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SCA-Seed_GSC ◆2nhjas48dA氏_ep2_第21話

Last-modified: 2008-08-06 (水) 05:40:11

 連合軍病院の地下にある一室に、彼女はいた。薄青の患者衣に身を包み、脚を肩幅に開
いて目を閉じ、口を目一杯開いて桃色の髪を揺らす。監視カメラを通して見ている兵士
には何も聞こえないのだが、すぐ傍で観察している医師とナースは今頃うんざりしている
だろう。コーディネイターだからか、オペラ歌手並の声量がガラス窓さえ震わせるのだ。
 1ヶ月前、エミュレイターの反乱によって致命傷を負ったラクス=クラインは、直ぐに
軍病院に収容されて徹底した治療と調査を受けた。コーディネイターを鎮静させる効果を
持つと、プラント内でまことしやかに噂されていた彼女の歌声に興味を持った軍部は、対
プラント政策における手札を得る為に実験を繰り返させたのである。

 

「結局、洗脳効果は確認できなかったんですよね」
「うん。コーディネイターの患者に合意を取って聞かせたけど、何も変わった事は起きな
かったな。鼓膜が破れそうになったけど。イヤフォンはまずかったね」

 

 壁越しにラクスを見ている2人が、叫ぶように言葉を交わす。暴れた患者を隔離する為
の防音室を兼ねた部屋に入れている筈なのだが、金切り声や声帯に無理をさせる絶叫とは
根本的に異なる。高音質のスピーカーのように正確な音程で大音量の声音をひっきり無し
に上げ続ける彼女の真意は、誰にも分らなかった。
 脇腹に突き刺さった破片に付着していた有毒物質は、血流に乗って直ぐさま全身に回っ
た。まず四肢の筋力を失わせて走る以上の運動を出来なくさせ、脳の言語中枢に致命的な
障害を残した。勿論、CEの医療技術ならばまだ打つ手はあった。トドメを刺したのは
破片ではなく、彼女が着用していたノーマルスーツだったのである。
 戦艦エターナルのブリッジが大破した時点で、スーツは自動的に密閉モードになって外
界をシャットアウトした。それと同時に、換気フィルターに仕掛けられたセンサーをも欺
く、極微濃度の神経ガスがヘルメット内部に直接噴射されたのである。非常事態下ゆえに
エターナルの軍医はそれを見逃し、ラクスの乗った脱出艇が連合軍の戦艦によって捕獲さ
れ、兵士が内部を捜索している間に完治のチャンスは失われた。スーツに細工したのは
十中八九内部の人間だろうという結論が出たが、人物の特定はできなかった。
 視力は極度に衰え、言葉を喋れず字を書く事も出来ず、全くコミュニケーションが取れ
なくなって思考能力も消え失せたかもしれない彼女だが、それによって蘇った物もあった。
それが、歌である。

 

「4年前から、彼女は人前で殆ど歌を歌わなくなった。オーブで隠遁している時は当然コ
ンサートなんか開かなかったし、新曲も出していない。クライン派を束ねてザフト内部に
反抗勢力を作ったり、新型MSのデータを奪って私設工場で密造させたりはしていたが」
 今、彼女には歌しかない。食事や入浴など最低限の生活行動以外は全てボイストレーニ
ングと歌唱に費やし、隔離された部屋の中で暮らしている。音の羅列が止み、メロディが
始まった。言葉を紡げないので母音のみを発声し、凄まじい声量で歌い始める。巡回の
兵士が足早に部屋の前を通り過ぎた。文句無く美声なのだが、近距離ではとても聴けない。

 

「またこの歌ですね」
「ああ。とっくに著作権が消滅している、古い古い歌だ。タイトルは……何だったかな」

 

 医師が首を捻っていると、分厚いガラス窓の向こうで突然、音も無くラクスが倒れ込ん
だ。看護士2人が慌てて室内に入り、口を開けたまま眠っているラクスを抱き起こして
バイタルを確認する。

 

「力尽きたな。朝5時からやっていたから、当たり前だけど。……どうでした? キラさん」
「ああ、うるさかったねえ」

 

 パイロットスーツと拘束衣を兼ねた真っ白な着衣を纏うキラが、ぼさぼさの髪を掻き乱
しつつぼやいた。大欠伸して腕を伸ばし、背中を反らす。

 

「昔はもっと計算高かったんだけどな。誰も金を払わない場所で歌うようになるなんて」
「歌姫ですから。歌う事が人生なんでしょう、今は」
「みたいだね。落ちぶれたもんだ」

 

 そう言い捨てて、キラは医師に背中を向けた。よく磨かれた病院の廊下を歩いていく。

 

「今度来る時は、椅子を用意しておきますよ」
「んん? 良いよ。金も地位もMSもくれないラクスなんかに未練はない。新しい出会いを
探した方が、精神衛生的にも良いじゃない? 使えない女を引きずるよりさ」

 

 声を上げて笑い、キラは角を曲がって姿を消す。何かを押し殺すような吐息を耳にし、医師はナースを振り返った。

 

「何で、あんな最低男がまだ生きているんでしょう」
「結構、優しい奴だと思うけど」
「何処が!? コクピットを狙わない事が!? あんなの回りくどい猟奇殺人でしょ!?」

 

 特に係累や友人に犠牲者を持っているわけでもない彼女に食ってかかられ、両手を胸の
前に突き出す医師。

 

「いや、それは優しさとは何の関係もないだろう。僕が言いたいのはさ……」

 

 キラが先程まで立っていた場所を一瞥し、彼は言葉を続ける。

 

「最低男が、使えない女を4時間も立ったままで見つめ続けるだろうか? って事だよ」

 
 

「ええ……ええ。何度も申し上げたように、キラには何の問題もありませんよ。今日も定
期検診をやりますが、経費の無駄かと思います」

 

 同病院のオフィスで、キラ=ヤマトに強化を施したコーディネイターの医師が笑み混じ
りに受話器を耳に当てている。時折頷いて同意の言葉を添えた。

 

「キラ=ヤマトの遺伝子解析は既に進んでいますし、クローン製造も実験室レベルでテス
トを始めています。……確かに、ダイアモンドテクノロジー社の計画もそれなりに有用
でしょう。しかしやはり、可能ならば『素材』から良い物を揃えたいとお考えでは?」

 

 小さく笑い、受話器越しの声も笑いが返ってくる。

 

「はい、その通りです。全身を造るわけではありません。成長に時間がかかり過ぎて量産
できないでしょう。……ええ、可能なのです。ユーレン=ヒビキ博士の最高傑作ですからね」

 

 オフィスのドアがノックされ、博士は手元のキーを叩いた。備え付けのポストに何かが
投函され、足音が去っていく。

 

「ところでデスティニー兇任垢……そうですか、社長が駄目だと。いやシン=アスカも
まあまあ優れたパイロットだと聞いていますが、彼は所詮大量生産された安物でしょう。
不確定要素が余りに……なるほど。軍も手がつけられない訳ですね」

 

 溜息混じりに、指で机を叩く。造り物めいたコーディネイターの美貌を金髪が覆った。

 

「高度なAIとの接続を試したいと、私のチームが言っていましてね。解りました。そち
らは結構です。ええ、それでは失礼します」

 

 受話器を静かに置いた彼は、ドアのレバーを引いてポストの箱を内側に移動させる。封
筒を手に取って開き、キラの検診結果に目を通した。息を呑む音が上がる。

 

「……サンプル取得を早めて正解だったか。しかし、随分と耐久期間が縮まったものだな」

 
 

 廃墟と化したハイウェイを、5機のMSが低速で進む。先頭を行くのは、大型コンテナを
背負った105ダガーである。ダークグレーのシートで頭部パーツから下をポンチョのよう
に覆っており、直ぐさま使える武器を携帯しているようには見えない。
 雲が渦巻く灰色の空の下、MSの駆動音が上がり続ける。ダガー、ジンなどのMSに加
え、戦車やヘリなどの残骸がハイウェイ跡を挟んで横たわっている。物流の要所を抑える
為、激しい戦闘が繰り広げられたのだろう。宇宙から降ってきたユニウスの破片で、全て
が無駄に終わったわけだが。

 

「なあ、アンタ。ええと」
『538だって。ゴサンパチでも良いが。どうした?』
「いや、そっちの方が呼びにくいし。……さっき、俺達の専属って言ってたけど」
『その通りだ。マーケットの品定め、補給その他諸々の手続きをやらせて貰う。なに、不自
由はさせない。サービスが先、利益は後がモットーなんでな』

 

 538が笑う。ボイスチェンジャーを通している所為か、いやに耳障りな笑い声だった。通
信モニター越しに姿が見えるが、こちらもフルフェイスヘルメットを被り、ミラーシェイ
ドのバイザーを下ろしている為に、顔が見えない。

 

「コニールの知り合いだからってだけで?」
『それだけじゃあないな。ギルドの方から、お前さん達を支援するようお達しが来てるん
だよ。そっちの偉い人がギルドと仲良くしてるんじゃないか?』

 

 その言葉を聞いたシンが、エコー7に通信を開く。

 

「誰です? 仲良くしてる人って」
『司令官です。腕の良いジャンク屋との繋がりを持っています』
「サハク司令官ですか……ああ、なんか持ってそうだな」

 

 ようやくミナの危うさが解ってきたのか、シンは苦い表情で頷いた。新しいグリッドが
表示され、ベルの姿が映る。

 

「あの、マーケットを使っているのはどういう人達なのでしょうか? 売っているのは、
MSだけですか?」
『特にこいつと言う事は出来ないね。顧客情報だし、客層が多岐に渡り過ぎてる。あと、
MS以外にも売ってるぞ。人間が持てる対装甲兵器も、人間同士で撃ち合う小銃も。最近
は人も売り買いし始めたな。傭兵とか……元ザフト兵とか、多いぞ』

 

 ベルの顔から解りやすく血の気が引いて俯く。彼女は補佐官から、地上に降りたまま帰
還しないザフト兵の実態を調査する為にツェドを渡されたのだ。ザフト兵やプラント市民
に強固な同胞意識を持っている彼女の危惧は、シン達3人にも解った。

 

『ベル、確認しなければならない事があります』

 

 バスターノワールのスナイパーキャノンで周囲を監視するエコー7が、ゆっくりとした
発音で問いかける。瓦礫が崩落したのか、遠くで地響きが上がった。

 

『貴女の同胞が私達の前に立ち塞がった時、どうするのですか?』
『補佐官は、プラントを地球連合の手に返そうとしています。私は……私は、その補佐官
に従っています。それで答えになりませんか?』
『はっきりと仰って頂けると有難いです。敵に回るならば、元ザフト兵だろうが撃つ、と』
『……ッ』

 

 通信回線を沈黙が支配する。何時になくシビアなエコー7に何か言おうとシンが口を開
くが、言葉が出ない。彼女とは確かに何度か共闘した。実力も解っているし誠実ではある
と思う。けれども、彼女の同胞意識だけは理解できなかった。

 

「相手が敵なら引き金を引く以外に無いでしょう。幾ら同胞だからって……その瞬間に発
砲を躊躇えるものですか? 大体、ここで俺達を裏切ったって行き場がない。そうだろ?」

 

 シンが歯切れ悪く言葉を並べれば、ベルもまた頷く。ディーが続けた。

 

『それに、この場であっさり口に出したから信用できるなんて思っていないでしょう?
実際その時になって、様子を見るしかないんじゃないですか? エコー7』

 

 話が見えないコニールも、何か言いたげにエコー7を肩越しに見遣る。ややあって、
ロンド=ミナ=サハクの懐刀は長い溜息をついた。

 

「確かに、今の時点では追及しようのない問題ですね。短慮でした……謝罪します、ベル」
『いえっ! 私の方こそ煮え切らない態度でごめんなさい。……やるべき事は解っていま
すし、此処での私の味方は皆さんだけです。だから……』

 

 同胞意識と誠意に挟まれながらも一生懸命なベルに小さく笑い掛け、エコー7は通信モ
ニターを消し、冷たい目を細める。彼女からの悪意は感じないが、悪意が無い分事態が悪
化するというのは有り得る話だった。大体、自分達の味方でしかない筈のシンが真っ先に
フォローするという事も気に入らない。ベルは、シンに近過ぎる。
 スナイパーキャノンの照準をツェドの背部に一度当て、外す。油断は禁物だった。

 

『で、揉め事は終わったか? そろそろ着くが』

 

 538の楽しげな声と共に、シンが正面に視線を戻した。
 メインモニターを見ると、進む先に鉄塔が立ち並んでおり、地形と違う色の建造物が円
状に密集している。レーダーを確認すると、複数のMS反応あるいは熱源反応があった。

 

「何だ、あそこ……基地、いや街……?」
『ギルドが経営してる物資集積場だ。名前はガベージ・エイト。この何もかもが足りない
土地でMS絡みの仕事をするなら、拠点が要るだろ』
「いや、拠点って! 腰を据えてじっくりやってる暇はないんだ。早く場所を突きとめて、
直ぐに行かないと……」

 

再び538が笑い、ボイスチェンジャーの錆びついた声音が機内に満ちた。

 

『おいおい、シン。此処は軍じゃないんだぞ? 情報網も補給網も自前で手繰り寄せないと
いけない。当然それらを手入れする人間も探す必要がある。此処に派遣されてきた時点で、
長丁場になる事を覚悟しなきゃならないわけさ……』
『シン、サハク司令官もそれは理解しています。無計画に動けば彼らにチャンスを与えて
しまいかねません。マーケットに入り込むとは、こういう事なのです』

 

 エコー7に諭され、シンが唸る。彼は基本的にMSで戦う事しか知らない。しかも、予
め完璧に近い補給を受け、戦況の概略を受け取る事が出来る戦闘が殆どだった。

 

「それなら良いですが。いや、良くないですけど! ん?」

 

 レーダーに映り込んだ赤い光点に、煮え切らなかったシンの表情が消える。MSが1機。
速度を見る限りスラスターを使っている。そして行先を見る限り―

 

「襲いに来た!? 1機でかよ!」

 

 ガベージ・エイトに土煙が上がった。くすんだ緑色に塗装されたM1アストレイが、正
規武装にはないマシンガンを構えて乱射する。

 

『うわ、クレーマーだ』
「アンタ達のクレーマーはMSで撃ちまくるのかよ!?」

 

 538の乗るジャンク屋印の105ダガーを見つけたからか、マシンガンの銃口がシン達に
向けられる。咄嗟に瓦礫に退避し、弾丸が遮蔽物を削り取る。

 

『撃ち返して良いですかね。向こう、結構ヘタクソですし』
『まだ許可できません』
「駄目だ!」

 

 ディーに突っ込むシンとエコー7。M1が背にしているのは、恐らく人が入っているだ
ろう建物の密集地だ。ビームは勿論、あらゆるMS兵器は使うべきではない。
 シンのザクがモノアイの光を強める。ビーム突撃銃を外し、地面に置いた。ハンドグレ
ネードのセーフティにロックがかかり、同じく地面に転がる。シールドから手斧が滑り出
て転がった。両腕部がマニュアル操作に切り替わり、瓦礫を掴んで上体を起こす。

 

『シン、何を?』
「射撃武器は使えない。敵が居座ってる。警備の部隊は動けない。なら、やる事は1つです!」

 

 後方のサブカメラに敵機を映し、シンが言い放った。唇が笑みに歪む。

 
 

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