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KtKs◆SEED―BIZARRE_第30話

Last-modified: 2008-11-10 (月) 17:49:44

 『PHASE 30:天使の悪夢』

 
 

 戦闘が終わった後、ザフトの戦女神『ミネルバ』は当初の予定どおり、ジブラルタル基地への航路を進んでいた。
 勝利を得ることはできず、しかも折角の捕虜を失った一行の士気は高いとは言えなかった。捕虜を奪還された件については、これまでの功績を鑑みて、処罰は無しということで済んだものの、みすみす敵に潜入されたことに、タリアたちのプライドは傷ついていた。
 シンはそれほど落ち込んではいなかった。今後、またステラと戦う可能性ができたが、そのことに向かい合う覚悟はできている。キラとの戦闘で、シンも一皮剥けたのだ。たとえどのような事態を前にしても、逃げずに立ち向かう覚悟が、今の彼にはある。
 今までになかったというわけではないが、覚悟無き者との戦いによって、改めて覚悟の価値を実感し、より強く深いものとしたのだ。
(たとえステラと戦うことになったとしても……俺が心迷わせず、正しくあろうと覚悟すれば……正しい結果にたどりつくはずだ。『光の道』……それを信じよう)
 シンはすべてを覚悟し、進む意志を定め、そしてそれが報われることを祈った。何に対して祈るべきかはわからなかったが、ただこの無情な運命の中にも、救いの奇跡があることを。

 

 シンは前を見据えることができていたが、それができない者もいた。このミネルバで、最も傷つき、心折れていた人物。その名はルナマリア・ホークと言った。
 戦闘後、彼女は医務室で目を覚まし、やがて自分の身に何が起こったかを思い出し、それが夢でないことを実感した後―――泣いた。
 幼子のように、傍で看病していた妹、メイリンの目を気にする余裕もなく。どこにこんなに溜まっていたのか思えるほどに涙を流し、聞く者の胸を痛ませる叫びをあげ続けた。泣き声が止まったのは、ルナマリアが泣き疲れて意識を眠らせたときであった。
 その後、再度目覚めたルナマリアは、医務室を出て日常業務をこなしてはいた。だが、その動きには張りが無く、目も死んだように虚ろだった。熱意の欠片もなく、事務的に作業する様は、まるで機械のようで、いつもの彼女とはかけ離れていた。
 多くのクルーが心配したが、彼女がそうなってしまった原因を誰も知らなかったので、どうにもできなかった。ただ一人、その原因に気付いていたメイリンも、姉の身に降りかかった残酷な運命をいかにすればいいか、何も思い浮かばなかった。
 ただ、姉の絶望的な心境を感じ、表情を暗くするばかりだった。

 
 

 もう一つの艦、アメリカ独立戦争の英雄である海軍指揮官の名をとった、『J.P.ジョーンズ』では、また別の光景があった。
 二つのグラスが触れ合い、澄んだ音をたてる。揺れる琥珀色の液体には、周囲の風景が映っていた。
 喜び騒ぎ、飲んで食らい、歌い踊り、笑い喋り、時に罵り殴り合う、何人もの男たち。彼らは連合の軍人たちであり、誰もが今回の作戦の成功を、祝い尽くそうと励んでいた。

 

「楽しんでいるようだな」

 

 グラスの縁に口をつけ、ブチャラティが呟く。

 

「久々の勝利だからな。おかげで我らのお姫様は無事取り戻せた」

 

 既にグラスを空にし、新たに酒を注ぐネオは、騒ぎの中心で歓迎を受けているステラを見つめる。
 ステラの前のテーブルには、荒くれ者どもから献上されたケーキやフルーツの山ができている。
 まさにお姫様扱い、あるいは、愛娘扱いだ。
 時折酔っ払い、調子に乗ってステラに抱きついたりする奴が現れるが、漏れなくスティングにボコボコにされ、隅っこに転がされる。
 そのたびに、スティング相手に何分持つか、賭けが行われて盛り上がっていた。
 他にも、ダイアーがグラスを逆さにしても酒を零さないという芸をしたり、ナランチャとアウルが食べ比べをしたりして、座を盛り上げていた。
 そんな騒ぎの外で、ネオとブチャラティは静かに酒を酌み交わす。

 

「次の命令がくるまでは、この空母『J.P.ジョーンズ』にとどまることになってる」
「居心地は悪くないからそれはいいが……」

 

 ブチャラティはサラミをつまみながら言う。
 彼は短期間のうちに、この空母に乗る多くの船員の心を掴んでいた。さすがの人望というべきだろう。

 

「次の命令まで戦線が持つかな」
「確かに。全体的な戦局を見れば、相変わらずこちらに分が悪い。大西洋連邦から離れる国はますます増えるし……」
「シュトロハイム大佐からの情報によると、ロシア平原に動きがあるらしい。地上空母ボナパルトが送られるそうだ。最新のMSまで搭載してな」

 

 ブチャラティの言葉に、ネオはすぐにその意味を理解する。

 

「……ロシア。反連合勢力が多く、ザフトの駐留軍もいるユーラシア地域の最北端。それより西側はすでにザフトが陣を張っている。攻め込むとなると、相当激しい戦いになるだろうな」
「『普通』に激しいだけですめば、まだいいが……ジブリールの性格からして、ただの戦争では終わりそうにない」

 

 自分に従わない人間に、一分の尊厳も認めないのがジブリールという男だ。
 非戦闘員の多くいるプラントにも核兵器を打ち込もうとした彼ならば、連合から離反しようとする都市の一般市民など気にもかけまい。

 

「一方的な虐殺……か」
「可能性は大いにある。動くべき時かもしれないな」

 

 そこに、

 

「おおーい! 何二人でしんみりしてんだよ!」
「ネオ〜〜! ブチャラティ〜〜! 音楽かけるから踊ろうぜ〜〜!!」

 

 ナランチャとアウルが二人に呼びかける。
 ステラ、スティング、ダイアー、他の軍人たちも、みんなそろって、二人を見ていた。幾つもの目が二人を誘っていた。
 ブチャラティはネオに目配せし、ネオはそれに頷いた。

 

「そうだな。華麗な脚さばきを見せるとしようか」
「俺はジャズが好きなんだが、マイルス・デイビスなんかはあるか?」

 

 まだまだ血みどろの戦いは続く。だがせめて、今ひと時だけは楽しむとしよう。
 二人は宴の中に入っていった。

 
 

 そして、三番目の艦。戦闘に直接介入しなかったものの、三つの艦の中で最大の損失をこうむった艦。
 今や片翼をもがれた大天使となった『アークエンジェル』は、スカンジナビア王国、ノルウェー地方のフィヨルドから、新たな潜伏場所である、アイスランド西側の海に沈んでいた。
 安全な場所に隠れた直後、マリューたちは今後についての方針を決めるため、会議を始めた。艦にヴェルサスがいない今が、いい機会だ。
 ちなみにラクスはいない。彼女がいると、結局彼女の意見が通ってしまうことが、経験上わかっているからだ。ラクスはバルトフェルドの死に、さすがにショックを受けたらしく、大人しく部屋にこもっている。

 

「私の考えとしては、オーブに連絡をとろうと思うわ。ザフトも連合も敵にまわした今、話を聞いてくれそうなのはオーブくらいでしょうし」
 最初にマリューがそう発言した。
「ラクスさんを襲ったのがデュランダル議長の企みだというのは、もともとヴェルサスからの情報。物的証拠は無いわ。アークエンジェルを発進させ、オーブを離れたのはあくまで緊急避難……。
 ラクスさんに説得されて動いてしまったけど、戦争に介入する必要は無かった。これ以上、軽挙をしてはならないわ。本当に、今更だけれど」
 自責の念に、表情を曇らせてマリューが呟く。
「何度もバルトフェルド隊長はやめさせようとしてくれていたのに……こんなことに」
 そこまで口にし、建設的でない無駄な後悔をしていることに気付く。
「もう彼はいなくなってしまったけれど、最後の最後まで、彼は私たちのために行動し、私たちに想いを残してくれた。それを無駄にしないためにも、私たちは道を正すべきだわ」
 たとえオーブ政府に許されず、処罰されることになっても、そうしなければ。道を間違えたままでは、何も成せない。
「しかし本当にラクスさんは狙われていないのでしょうか?」
 ノイマンが問題提起をする。
「アスラン君が言っていたようだけど、デュランダル議長が犯人だとすれば、取り逃がした後、何も対処しないのはおかしい。議長を警戒させる、ヴェルサスの自作自演と考えた方が、確かに納得はいくな」
 チャンドラ鏡い、その疑問に答えた。マリューが続ける。
「デュランダル議長への疑いが完全に払拭されたわけではないけど、このまま行けば、ヴェルサスに最後まで利用されてしまうかもしれない。その危険を考えれば、無駄に逃げるより、オーブ政府に調べてもらった方がいいと思うわ」
 それに、おそらくカガリはまだ自分たちを仲間と思ってくれている。卑しい考えかもしれないが、それは確実だと思う。処罰は許されるかもしれない。何かを手伝わせてくれるかもしれない。
 別に今更処罰を恐れているわけではない。死刑でもまったく文句は言えないところだ。だがそうなるにしても、せめて何かの役にたっておきたいのだ。
 情けない自分たちを生かすために、自分を犠牲にした彼の死を無駄にしないためにも、死をもって罪を浄化するより、生きて少しでも償いたかった。たとえそれが我侭であっても、周囲から自分勝手だと罵られても、そうしたかった。
 それが彼らの意志であり、覚悟であった。今の彼らに、状況に流され、ラクスに振り回されていたときの弱さは無かった。その強さを得るために流れた時間はあまり多く、犠牲はあまりに大きかったが。

 

 最終的に、オーブに連絡することが満場一致で決定した。
「ヴェルサスが帰ってくる前に、連絡しましょう。彼の帰還報告はまだ来ていないから、間に合うわ」
 アークエンジェルに帰還するには、連絡をしてハッチを開けてもらわなければ入れない。したがって、誰にも知られずに帰ってくることはできないのだ。ンドゥールやセッコにも見張りをつけて、怪しい行動はすぐ報告するようにしてある。
「そうですね……。ところで、キラ君はどうしているんですか?」
「一人で部屋にいるわ」
 心配そうに問うノイマンに、マリューもまた心配そうに答えた。
 キラが、バルトフェルドの死に受けた衝撃は誰より強く、ラクスとさえ話そうとせず、一人で閉じこもっている。だが、バルトフェルドの想いが届かなかったわけではないと、マリューは思っていた。
 しかし、このままでは悲しみと苦しみで押し潰されてしまうかもしれない。

 

(後で、話をしに行った方がいいかもしれないわね)

 

 そのときの考えを、マリューは後悔することになる。後で、ではなく、すぐに、いやいや、会議の前に話を済ませておくべきだったと。だが結局のところは、会議をしている時点で、既に遅かったのだという残酷な現実を、彼らはすぐに知ることになる。

 

 キラは明かりもついていない暗い部屋の中、ベッドの上で座り込み、うつむいていた。
「バルトフェルドさん………」
 名を呼ぶ。だがその名に答える者は、もうこの世にはいない。自分に想いを託していった彼のことを思い出すたびに、その想いの重さに、潰されてしまいそうだった。
 何もかも投げ出してしまいたい。彼の死に、何もできなかった自分に、彼の想いを背負うなどできない。それは、マリューたちに任せてしまいたい。だが、バルトフェルドの想いを裏切れないという気持ちが、それを押しとどめていた。
 もしもこのとき、マリューが相談にのっていれば、正しく立ち直ることができたかもしれない。だが、現実にその時、そこに現れたのは、

 

「随分と、暗いじゃないですか」

 

 パチリと明かりがつく。思わず顔をあげたキラの目に、いつの間にか部屋に入り込んでいた、男の姿が映った。ドアを開けた音さえ、しなかった。
「随分……早かったですね」
 驚く余裕さえ無いほどに精神を沈ませたキラは、無感情に淡々と言う。男は笑顔で応えた。
「知らせを受けてイタリアから直接飛んできましたので」
 もしもキラがもっと精神的に落ち着いていたら気付いただろう。その目はキラを見下し、その笑みはキラを嘲っていることに。

 

「少し……話をしようじゃあ、ありませんか?」

 

 ここにはまだいるべきでない男、ドナテロ・ヴェルサスはそう言った。

 

「いろいろと大変な中、留守にしてすみませんね」

 

 ゆっくりとした足取りで、ヴェルサスはキラに近寄る。

 

「いえ……そんな……別に」
「気にしないでくれと? ふむ、まあそうでしょうね」

 

 話を聞くことさえおっくうそうに、視線をそらすキラに、

 

「あなたも留守にしていたんでしたね。バルトフェルドが襲われていたときに」

 

 優しい声音で、そう言った。

 

「………っ!」

 

 キラの肩がビクリと跳ね、目が見開かれて、顔色がよりいっそう蒼ざめる。

 

「つらいですよね……守れなかったなんて」

 

 ヴェルサスはキラと触れ合うか触れ合わないかの距離までくると足を止め、そのまま見下ろす。

 

「貴方には、力があったはずなのに、それを使えなかった」
「う……うう………」
「誤解しないでください。責めているのでは、ありません。ただね……私はもう、このようなことが繰り返されて欲しくはない。そう考えているだけなのです。『貴方のため』に」

 

 頭に両手を置き、激しい頭痛を抑えるかのように、背を丸め込ませて唸るキラに、あくまで優しく穏やかに、ヴェルサスは語り掛ける。

 

「もう、失いたくはないでしょう? かけがえのないものを。なら貴方は、こんなふうに閉じこもっていてはいけない」
「……無理、です……僕………なんか、何も……できな…………」

 

 蚊の鳴くような声を出し、自らを否定する。
 今までの自信に満ち、他の意見を押し退けて我が道を歩いてきた彼とも思えなかった。
 おそらくはこれが地なのだろう。他者の言葉に耳を傾けない姿勢は、そうでもしなければ自分を保っていることができない、弱さの表れ。
 所詮、彼は寿命の4分の1も生きていない子供に過ぎない。
 そのことを多少なりとも感じ取っていたのは、この艦ではバルトフェルドくらいだったろう。
 そして仮面が剥がされた後に残されたのは、これから起こることへの不安に怯え、自らに圧し掛かる責任に苦しむ、どこにでもいる普通の青年がただ一人。

 

「ですが……このままだと、残された者たちも、『彼ら』のようになってしまいますよ?」

 

 ヴェルサスがそう言ったと同時に、

 

「キラ……」

 

 どこからともなく、キラの名を呼ぶ声が、聞こえ始めた。

 

「なんだって……?」
「どうかしましたか?」
「何か……聞こえない?」

 

「キラ……」
「キラ……」
「キラ……」

 

「僕のこと……呼んでる」

 

 キラは、周囲を見回すが、音源は発見できない。

 

「キラ」
「!」

 

 真下から声がした。だが、下はベッドだ。ベッドの下に誰かいるのか……

 

「キラ」

 

 手首を、掴まれた。

 

「!?」

 

 キラが座る、ベッドの中。どう見てもベッドは平らなままで、人がいるような盛り上がりはない。
 人が潜り込めるような空間があるはずのない、掛け布団の隙間から、その白い手は伸ばされていた。
 だが何よりもキラを怯えさせたのは、その声が知っているものだと気付いたからだった。

 

「そん……な、この声は……」

 

 そしてベッドの中でそれは蠢き、顔を見せた。

 

「大丈夫って、言ったじゃない」

 

 覗いたのは赤く長い髪の、少女。ややきつくも見えるが、美しい顔立ち。おそらく一生忘れることなどできない、かつて、キラが焦がれた相手。

 

「フレイ………!?」

 

「なんでパパの……船を守ってくれなかったの……」

 

 その表情は、かつて見た表情だった。
 怒りと悲しみで涙を流し、キラを責めるその顔は、かつてキラが、彼女の父を守りきれなかったときに見せた、あの顔だ。
 悪鬼のような、修羅のような、絶望に満ちた憎しみの貌。

 

「ひ、ひいい……!?」
「うそつきぃぃぃぃぃッッ!!」

 

 顔は飛び上がり、喉笛に噛みかかるかのように口を広げ、キラに迫った。

 

「ああああああああああああああっ!!!」

 

 絶叫が響き、キラはベッドから転がり落ちる。床に倒れるキラを、ヴェルサスが抱き起こす。

 

「どうしました?」
「フっ、フレイ、フレイがっ!!」

 

 何も見ていなかったかのように訊ねるヴェルサスに顔を向けながら、フレイのいた場所を指で指し示す。

 

「ベッドがどうかしたのですか?」
「え……?」

 

 平然と言われて前を見ると、そこには何もなかった。あれほどの存在感が、煙のように掻き消え、いつの間にか、握られていた手首の感触もなくなっていた。

 

「あ……いや……確かに見たんだっ! フレイがそこにッ!!」
「何もありませんよ。疲れで、幻覚でも見たのでは?」
「げん、かく……?」
「ええ……ところで、フレイとは誰ですか?」

 

 その問いに、キラは今度は針を飲んだような表情になった。

 

「フ、フレイ、は……僕の、友達で」

 

 恋人とは言えなかった。そう言ってもおかしくないような関係でもあったが、その単語では彼女との関係は言い表せないと思えた。ゆえに一番無難な単語で、自分との関係を表す。

 

「守りたい、娘で……」

 

 憎まれた。愛された。恐れた。好いた。救われた。
 異常なまでに複雑な関係だったけど、今思い返すと、幸せだった記憶と、それが哀しく終わったことだけが回想される。

 

「守れ、なかった……死んで、しまった……」

 

 フレイ・アルスター。キラとは同じカレッジでの仲間であり、前大戦で共にアークエンジェルに乗り、戦場を渡った。父を戦争で失い、コーディネイターを恨み、キラを利用して復讐を果たそうとした少女。
 それでも彼女からかけられた優しさは、たとえ偽りであったとしても、キラにとって救いであった。
 だから彼女を守りたかった。それが間違いであったとしても、そうしたかった。
 そのときの彼は、それでもなお、守り戦うという覚悟があった。
 だがそんな彼女は、キラの目の前で爆発の中に消えていった。あるいはそのとき、彼の覚悟もまた、砕けてしまったのかもしれない。
 涙が滝のようにこぼれる。バルトフェルドが死んだとき、たくさん泣いたはずなのに。涙というのは、尽きることがないのか。

 

「やっぱり、僕には、何もできない……前も、今も……!!」

 

 自分自身に絶望し、キラは泣き続けた。

 

「そうですね……確かにこのままでは、何もできない。あなた一人では、無理だ」

 

 その宣告に、キラはまた震える。
 その震える姿を見つめながら、ヴェルサスはゆったりと語る。騙る。

 

「でもね……あなたは一人ではない」
「え………?」
「正義をなすために、多くのものを守るためには、あなた一人だけでは無理だ。でも、あなたには信頼できる人がいるでしょう?」

 

 ゆっくりと顔を上げたキラの目を見つめ返し、ヴェルサスは甘い言葉をつむぎ続ける。

 

「ラクス・クライン」

 

 そして、この世界において、最も甘く、危険な存在の名を口にした。

 

「彼女と、彼女を支持するクライン派の力があれば、あなたはもっと多くのことができる。もっと多くの人を守れる」
「そ、れは………」

 

 キラの震えが止まる。やはりキラにとって、ラクスの存在は特別だということだ。
 アスランとの殺し合いの果て、自分の存在を否定したキラ・ヤマト。
 そのキラを肯定してくれた、命と心の救い手、ラクス・クライン。
 それは半ば神格化された、絶対的な女性。
 それには死んだバルトフェルドや、親友のアスランでさえ比較し得ない。
 今聞いた、フレイという少女だったらあるいは比肩するかもしれないが、死者でには何もできない。
 その想いはヴェルサスには想像がつく。彼が、父DIOを想うのも似たようなものだ。
 人生の拠り所。存在理由の主柱。なればこそ、『それ』を利用して取り入ることもできる。

 

「およばずながら、私も協力します。助言をします。共闘します。力を合わせればきっと、何もかもうまくいきますよ」
「ヴェルサス、さん……」

 

 内心では、自分の吐く言葉に怖気が走りそうであったが、そんな様子は露ほども見せず、ヴェルサスは言い募る。
 その甲斐あって、キラの目には、ヴェルサスへの感謝と依存が宿っていた。だが正念場はここからだ。

 

「ただ……そのためには邪魔、というか……そのことに反対する人たちがいます」
「邪魔……?」
「マリュー艦長ら……旧アークエンジェルのクルーたちです。彼らを艦から降ろすなり、拘束するなりしなければなりません」
「なっ?」

 

 キラが驚愕の声をあげる。その精神的動揺が収まらないうちに、ヴェルサスが畳み掛ける。

 

「彼らが悪いというわけではありません。しかし……彼らはあなたや、ラクスが行動することに反対するでしょう。彼らは、あなたたちがこれ以上、危険に踏み込むことをよしとしない」
「ああ……」

 

 その説明にキラも納得する。マリューたちを悪人に仕立て上げようとするなら、納得はしなかったろう。
 が、キラたちの身を案じているがゆえに、その行動を縛ろうとしているという説明は受け入れられた。

 

「彼らは優しい。しかし、優しさだけではできないこともある……バルトフェルドも言っていたそうではないですか? 『逃げるな』と」
「言った……そう言っていた……死から、逃げるなと」
「ここで逃げて、戦場から背を向ければ、確かにここにいる人々の命は守れます。けれど、あなたには、この艦以外の場所にも大切なものがあるでしょう? ならば逃げてはなりません。それは……バルトフェルドの死を無駄にすることになる。それでもいいのですか?」

 

 死者の言葉さえ利用して、バルトフェルドの遺志を歪めてまで、ヴェルサスはそそのかす。
「バルトフェルドさんの……それは駄目だ……絶対」
 キラは歯を噛み締めて、首を左右に振る。だが、そこに深い思考はない。
 ただ感覚的に反応しているだけで、何がどう駄目なのかまで考えが及んでいない。

 

「あの人の死が、無駄になるなんて、そんな……」
「……では、戦いなさい。バルトフェルドやフレイといった犠牲を、繰り返さないために」

 

 そして、ヴェルサスはとどめを投げかけた。

 

「たた、かう……僕が、戦えば、みんなを……守れる……バルトフェルドさんの願いを……叶えられる……」

 

 その言葉の響きは虚ろで、目には光がなかった。自分の言っていることを、正常に理解できているかさえ怪しい。
 まるで、ブチャラティたちと出会う前のステラたち、エクステンデッド(人間兵器)のようだった。

 

「わかった……僕は、戦う……」

 

 他者に誘導されて吐き出された言葉には、覚悟も重みもなかったが、ヴェルサスは満足げに頷き、部屋のドアを開けた。

 

「話はつきました。あとはお任せしますよ……ラクスさん」

 

 そしてピンクの髪の少女が、微笑みと共に、部屋に足を踏み入れた。

 

「ラクス……」
「キラ……」

 

 ラクスはキラの傍に近寄り、そのまま両手を彼の背にまわし、抱きついた。
 キラはとまどったように、床に座り込んだまま言う。

 

「良かった……あなたが立ち直って」
「僕は……守れるのかな」
「勿論です。諦めないでくださいキラ。私たちがついてますから……」
「ん………ありがとう、ラクス……ありがとう、ヴェルサスさん……」

 

 ラクスの許諾を聞き届けると、キラは安らかな表情で瞳を閉じ、ラクスの胸にもたれかかりながら、眠りについた。
 バルトフェルドが死んでから、まったく眠れていなかったのだろう。

 

「今は、ゆっくり休んでください。キラ」

 

 聖母のような表情で、キラに膝枕をし、髪を撫ぜるラクス。
 ただそのまま見れば、実に美しく、絵になる光景であった。

 

「それでは、邪魔者は退散します。マリュー艦長とは、私が話をつけますので」
「はい。ありがとうございました。ヴェルサスさん。キラを立ち直らせてくれて」
「いえ、大したことでは……それより、マリュー艦長がうんと言ってくれなかった場合は」
「わかっております。地上のクライン派の方々に協力を要請し、新規クルーとなっていただきます」

 

 そうすれば、マリューたちがいなくても、とりあえずアークエンジェルは動く。
 扱い慣れた者たちでない分、弱体化は避けられないが。
 ヴェルサスは頷き、キラの部屋を後にする。
 二人に背を向けた裏側の顔には、邪悪な喜びは張り付いていた。
 そしてドアを閉め、部屋の外で待っていたンドゥールを確認し、声をかけた。

 

「こちらは何もかも上手くいった……そちらは?」
「こちらもだ。アークエンジェルのクルーは全員、気絶させておいた。今、セッコが独房に運んでいる。さすがに全員は押し込められんので、適当な部屋を代わりにする必要があるが、まあそこはどうにでもなる」
「そうか。キラは戦うことを選んだ。ただし、俺の手の上でな」

 

 このときを持って、天使の船は完全に堕ち、悪魔の所有物となった。

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

 キラは、バルトフェルドが願った『死について深く考える』ことをする前に、行動することにしてしまった。
 前にも増して何もわからないまま、このままではすべてを失うという強迫観念に急き立てられて、ヴェルサスに言われるがままに、すべきことを決めてしまった。
 もはやキラは『守れない』という恐怖に囚われ、戦うことしか考えられない、無惨な操り人形だ。

 

「つまりは、より融通が利いて、使いやすい『道具』になってくれたわけだ」
「そう、上手くいくのか本当に? 今までの行動を見ると、そうは思えないが」
「いかないかもしれないな。けど別にいかなくてもいい。今までどおりだっていいんだ。戦場から離れなければ、それでな」

 

 そのために、ヴェルサスはアークエンジェルに戻ると、艦に報告せずに、潜水服で潜伏地点まで潜った。
 通信を送らずとも、ンドゥールが用心していれば艦外の音も聴き取れる。
 そしてセッコの能力で艦の壁を泥化してもらい、壁から潜り込んで直接艦内に入った。
 アンダー・ワールドで穴を開けたら、海の水が入ってしまうため、物質を硬いまま柔らかくすることのできる、オアシスの力を使ったのだ。
 ンドゥールやセッコに見張りがついていても関係無い。
 ヴェルサスが艦のどこから入るつもりかは、バルトフェルド死亡の報告を聴いたときに既にンドゥールとセッコに教えたし、ンドゥールはヴェルサスが来たことを身振りで合図すればいい。
 そうすればセッコは決められた場所の壁に手を触れ、こっそりと泥化するだけだ。
 口にしなければ、見張りも怪しいとは判断できない。

 

 帰ることができたヴェルサスは、まずラクスを説得した。それは簡単だった。
 バルトフェルドの死にショックは受けていたようだったし、その遺言にも心動かされる部分はあったようだったが、だからこそ、上手くいった。

 

 ラクスは今まで挫折を受けたことがない少女だ。ゆえに、一度挫折したら立ち直れるかどうかわからない、弱い人間である。
 それを本能的に知っているため、彼女はバルトフェルドから自分たちが間違っていると言われ、それを認めることができないでいた。
 それを認めることは挫折に繋がる。だからヴェルサスに、自分は間違っていないと言われ、そのことを喜んで受け入れた。
 そして、自分に賛同するクライン派のみで、この艦を埋める計画にも。そうすれば挫折せずにすむから。
 そして、自分は間違っていないと言ってくれるヴェルサスを、ラクスは信頼し、重用することになる。自分より先に、キラを立ち直らせる役目を任せるほどに。

 

「傲慢で、身勝手で、無茶苦茶な行動も、すべては自分を守る本能的行動か。ある意味、哀れだな」

 

 言うほどに同情していない口調で、ンドゥールはコメントした。
 確かに不幸といえば不幸だ。彼女を挫折させ、成長させてくれる人間や出来事が、今まで誰もいなかったということは。
 だが、そんな彼女に振り回される周囲の方が、より不幸であろう。

 

「まあそれはいいさ。最終的には……ちゃんと挫折させてやるつもりだしな。カハハハ」

 

 その言葉に、ンドゥールは、

 

(変わったな……)

 

 そう思う。今までのヴェルサスには無い余裕がある。本質的なところは変わらないが、今までのように状況に振り回されず、自分を保っていられる。

 

(おそらくはあの日の戦いのためだろうが……まあいい。奴は強い方が望ましい。俺の目的を達成するまで、奴に倒れられては困る。それに……仮にもDIO様の息子を名乗る以上は、強くなくてはならない)

 

 ンドゥールは内心を言葉にすることはせず、別のことを口にする。

 

「キラとラクス。両方を手のひらの上に置いたというわけか」

 

 それは完全な支配ではないし、いつヴェルサスの正体が露見するとも知れない、不安定な立場。
 だがそれで充分だ。ヴェルサスの目的のためには、それで充分。

 

「あと危険なものがあるとすれば……やはりポルナレフやブチャラティたちだな。下手に正面から接触されれば、キラたちを正道に戻してしまうかもしれない」

 

 それだけの影響力がある。あの正義を生きるためのエネルギー源にしているような奴らには。

 

「そういえば、ブチャラティはどうしているんだったか……? セッコが暗殺に失敗してから忘れてた。いろいろそれどころじゃなかったからなぁ」

 

 ヴェルサスは脳からブチャラティについての情報を掘り起こし、彼や彼の率いる部隊が、様々な人物と接触し、順調に力をつけていっていることを思い出す。
 地位や権力を高めるためには自然な行動だが、ブチャラティはそういうものを求めるタイプの男ではない。

 

「奴が前の世界で、極悪なギャングのボスに反旗を翻していたという、セッコの話から考えて、奴が狙っているのはクーデターってとこか。戦争を終わらせるために、戦争を起こしている上層部を乗っ取ってしまおうという腹だろう」

 

 ブチャラティの目的をそう推理し、その処遇を結論づける。

 

「今はほっておくことにしよう。連合の敵は多い方がいい」

 

 連合の施設、エクステンデッド養成所でヴェルサスが手に入れた情報。
 彼が目的としていた、最も欲していた情報だった。ある存在が、連合にあるという証明。
 だがその存在の場所まではつかめなかった。いかにアンダー・ワールドが過去を掘り起こせるといえど、何時の何処に存在していたか、曖昧にさえわからないのでは、掘り出しようがない。
 それを手に入れるには、それが動くときを待たねばならない。
 それが動くときは、連合が、ロード・ジブリールが、致命的な危機に陥ったとき、逆転するために動かされるときだ。
 その状況を生み出すためには、ジブリールの敵は多い方がいい。
 ザフト、ブチャラティ、そしてラクス・クライン。これだけの敵がいれば、彼は確実に追い詰められる。そして、『アレ』を使うだろう。
 そのときが来たら、すぐ動いたことがわかるように、クライン派の情報網が絶対必要なのだ。

 

「それで、これからどうするんだ?」

 

 そういったヴェルサスの目的に、さほど興味のないンドゥールは、熱の無い声で問う。

 

「とりあえず、アークエンジェルの指揮権は任せてもらった。まずは補充のクルーが来るまで少し待ちだ。気絶してるクルーの中には、ラクスに狂信的なまでの感情を抱いているやつもいるから、そいつらはこれまでどおり働いてもらう。
 今のうちに、待機中の『駒』に連絡をとっておくか。それとラクスは、宇宙に飛ぶ」
「宇宙に?」
「宇宙にはクライン派の同士がいる。彼らと協力して、デュランダルのことについて調べるそうだ。他にも兵器工場ターミナルで開発中の新兵器を見に行くとか、いろいろやることあるらしい」
「今更か。まあ、いい厄介払いだがな」
「無論、監視はつけるがな。で、キラの方だが、アンダー・ワールドで更にトラウマを掘り起こし、徹底的に精神を痛めつけてから、そこに付け込ませてもらったからな。以前よりは扱いやすくなるだろう」

 

 海中で、大地の記憶を掘り起こすアンダー・ワールドを使えるかはわからなかったが、どうにか成功した。
 他者を傷つけるなどの物理的影響を与えることはできないが、人間から過去を掘り起こし、見せることくらいはできた。
 これも、ヴェルサスの成長によって、能力が進化したためかもしれない。だが、それでも事前にキラの過去についての情報を『知って』いなかったら、こう上手く掘り出せたかどうか。

 

「思ったよりは、『奴』の存在も役立ったな」

 

 協力者であるスタンド使い、新興宗教結社の教祖ケンゾーによって見つけられ、現在、ヴェルサス預かりとなっている男のことを考える。彼と対面したのは、シンと戦った後でのことだ。
 ケンゾーがもてあましていたのを、恩を売るために、とりあえず受け取っただけだった。
 しかし話を聞いてみると、彼は実に特別な存在だったのだ。
 彼は、本当に多くのことを知っていた。キラやラクス、マリュー、バルトフェルド、更にはシンやアスランたちの、性格や経歴、能力を。
 彼から聞いた知識をもとに、今回、キラの精神を追い詰める計画をたてたのである。
『守れない恐怖』を突いて、その行動を操るというやり方も、彼が知る知識の一つであり、もともとはあるクローンの少年が、家族を目の前で失った少年に対し、行ったものだった。

 

「奴の知識からすると、ラクスが宇宙へ行くのも本来あるべき筋書きだな。更にこの後、ベルリンが火の海になり、そこにキラの奴が乗り込むはずだが、さてどうしたものかな。ひとまず連絡がてらもう一度話を聞くか」

 

 知りえないはずの未来の情報を、過去を操る男が口にする。

 

「既に相当な変化が起きている以上、そうあてになるとも思えぬが」
「それはそうだが、個々の登場人物に影響はあっても、舞台設定そのものはまだ崩れているわけじゃねえ。知ってりゃ少しは余裕が持てるさ。デストロイ、レクイエム、デスティニー、ストライクフリーダム……」

 

 ンドゥールの疑問に答え、ヴェルサスは知識の一部を羅列する。

 

「まだそこそこには使えるぜ? この『原作知識』って奴はなぁ! クフヒヒヒ」

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

 ある部屋に、一人の男が閉じこもって、スナック菓子をかじりながらテレビを見ていた。
 画面にはアニメのキャラクターが動いている。
 男がぼんやりとそれを眺めていると、ドアがノックされた。男は返事をしなかったが、ノックの主は勝手にドアを開け、室内に入る。

 

「またアニメとやらを見ているのか……」

 

 ノックの主が呆れたように言うと、アニメを見ていた男はゆっくりと振り向いた。
 目は大きいが焦点があっていないようだった。鼻は低く、半開きの口からは、並びの悪い歯が覗いている。どうにも貧相な男である。

 

「ジャパニメーションとは比べ物にもならねえが、他の番組よりゃマシだ……。それより何の用だよぉ。ここにいてやる代わりに、好きなことしていていいってぇ約束だぜ〜? ストレイツォさんよ」

 

 なんとなく人をいらつかせる口調だったが、ノックの主、ストレイツォは感情を抑えて言った。

 

「ヴェルサスからの連絡でな。もう一度、詳しく話を聞きたいそうだ」
「ちぇっ、めんどくせえなぁ。わかったよ。このアニメが終わったらな」

 

 舌打ちする男に、ストレイツォは眉をしかめ、

 

「……毎日毎日この部屋に篭りっきりだが、外に出ようとは思わないのか?『ここ』は貴様が望んだ世界なのだろう? グッチョよ」

 

 グッチョ。そう呼ばれた男は右耳をほじくりながら、

 

「けっ、こんなの全然、俺の望みどおりじゃねえよ。俺はキラ・ヤマトみてえに、かっこよく、いいトコ取りの人生を送りたかったのによっ!」

 

 彼こそは、最も弱く、最も扱いづらいスタンド、『サバイバー』の使い手であり、この世界に、多くの死せるスタンド使いたちが集結する、切欠となった男であった。

 

「かっちょいいガンダムを乗り回してよ〜、向かうとこ敵なしでよ〜、どんなことやったって咎められなくてよ〜、かわいい彼女もいてよ〜、最高だよなぁ。キラってよぉ」

 

 彼がかつて視聴して、とびきり気に入った、とある古いテレビアニメがあった。
 かつてストレイツォやグッチョが生きて、そして死んだ世界で、スタンド『ボヘミアン・ラプソディー』の能力が発動したとき、グッチョの魂が入り込んだのが、そのテレビアニメの世界であり、すなわちここだった。

 

 スタンド使いであるグッチョに引かれ、他のスタンド使いの魂や、それらの魂のいくつかと運命によって深く結びついたスタンド使いならざる者の魂までもが、この世界へと引きずり込まれた。
 この最弱のスタンド使いこそが、すべての始まりであったのだ。

 

「俺だったらラクスだけじゃなくてよ、他の女キャラともやっちまうんだけどな。マリューとかミリアリアとか、カガリだっていいじゃん。別に血が繋がってたってさぁ」

 

 下卑た表情で一人盛り上がるグッチョに、ストレイツォは表情を歪めた。

 

(確かこいつは、向こうじゃ刑期5年の囚人で、罪状は婦女暴行と窃盗だったな……。ふん、見下げ果てずにいる理由は微塵もないな)

 

 ストレイツォは容赦なくグッチョを見下してから、

 

「さっさと来い」

 

 グッチョの首根っこを掴んで引っ張る。

 

「うおっ、何すんだ……!」

 

 文句を言おうとしたグッチョだったが、ストレイツォの冷たい視線に睨まれた途端、あっさりと抵抗をやめ、大人しく部屋から引きずり出された。

 

 こうしてヴェルサスは今や、この世界における過去、現在、果ては未来の行く末の知識さえも得ることになったのだ。
 ヴェルサスはボヘミアン・ラプソディーが原因であることを知っていたがゆえに、この世界がフィクションの世界であると推理はできていたが、この世界の元となった作品については詳しく知らなかった。
 それが今、埋められた。これらの情報を上手に扱いきれるかは、ヴェルサスの器量次第だが、それでも彼の持ち駒が、増えたことは確かであった。

 

   ―――――――――――――――――――――

 

 炎が燃え盛り、建物が崩れ落ちようとしている。
 黒煙が空に昇り、火の粉が舞い散る。
 その周囲には、少数の消防士と、多数の野次馬が詰め掛けていた。

 

「………」
 その人ごみの中で、男はきびすを返し、火事から遠ざかっていく。同時に、ひときわ巨大な音が轟いた。ついに天井が焼け落ちたのだ。もしも中に人がいたら、焼け死なず、窒息死せずとも、圧死してしまったに違いない。
 だが、足を進めるその男は、その建物に一人の人間もいないことを知っていた。
 そのうえで、彼は建物に火をつけたのだ。
(これで、痕跡は消えた……)
 男は心中で呟く。炎が消えた後、警察は焼け跡の中から、一人の男性の死体を見つけるだろう。だが、それがどのように死んだのかはわからないはずだ。その身元も不明に終わるに違いない。
(墓もつくれないとは……因果だがな)
 そんな感傷が無いわけではないが、今は埋葬する時間も惜しい。死体を警察等の公式機関や『公式でない』機関に知られ、余計なことを調べられる前にてっとりばやく『処理』するには、こうしなければならなかった。
 彼も、メローネもわかってくれるだろう。
(仇はとる……ギアッチョの分も含めて)
 願わくば、ただ殺すのではなく、百日ほど時間をかけて、じっくりじっくり殺してやりたいところだと、その男、リゾットは憎悪をつのらせた。
 リゾットの手が握り締められ、持っていたものがきしみをあげる。そのことに気付いて、彼は慌てて力を抜いた。それは大切なものだったから。
(メローネが送信した情報によると、ドナテロ・ヴェルサスという男。中々侮れない策士であるようだ)
 こちらの動きは操作され、みすみすメローネを殺されてしまった情けなさに、自分と相手の双方に対して憤りながらも、リゾットは微笑した。
(だが……つめは甘い)
 彼の手にあったのは、一個のマイクロチップだった。その中にはメローネが死の直前まで集めたデータが、まとめて保存されている。ヴェルサスはただメローネを殺しただけで、周辺の機具にまでは手をつけなかった。
 まだ大した情報は得られていないはずだと考えていたのだろうし、実際そうであったが、それでもヴェルサスは火をかけるくらいはするべきだった。
(そうすれば……あれも燃えてしまっていただろうにな)
『あれ』とは、メローネが最後に残した情報。銃で撃たれながらも、最後まで彼は情報を集めていた。ヴェルサスが、メローネの取った拳銃にのみ注意を払っていたとき、メローネのスタンド『ベイビー・フェイス』もまた、動いていたのだ。
 ベイビー・フェイスの『子』は、バルトフェルドに倒されたが、本体である『親』はメローネの傍にあった。パソコンに顔と手足をつけたような格好のスタンドは、『子』を女性に産ませる以外の力はなく、パワーもスピードも大したものではない。
 だがそれでも、近くに置かれたカメラに手を伸ばし、角度を調整して、スイッチを押すくらいのことはできたのだ。そしてひっそりと、映像と音声は保存された。
 そしてそれをリゾットが見つけた。メローネが殺され、ヴェルサスが部屋から消えるまでのすべてを記録したそれを。
(ドナテロ・ヴェルサス……貴様の声も姿も……すべて知ったぞ……!!)
 この情報は有力だ。今まではアークエンジェルを追いかけることでヴェルサスを追っていたが、これからはヴェルサス本人を目標にすることができる。
(だが、メローネが死んだ以上、俺たちだけでは難しいかもな……)
 復讐心に燃えつつも、決して冷静さを失わない資質。それが、リゾットが一癖も二癖もある殺し屋たちのリーダーを務められる理由の一つだ。そして彼は冷静に、自分たちの現状をかえりみて、力不足を実感する。
(どこかに協力を求めるべきか……)
 手を組めそうな相手。すなわち、ヴェルサスが利用しているらしい、ラクス・クライン一派を敵としている相手。
 だが幸いと言っていいのかわからないが、そんな相手には不自由しそうになかった。あれがオーブを発って、大した時間も経っていないというのに、既に世界の半分以上を敵にまわしているのだから、ある意味たいしたものだ。
(それに、ザフトにしても、連合軍にしても、スタンド使いを知っている……)
 そのことは、この戦争の中で流布している噂を聞けばわかる。

 

 曰く、ユニウスセブン落下を止めようとしたザフトのパイロットが、コクピット内で見えない何かに襲われ、肉体を破壊されて殺された。
 曰く、オーブを機械では観測できない謎の生物兵器が襲った。
 曰く、ある戦場で、時間が巻き戻った。
 曰く、どんな傷を負っても死なない、不死身のテロリストがいる。全身黒尽くめで、ヘルメットを被り、肌の露出は一切無いそうだ。
 曰く………

 

 とにかく、そんな噂は絶えない。
(スタンド使いの利用価値も知っている以上、手を組みやすくはあるだろうが……)
 この世界に来る前、さんざん利用された経験上、他者に使われるのは強い拒否感がある。それでも仲間の仇を討つためには矜持を曲げるべきだろうか……。
(……これ以上は、俺だけの考えで決められることではないな)
 リゾットは首を振り、仲間の一人であるホルマジオとの合流を急ぐ。
 どれほどの犠牲があり、苦難が多く、何も得るものがないとしても、その足取りは強く、復讐を諦めることを知らない。
 かけがえのない仲間(チーム)を、大切な家族(ファミリー)を奪った者たちに、しかるべき報いを。

 

「必ず」

 

 そこで初めてリゾットは、心中に収めきれない思いを言葉として口にした。

 

   ―――――――――――――――――――――

 

 オーブ連合首長国は、熱気に包まれていた。
「カガリ様、万歳!」
「オーブ、万歳!」
 壇上で微笑む少女に、国民は歓喜の声を浴びせた。誘拐され、消息不明になっていた国家元首カガリ・ユラ・アスハが、祖国に帰ってきたのだ。そして彼女を救ったのは、ザフトの英雄としてオーブにも名高い、アスラン・ザラ。
 攫われた姫君と、姫を救い出した英雄。神話や伝説の物語の様なその事実は、国民を魅了するに充分であった。
 ただ一点、誘拐犯が、かつてオーブのために戦ったフリーダムであったということが、国民を混乱させていたが(オーブ政府も誘拐の理由がさっぱりわからなかったため、公式発表も理由不明としかされていない)。
 それもカガリが戻ってきたという事実の前に、概ねうやむやになっている。
 それほどの熱狂を、ユウナは感心して見ていた。カガリの人気に、改めて驚かされる。
(確かに彼女の政治的能力は大したものではない……だが、そのカリスマ、国民の意思を纏め上げる資質は、誰も勝てないものがあるな)
 羨ましいと思いながら、空恐ろしくもある。そういった人物の行動を止めることはそうそうできることではない。カガリが暴走し、国や民を滅ぼすような行動に出ようとも、人々は喜んで後に続くだろう。
(以前の彼女は何でも一人で背負って、空回りしている傾向があったし、改善されたといえ、もともと行動タイプだからいつどこへ突っ走っていくかわかったもんじゃない。まあ僕らも目を光らせていくつもりだけど……)
 国民に対して、心配をかけたことへの詫びと、これからの努力を約束するカガリ。その左手の薬指には、指輪の宝石が輝いていた。
 それが彼女の指に、いつ、どのようにつけられたのかユウナは知らない。だが彼がセイバーから降りた彼女を出迎えたときには、既につけられていた。その後、カガリとアスランの間には時々、見ている側がむず痒くなるような空気が漂うようになった。
 思えば、共にセイバーから降りてきたミリアリアは、酷くぐったりとした様子であった。相当あてられたのだろう。同情を禁じえない。
(ま、それはともかく、しっかり支えてやってくれよアスラン。2年も同棲していてようやく覚悟を決めたんだ。そのくらいの期待はしてもいいだろう?)
 そして盛大な拍手によって、カガリの帰還記念式典は締めくくられる……直前、

 

「青き清浄なる世界のために!!」

 

 雄叫びの如き声と共に、一発の銃弾が放たれた。
「っ!!」
 弾丸が放たれる一瞬前に、護衛を務めていたアスランが駆け寄り、カガリを抱き倒してかばう。しかし結果的にはその行為も無用のものとなった。
 弾丸は壇上に到達するより前に、灼熱の炎によって消し炭となったのだから。
「なっ? ふげふっ!?」
 銃を撃った男はその光景を理解する前に、きつい一撃によって張り倒された。一連の出来事を見ていた周囲の人々は、なぜ男が吹っ飛んだのかまったくわからなかった。見えない大きな手によって張り手されたようだとしか、思えなかったのだ。
 直後、男は飛んできたオーブ兵士によって担架に乗せられていった。

 

「しかしあれだ。式典を開いている暇があったのか?」
 カガリ、アスラン、ユウナの三人は、並んで廊下を歩いていた。
「君が健康無事であることを、国民に知らしめなければいけないからね。それに戦争中だからこそ、息抜きになるようなめでたい催しは重要なのさ。しかし普通は自分が撃たれたことについて聞かないか?」
 首をひねるカガリに、ユウナが呆れたように言う。次にアスランが、
「そうそれだ。カガリを撃った男はどうなったんだ?」
「あいつはブルーコスモスの一員だったらしい。組織による作戦ではなく、個人によるスタンドプレイだったようだね。大した情報は得られそうにない」
 オーブにもブルーコスモスは存在する。ユウナやウナトも以前は、利益のためにブルーコスモスとは懇意にしていたのだ。そしてプラントと手を結んで以降、かつてのカガリ暗殺未遂をかわきりに、ブルーコスモスによるテロ行為は少なくない。
 しかし行動を起こすたびに逮捕者がでており、いまや人数も少なく、もはや組織立った行動を取れるほどの力は持っていないというのが、政府の見解だ。
「それでもまだどこかに潜んでいるんだろうけどね……。とりあえず、彼らに礼を言ってやってくれ」
「彼ら?」
「今まで僕らも彼らも忙しくて、紹介する暇がなかったんだが、新しく雇用した人員さ。今回の暗殺者逮捕の功労者でもある」
 そしてユウナが自室のドアを開く。ソファーに座って待っていたのは一人の男と、ミリアリアだった。そのミリアリアの膝の上では、一匹の犬が気持ちよさそうにブラッシングを受けている。
「あなたは! インド洋での戦いの時の!」
 アスランが目を見開いて驚きを表す。
「また会ったな。あのときは世話になった」
 男は左手の人差し指を立てて、力強い笑みを浮かべる。犬の方はアスランをちらりと見ただけだった。
「アスランは知っているそうだけど、カガリもいるし改めて紹介しよう……。ウェザーが留守の間、僕らのボディーガードを務めてくれる。名前は……」
 ユウナが紹介する前に、アスランが呼んだ。

 

「モハメド・アヴドゥルと、イギー!!」

 

「YES! I,AM!!」

 

 男は右手を腰につけ、左手を振り下ろす。鮮烈なポーズを決めるアヴドゥルと対照的に、イギーはあくまで面倒くさそうに、あくびをしただけだった。

 
 

TO BE CONTINUED