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KtKs◆SEED―BIZARRE_第46話

Last-modified: 2011-07-31 (日) 01:58:18

 『PHASE 46:レイ・ザ・バレルは砕けない』

 
 

 レイ・ザ・バレル。その人生は『孤独』から始まり、『諦め』と共にあり、そして『願い』をもって終わると、彼自身はそう考えていた。

 

 彼の持つ最も古い記憶は、暗闇の部屋だ。たった一人、『孤独』に泣いていた。そこに光が差し込んで、男の姿が現れる。そこからレイの記憶が始まる。
 フー・ファイターズが理解したように、記憶は、思い出と言うものは、一人ではつくられない。
 そして、思い出が無いということは、生きていないと言っても過言ではない。レイは男に見つけられたことで、思い出を作り合う相手と出会えた。

 

 たとえ普通ではないとはいえど、短く儚い命だとしても、それでもレイは、その時ようやく『人間』になれたのだ。

 

 だが今、レイを『人間』にした恩人が、『人間をやめて』立ち塞がっている。
 恩人の名はラウ・ル・クルーゼ。

 

 もう一人のレイ自身。

 

「ああ………う………うああ…………!」

 

 うわごとのように、意味の無い音を口からもらし、レイはただただ滅茶苦茶になった思考に振り回されながら、それでもモニターから目を離せない。
「そんなに怯えることもないだろう、レイ。勘違いしないでほしい。私は別に君の敵というわけじゃないんだ。そうだろう? だって君は私なんだ。自分同士で敵対なんてするわけないだろう? ただ私は疑問を解決したいだけさ」
 クルーゼは、戦場を舞いながら、子供をあやすように優しく静かに語りかける。

 

「もう一度訊く。なぜ君は、吸血鬼とならなかった? 君にも選択肢は与えられたそうじゃないか。ええと、そう、ガルナハンで勧誘されたそうじゃないか。なのに、君は誘いを断ったという。一体なぜ?」
「………それは」
 レイは、ようやく多少は意味のある言葉を発した。だがそれ以上の言葉が続かなかった。あの時なんで『人間をやめる道』を選ばなかったのか。そこに、確固たる理由や覚悟があったわけではない。
 ただ、踏み出しきれなかったのだ。人間をやめる覚悟も、やめない覚悟もできず、ただそのままであること選んだだけなのだ。あの日、そんな自分を嫌い、変わりたいと思ったはずなのに、今の自分ときたら、何が変わったというのだ。
 何も変わっちゃいない。だって、こんなにも動揺している。かつての依存の対象が、敵として現れたことで、こんなにも心乱れている。今にも砕けてしまいそうだ。
「レイ………まるで初めて会った時のようじゃないか。あの時と違うのは、涙をこぼしていないかそうでないというだけだ。そんなに苦しむことはない。君も私と共に来い。私が君に、永遠を与えてあげるから」
 情けなさに自嘲するレイに、クルーゼは画面の向こうで手を伸ばし、差し伸べる仕草を見せる。レイは、思わず取ってしまいたくなる。
 だが実際に、レイがその申し出を受け入れることはなかった。それはレイが断ったからではなく、第3者の邪魔があったためだ。インフィニットジャスティスに向けて、光弾が撃ち放たれていた。
「むっ!」
 クルーゼはその攻撃に目ざとく気付き、必要最小限の僅かな動きで、それをかわした。
 攻撃を行ったのは、形兆の乗るグフだった。
「無粋な真似をしてくれるな」
「黙りな。生憎引き抜きは認めてねえんだ。ましてや、てめえみてえな化け物にはな」
 形兆の眼は、いつもよりもっとギラギラとした殺意に輝いていた。彼にとって、クルーゼのような吸血鬼は、父の絶望の根源となる、不倶戴天の存在なのだ。
「レイ! 今更揺れているんじゃない。裏切るつもりならきっちり俺が殺してやるから、せめてはっきりさせな。俺は几帳面な性格なんで、どっちつかずが嫌いなんだよ」
 すこぶる機嫌が悪い形兆に、レイは言葉も無い。
「さて、俺にはいまいち話が見えねえんだが………」
 ガルナハンでの出来事を知らぬスティングは、やや首を捻りながらもクルーゼを睨み、
「なんだかてめえはむかつく。なんだかわからねえが、てめえはネオとどっか似てる。全然違うのに、どこかが似てる………。顔は確かに似てるが、そんなことよりもっと、根っこの部分で似ている部分がありやがる。
 だから、こんなにむかつくてめえが、ネオに似ているのが気に障ってならねえ。とっととぶっ殺させてもらうぜ!」
 カオスがスティングの激情のままに躍り、ビームサーベルを抜いてインフィニットジャスティスに斬りかかった。しかし、その粗さもあるにせよ、速く強い斬撃を、クルーゼはこともなげに避けてしまう。
「くっ! ちょこまかとぉ!!」
 しかし、スティングは自分と相手の実力差を認めざるをえなかった。その動きの、まるで未来を読んでいるかのような超人的な見切りは、スティングにはとうてい真似できぬものであったのだ。
「ふむ、ネオと私が似ているか。中々鋭いことを言う。それは確かに、残念ながら似ているだろうよ」
 余裕の風情で、クルーゼは攻勢へと転ずる。インフィニットジャスティスの腰から、ビームサーベルが抜き放たれ、悪魔じみた速度でカオスへと迫った。
「くう!」
 血の気が引いて行くのを感じながら、スティングは何とかその一撃を回避した。
「ネオ・ロアノーク………ヴェルサスから聞いた話では、奴のかつての名はムウ、ムウ・ラ・フラガ。私は、奴の父親と同じ遺伝子を持つがゆえに!」
 余裕の声の中に、隠しきれない憎しみの音が混じるのを、スティングはとらえた。
「私は、奴の父親アル・ダ・フラガによって造り出された、アルのクローンなのだよ! その時すでに老いていた男のクローンであるおかげで、生まれおちた時、すでに私にはほとんど寿命は残されてはいなかった! 短命を克服できぬ、不完全な出来損ないさ」
 憎悪と怨嗟の叫びと共に、再開された攻撃は、ビームサーベルを握るカオスの右手を、易々と切り飛ばした。
「私は憎む! 私は許さぬ! 身勝手な欲望のために私を造り、そして捨てた人類の浅ましさを、私は絶対に許しはしない! 人類は全て尽く罰を受け、その罪に応じた滅びを迎えるべきだ。誰も、彼も、そしてお前もだ。
 だから私はヴェルサスに協力する。彼はこの世界を確実に壊してくれるから! 彼の目的の全てを知っているわけではないが、今までの世界を無くしてしまうことは確かだからな。ただ一つ、ムウに私じきじきの死を与えられなかったのは残念だったが!」
 止まらぬ猛攻により、カオスの身体部位や武装が次々と切り離されていく。ひと思いに斬り倒すこともできように、それをしないのはクルーゼの残忍さゆえか。吸血鬼になった者は、なる前よりも、精神が残虐になることが多い。クルーゼもそうなのかもしれない。
「か、勝手なのはてめえも同じじゃねえか! てめえばっかり不幸だと思ってんじゃねえ!!」
「まったくだ!」
 相槌と共に、サーベルを振るうインフィニットジャスティスの腕に、スレイヤーウィップが巻き付き、その動きを封じた。
「ラウ・ル・クルーゼ………貴様のことは話しには聞いていた。かつて世界を滅ぼしかけた男だとな。しかしこうして見れば、ふん、女々しい奴だ。貴様の無理心中に付き合ってやる義理は無い」
 形兆の操るグフは、ウィップを伸ばしているのと違う腕を、インフィニットジャスティスに向ける。腕に内蔵されたビームガンが発射される直前、ウィップがはじけ飛んだ。
「! ちぃ!!」
 ビーム兵器で破壊したわけでもなく、力任せにウィップをちぎったのだ。インフィニットジャスティスの機体性能の凄まじさが良くわかる。束縛を振り払った『無限の正義』は、攻撃対象をグフイグナイテッドに変更し、形兆へ斬りかかった。
「わかってもらおうなどとは思っていないし、わかってほしくもないさ! 私の想いが理解できるのは、私と同じ境遇の人間だけだ! そう、レイのようにな!!」
「レイが、なんだと」
「レイもまた、私同様、アルのクローンなのだよ。私同様、不完全で、寿命の短い実験動物。フランケンシュタインの怪物のごとく、神の愛なくして生まれてきた存在だ」
 必死で後退し、クルーゼの攻撃をしのぎながらも、形兆は内心で納得する。かつてガルナハンで、死んだ敵兵に対しても敬意を向けたレイ。あれは、自分が自然な存在でないという、負い目と羨望からくるものであったかと。
「なるほどな………今更ながらにわかってきたが、馬鹿な奴だ。下手すりゃ億泰よりも馬鹿だ。きちっと言っておかなきゃならねえ………なぁ!!」
 気合いと共に、グフの腕が振るわれる。サーベルもライフルも無い、空の手は、しかしインフィニットジャスティスが振るう斬撃を払いのけてみせた。一歩間違えば簡単に斬り裂かれていただろうが、その無謀さが逆に意表を突き、防御が成功する。
 形兆は更に、4連装ビームガン『ドラウプニル』を発射し、浴びせかける。だがさすがに敵はこの世界でも最上位に位置する名手。射撃の直前、瞬間的にシールドを構え、光弾を防いでいた。
「中々器用なことができるじゃないか」
「もう1度やれと言われたら困るがな。だが、俺もそう簡単に負けてはやれんのでなぁ!!」

 

 激戦ではあった。だが、やはりどうしても技量の差も、機体の差も歴然としていた。有利なのは完全にラウ・ル・クルーゼの方だ。遅かれ早かれ、形兆は敗北するだろう。それがわかっていながら、

 

「おい、お前も加勢しな!」

 

 レイに、スティングからの怒声が飛んだ。今の今まで、レイはずっと動かずにいた。どちらに味方するでもなく、目の前の殺し合いをなすすべも無く見つめていただけだ。

 

「お、俺は………」
「お前の事情はわかったがよ、だが今は戦争の時間だぜ。お前の生まれだの運命の悲劇だのに付き合ってられねえんだ! あの糞野郎は倒さなきゃぁならねえ!!」
 スティングの言い分は間違いない。どんな事情があろうが、一瞬が生と死の結果を決める戦場で、阿呆のように何もせずにいる人間は、どこまで罵倒されても足りやしない。だが、スティングの物言いに、レイは怒りを覚えずにはいられなかった。
「黙れぇ!! 俺の事情がわかってたまるか! 彼は、ラウは、俺を助けてくれたんだ。俺を暗闇から解放してくれた。恩人で、味方で、そして、あの人は、『俺』なんだ! 知った風な口を利くな! そんな簡単には割り切れないんだよ!!」
 実際顔を合わせた回数は少なかったが、敵対していた時も、同じ食卓についていた時も、スティングがレイから受ける印象は変わらなかった。どこまでも静かで、冷静で、こんなふうに感情を露わに、怒気を放つようなことがあるなどと、思ってもみなかった。
 だからスティングは面食らい、怯む。自分の身に置き換えてみれば、確かにどうもできないかもしれないと、スティングは思う。ネオや、ダイアーや、ブチャラティが敵になったらと考えると、本当にどうしていいかわからなくなる。
 だから、スティングは既にレイを説得する言葉は無かった。だから、ただ自分の意志のみを口にする。
「それでも、それでも間違ってるだろうが! あいつは、間違ってるだろうが! あいつに、俺たちの未来を消させてたまるか! ネオが、ダイアーが、望んだ『明日』は、俺が守る!!」
 そして、カオスは飛ぶ。傷ついた機体で、勝ち目なき敵へと。たとえ敗北がわかっていても、諦められないことはある。
 その後ろ姿を眼で追いながら、レイは、

 

「明日………」

 

 そう、ポツリと呟いた。

 

   ――――――――――――――――――――――――

 

「オラオラオラオラぁ!!」

 

 デスティニーと間合いを置き、撃ちあっているフリーダムへ向けて、アビスのビーム砲が、放たれる。
しかし、背を向けている隙を突いて撃ったというのに、一発として掠りもせず、弾丸はかわされる。
「ちぃ! 背中に、いや、体全体に眼がついてるみたいだ」
 アウルは愚痴を口にしながらも、すぐにそこから移動する。瞬間、さっきまでいた場所がビームに貫かれた。
アビスは大気圏を飛行することができないため、空中の敵に対しては不利だ。
 長距離射程兵器を多く装備することでカバーしているが、並みの敵ならともかく
このような難敵に頭上をとられるのはゾッとしない。
(とりあえず、あいつのあの位置からなら周囲の建物が遮蔽物になる。一気にこちらを攻撃はできな
 アウルの思考を一瞬止める衝撃が起こり、アビスの右腕が吹き飛ばされる。
「な、何だ!? 何をされた?」
 周囲の建物は壊れていない。直接アビスが攻撃されたのだ。
「………つまり、『建物と建物の隙間を通して』俺を撃ったってのか」
 アウルが青ざめる。どれだけの操縦技術、射撃技術を持ってすればこんなことができるのか。
「しかもシン・アスカと戦っている間に、高速で飛びまわっている間にだぞチクショウ!」
 思い知る。あまりにも圧倒的な差というものを。
もはや勝ち目がどうのという問題ではない実力差がアウルとキラの間には存在する。
「だからって………だからってなぁ!!」
 カリドゥス複相ビーム砲をフリーダムへとかざし、発射する。いくら絶望的な状況であろうと、
悪あがきくらいはしてやるつもりだった。
だが、決死の一撃を無感動にいなした後、フリーダムは酷く無気力に見える動きでアビスに砲口を向ける。
 その虚無的な仕草に、アウルはさきほど感じた敵の強さよりも、遥かに大きな恐怖を覚えた。
いくらMSに乗っていても、感情は肌で感じられるものだ。離れていても、手応えというものがあるものだ。
 だが、このストライクフリーダムのパイロットにはそれが無い。
殺すか殺されるかという戦場にいて、この生命体らしからぬ、熱の無さはどういうことだ。
 ブチャラティたちに会う前の自分たちだって、これほど非人間的ではなかった。
自分たちを生体兵器として見る、周囲のむかつく奴らの視線だって、これほど異質ではなかった。

 

「シン………」

 

 思わず、アウルは呟いた。アウル自身、信じられないような声音だった。

 

「早いとこぶちのめしてやってくれ。こいつはいくらなんでも………見てられない」

 

 ストライクフリーダムのビームライフルから発射されたビームに、アビスが貫かれるのを感じながら、
アウルが呟いたのは憐れみの言葉だった。

 

   ――――――――――――――――――――――――

 

 グフイグナイテッドとカオスガンダムの猛攻は、今までになく苛烈で見事なものであった。
しかし、インフィニットジャスティスの戦闘は、更に上であると言うしかなかった。
「くっ! これならどうだ」
 スティングが、EQFU−5X 機動兵装ポッドを放つ。
ドラグーンの類似兵器の中で、現時点において、唯一、大気圏内での機動が可能な代物である。
エネルギー消費が激しいため、滅多に使われることはないが、強力な兵器だ。だが、
「ふむ、残念ながら………私にそういったものを出すのは、亀が兎に徒競争を挑むようなものだ。
 そして、私は居眠りをするほど自信家ではないのでね!」
「なっ!」
 クルーゼは兵装ポッドの動きを瞬時にして読みとり、全てを正確に撃墜する。
 ラウ・ル・クルーゼのかつての機体はプロヴィデンスガンダム。
第1世代ドラグーン・システムの搭載機であり、クルーゼはドラグーンの第一人者といえる。
その経験ゆえに、機動兵装ポッド程度の動きを見極めることなど児戯にも等しい。
「さて、そろそろ終わりにしようか!」
 インフィニットジャスティスはビームサーベルをカオスに向け、無駄の無い滑らかな動きで斬撃を放った。

 

(もう駄目かっ!)
 スティングが諦めかけた時、酷い衝撃がカオスに走る。直後、カオスが全体の力を失って落下していき、
そのためにジャスティスのサーベルは、カオスが飛んでいた空間をただ通り過ぎるだけに終わった。
 クルーゼは落ちていくカオスから、もう一体の敵、グフイグナイテッドに視線を向ける。
カオスが急に落下したのは、形兆がカオスのスラスターを撃ち抜き、飛行能力を失わせたためだ。
「爆破させないように撃つか。思ったよりいい腕だったんじゃないか。
 だが、彼の戦線離脱は避けられない。君一人では何分持つかな?」
「………1分は持たんだろうな。だが、やめる気は無い」
 形兆は冷徹に答えてライフルを構える。
しかし形兆には、命中させられるイメージがまったく思い浮かばなかった。
(ガルナハンの時と同じだな………なら、今回もやはり諦めるわけにはいかないな)
 死は恐れない。死よりも恐ろしいことが存在することを、彼は良く知っている。
だからこそ彼は退かない。無様に生きることは、死ぬよりも無惨だからだ。
「ああいや、ちょっと待ってくれ」
 しかしここで軽い口調でクルーゼが止めに入った。肩すかしをくって、形兆の表情が思わず緩む。
しかし、次の言葉によって、彼の顔はより強張った。

 

「レイ。君が撃つんだ。彼を撃て。それをさきほどの誘いの返事としよう」

 

 グフイグナイテッドのコックピットで、レイの息を呑む音が、通信で伝わってきた。
レイの今の表情が、形兆にはありありと思い描ける。
レイは一見、いつだってクールで物事に動じないように見えるが、実は逆だ。
 過去に抱えたトラウマに縛られ、自分自身の価値や意味を信じていないため、精神の核となるものがなく、
デュランダルやクルーゼに依存している。ゆえに、少しの影響ですぐに崩れる。
「さあ共に行こうレイ。私と共に、私たちを産み落とした、この憎むべき世界に復讐するために。
 だがそのためには、今あるものを差し出さなければならない。さあ」
 あくまで穏やかで、優しい声が、クルーゼから発せられる。
その言葉はすべてが嘘と言うわけではないだろう。無論、レイを利用しようという悪意もあるだろうが、
そもそも何の情も抱いていなければ、とっとと全員まとめて撃墜した方が早い。
 あえて誘いをかけるような特別なものを、確かにレイに抱いているのだ。
愛情と下心は、決して共存しえぬものではない。だから形兆は、クルーゼの言葉を否定しない。
嘘だとは言わない。彼がレイに投げかける言葉はほんの少しだけ。
「レイ」
 形兆の声が、レイに届く。一体なんと言って説得してくるのだろうかと、
あるいは脅すか、非難するのか、予想できずにレイは身構える。
「俺にお前を指図する権利は無い。だから、俺がお前に言えることはたった一つだ」
 一拍の間が置かれ、形兆は口にした。

 

「お前が決めるんだ」

 

「………え?」

 

 簡単すぎるその言葉に、むしろ戸惑うレイ。

 

「誰かに決めてもらうんじゃない。誰かに流されるんじゃない。誰かについていくんじゃない。
 誰の意見も関係なく、誰の存在にも依存せず、ただレイ・ザ・バレルはどうしたい?
 それだけを考えて決めろ。我儘に、好き勝手に、自分勝手に、誰にも遠慮せずにだ」

 

 それは、簡単なようでいて最も難しい要求だった。
ガルナハンの時も、コニールに流されてストレイツォからの誘いを拒んだのであって、自分の決断ではない。
今まで、自分の人生を『諦め』て生きてきた彼にとって、それは酷く厳しい言葉だった。
 しかもそれは、レイと、デュランダルが求める、自分の意思ではなく、
遺伝子によって人生を決める世界の否定にも等しい。彼の『願い』が壊れてしまう。
 怖かった。どちらの言葉をとっても、レイは全てを差し出さねばならない。
クルーゼを選べば、仲間を裏切らねばならず、
形兆を選べば、『運命が定められた世界』を否定しなければならない。

 

「俺………は………」
「迷うことは無い」
 苦悩のあまり呼吸も満足に行えずに喘ぐレイに、クルーゼの泰然とした声がかかった。
「私が君を支えてあげよう。君と私は同じなのだから、それが当然だ。たった一人で決断することはない。
 私と共に来れば、君の決断の責任を、共に担おう」
 それは甘い言葉だった。自分だけで背負わなくていい。責任の片一方を持ってくれる。
 自分だけの責任じゃない。選択が間違っていたとしても、それは自分だけが悪いんじゃない。
 それは、非常に『楽』な考え方だった。
 お世辞にも褒められたものではない思考だが、正直に言って、レイはその提案に強く心が傾いた。
 しかし、

 

「共に、世界の全てから愛されず、拒まれた者として、共に行こう。レイ」

 

 その言葉が、レイを踏み止めさせた。

 

 愛、されなかった?
 全てから、拒まれた?

 

「………違う」
「何?」

 

 レイは、ゆるゆると首を振っていた。
「違う………俺は、愛されていた。俺は、受け入れられていた」
「何だと?」
 クルーゼはレイの言葉に、まったく理解ができないというふうに首を傾げた。
「実験動物として、失敗作のクローンとして生まれた君が、愛されただと?
 そんなはずがない。誰に愛されたと言うんだ」
 己の人生を忌み嫌いきっている男は、自分と同じ存在である者に対し、愛されるはずがないと断言する。
自分たちは、望まれずして生まれてきたのだと。だが、

 

「………貴方に、だ」

 

 レイは、はっきりと答えた。

 

「俺は貴方に助けられた! 俺は貴方に救われた! 俺は貴方に愛された!
 貴方は俺の父で、兄で、家族だった。貴方と俺は同じだったから、貴方だけは俺を受け入れてくれた。
 貴方が、俺に思い出をくれた。そうだ。貴方が、俺を人間にしてくれた!」

 

 レイの双眸から涙が流れる。それは感情の高ぶりの表れなれど、ただの嘆きや悲しみばかりでなく、
感謝や喜びがそこにはあった。その感情の種類は、あまりに強く濃いものであるために、
レイ自身にも理解し切れなかった。

 

「ああだけど、だからきっと、貴方に会った時から、
 もう、俺と貴方は『違う』ものになってしまっていたんだ!!」

 

 同じ者同士だから、受け入れられた。だが、同時にそれゆえに、彼らの道は分かたれた。
愛されたレイと、愛されなかったクルーゼと。

 

「わかった。わかってしまった。俺は貴方と共には行けない。俺は世界を壊せない。
 貴方と出会えたこの世界が、俺は好きなんだって、今、わかったから。俺は、貴方を止める!
 俺の好きな世界を、俺の好きな貴方に壊させたくは無い!!」

 

 それは、間違いなく、レイの、レイだけの『願い』だった。個人的な我儘だった。
正義のためでも、社会のためでも、倫理のためでも、理想のためでもない。
ただ、自分が嫌であるがゆえに、レイはクルーゼの誘いを断ち切ったのだ。

 

「………そうか」
 レイの決意に、クルーゼは静かに応じた。
「もう君は、私でありながら私ではない。正しく、レイ・ザ・バレルなのだな。残念だ。
 残念だが………私も止まるわけにはいかないのでね」
 そして彼は笑みを浮かべる。隙間から牙が覗く笑みを。
「死んでもらうしかないな。私でなくなった私よ」
 人間をやめた怪物にとって、愛することと食らい殺すことは、矛盾することではないのだろう。
クルーゼは、レイを誘っていたときと、まとう空気を変えることなく、優しいままに、
レイを殺すと断言した。

 

「来い!」
 対するレイは、恐れることなく迎え撃つ。
 今までずっと自分では歩むことのできぬ卵であったレイ・ザ・バレルは、ガルナハンにて殻に罅が入り、
 そして今日、『レイ』は生まれた。
 ようやく、彼は既に持っていた『自分』というものに、気付くことができたのだ。
 だから、もう彼は揺らがない。

 
 

 レイ・ザ・バレルは、砕けない。

 
 

「まったく、どいつもこいつも手のかかる」

 

 呆れたように、しかし決して嫌そうでもなく、形兆は呟き、再開される戦いに身構える。
 もうエネルギーも残り少なく、装備も相当に破壊されている。だが、逃げるつもりは無い。
 兄とは、弟を守ってやるものなのだから。

 

   ――――――――――――――――――――――――

 

 現時点の太陽系内において、まぎれもなく最強クラスのMSのうちの2機が、
 ついにようやく、戦いを開始した。

 

 インフィニットジャスティス。無限の正義。
その深紅の機体は、ビームサーベルを各所に取り付け、近接格闘戦に特化している。
長距離射程の武装は少ないが、近接戦においてその戦闘力は現状、並ぶ者は無い。
 レジェンド。伝説。
ドラグーン・システムを主要武装とした機体。重力下ではドラグーンを使うことはできないが、
それ以外の火力も強力な物がそろっており、やはり現時点では五本の指に入る強力な起動兵器である。

 

 そんな兵器のぶつかり合い。だがそれは、ぶつかり合いとは言い難いものであった。
「ふん、どうしたね? 啖呵を切っておいて、逃げ回るだけか!?」
 間合いを詰めようとするインフィニットジャスティスから、
距離を置きつつビームライフルを撃つレジェンド。
 しかしそのビームも、クルーゼはわずかに動くだけでかわしてしまう。
時折、形兆もビームで援護をするが、死角を狙って放たれた攻撃も、やはりかわされてしまう。
「なんて動きだ………」
 レイはゾッとした声を出す。
 クルーゼの能力は、明らかに前大戦の時以上であった。
吸血鬼となったことで、身体能力や感覚が強化されていることによるものだろう。
人間であった時より、速く、精密にMSを動かしている。
(このままでは勝ち目は無い。一か八かで………やるしかないか!)
 レイは、彼の流儀である、冷静な計算に裏打ちされた戦術を捨て、敵の土俵での戦闘を試みる。
「形兆! 援護を頼む!」
「ほう! 来るか!」
 方向転換して迫るレジェンドに、クルーゼは笑ってビームを放つ。
レイはそれをビームシールドで弾き、身を護り、脚部からビームサーベルを取り出した。
 ビームサーベル2本を、柄頭の部分で組み合わせ、両端から光の刃を伸ばした
ビームジャベリンをつくり、振り回す。

 

「はは、なら君に合わせるとしようか!!」
 クルーゼもまた、柄を連結させてレイと同様の武器をつくり、回転させ、やや大げさな仕草で迎え撃つ。
「ハアッ!」
「フンッ!」
 二つの光が高速で動く。
素人目には、剣の形など見えず、ただ光が煌めいているのがチカチカと見えるだけだろう。
MS本体の方も、高速で剣撃をかわしているため、その姿は常にぶれて見える。
両者ともに、風のように速い。だが、そこには確実な優劣があった。

 

 ラウ・ル・クルーゼの方が、間違いなく余裕を残している。

 

「くう………!」
「ふむ、もう少し速くするが、追いつけるかな!?」
 クルーゼの宣言の直後、言った通り斬撃の速度が増した。
そして、レジェンドの右肩装甲が切り落とされる。
「!」
「終わりだ!」
 次なる攻撃で、クルーゼ側の光刃が、レジェンドの右脇腹へと迫る。
横薙ぎに両断されようとしたレジェンドだったが、それをなすインフィニットジャスティスの
右腕が急に止まった。
「む」
「やれ!!」
 形兆が放った、もう1本残っていたスレイヤーウィップによるものだ。
鞭がインフィニットジャスティスの右腕に絡みついている間に、
レイはレジェンドの背に装備されたドラグーンに備えられた、10を超える数のビーム砲を前方に向ける。
 そして、極めて凶悪な破壊力を誇るビーム砲の一斉射撃が行われた。
 だが、

 

「遅い!」

 

 ビームが発射される直前、ビームサーベルによってウィップを断ち切り、
自由を取り戻したインフィニットジャスティスはすぐさま動き、一瞬にしてレジェンドの背後をとっていた。
「く、うううう!!」
 レイは計算も何もなく、クローンであっても所有しているらしい本能というものに従って、前方に逃げる。
そしてそれは正解であったのは、背面から突き出した小型ドラグーンが数本、
切り落とされたことで証明される。
 一瞬、逃げるのが遅ければコックピットまで切り裂かれていたはずだ。
「強すぎる………」
 あまりにも絶望的な力の差に、レイの口から弱音がこぼれる。
「もう終わりにしよう………さらばだ!」
 追い打ちの刃が、レジェンドに振り下ろされた時、

 

「ボサッとしてんじゃねえぞ!!」

 

 グフイグナイテッドによって、レジェンドが突き飛ばされる。そして、

 

    ザグンッ

 

 斬り裂かれた音は、意外とあっさりとした、地味なものだった。

 

「け………」

 

「ったく………レイ、お前は全く、手のかからないようでいて、実際、世話のやける奴………だったぜ」

 

 それが、レイの聞いた、虹村形兆の最後の言葉となった。

 

「形兆―――――ッ!!」

 

 レイの叫びが届いたかどうかは、わからない。
 彼の叫びよりは、グフが爆発する音の方が大きかったのは間違いないことだったから。

 

 火を吹いて落ちていくグフイグナイテッド。
 その様を見ながら、レイは一つの確信を胸に抱かざるを得なかった。
(あれは助からない………)
 血の気の引いた顔に、呆然とした表情を浮かべ、どこか冷静に、
非現実の映像でも見ているかのような感覚で、形兆が大地に激突する様を、見続けていた。
「雑魚が先になったか。まあ順番が変わっただけだがね」
 対して、形兆を落としたことに何の喜びも達成感も抱くことなく、
書類に一つサインをしただけという感覚で済ませると、クルーゼはレイへと視線を戻した。
「ではもう一度………さらばだ!」

 

 レイは、自分に再びビームサーベルが迫ってくるのを、どこか遠い世界の景色を眺めるように見ていた。
(形兆………貴方はなんで俺を助けた)
 斬られれば死ぬ。そうわかっていた。だが、今のレイにさっきまでの覇気が消えていた。
 クルーゼを止めるという思いも消し飛ぶほどに、形兆の死が衝撃だった。
 それは、レイにとって意外なことだった。
 形兆の存在が、いつの間にこんなに重大なものになっていたとは。
(俺なんか)
 手が震える。理解しながら、信じられなかった現実が、時間をかけてようやく、
 レイの頭に沁み入ってくる。 自然と、涙が一筋零れていた。

 

「ほっておけばよかったんだ!」

 

 叫んだ瞬間、手に力が入り、まったくの偶然で、レイはレジェンドを動かしていた。

 

 ブオン!

 

 レジェンドの頭上を、サーベルが通過する。紙一重で、レジェンドは死の刃をかわしていた。
「…………!!」
 レイはあまりの偶然に眼を見開く。

 

(こんな奇跡………信じられない。形兆、か? 形兆が、俺に死ぬなと言っているのか?)

 

 荒唐無稽な考えだったかもしれない。しかし、あまりに都合のよすぎる結果に、
レイはそう思わずにはいられなかった。
(それなら)
 レイがレバーを握る手に力を入れる。
(それなら………!)
 その眼には、再び光が宿っていた。もう、涙は無い。

 

「俺は生きる!!」

 

 プッツ〜〜〜ン!!

 

 脳の奥で、ナニカが弾けた。同時に、レイの世界が急速に広がり、全てが明快に、鮮明になる。

 

「何だ!?」
 そのレイの変化を、クルーゼも感じ取っていた。
同じ血と遺伝子を持つ者のシンパシーによって、レイが、途方もない力を目覚めさせたことを。

 

 グンッ バジュッ

 

 ジャベリンの一振りが、クルーゼのビームサーベルを叩き潰していた。
二振り目はかろうじて避けたものの、クルーゼはその攻撃の鋭さが、今までの比ではないことを認める。
「だが、まだ互角だ!」
 いったん後ろに下がり、2丁のビームライフルを両手に抜き、撃ち放った。
軽妙な連射に対し、レジェンドは素早くビームシールドを発動展開し、これを防ぐ。
そのままレジェンドはインフィニットジャスティスに迫り、ジャベリンを振りかぶる。
 対してインフィニットジャスティスのビームキャリーシールドの先端からは、光の剣が伸びる。
盾に収納されたシャイニングエッジ・ビームブーメランを応用して、大型ビームソードとしたものだ。
 そしてもう1度、光の斬撃の応酬が始まる。
しかし、今度はどちらも全力をあげた本気の潰し合いである。余裕は少しも無い。
 その中で、インフィニットジャスティスは、レジェンドの攻撃をかわした直後、更に間合いをつめる。
酷く近寄ったため、もはや大きなビームソードを振るうことは難しかったが、
インフィニットジャスティスには別の攻撃手段があった。
 膝から爪先にかけて設置されたビームブレイドである。
これによって、ただの蹴りが、必殺の威力をもたらすことになる。
そんな左足による蹴撃が、レジェンドの胴を狙う。
 だがその左足は、とっさに振るわれたビームジャベリンによって斬り飛ばされた。
しかし、それはまだクルーゼの読みの内。左足を斬った瞬間、次の動作に移る間隙を突き、
クルーゼは取り回しの利く、比較的小型のビームライフルをレジェンドに向けていた。
「くっ!」
 レイはレジェンドの体をそらし、コックピットへの直撃を避けようとする。
そのために一撃による撃墜は避けられたが、ビームはレジェンドの頭部、メインカメラを撃ち砕いた。
「終わりだ、今度こそ!」
 クルーゼは会心の笑みを浮かべ、すぐにその場を離れ、距離を取る。
もはやレジェンドは盲目も同然。遠くからいかようにも料理できると考えた。
しかし、

 

「……………」

 

 レイは決して慌てはしなかった。ただ心を研ぎ澄まし、広がった感覚をより鋭敏にしていく。
そして、かすかだが感じ取った。『自分』と繋がる気配を。自分と同じ血の流れを。
親と子が、兄弟が、離れていても感じ合うことがあるように、レイもまた感じ取ったのだ。
「そこだ!」
 レイが突撃ビーム起動砲を発動させるのと、クルーゼがライフルを撃つのはほぼ同時であり、
互いが放ったビームが、互いの機体に命中した瞬間も、また同時であった。
 どちらのMSも砕け散りながら、空を飛ぶすべを失い、重力に引きずられて落下していく。
 その中でレイは安堵の息をついていた。クルーゼはもう戦えない。
ならば、これで死んでも自分の勝ちだ。ただ、

 

(間違いなく、向こうで形兆に叱り飛ばされる………いや、殴られるかな)

 

 レイが困ったように微笑んだ直後、レジェンドは大地に激突した。
強烈な衝撃がレイを貫き、彼の意識を奪い取ったのだった。

 

   ◆

 

 ポルナレフたちとゲブ神の戦いは、4対1でありながら、膠着状態に陥っていた。
 何せゲブ神は水のスタンド。単純に破壊することができない。
効果があるのは、アヴドゥルの放つ炎だけであり、ポルナレフの剣撃も、花京院の弾丸も、イギーの爪も、
ただいったん形を崩し、再生までの時間を稼ぐ程度にしかならない。

 頼みのマジシャンズ・レッドの炎も、やはり注意していると見え、アヴドゥルが攻撃に入ると
すぐにゲブ神は感じ取り、攻撃を中断して回避に専念する。そのため、いまだに炎はかすりもしていない。
 かつてポルナレフに対してやったように、炎で地面に穴を掘り、地中から攻撃することもためしてみたが、
地表に届く振動はすぐに感づかれてしまうため、無駄に終わった。
 本体のンドゥールを探そうにも、動いた途端に足止めされるため、その場を離れることも難しい。
しかし、逆にゲブ神もポルナレフたちに決定打を与えることは、できていない。
 いかにゲブ神の攻撃が鋭くとも、受ける方も歴戦のスタンド使い。防御くらいは簡単にできる。
砂漠の時のように、地中に沈みこめるような地面でもなく、姿は見えており、対応は容易だ。
しかし、そうなればまた疑問が生まれる。
「ンドゥールは、何を企んでいるのでしょう」
 花京院は考え込む。このままでは自分たちを倒すことはできない。
むしろ、ずっと4人を相手にしている分、ンドゥールの方がより早く、スタンドの力を使い果たし、
ダウンするだろう。
「これで終わるはずがない………まだ何かある」
 花京院が油断なく気を引き締めた時、アヴドゥルが急に身を崩した。
「!? アヴドゥルさん!!」
「く、ううう………」
 アヴドゥルはその場に膝をつき、背を丸め、汗を流し、荒い息をつく。疲労困憊という様子だ。
「おいどうした!」
 ポルナレフが駆けより、ゲブ神から守るようにアヴドゥルの前に立つ。
「うむ………妙だ。戦いの疲れかと、思ったが、おかしい。
 これは、この疲れ方は変だ………。力が吸い取られているかのようだ………」
 言葉を発するだけでも苦しげなアヴドゥルの姿に、何かに気付いたようにイギーが、キャンと吠えた。
「なんだイギー、どうし………ハッ!」
 ポルナレフがイギーの視線を追うと、アヴドゥルのスタンド、マジシャンズ・レッドの左肩に行き着く。
そこに、いつもなら無いないものがあった。

 

「これは………フジツボ!」

 

 マジシャンズ・レッドの左肩を、甲殻生物のフジツボが覆い尽くしていた。
それは今も増殖し、腕にまで広がろうとしている。
 イギー以外の3人は、この現象に心当たりがあった。
「こいつは、こいつはあの時の!」
「船の上で我々を襲ってきたスタンド使いの………」

 

「そう! この俺の能力だ!」

 

 そして現れたのは、筋肉逞しい、口髭と顎鬚を生やした、妙に軽薄で憎たらしい笑みを浮かべる男。
かつてDIOの手下としてポルナレフたちに挑戦してきた敵であり、その本名は彼らも知らない。
ただ、偽の名を呼ぶとすれば、
「キャプテン・テニール!」
「そうだ! ま、それは俺が殺して化けた相手の名だが………てめえらに本名を教える気は無いね。
 てめえらが知っているべきは俺のスタンドの名だけで十分だ」
 偽テニール船長の背後に、半漁人のような姿をしたスタンドが現れる。
 タロットにおける18番目のカード『月』の暗示。水のトラブル、嘘と裏切り、
 未知の世界への恐怖を示すスタンド。その名は、

 

「『暗青の月(ダークブルームーン)』!!」

 

 よほど自信があるのだろう。高らかに名乗った。

 

「最初にゲブ神がアヴドゥルの左肩を攻撃した時、既に俺のフジツボが張り付けられていたのだ! 
 知っての通り、俺のフジツボは張り付けられた相手のパワーを吸い取る!
 もうマジシャンズ・レッドはろくに使えまい!」

 

 それが意味するところは、ゲブ神に決定打を与えられるスタンドがいなくなるということ。
「そして、ここからは俺も入る。つまり3対2。まだ数の上ではそっちが有利だが………
 足手まといができちまっている分、実質はそうでもねえだろぉ」
 嫌な笑みを浮かべ、鉄をも破る鋭い爪をかざすスタンドと共に、偽テニール船長が参戦する。
ここからが、本当の死闘の始まりであった。

 

   ◆

 

「おい、おい起きろ」
「う………」
 パシパシと顔を叩く手と、乱暴な声に急かされ、レイは重いまぶたを開いた。
そして同時に、自分が生きているということに気がついた。
「スティング………」
 レイを叩いていたのは、先に落ちていたエクステンデッドの少年であった。
ゆっくり周囲を見回すと、そこは瓦礫の転がる市街の歩道であり、車道の真ん中には、
大破したレジェンドの残骸が倒れているのが見えた。
「あの中から引っ張り出してやったんだ。爆発しなかったのは幸いだったな」
「そうか………形兆は?」
 問うと、スティングは無表情ですっと指を伸ばして、示した。
その指の方向を見て、レイは、スティングは無表情なのではなく、
無理に感情を押し殺していたのだと理解する。

 

 そこには、ところどころ焼け焦げ、手足もちぎれかけた、かつて人間であったモノが、置かれていた。
顔も焼けているが、半分は無傷であったため、かろうじて形兆であると判別できた。
その表情に苦しげなものは無く、冷静に死を受け止めたようだった。
「ったく、むかつく奴だったぜ。最後まで勝たせないまま、命まで救いやがって。
 勝ち逃げにもほどがあるだろうが」
 スティングにとって形兆は敵であり、乗り越えるべき壁であった。だがもはや、越えようも無い。
悲しみとは少し違った意味での喪失感に、スティングは苛立ちを押さえきれないようだった。

 

「………そう、か」
 わかってはいた。助かるはずは無い。そうわかっていた。
けれど、それでも、助かってほしかった。
レイはうなだれるが、もう涙は流さない。いつまでも泣いていては、形兆が安心できないだろうから。
それに、クルーゼも。
 レイは、形兆とクルーゼ、二人分の死を背負わねばならない。
今までも敵兵を殺してはきたが、それとは別次元の死だ。
なればこそ、もうレイは、自分の命をないがしろにはできない。
出来損ないのクローンなどと卑下するわけにはいかない。
 自分は、まだ生きていけるはずだった二人分の命を背負って生きているのだから、
それに見合うように、価値ある命でなければならない。
それは考えるだけで、気が遠くなりそうな重い責任だ。
だが、逃げるわけにはいかないし、その気も無かった。
 だけど今だけは、静かに眠りたかった。
「………なあ、やはり少し休んでもいいか? 限界らしい」
「仕方ねえな………まあ、最強クラスの敵を落とした殊勲賞だ。多少寝てても許されるだろう。寝ときな」
「すまん………」
 そう言って、レイは再び眼を瞑り、眠りに入った。

 

「………こいつはこれから大変だろう。二人分も余計に生きなきゃならなくなっちまったんだからな。
 俺もダイアーの命を背負ってるから、多少はわかるぜ」
 スティングはレイの寝顔を眺めながら、言葉を紡ぐ。
 そして、

 

「なのによぉ、背負われたはずのてめえが生きてるってのは、おかしくないか?
 ラウ・ル・クルーゼよぉ」

 

 背後に立つ、パイロットスーツとヘルメットで陽光を防御した、吸血鬼に対して言い放った。

 

   ――――――――――――――――――――――――

 

「私が生きていることに関しては簡単だ。
 攻撃がインフィニットジャスティスを貫く直前、コックピットを開けて脱出しただけだ。
 吸血鬼の肉体は、100メートル程度の高さから落ちても平気な自信はあったが、
 太陽光を防ぐスーツが破れなかったのは幸運だった」

 

 思ったより頑丈だったとヘルメットの奥で笑い、クルーゼはスティングへと歩み寄る。
「………それで、何する気だ?」
「レイの血を貰う」
 それはレストランで水を頼む時と、ほとんど変わらない言い方だった。
「彼と私は元々同じものだった。しかしそれが変わってしまったとあれば、また同じ存在に戻るべきだ。
 彼の血が私の内に入ることで、再び我々は一つの同じものになれる」
「執着………なんだろうな。お前にとっても、こいつは特別な存在なんだろう。
 だが、それはもう人間の執着じゃねえ。
 それに………MSから逃げ出した時点で、もうお前はこいつと向かい合うことをやめたんだ。
 もうこいつと関わる資格はねえ。だから」
 スティングは呼吸を変える。独特の呼吸音が生まれ、彼の肉体に力が満ちる。

 

「お前は俺が殺す」
 握りしめられた拳に、光が宿る。

 

「愚かだな………いくら強化されているとはいえ、ただの人間の身で私に立ち向かうと言うのか?」
「舐めてくれるがな………俺はお前の『天敵』なんだよ!」

 

 邪気を清める、太陽の光に輝く右拳が、クルーゼへと突き出される。

 

 ガシィッ

「!?」

 

 だが、吸血鬼に対して必殺の効果を持つ拳は、クルーゼの腕に払いのけられる。
「光り輝く拳………ヴェルサスから聞いた波紋という技か。
 しかし、このスーツは波紋の達人であったストレイツォが設計したもの………。
 そう簡単に波紋を通すことはない」
 そして蠅でもはたくように、スティングに向けて腕を振った。

 

 バズゥ!!

 

 スティングは背後に下がってかわそうとしたが、クルーゼのほんの指先が、彼の脇腹をかすめた。
ただそれだけで強い音が鳴り、スティングが吹っ飛ばされる。
「ごふっ!?」
 建物の壁に叩きつけられ、スティングはすぐに起き上がれないほどの痛みに震え、脇腹を押さえる。
更なる激痛が走った。
「かすっただけだってのに、肋骨が折れてやがるのか………」
 ダイアーから多少聞いてはいたが、実際に受けた吸血鬼の力に慄然とする。
必死で上半身を起こすが、まだ下半身は痺れているようで、すぐには立ち上がれない。
「こんなものか。しかし念には念を入れて、しっかり殺しておくことにしよう」
 クルーゼの腕が、毒蛇のような不気味な殺意をたたえながら、スティングの首に向けて伸ばされる。
「甘くみるんじゃ、ねえっ!!」
 叫ぶと、スティングはその場で高く跳び上がった。
「なっ! 座ったままの体勢でジャンプを!」
 人間の身体能力、肉体構造をやや無視したその動きに、
人間をやめてからまだ日の浅いクルーゼは驚愕する。
「コォォォォォォ!!」
 空中に跳び上がっている間にも、スティングは波紋の呼吸を行い、
足に残った痺れを消し、痛みを和らげる。
対してクルーゼは、スティングの軌道を見定め、落下地点に立つと、両腕を広げてかざした。
一瞬驚きはしたが、所詮はその場しのぎ。落ちてくるところを捕まえて引きちぎってやろうという考えだ。
 だが、
「そう。その位置がいいんだよ!」
 スティングが落下し、クルーゼの手が、スティングの体を挟み込もうと動いたと同時に、
自由を取り戻したスティングの足も動いていた。

 

 バシィ!!

 

 クルーゼの両手首の部分に、スティングの両足が当たった瞬間、スティングは大きく股を開いた。
それによって、クルーゼの腕も開かれ、前半身ががら空きになりガードができなくなる。
 本来なら、怪物の膂力を持ってすれば、いくら波紋使いとはいえ腕を開かれ押さえられる
などということはないのだが、その力を発揮する前にその体勢にされてしまったうえに、
いくら怪物になったとはいえ関節や筋肉の位置関係は人間と同じ。
 巧みに関節を極められた姿勢になっているため、すぐに動くことはできなかった。
それでもより力を込めれば、無理矢理にスティングの足を押し戻すことも可能であったろう。
だが虚を突かれ茫然としてしまったクルーゼは、敵に充分な隙を与えてしまった。

 

「かかったなアホが!!」

 

 それは、スティングがダイアーに教わった最大の秘技。
今まで、練習でも一度も上手くいかなかった技が、いかなる奇跡か、
ダイアーの魂が天から助けてくれたのか、見事に決まっていた。
スティングは両腕を胸の前で交差させ、波紋を込めて、クルーゼの頭に、その腕を叩きつける!

 

「稲妻十字空烈刃(サンダー・クロス・スプリット・アタック)!!」

 

 金属のヘルメットに大きく亀裂が入り、波紋が流し込まれる。
「なんだ、これはっ! これがっ! はも、ん、ぐ、ぐあああああああああ!!?」
 ジュウジュウという肉の焼ける音があがり、煙がたちのぼる。
「滅べ! 散滅しろ! ラウ・ル・クルーゼ!!」
 スティングの足に、クルーゼの腕が震え、悶える感覚が伝わる。
だがスティングは勝利の確信を得ることはできなかった。
スティングの波紋はまだまだ弱い。完全に倒しきるには、波紋を流す時間が必要となる。
「ぐおおお、あああッ!!」
 その時間は与えられなかった。
苦しみ悶えながらも、クルーゼは力任せにスティングの足を押しのけ、跳ね飛ばした。
「くうっ!」
 スティングは空中で身を翻らせ、大地に叩きつけられることなく、足を下にしてきっちり着地する。
しかし、その顔は苦渋に歪んでいた。
(ちくしょう! 失敗だ………今ので仕留められなかったのは痛恨だぜ)
 相対するクルーゼはヘルメットの亀裂を押さえ、前屈みになって震えながら、
その鬼気はより力を増しているように感じられた。
もはやクルーゼは余裕ぶって油断したりはしていない。
全身全霊をもってスティングを殺すことに心血を注ぐ気で来る、手負いの獣だ。
「これが波紋か………正直、甘く見ていた。直接注ぎ込まれなかったからよかったが………
 ヘルメットが無ければ即死だったところだ」
 残念ながら、波紋は表面を焼いただけで、脳にまで達してはいなかったらしい。
ヘルメットも砕けてはいるが、太陽光が差し込むには、まだ隙間が小さいようだ。
「早く、お前とレイの血で、この傷を癒すとしよう」
 そう言った直後、クルーゼは野獣の速度で間合いを詰めると、手刀をスティングへ振り下ろした。
とっさに腕を上げてガードするスティングだったが、ビギッという嫌な音を響かせ、
ガードした左腕が圧し折られてしまう。
「ぐああああああ!」
 痛みに悲鳴をあげながらも、スティングは無事な右手で銃を取り、クルーゼの顔面に突き付ける。
だが引き金を引いた時には、クルーゼの頭はそこになく、既にスティングの背後に回り込んでいた。
「では頂くとしよう」
 太い血管の通った首に、クルーゼの手が伸びた時、

 

 ドズッ

 

 鈍い音が、クルーゼの背中でたった。
「うん?」
 クルーゼが背後を振り向くと、スーツを貫いて、白く輝くナイフの刃が背中に突き立っていた。
とはいえクルーゼにとって痛みは無いし、まったく致命傷にもならない。
だから冷静なままにナイフの持ち主の顔を見る。
水色の髪をした、まだ年若い少年。
左手だけで持ったナイフを突き出し、右手は空けて、別の行動を取れるようにした体勢になっていた。
ヴェルサスから渡された資料の中にあった顔だ。
「確か………」

 

   ◆

 

 ウェザーは、先ほど自分のスタンドを飛ばした方向を見つめていた。
「上手く………いったかな? どうにか着弾をずらすくらいはできたと思うが………」
 ウェザーはスタンドによって空気を歪め、さっきキラ・ヤマトにビームを撃たれたMSを守ろうとした。
しかし急なことだったので、完全にビームの軌道をそらすことはできず、直撃を防いだまでにとどまった。
 コックピットを貫かれはしなかったものの、MSは使用不可能なまでに大破してしまった。
パイロットが無事かどうかは神のみぞ知るというところだろう。
「無事でいてくれるといいがな………アウル・ニーダ」

 

   ◆

 

「アウル・ニーダ、だったか」
 クルーゼは自分を刺し貫いた少年の名を思い出す。
「なるほど。正直刺されるまで近付いてきたのには気付かなかった。
 その技量は中々のものだが、しかし無意味だったな」
 怒るでもなく、平然としているクルーゼに、アウルは顔を引きつらせた。
「おい………スティング、コイツ何?」
「ダイアーが言ってたろ。吸血鬼とか屍生人とか………それだよ。気付いてなかったのか?」
「いや………アビスが壊れて脱出した後、カオスが落ちてきたのが見えて、慌てて様子を見にきたら、
 お前がやばそうだったんで手を出したんだけど………ひょっとして無駄骨?」
 刺したままの恰好でアウルは顔を青くする。かなりの強度を誇るパイロットスーツといえど、
軍用の超合金で造られたナイフで貫けないことはなかったようだが、それ以上はビクともしなかった。
怪物の筋肉に刃が抑え込まれているらしく、エクステンデッドの筋力でも動かない。
つまり、傷口を広げることも、スーツを切り開いて太陽光からの防御に穴を開けることもできない。
「そうだな。いや、少々気をそがれて動きを止めてしまった分、
 スティング君については寿命が多少伸びたかもしれないが。
 まあついでだ、仲間ともども、私の糧になるといい」
 気を取り直して再び腕を動かそうとするクルーゼだったが、
その前にまだ背中をクルーゼに取られたままの、スティングの声が放たれた。

 

「いや………そう無駄でもなかったぜ」
「何?」
「知ってるか?」
 そう言うスティングの、折れていない方の右手は、

 

「生物の体は波紋を通すんだぜ?」

 

 アウルの、空けてあった右手を握っていた。

 

「………!!」
 一瞬遅れて、その言葉の意味を理解したクルーゼは、急いで二人に攻撃を仕掛けようとするが、

 

「遅い! くらいな『繋がりし手による波紋疾走(ハンドシェイク・オーバードライブ)』!!」

 

 クルーゼの背中に稲妻のような衝撃が注ぎ込まれる方が早かった。

 

「ぐがああああああああ!!」
「うううおおおおおおお!!」

 

 クルーゼの叫びと、アウルの叫びが重なる。
波紋は生物や金属、液体を、電気が通るように流れることができる。
ゆえに、アウルの体を流れ、ナイフを通って、スーツの防御を受けることなく、
ナイフの突き刺さったクルーゼの体に、直接に波紋を流し込むことも可能なのだ。
強力な波紋を通されれば、アウルの体も多少は抵抗が掛かり、声をあげているが、
ただ流されているだけなら、死んだり後遺症が残ったりするようなことはない。
だがクルーゼにとっては炎で焼かれているも同様だ。
さっきは頭を包むヘルメットへと波紋が流れ、大分拡散してあまりクルーゼの肉体へ流しこめなかったが、
今回のは直に流し込んでいる。威力はさきほどの比ではない。
十秒としないうちに全身が崩れ出し、その場で力無く膝を突く。

 

「馬鹿、な………私は、今度こそ生きるはず、なのに………」
 そう呟いてすぐ、もはや立っているバランスを維持していることもできなくなり、うつ伏せに倒れ込んだ。
その衝撃で亀裂の入ったヘルメットが更に砕け、穴が開き、波紋によって爛れた顔が覗く。
「なぜ………また私は敗れる………私は、この間違った世界を終わらせねば………なのに………」
 心底、理解できないという声だった。
力がある。意志がある。目的がある。そんな自分がなぜ、こうも呆気なく消えていかねばならないのか。
この世界に愛されず、否定された自分には、この世界を憎み、否定し、破壊する権利があるはずなのに。
なぜ世界はどこまでも自分を受け入れず、ただただ自分を滅ぼそうとするのか。

 

「いやだ………また消えるのは………いや、だ………」
「………消えないさ」
 スティングがクルーゼを見下ろしながら言葉をかける。

 

「レイがお前を背負う。お前はここで死んでも、レイの心の中に行く。
 お前という存在は受け継がれる。お前とレイは、お前の望むとおりに一つになる。
 だから、お前は死んでも、消えはしないさ」

 

 苦しみの声が、怨嗟の嘆きが、やんだ。
もはや崩れて表情など分からなくなった顔であったが、
スティングはそこに、安らいだ子供の顔を、確かに垣間見た。
それは生きている限りクルーゼにはできない顔だったのだろう。
そう、死にいたる今だからこそ、彼はもう何も憎まなくてよくなったのだ。
世界を許すことを認められたのだ。

 

「………そうか。私は受け入れられるのか。なんだ、そんな簡単なことだったんだ」

 

 それが、ラウ・ル・クルーゼという男の、本当の最後の言葉だった。
頭部も完全に崩れ去り、パイロットスーツを残して、すべては灰になって、風に散った。
他者との、世界との繋がりを、憎悪によってしか形作れなかった男は、
最後に少しは、それ以外のものによって、世界を感じることができたのだろうか。
もはや生きる限り憎悪せずにいられなくなった男は、死ぬことでようやく、
その憎悪から解放されただろうか。
「そうであれば、いいけどな」
形兆とのこと、ネオとのこと。クルーゼに対しては、色々と思うところがあるスティングであったが、
同じ、他者に弄られた人生を持つ者として、そしてクルーゼとは違い、幸せを知ることができた者として、
ただクルーゼを嫌う気分にはなれなかった。

 

「おいスティング」
「うん?」
「結局今どうなってるんだよ」
 いいところで助けに駆け付けたとはいえ、状況をあまりわかっていないアウルが問いかける。
「そうだな………どっから話せばいい、か………」

 

 スティングの声が詰まる。
ふと、レイの方を向いた時、眠るレイの側に、確かに立っているのを見たのだ。
『彼』はスティングに声をかける。

 

『………やるじゃないか』

 

 円柱のような奇抜な髪形が特徴的な青年。
その服装は、パイロットスーツや軍服ではなく、スティングが見たこともない衣服をまとっていた。
その服は〈学生服〉と呼ばれるもので、『彼』が一度目の死を迎えた時にも着ていたものだった。

 

『レイの奴が起きたら、伝えておいてくれ。上手くいったかどうかわからないが………』

 

 茫然とその姿を見つめ、声を聞きとどめているうちに、だんだんと目の前に立つ男の姿が、薄れていく。
地に着いた足が浮かび、ゆっくりと空に昇っていきながら、煙のように、消えていく。

 

『俺に残っていたはずの寿命を、お前に注いでみた。
 ひょっとしたらレイ、お前もっと長生きできるかもしれないってな』

 

 薄れゆく中で、誇るような笑みを浮かべ、

 

『じゃあな』

 

 その声を最後に、彼は完全に消え去った。

 
 
 

「虹村、形兆………だよな。一体何が」
 その一部始終をアウルも見ていた。
わけがわからないという困惑の表情でスティングに聞くが、スティングとて理解できない。
ただ、不思議と何かが納得できた。

 

 悲しみはない。心残りもない。
要するに、あの男は『自分の人生』というものを生き切ったのだろう。
だから、笑うことができたのだ。
「………なんてことはねーよアウル。つまりあれだ」
 スティングもまた笑う。

 

「きっちりと別れの挨拶をしにきたってことだろう。几帳面に、な」

 
 

TO BE CONTINUED