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KtKs◆SEED―BIZARRE_第41話

Last-modified: 2010-12-01 (水) 02:47:43

 『PHASE 41:束の間の平和』

 
 

 無限に広がる大宇宙。

 

 陳腐な表現ではあるが、彼が見ている光景はそういうものであった。しかし、それは希望を感じさせるものではない。星の光はまばらにしか見えず、その輝きも乏しい白い点にしか見えない。
 暗闇はどこまでも深く、生気の欠片も感じられない空間がひたすらに広がっていた。そんな希望の無い情景を眺めながら、男は笑っていた。
「宇宙か………かつて私のいた世界では、誰もが一度は憧れる星の世界。しかし、こうして来てみると、つまらんものだ」
 頭に何本ものキノコを生やしたような、独特な髪形をした男、チョコラータは一人呟く。

 

 そこはエターナル。ローズレッドに装飾された、高速戦闘艦である。前の大戦時、クライン派によってザフトから強奪され、宇宙におけるクライン派の拠点の一つとして使われている。
 そして、今この艦には2体のMSが搭載されていた。ファクトリーにおいて造られたおそらく現時点で最高峰のMSである。
 そのうち1体の実力は、既に見せつけられている。そのMSは、わずか2分でザクやグフで構成された25機のMS部隊を全滅させたのだ。

 

「さて………君のことはなんと呼べばいいのだったかな?」
 チョコラータは背後に立つ男に向けて問いかけた。
 その男の風貌もまた奇妙なものだった。身にまとっているのは普通のMSパイロット用のスーツだが、頭部が問題である。
 仮面によってすべてが露出無く覆い隠されている。仮面は無地の白で、目の部分に覗き穴が開いている以外は、のっぺりとしていて何の飾りけも無く、髑髏を連想させる不気味さを漂わせている。
 本人は顔に酷い怪我をしているために仮面で隠していると説明しているが、本当のところはわからない。
 ヴェルサスが派遣してきた男だが、素性はチョコラータにも知らされていない。
 聞かされているのは、自分たちの世界から来た人間ではなく、この世界に元からいた人間であること。ケンゾーに占わせ、ンドゥールが探し出してきたこと。そして、本来ならこの『場面』には登場しない、いるべきでない存在であること。
 その程度だ。名前さえわからない。だが実力は確かだ。何せ初めて乗った機体、『インフィニット・ジャスティス』で、25機の敵を全滅させたのは、紛れも無くこの男なのだから。

 

「私の名はこの通り、マスクマンとでもお呼び下さい」
「マスクマン、仮面の男、ね。まあいいさ。名前の付け方は無駄に凝るより、シンプルな方がいい。あと、敬語で無くてもいい。何だか猫を被られているようで気分が悪い」
 自分の情報を何も渡す気が無いらしい男の声は、仮面に何か仕込まれているのか、不自然に甲高い機械的なものだった。
「ではお言葉に甘えるとしよう。それで? あの廃棄されたコロニーで何を見つけたのかな?」
 さきほどまでチョコラータはラクス・クラインと共に、ある調査資料を読み込んでいた。その資料は、かつてデュランダルが所属していた遺伝子研究所であったコロニー『メンデル』にあり、ダコスタが収集してきたものだ。
 その資料をエターナルに持ちかえるときに、ダコスタがザフトのMSに発見され、尾行され、戦闘となった。エターナルの戦力ではザフトの一部隊には敵わず、ラクスも死を覚悟した。
 そこに到着したのが、キラと、このマスクマンだったわけだ。
 現在、キラはラクスと話でもしているはずだ。催眠術で今までの苦しみを一時的に忘れさせられたキラは、表面上、普通の調子に戻っている。あくまで見せかけで、いつ本来のふさぎ込んだ状態に戻るかわかったものではないが。
(展開を知っていたヴェルサスの指示で、原作よりは余裕を持って駆け付けてくれたわけだが………)
 チョコラータもこの世界の設定や展開を知らされてはいるが、このマスクマンの存在は知らない。ヴェルサスはここに来て、もはや展開を気そうする必要がなくなったらしい。大胆に本筋に介入してきている。
(まあそのことは後で聞くことにして……)
「メンデルで見つかったのは、他愛ない計画書だったよ。『デスティニー・プラン』。そんな名称の、早い話、人間を、遺伝子を基準として区別し、遺伝子に応じた立場に置き、管理、統制する。徹底した能力主義社会の実現の為の計画さ」
「デスティニー・プラン………」
「中学生あたりが思いつく程度の内容ではあったが………マジで考えて実行するとなれば、相当な労力を必要とするだろうな。デュランダルもご苦労なことだ」
「その口ぶりだと、成功するとは思っていないようだな」
「社会の変革自体は可能だろう。コロニー落下、戦争、ロゴス壊滅に伴う経済的混乱、ここまで人類社会が全体的に無茶苦茶になった状態というのも珍しいだろうし、どさくさに紛れてデスティニー・プランを押し通すこともできるかもしれない。
 しかしそのプランが成功するかというと、そいつはどうかな。人間は、どんなシステムであろうと『ズル』を行おうとするものだ。資本主義、共産主義、民主主義………どのシステムも実現前は完璧で破綻することのないシステムと思われていたんだ。
 だが人間自身が完璧でない限り、どんなシステムも完璧にはならんさ。俺とて、その新世界でどんな役割にまわされたとしても、自分の『趣味』をやめるつもりは無いし、与えられた役割が『趣味』の邪魔になるなら、何をしてでも役割から抜け出すつもりだ」
「そうか………そうかもしれないな。所詮、人間などそんなものだろう。正義や倫理よりも、自分の利益を優先するのが人間というものだ………」
 マスクマンの言葉には、深い実感が込められていた。
「ラクス・クラインの方は、このプランを大真面目にとらえて、デュランダルと一戦交えてでも奴を止めるつもりらしい。まだ奴がこの計画を行おうとしているという証拠も、何らかの犯罪行為を働いたという証拠も無いのに………気の早いことだ」
「証拠か………MS強奪、コロニー落下、ラクス・クライン襲撃、怪しいところはあるが、証拠は確かに無いな。今いる、ラクス・クラインの偽者の件などはどうだ? 人々を惑わしている証拠にはなるだろう?」
 現在、メディアに登場しているラクス・クライン――ミーア・キャンベル。デュランダルが操る、偽りの歌姫。殺人や破壊工作ではないが、違法行為ではある。遺伝子鑑定などによって正否を問うことも難しくない。
「それなんだが………先を越されてしまってな」
「先を?」
「今さっき、デュランダル自身が発表した。戦争が始まってからメディアに登場していたラクスは、ミーア・キャンベルという名の偽者であったとな」
 デュランダルの行った発表によると、ラクスの偽者を使った理由は、混乱するプラントをまとめる為、彼女のカリスマを必要としたからというものだった。

 

『人々の怒りや恐れを鎮め、暴動を防ぐためには私の声だけでは力不足でした。そこで、罪とわかっていても、ラクス・クラインの力を借りる必要があったのです。
このことについて、これ以上、何も言い訳はしません。評議長の座を降りることも、牢獄に入ることも、覚悟しています』

 

 そのように、デュランダルは頭を下げた。半泣きの表情を浮かべるラクスの顔をした少女と共に。
「今が一番、傷が浅くて済むと判断したんだろうな。ラクスの偽者を使って、政策が失敗したならともかく、現状、プラントは世界で一番勝ち組にいる。非難もしにくい。
 それに混乱の極地にある今、デュランダル以外にプラントを背負い、人々を導けるような実力者はいない。奴を嫌っている者も、間違っていると思っている者も、奴を追い落とす危険は冒せまい」
「混乱が鎮まった後でなら、このスキャンダルを蒸し返すこともできるが………いや、デュランダルが混乱を鎮める方法はデスティニー・プランを実行することであり、それ自体が究極目的。実行された後は、自分の進退など気にはしないだろうな」
「実行された後、デュランダルを失脚させられることができるかどうかはともかく、そういうことだ。奴は他人に利用されかねない不安要素を、自ら暴露することで傷を最小限にしたわけだ。俺たちではなく、シュトロハイムを見据えての対策だろうがな」
 これでクライン派が突くことのできる、デュランダル最大の弱点は無くなった。
「結局、実力行使ということになるな。戦争だ。気のりはしないがな。せっかく人が大量に死ぬというのに………じっくり観察する暇が無いからな。やはり戦争は良くない」
「戦争か………。まあ、そうでなくては私も活躍のしどころが無いというものだが」
 仮面の下で、マスクマンが笑ったのが感じられた。

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

 場所は南アメリカ連邦。
 先日、オペレーション・ラグナロク、オペレーション・ハティを経て、ロゴスはついに討ち果たされた。もはや戦争の継続をすることもないとして、終戦条約の調印式が、この国で行われる。
 ここ数日の間に、多くの要人たちがこの国に集い、またロゴス残党や終戦を拒む戦争継続派のテロを警戒し、各国の軍の主力部隊も滞在していた。

 

 喫茶店で、片腕の男と、サングラスをかけた美しい女性が向かい合って座っていた。
「それじゃ、ミーアはこれからどうするんだ?」
「辻彩に顔を戻してもらって………元の生活に帰ることになるでしょうね」
 男はJ.P.ポルナレフ。女はサラ。
「ミーアはそれでいいって言ってるのか? あんなに楽しそうに歌ってたじゃねえか」
「心残りが無いわけではないでしょうけど………やっぱり、サンドマンのことがショックだったみたいでね」
「ああ………」
 エンジェルダウン作戦によって命を失ったサンドマンは、ミーア・キャンベルの護衛であり、最も信頼できる相手であった。そんな彼が戦死してしまったことは、元々心が不安で揺れていた彼女にとって、強い衝撃であったのだろう。
 今の立場から身を引き、静かに悲しみを癒したいと思っても不思議ではない。
「ねえ、貴方はこれからどうするの?」
「え?」
「これからもザフトで戦う気?」
 サラはポルナレフの失われた左腕を見つめる。
「怖いのよ。サンドマンが死んで、貴方までそんな重傷を負って、この上、貴方まで死んだら………私………!!」
 サラの瞳に涙が浮かんだ。ポルナレフはドキリとする。サラは強い女性であり、ポルナレフは彼女の泣いている姿など、1度しか見たことがなかった。あの日、ポルナレフとサラの親友であったシェリーが、ストレイツォに殺された時にしか。
「………大丈夫だ」
 思わずポルナレフは立ち上がり、残された右腕でサラを抱きしめていた。
「もうシェリーの仇は討った。戦争も終わる。これ以上、戦うことも無い。だから俺は………どこにも行かない」
 ポルナレフの右手がサラの髪を撫でる。それと呼応するように、サラの双眸から更に多くの涙があふれる。
 その日、ポルナレフとサラは同じ部屋に戻り、同じ部屋で夜を明かした。

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

 空間を重い地鳴りが満たしているように思えた。実際に音がしているというわけではない。ただその場の空気が、二人の人間が織り成す威圧感がそうさせるのだ。
「ブチャラティさん。このピザ美味しいですよ? 口開けてください。ほら、アーン」
「ブチャラティ。このミックスジュースは逸品よ。飲んでみなさい。………ストローは私も使ったものだけど、まあ気にしないで」
 昼食時間の食堂。本来なら仕事から一時的に解放され、心身を休め、舌と胃袋を充実させるための時間であるにも関わらず、ブローノ・ブチャラティは到底、休息をとれてはいなかった。
 ルナマリア・ホークとレナ・イメリア、年下と年上の美貌に挟まれながら、気分は蛇と蠍に両脇を陣取られた蛙である。

 

「あれって、控えめに言っても地獄だわな」
「ブチャラティさん、かわいそう過ぎる」
「助けることもできないけどな」
「せめて見守っていよう」
「ルナってああいう一面があったのか」
「………怖い」
 上から順番に、スティング、メイリン、アウル、ナランチャ、シン、ステラの台詞である。

 

「ところでさぁ、あんたもそれ、昼食のたびにやるの、やめてくんない?」
 そう言うメイリンが視線を向けるのは、スティングの手の中にある、水の入ったコップである。なぜか逆さまにしているというのに、口から水が零れていない。
「波紋の練習だかなんだか知らないけど、こないだ制御に失敗したとかで水を爆裂させちゃって、私までびしょ濡れになっちゃったじゃない」
「水くらいでガタガタ言うな。クリーニング代まで取りやがって。あの程度、普通に乾かしときゃいいのによ」
 そしてまたギャーギャーと喧嘩を始める二人。これもまたいつもの昼食の風景である。仲が悪いくせに、つくテーブルはいつも一緒で、しかもたいてい隣同士になる。彼らの心の中で、そうしないことは逃げになるという変な思い込みがあるらしい。

 

「また始まった」
 ため息をつくシンの顔の前に、スパゲッティの絡まったフォークが突き付けられる。
「へ?」
「シン、あーん」
 フォークを突き付けたのはステラだった。どうやらルナたちを見ていて、自分もやってみたくなったらしい。
「い、いや、ここではちょっと」
 この場にいるのはシンたちだけではない。他のミネルバクルーや、見知らぬ人間も多くいる。そんな中で、こんなバカップルのような真似をするのはいくらなんでも恥ずかしい。だが、
「………嫌?」
 悲しそうな顔で上目遣いでこちらを見つめるステラに、シンの罪悪感が酷く刺激される。
「うううううう」
 シンは泣きそうな子供のような情けない顔で、今までにない葛藤に落ち込んだ。

 

「これは平和………なのかな、アウル」
「多分そうじゃねーの。でもこれなら、戦争やってた方が楽だね俺は」
「かもなぁ」
 アウルとナランチャは呆れながら昼食を平らげる。ザフトと連合軍が同じ場所で食事をするようになる前は、最も食事時間に騒がしくしていた彼らが、今は最も大人しかった。

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

「お初にお目にかかる。ブルーコスモス盟主、地球連合軍代表、ルドル・フォン・シュトロハイムである」
「初めまして。プラント最高評議会評議長。ギルバート・デュランダルです」
 両陣営を代表する二人の男が、今ここに最初の対面を果たしていた。公的なものではなく、二人のいる部屋には、他に秘書も護衛もいない。完全に二人きりの空間がつくられていた。
「それで、わざわざ人払いまでしてのお話とは、なんですかな?」
 デュランダルはテーブルの上に両肘をつき、顔の前で手を組み合わせた姿勢で、柔和な表情を見せながら問いかける。
「まずは、こちらの勝手な頼みを聞いて、この場をセッティングしてくれたことに礼を言おう。そして」
 シュトロハイムは突き刺すような強い視線を、デュランダルに浴びせかける。
「俺がここで言いたいことは一つ………『諦めろ』」
「!!」
 デュランダルの表情が、一瞬凍りつく。しかしすぐに誤魔化すような微笑を浮かべ、
「諦めろ、とは、何をでしょうか?」
「何を、か。それは俺たちもわからない。だがな、お前が何かを企んでいることはわかる。お前の一連の行動を見ると、どのような事態においても、前もってわかっていたかのように冷静に対応している。それだけならお前の能力の高さということもある。
 だがなぁ、俺たちには、今のお前が、それこそ戦争の始まる前から計算してこの位置まで来たと思えてならんのだ」
「これはまた、少し無礼が過ぎませんか? 私を疑う根拠はなんです?」
 感覚的に怪しいと感じられるのはわかるが、こうも堂々と言えるような根拠などあるのか。デュランダルからすれば、無いと言い切れる。物的証拠となりうるものは、細心の注意を払い、消し去った。
 対するシュトロハイムは堂々と答えた。
「………肌と汗だ」
「は?」
「お前の演説の節々に、嘘があると、俺の盟友が言っていた。肌と汗に、それが現れているとな。それが根拠だ」
「………たったそれだけですか? それだけで、仮にも一国の代表に、しかも今まで敵であった、言葉一つ間違えればまた戦争が再開しかねない、そんな相手に、正面から喧嘩を吹っ掛けるような真似をしたと?」
 デュランダルは態度を整えることも忘れて、茫然と言葉を口にする。
「ああそうだ。しかし、あながち言いがかりでも無かったんじゃあないか? すぐに怒りなり不快感なりを示さないところを見ると、割と痛いところを突かれたように思うがな」
「……………」
 デュランダルは自分の失敗を恥じ、沈黙する。確かに、怒りを見せてこの会話を無理矢理、きりあげてしまえばよかった。だが、現状の主導権はシュトロハイムにある。彼の言葉を止めることができない。
 それはただ会話の流れというわけではない。デュランダルは明らかにシュトロハイムに対し気後れしていた。
 それはシュトロハイムという、他者を信頼して行動できる男に対する、他者を利用して動かすことしかしてこなかったデュランダルという男が持つ無意識の劣等感から来るものだった。
「お前の望みが何であろうと、それが良いものであればいいが、悪いものであった場合」
 シュトロハイムは、牙を剥く肉食獣を思わせる笑みを浮かべ、
「我々がそれを実現させることは無いと思え」

 

 シュトロハイムが去った後、デュランダルは一人、動かずに座っていた。
 その顔には、彼には珍しい、苦渋の表情が浮かんでいた。
「今更、諦められるものか………」
 呟きながら、デュランダルは自分の言葉に、どこか虚しさを感じずにはいられなかった。

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

 音楽が響く。耳に心地よいピアノの音色だ。シン達が利用している食堂とは違う、ひと気の無いレストランに置かれているピアノに、一人の少年が指を伸ばしている。
 見事に弾きならす演奏者の名は、レイ・ザ・バレル。レイの美貌と言える容姿と合わさり、非常に絵になる光景が生み出されていた。やがて、演奏の盛り上がりは最高潮となり、最後に力強く鍵盤が打たれ、終焉の音を鳴らし、終了した。
 そして静寂が戻った空間に、今度は拍手の音が響いた。
「! 形兆………」
 誰も聞いている者などいないと思っていたレイは、見知った顔の登場に、いつもは仮面のような怜悧な顔に、驚きの表情を表す。
「見事なものだな。付き合いもそこそこの時間はあったはずだが、初めて聞いたぜ」
「………あまり、人前では弾きませんから」
 こうして形兆の方から話しかけてくることは珍しい。確かに付き合いは2年近くになるが、互いに人づきあいを好む方ではないので、互いのことで知らないことは多い。
「………なあ。レイ」
「はい」
「議長の計画は上手くいきそうなのか?」
 その問いに、レイは即答できなかった。レイとしては、当然上手くいくと言いたかったのだが、デュランダルとしてもシュトロハイムの台頭や、連合との和平は予想外だ。今の状況では、デュランダルの権力はシュトロハイムと二分することになる。
 それではデスティニー・プランを起こせるほどの権力とはなりえない。
「貴方がそのことを気にするとは思いませんでしたよ。あなたにとって、プランが成功しようがしまいが、どうでもいいことではありませんか?」
 虹村形兆という男は、何も求めずに生きている。地位も金銭も名誉も、彼は欲さない。ゆえに、議長が失敗し、巻き添えになって現在の立場を負われようと、汚名を着ようと、形兆にとっては重要なことではない。
「確かな。行くところが無いからここにいる。やることがないからお前たちの手伝いをしている。用が無くなるなり、居心地が悪くなるなりしたら、どこへなりと消える。それだけだ。しかしな」
 形兆は言葉を切り、自分でも似合わないことをしていると思い、額の髪の付け根あたりを指で掻きながら、
「気になるものは、気になるのだから仕方あるまい」
 形兆の渋面を、レイは心底意外に思いながら見つめる。
 その視線を感じ、形兆はますます顔をしかめる。
 彼の、レイへの心象に変化があったのは、ガルナハンの町でのことだ。切り裂きジャック、そしてストレイツォとの戦いの後、声をあげて泣くレイを見てからだ。
 あの時、形兆は不覚にも思い出してしまった。
 虹村億康のことを。泣き虫で、よく父親に叩かれて泣いていた自分の弟と、重ね合わせて見てしまった。レイと億康には何の関係も無い。そうわかっていても、一度意識してしまうと、そう簡単には思考を切り替えることができなかった。
「………計画通りとは言えません。けれど議長は諦めることはないでしょう。必ず、自分の夢を叶えるべく、更なる計画を組み立てるはずです」
「そうかい………計画はまだ続くか。それじゃあ」
 形兆はレイからやや目をそらし気味の姿勢で言う。その姿勢に、レイは形兆が照れているのだということに気付いた。
「もうしばらくは、お前たちとの付き合いも続きそうだな」
 そう言うと、形兆はレイに背を向け、その場を去った。その後ろ姿をまたも茫然と見送りながら、やがてレイは顔にうっすらと微笑みを浮かべた。なぜ笑ったのかはレイ自身よくわからないが、なんだか妙におかしかったのだ。

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

 カツカツという足音をたて、ヴェルサスはそのゲートから外に出た。夜の冷たい空気に触れながら、ヴェルサスは笑みを抑えきれずにいた。しかし、周囲にいる人間たちに、ヴェルサスの姿は見えていない。
 彼の体は、アンダー・ワールドによって掘り起こされた過去の像に覆い包まれ、まったくの別人に見えているはずだ。

 

 そこはヘヴンズベース。現在、軍によって制圧され、世界で最も厳重に見張られている場所である。

 

「目的のものは手に入れた」
 ヴェルサスはまた一つ、目的を達成した。それも、彼の計画において最も重要な部分をである。
「ひょっとしたら間に合わないんじゃないかと思ったが………むしろ楽に手に入った。いよいよもって、運命は俺の味方をしている」
 ヴェルサスは、手に入れた物を右手に握り締める。
「しかしあいつはどうするかな。一応、奴の支持組織と連絡して、脱出させてやったが………せいぜい、この物語を引っ掻き回してくれたらいい。今となっては、混乱になればなるほどいい」
 幸いと言っていいのか、混乱を引き起こすことにかけて、ラクスには嫌というほどの実績がある。どうなろうがこのまま無事に世が治まることはあるまい。しかし、ものはついでとばかり、ヴェルサスは新たな火種をこの物語に投入した。

 

 次の日のニュースは、この文から始まることになる。

 

『ロード・ジブリール、拘束状態から脱走。現在、行方不明』

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

 それから、また幾らかの時が過ぎ、和平条約が結ばれる日がやってきた。
 アバッキオは条約調印が行われる国会議事堂のゲートの前に立ち、入場者たちに目を光らせていた。かつては警察官として、後にはギャングとして、そして今は軍人として鍛えられてきた、外敵を見分ける眼力を持って、厳重にチェックをする。
(間違っても、スパイだの暗殺者だのを入れるわけにはいかないからな)
 自分たちが、いや、この世界に関わる何十億もの人間が待ち望み、努力し、到来した平和の時。それを目前で砕かれてはたまらない。この日の為に、ダイアーもネオも、共に戦ってくれたのだ。
(ただでさえジブリールが逃げ出したなんてことになっているんだ。ロゴスの残党をはじめ、この講和をぶち壊したがっている奴は確かにいる。チェックを念入りにしてし過ぎるってことはない)
 入場者のチェックを行っているのはアバッキオだけではない。やはり人を見る目に長けたスピードワゴンもいる。重ちーは自慢のハーヴェストで入場者のボディチェックを相手に知られぬ内に成し、ブチャラティとイメリアは全体の指揮を行っている。
 足を失ったアスランは現在、カガリ・ユラ・アスハの付き人に戻り、彼女に付き添っている。間に合わせの義足をつけ、完璧なコンディションではないが、それでも常人以上の戦闘能力はある。護衛としては及第点となろう。
 ウェザー・リポートとFFもまた、カガリやユウナをはじめとした、出席者であるオーブ要人の護衛を行っている。
 ポルナレフも腕は失ったが、スタンドの剣はまだ十分使える。今後は軍を退役する予定であるが、最後の奉公としてザフト要人のSPとして働いている。
 もとから健康であるシンやレイ、ルナマリア、形兆、ステラ、スティング、アウル、ナランチャといった者達も同様だ。もし、MSなどの兵器によって襲撃したとしても、すぐさま迎撃に出られるよう、彼らの搭乗機も万全の態勢で用意している。
 両陣営から選ばれた最強の人材と、最強の武装によって固められたここは、現時点の地球で最も強固な要塞であった。

 

 サラやミーアもいまだにここにいる。一応デュランダルにとって弱みになる人物であるため、式が終わった後に、ミーアを安全に市井に戻せるように手を打つつもりだ。サラはミーアの護衛である。

 

 ただ、『斬り裂き』エドや『白鯨』ジェーンたちはいない。さすがにすべての優秀な人材をここに集めるわけにもいかない。
 多大な協力をしてくれたロンド・ミナ・サハクもここにはいない。何でも『ライブラリアン』なる組織が現れ、敵対する状況に陥っているらしく、この件が終わったらただちに救援に向かわなくてはならない。
(一つ片付いたらすぐに次か………戦いの無い世界なんてのは夢物語なんだろうがな)
 世界の恒久的な平和などと、贅沢を言うつもりはブチャラティにもアバッキオにもない。だが、友人が戦っているのを知りながら、黙って見ていられはしない。
「俺たちは正義の味方というわけないが………見知った人間が傷つくのはむかつくからな」
 偽悪的な呟きを吐くアバッキオ。しかし、見知っている人間であるというだけで、その人間のために死の危険が伴う戦場に向かう姿勢を、人は充分に正義と評することだろう。彼自身だけは、決して認めないだろうが。

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

 アスランは見つめている。その場にいる他の殆どの人も見つめている。壇上の二人を。

 

 一人は隻眼の偉丈夫。比喩ではなく鋼鉄の肉体を持つ男。歴戦の軍人。ブルーコスモス盟主、ルドル・フォン・シュトロハイム。
 一人は理知的な美貌。太陽系最強最大の勢力を相手に一歩も退かなかった男。鬼謀の政治家。プラント最高評議会議長、ギルバート・デュランダル。

 

 この二人があと数分で握手を結ぶ。それで、ようやく戦争は終わる。

 

 ロゴスの解体によって世界は政治も経済もガタガタ、混乱はこの後も続いてしまうだろう。下手をすれば戦争よりも酷い暴動や貧困が人々を襲うかもしれない。
 だが、だからこそ、その混乱を乗り切るために、この二人の、二つの勢力の、ナチュラルとコーディネイターの協力が必要となるのだ。

 

(だから、この二人だけは守らなくてはならない)

 

 アスランは半ば確信していた。それは、彼の持つSEEDによるものか、歴戦の戦士の直感か、ともかく彼は必ず何かがあると考えていた。

 

『緊急事態発生! 緊急事態発生! 会場に向かって、謎の武装MSが複数、接近中! ただちに非難してください!!』

 

 そして、それはアスランにとって最悪の形で的中することになる。

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

「さぁて始まったな」

 

 ヴェルサスは天空を貫く、MSの機影を眺めて呟く。その身は当然、太陽より身を護るための黒いパイロットスーツとヘルメットに包まれていた。
「ええ、始まりました。これが最後の戦いになります」
 ヴェルサスの背後からかけられた、美しく甘い声。それは桃色の髪の少女、ラクス・クラインのものだった。

 

「急ぎましょう。彼らの尽力を無駄にしてはなりません」
 ラクスたちの計画。それはキラたち、MS部隊によって講和条約会場を襲撃し、戦力を引きつけているうちに、ラクスらが侵入し、デュランダルとシュトロハイムをとらえ、ラクスが世界のトップに取って代わるというものだった。
 普通ならそう簡単に取って代われるはずがないところだが、ラクス・クラインには名声があり、前大戦での実績があり、何よりヴェルサスにもよくわからないが、不思議な人を操る力がある。
 彼女ならばあるいは、彼ら二人に代わり、世界を治められるかもしれない。

 

 世界を支配できるかもしれない。

 

(世界征服………それを悪意なくやろうとしているのが、ラクス・クラインの恐ろしいところだ。そもそもそういう結果になるということにも気づいていない)

 

 ラクスは、この計画を実行する前に自分の陣営に向けて演説した。

 

『このまま議長の行動を許せば、いずれデスティニー・プランを実行するでしょう。そうなれば世界は遺伝子に基づいて、全ての運命が決定される世界になってしまいます。そうなれば、人は夢も未来も無く、ただ生きているだけの存在になる………。
 それは、もはや死んでいるも同然です。そうならないために、人間が人間として生きていくために、私たちは戦うのです。戦って、いいのです』

 

 ラクスの言い分は正しい。もしもあの忌々しい空条徐倫がデュランダルの野望を知れば、やはり止めようとしただろう。デュランダルが造る世界は一面を見れば正しいのかもしれないが、その為に多くの犠牲を生む人間を、彼女は放っておけないだろうから。
(まあ、徐倫ならばこのラクスもやはり止めるだろうがな。目的の為に手段を選ばないのは、彼女も同じだ。この計画で、下手をすればデュランダル以外の要人やマスコミの人間も、傷つき死ぬ可能性があることをわかっていない。
 しかも『原作』では先制攻撃をしかけたのはデュランダルの方であったが、今回は明確にラクスの方だ。もはやラクス・クラインを悪と思っていないのは、彼女の陣営の人間だけだろう)
 それも、この戦いに勝利すれば何とかなるかもしれない。
『悪』とは敗者のこと。『正義』とは勝者のこと。生き残った者のことだ。過程は問題ではない。負けた者が『悪』なのだから。

 

(でもなぁ、それでもやっぱり………お前が『悪』なんだよ。ラクス・クライン)

 

 ヴェルサスは、クライン派の兵士を引き連れて、迷いのない足取りで進むラクスの背後で笑う。口から覗いた犬歯は人間のそれより倍も長く、毒蛇や獅子の牙より鋭かった。

 

(勝つのは俺なんだからよぉ。ヒャハハハ!!)

 

 多くの人々の希望と野望が咲き乱れる中、最後の戦いが、ついに始まった。

 
 

TO BE CONTINUED