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KtKs◆SEED―BIZARRE_第33話

Last-modified: 2009-03-22 (日) 22:40:28

 『PHASE 33:ザ・ニュー盟主!!』

 
 

 ベルリンから離れたアークエンジェルは、フリーダムを収納すると、また潜伏地に戻るために飛行を続けていた。
 その中でキラはセッコの相手をしていた。
「欲しいのかい? 甘いの3個欲しいのかい? 3個……いやしんぼだな」
「うあああっ、うおっ、おおおっ」
 キラはどこか擦り切れたような印象のある微笑を浮かべて、3個の角砂糖を手に取り、1個を真正面に、1個を真上に、1個を真後ろに向けて力強く放り投げた。
「うおっ!」
 セッコは風を切って真正面に投げられた角砂糖に追いつき、逃げる小魚を後ろから喰らう鮫のように、口でキャッチする。
 そのままの勢いで壁まで進み、壁を弾力のある物体に変えた。リングロープの反動を利用するレスラーのように、弾んでこんどは逆方向へと突進する。
「おおおおおっ!」
 突進コースの軌道に重なる、真上に投げられて落ちてきた2個目の角砂糖をキャッチして更に突進。真後ろに投げられた角砂糖の落下地点に、落ちる前に到着し、落ちてくる角砂糖を、口を開けて待ち構える。そして3個目の角砂糖もキャッチすると、
「ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ」
 3個を一気に噛み砕いたのだった。

 

 その異様な光景をヴェルサスは眺めていた。キラは笑顔を浮かべているように見えるが、本心はいまだに機械の様に固まったままだろう。
 もっともっととせがむセッコを押し止めると、キラは自室に閉じこもりにいってしまった。
(ラクス・クラインなら『よしよし』と頭でも撫でるんだろうが……まあ男が男の頭撫でてるとこなんて見たくはねえが)
 そういえばラクスはどうしているだろう。チョコラータをつけておいたから、原作の様にザフトに見つかるような下手は起こさないと思いたいが。
「そのときは原作どおり、キラを差し向ければいいとして……」
 原作どおりならこの後、ザフトからの攻撃をくらうはずだ。
 デュランダルの放送で、ロゴスの存在が公表された後、オーブを心配して様子を見にいこうとするところを、待ち伏せされて襲撃を受けると言うのが設定である。

 

(もはやそれとは状況がかなり異なる。待ち伏せできるほど、こちらの行動を予測できることはないだろうが……警戒はさせておこう)
 そこはルカの能力に任すしかない。もし襲撃されても、今のキラであれば苦もなく返り討ちにできるから、そこは心配いらない。
 それよりも問題なのはンドゥールである。彼は今、アークエンジェルを離れている。
 ヴェルサスが望んだものを見つけるために。
 ヴェルサスがグッチョからこの世界の設定を聞き、新たに欲した、とあるものを。
(ケンゾーに占いを依頼したときは、駄目でもともとという気であったが……)
 本当に発見できるとは思っていなかった。設定で明確にされているわけではないにしても、描写上では完全に消滅しているはずの存在であったから。ただ、この世界は描写を超えた現象がしばしば起こっているらしいので、あるいはと思っただけだ。
 助かるはずのない者が助かったり、いなかったはずの者がいたり、あったはずのものがなくなったり……。そんな曖昧なこの世界でなら、あるいはと、思っただけであったのだが……。
「本当に、見つかるとはなぁ」
 ヴェルサスは凄まじい笑みを浮かべる。狂気さえ滲む、喜びの笑み。
 これは、偶然か? それとも、ご都合主義というものか?
 否。違う。これは『運命』というものだ。今このとき、世界の運命の流れは、自分を中心にして動いていると確信する!

 

「間違いなく、この世界は、俺を望んでいる!」

 

 力と力は引かれ合い、大いなる何かに導かれるように出会う。ヴェルサスはそれを実感していた。
 しかし彼は失念している。その導きが、彼に幸運ばかりをもたらすわけではないことを。

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

 夜の闇に、いまだに消えない炎がそこかしこで揺れている。人々に安心感を与える太陽の姿は、まだ見えない。巨大な連合のMSによって蹂躙された大都市は、腹を引き裂かれ臓物をさらけ出された動物のように、無惨な姿を見せていた。
 その中を、一人の男が歩いていた。
 言わずと知れた、J.P.ポルナレフである。
 キラにやられた後、気絶したポルナレフはミネルバに運び込まれ、目を覚ましてから状況を聞いた。それによるとミネルバは、今夜はベルリンにとどまるということだった。
まだ安静にしておくように言われたが、ポルナレフにじっとしていることを望むのは、少々無理がある。

 

 破壊された建造物の下には、まだ生きたままに閉じ込められた者がいるかもしれない。
 瓦礫の影には、かろうじて死神の鎌から逃れおおせた者が息を潜めているかもしれない。

 

 ポルナレフは、そう思うと大人しく寝てもいられず、ベッドを無断で抜け出して、廃墟と化した街を歩き回っていた。
しかしンドゥールとの戦いの傷もまだ残ったまま、キラによって撃墜された衝撃を身に受けて、そのコンディションは到底、救助活動を行えるようなものではなかった。
「ちっ、やっぱタリア艦長の言うとおり、朝には来るっていう増援部隊を待つしかねえのか……」
 二時間ほど歩き回っても、一人も救助できないまま、ポルナレフは情けなく思いながらも諦めて、ミネルバに戻ることにした。
「朝まではもうちょいかな……。しかし、グフチャリオッツはもう直せないだろうしなー、どうすっかなー」
 キラに破壊されたMSのことを思い出して、ポルナレフはため息をつく。
 墜落したあの時、爆発に襲われたポルナレフは、シルバー・チャリオッツの剣さばきによって、その爆風と縛炎を切り裂き、刎ね飛ばして、その威力を半減させることに成功した。
 そのように爆発の破壊力を最小限に抑えた後、シルバー・チャリオッツに体を持ち上げさせて、半壊したコクピットから素早く脱出したのだ。
 地面に無事着地したものの、墜落の衝撃とスタンドパワーの使いすぎで意識を失ってしまったが。
「また新しいMS貰えるってのは甘いか? 新型のMS造ってるって話だが……ッ!!」

 

 そこまでぼやくように呟いていると、途端ポルナレフの背筋が強張った。反射的に彼はその場から数メートルも飛び退き、スタンドを出現させ、いつでも切り払える体勢に身構えていた。
 そうしていると、夜闇の中から黒い男が現れた。

 

「さすがだポルナレフ……その反応速度、向ける鋭い殺気……どれをとっても」
 黒いヘルメットとパイロットスーツで身を包んだ、長身の男。
 ポルナレフはその男を知っていた。
「貴様………ッ!!」
 男はヘルメットを取る。すると中から、黒く長い髪が溢れ出る。そして貴公子と言っても言い過ぎではないというほどの美麗な顔が露わになった。しかしその美しい容姿に、弱さは微塵もなく、冷たい猛々しさが放たれていた。
「期待どおりだ。さあ、どうするポルナレフ」
 ポルナレフは男の名を呼んだ。

 

「ストレイツォ!!」

 

 友の仇の憎き名を。

 

「ようやく会えたな。今までも割りと近いところまでは来ていたのだが、すれ違いばかりであった」
 ストレイツォは不敵に笑い、
「そろそろ熟成もピークというところだと思い、一思いに飲むことにしたよ。せいぜい、楽しませてくれ。この力を存分に振るわせてもらいたい」
 ポルナレフの復讐心を、ワインか何かのように言う。人の生き血を吸う吸血鬼にとっては、人間はまさにワイン同様のものなのだろう。
「楽しませはしねえ……悪酔いの上に、中毒でおっ死にな」
「言ってくれる」
 ポルナレフの烈火のごとき覇気を前にしても涼しげな顔で、無造作に近づいていく。そして右手をゆっくりと上げ、余裕のままに、大岩をも粉々に砕く鉄拳を叩き込んでやることにした。
「このストレイツォ、容赦……!!」
 口から出ようとする言葉を途中で切り、彼は背後に跳んでいた。直後、足元でドサリという音がした。ストレイツォが反射的に足元を見ると、そこには一本の右腕が落ちていた。
「……………?」
 一体、いつ、誰の右腕がこんな所に?
 それが誰のものであるかわかったのは、ストレイツォが自分の右肩に視線を向けたときだ。彼は、肩から先の部分が綺麗に消失していることを発見した。
「なにィッ!」
「何を驚いてんだぁ? アホレイツォッ!!」
 ポルナレフが迫ってくる。
「う、うおおおおおっ!!」
 ストレイツォは素早く右腕を拾って、更に跳び退く。しかしその体は、既に浅くではあるが、切り裂かれていた。血が飛び散り、ストレイツォの顔が歪む。
 吸血鬼に痛覚はないが、受けたダメージは無視できるものではない。
「そ……そんなバカな!」
 ストレイツォは更に跳んで、ポルナレフと20メートルほどの距離を取った。
(甘く見ていた……!! ポルナレフの力がこれほどとは)
 たとえポルナレフがスタンド使いであったとしても、波紋戦士として修行し、吸血鬼となってその五感をより鋭敏なものとした自分であれば、圧倒できると考えていた。
 たとえスタンドが視認できないとしても、気配を読んで、対応できると考えていた。
 だが、実際はそうはいかなかった。気配を読めなかったわけではない。殺気や呼吸、微妙な空気の揺らぎを感じ取れたからこそ跳び退き、右腕一本ですませられたのだ。そうでなければ、首を落とされていたことだろう。
(気配を読んでも間に合わない……それほどの速度と破壊力……!!)
 吸血鬼の不死性を持ってすれば、一回や二回、スタンドの攻撃を喰らったところで、構わずに本体を打ち倒せることができるはずだった。実際、初めてポルナレフと出会ったときは、切り刻まれてなおポルナレフを倒すことができた。
 だが、今回のポルナレフは以前と違う。多少切り裂いただけでは手を緩めない。こちらの不死身さを理解しているがゆえに、油断なく、徹底的に切り裂くだろう。
(ポルナレフのスタンドの射程距離は、精神状態にもよるが、およそ2メートル。俺が奴に拳なり蹴りなりを叩き込む前に、私の体はバラバラにされている!)
 気配だけで見切れる攻撃ではない。見聞きできないことには、吸血鬼の身体能力をもってしてもどうにもできない。自分から姿をさらしておいて、どうしようもなく無様な事態。
「こんなことが……!」
 ストレイツォは斬られた右腕の切断面を繋ぎ合わせ、くっつける。ストレイツォにとってこの程度の傷は数秒で治る。
(だが脳を剣先で掻き回されたら、いかに吸血鬼とて死ぬ)
 もはや余裕などない。捕食者として人間より圧倒的に優位に立っていたはずのストレイツォは、もはや狩られる弱者へと立場を急激に落としていた。

 

 ズッ、ズッ、ズッ……

 

 足音を立ててポルナレフが迫る。口数の多い彼が、今は無言の威圧感をともなってストレイツォに刃を向ける。
「ぬ、ぬううううう」
 ストレイツォは苦しげに相手を睨み、眼に力を込める。

 

「空裂眼刺驚(スペースリパー・スティンギーアイズ)!!」

 

 ストレイツォの瞳に穴が開き、そこから光線のように鋭く細い弾丸が発射された。その弾丸の正体は、強い圧力をかけられたストレイツォの体液。大理石でさえバターのように滑らかに切り裂く威力。
「……チャリオッツ!」
 しかしその必殺の攻撃も、シルバー・チャリオッツが一振りした剣によって、あえなく叩き落された。
「もう終わりか? 何かするなら、しといた方がいいぜ。すぐに、何もできなくなるんだからな」
 ポルナレフの表情には、一片の慈悲も無い。
「我が友、シェリーの魂の名誉のために……この俺が貴様を絶望の淵にブチ込んでやる!!」
 ビタリと右人差し指をストレイツォに向けて突き出し、宣言を下す。ポルナレフの間合いまで、あと数歩に迫っていた。
「……ポルナレフ」
 ストレイツォが口を開いた。
「お前は、人命救助のためにこの夜の廃墟をうろついていたのだろうが……なぜ一人として出会わなかったのだと思う?」
「……何?」
 思わぬ言葉に、ポルナレフは足を止める。
「なぜ……このストレイツォがこのベルリンにいたのだと思う?」
 そしてストレイツォは、見る者に嫌悪感をもたらすような笑みを浮かべ、
「私の身分は、ブルーコスモスのテロリスト。となれば、今、私がここにいるのもブルーコスモスの盟主、ジブリールの差し金だ。では、私が与えられた任務とは何か?」

 

 その時、ポルナレフは背後に気配を感じ、剣を振るった。
「グオバァアアァァ!!」
 異様な叫び声をあげて、気配の主が倒れた。ポルナレフが振り向くと、そこには頭から股にかけて両断されて、なおも蠢く男がいた。
「うううおぉぉおおおお!! よ、よぐもごの野郎―!」
 だがそれは人間ではない。吸血鬼のエキスを注入され、怪物となったもの。肉体的には死んでいて、なお動き、人を襲う化け物。

 

 屍生人(ゾンビ)。

 

「これは……てっめえ!!」
 ストレイツォの方に視線を戻したとき、彼は既に高く跳び上がり、崩れて半壊したビルの上に乗っていた。高さは地表からざっと7メートル。人の身では、すぐに追いつけるような場所ではない。
「おいー! 余所見してんじゃねえぞ」
「筋張って肉が固そうだが、腹へってるから贅沢は言えねえな」
「ゲヒヒヒヒ、オイラが一番先に食うんだぁ」
 その間にも、砕かれた建築物や、マンホールの中などの物陰からわらわらと屍生人が這い出てくる。その数、およそ50体。
「私の任務。それは救援作業に訪れたザフト部隊に、更なる恐怖をもたらすこと。すなわち、屍生人たちに襲わせることによってだ。今まではさすがに自重していたやり方だが、ジブリールも本気で追い詰められているようだ」
「待ちやがれ!!」
「そうはいかない。死にたくはないのでな。屍生人にした者たちすべてをここに集めたから、いかにお前でも突破は骨だろう。次に会うまでに、お前への対抗策は考えておく……その時まで、さらばだポルナレフ」
 そしてストレイツォは現れた時とは逆に、溶け込むように闇夜に消えていった。
「くそ……!!」
 舌打ちして唸るポルナレフだが、逃げに徹したストレイツォには、もう追いつけそうにない。今は諦め、この状況を何とかすることにしよう。
「屍生人どもが数十体、か。ちくしょう」
 ほんの少し前までは、連合軍の暴挙の被害者であった人々は、今や邪悪の業によって、理性無き悪鬼となって、ポルナレフを囲んでいた。顔は崩れ、体つきも歪み、その心同様、肉体も不自然で凶悪で、醜悪な形となっている。
 誰もが下卑た笑みを浮かべ、ポルナレフを引き裂き喰らう欲望に、その眼を爛々と輝かせていた。
「………許せよ」
 神妙な面持ちで、救うことができなかった人々に言葉を投げる。そして気持ちを切り替え、ミネルバへの帰路を睨み、走り出した。逃がすまいと群がる屍生人に、白刃が向く。
「シルバー・チャリオッツ!!」
 一薙ぎごとに二、三体の屍生人の首や腕が切り裂かれていく。屍生人の頑強な筋肉もものともせず、銀の戦車は敵の群れをさばいていく。
「ぎいいぃえええぇぇ!!」
「ドギャーーーーー!!」
「腕ぇぇぇ! 俺ッちの腕がぁぁぁぁ!!」
 情けはかけない。かけたところで、彼らが人に戻れる可能性は皆無。それどころかまた別の人間を襲い、その人までも屍生人に変えてしまうという罪を犯すことになる。それを考えれば、むしろこうして滅ぼしてやる方が情けというものだ。
(とはいえ……腕の2本や3本じゃ怯みもしねえからな。この数を相手にするのは、やばいかも)
 じきに太陽が昇る時刻ではあるが、それまで無事に持つかどうか。
「やるしかないか……! チャリオォォォッツ!!」
 雄叫びと同時に、シルバー・チャリオッツの鎧が分離する。軽量化により速度を急激に上昇させたスタンドは、本体の周囲を高速で回り始める。その速度は分身を生み、ポルナレフを囲む円陣を組んだ。
 円陣を組んだチャリオッツは、襲い掛かる屍生人たちを片っ端から切り飛ばしていく。
「オオオオオオオオオオオッ!!」
 30体近くを切り裂き、ようやく囲みを抜けられると思えたとき、ポルナレフの足が強く引っ張られた。
「なっ!?」
 急ブレーキをかけられたポルナレフはつんのめり、たまらず倒れ込んだ。転げた痛みに呻きながら、振り向いて足を見ると、マンホールの隙間から爬虫類じみた醜い腕が伸び、彼のズボンの裾を掴んでいた。
「やっりぃ!! 止まったぜぇ!!」
「もうお終いだぁ!!」
 ポルナレフはすぐにその腕を切り裂き、束縛から逃れたが、そこに屍生人たちが圧し掛かってくる。反応の遅れたポルナレフに、その襲撃への対抗はできない。
「くそっ! こんなところでっ!」
 屍生人の爪が、ポルナレフの皮膚を切り裂こうとする直前、

 

 ドドン!! ドンドンドン!!

 

 緑色の光が奔り、屍生人たちを吹き飛ばした。
「!!」
 ポルナレフはその輝きを知っていた。鮮烈で美しく、そして凶悪なまでに強力な、その光のことを知っていた。

 

 ドンドンドンドンドン!!

 

 乱入してきた破壊に、屍生人は身構えるが、光は次々と放たれて、容赦なく彼らを打ちのめしていく。筋肉をえぐり、骨を砕き散らす。
 ポルナレフは呆然と起き上がり、緑の弾丸が放たれた方角を見る。そこには、彼が思い浮かべたとおりの男がいた。
「お、お前は……」
「やあポルナレフ。久しぶりだが……どうもまったく変わっていないようだな」
 その男は、ポルナレフの記憶どおりに笑みを浮かべた。多くの女の子がうっとりとするような、甘いマスク。前髪を長めに伸ばして垂れさせた独特の髪型。眼の辺りには、かつて敵によってつけられた傷跡がまだ残っている。
 ポルナレフは肩をすくめ、
「お前もな……こんなスペースオペラの世界に来てまで、その格好はどうよ。もう卒業じゃねえか。年齢的に言っても」
 軽そうに言うが、その目じりには喜びの涙がにじんでいた。
 ポルナレフの目は、涙に歪みながらも、男の姿を映していた。男はすらりと長い手足の体を、このコズミック・イラでは見られなくなった服が包んでいる。『学ラン』と呼ばれる衣服で、ポルナレフにしてみれば世界で最も無様な民族衣装だ。
 しかし海中でも砂漠でも、彼ともう一人の仲間は、その格好で通していたものだ。
「さすがにこのご時世では学生はやっていられませんが……思い出の服だから、今でも着てるんですよ」
「確かに、なんだかんだ言っても似合っちゃいるけどな。まったく、美味しいトコで出てきてくれるぜ」
 危機感を完全に失った二人の会話が流れる。
「な、舐めやがってぇえぇ!!」
 ついに最後の一体となった屍生人が、やけくそになったように学ランの男へと突進する。が、そいつの前に、一体の怪人が立ち塞がる。怪人は緑に光り輝き、全身に走る筋状の模様が植物を思わせる。顔は昆虫のような目と、マスクをしたような口元で、表情がない。
 それが男のスタンド。タロットカード大アルカナの5番。慈悲、支援、協力、救い、宗教といった、人が人として生きる上で重要な存在を象徴する『法皇』を暗示する。その名も、

 

「『法皇の緑(ハイエロファント・グリーン)』!!」

 

 そのスタンドが両手の平をその屍生人へと向ける。そして両手の平から緑に光り輝く液体が溢れ、次の瞬間、液体の雫は、宝石のような緑の弾丸となり、高速で発射された。それこそ、破壊のエネルギーを収束させて撃ち出す、ハイエロファント・グリーン最強の必殺技。

 

「エメラルド・スプラッシュ!!」

 

 光り輝く弾丸は屍生人の頭蓋骨を粉砕し、その機能をすべて停止させた。
「久しぶりに見るが、やっぱ大した威力だぜ」
 変わらぬ力に感心して言うポルナレフは、改めて戦友の姿を懐かしげに見やる。
「元気そうだな。ハハッ、こんなふうに言える日が来るなんて、思わなかったぜ」
「僕もだ。けどこうして会えたからには、素直に再会を喜ぶとしようじゃないか」
「違いない」
 そして二人は笑いあう。

 

 J.P.ポルナレフと……花京院典明。
 かつて命を賭して世界を救った英雄二人は、ようやく再会を果たしたのだ。

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

「それで、その貴方の旧友が、なぜ一般人絶対立ち入り禁止である軍艦にいるのかしら?」
 タリア・グラディスは、静かに、しかし底知れぬ冷たい怒りを伴った視線と声を、ポルナレフに浴びせた。艦長室に呼び出されたポルナレフは冷や汗をかきつつ、
「いやさ、こいつがどうしてもミネルバのグラディス艦長とコンタクトをとりたいっつーから」
「なぜ私と?」
「いやその理由については、会って直接話すっていうから」
「理由も知らずに連れてきたの?」
 タリアの視線が更に冷たくなる。墓穴を掘り進めているポルナレフを見かね、傍らの花京院が声をあげた。
「そう怒らないでやってください。グラディス艦長」
「そもそもの原因が言える台詞ではないのではなくて? ミスター・カキョーイン」
 やや異質な発音で名を呼ばれ、花京院は苦笑しながら、
「まあ待ってください。そろそろですから」
「そろそろ?」
 時は朝7時。外は既に夜が明け、太陽が輝きを見せている。救援部隊も到着し、救助活動の準備を進めているところだ。
「何がそろそろだというの?」
「公表の、時間がです」
 意図がわからず、タリアが形のいい眉をひそめた時、
「艦長! 大変です!」
 ノックも無しに飛び込んできたアーサーの大声が響いた。
「……なぁに、アーサー?」
 タリアは億劫そうに副官を見やる。彼はよく些細なことで大騒ぎをしているので、この反応も無理からぬことだった。しかし今回ばかりは本当に大変なことであったのだ。

 

「地球連合から、プラントに向けて、和解の申し入れがあったそうです!!」

 

 一瞬、タリアの思考が真っ白になった。
「どういう、意味?」
「つ、つまり、和平を、戦争の終わりを、望んでいるということでは」
「これだけのことをした矢先に?」
 同じナチュラルの同胞を、味方でなくなるからというだけの理由で、明確な敵となったわけでもないのに無差別に虐殺したブルーコスモス盟主、ロード・ジブリールが、そんな行動を取るというのか。
「信じられないわね」
「そ、それが、ジブリールは盟主を解任され、別の人間がブルーコスモス盟主の座についたとかで」
「……別の人間?」
 それなら多少はわかる。おそらくジブリールを裏から支援していた者たち、ディランダルの言うロゴスは、ジブリールの行動を座して見ていられなくなったのだろう。暴走としか言いようのない行動に、危機感を抱いても不思議ではない。
 戦況も連合に不利と言える今を潮時と見て、戦争を終わらせる手筈を整えてきたのだ。
「その新しい盟主っていうのは、どういう人物なの?」
 理由はともかく、和平の申し込みが本当らしいと思えたタリアは、より詳しい情報を求める。
「それは……今ちょうど、全世界に向けて発表されているはずです。モニターに映します」
 アーサーがモニターを操作し、その重大発表の放送を映し出した。
『諸君……』
 モニターに現れたのは、壇上に威風堂々と立つ一人の男。
『この私が、新たなるブルーコスモス盟主を任じる……』
 ゲルマン系の白人で、その漲る自信、ビシリとした姿勢は、軍人のものであると連想させた。彼は全世界に向けて、力強く名乗りをあげた。

 

『ルドル・フォン・シュトロハイムである!!』

 

「始まった……」
 誰もがモニターを見つめる中で、花京院が小さく呟いていた。

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

 大西洋連邦に用意された会場の中、シュトロハイムは多くの記者、マスコミ、地球連合軍人、政府関係者、その他様々な職に就く、何百人ものブルーコスモスの前で講壇に立ち、語り始めた。

 

「私はこれよりブルーコスモスを代表し、地球連合にプラントへの和平申し入れを要請する所存だ。双方にとって、何を今更という思いはあるだろう。だが……これを見てほしい」
 シュトロハイムの背後に準備されたスクリーンに、昨日の戦闘の様子が現れる。蹂躙される都市。焼き裂かれる建物。薙ぎ殺される人々。
「これは昨日、ユーラシア中央から西側地域の都市に向け、我が軍の新型巨大兵器『デストロイ』が侵攻したときの様子だ。断っておくが、軍の正式な行動ではなく、一部の人間の愚劣な暴走によるものだ。その暴走を引き起こした者の名は、ロード・ジブリール!」
 かつてのブルーコスモス盟主であった男の名は、今や、この戦争における最大の犯罪者となった。
「彼はコーディネイターを憎むあまり、勝利をものにできないことを焦るあまり、敵でさえない者たちを、一方的に攻撃するようにしむけた。この暴走を引き起こしたことにより、ジブリールはブルーコスモス盟主の座を追われ、逃亡中だ。彼のことは現在捜査中である。
 この戦争を最も望んだ者がそのようになった今、これ以上、戦争を続ける理由も無いとして、ブルーコスモスはこの戦争の終焉を望む。勝手な話であるという自覚はあるが、それが現在のブルーコスモスの総意である!」
 総意と言っても、実際に会議を開いたというわけではない。ただ盟主の言葉はそのまま、ブルーコスモスの総意であるという認識ができあがっているのが現状だ。
 ロゴスにとっては、これで終わりとするつもりであった。いずれは知られるデストロイ侵攻を報道管制によって隠すよりも、こちらから公表し、戦争におけるすべての罪をジブリールに押し付け、もはや儲けの期待できない戦争を終わらせる。
 今後の処理や、和平反対派の矢面に立たされるのは、ロゴスと関係の無いシュトロハイムだ。戦後処理に失敗しても、シュトロハイムを切るだけでよく、ロゴスに傷は残らない。
 それで終わらせるつもりだった。

 

「………と、いう筋書きであるが、ことは今の発表以上の裏があるのだ」
 シュトロハイムがその言葉を口にするまでは。

 

「私は諸君たちに教えねばならない。この戦争の原因を。ユニウスセブンが落ち、地球に多大な被害が生じた時期に、なぜ地球連合がプラントとの戦争に踏み切ったのか」
 シュトロハイムは話しながら、今頃ロゴスの面々は顔を蒼ざめさせているであろうと考え、愉快になる。
「煽動した者たちがいる。戦争を望んだ者たちがいる。陳腐な陰謀論に聞こえるかもしれんが、事実だ。そいつらは軍需産業複合体、『ロゴス』という存在だ」
 スクリーンに、9人の人間の顔写真と、それぞれの素性の簡単なデータが映し出される。
 アダム・バーミリヤー、エルウィン・リッター、グラハム・ネレイス、セレスティン・グロード、ダンカン・L・モッケルバーグ、ブルーノ・アズラエル、ラリー・マクウィリアムズ、ルクス・コーラー、そしてロード・ジブリール。
「こいつらだ! 表向きは国際的企業の経営者どもだが、その経済力でもって各国首脳を脅迫し、戦争を起こす流れを生んだ。兵器を売りさばくことで、金儲けをするために!!
 このブルーコスモスとて、ナチュラルとコーディネイターの戦争を生み出しやすくするためにこいつらが創り出した組織だ! ロゴスは遺伝子の身勝手な改変に反対する、諸君たちの思想さえも汚し、利用してきたのだ!!」

 

 声音を強め、叩きつけるように語るシュトロハイム。
「ジブリールもまたロゴスの一員であったが、奴が民間人の住む都市を無差別に攻撃するという暴挙に出たことで、奴らはジブリールの首を切り、あろうことかこの私に、次の盟主となるよう要請してきた。
 そして私はブルーコスモス盟主となることにした。奴らの操り人形になるためではなく、逆に奴らを白日の下にさらけ出し、一掃してやるためにだ。
 聴衆たちは、シュトロハイムの迫力と、言葉の内容による衝撃に、疑問も不平も言えず、沈黙を保っていた。

 

「私はここに、ロゴスへの宣戦布告を行なう!!」

 

 広い会場内を満たす沈黙を、たった一人で突き破るかのように、シュトロハイムは今までで最大の音量を発揮した。
「既に、大西洋連邦のコープランド大統領を始め、各国重鎮も、ロゴス征伐に賛同してくださっている。
 今までは国を、国民を守るため、ロゴスに心ならずも膝を折ってきた首脳陣も、今回の暴挙を見るにして、ついに決起の意志を固めたのだ!」
 実際は首脳たちも、ロゴスからの甘い汁を吸っていた共犯であるのだが、そこは目をつぶって褒め称える。気分は良くないが、彼らの協力がなければロゴスに対抗できないのだ。
「私は軍人だ。軍人として国家の命令には従う。戦場に立つことを拒みはしない。人を殺し、殺される覚悟もしている。
 それにはっきり言って、俺はコーディネイターが嫌いだ。絶滅させたいと思うほど憎んではないが、戦うことに躊躇いはない! だがそれはあくまで、俺の意思によって、そうあるべきだ! 他人に踊らされて、傀儡となるなど、とうてい認められるものではない!」
 シュトロハイムは腕を振るい、台を叩き、身振り手振りも交えて演説する。

 

「そこで、俺は各国にロゴスを討つための協力を申し入れる。無論、今までの敵であった、プラント、オーブに対しても。反発はあって当然。憎みあい、傷つけあった事実をすぐに忘れるなど、双方にとってできることではない。
 ただ、ロゴスを討つまでは棚に上げてほしい。ロゴスを討った後でなお、やはり相手を許せないというのなら、また戦争になっても構わん。だが命を賭して戦うからには、せめて操られてではなく、自らの意志で戦いたいではないか!」

 

 自らを示す言葉が途中で『私』から『俺』に変わる。言葉に込める感情が強まってきている証拠だ。

 

「断っておくが、俺はすべてがロゴスの責任だとは言わん! 人は常に平和を望む……そんな綺麗な生き物だと、俺は思ってはおらん!
 煽動されたのは、俺たちの心に戦争を望む心があったからだ! ユニウスセブンを落としたコーディネイターを憎み嫌う思いがあったからだ! そこから目を逸らすな! 俺たちは望んで、誇りに思いながら、戦い、殺し、殺された!!」
 演説するシュトロハイムの脳裏に、ブチャラティと出会い、このロゴスのことを聞いた時の会話が浮かび上がる。

 

   ………………………………………………………………

 

―――『なるほど、貴様の言うことに嘘はないだろうとは思う。しかし……そのロゴスを倒したとして……本当に戦争はもう起こらなくなるのか?』
『……いや、そうはならないだろうな。悪党が一つ二つ消えた程度で、すべてがうまくいくなら苦労は無い』
『では劇的に変わらんにしても、少しは良い世界になるか?』
『……望み薄だな。国際的な企業を潰すんだ。経済をはじめ、あらゆる方面で大打撃だろう。よほどうまく戦後処理ができねば、戦争をするよりも酷い被害が出ても不思議ではない』
 シュトロハイムはやや戸惑う。戦いに勝っても確実に掴めるものがないのなら、目の前の男は何を求めているのか。
『ならばなぜ、ロゴスを倒そうとする? 貴様にとって何の得にもならんだろう?』
『そうだな……確かに』――――――

 

   ………………………………………………………………

 

「罪は我々にもある。人間が人間である以上、ロゴスがなくなったところで、何も変わらないかもしれん! また新たにロゴス同様の存在が現れて、同じことをするかもしれん! だが俺は……」

 

   ………………………………………………………………

 

―――『だが俺は……ロゴスが許せない。吐き気を催す邪悪とは、何も知らぬ無知なる者を利用することだ。自分の利益のために利用することだ……。何も知らぬ人々を、自分の都合だけで!』――――――

 

   ………………………………………………………………

 

「この世界に、人々をそそのかし、自分たちは安全な場所で、血に汚れることなく、戦争を生み出している奴らがいる……。俺はそんな卑怯者は許せない! 俺たちが戦場に出る勇気が、殺し殺される恐怖を耐える意志が、奴らに汚されているのだ!!
『人間の偉大さは、恐怖に耐える誇り高き姿にある』……。ギリシアの史家ブルタルコスの言葉だ。恐怖とは縁遠い場所で、人々の命を踏み躙っているロゴスは、人間の偉大さと最もかけ離れた連中だ! ほっておくなど我慢ならん!!」

 

 シュトロハイムとて、捕虜を人体実験にかけるなどの非道を行った男である。ブチャラティと違い、他者を利用したということではロゴスを悪し様に言う資格も、言うつもりもない。だが、ロゴスの在り方は彼には我慢ならない。
 彼は自分が軍人であることに誇りを持っている。国と国民のために戦うことを、生きがいとしている。人類を守るため、サンタナやカーズに挑んだ。祖国を守るため、スターリングラード戦線を戦い抜いた。
 その誇りを、金儲けなどという矮小なことで汚そうとするロゴスは、決して許せはしない。自分の人生と、共に戦ってきた戦友や部下の誇りさえ汚す、不倶戴天の敵だ。
 しかし、それだけがロゴスと戦う理由ではない。

 

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―――『……では貴様は、高尚な思想や、気高い理想のためではなく、ちっぽけで個人的な正義感で動いているというのか? ハハッ、なんというか、馬鹿だな、貴様は』
 シュトロハイムは笑いながら、それでいてブチャラティをまったく侮蔑していなかった。 
 シュトロハイムはブチャラティほど優しくはない。名誉欲が強く傲慢でもあり、力が無い者が利用されて死ぬということに、さほど同情することもない。
 しかし、彼は優秀で、強い精神を持つ者には、敵味方の分け隔てなく敬意を表する男であり、ブチャラティは充分、敬意に値した。世界を動かす巨悪に、個人的な想いから戦いを挑む無茶無謀とさえ思える闘志と勇気に。

 

 正道ならざる道に堕ちてなお優しく、正義の心を燃やすブチャラティと、祖国や守るべきもののためならば邪悪な行為も、命を散らすこともいとわぬシュトロハイム。

 

 決して気が合うとは言えない二人。ともすれば敵として殺しあっていてもおかしくない二人が、手を結べたことは実に幸運な奇跡であった。
 笑うシュトロハイムに、ブチャラティは更に言葉を重ねる。

 

『馬鹿か……。そうだろうな。だが一つだけ偉そうなことを言わせてもらおう』―――――――――

 

   ………………………………………………………………

 

「一つ、偉そうなことを言わせてもらう……。賢者は正義のための戦いなどない。ただの殺人の応酬にすぎないと言う。識者は正義と悪の戦いなどなく、ただ勝者が敗者を虐げ、悪に仕立てるだけだと言う。だが飾っても仕方がないので、言い切っておこう」

 

 シュトロハイムは、ブチャラティの言葉を借り、自らの心を世界に告げる。

 

「この戦いにおいて……俺は自分が、正義であると思っている! 正しいことをしていると思っている! だからこうしてここに立ち、こんなことを言っている。後悔は無い! こんな世界ではあるが……俺は自分が信じられる道を歩いていたい……!!」

 

 かつて彼が所属していたナチスドイツは、歴史の中で悪として定義された。だが彼は、自分がナチスに身を置いていたことを後悔していないし、いまだに誇りも抱いている。誰が何と言おうと、あの頃の自分の正義は、決して偽物ではなかった。
 特にあの、忌々しいイギリス人と共に戦ったあの頃は。

 

   ………………………………………………………………

 

―――『イタリア人のくせに……性格も全然違うように思えるのに、その正義、その内に秘めた激情……。どこか、あの忌々しいイギリス野郎と似ている。フフフ……。
 いいだろう。今度戦争する時は、イタリア抜きでと思っていたが……考えを改めるとしよう。お前を信じ、俺はお前と……盟を結ぶ』―――

 

   ………………………………………………………………

 

 シュトロハイムはロゴスと戦う。
 それは戦士としての誇りのためであり、ロゴスへの怒りのためである。
 ブチャラティの言う、無力な人々のためというのも、まったくないわけではない。
 だが、一番の理由は結局のところ、ブチャラティという男を気に入った。シュトロハイムが最も強く熱くあった時代に、肩を並べて戦ったイギリス人を思い起こさせる男を気に入った。それだけのことなのであり……そしてそれだけでいいのだ。

 

「俺と同じ道を歩くことに賛同してくれる者は、共に来てくれ!! 自分の意志で! 俺がそうしようと言ったからではなく、流れに身を任せてでもなく、自分の責任において、決定してくれ!
 拒む者、ロゴスに味方する者、あくまでコーディネイターと相容れないと言う者は、来なくてもかまわない! 敵となり、銃を向けてきてもかまわない! だが、やるからには、やられる覚悟もしておくがいい!!
 今ここで俺の言いたいことはそれだけだ。……いや最後に一つ、叫ばせてもらう! これは俺の故郷で、勝利を約束する言葉だ!!」
 そしてシュトロハイムは、力と魂を込めて、指先まで真っ直ぐ伸びた右腕を、肩より斜め上に突き出し、叫んだ。

 

「ジークハイル!!」

 

 演説が終わり、会場が沈黙で満ちる。誰もが、シュトロハイムの演説内容の深刻さに戸惑っていた。
 自分たちが利用されていたのだという事実。この戦争が、ただ一部の人間が利益を得るために引き起こされた、茶番であったという真実。そして、自分たちを利用していたものたちを倒そうと言う決意。
 すべてが予想外で、急激で、すぐには受け入れられなかった。
 しかしやがて、一人の若い軍人が腕を伸ばし、シュトロハイムを眩しいものを見るように見つめながら、彼の言葉を繰り返した。

 

「ジークハイル!」

 

 次に、年配の政治家が、
「ジークハイル!」
 IT企業の重役が、
「ジークハイル!」
 運送会社の配達員が、
「ジークハイル!」
 機械工学の権威である女性が、
「ジークハイル!」
 ホテルの料理人が、
「ジークハイル!」

 

 その言葉は連鎖的に広まっていく。誰もが唱える。誓いの言葉を。勝利の誓いを。かつて月面基地で起きたように。

 

「ジークハイル!」「ジークハイル!」「ジークハイル!」「ジークハイル!」「ジークハイル!」「ジークハイル!」「ジークハイル!」「ジークハイル!」「ジークハイル!」「ジークハイル!」「ジークハイル!」「ジークハイル!」「ジークハイル!」………

 

 後の世で、この大戦における『ビギニング・オブ・ジ・エンド(終わりの始まり)』として位置づけられる就任式は、このようにして締めくくられたのだった。

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

 その響きを聞きながら、会場の裏手にある部屋で、男が苦笑する。
「流されるなと言っても、結局かなりの奴が流されてるんじゃないのか? サクラも結構混じってるんだろう?」
「ズルと言えばズルだけど、仕方ないわ。遊びではないのだから」
 女は答える。
 二人の周囲には、手足を拘束された人間が何人も転がっていた。全員、口をふさがれて喋ることもできずにいる。
「これでひとまずはブチャラティの計画通り……か」
「ここまでは、だけどね。最後に勝たねば意味がない」

 

 ロゴスを倒すために、ブチャラティたちはまず、ロゴスに関わるロード・ジブリールに接触し、軍事的な立場と権力を手に入れた。そして内部から、ロゴスに反感を持っている者。ロゴスの真実を知れば、共に戦ってくれるであろう者を探していった。
 そのように時間をかけて力をつけていこうとしていたが、ユニウスセブン落下、戦争の勃発により事態は急変した。この大きな流れを乗りこなせれば、早々にロゴスを討つことができるかもしれないと考え、ブチャラティたちは賭けに出た。
 今まで接触していなかったシュトロハイムと話し、コープランド大統領に働きかけた。そして彼らの協力を取り付けることに成功したことで、一つの計画を打ち立て、計画実行のチャンスを待った。ジブリールがロゴスの邪魔者となる、その時を。

 

 ジブリールがロゴスにとって害となることは、早かれ遅かれ起こると予測された事態であった。ロゴスが金儲けという冷徹な目的を持っているのに対し、ジブリールの目的はコーディネイターの抹殺という感情的なもの。
 相容れぬ二つの目的は、いつか両者の関係を破綻させる。いずれはそうなると読んでいた。ロゴスにおいて変動が起こるその時、ロゴスに付け入る隙が生まれるはずだと。
 ジブリールの立場が揺らいだ時、コープランドに、盟主の首の挿げ替えを進言させ、新盟主の候補としてシュトロハイムを進めさせる。ロゴスの部外者であるシュトロハイムが正式に選ばれるかどうかは賭けの要素が強かったが、何とか通った。
 ロゴスについて知らない方が、操り人形にしやすいと考えたのかもしれない。彼らの思惑はどうあれ、シュトロハイムは新盟主に選ばれ、世界中の注目が集まるこの就任式において、ロゴスの全貌を公表し、打倒を呼びかけた。

 

 もみ消しようのない発表。無差別虐殺により、世界中の人々の怒りが燃え上がっている現状。ロゴス憎しの火を焚きつけるには、最高のタイミングであった。
 しかも都合のいいことに、この会場にいる者の多くは、ブルーコスモスの穏健派である。ロゴスの当初の目的は戦争を終わらせること。その目的に反対するだろう過激派を、新盟主就任式に呼んで、トラブルが起こることは避けたかったのだ。
 それが返って、シュトロハイムのロゴス打倒をやりやすくした。どうあってもコーディネイターを憎む過激派がいたら、こう簡単にプラントと協力し合うなどという提案が、受け入れられるはずもなかっただろう。

 

 それでも、ロゴスの監視役はちゃんといた。その監視役たちを無力化するために、ブチャラティももちろん手は打ってあった。スリーピング・スレイブの人員を裂き、監視役を拘束する役目を与えた。
 その人員の指揮をし、見事役目を遂行したのが、語り合う二人の男女だった。

 

 その男、レオーネ・アバッキオと、その女、レナ・イメリア。
 二人は、ユニウスセブン落下の日と同じ、打ち倒された人間たちの中で喋るという状況にいた。始まりの時と同じような舞台で、終わりの始まりを迎えていたのだった。

 

「それにしても綿密とはお世辞にも言えない、行き当たりばったりな計画が、よくもこう上手くいったものだ。コープランドや誰かが裏切れば終わり。シュトロハイムが計画に乗らなければ終わり。ジブリールが盟主の座を追われなければ終わり。穴だらけだ」

 

 何かが上手くいかなければ、その時はまた別のやり方を用意してはいたが、ここまでの成功は収められなかっただろう。
「別に不思議ではないわ」
「ほう?」
 レナの言葉に、アバッキオが興味を目に宿して彼女の方を向く。

 

「正義は勝つ……。そういうものでしょ?」
 かつてレナは、弟をコーディネイターとの紛争で亡くし、コーディネイターを区別なく憎んでいた時期があった。
 そんな自分を止めたのは、憎しみのためでなく、祖国と人々を守るために戦った、彼女の教え子であった。
 止まった自分を、また歩き出させたのは、死をも恐れずに正しいと思えることのために戦える、勇気ある男だった。
 そうして彼女は何となく、理解した。

 

「ドス黒い憎悪や我欲なんてものに、黄金の如き正義の意志が、負けるはずがないのよ」

 

 アバッキオは肩をすくめ、
「……そんな簡単なものでもねーと思うが」
「ええ。これは単なる私の希望。でも、そうあってほしいと思うわ」
「………まあな」
 しかし二人とも、本当のところはわかっていた。勝つか負けるかは真に重要なことではない。ブチャラティと共にありたい。それだけが望みなのだと。

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

「なんてことだ……!」
 デュランダルが歯を噛み締めて唸る。握り締められた拳は、精神的動揺を表すかのように震えていた。
 ロゴスの存在の公表。各国へのロゴス打倒の呼びかけ。それは、デュランダルがやるべきことであったはずなのに。
 先を越された。今から何を言っても、シュトロハイムほどのインパクトある演説は不可能だ。今や実質的な世界のリーダーはシュトロハイムと言っても過言ではない。ロゴスを討った後、世界を作り直す権限は彼にある。
(これでは、デスティニープランを実行に移すだけの権力を得られない……!)
 今までにない計画破綻の危機に、さしものデュランダルも焦燥を隠せない。しかし世界を相手取る決意を固めた陰謀家は、流石と言える精神力を持って心を沈め、次なる行動を模索する。
(まずは……シュトロハイムと手を取り合うことだ)
 唯一無二の世界の導き手の地位は得られなかったが、今ならまだシュトロハイムと肩を並ぶくらいにはなれる。ミネルバに接触してきたというエージェント、花京院を通して彼と手を組み、共にロゴスを倒し、その後は……。
(シュトロハイムを利用するか、あるいは暗殺も考えなければ……)
 とにかく今はシュトロハイムという人間を知らねばならない。今まで彼が描いていたはずの計画に、誰が何処まで筆を加えているのか。その全体像と細部の両方を知らなければ……。
「いかん、まだ動揺している……。今はまだそこまで考えている余裕はない。まずは、シュトロハイムと共にロゴスに立ち向かうことを、いかに劇的に演説し公表し、人々の心を掴むかだ……」
 そうして、演説内容について思考を回転させる。今までにない苦難に立ち、彼はなおも進もうとしていた。

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

「ふふっ、これはこれは、老人たちはさぞかし震え上がっていることだろうな」
 デュランダルとは対照的に、ジブリールは黒猫を撫でながら余裕の笑みを浮かべる。すでにこの地球連合軍最高司令部ヘブンズベースまでたどり着いていた彼には、充分な戦力があった。
「しかしシュトロハイムの裏には、間違いなくブチャラティがいるな……」
 ロゴスに頼れなくなった彼は、独自の戦力を集めるためにスリーピング・スレイブにも連絡をこころみたが、返信はなかった。それどころか彼らはシュトロハイムを支持し、ロゴス打倒を各地で呼びかけているそうだ。
「この絵を描いたのは奴と見ていい。今までも色々と工作をしている気配はあったが、勝負に出たな」
 ブチャラティが敵にまわるということは、ネオも裏切ると考えた方がいい。
「相手にとって不足はない。帝王たらんとするならば、奴らごときに負けてはいられない」
 こちらも準備は行っている。デストロイを含めた強力兵器は揃えているし、残りのブードゥー・キングダムも駆けつけられる分は集めておいた。
 ただストレイツォは召集していない。さきほどまで連絡が取れなかったので裏切りを疑っての処置だ。その確証は得られなかったが、行動が怪しいことには変わりない。
 ただ丁度ベルリンの近くにいたので、ベルリンを屍生人だらけにするようにしむけたが、さほど意味はない。嫌がらせ程度の思惑だ。
(まだ決戦には早い。もっと多くの戦力を集めるため、布告を出さねば。コーディネイターどもと手を結ぶなどと言う、唾棄すべき行為をこばむ同志たちが集ってくるだろう)
 シュトロハイムもジブリールも、今は志しを同じくする者たちを集める時間だ。誰がどの陣営につくかはっきりさせておき、戦いが終わった後で、彼らの処遇を決めやすくする。
 かつてのオーブのように、曖昧な姿勢ではいられないこの状況で、世界の情勢が定まりきったとき、最終決戦(ラグナロク)が始まる。
「そして勝者は私だ……!!」
 ジブリールは自らが座る椅子の横に立てかけた、一振りの『死神』を見つめ、この戦争が始まって以来、最も自信と覇気に満ちた笑みを浮かべた。

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

 蒼穹を切り裂き、白雲を千切り貫き、MAが飛んでいく。MSに変形するわけではない、通常のMA。しかし速さは確かなものだ。
 操縦しているのはJ.P.ポルナレフ。向かうはオーブ連合首長国。
「あーあー、戦線離脱かよ」
 思わず口からぼやきが漏れる。旧友との再会も束の間、彼は新たな任務を与えられていた。
 専用機グフチャリオッツが完全破壊された今、彼が実力を十全に発揮できる機体の用意には時間がかかる。それまでの時間、ポルナレフを遊ばせておくのも惜しい。
 そこで、来るべき最終決戦のためにオーブとの連携を更に密にするという目的で、彼がオーブに飛ぶことになった。
 デュランダルとしては、世界情勢の主導権をシュトロハイムに横からさらわれた今、オーブの援護だけは確保しておきたい。アスランやカガリの友人でもあるポルナレフならば、エージェントとして最適だ。
 そしてオーブの後は、スリーピング・スレイブのブチャラティたちへの使者となる予定である。
 スリーピング・スレイブの隊長、プラントの最高評議会議長、オーブの首脳といった者たちから厚い信頼を受けている彼は、いまや戦士として以上に、それぞれの橋渡し役として非常に重要な人物なのである。
「柄じゃないんだけどよぉ。親善使節なんて」
 予想外の立場にちょいと困惑しながらも、ポルナレフはそれほど時間も経っていないのに久しぶりのように思える、アスランたちとの再会を楽しみにするのだった。
 向かう先に、かつて自分を救って命落とした仲間との、更なる奇跡の再会があるとは知らず。
 そして、更なる戦いが、牙の並ぶ口を開けて待っているということも知らずに。

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

 アークエンジェルの自室でモニターを眺めながら、ヴェルサスは腕組みをして呟いた。
「こいつはまいったな……」
 連合側、ブルーコスモス側からのロゴス公表、そして討伐宣言。原作とはあまりにも違う、まったく逆といえる状況。
「さすがに原作知識が通用しなくなるか……。だがまあ、ロゴスとそれ以外が互いを殲滅しあうという状況は変わらない。ジブリールも危険になれば『例のもの』を使うかもしれないし……まだこのままいけるか」
 そう言いつつも、アレコレとこれからを予測し、チャンスを逃さないように対策を考えていく。
「ケンゾーの部下を、ヘブンズベースに潜り込ませられねえかな……」
 しかし彼は失念していることがある。

 

『……クルー諸君に告ぐ、グスッ』
 ルカの声が通信となって、艦内全域に放送されはじめた。
『本艦はこれより、オーブへと向かい、政権を奪取する!』

 

 ………。

 

「なに?」
 ヴェルサスはわけがわからなくなった。

 

『現状、オーブは姑息にもラクス様の偽者を使って、グス、人々を騙す卑怯なデュランダルに踊らされ、戦争に参加している。
 更に、グス、シュトロハイムという男が現れた。正義の戦いなどといっているが、奴のやってることは、ロゴスが今までしていた……人々に憎しみを植え付け、操り、戦争に駆り立てることと変わらない。
 彼ら二人が手を組み、ロゴスを倒した暁には、グス、世界はあの二人の思うままになってしまう。それを阻止するために、グス、オーブは世界の最後の希望となるため、彼らの策略の渦から解放されねばならない』

 

 ルカの泣き混じりの声が流れる。

 

『グスッ、カガリ殿、アスラン殿は、哀しいことにまたも過ちを犯そうとしている。戦いの道を進もうとしている。彼らに更なる罪を犯させないためにも、我らは敢えてオーブに弓引かねばならない。
 カガリ殿たちを一時、拘束することになろうとも、政治権力を手に入れなければならない……。すべてはオーブを、ひいては世界を救うために。グス、これがラクス様の願いである!!』

 

 だんだん、理解したくもない事実が、ヴェルサスの脳内に染み込んできた。

 

『戦艦一つで一国に勝利する。無謀な挑戦に聞こえる。しかし恐れることはない! 我々にはキラ様がいらっしゃる! あの方がフリーダムを操る限り、いかなる敵にも負けることはないのだぁ! グスッ、では……これより任務を開始する!』

 

 放送が、終わった。

 

「なん……だと……?」

 

 ヴェルサスは忘れていたことを、改めて思い知る。
 ラクス・クラインという少女が、どこまでも常識というものから外れているということを。

 
 

TO BE CONTINUED