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SCA-Seed_19◆rz6mtVgNCI 氏_第5話

Last-modified: 2008-06-18 (水) 20:05:29

5、平和の国からの脱出者
 
 
 
「でも、先生もいいかげんね……」
 
 ポツリとビールを片手に司令は呟く。見た目はシンと同じ年くらいだが、どうやら大西洋連邦の法でアルコールの摂取が認められる年齢には達しているらしい。
 
「そうですか? 俺は助かりましたけど」
 
 そんなくだらない事を思い出しながら、シンは餃子を食べる手を休めて応える。少なくとも味気の無い病院食よりはこちらの方がよっぽどいい。
 アスランが帰った後、シンが空腹を訴えた。丸一日寝ていて何も食べていないのだから無理も無い。
 それに対する医者の応えはというと、『外で食って来い』であった。
 病院の鍵を司令に預けて当人はさっさと家に帰ってしまったらしい。医者の対応としてはどうかと思うのだが、あの場で誰も医者には逆らえなかった。
 シンの症状が『脳震盪と極度の疲労が重なっただけ』であり、起きた後に再度の検診でも異常は無し。若いんだから食って寝れば直ると、実にいい加減極まりない診断結果を頂いたのだ。
 司令とサイがくっついているのは、騒いだ罰としてホテルまで送っていけと医者から厳命されたからしい。
 サイは完全にとばっちりだ。
 実に奇妙な二人連れだとシンはつくづく思う。そして、2年前にオーブでキラ・ヤマトの手を握った時と同じに、殺しあっていた連合士官と共に食事をしている事を奇妙に思うのだった。
 
 
 一方そんなシンを見ながら、司令は病院で医者から聞いていたある話を思い出していた。
 
 
「麻薬中毒?」
 
 医者の言葉に、司令は眉をひそめる。
 古来より軍と麻薬は切っても切れない関係があり、それはC.Eとなった現在でもまったく変わりは無い。麻酔薬や強化薬、あるいは恐怖を打ち消す為に薬物は今でも軍隊では使われている。
 もっとも、だからと言って軍人がそれを全肯定している訳ではない。少なくとも司令に関して言えば、薬物の使用に眉をひそめる程度の良識は持っていた。
 
「あのシンって子が?」
 
 だとすれば、惨い事だと司令は考えた。
 だが、そんな司令に医者は首を横に振る。医者が気が付いていた事実は、司令の考えの斜め上を飛んでいたのだ。
 
「少し違うな、2点ほど」
「違う?」
「あの小僧から薬物反応は検出されなかったよ。ただ……、あの小僧の神経細胞そのものがまるで薬物中毒患者のように衰弱していた。現在はだいぶ回復しているがな」
「どういう意味?」
「さてな。わしの知らない未知の薬物か、単純な病気か……、ただ」
「ただ?」
 
 口篭もる医者に、司令は鋭い目を向ける。
 そんな司令に医者は此処だけの話しだがと前置きをした上で、自らの知っている話を聞かせる。
 
「此処しばらくだが、コーディネーターに同じ様な症例が多発しているらしい。医者の間の噂で、一般には知られていないがな……」
 
 どういう意味だろう。
 医者の言葉に司令は考え込む。司令の頭の中で幾つかの仮説が浮び上がり消えていく。脳裏に桃色の髪のお姫様の姿が思い浮かび、次に戦死した妹の残した手紙を思い出す。
 あまりにも馬鹿馬鹿しいがありえるだろう仮説が思い浮かび、司令はそれを振り払うかのように首を横に振った。
 
「ま、覚えておくわ。ありがとう、先生」
 
 司令はぼんやりとラーメンを啜るシンを眺める。
 こう見ているとどこにでもいるごくごく普通の少年だ。とてもではないが、一騎当千のエースパイロットなどには見えない。
 まして、麻薬中毒患者などとはありえないだろう。
 司令のそんな視線に気が付いたのか、シンは司令を不思議そうに見つめ尋ねてくる。
 
「どうかしましたか、俺の顔に何か?」
「ほっぺにご飯粒が」
「あちゃ……」
 
 慌てて右のほっぺたに付いていた炒飯のご飯粒をとる。その仕草も本当にごく普通の少年だ。
 
「そう言えば……」
 
 ほっぺたについたご飯粒を取ると、シンは何かを思い出したかのように二人の軍人に尋ねる。
 
「さっき、オーブ出身者とかなんとか言っていたが、あんたらもオーブの出なのか?」
 
 その質問に、司令は違うと答える。
 
「私は生まれも育ちも大西洋連邦よ。でも、サイ君がね」
「え? あ、ああ。俺はオーブ出身だよ。4年前に飛び出したっきり一度も帰っていないけど」
「4年前……?」
 
 サイの言葉に、ふとシンはまず最初に内心で安堵の溜息をつく。4年前なら、少なくとも2年前のザフトの攻撃で逃げてきたわけではない。
 実に身勝手な考えだとは思う。戦う以上は巻き込まれる人がおり、どう言い訳し様とも自分はそれに荷担していた。
 それを受け止めなければならない立場なのに、そうでないと判ると安堵するのだ。
 そんな自分の内心に僅かながら嫌悪感を感じながらも、それと同時にふと気が付く。4年前なら自分と同じ境遇なのではないだろうかと……。
 
「なあ、サイさん。あんたもしかしてオノゴロ島に……」
「いや、違う。俺はヘリオポリスコロニーに住んでいたんだけど……」
「ヘリオポリスって、あの?」
 
 その名前ならシンも良く覚えている。当時はニュースなどロクに見ないガキであったが、アレだけ大々的に騒いでいれば嫌でも覚えている。
 たしか、ザフトの攻撃で潰れされたコロニーだったはず。結局サイも市民を守るはずの国に、アスハに守られず国を追われたのだろうとシンは思った。
 一方のサイもある事に気がつく。シンの情報はある程度知っていたがそれはザフト時代のものだ。
 
「シンもオーブ出なのか?」
「いや、俺は移住したばっかりでしたけど……、戦争に巻き込まれて……」
 
 サイにある種のシンパシーを感じはじめていたからだろうか、シンは普段なら答えないかお茶を濁すような事を口にする。
 
「オーブで戦争……」
 
 その言葉にサイはある一件──自分にとって忘れられない過去が思い出す。
 オーブの関わった戦争は4年前の大西洋連邦のオーブ解放戦と、2年前のザフトのジブリール討伐の2回しかない。後者ではありえない以上は前者であり……。
 
「あの時、市民の避難は完了していたって聞いたけど」
 
 アークエンジェルのCIC席で、サイは確かにそう聞いたのだが……。
 
「そんなの嘘っぱちだっ! あの時はっ!」
 
 思い出す、まともに避難誘導もされず港まで逃げようとする家族。無残な姿になった両親、片腕だけがこの世に残った全てだったマユの姿。そしって、自分と同じ様に家族を失い悲嘆に暮れる避難民。
 どの程度の規模で避難誘導がされていたのかはシンには判らない。だが、全員避難などとんでもない。覚えている限り、かなりの数の民間人が砲火に巻き込まれていた。
 その光景は今でも思い出せる。そして、思い出すのは怒りと哀しみ、そして悔しさ。
 
「本島は知りませんけど、オノゴロ島は逃げ遅れた人が大勢いましたよ。俺の家族もそこで……」
 
 その言葉に、サイは4年前の事を思い出していた。あの時、自分達が英雄気分でいた時、足元ではそんな事が……。
 仕方ない、とは思う。自分はあの時も今も一兵卒だ。
 自分のできる事など限られているのは、この4年間で痛いほどよく知っていた。仮に時を遡ったとしても、何かできるはずも無い。
 
「そうか……、ごめんな、シン」
 
 それは判っている。だが、それでもサイはシンに謝っていた。犠牲は仕方ない。だが、そう割り切りながらも割り切ってはいけないものがあるからだ。
 一方、謝罪を受けたシンは思わず慌てた。
 確かに彼等は大西洋連邦の軍人だが、自分と同じか自分より少し上程度にしか見えない二人が当時の戦闘に直接関わっていたとは考えていなかったからだ。
 仮に関わっていたとしても上の命令が絶対の軍人であり、オーブ侵攻を彼等自身が決めたわけではない事だけは確実だ。
 連合に思うところが無いわけではないが、個人的に謝罪されるような事だとも思っていない。
 
「サイさんが謝るような事じゃないですよ。もう過去の話ですし」
 
 シンはそう言うと、自らの中で生まれた感情を抑える。
 少なくとも、シンはこの二人の連合軍人に好感を抱きつつある。彼等が関わっていない事件まで彼らに八つ当たりをする気は無いし、できればこの二人は好きで居たかったからだ。

 この時、シンは気がついていなかった。
 青年の過去と、今まで感じることのできなかった何かが、シンの中で再び目覚め始めている事に。
 
 
「サイ君、ショックを受けてるのかしら?」  
 
 シンをホテルに送り基地に帰る自動車の中で、司令は運転中のサイに軽い調子で尋ねる。
 普段からそれほど話すタイプではないが、今のサイは明らかに普段よりも口数が少なかったからだ。
 そんな司令に、サイは憮然と答えた。
 
「ええ、なぜか夕飯代を全て奢らされましたから」
 
 たしかに、何故か支払の全てをサイがする事になり、顔見知りの金髪で浅黒い肌の店員には『おい、デートか?』などとからかわれたりもした。かなり欝だ。
 だが、そんなおどけたサイに、司令は今までと違い少々冷たい目を向ける。
 
「汚れる覚悟が無いなら、軍人なんて辞めなさい。役に立たない兵士なんていらないし、私の部下になった以上は二階級特進なんて認めないわよ」
 
 その言葉に、サイは一瞬憤慨しかけ、次に苦笑いをする。
 
「違いますよ。ショックを受けてないわけじゃないですが……」
 
 隠すほどの事ではない。どうせ、彼女は自分の経歴を知っているんだと、サイはあっさりと答えた。
 
「やっぱり、俺にとってあの頃は特別なんですよ。アレがどれだけ馬鹿な真似だったかって今は分かっていて……。いや、分かっているからこそ自分が許せないんですよ」
 
 自分たちなら何とかできる。自分たちが何とかしなきゃいけない。そんな信じられないほどの思い上がりの中に、自分たちはいた。
 この無茶苦茶になった世界、その一端は確実に自分にあるのだ。
 
「結局は誰かの思惑に乗った、只の戦争だった。考えていたようで、状況に流されていただけなんですよ」
 
 ぎこちない苦笑いを浮かべる。それでも特別な戦いであって欲しかったという願望が無かった訳ではない。だが、先ほどのシンの過去を聞いてそれすらも砕け散ったのだ。
 
「足元が見えていなかったんですよ。それがわかる場所に居たはずなのに」
 
 その結果がこれだ。同じ船に乗っていた人たちの墓に参ったのは、結局自分とあと一人。忙しいからではない、これない立場と言うわけでもない。結局はあの時は状況に流されただけで、墓に参った一人を除いて覚悟も考えも無かったというだけなのだろう。
 そんなサイに、司令は少しだけ表情を緩める。
 
「ま、それがわかっているならもう馬鹿なことはしない事ね。私は辞めるって言う人間を止める気は無いから」
 
 あっけからんと言う司令にサイは苦くない笑みを浮かべると、素直に感謝の言葉を口にする。
 
「すいません、司令。愚痴を聞かせてしまって」
「ま、貸しにしといてあげるわ。考え無しの子供だったって自覚できただけマシでしょう」
「きついなぁ……」
 
 さすがに顔を顰めるサイに、司令は冷たい表情を隠すとおどけた言葉をかける。
 
「あら、それじゃあ『この胸で泣きなさい、サイ君』とでも言って欲しい。それとも『それを決めるのも、貴方です』とでも考えを誘導してあげましょうか?」
「どっちも高くつきそうだから遠慮します」
 
 
 シンは久方ぶりの人とのふれあいに疲労したのか、部屋に入った途端ベッドに横になる。
 幸い、数日分前払いで部屋を取っていたので、ホテルの部屋が無いと言う事はなかった。
 どうやら荷物も無事のようだ。もっとも、大した荷物もないので物取りにも無視されただけなのかもしれない。
 このまま眠れば久方ぶりに気分よく眠れる気がするのだが、さすがにそうは言っていられない。
 シンはノロノロと起きだすと、部屋に備え付けの電話を手にとり、懐から手帳を取り出す。まず最初に出てきたのは司令の名刺……って、何時受け取った、このキャバクラの名刺のようなシロモノは?
 とりあえずシンはその名刺を見なかった事にして、手帳に書いてある電話番号をコールする。
 大分夜もふけていたはずなのに、電話は時を待たずして繋がる。
 
「はい、、こちらジェス・リブルですがどなたですか?」
「俺です、シン・アスカです」
「俺って知り合いは……、って、シンか。お前どこ行ってたんだ!! 約束の時間に来なくて心配してたんだぞ!」
 
 電話の向うで、“野次馬”と悪名高いフォト・ジャーナリストが叫び声を上げる。その大きすぎる声に顔をしかめながらも、シンは謝罪の言葉を口にする。

「悪い。ちょっと事故に遭って今日まで入院していた。約束をすっぽかしてすまなかった」
 
 厳密には、バナナの皮にすべって転んで脳震盪なのだが、それはさすがに口にしない。言った途端、何を言われるか判ったものじゃない。
 
「入院って……大丈夫なのか!?」
「ああ、大丈夫。それより頼まれていた取材の件だが……」
 
 シンが何かを言いかけたその時、電話の向うからドタバタとなにやら騒音が聞こえてくる。数人の叫び声やら怒声のあと、電話に出てきたのはシンの知らない声であった。
 
「もしもし、シン・アスカさんですね!?」
「え、ええ。そうですが……あん……」
 
 まだ年若い女性の声であった。聞き覚えの無いその声にシンが疑問符を浮かべる中、その女性は名前を名乗るより先にその言葉を口にした。
 
「シンさん、あの、“デュランダル議長の遺産”についてお聞きしたいんです!」
「遺産? って、議長の!?」
 
 
 聞きなれないが、無視できない言葉。
 これが、シンの新たな運命の幕開けであった。