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KtKs◆SEED―BIZARRE_第39話

Last-modified: 2010-04-24 (土) 23:49:36

 『PHASE 39:汝、人を愛せ』

 
 

「ウッシャアアアアアアアアアアアァァァッッ!!!」

 

 奇声をあげて、ジブリール、否、アヌビス神は斬りかかってきた。剣先を天に向けて突き上げ、脇を締めて鍔を顔の高さまで上げている構えは、日本の剣術である『薩摩示現流』でいう『トンボの構え』に似ていた。
 その構えから繰り出される斬撃は実に単純。全霊を込めてたたっ切る。たとえ防御をしたところで、その防御ごと切り崩して討ち果たすという、気迫の証明。
「エメラルド・スプラッシュ!!」
 対する花京院は絶えず移動しながら、またもエネルギーを凝縮した弾丸、エメレルド・スプラッシュを発射する。散弾ではなく、アヌビス神一体に標的を定めて、密集させた八つの弾丸だ。すべてを切り捌くのは、あのシルバー・チャリオッツでも容易いことではないはず。
 が、
「甘い甘い甘いーーーー!!」

 

 ギャリンギャリン! ギャギャリリリリリンッ!!

 

 アヌビス神は一呼吸にて8回の斬撃を放ち、すべての弾丸をはじき返してしまった。
「はっ、速い!!」
 さしもの花京院も戦慄を隠せない。その速度、その膂力、あるいはポルナレフのシルバー・チャリオッツをも上回る剣士かもしれない。
 花京院はぞっとしながらも認めざるをえない。そしてそれは絶望感さえある認識だった。
 よくポルナレフをからかって怒らせている花京院だが、ポルナレフの実力は高く評価している。アヴドゥルの戦勝も、死角から攻めたからこその勝利。もし策を使わずに正面から戦ったなら、彼に敵うスタンド使いはそうはいないだろう。
 際立った特殊能力がない分、地道に研鑽を積み重ねた結果(努力をあまりカッコいいと思っていないポルナレフは自分ではそう言わないが)としての実力は、充分に凄まじい。
 だからこそ、それを上回る実力の敵を前に、少なからぬ恐怖を抱いた。しかしビビってはいられない。振り下ろされる白刃を、花京院は大きく右に跳んで逃げる。
「うぎゃああああ!!」
 その結果、花京院の背後にいた連合軍人が腕を切断されてしまったが、アヌビス神は巻き添えを食った軍人などは『背景』『障害物』としか見ていないようで、軍人はまったく気にも留めなかった。
「ふん。悪くない反射神経ではあるが……」
 しかし、痛みに悶え叫ぶ声は煩かったらしく、そちら側には目も向けずに、片手間でザシュリと心臓を突き刺してとどめをさした。
「『覚えた』」
 その一言に込められた意味は、まだその場の者にはわからなかった。しかしここにポルナレフや承太郎がいれば、その言葉に背筋の凍るような気分を味わうだろう。そしてすぐに花京院たちもそうなる。
 アヌビス神が床を蹴った。強い音が耳を打ち、一瞬にして花京院との間合いが詰められる。
「なっ!?」
(さっきより速い!)
 アヌビス神の力の一つであり、そして最大の能力であるのが、この学習能力だ。一度受けた攻撃や、こちららからの攻撃の防ぎ方を記憶し、力や速度を上昇させることができる。一度受けた攻撃を食らうことは無く、一度使った防御方法は通用しない。
 そして今のアヌビス神の力はいかほどのものか。元の世界では、最終的に承太郎の『星の白金(スター・プラチナ)』の力や速さ、動きを完全に記憶し、それを上回る能力を手に入れていた。
 しかし、こちら側の世界に復活したアヌビス神は、スター・プラチナに圧し折られる前の、完全な姿に戻っている代わり、圧し折られてから記憶した分の力は持っていない。それでもシルバー・チャリオッツやスター・プラチナを追い詰めるだけの力は記憶していた。
 もとから高かった力に、長距離攻撃に対するかわし方を記憶したアヌビス神は、花京院を前に、ニヤリと笑う。今度は避ける時間も無く、棒立ちになったままの花京院に、横薙ぎの一振りが襲いかかる寸前、
「むうっ!」
 アヌビス神は剣を振るう対象を変更した。薙いだ剣が弾いたのは弾丸。ただしエメラルド・スプラッシュでも、金属製の銃弾でもない。高速で飛来する、凝縮された粘体だった。
 発射された弾丸、十数発を剣で防いだ後、剣身にこびりつき、蠢く泥のような物体に気付く。
「こいつは貴様の能力か?」
 右人差し指を自分に向けて睨みつけるFFに、忌々しげな目を向ける。
「血で汚れるのならともかく、こんなばっちいもんを『俺』になすりつけるとは……だがこいつも『覚えた』!!」
 叫んでアヌビス神は高く跳ぶ。そしてアヌビス神が存在していた空間を、エメラルド・スプラッシュが通り過ぎて行った。
「大丈夫か花京院!」
「おかげ様でね。しかし、こいつは相当な敵だ。二人がかりで行こう」
「了解!」
 射撃を得意とする二人のスタンド使いが、同時に弾丸を発射した。アヌビス神は、今度はすべて捌ききるのは難しいと思ったか、単に面倒だったのか、身を退いてかわした。
 それを走って追いかけながら二人は左右から弾丸を放つ。さすがにアヌビス神も、二つの方向から来る弾丸を、同時に対処にするのはきついらしく、攻め込んではこない。しかし、それもいつまで持つか。
 傍から見ているだけで、どんどんアヌビス神の動きが良くなっていくのがわかる。だからアバッキオは、

 

「おいスティング、アウル………お前たち、ブチャラティのところへ行け」

 

「ええっ?」
「な、何言ってんだよ!」
 隣で驚く二人に、アバッキオはいつもよりも険しい形相で命令した。
「いいから早くブチャラティたちをここに連れてこい。あの野郎はやばい……。どんどん強くなってる。マジで覚えていってやがる。花京院とFFだけでいつまで持つか……。だが逃げるわけにもいかない。ジブリールはここで確実に抑えとかなきゃあならねえからな。
 だから、ブチャラティを連れてこい。あいつなら一発でもぶん殴ればジッパーで切り離して終わりにできるし、切り傷もジッパーでくっつけて治せる。奴相手には、いくらか相性がいいはずだ」
 今ここにいるスタンド使いは3人だが、全員が正面からの戦闘には向いていない。いくら3対1とはいえ、このままでは不利だ。
「だけどよ、ブチャラティたちの方にも刺客が送り込まれていつらしいじゃねえか」
 向こうだってこちらに来れる余裕はないだろうと言うスティングに、
「向こうは別に逃げてもいい相手だ。必ず倒さなきゃいけないわけじゃない。こっちと違ってな。優先度はこちらが遥かに高い」
 ジブリールの刺客など、倒さなくても別に構わない。勝てなくても戦争に影響は無い。だがジブリールはこの戦争の最大責任者として、どうしても捕らえるなり殺すなりしなくてはならない。
「敵がそう簡単に逃がしてくれるとも思えないけど?」
「ああ。だからな」
 アウルの言葉に、アバッキオはもっともだと頷いたうえで、

 

「お前ら二人でブチャラティを逃がすための足止めをしろ。相手はジブリールの口ぶりからして相当に強力な奴らしい。お前たちに倒せるとは思えないが、一分一秒でも多く、足止めをするんだ。………たとえそれで死ぬとしても」

 

 冷酷な命令だった。
「お、おい、アバッキオ!」
 ネオが仮面をつけていてもわかるくらいに、顔色を変えて慌てている。無理もない。アバッキオの命令を実行すれば、スティングとアウルは、強力なスタンド使いと戦うことになる。十中八九、結果は死だ。
「………無茶言ってくれるな」
「ホント。人使いの荒い上司だぜ」
 だが、死を命じられた二人は、呆れたように肩をすくめたが、怒りや恐れは見られなかった。
「ま、しょーがねえ。けどな、ことが終わったら、昼飯でも奢ってもらうぜ」
「目玉飛び出るくらいの高い奴をな」
「………高級料理の味なんざわかんねーくせに。まあいいさ。奢ってやるよ」
 アバッキオの了承を得て、二人は喜色を浮かべて、ブチャラティたちの下へと、足を向けた。
「約束破るんじゃねーぞぉ!」
「ネオとステラが証人だからなぁ!」
 走っていく二人の姿を見送り、ネオはため息をついた。
「………謝りは、しねーぜ」
「わかってる。君の判断は、間違ってない」
 部下を死地へ向かわせた自分の言動を、正しいとして譲らぬアバッキオの態度に、ネオは非難を向けたりはしなかった。軍人は、戦うのが仕事。結果として死ぬのなら、それも仕事の範疇だ。この場の誰もが覚悟できていることだ。ネオには誰も責める気はない。
 あるとすれば、それは無力な自分に対して。スタンド使いでもなければ、エクステンデッドでもない自分は、この場で最も役立たずだ。悔しさに歯を食いしばるネオに、
「大丈夫」
「………ステラ」
 金髪の少女が声をかけた。
「スティングもアウルも、『死なない』。私も、みんな生きて帰る」
 ネオは、ステラがブロックワードである『死』という言葉を使い、それでも冷静でいられることに驚いた。そして、ステラに『死』を乗り越えさせた少年に、感謝の意を捧げる。もちろん、自分を慰め、元気づけてくれた少女に対しても。
「………そうだな。ありがとうステラ」
 優しい少女に微笑むネオ。しかし、アバッキオは渋い顔を浮かべていた。
「しかしまあ………それはかなり頑張んなきゃいけないみたいだぜ」
 アバッキオの視線の先には、既にハイエロファント・グリーンとフー・ファイターズの弾丸を、完全に見切り余裕で防ぐ、アヌビス神の姿があった。

 

「クフフフフ、もうお前らの攻撃は『覚えた』………! さあ、反撃のお時間だッ!!」

 

 アヌビス神は跳びまわりながら、一人の連合軍人の襟をつかむ。
「うえっ!?」
 戦闘についていけず、隅で縮こまっていた軍人は、あっさりと持ち上げられて振り回される。そして、
「ぐぎゃああああ!!」
 FFの弾丸をその身に受け、悶絶する。アヌビス神はあがる悲鳴を聞きながら、軍人をFFに向けてぶん投げた。
「おいおい」
 FFは焦る。その軍人はおそらく弾丸を防ぐ肉の盾にして、視界封じ。軍人の体に邪魔されて、アヌビス神の姿が見えない。だが向こう側から床を蹴った音がした。こちらに向かってくることはわかった。
(あいつのことだ。この軍人ごと切り裂いてくるんだろう。それなら正面から弾丸ぶち込んでやる!!)
 FFの体はプランクトンの集合体。人間ではない彼女は、ちょっとやそっと斬られても死にはしない。軍人の肉体を断ち割って現れるであろうアヌビス神の姿を待ち、FFは構えた。
「ウッシャアアアアアアアア!!」
 雄叫びがあがり、

 

 グゥン!

 

 軍人の体を貫く刃が、FFの目に映った。同時にFFの弾丸が発射される。だがその弾丸は、軍人の体に阻まれて向こう側には届かなかった。にもかかわらず、
「何………?」
 アヌビス神の刃はFFに届いた。
「き、斬れて……」
 FFの右腕がズルリと床に落ちた。軍人の肉体は床に落ちる。すでに死体となったらしい軍人は、呻き一つたてなかった。そしてその体は刃を通したにもかかわらず、どこも切り裂かれてはいなかった。
(こ、こいつ、斬らずに斬った………! 刃だけが、透過してこっち側に!!)
 それがアヌビス神の能力の一つ。刃だけを透過させて、障害物の向こう側の相手を斬ることができる。すなわち、いかなる強固な盾も鎧も、アヌビス神の前には無力なのだ。
「エメラルド・スプラッシュ!!」
「おっと」
 花京院の放った弾丸を余裕でかわし、アヌビス神はFFに追撃をくわえた。横一文字の斬撃は、FFの両足を斬り飛ばし、次いで残った左腕を斬り落とした。
「ぐおおおお!」
 支えを失い、床に転がるFF。しかしその傷口からは赤い血が流れず、断面には黒い粘液がブニョブニョと蠢いていた。FFはこの程度は致命傷にはならないが、もう動くことはできない。人間の体から出たら、1分足らずで水分が蒸発し、干からびて死ぬ。
「なんだてめえ……人間じゃねえのか? それともそれがスタンド能力か? まあいい。とりあえず首の一つも刎ねておこうか」
 剣を振り上げたアヌビス神だったが、急にビーッビーッと、耳障りな電子音が響いてきた。
「おっと、いいとこだってのに」
 眉をしかめ、アヌビス神は自分自身である剣を、黒塗りの鞘に納めた。チンと音を立てて刃が鞘に収納されると同時に、電子音は止んだ。そして今まで浮かべていた狂気じみた形相が和らぎ、いつもの神経質そうなジブリールの表情に戻った。
「くう、惜しい。早く………」
 顔を悔しげにしかめて、もう一度アヌビス神を抜こうとするジブリールに、二つの人影が躍りかかる。一人は黒い銃を、一人は白いナイフを手にしていた。
「うおお!?」
 突いてきたナイフの切っ先を、間一髪抜き放った剣で弾き砕いて、下手人を見る。そこには敵意を燃やすステラの顔があった。
「死なせない!」
「おいおい、スタンド使いでもねえくせに」
 ナイフを失ったステラは、本気で斬りかかられる前に、アヌビス神から離れた。同時に弾丸が3発、アヌビス神に向かって飛来する。ネオの放ったものだ。
「この俺に敵うと思ったかぁ!!」
 弾丸をかわし、アヌビス神はステラを殺すために走る。その横合いから、アバッキオのスタンド、ムーディー・ブルースが組みついてきた。ラグビー選手が相手からボールをもぎ取ろうとするように、剣を奪おうとする。
「ぬ!! この、貴様ごときの貧弱なスタンドでぇ! この最強のアヌビス神を倒せると思うなぁ!!」
 力任せにムーディー・ブルースを振り払い、剣を薙ぐ。ムーディー・ブルースの左太股がやや深く切り込まれた。致命傷にはならないが、もうろくに歩くこともできない。
「痛うっ!!」
「駄目押しくらいな!! このアヌビス神は絶ぇぇぇっ対に負けんのだァァァっ!!」
 床に尻をつけたムーディー・ブルースに、更なる斬撃が襲いかかる。ムーディー・ブルースがあわや真っ二つにされそうになった瞬間、ハイエロファント・グリーンの触手がムーディー・ブルースの足に絡まり、引きずり倒した。
 倒れこむムーディー・ブルースの体をとらえられず、アヌビス神の剣は空振りに終わり、床に深く食い込んだだけだった。そしてハイエロファント・グリーンの触手はエメラルド・スプラッシュを発射した。
「ちいっ! だがそれはもう覚えているぞっ!」
 背後に退きながらも、エメラルド・スプラッシュをすべて弾き飛ばしたアヌビス神だったが、退いた背中に引っ掛かりを感じて振り向く。同時に緑の光が閃いた。
「なぬぅ!?」
 床を蹴って飛び退いたが、放たれたエメラルド・スプラッシュが身をかすめ、ついにアヌビス神の使うジブリールの体が傷ついた。
「こ、これは、ハッ!!」
 飛び退いた更に背後からも光が生まれ、エメラルド・スプラッシュが襲いかかってきた。これは何とか弾くが、一発の弾丸が頬をかすめ、出血をもたらす。
「こいつは………!!」
 気がつけば、アヌビス神の周囲はぐるりとハイエロファント・グリーンの触手によって、取り囲まれていた。

 

「どうだ………! 触れれば発射される、『教皇(ハイエロファント)』の『結界』は!!」

 

 それは最強最悪のスタンド使い、DIOにさえ傷を負わせた花京院の切り札。あらゆる方向から攻撃を仕掛けられるスタンドの牢獄。アヌビス神はその中心にいた。
「そしてくらえ!! アヌビス神ッ! 半径3メートル! エメラルド・スプラッシュをーーーーッ!!」

 

 ドバアアアアアァァァァァァァアアアッッッ!!!

 

 一斉に何十発もの弾丸が、全方位から発射された。
「ぐ、おおおおおおおッ!! 嘗めるなあああぁぁぁあぁぁあっ!!!」
 アヌビス神は覚悟を決めて、凄まじい速さで剣を振り回した。殆ど剣の身が見えぬほどの速度で、放たれ続けるエメラルド・スプラッシュを弾いていく。しかし弾き切れぬ数発のエメラルド・スプラッシュを受け、ジブリールの肉体に穴が空いていく。
「ま、まずい! このままじゃ身が持たねえ!! なら!!」
 剣の軌道が変わる。それは防御に都合のいい軌道ではなく、また別の目的を持った振りだった。防御に適さぬ一振りは、一度エメラルド・スプラッシュを弾き飛ばしたものの、次に飛んできたエメラルド・スプラッシュを弾くことはできなかった。
 多くの弾丸をその身に受けたジブリールの肉体が吹き飛ばされる。しかし、致命傷には今一歩届かない。だが、更にエメラルド・スプラッシュが放たれることは無かった。
「こ、これは!!」
 なぜなら、弾き返されたエメラルド・スプラッシュは、放った本人である花京院へと飛んでいたからだ。身を守ることもできずにその弾丸を受け、花京院もアヌビス神同様に吹っ飛んだ。
「ぐあああああ!!」
 予想していなかった攻撃に、身を護れずに倒れこんだ花京院は、強い衝撃で脳を揺さぶられ、意識を失ってしまった。よって『教皇の結界』も消失し、アヌビス神は解放されてしまう。もはや狂犬の邪神を抑えられる者はいなかった。

 

「ハア、ハア………この俺が正面からたたっ切るのではなく、こんな小細工をする羽目になるとは、さすがと言っておこう。だが、やはりこの俺は絶対に負けんのだ。さあ………戦いは終わり。これからは、一方的な処刑の時間だ」
 ギラギラと光る目を、血に濡れた足を抑えてうずくまるアバッキオと、彼を護るように立つステラとネオに向ける。
「くうっ!!」
 二人は残された銃弾を撃ち放つが、所詮牽制にしかならない。アヌビス神は余裕ですべて弾き返した。
「かつてジブリールの部下だった者たちよ。その裏切りにも慈悲を示し、せめて傷めずに殺してやる。一太刀でな!!」
「そうかい。ならさっさとやってくれよ」
 死を前にしてなお、ネオは飄々としていた。もう完全に諦めてしまったのだろうか。―――否、ネオの目はまだ死んではいない。
「お望み通りにッ!!」
 アヌビス神が喜色満面で叫び、そして斬撃が放たれ、血しぶきが舞った。
「ネオォォッ!!」
 ステラの悲鳴が上がる。無理もない。ステラが親兄弟と等しく愛するネオの右脇腹を、アヌビス神の凶刃が深々と抉ったのだから。

 

 抉った?

 

 そう。抉った。

 

 それだけだ。

 

 両断されては、いない!

 

「にゃにぃっ!?」

 

 アヌビス神の驚愕の声があがる。確かにその斬撃は速く強かった。しかし、それは今までの斬撃の中で最強最速というほどのものではない、ネオたちのことを嘗めた一撃だった。だからこそ、

 

 ガシィィィィィッ!!

 

 ネオは両断される前に、アヌビス神の手首を自らの手で押さえ、剣を止めることができた。
「き、貴様、下手な時間稼ぎを!!」
「へへ、やっぱ俺は、不可能を可能にするな………」
 そしてジブリールの手からアヌビス神をもぎ取ろうとする。
「この程度がなんだ!! その傷ではどう転んでもすぐに貴様は死ぬ!! いくらおれをもぎ取ったところで………!!」
 アヌビス神の嘲りが止まった。止めたのはまたも響き始めた耳障りな電子音。それは、アヌビス神の鍔から聞こえてきた。
「おっとあの電子音だ。これがさっき聞こえた時………うう……いいところでお前、剣を納めたよな?」
「おおおおお!! 離せ! 離せぇッ!!」
「ハハ、その余裕の無くし様………やはりお前、あまり長く抜きっぱなしだと………まずいことがあるんだな。考えてみれば、ウウッ………体を乗っ取られるような危険な武器を……ハァハァ、ジブリールが保険無しで………使うわけないよな………」
 腹を半分裂かれていながら、殆ど平然と話すネオ。その言葉通り、アヌビス神は一定時間以上抜き放たれたままだと、鍔に埋め込まれた爆弾が爆発する仕組みになっていた。
 ロード・ジブリールがアヌビス神を手に入れた時(殺傷事件を起こし警官に銃殺された暴漢の持ち物だった)、すでにヴァニラ・アイスがジブリールの味方についていた。ゆえにジブリールはアヌビス神の能力を聞いて、理解していた。
 そこでアヌビス神を安全に使えるよう、作業用機械で人の手を使わず、爆弾を付け、特別製の鞘と連動させ、一定時間内に鞘に納めねば、アヌビス神を圧し折るに十分な爆発が起こる仕組みにしたのだ。
 抜いた後でも、自動的に鞘に納まり、アヌビス神に支配されっぱなしにならないように。電子音はその時間が迫っているという合図。
「は、離せぇぇぇぇぇぇッ!!」
 絶叫をあげ、渾身の力を振るってネオの手を振り払い、今度こそアヌビス神は、ネオの胴を両断した。上半身と下半身が離れ、臓物を撒き散らしながらネオは、床に転がる。それでもなお、その口元には笑みが浮かんでいた。
「やれ、ステラ」
 それがネオからの最後の命令だった。
「うわあああああああああああ!!!」
 ナイフは折られ、銃弾は尽きている。それでもステラは攻めに走った。目に涙を、口からは悲鳴をあげ、アヌビス神に突進した。そして動揺を消し切れていないアヌビス神の顔面に、捻りを利かせた拳を叩きつけた。今まで放った中で、最強最速の拳だった。
「があっ!!」
 見事にアヌビス神を殴り飛ばしたが、それでは彼を倒しきれない。意識は奪えなかった。しかし、奴をその場所に移動させたことで、ステラの役目は充分に果たしていた。そこに移動させたのはアバッキオの指示だ。

 

「く、ま、まだ間に合う! 早く鞘に!!」
 アヌビス神は止まらない電子音に急かされ、剣を鞘に納めた。電子音は止まり、爆弾の爆発は防がれた。
「ふう………うぐあっ!!」
 ジブリールの精神に主導権が移った肉体は、痛みに苦しむ。彼は早くまた剣を抜かねばと、柄を握り締める。
 だが、彼は気付く必要があった。なぜ、ネオもステラも、鞘を奪わなかったのか。腰のベルトにしっかりと固定されている鞘を、奪うことが難しいから。そして奪っても実力差からして、すぐに取り戻されるであろうからであるが、もう一つある。

 

『駄目押しくらいな!!』

 

「!?」
 背後から声がした。聞き覚えのないような、しかしよく聞くことのあるような、そんな声が。

 

『このアヌビス神は絶ぇぇぇっ対に負けんのだァァァっ!!』

 

 振り向いたジブリールの目に映ったのは、アヌビス神を握り、こちらにそれを振り下ろさんとする『自分自身』。

 

「『ムーディー・ブルース』!!」

 

 ズダンッ!!

 

 ムーディー・ブルースを襲った時のアヌビス神を『再生(リプレイ)』した、ムーディー・ブルースによる縦一直線の斬撃が、ジブリールの右腕と右足を斬り落とした。
「あ………ああ………!?」
 人生最大の激痛のショックに耐えきれず、ジブリールは気を失った。
 鞘を奪わなかったもう一つの理由は、アヌビス神が鞘に納められ、ジブリールに戻った時が、最大のチャンスであるからだ。もちろん、再度抜かれる前に勝負をつける準備が必要であるが、その準備をする時間は充分あった。つくってくれた。

 

「ネオ!!」

 

 ネオ・ロアノークがアヌビス神を抑えてくれたおかげで。

 

「うう………ステラ………」
 すがりつくステラに、ネオはなおも笑顔を送る。その顔にはすまなさが透けて見えた。
「ありがとうよネオ………作戦を立てて、ステラに指示する時間も、ムーディー・ブルースを巻き戻して攻撃できる状態にするまでの時間も、あんたが奴を抑えておいてくれたからだ」
 アバッキオは、彼にしては珍しく、素直に礼を言った。
「はは………しかし残念だ。俺はここまでのようだ………」
 胴を輪切りにされたネオに、助かる術はない。
「ネオ……ネオ……駄目。死んじゃ駄目」
「ごめんなステラ。みんな生きて帰るのは……無理だったよ。俺も、もっと生きていたいけど………無理なんだ。シン君と仲良くな。スティングとアウルにすまないと伝えてくれ………」
 最後の力を振り絞り、振るえる手を伸ばして、大粒の涙をこぼすステラの頭を撫でる。
「アバッキオ………あとは、お前やブチャラティたちに任せるよ………」
「………ああ、ここまで来たら俺たちだけでもできるさ。だから、まあ、安心して死ね。お前の残したものは………ちゃんと俺たちが受け継ぐから」
 アバッキオは傷を負った足を引きずり、両手足を斬られて転がっているFFの下に向かう。ネオに背を向けたアバッキオの姿からは、表情はわからない。だが震える肩までは、血が出るほどに握りしめられた拳までは、隠せなかった。

 

「そうか………ありがとう。お前たちと会えて………良かった」

 

 それが、ネオ・ロアノークという男の、最後の言葉であり、最後の笑顔だった。

 

 号泣するステラの声を背中に受けながら、アバッキオはFFの手足を繋げてやる。プランクトンの彼女は、傷口同士をくっつければそれでちゃんと動くようになる。
「………すまねえな」
 ネオの死を前に、何もできなかったことを詫びるFF。だがアバッキオは首を振り、
「それより、ジブリールの傷を塞いでくれ。あのままじゃ出血多量で死ぬ」
 怒りを込めてアバッキオは言った。
「気絶したまま楽に死なせてはやらん。法廷で裁判にかけられ、きっちり罪を背負ってもらわなきゃあな………!!」
 地位も権力も無い、哀れで無力な囚人となる屈辱を受けてもらうと言った。自分の足や胸の傷など気にもならないほどに熱い、今にも殺してしまいそうな殺意を抑えての言葉に、FFは神妙に頷いた。

 
 
 

 ステラ・ルーシェ―勝利、生存、無傷。
 花京院典明(ハイエロファント・グリーン)―勝利、生存、軽傷。
 レオーネ・アバッキオ(ムーディー・ブルース)―勝利、生存、軽傷。
 FF(フー・ファイターズ)―勝利、生存、この後、全員の治療をしてやる。

 

 ネオ・ロアノーク―勝利………死亡。

 

 ロード・ジブリール―敗北、重傷、治療を受けた後、ヘブンズ・ベースの医務室に監禁される。
 他の連合軍人―戦闘の巻き添えで死亡者、負傷者多数。もはや抵抗する気力は無く、全員が捕縛される。
『アヌビス神』―この後、海に捨てられる。再起不能(リタイア)。

 
 

   ◆

 
 

 ヴァニラ・アイス。

 

 そう名乗った男に対し、ブチャラティが抱いた最初の印象は『虚無』であった。
 その目は何も見ていない。ブチャラティたちを見ているようだが、それはブチャラティやナランチャという個人を見ているのでも、敵を見ているのでもない。ただ路傍の石に等しい、どうでもいい物を眺めているだけだ。
 こちらを殺そうというのに、殺気も殺意も感じられない。殺すという業務に対し、義務感や使命感があるわけでもない。別にやる気は無いが、やらない理由も無いからとりあえずやろう、そんな無気力さが伝わってくる。

 

(しかし、それならば決して恐ろしい相手ではない)
 もし相手が印象通り、この世の何物にも興味を持たない、『虚無』の存在であるのならば、どんなスタンド能力を持っていたところで恐るるに足らない。
 スタンドは精神の顕現であり、スタンドの力は精神力に比例する。正義であれ悪であれ、愛情であれ欲望であれ、とにかく強い感情を持っている方が強い。心に執着や飢えがない、虚無では決して勝つことはできない。
(とはいえ………ただそれだけかはまだわからない)
 なんにせよ、敵の能力を見極めねばならない。
「ダイアー………攻撃を受けた時、本当に何の前触れもなかったのか?」
「………ああ。本当に、空気の揺らぎ一つ無かった。ただ」
「ただ?」
「いや、奴の攻撃方法のことではなくて、奴自身のことなんだが………俺は奴を知っている気がする。奴本人ではなく、奴に似た者を知っている気がする。なんだったか………とても、よく知っている気がするんだが………」
 首をひねるダイアーだが、思い出すのを待ってはいられない。ブチャラティは様子見の攻撃を仕掛けてみることにした。
「ナランチャ。撃ってみてくれ」
「了解! 『エアロスミス』!!」
 掛け声とともに、小型のプロペラ戦闘機の姿をしたスタンド『エアロスミス』が出現した。
「ボラボラボラ!!」
 エアロスミスに装備された機銃が、ヴァニラ・アイスに向けて火を噴いた。何十発という弾丸が襲いかかる。それに対しヴァニラ・アイスは、
「フン」
 何もしなかった。
「何?」
「ええ?」
 銃弾を全身に浴び、後方に吹っ飛ぶ男の体。そこら中に穴が空き、血が流れる。死ぬまでは至らないだろうが、重傷と言える傷だ。何の対応もせずにいた男に、ブチャラティたち3人は困惑する。しかし、ブチャラティは気付いた。
(あいつ、表情一つ変わらない―――!?)
 微動だにせず全身で弾丸を受けたヴァニラ・アイスの顔は、先ほど同様何の感情も浮かんでいなかった。苦痛も怒りも、ただわずらわしいと言わんばかりに首を振り、何事もなかったかのようにムクッと起き上がった。
「な、なんだてめえ!?」
 ナランチャが怯えた声を上げる。防がれるのならばわかる。だが、何の行動も起こさず傷ついてなお、何も変わらないというのは、予想の範疇を超えていた。
「さすがはあの御方に賜った肉体よ。痛み一つない」
 ヴァニラ・アイスがナランチャを無視して呟いている間に、弾痕が見る見るうちに小さくなっていく。すべての弾痕が消えて、傷が癒えるまでに十秒もかかりはしなかった。
 その肉体も異常だが、ブチャラティはもう一つ気付いていた。ヴァニラ・アイスが『あの御方』と呟いた瞬間のみ、その目から虚無が消え、凄まじく強い感情が走ったことに。
 そしてダイアーの方は、やっとヴァニラ・アイスに感じていた既視感の源が何かわかり、口を開いた。
「貴様っ! ヴァニラ・アイス! 貴様吸血鬼かっ!!」

 

 吸血鬼。

 

 世界中の伝説、伝承にて語られる魔物。人間の生き血をすする悪鬼。多種多様な能力を持ち、太陽の光を厭う、闇の住人。それはしかし、空想上の産物であり、物語にしか登場しない架空の存在である―――と思われている。
 しかしブチャラティもナランチャも、ダイアーの口から、その怪物が実在することを聞いていた。ダイアーの使う波紋とは、そういった化け物を駆逐するための力であることも。

 

 ダイアーが知る吸血鬼とは、『石仮面』という謎の道具によって脳に特殊な刺激を送ることで、変異した人間である。吸血鬼となった人間は、他人の血を吸い、血に宿るエネルギーを吸収し、巨大な力を得る。
 それを倒すためには、吸血鬼の力の源である、血に宿るエネルギーと同等のエネルギーの波動を送りこむことが必要だ。そのエネルギーこそが太陽の光であり、あるいは血の流れに宿るエネルギーを呼吸法によって増幅した、『波紋』なのだ。
「ム………ただのスタンド使いかと思えば、吸血鬼のことを知っているのか」
「当然だ………!! 世界を脅かすものめ。貴様らを討つことは、我ら波紋使いの使命!!」
 ダイアーの全身に力がみなぎる。呼吸法によって発生した波紋はダイアーの肉体をより強化する。
「波紋使い………かつてDIO様をわずらわせた輩か」
 ヴァニラ・アイスはDIOからその名を聞いていた。DIOの側近であった彼は、他の部下よりは、DIOから様々なことを聞かされていた。スタンド使いとなる前、不死身の吸血鬼の肉体を滅ぼせる術を持つ、波紋使いと戦ったことなどを。
「ディオだと! 貴様、まさか奴の部下か!?」
「その口ぶり………DIO様の敵か? しかしジョースター一行に貴様のような者はいなかった。スピードワゴン財団関係の協力者か?」
「何を言っているかわからんが、貴様が吸血鬼で、しかもあの邪悪の権化であるディオの手下であるとなればなおのこと許すわけにはいかん!!」
 100年の差異がある二人の会話は噛み合っていなかったが、根のところでは間違っていなかった。DIOという根の部分は。そしてDIOが関わる以上、ヴァニラ・アイスが虚無のままでいることなどできるはずがない。
 この世界に来て、DIOのいる元の世界に戻る方法を探しているうちに、たまたまジブリールと出会い、行くあてもないのでその下についた。ジブリールが探してくるスタンド使いの中に、元の世界に戻れる能力を持つスタンド使いがいるかもしれない。
 そう考えてのことだが、仮初とはいえDIO以外の者に仕えるなど酷い屈辱であった。当然やる気も無く、時折与えられる殺人任務などを適当にこなしてきた彼にとって、実に久しぶりの怒りであり喜びだった。

 

 そう、どういう形であれ、これはDIOのための戦いなのだ。

 

「許すわけにはいかん………だと?」

 

 無気力な態度は消え失せ、煮え滾る黒いマグマのような、暗く熱くおぞましい感情が、ヴァニラ・アイスの目に満ちた。

 

「許さないのはこちらの方だ………!! DIO様に敵対するなどと言う思いあがった考えは………私が正してやる!!」

 

 その瘴気漂う殺意を向けられ、ブチャラティはヴァニラ・アイスに抱いていた印象を修正した。彼は確かにこの世に何の興味も執着も持ち合わせていない。
 だが、他の人間がさまざまなものに割り振って向ける情のすべてを、元の世界にいるらしいDIOという存在に捧げている。服従や忠誠という言葉では追いつかない、その盲従、その狂信。それは光の一つも射さない、暗黒の闇。底の見えぬ、ドス黒いクレバス。
(こいつは………やばいぜ)
 ブチャラティがヴァニラ・アイスの真の危険さを理解した時、ヴァニラ・アイスは行動を起こした。

 

「『クリーム』ッ!!」

 

 ヴァニラ・アイスのスタンドが動いた。口を大きく開くと、いっぺんに本体であるヴァニラ・アイスを『呑み込んだ』。

 

「「「な!?」」」

 

 ブチャラティたち3人が同時に驚きの声をあげている間に、クリームは次に自分の足に牙を剥いた。バギバギと枯れ木を圧し折るような音を立てながら、自らの肉体を貪り喰っていく。
「グオァアアアアアアア!」
 見る見るうちに下半身を食らい終えると、更に両手を口元に持っていき、その手もやはりガツガツと食らい、腕を超えて上半身も食べ尽くし、もはや宙に浮く髑髏のような頭部だけとなる。それでもまだ上顎を下顎に被せて呑み込んでいく。
「オゴォ! オアアアアア!」
 そのまま下顎から首、後頭部、目、鼻に至り、ついに上顎だけになり、それでもまだ食らい続け、どんどん小さくなっていく。そしてついには目では捕らえられなくなって消えてしまった。
「どうなったんだ!? 奴の姿が突然消えたぞ?」
 ダイアーにはスタンドが見えないため、スタンドにヴァニラ・アイスが呑み込まれたことはわからず、ただヴァニラ・アイスの姿が消えたと映った。
「どう言ったらいいか………ナランチャ、レーダーに反応は?」
 ナランチャはエアロスミスの二酸化炭素レーダーを見るが、
「いや、反応はねえぜ」
「こっちもだ」
 ダイアーの波紋による生命探知にも捕らえられない。
「そうか………なんだかよくわからないが、ああやってスタンドにより姿を消しているわけだ。だが、ここからどうやって攻撃を」
 そこでブチャラティは自分の愚鈍さに失望した。こんなことを言っている場合ではないのだ。
「みんな散れ!!」
 ブチャラティの命令と同時に、3人がその場を飛び退く。それは間一髪のタイミングだった。3人のいた床が、

 

 ガオン!!

 

 円形に抉れて大穴を開けたのだ。

 

「な、何だぁ!?」
「私の腕の時と同じだ! 何の前触れもなく破壊されて、しかも欠片一つ残らない!!」
「みんな止まるな! 奴は姿を完全に消して襲ってくるぞ!!」
 ブチャラティの命令に応じて、彼らは臨戦態勢を整えながらも足を動かし、常に移動を続ける。
「こいつは一体何の能力なんだ?」
「………推測だが、ヴァニラ・アイスが消えてしまったことや、物体が破壊され、消失することを考えると、これは物体をどこか別の場所に送る能力ではないかと思う」
 ブチャラティが推理を口にする。
「レーダーに何の反応も無いのは、そもそもここにいないせいだ。敵はどこか別の場所にいて、別の場所から攻撃してくる。そして攻撃したものの一部を別の場所に送ることで、対象を破壊しているのだろう。送られた物がどうなるのかはわからないが」
 その推理は完璧ではないが、かなり近い線をいっていた。『クリーム』の能力は『暗黒空間』。クリームの口の中はヴァニラ・アイス以外のものが入ると、ばらばらに破壊されてしまう異空間に繋がっており、そこに呑み込まれたが最期、二度と戻ることはできない。
 そして本体とスタンド自身はその暗黒空間に潜むことができるため、姿を現さない限り、ヴァニラ・アイスを攻撃することもできない。攻防が一体となった、まさにDIO配下のスタンド使いの中でも最強の一人なのだ。
「問題は、それでは奴がどこにいるのかということだ。ここにいない以上、攻撃はできない」
 話しているうちに壁に大穴が開く。綺麗な真円を描いており、直径は1メートルほどだ。
「しかし、どうやら向こうもこちらは見えないようだ。てんで見当違いの方を攻撃している。いずれ、状況の確認のために顔を出すだろう。その時に……」
 丁度その時、ブチャラティの一歩前に、クリームの頭部が現れた。開いた口からは、ヴァニラ・アイスの顔が覗いている。
「『スティッキー・フィンガーズ』!!」
 すぐさまブチャラティのスタンドが、その顔目がけて蹴りを放った。しかし、ヴァニラ・アイスはその蹴りをかわすと、またもこの空間から姿を消し、動いた。

 

 ガオン!!

 

 ブチャラティの右足の、足首から下が消え去った。
「ぐうあっ!!」
 バランスを崩したブチャラティが膝をつく。足から流れる血が、床に広がっていく。ひとまずジッパーを傷口に張り付けて閉じ、出血だけは止めるが、移動にはかなりの制限となる。
「ブチャラティ!!」
 ナランチャの声が響く。気配を感じて頭上に目を向けると、クリームが大きく口を開け、中からヴァニラ・アイスが養豚場のブタでも見るような冷たい目で見下ろしていた。

 

「死ね」
 冷酷な命令が告げられた直後、

 

 ガァン!!

 

 ヴァニラ・アイスの頭蓋が砕け飛んだ。
「うっ、なっ!? がああっ!!」
 脳漿と鮮血が噴き出て、ヴァニラ・アイスの顔を濡らす。悶え苦しみながら空中をさまよい、やがて糸が切れたマリオネットのように墜落した。スタンドを維持できなくなったらしく、全身が暗黒空間から出てしまう。
「ぐううう、こ、こんな、不死身の肉体を賜った私が、あ、頭を砕かれるなど、き、気分が悪い。吐き気さえする………。お、おのれぇ!!」
 ヴァニラ・アイスの頭の傷は、後頭部から額までを貫通していた。脳を抉られ、流石の吸血鬼も平然とはしていられなかった。ヴァニラ・アイスは自分を撃った人間を、煮え立つような殺気を込めて睨みつける。
「あーっと、なんか生首が浮いてたから思わず撃っちまったんだけど、よかったんだよな?」
「多分、敵っぽいし。っていうかあの生首、頭撃ち抜かれても生きてるってどういう生き物なんだよ?」
 いつの間にか出入り口のドアが開かれ、二人の少年が立っていた。硝煙の立ち昇る大型の銃を手にしているのはスティング・オークレーであり、曖昧に頷きを返したのはアウル・ニーダだった。
「スティング! アウル! なんでお前たちがこっちに!」
 思わぬ援軍に、ナランチャが声を上げる。二人のエクステンデッドは、ブチャラティの側に駆け寄りながら答えた。
「いや、こっちが結構やばくて助けを呼びに来たんだけど………ひょっとしなくても、こっちはこっちでかなり助けが欲しい状態?」
 アウルはブチャラティの足や、ダイアーの腕を見て、事態の深刻さを知る。ファントムペインが束になってかかっても傷一つ負わせられないブチャラティたちに、これほどのダメージを与えられるとは、恐ろしい敵だ。
「助けを呼びに来たところ悪いが、見ての通り助けが欲しいのはこっちの方だ。敵はスタンド使いにして吸血鬼。今、スティングが奴を撃ってくれなかったら、今頃俺の命はなかっただろうな」
 今は砕けた頭を抑えて、生まれたての小鹿のように震えて立っているヴァニラ・アイスだが、その目に宿る敵意はまるで衰えていない。その覇気が手負いの彼に性急な攻撃を仕掛けることを躊躇わせていた。
「殺してやるッ! このクソどもが……!!」
 ヴァニラ・アイスの背後にクリームが出現し、その拳を振り下ろした。クリーム自体のパワーはそう高いものではないが、渾身の力で殴れば人を殺すくらいはできる。実際に、その拳は肉を裂き、血を飛び散らせた。
「おうげっ!!」
 奇妙な悲鳴。それがさきほどブチャラティに気絶させられ縛られた、連合軍兵士の断末魔となった。彼が縛られて寝かされていた場所が、ヴァニラ・アイスが落ちた場所のすぐ背後だったのが彼の不幸か、最初から狙ってその場所に落ちたのかはわからないが、
「血は……生命なり。だ!」
 もはや彼の体から命は抜け出て、その血はヴァニラ・アイスの治療薬にして栄養となった。死体の首を掴んでかかげ、流れ落ちる血液を頭の傷に浴びせかける。かかる血が、傷を癒し、ついには完全に塞がる。
「では仕切り直しといこうか」
 震えを止め、平静を取り戻した声でヴァニラ・アイスが告げる。彼はまず、手にした死体をブチャラティに投げつけた。
「スティッキー・フィンガーズ!!」
 投げつけられた死体を殴りバラバラにして床に落とす。だが防いでいるうちに、ヴァニラ・アイスはまたも暗黒空間の中に入り、この世から完全に姿を消していた。
「消えた!?」
「くそ!!」
 スティングが銃のトリガーを引き、銃弾が5発、発射された。大した早撃ちではあったが、それも無意味であった。弾丸は虚空に吸い込まれるように消えていく。
「うおおおお!」
 スティングとアウルに何も見えはしなかったが、それでも危険が迫ってくることは本能で感じ取れた。そしてもはや危険を自力で回避することはできないことも。

 

 ガオン!!

 

 まず………結論から言うと、スティングとアウルの命は助かった。しかしそれを彼らにとっての幸運とするかは、判断に苦しむところだ。2年前ならばまだしも、今の彼らにとって、
「馬鹿なっ………!!」
「ダ、ダイアーーーッ!!」
 仲間の命を犠牲に助かるということは、幸運と言えるだろうか。

 

「う、ぬう………」
 下半身を消失させ、床に転がるダイアーは自分の命が急速に消えていこうとしているのが自覚できた。スティングとアウルを思わず押しのけたのはよかったが、正直自分の保身は最初から考えていなかった。
(アホだな俺も………またこんな死に方か。しかしまだだ。まだ死ねない………)
「貴様ごときに」
 霞みかけた目には、自分の傍らで自分を呼び掛けるスティングと、その後ろで顔を見せ、様子を伺っているヴァニラ・アイスが映っていた。
(スティングたちを)
「やらせはせんッ!!」
 ダイアーの腕は素早く動き、自分の髪の毛を十数本引き抜いた。そして波紋を通し、髪の毛を針のように硬質化させる。
「やらせはせんぞーーッ!!」
 半死人とは思えぬ力強い動きで投擲された髪の毛は、ヴァニラ・アイスの右目に突き刺さった。
「があっ!?」
 髪の毛が刺さった部位から、細い煙が立ち上る。ヴァニラ・アイスにとっては初めてくらった波紋の傷である。吸血鬼になってから久しく感じたことのなかった、頭を砕かれても感じなかった『痛み』という感覚に、ヴァニラ・アイスは悶えた。
「フフ……は…波紋入りの、髪の毛は、痛か……ろう……フッ」
「貴っ様ぁああぁぁぁっ!!」
 激昂し、髪の毛を引き抜きながら吠えるヴァニラ・アイスに、
「エアロスミス!!」
 今度は無数の弾丸が襲いかかった。彼の肌にいくつもの穴が開くが、こちらは痛みもなかった。ただ煩わしいと思うのみで、ヴァニラ・アイスは暗黒空間に消える。
「ナランチャ! 頼むぞ!!」
「ああ!」
 ブチャラティに頷き、ナランチャは周囲の床に機銃を乱射する。弾丸は床を砕いて破片と土埃、煙を宙にまき上げる。そして生み出された空気のよどみの中に、穴が開く。ヴァニラ・アイスの暗黒空間によってよどみが飲み込まれているのだ。
 ヴァニラ・アイスは空間を移動する時、障害物を飲み込みながら移動している。物質に満たされた空間の中に存在する、物質が存在できない地点に、ヴァニラ・アイスはいる。スティングの銃弾が消された時に思いついた方法だ。
(これで奴の場所はわかる! あとは………)
 ブチャラティは、さきほど投げつけられた兵士の死体から右足を調達し、失った自分の足にジッパーで張り付けて即席の義足とし、機動力を取り戻した。そしてダイアーたちの傍に寄り、指示を与える。ヴァニラ・アイスを倒すための指示を。
 ヴァニラ・アイスはしばらく空間を動き回ったあと、位置を確認するために顔を出す。
「よしッ! スティッキー・フィンガーズ!!」
 ブチャラティのスタンドがヴァニラ・アイスの顔に殴りかかる。その拳は多くのスタンドの中でも最も危険な部類に入る。クリームがあらゆるものを飲み込み消滅させるスタンドなら、スティッキー・フィンガーズはあらゆるものを切断し破壊するスタンドだ。
 ジッパーを張り付けて開くことで、強度に関係なく万物を裂く拳に、さすがのヴァニラ・アイスも危機感を覚え、その手首をつかみ取って防いだ。もう一方の手でも殴りかかられるが、その腕も同様に抑える。
 スティッキー・フィンガーズの両手首を、クリームは両手で掴み、どちらの動きも封印された。
「どちらもスタンドを動かせない。となれば」
 ヴァニラ・アイスが暗黒空間から全身を抜け出させる。真っ直ぐに立ち、ブチャラティを睨んだ。
「本体同士でやりあうとしよう」
 人間を掴んだだけで相手の血を吸える怪物の手を、ヴァニラ・アイスは見せつけるように伸ばした。ブチャラティとヴァニラ・アイスの間の距離は約2メートル。吸血鬼の運動性能なら、有って無いが如しの僅かな距離。
「エアロスミス!!」
 ナランチャのスタンドが火を噴き、ヴァニラ・アイスの左側から無数の弾丸が浴びせられる。しかしエアロスミスの弾丸では、ヴァニラ・アイスに致命傷を負わせることはできない。それでも一応頭部だけは左腕でガードし、ブチャラティに神経を集中させる。
「………私を殺せるだけのスタンドを持っているのは貴様だけだ。貴様さえ殺せば、この場の全員を殺すのに、1分も必要ない」
「そいつはどうかな」
 スタンドを動かせぬ一人の男相手に、ヴァニラ・アイスに油断はなかった。目の前の敵に、ジョースター一行に似た、油断ならない魂と覚悟を感じていた。完全に殺すまで、眼をそらすことはできない。そう考えていた。だが、それは間違いだった。
「あんたの相手は、俺じゃない」
 そう言ってブチャラティは、ヴァニラ・アイスから見て、少し右にずれた。途端、正面から弾丸が飛んでくる。エアロスミスの小さな銃弾より大口径の、さきほどヴァニラ・アイスにの頭を砕いたものと同じ種類の物だ。
「こんなもので俺を殺そうと?」
 しかし、不意打ちでもなければ中りはしない。少し動いて軽くかわす。撃った相手は水色の髪の少年だった。敵意に満ちた目と泣き出しそうな表情を、こちらに向けている。少年の足元には、さきほど自分が上半身だけにした大男の姿が見えた。
(ん………?)
 違和感。
(何が………)
 横たわるダイアー。傍に立つ、水色の髪の少年。その足元にある、一本の右腕。
(右腕? さっき血を吸った兵士のものにしてはみずみずしいような。いや待て、それよりも、もう一人はどうした?)
 さっき自分の頭を撃ちぬいた憎き相手の姿が見当たらない。何か、まずいことが起きている気がした。
「ハッ!!」
 ガードしている左腕が邪魔になり、見づらくなった左側から、気配を感じた。ガードを外して左に顔を向けた。
「オラァアアァァァッ!!」
 だが遅かった。既に彼は、回り込んでいる。

 

 ガボアアアッ!!

 

「うぐああああああああっ!!」
 とっさにガードを戻したヴァニラ・アイスの左腕に、渾身の拳が叩きつけられた。それによって左腕が圧し折られる。叩きつけた相手は、やはり、

 

「この拳はッ!」

 

 スティング・オークレー!

 

「うおおおおお! この拳はッ!!」

 

 本来なら、スティングの拳で吸血鬼の肉体を破壊することなどできはしない。しかしその右腕は、彼本来のものではなかった。鍛えられてはいるが、細身の彼には不釣り合いな、大きく逞しい筋肉が漲る右腕。それは、

 

「てめえがブッ飛ばしたダイアーの拳だァーーーーッ!!」

 

 ゴッボアアァッ!!

 

 スティッキー・フィンガーズによって付け替えられた、ダイアーの右腕だった。その右腕には、事前にダイアーが込めた波紋の力が宿っていた。その波紋の力が消えぬうちに、スティングはすべての激情と共に、その拳を、ヴァニラ・アイスの胸板に叩き込んだ。
「こ、これは、なんだこれはああああ!!」
 胸板が貫かれて向こう側の様子が見える。穴は煙と音を立てて広がっていき、ヴァニラ・アイスの体を徐々に溶かしていく。
「こんなっ、き、貴様なんぞにィィィィーーーッ!!」
 スタンド使いでも波紋使いでも無い少年兵に、二度も致命傷を負わされ、ヴァニラ・アイスは怒りと屈辱に滾る。しかし、このままでは波紋が脳まで登り、死ぬことは免れない。
「ならばっ!」
 ヴァニラ・アイスは迷わず、自分の首を手刀で切り落とした。かつてDIOがまったく同じ状態で行ったのと同じ行為。しかし、DIOとは状況が違った。
「ひ、ひとまずは海へッ!!」
 ここは潜水艦の発着場であり、海に通じている。吸血鬼であれば、呼吸無しでも長期間活動できる。逃げ道としては良い。だがそのくらいは、ヴァニラ・アイスの敵だって予想していた。
「俺を忘れるなよ。吸血鬼野郎」
 その一言と共に、再度弾丸が、ヴァニラ・アイスの脳を貫いた。
「……………ッ!!」
 アウル・ニーダは冷めた視線で、声も出なくなったヴァニラ・アイスを見つめていた。凍りついたような、普段らしからぬ冷静さで弾を込め直すと、込め直した分の弾を、全弾、ヴァニラ・アイスに撃ち込んだ。
「あんたの敗因はな、俺たちを敵として見なかったことだ」
 スタンド使いや波紋使いではないスティングとアウルを、手傷を負わされてなお、無力な獲物としてしか見なかった。その慢心が、ヴァニラ・アイス最大の敗因であった。しかし、アウルとしては勝利の高揚感など何もなかった。
「………ダイアー」
「………見事な射撃だ。アウル」
 静かな顔で微笑むダイアーに、アウルは涙を流す。喚き出しそうになる自分をこらえていた。
「腕、返すぜ。ダイアー」
 スティングはダイアーの傍らにしゃがみ、ブチャラティは無言で、二人の腕をつけ直す。
「いい波紋疾走だった。スティング。お前には波紋の素質があったのかもしれないな………」

 

 ダイアーは思う。少しは役に立てただろうか。かつての戦いのように、薔薇を投げて一矢報いる以上のことはできただろうかと。
(ツェペリさんは、ジョナサン・ジョースターに自分の意志と力を託し、遺していったが………俺はそれができただろうか)
 そう思ったところで、まだ自分にできることがあることに気付いた。
「………スティング。俺の手を、握ってくれるか? お前に………俺の力を継いで欲しい」
「何だかわからないが………貰えるもんなら、病気以外貰ってやるぜ」
 軽口をたたくスティングだったが、その口調は軽快になりきれていなかった。
「頼むぞ………」
 ダイアーはスティングの手を強く握る。そして、

 

 コオオオオオオオオ!!

 

 ダイアー最後の波紋の呼吸法が行われる。そして
「究極!! 深仙脈疾走(ディーバスオーバードライブ)!!」

 

 ボッゴァァァァ!!

 

 スティングの体を、ダイアーの生命そのものが貫いた。熱い存在感が、スティングに宿るのを感じていた。
「俺は………これからお前の中で生きる………」
 ダイアーの手から力が抜け、スティングの手の中から、滑り落ちた。
「ご苦労だった。ダイアー」
 ブチャラティは静かにねぎらいの言葉を贈った。ナランチャは顔を涙と鼻水でグシャグシャにしているが、アウル同様、泣き喚くのは我慢していた。
「フフ………さらばだ。みんな」
 ダイアーはゆっくり目を閉じた。その顔には何の苦痛も後悔も無かった。自分を見送ってくれる友に出会えた幸運に感謝し、安らかな気持ちで眠りについた。
 ダイアーの魂を見送り、ブチャラティたちはその死を受け止めた。悲しみはどこまでも深かったが、彼と出会ったこと、彼を愛したこと、彼に愛されたこと、友として生きたこと、すべてにおいて後悔は無い。
 ブチャラティたちは、無意識のうちに『敬礼』の姿をとっていた。どこまでも強く、最後まで己を曲げず、自分の愛する者のためにすべてを尽くした男に対しての、畏敬の証であった。

 

『愛してその人を得ることは最上である………愛してその人を失うことは、その次によい』(ウィリアム・M・サッカレー 19世紀英国作家)

 

 ネオ・ロアノークとダイアー。二人の生き方と精神は、受け継がれていく。彼を愛する者たちによって。

 
 
 

 スティング・オークレー―勝利、生存、無傷、ダイアーの波紋を継承。
 アウル・ニーダ―勝利、生存、無傷。
 ブローノ・ブチャラティ(スティッキー・フィンガーズ)―勝利、生存、右足喪失。
 ナランチャ・ギルガ(エアロスミス)―勝利、生存、軽傷。

 

 ダイアー―勝利………死亡。

 

 ヴァニラ・アイス(クリーム)―完全敗北、死亡(リタイア)。

 

 ヘブンズ・ベース―1時間後、シン、レイ、ルナマリア、形兆に続き、レナ・イメリア指揮するMS部隊の投入により、完全制圧完了。

 

 オペレーション・ラグナロク―成功

 
 

TO BE CONTINUED