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SCA-Seed_682氏_短編04

Last-modified: 2007-11-30 (金) 18:47:54

 なるほど、ラクス=クラインがTVで歌う様に、世界は自由で、夢に満ちている。だが、ラクス=クライン以外の誰が、その自由と夢を手に出来るだろう。
 桃色の歌声から逃れて酒場を出た時、シンは無意識の内に、懐をまさぐっていた。携帯を失くしてから、大分経つと言うのに、どうも癖が抜けない。
 古びた煉瓦の壁に背を預ける。そこでは、健康の名の下に酒場を追われた男達が、紫煙をくゆらせている。
「兄ちゃん。モク切らしたかい?」
 同好の士と見たか、気の良さそうな中年が、煙草のカンを差し出す。少し迷って、シンは礼を言いながら、手を伸ばした。歩兵は往々にして閑を持て余す。煙草を覚えない奴は、変態的な少数派だ。
 その腕を、繊手が掴んだ。
 金髪の女性が居る。止めろ、とは言わない。健康への害を説く事もしない。ただ、黙って赤い瞳を見つめている。
「……判った――――」
 数秒間。目にも見えず、耳にも聞こえない攻防の末、シンは無条件降伏した。
「久しぶりだな、アビー」
「相変わらずね、シン」

「手紙、読んだよ」
 最低限の連絡事項だけが綴られた手紙。内容には語る事が無い。気になるのは別の事だ。
「この前もそうだった。なんで、俺の居場所が判るんだ?」
「私、鼻が効くのよ」
「野生の勘、て奴?」
「女の勘」
「俺には判らない訳だ」
 駐車場のライトバン。あちこちに錆が浮いている。数多の弾痕から中が覗けた。
「ドアがペラペラだ。よく、こんなの乗るな」
「東ア車の中古よ。ガス代が安いの」
「その内、死ぬぞ」
「撃たれて死ぬか、破産して首を括るかよ。死に方くらい、選べていいでしょう」
「相変わらずだな」
「ボンネットにショットガンが入ってるわ」
 散弾銃を抱えて、乗り込む。
 道路はガタガタで、あちこちに穴が開いていた。無い方がマシな舗装も、やがて途切れる。嫌に柔らかいサスペンションが、胃袋を上下に揺する。
「皆の近況、知ってる?」
「少しは」
「ルナはどうしてる?」
「気になる?」
「誰かには、幸せになって貰いたいからさ。この前、子供が出来たんだろ」
「悪い知らせと、とても悪い知らせと、どちらを先に聞きたい?」
「悪いのしか無いのか?」
「聞きたくないならいいわ」
 少し悩んで、シンは前者を選んだ。

 少なくとも、二ヶ月前までのルナマリアは、決して不幸では無かった。プラントは混乱していて、生活は逼迫していたが、それでも平凡な結婚をして、子宝も授かった。
「二ヶ月前、何が有った?」
「子供が病気になったの」
「それで?」
「プラント解放記念式典の最中だった」
 交通は完全に麻痺していた。主立った病院は解放者ラクス=クラインを讃える為、“自由意志”に基づき閉院。神の名に因らない安息日は、三日間続いた。
「子供は?」
「色々、手を尽くしたけど、駄目だった」
「ルナはどうしてる?」
「一月前に離婚したわ。今はどこに居るかも判らない」
 とても悪い知らせ。アーサーが公金横領の容疑で逮捕。裁判を待たずして獄中死した。彼の口座には、ろくな額が入っていなかった。
 もう一つ、よくない話。ザラ派のクーデター未遂。アスランは首謀者として処刑された。彼は最後まで、無実を訴えていた。
 不意の破裂音。視野が陥没した。状況を察して、シンは飛び出す。
 エンジンブロック以外は、盾にならない車だ。泥を蹴って、森に飛び込む。
 ショットガンは渡して来た。アビーは巧く対処出来ただろうか?

 右手のナイフが肋骨の隙間に滑り込んだ時、左のもう一振りは予備動作に入っていた。肩から心臓へ一直線。三人目が振り向いた刹那、その肩に掌を乗せる。
 反転。相手の頭上を取った時、シンは銃を抜いていた。トリガー。45口径弾が頭蓋を砕く。着地。
 素人同然の強盗が、全滅した事を確認する。
 森陰に死体が隠されていた。古い犠牲者。昨日の雨が原因だろう。蛆に加えて、いやに大きな蝸牛がたかっていた。
 車に戻る。アビーが運転席から降りて来た。
「乗ったままだったのか?」
「側面は、あなたが何とかしてくれたでしょう」
 フロントガラスは粉々に砕けていた。前輪は銃弾に撃ち抜かれ、パンクしている。
「換えのタイヤと、ジャッキは?」
「後よ」
 アビーは正面に向かった。二人の男が、蜂の巣になっている。眉一つ動かさずに、路上の障害物を片す。
 シンは言われるままに、タイヤの交換に取りかかる。
「そう。一番悪い話を忘れていたわ」
「未だ有るのか?」
「クライン派からヤマト派が独立したでしょう。結局、和解した」
 両派の激突による、政権の崩壊。儚い希望は夢で終わった。
「あんなの茶番さ。復縁を前提にした痴話喧嘩だ」
「私達も喧嘩する?」
「相変わらずだな。たまに訳の判らない事を言うんだ」
「貴方も相変わらずね」
「何が?」
「別に」
 見てくれは益々見窄らしくなったものの、幸い、東ア製の20年落ちはまだまだ走ってくれそうだった。シンが犠牲者の遺体を埋めている間、アビーは手を清め、運転席で待っていた。
 目的地には一時間で着いた。森の側。簡素な木造の小屋だ。
「レイは?」
「二週間前よ」
 予期していた答えだ。シンは小屋の戸を開いた。

 部屋の様子は、最初に訪れた時と、変わりが無かった。飾り気の無い、木造の家具。隅では安楽椅子が揺れる。
 何年前だっただろう。あの日、そこに座っていた少年が、今は居ない。
 シンは背凭れに手を乗せた。レイの若々しい顔が脳裏に浮かんだ。あの日の顔は、とうとう思い出せなかった。
 レイは急速に老化していた。経験と年輪を伴わない、純粋な老い。それは、少年の顔に刻まれていた筈の個性を、すっかり覆い尽くした。能面の様な顔付き。声を聞くまで、相手が誰だか判らなかった。
「すまない」
 開口一番。レイは詫びた。
「ギルを撃ったのは俺だ」
「知ってる。一時期、奴らと一緒に居たから」
「俺には運命を受け容れる強さが無かった」
 ZAFTは敗れ、デスティニープランは実行不可能となった。待っているのは、ラクス=クラインが掲げる自由の信奉者達との、飽くなき戦い。
「残された生を、争いの中に失いたくなかった。だから、キラ=ヤマトの言う明日に縋り付いた」
「俺はあのプランに疑問だった」
 シンは言った。プランで本当に平和が来るのか。社会の画一化が、逆に平和を破壊しないか。当時、そこまで考えていた訳では無い。ただ、漠然とした不安が残った。
「それでも、レイや議長の話を聞いて、賭けて見る気になった」
「すまない」
「気にするなよ。俺は軍人だった。プランに反対でも、同じ様に戦ったよ」
「なら、今は何故戦ってる?」
「奴らと一緒に居た、って言ったろ」
「ああ」
「驚いたよ。奴ら、プランが実行されたら、争いが無くなる、って。信じて疑って無かった」
「それでも、尚、自由な世界を欲した、か」
「世の中、自由に生きられるだけ恵まれた人達、って、どのくらい居ると思う?」
「……必ずしも多くは無いだろう」
 彼らは人々を隷属の危機から解放し、自由の鍵を投げ与えた――――彼らの主観に従えば。だが、その扉は、飢餓と疫病、紛争と言う明日にしか繋がっていなかった。
 社会は崩壊し、人々は獣の群と化した。唯一、肥え太ったラクスの側近達は言った。
「覚悟は有る」
 と。
「だから、俺は決めた。奴らが自由の代償に、数千数万の生贄を要求し続けるなら、力が及ぶ限り阻止しよう。一人でも多く守ろう、って」
 シンは正面から、決然宣告した。ラクスとキラは、言葉の意味がよく判らない様子で、目を瞬かせた。アスランは激怒した。曰く、戦争はヒーローごっこじゃない。
「それで、どれだけ守れた?」
「偶に、無駄な事をしている気分になる」
 この一年間。誰も助けられなかった。
「それでも、お前のしている事には意味が有る」
「誰も守れないかも知れない」
「例え、誰一人守れなかったとしてもだ。やはり無駄じゃない」
「なんで、そんな事が言える?」
「歴史は常に敗者を生む。だが、敗者の戦いは、全くの無意味なのか? 敗者の流した血は、全てが無駄なのか?」
「……――――」
「世の中は変わる。例え、今、意味が無くとも、いつかは出来る。血を流して、奴らを弾劾し続ける事には、絶対に意味が有る」
「そんなつもりでやってる訳じゃない」
「どんなつもりでもいい。お前を裏切った俺が言える事じゃないかも知れないが、頼む」
 レイはシンの腕を掴み、言った。
「戦ってくれ」

 小屋から少し離れた、日当たりの良い丘の上。小さく可憐な墓に、シンは手を合わせた。
「最期は、どんな様子だった?」
「死因は肺炎。事実上の老衰ね」
 アビーは淡々と答えた。
「最後は私の事も判らない様子だった」
 シンに、薄型の端末を手渡す。
「これは?」
「貴方だけを戦わせてはおけない。彼はそう言って、自分に出来る戦い方を考えてた」
 そして、レイは筆を取った。表示されているのは、その絶筆だ。
「……俺が持つには、重過ぎるかな」
 ざっと一目すると、重さ60gの端末をアビーに返す。
「今日は泊めて貰っていいか?」
「明日は?」
「行く所が有るんだ」
「疲れない?」
「どうなんだろう? 考えた事無かった」
 戦場を渡り歩く日々に、疲れを覚える事は無かった。ただ、自分がペラペラに磨り減って行く様な感覚だけが有った。好奇心が無くなり、知らず知らずに感情が鈍くなっていた。
「久しぶり、会えて良かった。哀しい話、腹が立つ話も聞いたけど、そう言う感じを思い出せたから」
「プラントに帰る気は無い?」
「どこにも帰りゃしないよ」
「どこにも?」
「どこにも、そんな場所は無かった。だから、行くんだ。行く所には困ってない」
 踵を返した所で、シンは脚を止めた。
 細く長い指が、袖を掴んでいる。振り向いた時、目が合った。青い瞳が、静かな光を湛えて覗き込む。
 沈黙は、シンが軽く腕を捻るまで続いた。あ――――小さな声と共に、手が離れた。
「いい男を見つけたらさ。すぐ、そうしろよ」
「え?」
「捕まえるんだよ」
 やはり、今日、発つ。そう言って、駐車場に足を向ける。
 後頭部の激痛に、シンは声を上げた。髪が纏めて抜けそうだった。

 周囲は炎に包まれていた。プラズマ収束ビームの熱量が泥土を融解させ、衝撃で飛び散る熱塊が森を火の海に変える。
 幼い瞳が絶望に歪む。黄色い袖に包まれた腕が、眼前に転がる。腕だけが有る。焼け焦げた樹皮に蛋白質が貼り付き、泡を立てる。
 絶叫――――は声になる寸前、口に押し込まれた。泥まみれの掌が、口元を塞いでいた。
「静かに! ここに隠れてろ!」
 状況が飲み込めずにいる少女を、耐熱シートとカモフラージュネットの下に隠すと、シンは駆ける。
《これ以上の戦闘を中止するんだ!》
 頭上からの声。シンは対戦車擲弾筒を引き延ばし、グリップとサイトを起こす。
《まだ戦うというのなら、僕は!…》
「止せよ――――」
 ジェット噴流の余波に、黒髪が、野戦服の裾が暴れる。サイトに、白い翼を捉える。
「あの娘は今、泣いているんだ!」
 トリガー。ロケット弾が、腹部の砲口目掛けて、煙を曳いた。

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