Top > SCA-Seed_MOR◆wN > D > TuNEY 氏_第26話
HTML convert time to 0.018 sec.


SCA-Seed_MOR◆wN/D/TuNEY 氏_第26話

Last-modified: 2011-04-15 (金) 01:39:38
 

アビー・ウィンザーの個人的手記レポート
本記録はあくまで私、アビー・ウィンザーが後年の為に書いた個人の手記的なものであり、
多大に主観、推測の入ったものであることを初めに明記しておく。

 

CE77.XX.XX
おそらくこの日は私の生涯の中でも忘れられない日になるだろう。

 

アスラン・ザラ率いるオーブ艦隊とキラ・ヤマトを始めとする歌姫の騎士団が壊滅したその日
ミネルバはいつもと変わらず、何事もなく定期哨戒を終え、アーモリー1へと帰還した。
だが、その直後ミネルバIIに飛び込んで来たのは不可解な情報だった。
アプリリウス1をはじめとした他のシティに連絡が取れない。
と言うその情報は当初、Nジャマーによる通信障害の影響だと思われ、
末端の兵士達の間ではさほど重要視されていなかった。

 

今思い直せば、それは4年間の、仮初めの平穏を甘受して来たが故の緩みだったのであろう。
その、数日後に起きた出来事で私達の認識不足は明らかになる。

 

ミネルバ隊とは別方面の哨戒を行っていた駐留MS戦隊第二中隊通称シェダー隊が
半壊したオーブ艦隊と接触。
その直後、所属不明の部隊と遭遇、有無を言わせぬ攻撃にやむを得ず反撃し、交戦状態に陥ったのだ。
結果から言えば、シェダー隊の被害はほぼ皆無で敵部隊を撤退させる事に成功し、
オーブ艦隊と共にアーモリー1へと帰還した。
オーブ艦隊が保護したドワッジ改の抱えた脱出ポット。 
そしてそのパイロット、歌姫の騎士団参謀マーチン・ダコスタがもたらした情報は
事態を一変させるには十分すぎた。
平和に浸かりきった兵士達の尻……枕を蹴り飛ばすには衝撃過ぎたと言い換えてもいい。。

 

砂漠の虎の反乱、歌姫の騎士団、オーブ艦隊の離反、ターミナル主導によるアプリリウス占拠。
僅かな間だけ復帰した通信から察せられるのは、プラントに呼応するかのようなオーブ首都でのクーデター。

 

目まぐるしく推移する事態に各隊が慌てふためく中、エザリア・ジュール市長と
ラクス・クライン政権で外交をになっていたアイリーン・カナーバ評議会議員は沈黙を保っていた。
部隊長クラスではアーサー艦長とジュール戦隊長たちが、密かに情報収集を始める。
エルスマン副長やシェダー隊長は状況を見極める為、普段通りの動きをとっていた。
そして、意外な事にミネルバII艦載機隊の長であるルナマリアもその内の一人だった。
血気に逸る部下が詰め寄るにも関わらず、彼女は落ち着き払った様子で平然と、私の淹れた紅茶を飲みながら

 

「まぁ、成る様に成るんじゃない? 幾ら騒いでも何かが変わる訳じゃない。
 なら私達は待つしかない。 何が正しくて何が間違っているのか。 それを見極める為にね」 

 

肝が座っているのか、それとも底抜けに危機感がないのか、
いずれにせよ彼女のそポジティブな所は見習うべきところがある。

 
 

CE77.XX.XX
この数日の間、慌ただしく自分の時間も禄に取れなかった。
まずはこの数日の間に起きた出来事を纏めます。

 

駐留艦隊上層部……と言うよりアーモリーシティ市議会は
今回の事件を現政権に対するクーデターと判断し、
これを認めず臨時政府の樹立、クーデター軍に対する徹底抗戦を内外へと宣言した。
又、戦力の不足を補うべく部隊の再編を行い、
不可解ながらも各国へ救援要請(これには裏で相当の政治的動きがあったようだ)
この再編が終わり、戦力さえ整えばアプリリウス奪還も夢ではなくなるだろう。
……身勝手だが今は各国が救援要請に応じてくれるのを祈るしかない。

 
 

CE77.XX.XX
今日は久しぶりに気分が高揚している。
第一にプラントから地球への救援要請が通り、続々と艦隊がアーモリーへと集結していること。
2つ目は小規模な遭遇戦でホーク隊が勝利を収め、続いてミネルバII、シェダー隊が参加した
アーモリー1敵攻撃艦隊迎撃戦でも小破程度の損傷で久方ぶりの大勝利を得た。
そして最後に……我がミネルバ隊のエース、シン・アスカの生存が確認され、帰還したことだ。
本人の話によるとPMCミハシラに助けられた後、傭兵赤鬼と名を変え地上を放浪した後、
ガルナハンに住処を得たらしい。
怒れば良いのか、呆れれば良いのか、泣けば良いのか……
いずれにせよ、今は再会した喜びをミネルバクルー一同で噛み締めたい。

 

再会したシンの顔は別人かと見違える程精悍になり、爽やかさとで余裕させ感じられた。
かつての、精神的に不安定で、排他的、盲目的にデュランダル議長に依存さえしていた
シン・アスカの姿はそこに無かった。
近づく物全てを傷つける抜き身のナイフのようだった雰囲気は、
斬る物を確かに選ぶ洗練された名刀のようなものへと変化を遂げていた。
私達の知らない4年間に何があったか、どのような経験をしたのか、本人の口から聞くまで知る由は無いが、
シンに良い影響を与えたのは間違いない。
それが私達……特にルナマリアにとっては嬉しくも、悔しくもあるようだ。
ルナマリアの嫉妬じみ

 

「ん? いないのか?」
携帯端末に個人的な書き物をしていたアビーは扉をノックする音、声に我を取り戻した。
「……どうぞ!」
「おぃーす!」
応答と共に右手を上げ、入って来たのは黒服を着た、金髪褐色の男。
「はぁ、何か御用ですか? エルスマン副隊長」
聞き覚えのある挨拶に頭を抱えながら言葉を搾り出す。
「ありゃ? どうかしたか?」
首を傾げたディアッカは手前においてあった椅子に腰掛ける。
「ザフトは義勇軍とは言え軍隊、その挨拶はどうなのかと、年がら年中考えていたらこういう顔になります」
深い溜め息をつくと、アビーはこめかみを押さえながら深々と溜め息をつく。
「ま、気にするな。 それに義勇軍云々に関しちゃ近々正規軍に改変されるって“噂”だぜ?」
アビーの悩みなど、どこ吹く風と気にもせず、マイペースに話を続ける。
「へぇ、そうですか。 念の為にいいますが、艦長とルナマリアなら留守ですよ?」
恐らくは事実である出所不明のディアッカの噂を聞かなかった事にして、
アビーは先に聞かれるであろう問いに答えておく。
「知ってる。 なにせうちの隊長と副官も例の対策会議に行ってるからな」
「では、何の用です?」
したり顔のディアッカに、アビーは首を傾げながら問い掛ける。
「ほら、スクランブル。 うちの番だろ?
 空域内で怪しい艦が侵入してきたんだが『手持ちで』動かせるのが少なくてな」
「うち……ミネルバ隊と違って、大所帯のジュール隊なら人はいるのでは?」
大袈裟な身振り手振りのディアッカに、言葉に若干の皮肉を乗せながらアビーは問い掛ける。 
「副隊長ってのは案外不自由でな。 意外と『手持ちで』動かせる奴は少ないんだよ。
 しかも、使える奴は強行偵察に出したんで暫く休ませないといけないんでな」
ディアッカは苦笑いを浮かべ、アビーは僅かに眉を動かし、考え込む仕草をして見せる。

 

おそらくは『手持ち』とは信頼の置ける有能な部下と言う事だろう。
プルデンシオとデューク二人の状態や疲労を頭から引き出しながら、出撃が可能かどうか計算する。
メリットを考えるなら、ミネルバ隊ではないルナマリア以外の指揮の下で経験を積ませることは、
今後のミネルバ隊にとっても、彼らにとって決してマイナスでは無い筈。
ディアッカの指揮下なら下手を打つ事もないだろうし、二人の疲労蓄積を除けばさほど悪い話ではない。
休息時間はミネルバIIが現在急速改修中で、出撃が少ないから十分取れる。 疲労の回復は可能だろう。

 

「……分かりました。 二人はハンガーにいるでしょうから連れていってください。
 うちの貴重な若手パイロットです。 くれぐれもよろしくお願いします」
アビーは腰掛けていた椅子から立ち上がると深々と頭を下げた。
「アーモリー1駐留MS戦隊、ジュール隊、副隊長としてお約束します。 確かにお預かりします」
同じく立ち上がったディアッカはザフト式の肘の折り畳まれた敬礼をするとアビーに背を向けた。
「そういえば、シンが強行偵察から帰還していないそうですが、無事でしょうか?」
頭を上げたアビーは頭の隅に浮かんだ疑問をぶつける。
「さぁ? 暫くすればひょっり帰って来そうな気もするがなぁ」
大きく方を竦めながら退室するディアッカ。
喉を潤す為に、机に置いた冷えた紅茶に口をつけ、アビーはシンの無事を祈ろうとしたが、やめた。
神も仏も信じずに与えられた力だけで生き抜いてきたあの男には、他人の祈りなど無粋という物だろう。

 

あと、紅茶で思い出したが、私の淹れた紅茶に三杯も砂糖入れた事は絶対に許さない。 絶対にだ。

 
 
 

アプリリウス周辺宙域
ほんの少し前まで死闘が繰り広げられていたとは思えないほどシンの周りは静かだった。
すでに追撃部隊は完全に撤退し、辺りで動いているのは頭部の無い異形のMSガッシャの群れが
残骸回収に勤しんでいる位だ。

 

その様子をぼうっと見ながら、時たま思い出したかのようにAMBACで位置を調整する。
シンはアラハバキへの着艦許可が出るのを待っていた。
「ぇっくし!」
『ん? ドライバー風邪か? コーディネイターの癖に』
「いや、そんな筈ないんだけどな……」
「こちらアラハバキ管制、お待たせしました。 インパルスエクシード、シン・アスカの着艦を許可します」
「了解。 これより着艦体勢に入る」
通信機から聞こえるオペレーターの声にシンが答える。
「コースクリア、着艦どうぞ」
『こんな状態で大丈夫か?』
オペレーターの言葉にRBがシンへと問いかける。
「大丈夫だ。 問題ない」
とは言うが、インパルスエクシードの現状は正直シンも不安ではあった。
左足は脛から先が無くなり、右肩は吹き飛び、全身のスラスターもあちこちが潰れている。 
『……本当に大丈夫か? 人生にリセットボタンはないぞ?』
「(電源スイッチはあるけどな) こちらシン・アスカ、
 此方は中破状態なんで、巧く着艦できないかもしれない。 一番良い制動ネットを頼む」 
心配そうなRBの声に、不安を覚えたのかアラハバキへとシンは通信を繋いだ。
「準備は整っています。 ご心配なさらずに」
余裕のあるアラハバキオペレーターの声に、安心しながらシンは
残り僅かになった推進剤で機体を立て直し、着艦コースに入る。
「RB、バランス調整は頼む」
『オートバランサーはまだ生きてる。 前回のデータもあるからそのままいけるぞ』
「……はは、毎回着艦する時はボロボロだからなぁ」
シンとRBの漫才じみたやり取りの間にもインパルスエクシードはオートバランサーで調整しながら
アラハバキ内部へと侵入していく。
『舌を噛むなよ?』
「言われるまでもねぇよ、っと」
片足を失ったインパルスは着艦ネットにもたれかかる様に足をつけた。
『さて……着艦したがこれからどうするんだ?』
控えていた二機の作業用ザクに両脇を挟まれ、格納庫に運ばれながるインパルスエクシード。
その中でRBはシンへと問いかける
「取り敢えず話をするさ。 内容は鬼が出るか蛇が出るか、お楽しみにって所だな」
コックピットの中の与圧が済み、酸素も十分な事を確かめるとシンはヘルメットを脱いだ。
『はっ、鬼はお前じゃないのか?』
「なら蛇が出てこないように祈っておくさ」
皮肉めいたRBの言葉に、冗談めいた口調でシンは返す。
「それとRB、念の為、いつでも出れるようにしといてくれ」
『最悪の場合、“やる”と言う事で良いんだな?』
目を細め、僅かに敵意の篭ったシンの言葉にRBは再確認する。
「話し合いにならなかった場合は、隔壁の一つや二つは吹き飛ばす事になる。 かもな」
シートベルトを外しながら、コックピットハッチのロックを解除する。
『やれやれ、そうはならない事を願うよ』
「全くだな」
溜め息交じりのRBにシンは鼻を鳴らしながら頷いた。

 

「失礼します ユージェニー隊長より自室へ案内するように申しつかっております」
コックピットから出たシンに声が掛けられる。 緑服を着た若い兵は拳銃を腰に懸架していた。
「(案外物々しくないな)そうですか、じゃあお願いします」
重武装の複数の兵士に囲まれると想像していたシンは多少拍子抜けしながらも二つ返事で頷く。

 

案内役の兵士に先導されながら、周囲を見渡すもさほど目新しい物も無く、ただ艦内通路を歩いていく。
真新しい内装は僅かにミネルバを思い出させたが、ミネルバ級をベースをしている為
シンの興味を引くようなものはなかった。

 

「失礼。 少々お待ちください。 隊長、客人をお連れしました」
司令室の前に来た兵士は立ち止まると、ドアに付いたインターホンに向かい話しかける。
(一応客人扱いって事は多少話し合う余地があるか?)
シンは何事も無くすんなりと来た事を意外に思いつつ、思案をめぐらせる。

 

『入って貰ってください』
アンリ・ユージェニーと名乗っていた男の丁寧な声と共に扉が開かれ、
中から出て来たボディアーマーとライフルを担いだ二人の兵士がシンの両脇に立った。
「申し訳ありませんが、ボディチェックをさせて頂きます」
「どうぞ」
ここで逆らい問題を起こす気も無いシンは素直に頷き両手を挙げる。
「……失礼しました、お入りください」
金属探知機とパイロットスーツのポケットの確認を終えると、
シンは深々と頭を下げた兵士に軽く会釈をし、奥へと進む。
奥にあったのは金属製の執務机と簡易なテーブル、向かい合ったソファー。
シンに気づいたのか、執務机に座る男が立ち上がる。
「ご足労かけて申し訳ない アンリ・ユージェニーです」
アンリはシンへと近づくと右手を差し出す。
「えーと、傭兵赤鬼……シン・アスカです」
グローブを外し汗ばんだ手を軽く拭うとシンも握手に答える。
「やはり、そうでしたか、お会い拝見出来て光栄です。 まぁ、掛けて下さい」
アンリはにこやかな笑顔を見せるとソファーを指し示した。
「あ、失礼します」
釈然としないままシンは腰掛ける。
「セキュリティがこんなに緩くていいのか。とでも言いたそうな顔をしていますね」
「いえ、そんな事は……」
内心を見透かされたシンはできるだけ表情を顔に出さぬように否定する。
「まぁ、セキュリティも緩くなります。 相手が前大戦の英雄、シン・アスカと知れば」
「英雄? 戦犯の間違いじゃないんですか?」
アンリの英雄と言葉に眉とつり上がり、口元が引き攣り、語尾が僅かに上がる。
「どうやら余計な一言だったようですね。 すみません、忘れてください。 
 まぁ、君がどう評価されるかは後世の歴史家に任せるとして……アスカ君、イゴは出来きますか?」
シンの態度から触れて欲しくない事だと悟ったのか、アンリは話題を変える。
「イゴ? 囲碁の事ですか? まぁ嗜む程度には」
「じゃあ決まりですね。 やりましょう、すぐにやりましょう。 話は打ちながらでもしましょうか。
 あ、飲み物もいりますね、……君、お茶を持ってきてください。 熱いのね」
子供のような態度に拍子抜けしたシンがうなずくと、インターフォンで部下に指示を出す。
その声と態度に、僅かに灯っていた怒りの炎は消え、シンはすっかりやる気が削がれてしまったのだった。

 

簡素なつくりのソファーに向き合い、シンとアンリは碁を打っていた。
「むぅ……つまり、現在ザフトとオーブ軍残存は連合と共にアーモリーへと集結し
 反撃の機会を窺いつつあるとパチン
「ん……ええ、正確に言うならザフト残存と言うより、エザリア議長代理が
 歌姫の騎士団とアーモリー防衛艦隊、雑多を纏めたものですけど、それなら パチン
「ふむ……ですが、正規ザフトには代わりはないでしょうパチン
「あ……でも本隊は向こうですし、アプリリウスも押さえられてますよパチン
「なっ……個人的にはテロリストと手を組んでクーデター起こすような連中を
 正規軍と認めたくはないですねパチン
「おっ……ではマティウスはこちらに付いてくれるんですねパチン
「え……君の助太刀に入った時点で選択の余地は殆どありませんでしたが、話を聞いて決めました。パチン
「そんな気軽に決めていいんですか?」
「私は先遣隊責任者であると同時にマティウスシティの決定権を委任されています。 問題はありませんよ」
「きっとアーモリーの議長代理も喜びますよパチン
「……待った」
シンの打った手にアンリの手が止まる。
「待った何度目ですか?」
「私の記憶が確かなら3度目ですね」
呆れたようなシンの口調にもしれっした表情で言い放つアンリにシンは微妙に表情を歪めた。
「失礼、茶が入ったので持って来ました」
ノックと共に入ってきたのは、お盆をち黒服を着た大柄の男、
ユージェニー隊副官アレック・ラッドであった。
「……」 「……」
「何です?」
突如押し黙った二人に、アレックは訝しげな表情を見せた。
「ゴツい男にお茶を入れて貰っても嬉しくないなぁ……
 ああ、アスカ君、彼はうちの副長のアレック・ラッドだ」
「(気持ちは分かるけどな)はじめまして、シン・アスカです」
大きく溜め息を付くアンリにシンは苦笑いを浮かべながら頭を下げる。
「アレックだ。 お会いできて光栄だ、ミスターアスカ。 ところで緑茶だが、砂糖はどうするかね?」
軽い会釈をするとアレックは急須から茶碗に緑茶を注ぐとシンへと問いかけた。
(スルー力(りょく)高けぇ)
アンリのふざけた発言をまるっきり無視するアレックにシンは妙に感嘆していた。

 

「参りました……しかし、強いですねぇ」
アンリは茶を啜りながら碁盤を片付ける。
「親父の趣味で良く付き合わされてましたからね、ところで、ユージェニー隊長はどこで囲碁を?
 オーブからですか」
碁石を升にしまいながらシンは問いかける。
「いや、アレックとルドルフ……ルドルフは金色のガッシャに乗っていた五月蝿い部下ですが
 まぁ、その二人が東アジア共和国に駐留していた時に周辺住人から教わりましてね。
 それがうちの隊に広まったと言うわけです」
盤を仕舞ったアンリはアレックが持ってきた盆に乗っていた茶菓子に手を伸ばす。
「ああ成る程 ところでユージェニーさんはグフのテストパイロットだったパイロットですよね?」
シンもアンリに習い茶菓子、最中に手を伸ばす。
随分和風だなと思いながら、シンはアンリ、アレックとルドルフの名に
聞き覚えがあったのを思い出していた。

 

アンリ・ユージェニー、元FAITHのパイロットでグフのテストパイロットも勤めていた。
この時、四肢換装による汎用性の高さをアピールするために造られたのが
シン、赤鬼の現在の愛機であるグフクラッシャーの原型機だった。
バックパックと武装換装による手軽さが評価されザクとの競合に敗れた後はFAITHの任務に戻っていたが、
デュランダル議長が対ロゴス路線を打ち出してからは地上に降下。
オペレーション・ラグナロク、ヘブンズベース攻防戦において、
モスボール保存されていたグフクラッシャーを駆り、密かに基地に侵入。
閉所である事を生かし格闘戦で多数の敵機を撃破、ロゴスの幹部達を捕らえるのに大きく貢献した。
続くオペレーション・フューリー、オーブ攻防戦、ダイダロス、レクイエム攻防戦、メサイア攻防戦にも
最後までデュランダル議長側として参戦していた。
残念ながら顔を合わせることはなかったが、
その勇名は精神的に衰弱し、追い詰められていたシンの耳にも届くほどだった。
その部下もMSパイロットならどこかで耳にしたことのあるエースだ。
常に正々堂々とした態度とナチュラルを差別、卑下しないザフト地域司令ミスタージェントル。
金色に塗られたMSを駆るそこそこ腕のいいパイロット麗雄。

 

「おお、やっとその話を振ってくれましたね、その通りです!
 いやぁ、君のグフクラッシャーが活躍してくれたお陰でグフクラ自体が再評価されましてね。
 ガッシャ設計チームに誘われて、一部武装の設計とテストパイロットを務めさせてもらったんですよ」
シンの言葉に、口元をニンマリと歪めると本当に嬉しそうにアンリは話し始める。
「ああ、それでマティウスにいたんですね」
「ええ、残念ながら、ガルバルディには負けてしまいましたが、重戦として採用されて助かりました。
 それにしても、まさか傭兵赤鬼がシン・アスカだとは、夢にも思いませんでしたよ」
シンの相槌に頷くと、アンリは興味深そうな顔でシンの顔をじっと見る。
「はは、色々ありまして。 でも、良いんですかね? こんなのんびりしてて」
苦笑してお茶を濁すと、シンは話題を変える。
「そうは言っても、現在位置はアーモリー1とアプリリウス1の中間。
 しかも無線封鎖状態にありますからねぇ。
 選択肢が限られる以上、常に緊張していても仕方ありません。 時にはリラックスする事も必要ですよ」
若いシンを諭すように言うと、アンリは再びお茶に口を付ける。
「まぁ、そうなんですが……」
「早く帰りたいのは分かりますが、そう気負う必要はありませんよ。 
 艦隊に一撃を入れて、追撃部隊は蹴散らしましたんです。 連中も早々には動けないでしょう。
 それに、君にはアーモリーとつなぎを取って貰う重要な仕事があるんです。
 部屋を用意したので、ゆっくり休んでください」
まだなにか言いたそうなシンに 微笑むとアンリは大きく頷いた。
「そうですね。 では、お言葉に甘えさせていただきます」
アンリの話にようやく納得したのか、シンは深々と頭を下げた。

 
 

数時間後、アーモリー1周辺宙域アラハバキ艦内
案内された部屋で仮眠を取っていたシンの意識を覚醒させたのは、アラハバキ艦内に響く警報音だった。
「何だ!? この音、第二種警戒態勢か……!?」
まだはっきりしない意識を頭を振り覚醒させる。 警報音がしてすぐに起きたのは体に染み付いた習性か。
状況を探ろうと聞き耳を立てると周囲から聞こえてくるのは多数の人間が走り回る足音。
(マティウスの状況に何か変化があったのか?)
「RB、艦内が騒がしいが、何があったか?」
インパルスエクシードのRBと繋がっている小型情報端末に話しかけるも、ノイズだけで返答はない。
「ジャミング? いや、NJの影響か?」
近づいてくる足音に、只事ではないと悟ったシンはベッドから起き上がり、右爪先で床面を三回蹴った。
踵の部分に隠されていた小箱が飛び出し、シンはそこから黒光りする何かを取り出し、
左足でも同じ動作をする。
幸いにして、部屋の扉にロックは掛かっていない。
端末を懐にしまうと両手に二丁の小型拳銃を携え、部屋から飛び出した。
周囲を警戒しつつ、中腰でなるべく背を低くして進み、曲がり角に差し掛かる。
耳を澄ますと聞える足音、凡そ十人前後。 足音の重さからして重武装の兵士だろう。
「ちっ……! やるしかないか」
意を決して飛び出すと、フル装備の兵士が一斉にライフルを構える。
「待て、シン・アスカだ! 味方だ!」
丸腰の、パイロットスーツを着たアレックが兵士の前に飛び出て制止する。
「この騒ぎ、いったい何事ですか?」
反射的に拳銃をポケットにしまうとシンはアレックに問い掛ける。
「ああ、すまない。 君を呼びに来たんだ」
「完全武装して、ですか?」
頭を下げたアレックにシンは眉間にしわを寄せながら問い詰める。
「いや、どうも厄介事になりそうでな。 直ぐに来てくれると助かる」
頭を掻きながら釈明するアレックは兵士達に手で下がって良いと仕草する。
「厄介事ですか?」
「ああ、アーモリー1付近に来たのは良いが、結構なお出迎えでな。
 うちのがNJの影響と通信機器の不調で通信が繋がらないらしい。 
 MSを出したら敵意があると受け取られかねんので対応に苦慮しているところだ」
アレックは大きな溜息をつくとやれやれと首を振る。
「わかりました。 俺が行って説明すればいいんですね」
「手間をかけさせてすまないが、そうしてもらえると非常に助かる」

 
 

アーモリー1周辺宙域 
「全く、俺の時に来なくても良いのになぁ。 ミネルバ隊から二人借りといて正解だったかね、こりゃ」
突如現れた正体不明の戦艦に、連日の襲撃で慣れきった駐留艦隊は冷静に迎撃部隊を出撃させていた。
スクランブル当番だったイザークに変わり指揮を取っているディアッカはぼやきつつ
戦域マップを展開周囲を索敵する。
こちら側は前衛にMSを、後方に戦艦を置き扇状に展開したシンプルな陣形だ。
「さて……どうくるかね? デューク、相手に動きは?」
黒いブラストガルバルディαに乗るディアッカはより高性能な光学モニターを持つ狙撃手、
スナイパーブラストガルバルディβに乗るデュークへと問い掛ける。
「無いですね、視認かのー……ゴホン可能なギリギリの位置で止まってます。
 これはあくまで私見ですが、通信が通じないので戸惑っているのかもしれません」
素の口調を訂正しながら、デュークが意見を述べる。
「じゃあ、こっちから接触した方が良いじゃん」
「あくまでも私見だよ。 本当にそーかは分からないからな。 ってか余計なこと言うな」
ブレイズβがスナイパーブラストβにモノアイを向け、
横から口をはさむプルデンシオをデュークが叱責する。
「全く、ルナマリアやアビーが苦労する訳だ……」
自由奔放というかどこか緊張感のない二人にはぁ、と軽くため息をつくディアッカ。

 

だが、同時に心の何処かで二人の軽口に悪くない気もしていた。
部隊の色とでも言う物なのだろうか、ジュール隊は部隊長であるイザークの性格や好みを反映してか
実直で真面目な連中が多かった。
どこか愚連隊じみたミネルバ隊の自由な気風はどちらかと言えば、
同じ艦隊MS戦隊であるシェダー隊に近いだろう。
ディアッカとしてはかつての三隻同盟に近い雑多さのあるシェダー隊やミネルバ隊の方が好みなのだが、
まぁ文句など言っても仕方がない。
他シティの部隊長就任の話を蹴り、近くにいて面白いとイザークの副隊長を選んだのは自分だ。

 

「しかし、悪くはないと思います」
意見を述べたのはプルデンシオと同じブレイズβに乗る
ディアッカの数少ない子飼いの部下であるマレットだ。
その言葉にディアッカは少し考え込む。 おそらく所属不明艦は艦影からミネルバ級と推測出来る。
頭の中で此方の戦力とミネルバ級の性能から、最悪の事態を想定し、結果を算段する。
「……そうだな、取り敢えず警告でもしてみるか。 
 こちら、アーモリー1駐留艦隊第一MS戦隊ジュール隊エルスマン支隊。
 現在貴艦がいるのはプラント自治区アーモリーシティの主権領域である。
 速やかに貴艦の所属と目的を明らかにして頂きたい」 
全領域通信でディアッカは呼び掛ける。
内心応じれば儲けもの位に考えていた。

 

五分程過ぎただろうか、ミネルバ級からの返答はおろか、反応すらない。
「反応無しか。……警戒レベルをBに引き上げ、所属不明艦に接近する
 マレット、プルデンシオは俺に続け、デューク、リリアはこの場で指示を待ち、
 その他は距離1500まで接近しろ」
状況は悪くない。 算段を続けながらディアッカは部下への支持を出す。
「待って下さい、艦載機が一機出ます」
最初にミネルバ級戦艦の動きに気づいたのは、矢張りディアッカ子飼いであり
エルスマン支隊で後方支援、電子戦と戦域通信指揮統制を担うリリアの
コマンドガルバルディβCCIタイプEだった。

 

コマンドガルバルディβCCIタイプEはNジャマー下での無線通信を円滑化すべく開発された
戦域通信指揮統制用ザクウォーリア、コマンドザクCCIをベースとした機体である。
超高性能複合通信システムを搭載し、左肩に複合大型パラボナアンテナ、右肩に自衛用超高速レールガン。
背部に電子作戦用機材パックを背負い、頭部カメラも狙撃機並みの高精度の光学機器に交換している。
内部構造も全面的に改修されており、ウィザード、シルエット換装を不可能とする代わりに
高度に専門化した後方支援専用機である。

 

「艦載機、しかも一機だと?」
予想だにしない相手の動きに、ディアッカは訝しげな表情を浮かべる。
「んー、機影はGタイプみたいだな。 識別は味方? あれ? この信号パターンは……
 インパルスエクシード!? 待ってください! アスカさんです!
 ミネルバ級から出てきたのはシン・アスカさんです!」
メインカメラを最大望遠で謎のMSへと向けたデュークはすぐさま信号パターンを調べる。
見覚えのある機影、パターンにそれがシンのインパルスエクシードである事に気付いたデュークは
慌てて大声を上げた。
「なんだって?  取り敢えず戦闘態勢解除だ!」
確かに四肢の一部を失ってはいるが、インパルスである事を目視にて確認したディアッカのブラストβが
右手を上げ、部下を制止する。
『調整……繋げるぞ』
「あー、こ…らイガガルスクシード、シン・アスカ聞こえますか?」
ノイズの入り混じった音声が次第にクリアになり、
その場に居合わせた全員にシンの声がはっきりと聞こえた。
「シン、お前集合場所に現れなかったかと思えば何やってるんだ」
呆れたような口調のディアッカは口を半開きにしながら、
まじまじとシンとインパルスエクシードを見詰める。
「まぁ、本当に色々ありまして詳しくは追々……
 あ、後ろのミネルバ級はマティウスシティ艦隊のアラハバキで、味方です。
 って言うか、マティウスシティの部隊は味方です。
 司令部か議長代理と話がしたいらしいんですが、無線が故障したみたいで……」
「はぁ!?……いや、確かにマティウスシティの動向は掴めなかったけどよ。 マジで何があったんだ!?」
しどろもどろになりながら説明するシンの断片的な内容にディアッカは驚きの声を上げた。
「殿で追撃隊の足止めしてたら加勢してくれた上に、拾って送ってくれたんですよ」
「……お前もイザークと同じで周囲を飽きさせないな」
シンの話を聞きながらディアッカは感嘆の溜め息をつく。
周囲にいたってはもはや言葉すら出ないのか状況を見守っていた。
「それ褒めてるんですか?それとも嫌みですか?」
「両方だ。 しかし、参ったな。 俺の判断でどうこうする訳にはいかないな。
 上の判断を仰ぐから……取り敢えず、出島に入って貰った方が良いか」
むすっとしたシンの言葉を受け流したディアッカは対応を考え込むと、ふと思い付いたように手槌を打った。
「出島って言うと」
『……スペースポートか。
 ブレイク・ザ・ワールド事件やレクイエム戦役で大分数を減らしていた筈だ』
シンの疑問にRBは自身の持つ知識から引き出すと呟いた。

 

一般に『出島』の名前で呼ばれるスペースポートは、前々大戦初期から中期において
プラント外の人間ジャンク屋や中立国企業などとの取引の為に設置されていた。
だが、ヤキン・ドゥーエ戦役後期になり戦火が広がると、戦線がプラント周辺に近づくにつれ、
ザフトが簡易補給基地へと流用する為に徴用され、その数を減らしていった。
戦後、再使用可能な物は元の用途に使われていたが、ブレイク・ザ・ワールド事件の後、
反コーディネーター感情の高まりにより、使用機会が激減。
レクイエム戦役終結後のラクス・クライン政権では融和政策の元、プラントの港を全面解放した為、
今や残存する出島は片手で数えられる程の数となっていた。

 

「そんなもん一体どこから引っ張って来たんですか」
純粋に好奇心から疑問を感じたシンはディアッカに問い掛ける。
「民間に払い下げたのを借りてきたんだよ。 個人的に色々コネがあってな」
シンの疑問をはぐらかすようにディアッカは笑ってみせた。
若年化の進むザフトでも部隊長としては所謂『若造』に当たり、作戦遂行、戦術指揮能力は充分でも
政治センス皆無のイザークに変わり、ディアッカはジュール隊の番頭として部隊を取り纏めていた。
ある時は表に立ち部隊を指揮し、またある時は裏方に回り他部隊、上層部との折衝役を買って出る。
時には正攻法で交渉し、人には言えない独自のコネを使い恫喝まがいの動きすらしてみサタ。
イザークがジュール隊の顔で大黒柱、シホがそれを補佐する支柱なら、
ディアッカはジュール隊を支えている屋台骨と言っていいだろう。

 

「まあ兎も角、エスコートは俺達でやるから、お前は帰還していいぞ」
話が纏まったと見たディアッカはブラストβでアーモリー1を指し示す。
さっさと帰れとでも言いたいのだろう。
「アスカさん、推進剤とか足りてますか?」
プルデンシオのブラストβがインパルスエクシードに接近する。
「いや、俺は大丈夫だからアラハバキの先導を頼む
 無線の故障で送遠距離信が出来ないから近距離か接触回線で連絡をとって欲しいんだ。
 一応向こうにも事情を説明するから付いて来てくれ」
言い終わると同時に、シンはインパルスエクシードを反転させた。
「了解です」
インパルスエクシードの後を追い、ガルバルディも移動を開始する。
「RB、接触通信用のワイヤー頼む」
『ワイヤー射出……接続完了。 話せるぞ』
インパルスの右手に接続された、接触通信用のワイヤーをブリッジ周辺に発射する。
「こちらシン・アスカ、話が付きました。
 現場じゃ判断出来ないので、上層部の判断仰ぐ為に取り敢えず出島の方に入って欲しいみたいです。 
 エスコートをジュール隊のエルスマン支隊と、こっちのミネルバ隊のプルデンシオ・アイマンが行います」
「アスカ君、ユージェニーです。 話はこちらでも把握しました。  世話をかけました、感謝します」
通信を繋ぎ、説明するシンにアンリの返答が聞こえた。
「いえ、連れてきて貰った礼はこちらがしたいくらいですよ」
アンリの礼に謙遜しながら、シンは頭を頭を下げた。
「また会いましょう、アスカ君」 「ええ、近い内に……また戦場で」
引き締まった表情のアンリの敬礼にシンも返礼を返した。
次に会う時もまた戦場、おそらくこの騒乱でも最大規模の戦であるとは二人は感じていた。

 
 
 

アーモリー1港湾部格納庫
「まーた、派手にやったなぁー」
四肢を失い大破寸前、完全に中破したインパルスエクシードを前にヴィーノは呆れたような口調で呟いた。
床面を蹴り、コックピットへと近づく。 
港湾部は重力が軽いので軽く蹴っただけでもコックピットまで行けるのは非常に便利だ。
途中、あんぐりと大口を開けた局長の顔が目に入ったが
精神衛生上の問題から気のせいと言う事にしておく。

 

「おーい、まだ生きてるかシン?」
「……生憎、まだ生きてるよ」
ヴィーノの冗談めかした口調にシンも苦笑いながら答える。
「そりゃあ良かった調子はどうだ?」
インパルスに取り付いたヴィーノは縁に手をかけると慣性を殺し、コックピットハッチへと移動する。
「悪くない。 仮眠も取れたしな。 あ、ヴィーノ悪い。 ハッチ開けるから退いてくれ」
シンはシステムを通常モードから待機モードへと移し、ハッチのロックを解除する。
「あいよ」
返事をしながら飛び退くヴィーノ。
装甲が展開し、続いてコアスプレンダーのキャノピーが開いた。
「よいしょっと」
シートベルトを外し、携帯端末を右手に持つと、
シンは左手でキャノピーの縁に手をかけ腕の力で体を持ち上げた。
「おかえりー」「ただいま」
右手を上げたヴィーノにハイタッチで答えるシン。
「長丁場だったのに案外元気だな」
シンの横顔を見ながらヴィーノが不思議そうな顔を見せる。
「ま、慣れてるからな。 ……でも今回はホント疲れた」
床に足を着けたシンは大きな溜め息を付いた。
「ああ、煙草も吸いたいし、熱い風呂に入りたい。
 ついでに腹ぺこだからなんでも良いから腹に入れたいよ」
「そんだけ我が儘あるんなら、もう一回出撃しても大丈夫そうだな」
大きく頭を振ったシンにヴィーノは意地の悪い笑みを浮かべ半ば呆れたように言った。
「冗談じゃないぜ、まったく。 ……ん? あれは」
ヴィーノの言葉に渋面を作ってみせたシンは遠くから近づいてくる人影に目を細めた。
「戻ったのか、シン」
格納庫の入り口から飛んできたのはコートニーだった。
「コートニーさん」
見知った人影に気付いたシンは手を振り応える。
「聞いたぞ、殿しかも単機で大立ち回りしたそうだな」
シンとヴィーノの隣に着地するとやれやれとインパルスエクシードを見上げた。
「傭兵なら何時もの事ですよ」
「先代ミネルバ時代から良くありましたね」
コートニーの言葉に顔を見合わせると二人は乾いた笑い声を上げた。
「さらりと言うな。……それより、お前が見つけた例のデカブツの事だ。 えらい騒ぎになってるぞ」
突っ込む事を諦めたのか、コートニーは小さく息を吐くと眉をしかめ、声量を抑え囁く。
「デカブツ?」
『お前がケルベロスを叩き込んだ謎の構造体の事だろう』
「ああ、あれか!」
はてと首を傾げていたシンは携帯端末から聞こえたRBの声に相槌を打つ。
「あれがどうかしたんですか?」
納得したところで再びシンは首を傾げる。
「お前がソキウス・スリー中尉に渡したデータを解析したら色々マズいことがわかったらしくてな。
 今上の方で部隊長級まで集めて対策会議中だ」
周囲を見渡し、声を潜めるコートニー。
「大事になってますね」
雰囲気を察したのか、シンの声もつられて小さくなる。
『他人事のように言うな』
「いや……確か、シンにも呼び出しが掛かっているぞ」
RBの鼻を鳴らすような声に、引っ掛かりを覚えたヴィーノはふと考えると思いだしたように声を上げた。
「俺が?」
一傭兵でしかない自分をわざわざ呼び出す理由が思い当たらないシンは訝しげな表情を見せる。
「おそらくだが、直接目撃したお前の意見が聞きたいのかもしれないな」
「呼び出しって……俺はどうすりゃ良いんですか」
シンはコートニーの推測に頷きながらも眉をハの字に歪め、困った顔を見せた。
「本来なら上位責任者に確認を取るのが筋なんだが……」
「ジュール隊長もトライン艦長も暫く帰ってきそうにありませんしねぇ」
言い淀むコートニーの言葉を、ヴィーノが続ける。
「仕方ない。 私が確認しておくから取り敢えず一休みして来るといい」
「すみません、助かります。 ……観測データなんかも持って行った方が良いですかね?」
『そちらの方は今回の戦闘をまとめるついでに私がやっておこう』
「おっ、悪いな、RB」
『気にするな、私は気にしない』
礼を言うシンにRBは何時もの調子で返す。
「飯行くんだろ? 食堂の場所は分かるか、シン?」
「4年前から変わってないなら、大丈夫だよ……とその前に」
ヴィーノの問い掛けに頷くとシンは胸ポケットからタバコの箱を取り出すと一本口に咥えた。
「火気厳禁の格納庫でタバコなんて吸うな!」
間髪いれずヴィーノが煙草をむしり取る。
「……咥えるだけだよ。 痛っ!」
嫌そうに顔を歪めたシンは次の瞬間、後頭部に走った痛みに思わず後頭部を抑えた。
「馬鹿野郎! 格納庫でタバコ吸う奴がいるか! ○ね!」
振り返ったシンが見たのは鬼の形相で睨み付ける局長の姿だった。
「だからってスパナ投げる事は……」
『どう考えてもお前が悪い反省しろ』
涙目で後頭部を押さえるシンにRBの叱責が飛ぶ。
「へいへい、すみませんでした〜。 はぁ……仕方ないとっとと飯に行こう」
煙草の箱を胸ポケットへ仕舞うとバツの悪そうな顔でとぼとぼと歩き始めるシン。
「あ、シン! 端末に連絡するから電源は入れて置いてくれ!」
「了解」
コートニーの叫びに大きく手を上げることでシンは答えた。

 

「……さて」
格納庫から出たシンは周囲に人がいないことを確かめると、煙草を落ちないように咥える。
シンがタバコを咥えるのは大抵何かを考え込たい時だ。
「RB、どう思う?」
タバコに火もつけずにそのまま暫く歩くと、脈絡もなくRB本体と繋がっている端末へと話しかける。
『また随分と唐突だな。 呼び出しか、それとも謎の建造物のことか?』
RBは口では唐突とは言うものの、それが当然であるかのように答えて見せた。
「後者だ。今更呼び出し受けてどうこうも無いだろう」
シンもまたRBが答えてみせたのになんの疑問も抱かずに話を続ける。
『確かにな』
「率直に聞く、あれはなんだと思う?」
フムと、頷くRBにシンは問いを重ねる。
『あの大きさ、観測データから推測できた形状。 近くに居ただけでわかる大出力。
 これだけならまだしも、ケルベロスIIを弾く程のPS装甲ときた。 
 間違いなく兵器。 それもジェネシス、レクイエム並みの戦略級の兵器だろう。』
「兵器、か……」
RBの推測を聞きながら、シンは誰にでもなく呟くとスッと目を細めた。
『シン?』
「なぁ、RB。 あれとインパルスエクシード、どう違いがあるんだろうな? 
 サイズか? 戦略級か戦術級か? 殺す人数か? 
 どちらにしても兵器は人を傷つける為の物だろう? なら結局突き詰めれば同じ物なのかもしれないな」
シンはふと立ち止まると首を振る。 
咥えていたタバコを右手で抜き取るとそれを握り締め、どこか達観した様子で呟いた。
『シン、お前は……』
「冗談だよ、冗談。 今更悩むくらいなら傭兵なんてやってないさ」
シンの様子を訝しんだRBは声を掛けるがシンは口元に笑みを浮かべ、端末を叩いてみせた。
『ならいいがな』
「なんだよ、その言い方ん……潮の香り?」
シンは鼻孔の中に入ってきたプラントとは場違いな海の匂いにふと周囲を見渡した。

 

「 な ん て こ っ た ぁ ! 」

 

遠くから聞こえた素っ頓狂な壮年の男の叫び声に思わずシンは顔を向ける。
そこにいたのは地球連合の白い軍服を着た筋骨隆々、日に焼けた浅黒い肌の男だった。 サンダル履きの。
「PXに水虫薬はない……のはまぁ、仕方無いとして、煙草は無いのはどうなってるんだ!
 しかも喫煙所が何者かに破壊されてるとか……」
「あー、酷い事する奴がいるもんだ」
先程までの思索はどこに行ったのか、無表情に顔を背けるシン。
『おい、こっち向いて言え』
「あー、あー、聞こえない!」
すかさずRBが突っ込むがシンは耳をふさぎ足早に立ち去ろうとした。
「ん?」
「あ!」
だが目があった。 合ってしまった。
サンダル履きの軍人は目のあったシンに素早く近づいてくる。
(局長もかなりゴリラ似だが、この人もかなりゴリラチックだな)
「あの……すみません」
「は、はい!」
男を見て下らない事を考えていたシンはおずおずと話かけられたことに驚き、思わず背筋が伸びる。
「何方かも存じない初対面の方に大変失礼なのですが、なぁ……兄ちゃん煙草持ってないか?」
「(思ったよりもフランクだな、このゴリラ)あー、紙巻の安物で良ければ……どうぞ」
あーやっぱりなと内心思いながらシンは未開封の箱を差し出す。
人に火をタカったシンも人の事を言える立場に無いと自覚している。
「いや、一本だけ貰えれば十分だ!」
箱を差し出したシンに男は慌てて首を振る。
「自分の分はまだありますので。 それに連合の軍人の方とお見受けします。
 循環型のプラントでは煙草は殆ど市販されていませんから手に入りませんよ」
「……そうか、そうだったな。 宇宙に住む人々にとって空気とはその場に元々ある物ではなく、
 命を繋ぐ為の貴重な糧だったな」
シンの言葉に男ははっと気付いたのか、横に首を振った。
「やれやれ、ここのところ海暮らし多かった所為か上の宇宙(うみ)を忘れていたようだ」
「うみ……? あ、海軍の方でしたか?」
男の言いまわしにシンは一瞬首を傾げ、すぐに納得できたのか頷いた。

 

宇宙を海と言うのは海軍出身者が多い。
シンの知り合いではジェーンがその言い回しを好んで使っている。
逆にエドを始めとする陸、空軍出身者はそらと呼ぶ者が多かった

 

「お、分かるかね? 今は宇宙軍だが若い頃は爆雷処理艇やミサイル艇、駆逐艦に乗って
 7つの海を駆け抜けたもんさ。
 まぁ、ついこの間も人手が足りない海軍の手伝いで下に降りていたのだがね。
 全く、古巣とは言え…官、それも中…を良くこき使えるよ」
サンダル履きの男の世間話はいつの間にか愚痴じみたものへと変わっていた。
「それは随分と……でも何でまた?」
「大分出世した昔の恩師に頼まれてね。 断り切れなかったのさ。
 ……と、余計な話をしてしまったな。 煙草有り難く頂くよ。 ありがとう!」
自分が長話でシンを留めていることに気付いた男は詫びながら礼を言う。
「あ、いえ、お構い無く」
「どこかに用があったのだろう? 引き留めてしまった私が言うのもなんだが、早く行った方が良い」
「では、自分はこれで」
「ああ、この礼は必ずする」
シンが深々と頭を下げると、男は連合式の敬礼で答えた。

 

「コーディネイターにも煙草を吸う良い人がいるんだな……さて、喫煙所を探さねば」
歩き去っていくシンの後ろ姿を見ながら、男はキョロキョロと辺りを伺う。
とそこで男は見知った姿を見つける。
「ここにおられましたか! 閣下、お迎えに上がりました」
向こうも気づいたらしく足早に近づいてくる。
「ん……大尉か。 わざわざスマンな。 しかし、使い走りとはご苦労な事だ」
閣下と呼ばれたサンダル履きの男が振り向くと、そこには男と同じ白い大西洋連合軍の軍服を着た
大尉の襟章を付けたパーマのかかった金髪の小柄な男がいた。

 

コールネーム、フラッグリーダー。 メタトロン艦内は勿論、原隊である第二地球軌道艦隊内で
『大尉』とだけ呼べば通じる程には有名な男だった。
エキセントリックな発言もさることながら、レナ・イメリアの教え子の中でも
虎の子と呼ばれる期待株にして大問題児。
更に、若いながらも第二地球軌道艦隊旗艦メタトロン艦載機隊の内の一隊、
精鋭部隊オーバーウィングスの隊長一番機を務め認められる実力は
かつての切り裂きエドに匹敵するとさえ言われていた。

 

「自室謹慎を受けているよりも余程マシです」
疲れたようにため息を吐きながら頭を振る大尉。
「ん、そうか」
大尉は先日の出撃した際の報告書製作中に
「少年が私を、強者を求め呼んでいる!」などと戯言を抜かし、突如姿を消した。
職務放棄と無断外出した一件で自室謹慎と始末書処分を受けていたのだった。
「私のことなどどうでもいいですが、閣下、例のデカ物に緊急対策会議が開かれるそうです。
 至急お戻りを」
「やれやれ、せめてタバコの一本も吸わせてくれないか? メタトロンは禁煙で肩身が狭いんだ」
大尉の言葉に閣下と呼ばれた男はわざとらしく大げさに肩を竦める。
「駄目です。 提督からタバコの匂いがすると自分が怒られます」 
「仕方ない。 では、会議後の楽しみに取っておくとしよう。
 ……一応言っておくが、咥えているだけだぞ?」
念のため確認をとると男はタバコを一本取り出すと口元に運んだ。
「分かっております」
不承不承といった感で了承する大尉。
「では、行こうか」
「はい、閣下」
「その閣下はやめてくれないか。 なんかムズかゆい。 特に足の裏が」
乗艦メタトロンの繋留されている港湾部に戻ろうとしていた男は、大尉の一言に足を止めた。
「では提督と呼ばせていただきますがよろしいですか?」
男の言葉に意外そうな顔を見せると改めて許可を求める。
「うん、まぁそれならいいか」
渋々提督は頷くと、再び港湾部へと足を向けた。 

 

提督と呼ばれたこの男は大西洋連邦宇宙軍第二地球軌道艦隊司令官であり、
プラント救援連合艦隊総司令も務めるR・G・アルガ中将であった。

 

激動と戦乱の時代だったCE60年代末からCE70年代。 その終わりが近づきつつある。
その最後の大舞台アプリリウス戦役。 
もうすぐ舞台は整い、役者も揃う。
だが、終幕が開くには舞台を降りようとしているかつての主役の復帰を待つ必要があった。