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SCA-Seed傭兵 ◆WV8ZgR8.FM 氏_古城の傭兵(仮)_第07話

Last-modified: 2009-06-07 (日) 18:14:03

「……いやな予感がする……」
他の機体より先行し、真っ先にその基地へと侵入を果たした機体――アッシュの中で、
彼は冷や汗をかいていた。

 

彼の任務は先行して基地防衛機構を破壊、橋頭堡を築くというものだったのだが、
今のところは対人用の防壁と電磁線を破壊する程度に留まっている。
母艦から出撃するときやあの海岸から上陸するときは全く持って何時もと同じ……
即ちやる気十分だったのだが、目標の基地へと接近するに連れて
理由のわからない不安感が圧し掛かってきていた。

 

「それに、なんでこんなに静かなんだ……?」
静か過ぎるということも、彼の不安に拍車をかけていた。
敵対勢力のモビルスーツが敷地内に侵入したのにも関わらず守備隊のモビルスーツが出撃する様子も無く、
せいぜい警報が遠く鳴り響いているだけ。
通常の基地ならば歩兵や自走砲台の迎撃が有る筈だというのに。
知らず知らずのうちに食虫植物の咥内に迷い込んだ羽虫の気分はこんな物だろうかという考えが
脳裏に浮かび、ゾッとして慌てて掻き消す彼。
その想像があながち間違った物でないということに、彼は気がつかなかった。

 

何処か遠くで、ガコンという重い音が聞こえた。
彼の全身が一気に引き締まるが、レーダーには何も映らない。
気のせいかと溜息を吐く彼。

 

ガシュ、という音がした――右から。

 

一拍遅れて衝撃が走り、アッシュが転倒する。
ヘルメット越しに即頭部を強打した彼が目を白黒させながらウィンドウをチェックすると、
アッシュの右腕が根こそぎもぎ取られていた。
関節部を何かが貫通したように抉れている。
断面からオイルと火花が飛び散り、まだ無事な装甲やカメラを汚す。

 

「……はい?」
あまりの事態に状況をよく理解できないまま、更に左腕が肩から砕ける。
両腕を破壊され、機体のバランスが更に崩れる。
最早立ち上がることさえ侭ならず、全身のアクチュエーターが悲鳴を上げた。
何者かの攻撃を受け、戦闘不能に陥った。
そう彼が理解した次の瞬間、鋭い何かがコクピットを貫く。
最期の瞬間、女の嘲りを聞いた気がしたが、それもすぐにわからなくなった。

 
 

「あっけないわ……ここまで錬度が下がってるのね」
『彼らの戦闘能力の低下だけでは無いと思いますが……』
コクピットを貫かれ一切の機能を停止したアッシュのすぐ前の空間が、声と共に揺らめいた。
嘲りを多分に含んだ女の声と怯えきった男の声とともに。

 
 

『いいな? 先行したあいつが防衛部隊を足止めしている間に目標を確保する』
『わかってるってぇの……つかよ、万が一こっちに来てもナチュラルのなんか一捻りだろーが』
『そうそう……俺達新人類が猿人並みの旧人類に負けるわけねぇだろぉ?』
先行したアッシュが撃破されたのと同じ頃、
ごちゃごちゃとオープンチャンネルで騒ぎながら森林を進行する部隊があった。
一様に黒く塗装されたアッシュの改良型――開発コードはアッシュクリムゾン
(クリムゾンという言葉に嫌な物を感じたのか、兵士の間ではアッシュ改で通っている)
――で構成されている。
迷彩効果を狙ってか所々に緑色のペイントが施されているが、中途半端な偽装の為に逆に目立っていた。
『おーい隊長……先行した奴からの連絡途切れたんすけど……』
『ああ? ああ、多分楽しみすぎて無視してるんだろう……あっちについたら俺達も暴れるぞ』
『……了解』
がしょんがしょんと音を立てながら進むその最後尾の機体から隊長機に向けられた指向性の通信がかかるが
隊長は全く気にしていない。
この時にもう少しだけでも警戒していれば、多少その運命は変わったのかもしれないが。

 

『なあ、捕虜とッ捕まえたらどうするよ?』
『捕虜だぁ? はっ、ナチュラルの捕虜なんかいらねえだろ。男は皆殺し、女は……いつものように、だ』
『ひゃは! いいねえいいねえ!』
『お前達、お楽しみの話もいいがミッションを忘れるなよ……あと二百メートルだ……戦闘準備』
欲望剥き出しの会話に隊長が割り込む。
アッシュ改を駆るパイロット達は妄想を遮られ舌打ちをしながらも、戦闘システムを立ち上げていく。
基地まであと百五十メートルほどまで進んだところで、隊長機がスラスターをふかして飛び上がる。
それに僅かに遅れながら、残る数機も飛び上がり、基地の手前へと着地した。
先行した機体によって破壊されていたフェンスを更に粉砕し、電磁線の残骸を踏み潰して、
アッシュ改が次々と基地の敷地への侵入を果たす。
各々がモノアイを起動し基地を見渡すが、何も捉えられずに困惑する。
迎撃の為のモビルスーツや自走砲台はおろか、歩兵一人見当たらないのだ。

 

『おいおい、何にも出てこねえじゃねえか? もぬけの殻かぁ?』
『んな訳無いだろ……だったらアイツからそう来るはずだ』
『俺達が怖くて閉じこもってるんじゃない?』
勝手なことを言いながら、辺りを更に見回すアッシュ改たち。
既に侵入から数十秒が経過しているのにも関わらず、本当に何も出てこない。
と、先頭にいた隊長機が、何かに気がついたような声で通信を開いた。

 

『――あいつは、何処だ?』

 

先行した機体の影も形も無ければモビルスーツの駆動音もしない。
その異様さにパイロット達がようやく気がついた次の瞬間、それは来た。

 

『おい、なんか変じゃ――』
隊長機の右側に立っていた機体からの通信が、突然途切れる。
どうした、と隊長機のモノアイが右側に巡り、僚機の姿を捉えた。
一見何の変化も無いアッシュ改の姿が隊長が見つめるモニターに映し出される。

 

『おい、返事をしろ……ッ!?』
再びの隊長の呼びかけの直後、ガクン、と音がした。
まるで胸に刺さった不可視の杭が引き抜かれるように、アッシュ改が前のめりに倒れる。
隊長機のアッシュ改の改良された高細度カメラは見逃さなかった。
右のアッシュ改が倒れ伏すその直前、コクピットから、
正確にはコクピットの位置にあいた大穴から、赤黒い何かが零れ落ちるのを。
ボタボタとアスファルトに落下した赤黒い液体と固体が混ざり合った何かは、
遅れて倒れたアッシュ改の身体に覆われ、すぐに見えなくなる。
だが、隊長の目には、その画がくっきりと焼きついていた。

 

『な、なんだぁっ!?』
『敵だ! ミラージュコロイドを使ってるぞ!』
最も早く凍結から開放されたアッシュ改のパイロットが叫ぶ。
続いて戻ったパイロットが状況を把握し、言った。
声が震えている。
『畜生! 何処だ!?』
隊長機の左側にいたアッシュ改のパイロットが叫び、それとともにアッシュ改がビームクローを起動、
闇雲に振り回す。
ばちばちと空気が焼ける音が響くが、そのビームは何も捉えない。
逆にヒュン、という音とともに何かがその右腕を通り過ぎ、その通り過ぎた道筋のままにそこから落ちる。
パイロットがそれに気がつき、呆然とした直後断面が炸裂した。
『え――』
更に胴体に何かが突き刺さり、アッシュ改の動きが止まる。
コクピットを貫通し動力部に達したしれが引き抜かれ、アッシュ改が前のめりに倒れる。
損傷した動力部から火花が散り、爆発が起こった。
一箇所だけ不自然に歪んだ爆炎に一瞬鋭角なモビルスーツのシルエットが浮かび、消えた。

 

『そこだ! 撃て撃て撃て!』
隊長が喚き、シルエットがあった場所に向け両腕のビームカノンのトリガーを引いた。
健在のアッシュ改数機もそれに倣ってビームカノンや機関砲を連射し、ミサイルを撃ち込んだ。
モビルスーツ一機程度なら軽く蒸発する威力の閃光がその場所を覆い、土煙が舞い上がる。
隊長の指示が飛び、アッシュ改の射撃が止む。
気温差により巻き起こった旋風に、土煙が段々と晴れる
シルエットがあった場所には、何の影も無い。
『……やったか?』
『木っ端微塵だ!ざまあ見やがれ!』
残存するアッシュ改のパイロット達が歓喜の声を上げる。
煙が完全に晴れ、焼け焦げた地面が見えるようになった。
中央からやや離れたところに、燃え尽きた鋼鉄が幾つか転がっている。
アッシュ改の残骸か敵の物かはわからないが、パイロット達はそれを敵の物と断定していた。

 

が、すぐにそれは誤解だとわかる。
何故ならば。

 

隊長機を先頭に三角形のような形で並んでいた三機の中央に、ふっとそれが姿を現したからだ。

 

『な!』
レーダーに突然表示されたマーカーに隊長機が振り向くと、ちょうどその機体の虚ろな眼窩と目が合った。
その暗い空洞に、血のような真っ赤なパターンが走る。
そのパターンに気をとられた隊長は気がつかない。
その機体の左腕が、肩を支点に後ろへ下がっていることに。
――旧ニッポンの武術に、貫手という技がある。
ちょうどそれを繰り出す直前の形のように肘を曲げ、後ろへと反らされた左手の指先が伸ばされた。

 

『隊長!?』
ようやく敵機に気がついた残りの二機が叫んだ。
それが合図になったかのようにその機体の左腕が振りぬかれる。
『ッ!』
咄嗟の判断で機体を後退させ、腕の射程から逃れる隊長機。
敵機の腕が、限界の直前まで伸びきる。
安堵の息をつこうとする隊長。
だが。

 

『甘いわ……』

 

女の声がした。
そう隊長が思った次の瞬間、敵機の腕が伸びた。
いや、より正確にいうのならば手首から先が延長されたかのように前腕部から引き出された。
想定外の事態に、把握が追いつかない隊長。
迫る指先―まるで刀のように研ぎ澄まされた―をただ見つめることしか出来ず。
気がついたときには、その指先が腹に食い込んでいた。
「隊長ッ!」
隊長機の右後方に立っていたアッシュ改のパイロットが叫ぶが、隊長には届かない。
隊長機を貫いていた左腕が引き抜かれ、ビームクローを展開して飛び掛って来たもう一機を貫く。
胸部を破壊されたアッシュ改が、その左腕を支点に百舌の早贄のようにぶら下がる。
敵機の首が巡り、右後方のアッシュに向いた。
その暗闇を赤い光が走りぬけ、同時に右腕が動く。
右腕にマウントされた非対称のシールドの先端が開き、
そこから正確に照準された灰褐色の弾頭―ランサーダートが飛び出す。
十メートルも離れておらず、更に棒立ち同然だったそのアッシュ改が逃れられる筈も無く、
あっさりとその頭部を射抜いた。
炸裂したランサーダートに誘爆し、アッシュ改が爆発する。
それと同じくそれぞれ腹部、胸部を貫かれ機能を停止していた隊長機ともう一機が爆発し、
計三機の爆光が敵機を照らす。

 

それを、最後の一機になったアッシュ改は数十メートル後方で呆然と見つめていた。
モビルスーツ三機分の光の中に浮かび上がった左右非対称の機影に文献でみた古代の悪魔が重なり、
最後の一機のパイロットの全身に鳥肌が立つ。
いったいこいつは何だと言うのだ。
押しつぶされそうな恐怖に呑み込まれ、竦みあがった彼に、指向性の通信回線が開く。

 

『いらっしゃい……遊んであげるわ』

 

SOUND ONRYと表示されたその小さなウィンドウから聞こえた艶めいた女の声に、彼の精神は凍りついた。
そして、全身に漲った眼前の敵への怒りと恐怖に突き動かされるがままに、
彼のアッシュ改は敵機へと突進した。
何故かはわからない。ただ、本能が命じた。
目の前の敵を殺せ、と。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
絶叫を上げながら機体の両腕のビームクローを起動、前へと突き出す。
敵機は動かない。
ただ、左腕の具合を確かめるように動かしているのみ。
「ぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
猛牛の角のように構えられた光の爪が、その黒い体躯に食い込んだ。
ばちばちと焼ける音が周囲に響く。
「……や……った……!」
完全に敵機を捉えた刃に、彼が吐息を吐く。
仲間の仇を討ち、強大な敵を倒した、と。

 

『……五点。落第ね』

 

歓喜に震える彼の背後から、その声は聞こえた。
びくんと反応した彼がの背筋を悪寒が通り抜ける。
ばちばちと、空気の焼ける音がする。
刃が食い込んだはずの敵機は、まるで霧が薄れるようにぼやけ、消えた。
酷く寒気がする。
ガチガチと全身が震え、歯の根が全く合わない。
「……そんな……嘘だろ……」
ぎいい、と油の切れたブリキの人形のように、アッシュ改が振り向く。
彼の正面のメインモニターには、傷一つ負わず健在の敵機――ハンドレッドブリッツの姿が映っていた。

 

『種明かしをしましょうか……今の分身はミラージュコロイドの応用よ。
 もともとはそっちの技術の筈だけど、知らないってことは……』

 

通信ウィンドウからとても楽しそうな女の声が聞こえるが、彼の耳には届いていない。
許容範囲をはるかに超えた恐怖が、彼の精神を侵食していた。
彼の思考、記憶、それら全てが遠い彼方に押し流され、残ったのは恐怖と殺意。
遺伝子操作によって改変された生存本能と闘争本能に従い、彼は駆け出す――
――ハンドレッドブリッツに向かって。
その口からは、最早人間の言語とは思えない咆哮が発されていた。

 

『あら、発狂したの……脆いわね』

 

狂気に塗れた咆哮を耳にしながらも、彼女は全く動じない。
愉悦に満ちた声で言葉を紡ぎ、その口角が三日月のように吊り上った。
それと連動するかのようにハンドレッドブリッツのカメラアイの上下装甲がそれぞれ展開し、
闇色のカメラの全体が露になる。
真紅の光が幾条もその闇を駆け抜けた。
そのあいだにも狂気のアッシュ改は突っ込んでくる。
両腕の刃を、狂戦士のごとく振りかざして。
その両腕の刃が、先ほどの分身と同じく棒立ちのハンドレッドブリッツを捉える――寸前、ハンドレッドブリッツの身体がガクンと沈み込んだ。
アッシュ改の刃は、何も無い空間を切り裂く。
その伸び切ったままの両腕のうち右を、ハンドレッドブリッツの右腕ががっしりと掴む。
そのまま右へと引っ張られたアッシュ改の身体が、バランスを崩して倒れこんだ――
――ハンドレッドブリッツの膝の上に。
そしてハンドレッドブリッツの膝からは、鋭い対装甲ブレードが展開されていた。
ザクリと、熱したナイフがバターを切るようにアッシュ改の身体が真っ二つに切り裂かれれる。
ハンドレッドブリッツがアッシュ改の身体を開放し、スラスターをふかして後退する。

 

次の瞬間、オイルと火花を吐き出していたアッシュ改の身体が爆ぜた。

 
 

「……ふう、これで全部かしら?」
ハンドレッドブリッツのコクピットで、パイロットの女――ロミナ・アマルフィが大きく息を吐いた。
コクピットの激しい動きの為か、ビジネススーツのタイトスカートは足の付け根まで裂け、
上も所々に綻びが生じていた。
形の良い鼻梁を、汗が一筋伝う。
『……お疲れ様です。大戦果ですね……いえ、まだ海岸より上陸する機影が幾つかありますが……』
「そう……わかりました。それも仕留めま…っ!」
問いに答えた白衣の男に言葉を返し、シートベルトを締めなおしたロミナの身体に衝撃が走る。
被害の状況はとモニターを睨むと、右腕の関節部が煙を上げている。
それ以外に、異常は無い。
「……どういうことですか、主任」
『少々お待ちください……ああ、どうやら右腕のアクチュエーターが限界に達したようです』
「どういうことですか?」
『ええ、簡単に言うと、右腕の関節部の部品が機体の動きに無理に付いて行った結果
 機能不全を起こしたということです』
苛立たしげに呟くロミナに、白衣の男はあっけらかんと返した。
すぐに直せと言外に言うロミナに、白衣の男が続ける。
『一旦格納庫まで戻ってください。右腕の修理と再調整を行います』
「……わかりました。ハッチを開いてください」
白衣の男の台詞と共に基地の外れにあるハッチがガコンと開き、
ハンドレッドブリッツがその穴へと飛び込む。
着地する直前にスラスターをふかし落下の勢いを殺し、安全に着地した。
すぐさまタラップと整備用クレーンが近付いてくる。
機体にタラップが接触したのを確認し、コクピットハッチを開いて外へと這い出すロミナ。

 

「何分掛かりますか?」
タラップの下にいた白衣の男へ向けて言った。
「だいたい十五分ほどで……」「五分で済ませてください」
ロミナの言葉に白衣の男の隣に立っていた少年技師が「んな無茶な」と呟くも、
白衣の男は全開の笑顔でそれに答える。
そして、コーディネーターすら遥かに上回る速度で整備用アームのコンソールをタッチし始めた。
飛び降りるかのような勢いでタラップを駆け下りたロミナに、若い女性技師が駆け寄ってくる。
その両手には、黒に近い深緑のなにかが握られていた。
「それは?」
「総帥専用のパイロットスーツですぅ!」
「……それに着替えろと?」
「はい!」
満面の笑みを浮かべる赤っぽい色の髪の女性技師に押されるようにコンテナの影へ押し込まれるロミナ。

 

破けたビジネススーツや黒い下着がコンテナの陰から飛び出し、数十秒の後、
女性技師に手を引かれパイロットスーツに身を包んだロミナが
整備が完了したハンドレッドブリッツのコクピットハッチを開く。
ハンドレッドブリッツに乗り込む直前、女性技師にロミナが声をかけた。
「貴女、名前は?」
「はい! アメノミハシラから派遣されたマリーンといいますぅ! 今後ともよろしくお願いしますぅ!」
「そう……憶えておくわ」
異様に低くなったロミナの声に、マリーンの表情が引き攣る。
若干青くなったマリーンの前で、ゆっくりと音をたてながら
ハンドレッドブリッツのコクピットハッチが閉じた。
『発進します。ハッチを開けてください』
「了解。ハッチを開放します……今度は発進後三十七秒で会敵です。ご注意を!」
『有難う……ハンドレッドブリッツ、行くわ!』
前と同じように頭上のハッチが開き、ロミナの台詞とともにハンドレッドブリッツが
スラスター光を曳いて飛翔した。

 
 
 

プラント首都アプリリウス市。
その中枢にあるラクス・クラインの執務室で、脂ぎった名誉顧問の男が何かを喚いていた。
「……それは本当ですか?」
「ええ! それはもう本当の事でございますとも! 我らが同胞が何十人も殺されたのです!」

 

彼曰く、数十分前の事。
FAITHの一員でありながらテロ組織へと加担し捕縛されていたイザーク・ジュールが脱走し、
それと同時に彼の専用機がドック内で暴れだし取り押さえようとした
勇気ある者たちがその貴重な命を失った上、英雄にして正義と忠誠の体現者であるアスラン・ザラが
全身に大火傷を負う重症を負い搬送された。

 

――命に別状は無いが、全身の火傷の為 体 毛 を 全 て 剃 る 必要があるという。

 

それだけではなく、プラント領空を脱しようとした不審な船を追跡していた小隊が、
勇敢な行動の末デブリに衝突し命を落としたというのだ。
領空のすぐ外を地球連合の軍艦が航行していたとの情報も入っていて、
ブルーコスモスに支配されたままの愚かな連合によるテロの可能性が高いと、名誉顧問の男は語った。

 

「ですから、もう一度地球に対し強く抗議する必要がありますぞ!」
愚劣なナチュラルは加減という言葉を知りませんからな、と言葉を締める名誉顧問の男。
気温が高いわけでもないのにかいていた汗が、三重顎を伝ってギチギチになった襟へと染み込む。
「いっそ、地球に向けてヴァルキュリアを撃ち込んで……」
「それはいけませんわ。地球にはまだ多くのコーディネーターがいらっしゃいます。
 彼らを見殺しには出来ません……その分彼らには辛い目に遭って貰う事になりますが……」
流石に危険と判断したのか、男の台詞を遮るラクス。
男が頷くと、如何にも陰鬱そうに言葉を締め括った。
「申し訳ありませんラクス様……私が間違っておりました……ご無礼をお許しください」
「わかってくれれば良いのです。さあ、平和的な解決方法を考えましょう…
 …Nジャマーは、もう効果が薄いかもしれませんね……」
ぶつぶつと思考に沈み始めるラクス。
そのラクスを薮睨みの三白眼で見ていた男の脳裏では、言葉と全く逆のシュミレーションが行われていた。

 

『……矢張り、駄目か……あんな塵が幾ら死のうが大して変わらないが、
 不浄なナチュラルだけは排除したい……アレの開発を急がせるか』

 

その言葉と共に男の脳裏に浮かび上がる、プラントほどの大きさの機動兵器。
頭に当たる部分で、紫色の光が蠢いている。

 
 
 

ハンドレッドブリッツのトリケロス兇忙店まれた対装甲ブレードが下から上に一閃し、
ギギギギギギ、と派手に火花を散らしながらゾノが真っ二つになり、ズンと倒れた。
ブレードを収納したトリケロス兇鮓ながら、コクピットのロミナが熱い息を吐く。
たった今真っ二つにしたゾノで第三波は全滅と、白衣の男から通信が入る。
「……そうですか、流石に、きつかったですね……彼らの援護が無かったらどうなっていたか」
呟くロミナの視線は、十数機のモビルスーツを粉砕して未だ溌剌としている基地の守備隊に向けられている。
ソードストライカーを装備したウィンダムや、MA形態のままのワイルドダガーたちだ。
第三波の直前から参戦した部隊で飛び上がったゾノを居合いの要領で両断し、
完璧な連携で複数のモビルスーツを瞬殺するなど目覚しい戦果を上げてくれた。

 

『連中の母艦は撤退に移ったようですが、既に追撃部隊が出ています』
「追撃部隊? ここの戦力は守備隊だけでは?」
『いえ、総帥の機体と同じく実験機です。
 フォビドゥンヴォーテクスの改良型とレイダータイプの新型が一機ずつで……』
「ああ、なるほど……その機体構成ということはあの二人ですね?」
『はい、その通りです! あの夫婦でエースのお二人なら心配は全く……』
何故か再び輝きだした白衣の男の言葉に、ロミナの顔が曇る、
無表情に訴えているのだ。煩い、と。
流石に黙らないと殺られると判断した白衣の男が口をつぐんだ。
そうする間に、開かれていたハッチからハンドレッドブリッツが格納庫へと降りる。

 

「あの二人が帰ってきたら、例のあれを差し上げてください。いつもご苦労様、と」
『あれ、ってまさかアレですか!? でもアレは確かCE35年産の!』
「飲まないものをとっておいても無駄なだけです。
 味がわかる人に飲んでもらったほうがアレも幸せでしょう」
『……了解しました……うぅ……』
ロミナの言葉に、何故か一気に落胆した白衣の男。
それを無視して、ロミナは言葉を続けた。
「さて、私はもう少しやることがあるので出られません。データは送信するので」
『え、総帥……了解です』
「では、切りますよ」
パツンという軽い音がして、ハンドレッドブリッツから外部へと繋がる全ての通信が断ち切られた。

 

それを確認すると、ロミナは大きく息をつき、
何故かワンサイズ小さいパイロットスーツのチャックを臍の下まで下ろした。
試作品の為か蒸れ、きつく押し込められていた豊かな双丘が解放され、ぷるんと弾んだ。
更に、真っ赤に火照った両腕で自らを抱き締める。
両腕に挟み込まれ、はちきれそうな双丘が半ばまで剥き出しになった。

 

「……私で、私でこれなら……」
蚊の泣くような声で呟く。

 

せいぜいテストパイロットに過ぎない私が、未完成のこの機体に乗ってこの大戦果。
ならば、戦闘の、殺しのプロである傭兵の「彼」が完成形のこの機体――
――ネロブリッツ靴魘遒譴个匹Δ覆襪里。
その活躍を想像するだけでゾクゾクと背筋を快感が這い上がる。
頬が更に上気し、大粒の涙が零れそうなほどに瞳が潤んだ。

 

ロミナ・アマルフィは夢想する。
暴君の名を冠した漆黒の機体を駆り、戦場を縦横無尽に引き裂く赤い瞳の男の姿を。
その声を、息遣いを想像するだけで身体の芯が震え、じゅんとなにかが潤む。
はっと何かに気づき、自らを抱きしめていたその右手を、足の付け根へと伸ばす。

 

そこは、汗でも尿でもない、全く別の何かで濡れていた。

 

「……シン……」
ロミナの呟きは、無音のコクピットに掠れて消えた。

 
 
 

ゴウン、と音を立て、シンら三人が乗った小型艇の後ろのハッチ―
黒と紺で塗装されたガーティ・ルー級の後部ハッチ―が閉じた。
ガコン、と小型艇が床に固定され、シューという酸素を注入する音が鳴る。
小型艇の正面のシグナルが緑色に染まり、酸素が充満したことを伝えた。

 

「さ、降りますよ……イザークさん、覚悟はして置いて下さい」
「……どういう意味だ?」
シンの言葉にイザークが返すが、シンは答えない。
ただ、暗い顔をするだけだった。
「なあ、イザーク。お前は無事だったけど、ジュール隊の面々はどうなったと思ってる?」
ディアッカが、軽い口調で言う。
だが、その顔は暗い。

 

「……率直に言います……貴方を助ける前に入った連絡によると、三分の一は無事だったそうです」

 

シンが、扉に顔を向けながら言った。

 

心なしかその声は、泣いている様だった。

 
 

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