Top > SCA-Seed_平和の歌◆217 氏_第01話
HTML convert time to 0.006 sec.


SCA-Seed_平和の歌◆217 氏_第01話

Last-modified: 2008-12-07 (日) 19:02:58

 戦争が終わった。
 正直に嫌な結末だった。
 だからって、もう一度やり直そうとは思わない。
 世の中、終わっただけでも評価できる事があるし、平和を代償にしてまで欲しい物なん
て、何も持ち合わせちゃいない。
 だから、あの男が差し出した手を握り返した。

 

――――悔しくて、情けなくて、涙が出た。

 

 ともあれ、平和が来たなら、それを維持しないといけない。俺に何ができるだろう。
 軍人、て選択肢は最初にパスした。他に何かできる事でもあるのか、て言われると辛い
けど、俺だって昨日まで敵で、仲間をばんばん殺してくれた連中と手を組めるほど、素直
な性格はしちゃいない。おまけに、元々、プラント国軍と言うよりもZAFTの党軍だっ
た軍が、今じゃ「歌姫の騎士団」――――ここ、笑う所か?――――完全な私兵集団にな
り下がっちまったんだ。一体、どんな神経を持ってりゃ、そんな所に入隊できる?
 じゃあ、自分の技術を活かして、皆を守れる仕事、てなんだ。ここで頭に浮かんだ職業
――――武装警察?――――はい、消えた。
 ラクス・クラインの“解放”以来、警察は全プラント市民の嫌われ者だ。強盗は夜中に
押し込むが、警官は裁判所と連んで昼間にやって来る。「自由の敵」と言う汚名を免れる
方法は単純明快だが、それだけに金も権力も無い人々には辛い物だ。
 結局、警備会社を選んだ。“安全”は誰にとっても価値が有る。どんな人でも幸せにす
る。
 今までに比べて、できる事はずっと小さくなってしまうけど、悪くない選択だと思う。
 そう。あの時はそう思っていたんだ。

 

 俺だって人間だ。地球の人達がなんて思ってようと、欠点だらけの、けちなコーディネ
ーターだ。間違いを犯す事だってある。そして、実の所、俺の選択が正しかった事はあま
りない。
 今回も、多分微妙に間違えた。
 別に今の職場に不満が有る訳じゃない。給料は安いけど、期日通りにちゃんと出る。こ
んな所は、今日日プラントじゃ滅多にお目にかかれない。休みは少ないけど、開店休業状
態も多いし、なにより休みの日にやる事なんて思いつかないから苦にならない。
 プラント総合安全保障は、名前と裏腹に小さな会社だ。きっと、大会社からの下請でも
やるんだろうと思ってた。一番最初の仕事は、ビルの警備でも、身辺警護でもなく、迷子
の猫探しだった……世間一般じゃ、うちみたいなのは探偵、て呼ぶんじゃないのか?そう
でなければなんでも屋だ。
 なんにせよ、安全や情報を売り物にする仕事は、不況に強い職種だ。不況になる程、強
い職種と言っていい。おかげで、うちみたいな所にも、そこそこ仕事が来る。小さな仕事
でしかないけれど、小さな事こそが大切なんだ。そう信じたい。とは言え、俺達だって、
適正な料金で私設警察の真似事はしてやれるけど、どんなに大金を積まれた所で、賄賂を
せびりに来た警察から守ってやれはしない。
 思わずため息が漏れた。仕事をしていれば忘れられる。そう思った。生憎、狭いオフィ
スに見つけられる仕事は、半端に溜まった書類の整理くらいだった。
 卓上では古ぼけた、小さなスピーカーが震えていた。興奮した口振りのレポーターが、
ラクス・クライン最高評議会議長、大西洋連邦訪問の様子を伝えていた。平和の歌姫が訴
える、自由と平和の呼びかけに、大統領、ならびに大西洋連邦市民は感涙に噎び泣いた、
と言う。
 党のフィルタリングをかいくぐって目にした事実と、ニュースの間には、耳かき一掬い
くらいの差が有った。
 あの日、プラント最高評議会議長閣下は数人の白服を伴って宇宙港に降り立った。爽や
かな笑顔と、お追従の言葉だけが仕事で、匙の上げ下ろしさえ怪しい連中だ。
 宇宙港に集った市民達は、自由の女神をある意味、熱烈に出迎えた。その様子に、白服
達は苦情を訴えた。大統領は笑顔で答えた、と言う。

 

「自由の国へようこそ」

 

 大統領は能弁だった。たった一言で、幾つもの事実を言い表して見せた。

 

「自由とは尊い物です。しかし、だからこそ、自由とは、節度と共に有るべきものではな
いでしょうか」

 

 議長閣下も能弁だ。幾つもの言葉で、一つの事実だって表現しない。政治家として優秀
なのはどちらだろう?ともあれ、慈悲深き自由と平和の女神は、議長就任以来、初めて地
球の人々に笑顔をもたらしたんだ。それだけでも訪問は大成功だった。
 俺は机に平たくなった。地球人は笑っていられるだろう。俺は笑えない。そう、これは
俺達の国の国家元首の話で、事実とニュースの間には、耳かき一杯くらいの差が有った。
乗っているのは、アーモンドの香りも鮮やかな青酸カリだ。

 

 机の上で、珈琲の香りが揺れた。細い湯気を目で追うと、同僚のアビー・ウィンザーが
デスクに向かい、端末を開いていた。
 最近、町内会のおっさん達の誘いで覚えた野球に喩えるなら、アビーは極めて優秀な二
番打者だ。こつこつと目の前の仕事をこなし、ランナーを送り、それでいて自分自身がア
ウトになる事もない。

 

「サンキュー」

 

 カップを掲げて礼を言うと、涼し気な目線が帰って来た。彼女はいつだってそうだ。大
げさに感情を表現する事が無い。だが、よくよく見ると、眉や頬、肩の動き、なにより瞳
の光と、さり気なくメッセージを送って来る。どうも、アビーは時々、俺がイライラする
のを気遣ってくれているらしく、それはとても嬉しい事だった。
 手狭なキッチンでは、包丁が時を刻んでいた。ルナは今、舌を噛みそうな、長ったらし
い名前の料理に挑戦している真っ最中だ。今も昔も、あいつの性格は四番打者で、ホーム
ラン狙いのフルスウィング以外、全く覚える気配が無い。
 不意のノイズが、レポーターの声を寸断した。続いて何が起きるかはよく分かっていた
から、俺は机の引き出しから耳栓を取り出した。
 スピーカーから桃色の歌声が漏れ出した。その間、チャンネルを変える事もスイッチを
切る事も無駄だ。プラント市民には、歌姫の囁きで耳を慰め、自由と平和の喜びに震える
自由が有る。市民ヨ、貴方ハ自由デスカ?自由ハ市民ノ義務デス。
 流れる曲は想像が付いた。楽曲の売り上げナンバー1から、ナンバー10は決まった歌
手の物で、1位は最新の曲と決まっていた。プラント市民は自由で、心ある人々の自由意
志は一致を見るのが常と見えた。俺みたいに心無い人間は、曲が終わるまで、時計と睨み
合いながら身を小さくしているのが無難だった。
 壁時計の中では、長針が音も無く進んでいる。大西洋連邦の古い会社が作った耳栓は抜
群に性能がいい。時計盤を突き破って、鳩と手品師が飛び出した所で、やはり何も聞こえ
ないだろう。
 だから、来客にも、肩を叩かれるまで気付かなかった。
 慌てて耳栓を外す。振り向いた先で笑っているのは、よく見知った顔だ。

 

「なんだ、耳栓をしてたのか」
「すんませんっ。副長っ」

 

 副長は肩を竦めた。カカオの強過ぎるチョコレートを口にしたみたいな苦笑だった。自
分はもう副長じゃない。そう言いたいのは分かるけど、今更、ミスターなんて呼ぶのは面
映ゆい。
 退役してからも、アーサー副長とは良く会う。俺はマメじゃないし、気の利くたちでも
ない。作戦中は大して役に立っている様にも見えなかった元黒服は、戦後、絶えず元乗組
員の所を回っている。
 俺も副長には大分助けられた。

 

 戦後、かつてミネルバのMS隊を率いた元隊長殿は、至って上機嫌だった。お友達の白
服、歌姫の騎士団長も絶えず微笑んでいた。俺が正式な復隊を拒否して退官する時だって、
それは変わらなかった。だから、その後、俺の再就活に散々横槍が入り、妨害されまくっ
た事と、あの二人は何の関係も無いんだろう。
 街頭で見たTVじゃ、たかだか一退役軍人の近況に異様な程詳しいレポーターが、だか
ら彼は邪悪なデスティニー・プランに与したのだろう、と笑っていたよ。その隣で笑って
いたゲスト二人の顔は、取り敢えず思い出したくない。
 繁華街のビルの階段下には、実に御世話になった。ダンボールとビニール袋は暖かくて、
やりよう次第では極地でも生き延びられる。だけど、食べ物に恵まれた記憶は無い。
 そんな時に現れたのが、アーサー副長だった。今にして思えば、散々探してくれたんだ、
と思う。
 大戦に参加したZAFT軍人に一時金が出た。口座は解約されていたから、自分が届け
に来た。副長はそう言った。分かりやすい嘘だ。その時の俺には、こんな嘘を見抜く頭も
無かった。宿無し金無し。そんな時、自分に都合の良い嘘を誰が疑うだろう。
 渡された封筒は、嫌に重かった。それなりの数の紙幣と、沢山の貨幣。金額にすれば、
大した事はなかったけれど、当時の俺には十分大金だった。
 立ち去った副長が戻って来たのは、五分後だった。

 

「ゴメン、シン。バス代貸して」

 

 ばつの悪そうな声が言った。
 俺が嘘に気付いたのは、この時だ。お人好しの副長は、自分のコロニーに帰るスペース
バスの代金を取っておくのを忘れたらしい。
 結局、なんやかんやの内に、最終バスを逃してしまった副長は、俺の所に泊まって行っ
た。ビルの階段の下、ダンボールとビニール袋で寒さを凌ぎながら、二人で寝た。あの時
は、本気で涙が出た……なんだか、俺はしょっちゅう泣いている気がする。だけど、あの
時に泣いた事だけは恥ずかしいなんて思わない。
 アビーがコーヒーを淹れている間、副長は終始笑顔だった。一時は随分と痩せていた顔
も、今では大分、元の円満を取り戻していた。ミネルバの元乗組員が、士官から兵卒に至
るまで、全員、身の振り方が定まったのは、ついこの前の事だ。それまでは、仲間の事を
話す時、どこか苦渋を滲ませていた物だけど、今ではすっかりと屈託がなくなっている。
俺もつられて笑う。そういえば、平和の歌姫様は何を歌っていたっけ?ラジオは邪魔だか
ら切っておこう。

 

「そうだ、副長。メシまだでしょう?食べて行って下さい」
「それは嬉しいけど。いいのかい?」
「今、ルナが珍しい物、作ってますからね。食べるのは大勢の方がいいでしょう」
「そうですよ。遠慮なさらずに」

 

 厨房から、声だけが届いた。ルナはバ……嘘や隠し事をしないタチだから、声音で大体
想像がつく。どうやら、料理はうまく行っているらしい。

 

「そうかい。じゃあ、お呼ばれしようかな」

 

 副長は相好を崩した。この人は、多分、今でもあまり金が無い。その御陰で、何人もの
元乗組員が助けられている。俺だって、あの時の金が無かったら、こうして再就職できて
いるかは勿論、生きているかどうかだって分からない。
 地球じゃあ、救世軍の人達が、プラントへの支援について検討してたって話だ。けれど、
我等が議長閣下は「デュランダル悪政の痕跡は一掃された」の一言を100語くらいに希
釈して、相手が言い出す前に断った。自由と平和の理想社会は、貧困とも、葛藤とだって
無縁なのだ。市民ヨ、貴方ハ自由デスカ?
 因みに支援活動は要らないけど、支援物資は大歓迎だってさ。さあ、世界の皆さん!世
界から貧困を一掃する為(に活動する平和の歌姫の為)に、ピンクリング活動に参加しま
しょう!
 アビーが来客用のテーブルを片付け始めた。食卓と兼用だ。急な来客があろうものなら、
慌てる羽目になるけど、幸か不幸か、今までそんな事は、一度だってありはしなかった。

 

「あ、そうだ。確か、社長がブランデーを隠し……」
「まだ、昼よ」

 

 俺の提案は、言い終える前に一蹴されてしまった。アビーの言う事は全くもっともだっ
た。副長には何とか恩を返したいと思うけど、他の方法を選んだ方がいいだろう。
 テーブルの準備ができた。俺はホットキャビネットから熱いおしぼり――――目が疲れ
た時にお奨めだ――――を取り出した。
 狭い事務所の時が止まったのは、副長が手を拭き、顔を拭った時だ。

 

「あっ」
 ……――――
 “あっ”てなんだ?

 

 鍋の中身と、ルナの悲鳴が一度に吹き出した。旧式のコンロに付いている安全装置なん
て、平和の中立国が紛争地域にばら撒く、粗悪な自動拳銃のそれと変わらない。電気代と
料理人の鈍感が許す範囲で、どんな色の廃棄物だってこさえられる。
 喧噪が収まった。副長の笑顔も、油が切れてしまったかの様だった。

 

「ま、大丈夫よね。このくらい」

 

 間髪入れないルナの一言が、副長から急用を思い出すタイミングを奪ってしまった。
 副長にささやかながら恩を返したかった。親切のつもりだった。
 俺だって人間だ。地球の人達がなんて思ってようと、欠点だらけの、けちなコーディネ
ーターだ。間違いを犯す事だってある。そして、実の所、俺の選択が正しかった事はあま
りない。
 ホームラン狙いのバッターは良くゲッツーを貰う。知っているかい?ツーアウト、て言
うのはさ、「二つの死」て書くんだぜ。

 
 

 午後の仕事は、まるで手に着かなかった。舌を噛み切りそうな名前の料理は、舌を噛み
切りたくなる味だった。副長は一口で匙を投げ出すには温和が過ぎたし、買い出しに出よ
うとした俺と出入り口の間に立つルナは、中華包丁を手にしたままだった。
 副長には本当に申し訳ない事をしてしまった。スチール机はダンボールより余程寝心地
がいい。けど、副長は午後に用事が有るらしかった。
 アビーは食品庫を探っていた。もしもの時の為に用意してあった小麦粉や砂糖は、二月
前に使い切ってしまった。地球からの流通が途絶え、食材が市場から払底した時の事だ。
二週間に渡って食べる物がろくに手に入らない状態が、もしもの時でなくてなんだろう。
 オーブで起きた暴動が原因だった。自由の歌姫と理想を同じくする平和の獅子姫は、あ
らゆる規制を撤廃の上、公営施設、企業の一切を民営化、完全自由化。その悉くをZAF
T、つまりはラクス・クラインが二束三文で買い叩いた。
 自由競争はいい物だ。競合はサービス向上と価格下落を生む。条件が不服だ、水は要ら
ない。そう言える人間だけが、その利点を享受出来る。その日を境にオーブの郵便料金は
五倍に、電気料金は七倍に、水道料金は九倍に、通信費は10倍に跳ね上がったんだ。地
球ノ市民ヨ、貴方ノ国ハ自由デスカ?自由ハ人類ノ夢デス。

 

「カップメン発見」

 

 ミネルバの艦橋に居た頃と同じ口調で、アビーが呟いた。ルナの反応はいやに機敏だっ
た。俺も飛びつきたい所だけど、生憎、ついさっき胃袋に押し込んだ物体が頭の中で銅鑼
を打っていた。

 

「二つだけ、ね」
「シンはいいでしょ。さっき、ゴハン食べたんだから」

 

 耳を疑う一言だった。料理の味なんて作った本人が一番分かっていて、ルナは俺が思っ
ているほどバカじゃなかったらしい。なんてこった、畜生。今なら、俺のアロンダイトを
ぶち込んでやった所で、誰も文句を言いやしないだろう。 
 電熱器の上で薬缶が鳴いた。俺も泣きたい所だ。けど、俺の股間にぶら下がっているブ
ツは、実用に供した事が無いとは言え、決して飾りでは無い筈だった。
 電話のベルが頭の中で鳴り響き、俺の頭蓋をバラバラにした。脳に走る鉄の味は、アビ
ーが受話器を取るまで続いた。

 

「……はい。はい……シン。窓を開けて。一番右側の窓よ」

 

 何事だろう。考える前に、体が動いた。体が動いてもまだ、脳が働かなかった。指示通
り、つい先日、屋上から転落して来たYシャツの中身に、鉄格子を剥ぎ取られた窓を開け
る。
 額で軽い音がした。紙飛行機だった。

 

「なんて書いてある?」

 

 アビーの一言で、大体の事情は察する事が出来た。

 

「電話じゃなにも言ってなかったのかよ?」
「指令書を送る、とだけしか」
「ったく。何を遊んでるんだ。あの人は!」

 

 我等が社長ミスター・アフランシ・ギルは演出好きだ。そのセンスは最先端を突き抜け、
三百年ばかり昔にまで回帰している。歴史は繰り返すと言うけれど、時代が社長に追いつ
く瞬間を目にするには、俺達の寿命は目に見えて短か過ぎる。

 

「もう、昼過ぎですよ」

 

 おはよう!アスカ君!――――の冒頭に軽くツッコミながら、手紙を読み進めた。

 

「なんて書いてあるの?」
「えー……たった今、開け放ちたる窓より、飛び込みたる人物を保護されたし」

 

 正気を疑う内容だった。ルナと顔を見合わせようとした目は、無意識に窓の外を向いて
いた。多分、俺も正気じゃなかった。窓から人が飛び込んでくれば、誰だってそっちを見
る。
 目が合った時には、もう身をかわす間は残されていなかった。

 

「わーっ!」

 

 俺そっくりな声が悲鳴を上げた。

 

                                       続