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LOWE IF_592_第01話

Last-modified: 2011-02-23 (水) 16:37:57

崩れたビル。瓦礫から流れ出ている排水。そして炎上している車。
その近くに蹲っている人間が二人。彼らは大量の血を流し、全く動く気配はなかった。
いや唯一人。スーツを着た男の下敷きになっているピンク色の女性だけは指をぴくりを動かしていた。
そんな所へ一人、深く帽子を被り、色の濃いサングラスをかけた女性らしき人物が現れた。
彼女はこの惨状に何のためらいもなく倒れている二人のもとへと歩み寄っていった。そして、たどり着くや否やしゃがみこんで先ほどの女性の手をゆっくり握る。
そして、ゆっくりと女性がはめていた指輪を外し、静かに呟いた。

「…御可哀想に。しかし、貴方様の御遺志は、僭越ながら私が引き継がせていただきます…。どうか安らかにお眠りいただきますよう…」

まるで死体を恐れないその女性に、人はどう思うのだろう。しかし、その光景はどこか神聖な雰囲気をかもし出していた。
女性はまるで聖女の如く、その死体たちに祈りをささげている。そして、それが終わると何事もなかったようにその場から立ち去った。
その後姿を霞む視界で、蹲っている女性は必死に呼び止めようとする。

「…か…ぇ…し…」

しかし、声は掠れてしまっていて、炎の轟音の所為で全く届かなかった。何とか這いずりでようとしても力が出ない。
どんどん離れていく彼女は帽子をゆっくりと脱ぎ、その長い髪を流した。その姿を見た瞬間、自然と倒れていた女性の目が開かれていく。
桃色の長く美しい髪。それは、自分が誇りに思っていた髪と同じ色。
そして
振り向いた時見せたその顔は、紛れもなく自分のものだった。

第一話 「スタートライン」

「どういう、ことなんです、か?これは…?ラクスが何でここにいるの…?」
「…キラ様…。私は…」
「なんで、何で何だよ…君は、誰なんだよ…!」

自分がよく知る女性と同じ顔を持つ人物を前に、もはやキラの頭は完全に混乱していた。何が起こっているのか全く理解が出来なかった。
見ると、目の前の女性は顔にいくつか痛々しい傷、特に左ほほには大きなそれがあり、それが自分の知る人とは同一人物ではないということが、余計に事態を複雑にしていた。
その様子を俯き、すまなさそうな表情で女性は口を開けずにいたが、ハイネが肩を叩いて励まし、ついに口を開いた。

「…私は、ラクス・クラインです。それは、間違いありません…しかし、それよりも私は…私は…」
「え…?あ…」
「私は…キラ様が無事で、本当によかったですわ…」
「あ、ちょ…」

じわりじわりと涙を浮かべ、最終的にぼろぼろと涙を流しながら顔を隠して安堵の声を出すラクス。それに対しどう対応して良いのかわからないキラはただおろおろとしているだけだった。
そんな様子を見てハイネは苦笑しながら言った。

「あ〜あ、女の子泣かしちゃったよ」
「ええ!?ぼ、僕の所為なんですか!?え、ええっと…あの、泣かないで…僕は大丈夫ですから…」
「ひっく…ごめんなさい、突然泣いてしまって…もう、もう大丈夫です…」

はてさて、先ほどの雰囲気は何処へやら。今となっては混乱していたキラが号泣するラクスを宥め、ハイネはそれを見てくっくと笑っていた。
まるでコメディだ。しかし、そんな雰囲気もすぐに元に戻り、話は続けられた。

「…で、どこからお話しましょうか…?私としては、キラ様にもう一度こうやってお会いできただけでも本当に満足なのですが…」
「…僕は全然納得していないですけど。だって、信じられるはずがないじゃないですか。急に現れて、自分はラクスだって言って。
じゃあ、僕が今まで話していたあのラクスは誰なんですか?納得の出来る説明やら証拠を出してくださいよ」
「説明というよりも…」

ラクスは足元で転がっていたピンクの物体、ハロを持ち上げてキラに差し出した。

「実際に見ていただくのが一番だと思いますの。ちょっと、痛々しい画像なので覚悟していただきたいのですが…」
「はぁ…」

ラクスはハロの口を開き操作して、内蔵されているモニターに映像を流した。
映像はどうやらハロの視線らしく、ラクスとそのガードマンらしき人物が車の後部座席に乗っている様子が映っていた。

『ほら、こうするとハロがカメラになるんですの。便利でしょう?』
『そうですね。…私をまじまじと映さんでください』
『あらあら。恥ずかしがらなくてもいいのですわよ〜?ねぇ、ピンクちゃん』
『ハロハロ、テヤンディ!』

ハロを持ち上げてガードマンの顔を映したり、ハロが車内を飛び回ってすごい視点移動になったり、外の風景を映したりと、暫くほのぼのした時間が過ぎていった。と、ハロが床を転がってから少し経った後、事態は一変した。

『あらあら?運転手さん、家はこちらでは…』
『おい!何処へ向かおうとしている!こっちは旧市街…!』
『黙れ』
『きゃああ!』

銃声、そしてラクスの悲鳴がハロを通じて聞こえてくる。なにやら修羅場を迎えているようだ。
ハロが上を向くと、ラクスの頭に助手席のほうから銃を突きつけられているのがわかった。
ラクスは撃たれたガードマンの体を支えつつも、恐怖で震えながらその銃を見つめていた。

『あ、ああ…あなた方は一体…』
『青き清浄なる世界のために…といえばわかるかな?歌姫殿…』
『ブルー…コスモス…!?どうしてプラントに!?』
『ここに侵入する事などたやすい事…歌姫、お前には色々と利用価値がある。そのために今日ここに来たのだからな。
そうでなければ、こんな腐れ外道が大勢いる場所へ来るかよ』
『酷い…コーディネイターだって人間でしょうに!』
『黙れ!!』

助手席の男が後部席に身を乗り出し、怒りのままラクスの額に銃を突きつけた。ラクスは体を強張らせ小さな嗚咽を吐く。

『ぅぅ…』
『貴様らが何をしでかしたか、忘れもせんぞ…しかも、それはお前の父親がやったことだ…!』
『エイプリルフー…ル…クライ…シス』
『そうだ!貴様らがニュートロンジャマーなんぞをばら撒くから、大勢の人間が飢え苦しんで死んだんだ!俺の妻も、娘もだ!!
わかるまい…お前達には…!』
『…しかし、ユニウスセブンに核を撃ち込んだではないですか!それに、それまでにだって迫害をしてきた…。
貴方達はそうやって何かにつけて…』
『黙れといっているのが判らないのか、このコーディネイターが!!!』

男は一発ラクスの腕に弾丸を放って彼女の言葉をさえぎった。まるで、彼女の言葉を拒否するかのごとく、彼の顔は怒りに満ちていた。
ラクスは荒い息を吐きながら、今まで感じた事がない痛みを我慢しているように見えた。

『う、うぅ…』
『ラクス様…』
『おい、あんまり傷つけるなよ。あくまで俺たちはこいつを人質に取るんだからな。殺しちゃ意味ない』

共犯である運転手は怒りのあまりラクスを殺しかねない隣の男の方を掴み諌める。しかし、男の怒りは収まらない。
怒りのあまりに引きつる顔に無理やり笑みを浮かべさせながら言った。

『わかってるさ…だが、逃げられないように足くらい撃ち抜いておいても良いだろ?』
『勝手にしろ』

やれやれ、と運転手は肩をすくめて運転に集中し始めた。その意味を理解し、男は二ヤリを笑って再びラクスに銃を向ける。
そして、ゆっくりとラクスの太もものほうへ、その銃口を下ろしていく。
と、そこで突然カメラワークが急にぶれた。と思ったらすぐに目の前に男が現れた。
『テヤンディ!ラクスイジメルナ!』
『ぐあ!!何しやがるんだ、このロボット!!』
『うおおお!!』

どうやらハロが噛み付いたようだ。そのせいで男が振り払おうと腕を振り回しているため、視線が右往左往と滅茶苦茶に動いていた。
このお陰で隙が出来た。ガードマンはすかさず男に掴みかかり、顔を殴った。空かさず掌打で銃を落とし、そのまま懐から銃を取り出して男に向かって連射する。
腹と胸を打ち抜かれた男は即死したらしく、フロントガラスに血糊をべっとりとつけながらぐったりと倒れていく。
カメラからはラクスの様子がわからなかったが、小さく聞こえる悲鳴から、この光景を見て恐怖を感じているのだろう。

『アベルぅ!!おのれコーディネイター!!!』
『喰らえ!!』

運転手に向けて銃を撃つガードマンだったが、運転手は間一髪それを避け、自分の銃を懐から取り出そうとした。この時、運転手はわずかにハンドルを切った。
突然ここで何かに衝突した如く画像が揺れた。窓の鏡が大きく割れ、ラクスやガードマンに襲い掛かる。ガードマンは身を挺してラクスを庇い、襲い来る鏡の破片から守るが、
わずかに間に合わず一つだけ、大きな破片がラクスの左ほほに突き刺さった。

『げ』

運転手のほうは小さな悲鳴の後血反吐を大量に出し、座席に項垂れるように死んだ。そしてその直後、車内に炎が上り始めた。

『ぐ、ぅ…ら、くす様…こ、こちらへ…』
『…あ…あ…』

大量の血を流してしまった二人はもはや声を出すのが精一杯だった。しかし、ガードマンは己の任務を果たそうと、
体を無理矢理動かし、ラクスを連れて外へと出ようとする。幸い先ほどの衝突でも後部ドアは正常のままで、ガードマンは必死にそれを開く。
ハロもその後をついていった。
外に出た彼女らの様子を、ハロはまじまじと映している。外に出たとたん二人は倒れたが、それでもガードマンは必死にその場から一歩でも遠く離れようとラクスを連れて歩き始める。
画面の視線は車のほうに向く。車は無残な姿になって、放置されていた瓦礫にぶつかっていた。

『あ…』

ついにガードマンのほうが力尽きた。それでもラクスを守ろうとしているかのように、抱きしめながら倒れていた。
ラクスのほうは気を失っているだけだったが、それでも失血によるショック死の危険性もある。彼女もまた時間の問題だった。

『ハロハロ!ラクス!』

ハロは飛び跳ねながら必死に声をかけるが、主人の返事はない。それに連なって元気がなくなってしまったのか、ハロは飛び跳ねるのを止めてラクスの顔の前に止まった。
と、そこでラクスの顔が少しだけ動いた。それを見たハロはまた声をかけようとするが、何かの気配を感じ、車の下へと隠れた。
ハロは暫く、ラクスのほうの様子を伺う。カメラの視線もそれに従ってラクスと絶命したガードマンのほうを向いている。
すると、こんな誰も住んでいないであろう旧市街の中に一人、何もためらわず現れる女性らしき人が現れた。彼女はラクスに近づくと、そこへしゃがみこみ、ラクスの手を握る。
『…御可哀想に。しかし、貴方様の御遺志は、僭越ながら私が引き継がせていただきます…。どうか安らかにお眠りいただきますよう…』

まるで死体を恐れないその女性に、人はどう思うのだろう。しかし、その光景はどこか神聖な雰囲気をかもし出していた。間接的に見ていたキラでさえそう思った。
女性はまるで聖女の如く、その死体たちに祈りをささげている。そして、それが終わると何事もなかったようにその場から立ち去った。
わずかにラクスの声が聞こえた気がしたが、何を言っているのかは判らなかった。
だが、これだけはわかった。
一度だけ振り向いた女性の顔は、ラクスのそれをまるで写したかのごとく、そっくりだった。
ここで、ラクスは映像を切った。これ以上は予想できるだろうという判断だったからだ。キラはわなわなと肩を震わせながら呆然としていた。

「…これで終わりです。この後、私は反ブルーコスモス団体の方々に助けられ、南アメリカのある村兼基地施設に行きました。そこで初めてMSに乗り、戦闘をし、そして…今に至ります」
「俺も、その反ブルーコスモス団体と共に南アメリカ地区攻略作戦に参加していたから、その時にこの事を知った。
始めは信じられなかったが、ラクスの豹変疑惑の噂を聞いたときから、こいつが本当のラクスだと確信を持つ事ができた」
「で、でも…なんで名乗り上げなかったんですか!?自分がラクスだって言うんなら、正直に言うべきですよ!」
「こんな傷だらけの顔では、誰も信じてくれません。それに、余計な混乱はプラントには起こすべきではないと思っていたので…。
ただ、本当は名乗り上げたほうがよかったのかもしれないですわ…」

少し後悔した顔を浮かべているラクス。彼女の父、シーゲル・クラインの死因が自分の偽者がやらかした事だという事実が彼女を悲しませるのだろう。
確かに、名乗りだせば二人のラクスに混乱するか、または全く信じられないかのどちらかだろうが、もしかしたらシーゲルの暗殺も防げたかもしれなかったのだから。

「でも、結果的には戦争が終わってくれてよかったですわ。最悪の事態は免れたようですし…これから、ナチュラルとコーディネイターとの融和が始まれば、戦争の傷跡も癒えていくでしょうし。
そうしたら、きっと御父様も安心してくださると思いますから…」
「…」
「だけどさ」

と、ここでしんみりした雰囲気の中、ハイネは話を切り替えた。

「お前は気がつかなかったのか?」
「え?」
「いやさ、お前がラクスを返還してくれたと聞いたし、だったらそれなりに仲が良かったんだろ?アークエンジェルの中では。だったら、偽者に気がついてもよかった気がするんだけどな。
まあ、でもあれはあれでここにいるバカピンクよりも聡明ていうか頭よさそうだから、惹かれたのかもしれないけどさ」
「まっ!ハイネ隊長、私の事バカバカいわないでくださりますか!?」
「だってお前バカだもん。いい意味でも、悪い意味でもな」
「もう!」

からかうハイネに対し、まるで普通の少女のように顔を真っ赤にして怒りながら彼の背中をひっぱたくラクス。
その光景はまるで隊長とその部下ではなく、同級生の友達同士のようだった。
しかし、そんな中、キラは掛け布団を握り締めながらなにやら考え込んでいた。冷や汗をかき、思いつめたような表情で。
そんなキラの様子に気がついたのか、ラクスが顔を覗き込み心配そうに聞いた。
「何処か…痛みますか?」
「…僕は…ぼ、くは…」
「おいおい、どうしたんだ?」

心配そうな表情で見つめるラクスとハイネを尻目に、キラはある疑問点にたどり着く。

―自分は一体、いつ『ラクス』と出会った?―

考えもしなかった。自分とラクスは知合いであることは当然であるような如く触れ合っていた。
『ラクス』は何時知り合っただとかを教えてくれなかったが、そんなこと考えもしなかった。
しかし、この疑問点と目の前の真実はどうか。何も考えなかった。ただ、『ラクス』は正しいと考えていた。
自分は―ラクスの人形―だったのだろうか?自分は一体何者なのだろうか?
記憶が錯乱しているだけなのか。それとも本当に『記憶にない』のだろうか。
そう考えた時、混乱のあまりにキラは大粒の涙を流し、嗚咽を吐いた。

「キラ様…?」
「…出て行ってくれ…」
「え?」
「出て行ってくれ!!僕に構わないで!!うぅ…」

キラは泣きながら怒声を発し、差し伸べられたラクスの手を振り払った。突然の豹変にラクスは戸惑いを感じ、思わず体を引いてしまった。
ハイネは何かに気がつき、ラクスの手を握って言った。

「ラクス、一人にさせてやろう。キラは一度に詰め込みすぎて混乱しているんだ。ほら」
「え、あ…あの、キラ様!元気出してくださいね!あの」

ハイネに引きずられるように去る際、ラクスは励ましの言葉を残したが、それがキラに届くことなく、彼は顔をベッドに埋めたまま動こうとはしなかった。

「あのキラ様も、クローン!?」
「バカ、声がでかい!!」

医療室にキラを残し、ハイネとラクスは、今は誰もいない休憩室に足を運んでいた。
ハイネから聞かされた推測に思わず大声で復唱してしまうラクスの口を、ハイネは手にしていた缶コーヒーで塞ぐ。

「つめた!」
「お前が大声で叫ぶからだ。誰かに聞かれたら大騒ぎになるどころの問題じゃなくなるぞ!」
「す、すいません…で、でもどうしてあのキラ様がクローンとハイネ隊長はわかったのですか?」

ラクスはハイネから缶コーヒーを受け取り、ベンチに座って蓋を開ける。甘党の彼女が大好きな「マックスコーヒー」だ。
それに対し、ハイネは大人なブラックコーヒーを口に運びながら答えた。

「…これは俺の推測に過ぎないんだが。あいつ、お前とエターナルのラクスの違いに気がつかなかったんじゃなくて、お前を『知らなかった』んだ。
それは何故か。あいつがクローンで、昔の記憶を持っていないからさ。まあ、洗脳された一人目説っていうのも捨てがたいんだがな…あのショックの受け方は尋常じゃない」
「となると…えっとつまり私が襲われて入れ替わった後、私が知るキラ様は何かに巻き込まれて死んでしまって…でも、私の偽者はクローンを作って、自分の良いようにした。
昔の事を教えられなかったのは、自分もクローンか何かで昔の事は概容しか知らないから、と」
「そうだ。そういうところは理解力があってよろしい」
「あんまり理解したくありませんけど。…でも、彼女は一体、何故そんなことをしたんでしょうか」
「さあな」

ハイネがもう一口ブラックコーヒーを飲む。苦い感触がさらに増した気がして、ハイネは少し顔をしかめる。
ラクスもマックスコーヒーを飲んだ後、鎮痛な表情のまま考え込んだ。

「彼女も、何も知らないのかもしれないですわ」
「ん?」

突然のラクスの言葉に、ハイネは興味深そうに耳を傾ける。ラクスは色々と手を動かし、わかりやすいようイメージしながら何とか説明しようとした。

「ほら、コーディネイターだって、親から叱られたりほめられたり。そうやって人って成長するものですよね?」
「ああ、そうだな。ん?そうか、という事は、エターナルのラクスは叱られた事がない。だから自分が絶対正義だと思い込んでいる、のか…。
自分の正義を貫くには力が足りない。だからキラというクローンを作り出し、フリーダムとジャスティスを奪った。あいつは力を得た。
それに、今回の件であいつらは英雄扱い。これじゃあ自分が正義だと思い込んでもしかたないか…」
「…」
「だが、後悔するな。結局奴らは今回の件で全ての力を失った。力がなきゃ、何にも出来ないのがあいつらだろ?」
「そう…なんでしょうか。でも、そうかもしれませんね…。そして、キラ様のような人が二度と生まれないような世界を、戦いがない世界を、今は守っていかないと…」
「ああ。そうだな…そんでもって、あいつに関してはあいつ自身が決める事だ。今は、見守ってやろう」
「そうですわね。それが一番ですよね」

ハイネの言葉を聴いて鬱蒼としていたものが取れたか、マックスコーヒーを飲み干したラクスは晴れた表情で立ち上がると、ぐっと握りこぶしを作ってハイネに言った。

「今は出来ることをする!それが最善ですわ!」
「そうそう、そのいきだぜ。んじゃま、報告書の作成宜しく」
「はい?」

突然のハイネの言葉にきょとんとした表情で彼を見るラクス。ハイネはニヤニヤと笑いながら、いつの間にか取り出していた書類の束を彼女に差し出していた。
その行動にラクスは冷や汗をかきながら口元をピクピク動かしていたが、容赦なくハイネは言った。

「こんな混乱の中だからって報告書を書かなくていいなんて誰も言ってないぜ?それに、この前飯をおご「あっーあっーきこえないきこえないですわ〜」らせたのは誰かな?」
「…あれは財布を落としたからであって…」
「それに、今回だって、余所見してたら隕石に衝突して、気絶しているのを助けたのも」
「わかりましたわよ!!もう、やればいいんでしょう!?」

ついに折れたか、ラクスはぷりぷりと怒りながら書類を受け取り、コーヒー缶を手荒く捨ててその場を去った。

『イジメ、カッコワルイ』
「ん?はは、これは愛情表現さ」

去り際にハロから指摘されたハイネだったが、懲りていない表情で手を振って、去るハロを見送った。

「さってと…俺もやるかね」

ハイネは重い腰を上げながら、自身にもたまっている大量の報告書やら部下の始末書などを片付けなければいけないと考えると憂鬱だった。

「しっまつしょ〜しっまつしょ〜かいてもかいてもしっまつっしょ〜♪いくらかいてもしまつできないしっまつしょ〜♪」

夜。ラクスは一人、いやハロを横に変な歌を歌いながら報告書を書いていた。

「ほんと、何時になってもなれませんですわねぇ、ピンクちゃん。お嬢様時代が懐かしいですわ」
『ハロハロ』
「ふぁ…ふぅ。少し眠くなりましたわぁ。コーヒーでも飲んできましょうかね…。じゃあ、ピンクちゃんイタズラしないで待っててくださいね」
『オマエモナ』
「それどういう意味です?」

なにやら意味深な言葉をハロから受けた気がするが、あまり気にせず部屋を出た。
自動ドアがしまったところで、ラクスはもう一度大きくあくびをしながら背を伸ばし、休憩室へと向かっていく。

「あら?」

と、そこに誰かがいるのを感じ、恐る恐る覗いてみると、ハイネがベンチに座って寝ている。
どうやら報告書やら始末書を片付けていたらしく、書類が散らかっていた。眠気覚ましだったのだろうコーヒー缶も大量に置かれている。
時刻を見るといつの間にか夜中の2時半。戦闘のあとだったし、相当疲れていたのだろう。
そんな彼の様子を見て、ラクスは小急ぎで自分の部屋に戻り、掛け布団を一つ持ってくると、彼の体にかぶせた。

「お疲れ様です、ハイネ隊長。…」

と笑顔でつぶやいたものの、これまで言われたバカの回数を思い出し、近くに転がっていた黒マジックを手にする。

「…肉だと面白くないですわよね…」

ということで肉の変わりに楕円を二つを書き、まるで漫画でデコが光沢を発しているようにしてみた。
思わず吹きそうになるものの、そんなイタズラに満足したラクスはカップのコーヒーを一つ買ってその場を去り、自分の部屋に戻っていった。
と、その時。何処かで何かが崩れる音がして、ラクスは警戒する。こんな時間、起きているのはブリッジにいるCICなど待機任務を与えられているものだけだ。
そういうものはよほどの事がない限り交代時間まで持ち場を動かないだろう。ともすれば、別の人物か。
ラクスは念のためコーヒーと交換に部屋から銃を持ち出し、警戒しながら音のした場所に向かって進む。
そして、通路の手前までたどり着いた。ラクスは一回息を吐いて、そこを覗き込んだ。
すると、そこには蹲って倒れているキラがいるではないか。ラクスは慌てて銃をしまい、キラに歩み寄る。

「キラ様!?大丈夫ですか!?」

驚きながらも、騒ぎにならないよう小さな声で話しかけながら彼の体を支える。
彼の目はうつろな状態だったが、気がついたようにラクスのほうをむく。

「ら、くす…」
「ええ、そうです。と、とりあえず何処か落ち着ける場所に行きましょう!ほら、しっかり…」
「どうして…ぼくはキラじゃないんだ…やさしくしないでくれ…」

キラは弱弱しい言葉であるが、ラクスを拒絶しようとする。しかし、それに構わず、ラクスは自分の部屋へと彼を連れて行く。
抵抗する力もなく、ラクスの部屋のベッドに寝かされてしまった。
ラクスはモップを片手に、先ほどキラが倒れていた場所に溜まっていた嘔吐物を綺麗にふき取り、それを処分すると、部屋に戻った。

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