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KtKs◆SEED―BIZARRE_第29話

Last-modified: 2012-09-11 (火) 23:47:50

 『PHASE 29:続く命』

 
 

 そこは海の底に鎮座する戦艦アークエンジェルのブリッジ。
 バルトフェルドは自分の表情がどうなっているのか、想像する事ができなかった。
 いまだかつてこの種類の感情を、これほど強く抱いたのは初めてであったから、この大きな感情を表現している表情がどんなものかわからなかったのだ。
 だが、隣のマリューや、他のクルーたちの顔を見れば、自分もそんなふうな表情をしているのだろうと思う。 この複雑な感情を、どういったらいいのか……。
 怒りもあるし、驚きもある。焦りもあるし、虚脱感や投げやりな気分もある。
 まあしいていうなら……『うんざり』というものだろうか。

 

「どうするべきか……」

 

 バルトフェルドはこれからのことを考える。
 キラを追うか、静観するか。

 

 ここでキラを手助けしてしまうと、そのままズルズルとラクスに引き摺られて、また無茶なことをさせられてしまいそうだ。
 ちなみにラクスはこの場にはいない。キラをそそのかしたのは彼女らしいので、とりあえず独房に押し込めてある。
 その待遇にラクスは文句を言う事はなかった。ただ少し悲しそうに微笑み、

 

『本当に正しい行動が何か、気づいてくださると信じています』

 

 そんな確信に満ちた言葉を残して、独房に入っていった。

 
 

「このままほっといて、死なれたら取り返しがつかないしな……」
「キラ君が、負けると思う?」

 

 マリューが言う。以前は両軍を圧倒したキラのフリーダム。そう簡単に死ぬとは思えない。

 

「どうかな……アスランなら技量は匹敵する。それに勝負は何が起こるかわからないしね。最悪の事態を考えておくにこしたことはない」

 

 バルトフェルドは髪の毛を掻き毟り、ため息をついて決断する。

 

「仕方ない。俺が連れ戻しに行こう」

 

 時間的に見て、既に戦場に乱入してしまっているだろうが。
 せめて少しでも被害が少ないうちに連れ戻さなくてはならない。
 しかしアークエンジェルそのものを動かしたくはない。
 キラ一人のために、艦全体を動かすことを当然のこととしてはならない。
 今までは、この艦はキラとラクスを中心として動いてきた。
 だがもはやキラを特別扱いにするわけにはいかない。
 キラ一人のために動くのは、バルトフェルド一人で充分すぎる。そのことを示すことにしよう。

 

「MSの準備の連絡を入れておいてくれ。すぐに準備する」

 

 マリューが頷いたのを認め、かつて砂漠の虎と呼ばれた男は立ち上がった。

 
 

 キラ・ヤマト、無断出動。
 その報はもちろんヴェルサスにも告げられた。
 ヴェルサスは現在、情報入手のために、また陸地に上がっていた。
 いつもなら彼への報告役は直属の部下とされているンドゥールなのだが、彼は電撃を身に浴びて療養中のため、今回はアーノルド・ノイマンが行った。

 

「そういうことで、バルトフェルド大佐が出動することになっています」

 

 ノイマンは額に汗を浮かべ、相手の反応をうかがった。
 以前、キラが戦闘に乱入した時の剣幕を覚えていたからだ。
 脳の血管が切れて死んだりされたらどうしようかと、半ば本気で心配する。

 

「プッ!」

 

 しかし

 

「ウッ、クックックックックックッ、クックッフヒヒヒ」

 

 ヴェルサスの反応は予想とは異なった。

 

「フッフッフッフッフッ、ホハハハ、フフフフ、フホホアハハハ!!」
「ヴェルサスさん……?」
「フハハッ! クックックッ、ヒヒヒヒヒ、ケケケケ、ノォホホノォホ!!」

 

 顔面を異様に歪め、奇妙な笑い声をたてるヴェルサス。

 

「ちょっ……!! き、気を確かに持ってください! ヴェルサスさん!?」
「ウヒヒヒヒヒヒヒ!! ハハハハハハハハーッ!!」

 

 ヴェルサスは腹を抱えて笑い続ける。
 ノイマンは顔を蒼ざめさせ、怯えの表情をつくった。
 完全に狂ってしまったのだろうか。ノイマンが助けを求めて誰かを呼びに行こうとする直前、

 

「ウク、ハハハハハハ、違う違う、俺は正気さノイマン君」

 

 そうして笑いを納めて、ヴェルサスがノイマンに目を向ける。
 こちらを安心させるための、宥める様な口調。
 だが、彼の目を見たノイマンは、まるで安心できなかった。
 彼の目は、確かに現実に背を向け、思考放棄をした狂人のそれとは違うようだったが、それとはまた別の種類の、狂気を孕んでいる様に思えてならなかった。

 

「うん、バルトフェルドに任せるさ。彼なら間違いなくやってくれるだろう。俺も俺で忙しいんでね。そっちはそっちでやってくれ」

 

 キラ・ヤマト(そんなこと)などかまってられないというように、ヴェルサスは言った。
 ノイマンは、ただ通信を切りたい一心で、その言葉に頷いた。
 そしてヴェルサスの顔を映さなくなったモニターの前で、ノイマンは唾を飲み込む。

 

 あのヴェルサスは、あんなふうだっただろうか。
 何がどう変わったかと言われても、説明できないが、彼は何か変わった。
 ンドゥールが負傷して帰ったあの日以来、ザフトの兵士に遭遇し戦ったというあの日以来、ヴェルサスは何かが変わった。

 

 ノイマンは、その変化がよい方向のものであるとは、どうしても思えなかった。

 
 

「まったく……どう言ったらわかってくれんだろうな」

 

 バルトフェルドはこれからキラに、どういう態度を取るかを考える。
 これまでは説教だけだったが、いい加減ぶん殴っておいたほうがいいかもしれない。
 今までのやり方では、キラたちを成長させられないことはよくわかった。
 そんなことを考えながら、更衣室でパイロットスーツへと着替え、虎柄の奇抜なヘルメットを手に取る。

 

(………?)

 

 その手にかかった重みに、バルトフェルドは違和感を覚えた。
 何か感触や重さがいつもと違うような……。

 

 パゴッ

 

 バルトフェルドの左腕、ショットガン内臓の義手が、音を立てて割れた。
 一つまみほどの立方体にカットされ、サイコロステーキのように分断されていく。
 見る見るうちに欠片となって崩れ落ち、手にしたヘルメットへと呑み込まれて行く。

 

「な………?」

 

 両手で挟まれ、支えられていたヘルメットが、左の支えを失って落下する。
 ガツンと床に当たってバウンドしたヘルメットが、今度はバルトフェルドの左足に当たった。
 直後、今度は左足が、子型ミサイル内臓の義足が切断され、積み木細工が崩れるように壊れていく。
 そしてまたも、ヘルメットに吸収されていく。
 片足を失ったバルトフェルドは、バランスを崩して右側を上にして横向きに倒れる。

 

 この異常事態に、さしものバルトフェルドも頭が真っ白になる。
 彼の思考が状況に追いつく前に、状況は更なる変化を見せた。

 

「武器は奪った……ディ・モールト簡単にな……」

 

 虎柄のヘルメットが、さきほどの義手義足同様、立方体に分断されていく。
 そして、それらは再び組みあがり、新たな形と大きさへと変わっていった。

 

「では……尋問を開始するぜ」

 

 組みあがってできたものは、小学生ほどの背丈の『人型』であった。
 肉食魚の様に凶暴な面構えと牙を持ち、頭頂部にはモヒカンのように、鋭い棘が生えている。
 胴体と腰はワイヤーの束のようなもので繋がっていた。
 およそ自然にはありえないその存在の正体に、バルトフェルドは容易く思い当たった。

 

「スタンド……!」
「知ってるんだな……スタンドを。じゃあ質問だ」

 

 そいつは手を伸ばし、ろくに動けないバルトフェルドの髪の毛を掴み、引き上げる。

 

「ギアッチョを殺した奴のことを、教えろ」

 

 髪の毛を引っ張られる痛みに、呻きを漏らすバルトフェルドに、まったく容赦することなくそのスタンドは命令した。

 

「……ギアッチョ?」
「オーブで貴様らを襲撃したコーディネイターの部隊。そいつらに雇われていたスタンド使い。すべてを凍りつかせる能力者だ」
「……ああ、キラを襲った奴のことか」

 

 バルトフェルドはヴェルサスが現れたときのことを思い出す。
 あの時、フリーダムを動けなくした相手がそのギアッチョと言う奴だろう。

 

「お前たち、何者だ」
「質問をしてんのはこっちだ!! 舐めた態度をとるんじゃねえッ!!」

 

 スタンドが汚く唾を飛ばして怒鳴る。醜い顔がバルトフェルドの鼻の先に突きつけられる。

 

「だがちょっとだけ教えてやる。俺は『ベイビィ・フェイス』。能力は『物質や生物をバラバラに刻んで、組み替える』こと。てめえの義手をバラしたように……いつだっててめえ自身もバラバラにできる」
「ぐ、くううう……」
「さて……ギアッチョを殺した奴は誰だ?」

 

 ベイビイ・フェイスが牙をむき出しにして凄む。

 

「……ドナテロ・ヴェルサス」
「どんな外見をしている?」
「歳は20代前半。そんなに悪い顔ではないが、どこか暗く捻くれている感じがある。長いモミアゲに、髪の毛を後ろで短いツインテールにしている。身長181センチ、服のサイズは52号……」
「今、そいつはどこにいる?」
「今ここにはいない。情報収集に出ている」
「どんな能力だ?」
「知らない」
「仲間は何人いる?」
「俺が知っているのは、ンドゥールとセッコの二人だけだ」

 

 そうして幾つもの質問と回答がなされた。

 

「……ディ・モールト(すげえ)あっさり答えるな。仲間じゃあないのか」
「いい印象はないんでね。あっちはこっちを利用するつもりでいるみたいだし、信頼しあってるわけじゃない……だから」

 

 こちらの反応を怪しむベイビィ・フェイスに、バルトフェルドをニヤリとした笑みを浮かべて言う。

 

「なんなら、協力するよ。俺は、あいつを危険だと思ってる。いつ利用し尽くされて、切り捨てられるかわかったもんじゃない。標的がヴェルサスだけだというなら、彼を引き渡してもいい」
「……………」

 

 その提案に、ベイビィ・フェイスはしばし沈黙する。だがやがて首を振り、

 

「いや、やっぱ駄目だな。会ったばかりのてめえを、信用する気にはならねえ。それに復讐は俺たちだけでやる。てめえの手は借りねえ」
「……そうかい。じゃあ交渉は決裂だね」

 

 バルトフェルドは、いきなり右手を自分の『左目』に鋭く突き込んだ。

 

「んなっ!?」

 

 ベイビィ・フェイスは突然の行動に驚きの声をあげる。

 

 ビチッ、ブチッ、ビキキキキッ!

 

 左目が抉り出され、血が噴き出す。その左目は人工物で構成された義眼であった。
 義手や義足同様、かつての戦争での負傷によるものだ。
 血に塗れた義眼を抜き取った彼は、ベイビィ・フェイスの顔を残った右目で見つめると、

 

「どうせ動けなくするなら、両腕を奪うべきだったね」

 

 彼の手からカチリという音がした。

 

「………? ッ! てめえ!!」
「ちょっと遅かったね」

 

 バルトフェルドは義眼を軽く放り投げる。

 

 バルトフェルドが見たところ、このスタンドはスタンド使いではない自分の目でも見ることができることや、あえて自分の武器を取り去ったことから考え、前に戦った呪いのデーボのエボニー・デビル同様、物理的に破壊可能なタイプだと考えた。
 だが素手で破壊できるほど柔とは思わない。そこで、彼は最後の手段を使うことにした。

 

(左腕はショットガン、左足はミサイル、そして左眼は……)

 

 次の瞬間、更衣室が熱と力に制圧され、ドアが吹き飛び、向こう側の壁に激しく叩きつけられた。

 
 

「く……くそっ! なんてことだ!」

 

 デスクについた男は、変わった形のパソコンのモニターを見ながら、激昂する。
 その格好は奇抜で、右肩と右脇腹を露出した服を着て、目に妙な飾りを巻いている。
 右側の髪を長く伸ばして、耳や右目も隠れていた。
 男の名はメローネ。バルトフェルドを襲ったベイビィ・フェイスの本体だ。

 

『コゲコゲコゲコゲコゲコゲ……』

 

 パソコンのモニターにはそんな字が羅列している。その文字はベイビィ・フェイスからのメッセージだ。
 どうやらバルトフェルドが起こした爆発で、完全に破壊されてしまったらしい。
 しかし、普通のスタンド使いと違い、メローネはスタンドを倒されても影響がない。
 なぜならバルトフェルドを襲撃した人型のベイビィ・フェイスは、本体に影響を及ぼさない『遠隔自動操縦型』のスタンドだからである。
 スタンド使いではない人間でも見ることができるし、物理的な攻撃も通用する。
 メローネの思い通りにコントロールすることもできないなどの欠点もあるが、何度でも生み出し、何度でも攻撃できる。
 それも自分は安全な場所からだ。

 

「ちっ! バルトフェルドの義眼が爆弾だったなんて聞いてないぞ!!」

 

 メローネは、バルトフェルドの情報を彼らに渡した者に、文句を言う。

 

「ふん……まあいい。収穫はあった。ヴェルサスとか言う奴の身体的特徴などは知れたしな。探す手がかりは増えた」

 

 メローネはパソコンを操作し、手に入れた情報を仲間たちの下に送信する。

 

「しかしバルトフェルドという男……あれほどの覚悟と実行力があったとは。申し出を受けてもよかったかもしれないな……」

 

 少なくとも、あの男よりは信用できたと思える。
 みすぼらしい格好をした、全身傷だらけの男。メローネら暗殺チームに遜色ないほどの殺気を放つ、その道のプロ。

 

 名を、『呪いのデーボ』といった。

 

 彼はラクス暗殺にギアッチョと共に雇われ、やはりヴェルサスに裏切られたのだという。
 その怨みから、復讐を果たすために、ギアッチョのチームであるメローネたちの存在を探り当て、情報を持って、協力を申し出てきたのだ。
 しかし、メローネたちは総じて彼を信用していない。あまりに都合が良すぎる。
 情報は受け取ったものの、直接協力は拒否し、チームには入れなかった。
 自分たちの居場所についても教えていない。

 

「だが情報は正しかった……」

 

 情報が罠であるという可能性から、倒されても問題のないベイビィ・フェイスに行かせたのだが、アークエンジェルの場所やバルトフェルドたち、クルーの情報も、ほぼ正確だった。
 あるいはこれもまたヴェルサスの罠かとも思ったが……

 

「罠というのは考えすぎだったか?」
「いいや。それで正解だ」

 

 ドンッ!

 

 背後からの突然の声に、振り向いたメローネの頬を銃弾が撃ち抜く。

 

「ごぼっ!?」

 

 右頬から、口内の舌をちぎり飛ばしながら、左頬に銃弾は抜けていく。奇跡的に致命傷を負うことはなかった。

 

「運のいい……だがそこまで」

 

 ドドンッ!!

 

 二回連続で引き金が引かれる。一発が喉に、一発が右肩に命中する。

 

「うぐおあっ!!」

 

 メローネの手から、デスクの引き出しから出そうとした拳銃が零れ落ちる。

 

「遠隔自動操縦のスタンドを持つ者は、『逆襲される時は無防備』! それがリスクだ」

 

 そして最後に額に弾丸が突き刺さり、メローネはその意識を途絶えさせた。

 

「……計画通り」

 

 自分の作り出した死体を前に、ドナテロ・ヴェルサスは静かに言った。
「これで、奴らのチームに探索のできる奴はいない。さて、あとは『呪いのデーボ』を連れて、アークエンジェルに戻るか……」

#br
 すべてはヴェルサスのはかりごと。ギアッチョのチームが復讐のためにヴェルサスを探していることを知り、この計画を練り上げた。
 彼らチームの能力は、『過去を掘り起こす能力』で調べ、おおむね探りをつけていた。
 その中で最もヴェルサスが危険視したのは、索敵と殺傷性に優れるメローネの能力であった。
 できれば早めに始末しておきたい。
 そこでまず、ラクス襲撃の時、ンドゥールに話させて、既にこちら側の味方につけていた『呪いのデーボ』に、情報をもたらさせる。
 その情報があれば、安全性を考えてベイビィ・フェイスがアークエンジェルに向かうというのは予想がついた。
 そしてベイビィ・フェイスを傍から離し、無防備となったメローネをも始末する。
 メローネの居場所は、またアンダー・ワールドで過去を掘り起こせば、探すのは難しいことではない。
 結果として、まるで型に嵌ったように計画通りにことは運んだ。
 バルトフェルドから、幾つかの情報が向こうに知られてしまったようだが、大した損失ではない。

 

「ん……考えてみりゃ、俺、自分で人を殺したのって、今のが始めてか……?」

 

 ヴェルサスは手の中の銃を見る。
 今まで、他人に命令して殺させたり、罠や掘り起こした過去によって、死に追いやったりしたことはあったが、自分の手を直接汚したことはなかった。

 

「……けど思っていたよりなんてことはないな」

 

 拍子抜けしたように肩をすくめ、ヴェルサスはスタンドで掘った穴を通り、その場を去ったのだった。

 

 キラは悄然として、アークエンジェルに帰還した。
 結局、カガリたちを連れ戻すことはできず、フリーダムも損傷させてしまった。
 無駄な戦闘は止められたが、実りがあったと胸を張ることはできそうにない。
 そして、この後のことを考える。
 キラは自分のやったことを正しいと信じているが、前回のことを怒っていたバルトフェルドらが、今回の行動を容認するとは思えない。

 

「でももう一度話せば、わかってくれるかも……」

 

 呟きながら、彼はフリーダムを降りて、格納庫の床に立つ。そんな彼を待ち構えていた人間がいた。

 

「キラ君!」

 

 マリューはキラの名を叫んだ。その手は強く握り締められ、目はきつく吊り上り、必死の形相を浮かべている。

 

「マ、マリューさん、ぼ、僕は」

 

 あまりの剣幕にキラは一歩引く。それでも自分の正義を主張するために口を開こうとする。

 

「話している場合じゃないの! 急いでついて来て!!」

 

 マリューはキラの手を握り締め、手を引いて駆け出す。

 

「え! ど、どうしたんですかマリューさん!?」
 いつも大らかで優しい女艦長の、通常と違う行動に、キラは面食らう。

 

「早く!! 間に合わないかもしれない!!」

 

 有無を言わせぬ迫力でキラを黙らせると、

 

「すぐにこの海域を移動するわ! 前もって決めていた場所へ!」

 

 何かトラブルがあり、潜伏場所を変えなくてはならなくなったとき、どこへ移動するかあらかじめ決めてある。
 今ここにいないヴェルサスも、ここにアークエンジェルがなかった場合は、その場所に来ることになっている。
 キラはその移動理由が自分の出動にあるのかと思ったが、どうもマリューを含め、周囲の人々の様子がおかしい。
 誰もが焦燥と苦悩を浮かべ、せきたてられるように、わき目も振らず動いている。
 見たくないものから目を背けるかのように。

 

「早くキラ君!!」

 

 そしてキラが連れて来られたのは、男性用の更衣室……だったところであった。

 

「こ、これは!?」
 更衣室は見る影も無かった。
 ドアは吹き飛び、壁はそこら中黒焦げになり、ロッカーもズタズタに破壊され、あるいは熱で融解していた。
 そんな滅茶苦茶になった部屋の中央辺りに、人が集まっていた。中にはラクスやンドゥールの姿もあった。

 

「キラ!」

 

 ラクスがキラの姿を見つけて呼ぶ。その表情は、少なくとも見た目は強い悲痛に満ちていた。

 

「ラクス! この有様は一体! 何が……!?」

 

 キラは人の集まる場所に近寄り、人々の輪の中心にあったものを見た。
 初めはそれが何かはわからなかった。
 黒焦げになった、2メートルほどの細長い物体。
 茶色や赤や黒で彩られていたが、どの色も気分を良くはさせない、嫌な色だった。
 形は妙に釣り合いが取れておらず、いびつな印象を受けた。
 白い布が巻かれており、細いチューブが数本、取り付けられ、その先には何らかの薬品が入った容器があった。

 

「……来たか……キラ」

 

 物体の端の方から、音が漏れた。いや、もはやそれは物体とはいえない。
 キラとて、それは理解できた。だが、理解したくなかった。

 

「バルト……フェルド……さん?」

 

 四肢が引きちぎれ、全身を焼け爛れさせ、鼻も耳も唇も潰れ、頭髪も失い、もはや以前の外見的特長をほとんど失いながらも、彼がバルトフェルドであることがわかった。
 奇跡的に、傷つかず残ったその右の瞳は、いつもキラたちを見守っていた、愛に溢れた瞳だったから。

 

「間に合って……よかった……」

 

 途切れ途切れの声は、酷くかすれていたが、しっかりとキラの耳に届いた。

 

「バルトフェルドさん! い、一体これは!!」
「敵が……潜入した…だが…それは………今はいい」

 

 虎は最後の咆哮をあげんと、残された力を振り絞る。

 

「義眼に備えた……爆弾を……発動させ……た。敵は、倒したが……俺も、助かるまい……」
「そ、そんな……」

 

 首を横に振りながらも、キラにも悟ることができてしまった。彼の命が、みるみるうちに消えようとしているのを。
「見ろ……これが……『死』だ………」
「死………」
「そう……忘れていたんじゃ………ないか? 思い……出せ……人は、死ぬ。生きて、死ぬと、いうことを……」

 

 最後に燃え上がる命の限り、せめて自分の祈りをキラに伝えようと。

 

「醜い……よな。臭いも酷い……。見ていたく……ないだろう? それでも……見てくれ。俺の死を……そして、俺の命を……」

 

 誰もが見ていた。バルトフェルドの最期を。彼の死を。彼の人生の集大成を。

 

「キラ……今の君の戦い方は………殺していないと、いうだけだ……。君は……もう、二度と失いたくないから……死を見たくないから………そうしているのだろう? けど、それは逃げだ……。そうしていては、自分自身さえ……見失ってしまう……」

 

 言葉を話し、それによって体が揺れるたびに、焦げた肉体が少しずつ崩れ落ちる。

 

「殺せと……言っているんじゃあない……。だが……殺さなければ、それでいいのでは、ない……。殺さないことと……生かすことは違う……。死んでいないことと……生きていることとは……違うんだ」

 

 酷く爛れた体に、どれほどの激痛が走っているのか想像もつかない。それでも男は語り続ける。

 

「今の君は……死んでいないだけだ……。自分の意思と……意見を持って………生きていない。死から目を背けることは……命から……目を背けるのと……同じだ……。
見て、考えて、受け止めてくれ………その腕で、胸で………命を……そうすれば……また前の君に……グ、グフッ」

 

 そこで、バルトフェルドの口から血が吐き出される。内臓にまで強いダメージが与えられていたのだ。

 

「バルトフェルドさん!!」

 

 キラは目に涙を浮かべ、その命を繋ぎ止めようという様に、名を叫ぶ。
 その目は、確かにバルトフェルドの生命を見ていた。

 

「そう……その目だ……。その目の君でいてくれ……。哀しまなくていい……俺は……命の限りに生きた……。そして、君らが、俺の思いを受け継いでくれるなら……俺の命は……どこまでも続いていくのだから……」

 

 これまで幾つもの戦場を歩き、幾つもの哀しみを知り、それでも愛を失わずに生きてきた男、アンドリュー・バルトフェルドは、安心したように、その愛に満ちた瞳と、人生を閉ざした。

 

「そうか……そいつは誤算だったな」

 

 ヴェルサスはンドゥールからの通信で、バルトフェルドの最期がキラに影響を与えた旨を知らされた。

 

「今更まともに更正されても困るんだがな……」

 

 これまで散々苦労させられたのだ。ようやっと開き直って、その無茶苦茶さも含めて利用してやる覚悟を決めたというのに、これで大人しくなられては収まりがつかないというものだ。

 

「仕方ない。もう一度ラクス・クラインと話してみるか。キラ・ヤマトもまだ彼女の言うことは重く受け止めるだろうしな」

 

 キラの操縦をするには、ラクスをうまく使うことが効果的だと、ヴェルサスは理解していた。
 そのことは今回、ラクスがキラを説得して出撃させた件で、証明されている。

 

「試しにやってみたのが、こうも簡単に成功するとは……報告を聴いたときには思わず笑っちまったぜ」

 

 そう。ラクスに、キラをマリューたちに無断で出撃させることを進言したのは、ヴェルサスなのだ。
 このままではよくないと、ラクスに忠言し、そそのかしたのはヴェルサスだったのだ。
 ラクスは人を操る才能があるが、逆に操りやすくもある。
 今まで他人を自分の都合のいいように動かせた分、警戒心というものが鈍いのだろう。

 

「キラの方も、バルトフェルドの死でショックを受けている今なら、付け入る隙もあるだろう」

 

 ヴェルサスは陰惨に笑う。少し前の彼はこうではなかった。
 以前も他者を利用して、目的を遂げようとはしていたが、こうも大胆かつ巧みに他者を操るなど、できはしなかった。
 それが可能となったのは、精神的な変化の影響だろう。
 もちろん彼は決して大物ではなく、子悪党の部類に入れられる存在であることに変わりはない。
 だが、小物が大物以上のことを成し遂げられないと、誰が決めたわけではない。

 

「バルトフェルド。実に見事な死を遂げたもんだよ。だが俺はお前の死を踏み躙る。お前が試験終了チャイム直前まで問題を解いている受験生のように、必死こいて伝えようとしたその想いを……すべて無駄にしてやる」

 

 敵対者。その存在は時に、互いを成長させる最も大きな力となる。
 ジョースター一族と邪悪なる敵たちが、互いに成長しあってきたように。
 今までこの世界には、ドナテロ・ヴェルサスの敵がいなかった。
 だが今はいる。ヴェルサスの能力を見せ付けられてなお、怯まずに立ち向かってきた男が。
 黄金の精神を胸に、漆黒の殺意を瞳に宿して、運命に挑む戦士が。

 

 シン・アスカ。

 

 取るに足らないただの人間のくせに、彼の『魔の血統』の運命に宿る宿敵たちを思わせる、忌むべき敵。
 彼を相手にすることを考えたら、キラやラクスなど所詮は利用すべき駒。
 今まで彼らの暴走に頭を悩ませていたのが馬鹿みたいだ。
 暴走するというのなら、むしろ積極的に暴走してもらおうではないか。

 

「お膳立てをしてもらわないといけない……。この俺と、シン・アスカの、決闘の舞台は、お前らにつくってもらわねばならんのだから……だから、もう後戻りはさせねえぜ? グフッ、フヘッ、フハハハハハ、クックックックック、ヒャハハハハハーーー!!」

 

 ヴェルサスは笑い続ける。
 ここで笑う自分という命が存在することを、世界に見せつけるかのように。

 

 命が散る中で、命は残り、そして命を次へと繋げ、そうして、命は続き続ける。命は運ばれ続ける。
 命が命を運ぶ流れ、すなわち運命と呼ばれる、大いなる営みの中で、誰もが、命を燃やし続ける。

 
 

TO BE CONTINUED