわきまえてもしょうがない」
 そしてFFは、ミリアリアの望んでいた言葉を口にする。

 

「とにかく、やってみてやるよ。お前の友達を、殺さずに止められるようにな」
 FFは頼もしい笑みを浮かべ、ミリアリアの願いを請け負った。カガリがシンたちに申し出た懇談より、更にハードルの高い、身勝手な願いを。
「なんで……そんなに優しくしてくれんのよ。ただの、カメラマン仲間ってだけの私に……」
「カメラマン仲間ってだけじゃ駄目か? お前も、私にいい思い出をくれた一人だ。これからもいい思い出を作って行きたい。それだけじゃ理由にならないか?」
 FFの言葉はミリアリアの胸に染み入り、彼女の目には知らず知らずのうちに、涙が溢れていた。それが自分の情けなさからくるものか、FFへの感謝からくるものか。彼女自身にもわからなかった。

 

「なぁに。そいつらのやってることは、けっこう他人事でもないんでね。私にとっては」
 FFはミリアリアの涙を右人差し指でぬぐってやる。涙の水は、FFの指に吸収されていった。
「私もね、殺されても仕方ないようなことをしていたのに、助けられたことがあるのさ」

 

『水をあげるわ……。なんていうか……助けるのよ』

 

 空条徐倫。自分を殺そうとしたFFを、既に何人もの人間を殺していたFFを、救ってくれた人間。交換条件は持ちかけられたが、それはおまけの理由だろう。彼女が自分を助けてくれたのは、ただ彼女が強く優しいからであった。
 そのときの、奇妙な感情。もう戦う気が起きないほどの、完全な敗北感。それでいて、あまり嫌な気分ではなかった。あのような想いを敗者に与えることは、キラたちにはできまい。
 そして自分は、それから本当の意味で生きることができた。多くの思い出を作り、懸命に生き、そして微笑んで死んでいけた。
 自分にも、彼女の真似事ができるだろうか? ただ殺さないだけではなく、生かすことができるだろうか?

 

「できれば、教えてやりたいんだよ。人を殺さなければそれでいいと、そう思っているそいつらに、本当に生きるっていうことを」

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

「敵兵の艦内への搬送など、誰が許可しましたか!」

 

 グラディス艦長の怒声が。艦長室に響く。シンは後ずさりしそうな体を抑えて、直立不動を保った。
「あなたのやったことは、軍法第4条2項に違反! 11条6項に抵触! つまり、とてつもなく馬鹿げた、重大な軍規違反なのよ!! これで艦内に甚大な被害が出ていたら、どうするつもりだったの!?」
 嵐のような怒号は、叱られることの多いシンでも味わったことのないものであり、同席しているアーサー、アスランも首をすくめている。彼らでもなだめの言葉を挟むこともできないほど、艦長の怒りは苛烈だった。
「……申し訳ありません」
 さすがに反抗の言葉も出せず、シンは謝罪した。自分のやったことに後悔はないが、叱られて堪えないないかというのとは、また別である。いくらか落ち込んだシンの様子に、タリアも少しは怒りを落ち着かせたようだ。

 

「知っている子だということだけど……ステラ? いったい、いつ、どこで?」
「ディオキアの海で……溺れそうになったのを助けて……。なんか、よく、わかんない子で……」
 問いに答えたシンに次いで、アスランも口を出す。
「私と、ポルナレフさんも会っています。情緒不安定というか、歳にしては幼ない動向をしていまして……戦争を体験してトラウマを負った子だと考えていたのですが」
「でもあれは、ガイアのパイロットだわ」
 すなわち、あの少女は敵であり、ザフトの兵を数多く殺した罪人であるという事実。シンも息を呑む。だがその言葉を予想していたアスランは、言葉を返す。

 

「確かに敵ではあります。ですが、もはや無力化した以上、捕虜として、同じ人間として扱うべきでしょう。安易に敵兵を艦に運び込んだことは、軽率だったかもしれません。しかし、彼女を助けたことは、間違いではないと信じます」
 シンが、自分の味方をしてくれるアスランを、驚いた目で見る。
「けれど……」
 タリアが何事か言おうとしたとき、ちょうど卓上のインターフォンの呼び出し音が鳴った。タリアがそれを受ける。
「なに?」

 

〈か、艦長! た、大変です! さきほど連れ込まれた捕虜がっ! うああああああ!!〉

 

 スピーカーから流れる声は、医務室にいる軍医のものであり、その声は酷く切羽詰った悲鳴だった。

 

「まさかステラが!?」
 シンが動揺した声を出す。タリアはすっくと立ち上がり、
「すぐ行くわ! アスラン、シン、貴方たちも!」
 毅然として女艦長は対応する。戦闘能力に優れた二人を引き連れ、医務室へと走る。シンは、ステラが何をしたのかと不安でならず、誰よりも速く足を動かす。
 医務室のドアが開くと、中はメチャクチャに散らかり、薬品や包帯が床に散らばり、機械が押し倒され、軍医と看護婦が壁際にへたり込んで、身を縮ませていた。

 

「ステラ!」
 その真ん中に、病人服に着替えさせられた、金髪の美少女の姿があった。巻かれた白い包帯からは血が滲み、凄惨さを漂わせている。その燃える瞳と覇気は、彼女が戦士であることをシンたちに理解させるには充分なものだった。
 そして彼女が睨みつける先には、ザフトパイロットの一人、虹村形兆がおり、彼女に銃を向けていた。
 銃を向けられても怯みを見せなかったステラだが、シンの呼び声を聞くと、とたんに振り向く。そして彼の姿を認めると、

 

「シン!」
 花のような笑顔をこぼれさせ、その身をひるがえし、彼の胸に飛び込んだ。
「うわ!?」
 いきなり抱きつかれて、慌てるシン。顔を真っ赤にして腕をばたつかせる。だがステラは構わず頬を彼の胸に寄せ、
「シン! 助けてくれた! 守ってくれた!」
 心から嬉しそうに言う。その様子に、形兆は毒気を抜かれたように息をつき、銃を下ろした。そしてタリアの方に視線を向け、

 

「艦長。見ての通り、この娘はただのガキじゃないようです。軍医の話によると、連合の強化人間(エクステンデッド)だとか」
 その言葉を聞き、シンとアスランは目を見開いて驚きを表す。だがタリアは予想していたらしく、やはりという素振りで頷いた。
「彼女が、あの施設の……!?」
 アスランは驚愕の声を漏らす。この少女が、あの人体実験の産物である人間兵器であるという事実は、彼の思考を一瞬麻痺させるほどの衝撃を与えた。それはシンにとっても同様であった。

 

「治療前に簡単な検査をしただけでも、驚くような結果ばかりですよ。そうしているうちに、目を覚まして暴れだしましてね」
 もう安全そうだと見た軍医が立ち上がり、艦長にカルテを渡しながら報告する。
「どうも、様々な薬物を投与された形跡があるのです。筋肉などに、常人とは違う発達をした部分が確認されました。ただ、体内から薬物は検出されませんでした。薬物の副作用や依存症もなく、健康体です」
 軍医は首を捻る。
「これは、エクステンデッドとして育てておきながら、途中で普通の人間に戻したとしか考えられず……誰が何を考えて、彼女にこうした処置を施したか、どうもよくわかりません。くわしいことは、もっと専門の機関で調べてみないことには……」
「そう……」

 

 タリアと軍医の会話を他所に、シンはステラに話しかける。

 

「大丈夫かいステラ。怪我の方は」
「平気。少し痛いけど、このくらい」
 だが、そう言うステラの体は、かすかに痛みで震えているのが感じ取れた。
「無理しちゃ駄目だ。休まなくちゃ」
「うん。そうする。シンがいるなら、大丈夫。ここも……」
 ステラはそう言い残すと、スイッチが切れるように眠りに落ちた。平気そうに見えて、やはり相当に無理をしたのだろう。

 

「あれだけの暴れようなら、死にはすまいよ」
 形兆は呆れたように声をかけた。

 

「そいつ、敵なんだろう? いやに仲が良さそうじゃないか」
「……以前、会ったことがある」
「へえ。だがいいのか? 既にそいつは、何人も殺しているんだろう? アーモリーワンや宇宙で、お前の知っている奴も」
 嫌味のような台詞であったが、形兆の顔は真剣だった。真剣に、本当にそれでいいのかと、問いてきているのだ。それがわかったから、シンも真剣に返事をした。

 

「ああ……彼女は俺の知り合いも殺している。だけど」
 シンは彼女の罪を、自分が肩代わりするかのような、重々しい顔つきで言い放つ。

 

「彼女を殺す以外にも、やり方はあると思うから」

 

(ふん……まだ精神的に未熟な部分もあるが……)

 

 形兆は、シンの言葉にある男を思い出す。

 

『「殺す」スタンド使いよりよ、「治す」スタンド使いを探すっつーんなら、手伝ってもいいぜ』

 

 東方仗助。生命の尊さを知る男。自分や友を殺そうとした相手に、優しさを与えることができる男。呪われた永遠の命に苦しむ父を、殺すしか救う道はないと考えていた形兆に、他の道もあると言った男。
 あのあと、自分は音石明に殺されてしまったが、もしあのまま生きていたら、どうなっていたのだろうか。やはり父を殺す事を諦めなかったか、それとも……。

 

(ふん、埒もないことを)

 

 そう自嘲しながらも、興味がわく。これからのシンとステラが、どのように生きることになるのかに。すでに自分の生を終えてしまった自分が、このようなことを気にするのはおかしいかもしれない。
 だが、自分を相手にすべてにおいて、完全に勝利した男と、似た空気をまといつつある少年がどうなっていくのか。自分と似た少年、レイ・ザ・バレルと同様に、興味を覚えずにはいられない。

 

「好きにするがいいさ」

 

 彼はいつものように、突き放した言葉を吐いて、問答を終わりとした。

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

「さて……」
 地球軍空母『J.P.ジョーンズ』の一室。ネオ・ロアノークに割り当てられた個室にて、会話が始められた。ネオがその場にいる人間たちを見渡して、第一声を投げかける。

 

「今回の件について、基地司令部からの命令が下された。『ロドニアの研究所の件はともかくとしても、ステラ・ルーシェに関しましては、もはや損失と認定するように』、とのことだ」
 その命令に、その場の全員の顔に、怒りの色が滲む。
「『損失』とはまた……言ってくれるではないか」
 狼が唸るような声で、ダイアーが言う。上層部は、ステラたちを完全にモノ扱いにしているようだ。
「今回のことは……俺のうかつだったようだ。下手に情報を漏らしてしまった」
 もしステラに半端な情報を与えず、まったく渡さないか、完全に説明しておくかすれば、このような事態は避けられたであろう。ステラがロドニアのラボについての報告を聴いていたことを、ネオは知らなかったのだから、どうしようもなかったことだ。
 それでもネオは自責の念に苛まれていた。
「それを言うなら俺らも同罪さ。あのとき、ステラの様子もおかしいことに気付いていりゃあ……アウルにばっかりかまけていたからよ」
 ナランチャが悔しそうに言う。ダイアーも同じような顔をしてうな垂れた。

 

「起きてしまったことはどうしようもない……それより、これからどうするかだ」
 ブチャラティが話を切り替える。
「ネオ。このこと、アウルやスティングには話したのか?」
「ああ。わかっている限りのことはな」
 ステラがガイアに搭乗し、艦を出たこと。ロドニアのラボに向かい、そこで戦闘が起こったこと。どうやらガイアは敗れたらしいことが、ステラが暴走した日のうちにわかったことで、ステラの生死は不明のままだ。

 

「ラボは絶望的だと聞いて二人とも、特にアウルはショックを受けていたが……」
「今の彼らなら折れることはないだろう。次の戦いまでには立ち直るはずだ」
 ブチャラティが断言する。たとえ大切な人を失おうとも、生きている限りは前に進まなくてはならない。それが、生者に課せられた勤めというものだ。あの二人にもそれはわかっているはずだと、ブチャラティは彼らへの信頼を示した。
「ああ……あいつらは強くなったからな」
 ネオは、ブチャラティたちに感謝の視線を送る。彼らが『兵器』としてではなく、『人』として強くなれたのは、間違いなく彼らのおかげだ。
 その視線に、ダイアーとナランチャは面映そうに視線を天井に向けたり、頬を指で掻いたりしていた。

 

「あの二人はいいとして……問題はステラだ。彼女の生死は確認できていないが、極力希望的に観測し、生きていたとするなら、彼女は大切に扱われるだろう。
 調べればエクステンデッドとしての、実験の痕跡が見つかるはずだからな。捕虜であり、貴重な生体サンプルである彼女を、死なせることはないはずだ」
 ブチャラティは、自分で言っていて気分がむかついてきたが、それを我慢して続ける。

 

「近くにステラを預けたり、調べたりできる施設はない。おそらく、設備の整ったジブラルタル基地に運ばれるだろう。そして、貴重なものは、最高の護衛をつけて運ばれるはずだ」
「つまりあの『戦いの女神(ミネルバ)』か」
 ネオはブチャラティの推測を先回りした。
「そうだ。そうなれば、元々我々の現在の任務は、ミネルバの打破。作戦は既にできている。その作戦に、ステラ救出の一項目を付け加えればいいだけだ。だが……」
 しかしそこでブチャラティが表情を曇らせる。

 

「だが……それはあくまでステラが生きていたらの話だ。生死不明の一人を救出することに時間を費やすことは、部隊全体に危険をもたらす。ステラを救出するというのは、我々の我侭だ。そのために兵士たちを危険にさらすわけには……」
 部隊を預かる者として、私情を優先させるのは最悪だ。自分が死ぬだけならともかく、他の多くの者まで巻き込むことになる。苦悩するブチャラティに、誰も、何も言えなかった。

 

「……! 少し待ってくれ」
 ネオの室内に備え付けられたインターフォンに、連絡が入る。ネオが取ると、部下からの報告が告げられた。その報告を聴いたネオの口元は、釣り上がるのを押さえられなかった。
 通信を切ると、ネオは会心の笑みを浮かべて、その場にいる全員に今入った連絡の内容を教える。

 

「我が軍が、ザフトの無線を傍受することに成功した。その結果、ステラの生存が確認された」
「「「!!」」」
「ブチャラティの推測どおり、ステラはミネルバに乗せられ、現在位置であるポートタルキウスからジブラルタル基地に向かおうとしている……。したがって、ステラ救出には意味ができる。
 連合軍の最も非人道的な部分の塊のような存在であり、最も深い禁忌に触れているステラだ。俺たちが確保しなければ、どれだけザフトに情報が流れるかわかったもんじゃない」
 ネオがステラ救出のための大義名分を打ち立てる。

 

「敵軍に情報を与えぬため、且つ、優秀な戦士を取り戻すためなら……救出することは、個人的我侭にはならないな」
 ダイアーも同意する。

 

「難しいことはわかんねえけど、とにかくステラを助けられるってことだな!」
 ナランチャが喜色満面でガッツポーズをとる。

 

「『ミネルバの打破』、『ステラの救出』、両方やらなくちゃならないのが、この戦いのつらいとこだが……」
 ブチャラティは、いつものようにクールに、しかし胸には熱い炎を燃え上がらせて、決をとる。

 

「覚悟はいいか? 俺はできてる」

 

 その場の全員が、絶対の決意を込めて頷く。どの顔にも恐怖や躊躇は微塵もなく、溢れんばかりの覇気が漂っていた。

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

 幾つものモニターが並び、一つ一つに違う人間の顔が映し出されている。そのどれもが、好意的な表情を浮かべてはいない。彼らはロゴスのメンバーであり、モニターを前にしている、不快そうな顔つきの男を見下した視線で見ていた。

 

「さて……報告は聴かせてもらったよ。ジブリール」
 モニターに映る顔の一つが、その男、ロード・ジブリールに話しかけた。それをきっかけとして、他の者たちも口々にジブリールを叱責する。

 

「ミネルバ1隻にいつまでも梃子摺っているかと思っていたら」
「大事なスエズを奪われて」
「そのうえ今度はファントムペインを一人、損なうとは」
「これほど失態続きとなると、いい加減、我慢も限界というものだ」
「我々の寛容も無限ではない」

 

 ジブリールは青白い顔を屈辱に歪め、唇を噛み締めて震える。
(老人どもが……自分たちでは何もしていないくせに文句ばかりつけおって!)
 自分がいつもは、ネオたちに向けて文句ばかりつけていることも棚に上げて、ジブリールの心中は荒れに荒れていた。

 

(貴様らなど、私がその気になれば、すぐにでも命を奪えるのだ! 我が『ブードゥー・キングダム』を繰り出せばな! こんな奴らにこうまで言われるのは、それもこれも、ネオの奴がいつまでもザフトどもを倒せないせいだ! 無能めが!)
 その憤怒を胸の底に押し込める。しかし溜め込まれた怒りは消えることなく、不甲斐ない味方と、呪わしい敵を焼くために燃え盛り続けるのだ。

 

「お言葉ではありますが、まだ我々は負けたわけではありません……。ミネルバの殲滅も、今度こそ達成します。そうなれば、勝利の象徴を失った、奴らの士気は大幅に下がることになるでしょう。その時こそ、我々の逆襲が成る時です!」
 ジブリールは立ち上がり、両腕を振り回すようなボディランゲージを加えつつ、言葉を放つ。
「見ていてください。次こそは……良いニュースをお聞かせします」
 そして彼はロゴスメンバーとの通信を切った。

 

「……どうする?」
 ロゴスでもリーダー格の男が、別のメンバーへと通信を送る。相手はそれにすぐさま答えた。

 

「もう、駄目なのではないかな」
「金儲けや組織運営は中々の手腕を発揮したが、戦争の指揮の才能は無かったようだな」
「では……ジブリールは廃棄に?」
「ああ。この戦争、これ以上続くと、我々にとっても損になりかねない。ここらで手打ちにするのがいいだろう。当然、戦争責任はジブリールにとってもらう」
 どこまでも身勝手な相談をする。彼らにとって、自分以外の人間は道具でしかない。今更、そのことに罪悪感を覚えるような人間はおらず、淡々と当然のように会議は続く。

 

「それはいいが、盟主の後任は誰にする?」
「それなら、大西洋連邦のコープランドが推薦してきた者がいますが」
「あの小僧が? 奴の傀儡というわけではなかろうな?」
 一国の大統領を小僧扱いし、ロゴスの老人は訝しげな声を出す。

 

「それは大丈夫です。クセはありますが、確かに有能な人物のようです。リーダーシップもあるようだし、少なくとも、ジブリールよりはマシでしょう」
「では……本格的に、ブルーコスモスの再編成を考えるときが来たか」
「ああ、今回が最後のチャンスだ。これで良い成果を出せなければ……奴はもはや無能どころか害悪だ。排除する」
 死を取り扱う商人たちは、冷徹に決定を下した。

 
 

TO BE CONTINUED