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SCA-Seed_GSCI ◆2nhjas48dA氏_第06話

Last-modified: 2007-11-30 (金) 19:22:17

 ラグビーボール型の船体を、後ろに伸びた翼状の大型パーツ2つが抱きかかえた貨客船ラルディン。その球面を1機のザクと2機のオオツキガタがゆっくりと回転しつつ、外側に視界を向けて全方位サーチを行なっていた。
船体の正面と上下はハニカム構造の強化樹脂プレートで覆われ、巨大な展望窓となっている。凍て付く真空を多層プラスティックでシャットアウトした船内の重力ブロックでは、豪勢な立食パーティが開かれていた。

『ちょっと! 窓には近づかないで! お客様が怖がりますから!』
「はいはい……貨客船っていうか、豪華客船だよな? これ」

 ザクの機内に飛び込む小言を生返事で受け流しつつ、シンは操縦桿を僅かに倒して、機体の進路を微調整した。

「アルファ3、デルタ4、状況は? レーダー性能はそっちの方が良いだろ」

 コードで僚機に呼びかける。海賊という職業柄、彼らは本名を明かさず、互いをナンバーで認識し、首領であるミナを『司令官』と呼ぶのが慣行となっていた。

『こちらアルファ3異常無し。あ、連中が飲んでるワイン、50年物だな』
『デルタ4、異常なし。おい見ろ! あのピンヒール履いた短足女、やっぱコケたぜ!』
『マジか! 自重支えられんのかアイツ! 次からドレスはスラスター装備だな』
「機体性能を無駄遣いするなよ……」

 オオツキガタの高性能レーダーを最大限趣味に活用する2人に、シンは溜息をつく。

「でもこんな船なんて聞いてたら、護衛の数を増やすべきだって言ったほうが良かった。あの透明な部分じゃ、マシンガンの流れ弾でも全壊する……」
『大丈夫だって、シン。シャッターくらいはついてるさ!』
「シャッターが閉まる前に奇襲されたら? 後、なんで俺にはコードネームが無いんだ?」
『お前の本名自体がコードネームみたいなもんだからさ。軍関係者の中じゃ超有名人の上に、本人は死んだ事になってるからな』
「んん……」

 ミナと出会った際、長距離狙撃で自分を救った2人の言葉にシンは黙り込んだ。この2人が口先だけではない事を既に知っていたが、彼らの楽観的なお喋りには性格的に馴染めない。

「それにしても、だんだん会いたく無くなってきた」
『誰に?』
「この依頼主に。……俺と会って話したがってるらしいからさ」
『何でだ? きっとセレブか社長さんだぜシャチョーサン』
「ユニウスが落ちたり、レクイエムの攻撃があったりして、地球も宇宙も大変だってのに、こんな派手に無駄金使って……どうかしてる。……ユニウス落としを防げなかったのは、俺の責任だけどな」
『まあな。この船造ったのはナチュラルの企業らしいが……そうだシン! お前、ネオ・ロゴスって知ってる?』

 アルファ3の言葉に対し、シンはウンザリしたように頷いた。

「プラントにいた頃、よく市民団体さんが朝っぱらから演説してたよ、それ。良く考え付くよな、ああいうの」
『いや嘘じゃないんだよ! 良いか、デュランダル議長のロゴス解体ってのは、実質的に失敗してたのさ!』

 得意げに語るアルファ3から聞き捨てならない人名が飛び出し、シンの視線が細まる。

「……どういう意味だよ」
『まぁ俺が直接見聞きしたわけじゃないが、あの連中がアッサリ捕まったのは、だいぶ前から連中の奥さん、愛人、果ては娘が実質的な権力を握ってたからだそうだ。で、その女達は……』

 一瞬でも真剣に聞き入ってしまった自身を胸中で罵りつつ、半眼になるシン。

「通信、切って良い?」
『聞けって! で、女達は用済みになった男共を……デュランダルが名前と顔を公表した奴らを、トカゲの尻尾にして切り落とし、裁判が開かれる前に連中の資産と権利を根こそぎ奪ったんだ!』
「地球が随分大きく見えてきた。最後のデブリ海に近づくぞ」

 通信画面には見向きもせず、彼方、白い大気が渦巻く青き星を、シンは遠い目で眺める。

『連中は本名と社名を変えて、旧ロゴスメンバーのファミリーネームだけを住民データに登録したんだ。
機能と地位をそっくりそのまま手に入れたその集団は、Sisters<魔女>って呼ば』
「時間だ。ちょっと行ってくる」
『おおぃ! ……どこに?』
「俺と話がしたいって奴の所。エアロックの外で待てって言っといたから、まず来ないだろうけどな」

 ザクの左肩と右足裏から淡いスラスター光が漏れ、姿勢を反転させた。

「多分直ぐ戻れる。けど、もう下らない話は止めろよ。閃光弾ぶつけるぞ?」
『ちぇ……そりゃ、ステーションで聞いた与太話だけどさ』
『了解。監視は任せろ。だが、なるべく機体を離れるな』
「分った。頼む」

 デルタ4に返答した後、ザクがラルディンの右舷マルチポートに流れていった。

 後方の自分達の船が、距離を変えずについてきている事を確認した後、シンはポートに視線をやって驚いた。

「な、何か一杯いる」

 電灯を振るスタッフに誘導されるまま、甲板に着地した。ザクに電源ケーブルが接続され、メカニックらしき数人が機体に取り付いた。

「おい、勝手に……」

 叫びかけるが、通信を開いているかも怪しい。主動力を切って、スーツの気密を確認した後に機内を減圧する。
ハッチを開いた瞬間、大きなエアパックを2本背負った小柄な人物が飛び込んできた。

「うわ!?」
「シン・アスカ様でいらっしゃいますね? お会いできて光栄です」

 シンの肩に触れ接触回線が開かれる。聞こえた声は女性のそれだった。まだ少女といって良い。ヘルメットのバイザー越しに、金髪、碧眼、白い肌と笑顔が見て取れた。ポケットから名刺を取り出す。

「ダイアモンドテクノロジー代表取締役のアズラエルと申します。以降、お見知り置きを」

 その名を聞いた瞬間、混濁していたシンの思考に先程の会話がフラッシュバックした。

「アズラ……エル?」
「ムルタ=アズラエルの娘です。16歳ですが、60年からの会社法では問題ありません」

 『D―tech』と書かれ、安っぽいビーズが散りばめられたその名刺を震える手で受け取る。

「何で……アズラエルなんて名前、使うんです。それに、元は違う社名だったでしょう」
「責任の所在を明らかにする為です。企業が解体されれば、従業員は職を失います。私達は裁かれたロゴスメンバーの代用品として、失業者を防ぐ義務を全うします。また、社名変更は、株主総会で決まりました」

 16歳という年齢と、今まさにすらすらと出た言葉とのギャップが受け入れられないまま、シンの視線は交代で補給に戻るオオツキガタの機影に向けられていた。

「さ、私の自己紹介などは充分でしょう? お忙しい時間を割いて来て下さったアスカ様に申し訳ありません」
「あの、アスカ様って止めて下さい。シンで良いです。何もつけず、シン、で」

 シンのその言葉に、アズラエルはあどけなさを残した微笑で応えた。

「分りました、シン。お会いしたかったのは他でもありません。その御決心となさった行いに、深く感銘を受けたからですわ。特に、サハク様のミハシラ軍に身を置かれた事はまさに御英断……」

 その言葉は甘く、暖かく。その視線は身が裂けるが如き極寒。

「貴方様の事を知って以来、一目お会いしたいと思い焦がれておりました」

 質の良いスーツを着ているにも関わらず身体中を這いずる寒気に、シンは首を竦めた。

「……誤解、してますよ。俺はただの、海賊に落ちぶれた負け犬です」
「あら? ミハシラ軍を海賊だなどと呼ぶのは無知な太鼓持ちだけですわ。……これを」

 アズラエルが微笑み、背負ったエアパックを1つシンに差し出す。

「規格は合うはずです。それより、ミハシラ軍は既に中立地帯において揺ぎ無い地位を確立しています。
少なくとも私どもと繋がりのある企業は、無能なザフトや連合軍など眼中にありません」
「無能って決め付けるのは良くない様な……彼らだって、彼らの仕事をしてるし」

 背筋をなぞる危機感に、シンは声を上げる。しかし、何故か会話を打ち切れなかった。

「そもそも軍の目的は、武力を持たない存在を守る事です。私どもの納めた税で維持された組織なのですから。
その存在価値を放棄し、口だけを出して自らの正義に酔い痴れる彼らは、私どもにとってはただの無能です」

 駄目だ、とシンの心の何処かが警告を発する。アズラエルの言う事に耳を貸すな、と。

「そしてその傾向は、ラクス=クライン、カガリ=ユラ=アスハが権力を握って以来、悪化し続けています」

 少女の言葉が、シンの奥底に食い込んだ小さな棘に触れ、警告が掻き消された。身体から、寒気も消える。

「……そういう事を、思った事はありません」

 嘘だ。守るべき、力の無い存在を選んでザフトを棄てたからこそ、シンは脱走したのだ。

「そうでしたか。シンはそういう小事に気を取られない御方なのですね」
「そんな意味で言った訳じゃ……」
「では、キラ=ヤマトの事も既に許された、と」

 鼓膜を震わせたその名に、シンの瞳が見開かれる。両手がサイドボードの縁を握り締め損なっていたら、それはアズラエルの細首に掛かっていた事だろう。

「アンタが何処まで俺の事を知っているかは、聞きません。けど……死んだ人間は、生き返りませんから」
「過ぎ去った事に捉われない。立派です、シン。しかし他の方はどうでしょう。そしてこの先の事は……?」

 彼女の言葉は悉くシンの胸を突く。戦う力の無い他者を守る為、安定を捨てた彼の心にその繊手が忍び寄った。

「キラ=ヤマトを讃える者は、戦闘においても命を奪おうとしない優しさをその根拠に挙げます。ですが、戦場でセンサーや推進機関、手足を破壊されたMSのパイロットがどうなるか……」

 1秒でも早くアズラエルの声に止まって欲しいのに、シンの声帯が否定の言葉を拒む。

「好きこのんで殺して回る奴に比べれば……まだ、良いでしょう?」
「けれども、彼らはいずれ裁かれるべきです」

 鼓動が、跳ねた。

「彼らの偽善が暴かれ、公正がもたらされる日が、きっと来る事でしょう」

 その時、パイロットシート脇の通信モニターに光が灯った。シンがスイッチを押す。

『こちらアルファ3だ。妙な反応が近づいてる』
「分った……今行く」
『すぐ戻るなんて言って随分話し込んでたな? ヘッドハンティングのオファーか?』
「今行くから! 待っててくれ!」

 押し隠してきた古傷が暴かれ、その痛みを思い出させられた苛立ちが声となる。

『わかったわかった。そうピリピリすんな』
「離れて。発進しますから」

 押し殺した声で告げる前に、アズラエルの小さな身体がコクピットを離れていった。

「はい。……信じております、シン」

 その言葉には答えず、シンはハッチを閉じた。膝を突いていたザクが立ち上がり、その反動で機体がポートから浮き上がる。電源ケーブルが外され、左足を後ろに蹴って180度旋回。背部のメインスラスターが一瞬弱く噴かされてポートから離れ、2度目の噴射で一気に船から離脱。後方で展開するオオツキガタ2機に向かっていく。

「鋭い御方。鋭く、鋭いゆえに脆い御方……」

 あっという間に光点の1つとなったザクを見送ったアズラエルは、歳にそぐわぬ笑みを浮かべた。

「貴方様は、相応しい力と地位を手に入れるべきですわ。そして、それはサハク様の下で得られるとも、限らないのです……」

 シン=アスカは強く在ろうとする男だったが、聖人君子などでは無かった。過去と決別し、現在と未来に目を向けようという決意の陰で、復讐という甘い蜜を求める隙も、また存在した。力無き他者を守るという信念に巣食う、更に大きな力への欲求も失われたわけではなかったのである。

 咎人は女神より逃れ軍神に降りて戦士となり、今、魔女との邂逅を果たした。

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