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Lnamaria-IF_395第05話

Last-modified: 2008-02-17 (日) 00:09:15

/ 5. シン


――マユのケータイっ!
彼女が叫ぶのと、林道に落ちた携帯電話が斜面の方に跳ねるのは同時だった。
マユがどれほどそれを大事にしているかを、シンは知っていた。旧世紀末の型を模した、流行――一種のルネッサンスとでも言うのだろうか――の携帯電話。そのメモリーの中には、数知れない写真が収められている。
もう少しで14歳になるシンは、やはり子供だった。マユを悲しませることは、彼にとって一番恥ずべき行為だったのである。
――シンッ!
父親が叫んだ時、既に彼は斜面を滑っていた。
シンは身軽だったから、携帯電話を拾ってすぐに追いつく自信があった。そのまま斜面を駆け下りて、港で合流する手もある。
木の根元で止まった携帯電話に、屈んで手を伸ばした瞬間、あらゆる音が消えたような感覚が、シンを襲った。
掴むと同時に、それまでにない程の爆音が彼を殴った。景色がぐるりと数回、大きく回った。
気がつくと、シンは焼け野原に横たわっていた。手をついて振り向くと、そこに林はない。大きく形を変えた山があるだけだった。
黒ずんだ土くれの中に、シンはわずかな肌色を見つける。それは腕だ。
――マユ。
口の中で呟きながら、彼はそれに近づいた。近づけば近づくほど、それがマユの腕だとわかり、そして、
――マユ?
そこにはマユの腕しかないことわかった。
何がなんだかわからなかった。
マユと一緒にいた両親も、近くにはいない。ただ、土に混じって、二つほど人の形を模ったような炭の塊があるだけだった。
シンは叫んだ。声にはならなかった。


そこで目を覚ます。
体中に汗をかいていた。息も荒い。上手く呼吸が出来ないようだ。
ベッドの横に置いたピンク色の携帯電話を胸に抱いて、ようやく彼は落ち着いた。




デュランダルはカガリに詫びた。
曰く、「申し訳ありません。彼が――オーブからの移住者なのですが――よもや、あのような事を言うなどとは……」
オーブからの移住者。その言葉がカガリの脳裏から離れない。
そのようなこと、果たしてありえるのか。綺麗事はお家芸――彼はそう言った。あからさまな侮蔑を込めて、だ。オーブの国民だった者が、父の施政の下で育ったであろう者が、そんなことを言うはずはないのに。
「色んな奴が、いるってことだよ」
アレックス・ディノはそう囁いた。彼女はこくりと頷く。納得の行かない表情であった。
先導するデュランダルは、エレベーターに二人を招きながら、
「きっと、何かしらの勘違いがあるのでしょう。赤い軍服を着たところで、まだ16の少年です」
言って、それから再び、
「それにしても、申し訳ありませんでした」
頭を下げた。
カガリは相変わらず、こくりと頷くだけだったが、
「ここからブリッジに上がります」
というデュランダルの言葉に、きょとんとした。
「もうじき戦闘になると思いますので、どうかこの艦の戦いを御覧戴きたい」
「何――!?」
カガリは目を丸くして声を上げた。アレックスも驚きを見せている。それは当然の反応だろう。しかし、デュランダルには一切拘る様子がなかった。




「ザクに不具合?」
エイブスの報告に、タリアは顔をしかめた。
『不具合って言いますか……まあ出せない、ってことはないんですがね。何分ニュー・ミレニアムの実戦参加はほんの一部の部隊に限り、それにしたってZGMF-Xやガンバレルを相手に戦った訳じゃあない』
「プログラムが追いついていない、ってことかしら?」
『端的に言えば、そうなりますな』
先ほどの戦闘に関しても、ザク2機とセカンドステージ2機が、MAとダガー1機ずつに撒かれてしまったほどである。
『筋がいいったって、この艦のパイロットは皆ヒヨッコです。ハーネンフースあたりがいればまだしも、そういう教官役すらいない。たとえバレルでも、経験を積まないとマニュアルで対応しきれるもんじゃあないでしょうな』
「そう……わかったわ、ありがとう」
より慎重に判断を下さなければならない、とタリアは溜息を吐いた。それから一つ思いついて、
「あ――エイブス」
再び受話器の向こうに声をかけた。
『は? なんでしょう、隊長?』
「インパルスとセイバーはどうなの?」
訊いてから、莫迦な質問をしてしまったとタリアは内心で舌打ちした。量産体制にあるザクのプログラムが追いついていないのなら、セカンドステージのそれなど尚更だろう。
『セカンドステージってのは、色々と特殊なもので……OSの学習能力自体は、ザクよりかはいいんですよ』
「そうなの? ――にしても、含んだ言い方ね」
エイブスの言い回しに引っかかって指摘すると、エイブスは苦笑いのようなものを漏らした。
『そりゃあね、隊長。OSの学習能力が高いってことは、パイロットは置いてけぼりを喰いかねない。ヒヨッコを支えられないOSも、OSの支えに対応できないヒヨッコも、問題としては大差ないようなもんでしょう』
「アグリコラのMS隊に任せるべきかしら?」
『そこは貴女の判断でしょう。まあ……一つ、参考程度にですが』
エイブスの声が、幾分か柔らかくなった気がして、タリアは興味を示した。
「何?」
『バレルの優秀かつ正確な乗りこなしに対して、アスカやホークは全然粗い。が、その分学習能力は高いんです。今はあれでもね』
「つまり……?」
『ヒヨッコには違いないが、適材は適所にいる――ってところですよ』
少し肩が軽くなった気がして、彼女は息を吐いた。
『気休めになりましたかね?』
「――エイブス整備班長、あなたはそういう一言が余計なのよ」
『こりゃあ、どうも』
エイブスの苦笑とともに、通話は終了した。狙いすましたかのように、CICからの報告がスピーカーから流れる。
『敵艦捕捉――セクター、オレンジ・アルファ!』
『距離13000!』
「本艦とボギー・ワンの交戦開始からアグリコラ参戦までの時間は?」
『推定450秒です!』
7分半。11分の交戦時間を考えれば、あまりに遅い。
これでは、プログラムがどうのと言っている場合ではない。パイロットの少年達には耐えてもらうしかなかった。
「――戦闘用意」
「はい! コンディション・レッドを発令!」
号令してから、アーサーが、
「隊長、シンの処置は保留でよかったんですか?」
やや心配そうに尋ねた。オーブの代表首長に暴言を吐いたという話だ。軍法会議ものではある。
「現状においてインパルスの戦力は欠かせないわ、アーサー。それに、あれは一朝一夕で乗りこなせるような機体ではないはずよ」
「そうですが、でも……」
「あちらは無断で他国のMSに乗り込んだわ。お相子にはできるでしょう?」
なおも心配そうな表情のままのアーサーを促して、タリアはCICに向かう。
エレベーターに乗り込もうとしたその時、背後で電子音が鳴り、ドアが開いた。それとともに男性の声が、
「グラディス隊長」
耳に入ってくる。デュランダルだ。背後にはどういう訳か件のカガリ・ユラ・アスハと、その随員も付き従っている。
「……何事ですの、閣下?」
「いいかな、隊長? オーブの方々にもブリッジに入っていただきたいのだが」
そのデュランダルの提案に、
「何ですって?」
タリアは眉をひそめた。
オーブの方々どころか、デュランダルにも自室で大人しくしておいて欲しかった。指揮官としても、タリア・グラディスとしても。
「知っての通り、代表は先の大戦で陣頭指揮もなさるなど、数多くの戦闘を経験された方だ」
「はあ……」
「そうした目から、是非ともこの艦の戦闘を見て頂きたくてね」
タリアは二人の国家元首の前であることも厭わず、露骨に嫌な顔をした。けれどもデュランダルは、あくまで柔らかい表情を浮かべたままである。
「――……わかりましたわ。ただし、議長閣下と雖も、戦闘中のCICへの入室はご遠慮いただきます」
それが精一杯の抵抗だった。
「わかっているよ、タリア。人気取りをする政治家にはなりたくないが、軍部に嫌われたくもないからね」
「私でなければ……」
思わず呟きかけて、タリアは口をつぐんだ。そして彼女は、そっぽを向くようにして顔の向きを変え、アーサーに呼びかけた。
「艦長」
「はい、隊長」
「指揮はあなたに一任します。こことCICの回線はオープンのままに。何かあったらすぐに連絡しなさい」
「え……隊長は?」
艦長ともあろうものが、不安なのだろう。何しろ議長や他国の代表が見ている中で、戦闘を指揮しなければならないのだ。
「ブリッジクルーだけを議長方と残すわけにはいかないでしょう?」
タリアの言葉に、アーサーは不承不承頷いた。
「副艦長、しっかりアーサーを補佐するように」
『了解です!』
CICのミサエが張り切って返事をした。
だが、正直タリアは不安であった。
アーサーの能力そのものには何ら問題はないし、それを補佐するミサエがしっかりしているとは言っても、どちらも大戦時は後方勤務である。ともに実戦経験は皆無に等しく、この難しい事態で戦闘を委任するには不安が残らないではない。
タリアの意を察したのだろう。隊長付副官のユーリー=レヴィチ・ドミトリエフが、
「小官がCICにつきましょうか?」
小声で提案したが、
「構わないわ。その辺りで不要な溝は作りたくないもの」
彼女はそれを却下した。




これまで省いてきたが、ここでミネルバの指揮中枢について軽く触れておきたい。
ミネルバには指揮系統が二つある。一つはアーサー・トライン艦長以下、艦の運用を担当するクルー。もう一つは、タリア・グラディス隊長の直属にあたるMS隊や保安部、情報班といった独立部署である。
現在これらが一丸となれている理由は、タリアとアーサーの力関係にあり、また、タリアからアーサーへのある程度の信頼にあった。戦闘指揮に関しても、艦そのものの行動に関して、タリアはアーサーに多くを任せている。
ミネルバの指揮中枢の所在は、CICとブリッジにあった。
従来のザフト軍艦は艦橋構造が堅牢な代わりに、CICとブリッジが一体化していた。それに対しミネルバは、無論従来艦よりも堅牢な艦橋を持ってはいるが、さらに堅牢な艦体中枢部に、エレベーターでブリッジと繋がるCIC――戦闘情報室が設置されている。
簡単に言えば、艦の運航を行うのがブリッジ、戦闘指揮を行うのがCICである。
ブリッジには操舵士、副操舵士、観測士ら航法班が詰めており、操舵室と言い換えても問題ない。また、戦隊司令部、艦隊司令部がこの艦に設置される際に司令官以下が乗り込むのもここである。これは効率を無視した一種の伝統だ。
CICには砲術班、管制班――つまりオペレーター――、情報班、通信班などが詰めており、不慮の事態に備えての副艦長の所定位置でもある。また、戦闘情報室とは言うが、平時も通信班が詰めていることから、艦、ひいては部隊の情報の中枢と言える。
なお、本章2話でブリッジクルーと表現した者は全てCICクルーであることをここで訂正しておく。
閑話休題。



戦闘開始の想定時間まで十分を切ろうとしていた。
『インパルス、右舷カタパルトデッキへ移動してください。セイバーはそのまま左舷デッキに進み、出撃準備』
『インパルス、了解』
「セイバー、了解」
メイリンの指示に従って、あたしは機を前進させた。
シンのインパルスも、今回は通常のカタパルト出撃だった。無論、特異な状況にない限りは、その方が効率的なのだ。ミネルバ級も、二番艦からはインパルス専用の中央カタパルト群に関して見直しが入ることだろう。
シンが右舷デッキで待機状態になる頃を見計らって、パイロットのスモールトーク回線で彼を呼び出した。本来はご法度だが、オペレーターさえ黙認すれば、幾らでも雑談というものは行えるのだ。
『何?』
「ん――まあ、その、ね」
いつも以上にシンの声がそっけなくて、あたしは言葉に詰まった。
「よかったじゃない、お咎めなしで」
『うん、まあね』
当然、とでも思っているような答え方だった。自分は間違っていない、という無意識の自己主張。アカデミー時代から――そして恐らくそれ以前から――どこか頑固なシンのそれは、本人の意思に関わらず友人を選んできた。
「なんで、あんなことやっちゃったのよ?」
『べ――』
「別に、は駄目」
『……』
出鼻を挫かれて、彼が明らかにむっとしたのがわかった。けれどもあたしは怯まない。
「ほうら、お姉さんに話して御覧なさい」
『……』
「ね?」
シンの溜息が聞こえる。根負けしてくれたのだろうか。
『昔――、ある国の話になるんだけど』
けれどもそれは、シン自身のことではなかった。
『オーブ解放作戦、知ってるだろ?』
「えぇ」
71年6月に決行された、大西洋連邦によるオーブ侵攻のことだ。
大戦も終盤の差し掛かり、地球連合――殊にMS開発によって連合内の主導権を確立した大西洋連邦は、中立国オーブを味方に引き入れることに躍起になっていた。オーブは独自にMS開発を進めており、それに関しては大西洋よりも一歩進んでいたのだ。
また、オーブには連合が失ったマスドライバーがあった。宇宙における反攻作戦を考えた時、連合はなんとしてもマスドライバーを手に入れたかったのだった。
これまでのらりくらりと中立を保ってきたオーブに対し、連合は侵攻をちらつかせながらという、脅迫じみた要求を行う。だが、その割に要求の内容は無理難題ではなかった。
マスドライバーの徴用と、相互の技術協力である。
当時、アラスカ戦の影響で既に地上の戦況は連合優勢へ傾いていた。けれども、アスハ家に支配されたオーブ政府は、要求を拒否し、連合軍艦隊を呼び寄せた。そして、武装解除勧告に応じず、ものの数日で全島を制圧されたのだ。
『アスハは、絶対中立という理念の為に、国民を捨てたんだ』
吐き捨てるように、シンは言った。
『国の将来の為じゃなく――為政者が、自己満足の為に国民を無理心中させたんだ』
当時オーブ国内で何があったかなど、あたしは知らない。戦闘の推移、地球軍の作戦の効率などを、教材として扱っただけだった。アスハ家に関しても、オーブとの友好を考えてか、はたまた地球連合との遺恨があってか、プラントではあまり悪く言われることはない。
『そんな奴が、今じゃ英雄扱いで、他国の国防に口を出してるのが許せない』
「……詳しいんだ、オーブのこと」
『そんなこと、ない』
見当はずれなあたしの相槌に、シンは力のこもった否定をした。肯定するのが心底嫌そうな、それでいて否定するのも辛そうな声音だった。
「けど、だからって、どうしてあんな首が飛びかねない真似したのよ?」
『別に……関係ないだろ、ルナには』
やはり、別に、だった。
ふと気がつく。彼の怒りは、義憤などではないと、あたしは先ほど感じたではないか。
「ねえ、シン。もしかして――」
言いかけたあたしの言葉を、コール音が遮った。呼び出しはCICのメイリン。時間的な余裕はまだあるはずだった。
「何よ、メイリン? スモールトークへの黙認不干渉は不文律――」
『事態が変わりました!』
「……何事?」
通信ウィンドウに現れたメイリンの顔は、緊張していた。声もただならぬものがある。
あたしは、事態は好ましくない方向へ変わったのだと確信した。
『ボギー・ワンがデブリ海に直進しました!』
つくづく破天荒な真似をするものだ――唖然として、あたしは言葉もなかった。


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