Top > SCA-Seed_SeedD AfterR◆ライオン 氏_第08話
HTML convert time to 0.011 sec.


SCA-Seed_SeedD AfterR◆ライオン 氏_第08話

Last-modified: 2009-12-13 (日) 03:57:47

ゲドラフの銃口が足元の少女に向けられた瞬間、アレックスはアクセルを踏み操縦桿を思い切り前に倒した。
内部ジェネレーターに送られた電力が背部ブースターユニットを介して推進力に変わり、
それがシャッコーの機体を前へと突貫させる。
「うぉぉぉぉっ!!」
大地を蹴り、跳躍。突風が巻き起こった。
逃げ惑う野次馬たちや警察車両をとび越え、
シャッコーのカメラアイが敵機の足元で茫然とする少女を目標に定める。
「間に合えぇッッッ!」
(姉さんなら、俺なんかよりもっとうまくやれるんだろうけどっ!)
下半身を深く落とし、上半身を前へ。そして相対速度は限りなく落とす! 
マニピュレータの精密動作モード起動。両手の節々から荷物運搬用のクッションが膨れ上がる。
ベースボールのヘッドスライディングの要領で、シャッコーは少女めがけてまっすぐ降下した。
交差の刹那、こっちを見て驚きの表情で固まったステラを、シャッコーの手が包み込む。
掌の中に少女が転げこむのを確認すると、シャッコーの機体は上昇し、
一陣の風のようにすぐさまその場を離脱した。

 

ゲドラフの機体が不意の出来事に、一瞬たじろぐように硬直する。
「ええい、今度は何ダワ!?」
「あの肩のマークは、傭兵ギルドのライセンスバリ! なんでこんなに対応が早いバリ!?」
先ほどまで下にいたテロリストのリーダーらしき男と奇妙な髪形の男二人は、
手ごろなビルの屋上で無線片手に何やら叫んでいた。

 

『そんなこと知るか、ジャン! それに、もうこうなったらやるだけやるジャン!?』
そこでゲドラフの外部スピーカーから声。そして、重い銃声が轟いた。
ゲドラフの肩に装備された大口径のマシン・キャノンが、秒間数百発の速さで
鋼鉄の砲弾をシャッコーめがけてばらまく。
人間サイズの薬きょうが地面を叩き、人混みがざわっと波打つ。
空中でビームガンの砲弾の雨をかいくぐりつつ、アレックスはマニピュレータを持ちあげ、
開けたコックピットに少女を文字どうり放り込んだ。

 
 

〜ライオン少女は星を目指す〜
第八話「狼少年とライオン少女」

 
 

開いたハッチから入る上空の冷たい大気を肌で感じながら、無事を確認するため呼びかける。
「大丈夫かキミ! しっかりし――」

 

それは、本当に一瞬の出来事だった。
「ろっ!?」

 

紅の瞳を見開いて、金の髪がひどく捻じれた体勢のままつっこんできたことまではいい。
飛び込んでくる金髪の少女の勢いはとても受け止められるものではなく、
アレックスは条件反射で無意識に少女を守るため受け身を取ろうと両手を広げた。
だがその瞬間、いったいどんな神様がいたずらを働いたのだろうか。
まずアレックスが対人クッションの圧力調整を怠っていただとか、
まずは地上に降りるべきだったなどの問題点や
少女を保護じゃなくて身代わりになって逃がしたらよかったなど要因には事欠けないが。

 

あっ、と思ったその時。
アレックスは見事に少女を受け止め、背中をシートに打ちつけた。
両腕で抱きしめるような格好で。

 

そして、思い切り唇同士をくっつけて。

 

「「…………ッ!?」」

 

時の流れがゆっくりになった。
唇がそっと離れるまで、お互いの呼吸を感じていなかったから。

 

少女を支えていた両手は宙を掻き、何が起こったかわからずアレックスは冷静に取り乱していた。
アラート。
衝撃でコックピットが大きく揺れる。
その瞬間、はじかれたようにお互いの上半身が引きはがされる。

 

『当たったバリ!』
『その調子ダワ、ダワ!』
『でもなんで急に動きが止まったジャン?』
アレックスの視線の先、少女の後頭部の後ろにあるディスプレイが被弾したことを無機質に示す。

 

恥ずかしいやら驚いたやらで、アレックスと少女はお互いに何かごにょごにょとどもりながら
言葉を紡ぎ始める。
「わ、わ、わわ、違う、違うんだ! その、すまない! まずは地上に降ろして開放するべきだった!
 こちらがもっとうまくやれば、でもそのまえにキミが飛び出たりなんかしなかったらって」
うわぁ、すご……きれいな人……
ボーっとした表情で「いるところにはいるんだな……」と呟く少女。
そこで初めて、アレックスの翡翠色の瞳と少女の紅の瞳がお互いに視線を合わした。
他にも、ほっそりとした手足や輝くように白い肌が目を引く

 

「キミ、名前は!?」
えと……ステラ。ステラ・ホーク
どこか呆けたように少女が答える。
「あの、失礼だけど、あなた……」
「え?」
「……あなた、以前どこかで会わなかった?」
あらためて彼女のその紅い目をまじまじと見て。
――きれいだな、と思った。

 

「いや、すまないが初対面だ。おそらく軽度のパニックだろう、すぐ止む」
ひとまず落ち着きを取り戻したアレックスは少女を横にやり、コンソールのボタンを押しこんだ。
コンソールに〈ILLUSION FLASH〉の文字が躍る。
シャッコーの黒を基調にした迷彩が淡く光り始める。同時にシャッコーの周りにいくつもの残像が発生した。

 

彼が操作したのは光学残像迷彩のスイッチだった。
可視光線をゆがめるミラージュコロイドを機体周辺にばらまき、
敵機からはまるで自機が分裂したかのような残像を見せるジャミング装置の一種である。
しかし数年前に完全なコロイドデテクタ―が開発されてからというものの、
ミラージュコロイドを利用した光学迷彩は廃れており、査察軍が標準装備しているような
機体位置すらも特定できる高性能コロイドデテクタ―の前では、全くの無力である。
だがまともな電子装備を持たない敵相手には充分な威力を持っている。
敵はこれでもう無数の残像にかく乱され、レーダーと照準は著しい機能低下に見舞われているだろう。

 

『照準が合わないジャン! これじゃあ狙えないジャン!』
『ば、バケモノか……バリ』

 

砲撃が止むと、アレックスは操縦桿を握ってスロットルを引き上げた。
「逃げるぞ」
シャッコーの機体がぐるりと反転し、上空めがけてブーストジャンプ。
「うわっ!」
ステラは倒れそうになりとっさにシートの背もたれを掴んだ。
「すまない! 背後のシャッターを開けたら予備のサブシートがある、
 そこに座ってしっかりとベルトを締めるんだ!」
コックピット横にあるサブモニターには黒煙が上がった街並みが映っている。

 

突然少女が身を乗り出し、そこに映る遥か眼下の人影を見てぎょっとした。
「スティング……、アウル……ミーア!?」
そこには逃げ惑う人々の中で立ち止まる小さな影が三人、困惑したように空を見上げている。
すると、ピンクの髪の女の子が人にぶつかり転んだのが見えた。
さっと緊迫の色に染まった少女の顔がこちらに向く。

 

「ねぇ、ちょっと!」
突然呼び止められて、アレックスは少女の方を向いて――呼吸が止まる。
何の予告もなしに少女が抱きついてきたのだ。
顔が少女の豊かな胸元に押しつぶされ、アレックスは再び頭が真っ白になった。

 

――こ、これは……スイカ、メロン……? いや違う……これは、兵器だ! ミサイルだ!

 

顔面に触れる感触に対する思考が頭の中を駆け巡った瞬間、後ろ髪をきつく引っ張られた。
アレックスの脳内で頭皮が悲鳴を上げる。
まさか、と思った瞬間、解放された。
アレックスから離れた少女は、左手に持ったアレックスの長髪に
やけに豪華な装飾が施された短剣をピタリと当てていた。

 

「あたしが操縦する! 丸刈りにされたくなかったら今すぐそこをどいて!」

 

――な、なんだってぇぇぇ!?
そう思いはしたけれど、声は出なかった。
驚きのあまりフットペダルを踏むことすら忘れ、シャッコーは地響きを上げながら尻もちをついてしまった。
目の前の出来事が理解できず、目を点にしたアレックスは思わず虚脱して
口をパクパクさせることしかできない。
人間、怒りを通り越した絶望の淵では悲鳴すら上げるのも困難なのだ。

 

敵のゲドラフが障害を処理し終えたのか、両腕の銃口が再びこちらを向いてけたたましく火を噴いた。
『査察軍が来ないうちに、さっさと目標を駆逐するダワ!』
『殲滅するバリ!』
『狙い撃つジャン!』
それでも振り向いてビームシールドのスイッチを押し忘れなかったのは、アカデミーの訓練の成果か。

 

「まずは前髪」
「う、うわぁぁぁぁ! 刃物を額に押し付けるんじゃないっ!」 
墜落した機体を立ち上げるために両手をせわしなく動かしているためふりほどこうにも手が離せない。
まさに彼にとって今の状態は、首に落とされようとするギロチンの綱に
ろうそくの火をジリジリと炙られているのに等かった。
「いいからさっさと引き返す! ミーアが転んだ! ミーアは今、泣いてるの!」
「ミーア……!? 誰のことだ!?」
「妹よ! ミーアを泣かす奴はぶっ飛ばすって言ったから! ミーアのためなら世界も滅べ!」

 

「言ってることが支離滅裂だ! ひとまず落ち着いてくれ!」
そう言い合う間にもアレックスは飛んでくる銃弾を次々と処理していく。
「さぁ、この女の命がどうなってもいいの!?」
「お、女じゃなくても、髪は命だ! いや、俺にとっては命以上の存在だっ!」
シャッコーのビームシールドを展開して敵の銃弾を防ぎつつ、
もうどうとでもなれというようにアレックスは叫んだ。

 

「え……? "俺"? "女じゃなくても"?」

 

ハッ、と我に返った彼女は、短剣を突きつける右手はそのままにつーっ、と左手で唇を抑えながら、
視線をアレックスの顔から胸へと落とした。
「……ペッタンコ?」
「当たり前だろう、男なんだから!」
「こんな綺麗な顔と、髪の毛なのに? デコ面積広いし」
「男が髪を大事にして悪いかよ! 俺は男だよ!」
「え……。じゃあさっきのは。……い、嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

少女が悲鳴とともに腕を振り上げるとザクっ、と額の頭皮あたりで嫌な音がした。
そのあと、うつむいた先、黒い糸が数本フットペダルのすぐ横に落ちたのが見えた。
それが、この事態にとどめとなった。

 

――あ、あれは、俺の、ま、前髪だっ――!?
声にならない悲鳴を上げ、目の前が真っ黒になる。

 

10秒後、意識を取り戻したときには、彼はメインシートを追放され、
サブシートに頭から突っ込まれていた。
驚愕して起き上がると、そのメインシートでは、しっかりとベルトをしめたステラが
計器をいじくりまわしていた。
「コンソールは全く同じ……いける。母さんが言ってたのは確か……ええい、このスイッチだ!」
〈READY GO〉
――それは、長距離離脱用推進剤の……!
彼がそう叫ぶ前に、ステラがボタンを押しこんだ。
シャッコーの機体がくっと身をかがめ、バーニアをより強力に吹かし、敵めがけて飛び込んだ。

 
 

アレックスは、とても大きな勘違いをしていた。
目の前の少女は、ひ弱な守るべき市民などではなく、鋭い牙が生えかけた野獣なのだということを。
立てばダイナマイト、座ればTNT、歩く姿は戦術核。
その名も――

 

「ステラ・ホーク、発進っっっ!!」

 

金属がぶつかり合う、歯の浮くような衝撃波が、ざあっとディオキアの市街をスィープした。

 
 

「うわああああああっっ!!」
「悲鳴をあげないでよ、アンタそれでも男なの!?」
「男もへったくれもあるかぁぁぁ!!」
コックピットにかかるGに耐えて、アレックスは声を張り上げた。
この女の操縦はむちゃくちゃの一言だった。
両肘に装備されたビームシールドを展開してボクシングでガードするように前方へ展開したまま、
突撃を敢行したのだ。
射線を縫うようにかいくぐり、一瞬にしてシャッコーはゲドラフに迫った。そのまま、猛然と体当たり。

 

「こんのぉぉっ!!」
――まるで、子供のケンカだ!
シャッコーは今、半分瓦礫と化したビルにゲドラフもろとも突っ込んで押しつけていた。
ゲドラフは体当たりしたシャッコーをどかせようとして、逆にシャッコーは半壊した腕でゲドラフを
小突きながら、必死にビルの瓦礫の間に抑え込もうとしているため、
大火力高機動がウリの機動兵器同士の戦いとしてはあまりにも不格好すぎた。
だが、元々体格やエンジンからしてゲドラフの方が有利なのだ。

 

『何をしているダワ! そんな奴さっさと引っぺがしておやり!』
ついには機体の消耗とエネルギーの過負荷により、シャッコーの全身から火花が散り、
雷光がほとばしり始めた。
バッテリーを示すげージがどんどん下がっていき、見るからに限界が近い。
「この機体、何か武器はないの? ドリルとか丸ノコとかムチとかガトリングガンとか」
「ひょっとしてそれはギャグで言っているのか!?」
この機体は元々とある理由で手に入れたシャッコーという試作機に
ジャンク屋経由で手に入れたレドームやコンピューターを無理やり取りつけただけの機体なのだ。
それにビームライフルはトレーラーの中に置き忘れてきてしまった。

 

「頼みの綱の、頭部の電磁鋼糸――ビーム・ストリングスは……」
「まだまだぁ!」
シャッコーが強烈な頭突きを放って、ストリングス射出機ごと額が砕け散った。

 

――もはや、声も出ない。
「(頼みの綱がなくなった……、というか、コイツが潰したっ!)」
よって本来は偵察か電子戦でのみ用いられるような機体で格闘戦を行っているのは正気の沙汰ではない。
「あなたはアイツらをやっつけに来たんでしょ? じゃあどうやってアイツらを倒すつもりだったの?」
「……光学迷彩でバレないように慎重に接近。そして背後からアーマーシュナイダーで無力化!
 もしくはストリングスで制圧だっ!」
「うっわ、かっこ悪っ!」
「せめて汚いと言ってくれ!」

 

そんな声を無視して、ステラは外部スピーカーのスイッチを入れた。
「そこのアンタたち! なんでこんなことをするの!?」
ありったけの憎しみが声にこもる。
だがそれとは対照的に、テロリストはMSから聞こえる少女の声に驚いたあと、
よくぞ聞いてくれましたといわんばかりに口を開いた。
『ならば特別に聞かせてやるジャン!』
『コーディネイターから地球を救うために戦う我々の真の目的とは、演説などとは別のところにあるバリ!』
『それこそまさに、この街にいるという人物――シン・アスカを探しているのダワ!』

 
 

――シン・アスカだって?
かつて歌姫の騎士団に刃向かい、地球に住むありとあらゆる場所の罪なき人々を虐殺した
悪逆の徒の名を知らぬものは、地球圏にはまずいない。
――それほどの人物が、この街に?
その名に、アレックスとステラの二人は一様にしてモニターの向こうを茫然と見つめた。
男たちは野卑た笑い声を上げている。
『あの頭上でふんぞり返っているプラントのコーディネイターに、
 これ以上地球が支配されるのはもう限界バリ!
 だけど、俺たちの様なただのナチュラル風情が、強力なコーディネイターたちに逆らっても
 ただ殺されるだけバリ!』
『しかし俺たちは、たった一人でかつての査察軍――ザフトを相手にできたという、
 レジスタンスの間では半ば伝説と化している存在、シン・アスカの力に目をつけたダワ!
 そして信頼できる情報筋から得た情報で、死んだと思われていたシン・アスカが
 この街にいるということを突き止めたダワ!』
その言葉に男たちの一人が首をかしげた。

 

『あれ、でもガルナハンにもいるって言ってたような気がするバリ……』
『俺はシン・アスカは月とかアフリカにいるって聞いたジャン?』
『あ〜もう、そんなのはガセに決まってるダワ! 
 だからこそ、コーディネイターから地球を奪還すべく立ちあがった
 我々の様な勇者がいることを知らしめるためにも、今回の騒ぎを起こしたのダワ! 
 だからきっと我々の必死な想いに必ず、必ずシン・アスカは答えてくれるはずなのダワ!
 そして、ゆくゆくはあの忌々しいプラントを――』

 

「なによそれ、なんなのよ!」
ステラが吐き捨てるように言った。

 

「そんなくだらない、ましてや生きてるかどうかもわからないような人を探すためだけに
 こんな騒ぎまで起こして!」
ステラがペダルを思い切り踏み込むと、機体の上半身が幽鬼のように立ちあがった。
「アンタ達がやっているのは、ただのやつ当たり! 仲間が欲しいのなら、やることが違うでしょっ!」
馬乗りになった格好で右腕を振りかぶり、ゲドラフの胸に怒りのこもった正拳突きを叩きこんだ。
だが、その一撃はゲドラフの胸板にぶつかるだけで、手ごたえがまるでなかった。

 

「……エネルギーが!」
アレックスはハッとゲージを見た。
機体損傷のアラートが鳴り響いていたせいで、バッテリーのエネルギー残量低下の警告が
耳に入っていなかったのだ。
そのとき、バッテリー残量がゼロを示しエネルギーが底をついたシャッコーは、
糸の切れた操り人形のように倒れた。
ただでさえエネルギーを喰う光学迷彩に加え、ビームシールドの長時間展開と
急激なブーストダッシュをおこなえばこうなることは当然だった。
シャッコーはがっくりと仰向けになって土煙を上げ、地面に横たわる。
それを見てゲドラフが立ち上がり、これ見よがしなまでに砲身を突きつけた。
笑いをこらえつつ男たちの声が響く。
『我々の輝かしい未来への一歩を踏みしめるためにも、ウィッタ―! やっておしまい!』
――やられる!
アレックスが脱出用炸裂ボルトに手を伸ばそうとしたその時――

 

『そこまでだ』

 

赤い光が突き刺さった。しかしそれはシャッコーにではなく、敵のゲドラフにだ。
ゲドラフは降ってきた赤いビームにビームガンを持った右腕を貫かれ、2,3度よろめいた。
「ち、長距離狙撃用ビーム!? どこから……ジャン!?」
そこでシャッコーはビームが放たれた上空を振り仰いだ。
その遥か上空に、肩に大きな砲身のビームランチャーを担いだ紫色の"ゾロ"という
地球査察軍の高性能MSがサブフライトシステムに乗って滞空していた。
――(紫の長距離狙撃タイプのゾロ? まさか!)
それを見たアレックスは、ひとりある確信をしていた。
攻撃を受けたゲドラフが、ビームによって融解した自分の腕を見て、あからさまなほどに狼狽した。

 

『……目標へ命中。あとは』
『相変わらず見事な狙撃だ、ではこちらも』

 

紫の機体から声がした次の瞬間、その背後から一つの機影が飛び出し
高速でこちらに向かってくるのが見てとれた。
迷彩を施していないライトグレー単色その機体は、まるで水中を泳ぐ魚類を彷彿とさせるシルエットだった。

 

『実戦テストをさせてもらう!』

 

空中でその"空飛ぶ魚"が躍った。
各所が展開し、展開されたパーツがたくましい手足を形作っていき人型に変形していく。
"アビゴル"と呼ばれる査察軍が開発中の試作機だ。
小型化が進む昨今では、20m近い機体高は通常の機体とは人間の大人と子供ほどの差がある。
全身がマッシブなスタイルで、シャッコーが細身の忍者だとしたら、
こちらはどっしりとした野武士のような出で立ち。
アビゴルは空中で腰あたりに折りたたまれていた棒状の物――大型ビームアックスを引き抜くと、
落下しつつビーム刃を展開した。

 

『そこの黒いシャッコー! じっとしていろ!』
シャッコーの無線越しに、その機体のパイロットであろう声が飛び込んでくる。
その間にも、ゲドラフがよたよたと立ち上がろうとしていた。
『腰ぬけがっ! 逃がすものか!』
アビゴルは、転身したゲドラフのわずか数m先に先回りするように着地した。
砕かれたアスファルトが宙に舞い、大気が唸りを上げる。
たったそれだけで、この機体がケタ外れの頑丈さと卓越したパワーを持っていることが理解できた。
民間用のモビルスーツなど歯牙にもかけない圧倒的な性能。掛け値なしの最新鋭機。
ついでに近くのビルの上に立っていたテロリスト二人が衝撃で
「あーれ〜」という悲鳴とともに飛んでいき、星になった。

 

頭部の猛禽類の眼を彷彿とさせる集積高感度ツインセンサーが、ギラリとゲドラフを睨みつける。
その瞬間アビゴルは、振り上げた巨大な戦斧を無造作に振り下ろした。
衝撃でアスファルトが踏み砕かれ、雷鳴にも勝るとも劣らない轟音とともに、局地的な地震が起こる。
ビームアックスがめり込んだゲドラフの右腕が肩口から両断され、
千切れた腕がくるくると回転し、地面をのたうった。
そのまま低い姿勢で右手に持ち替えたビームアックスを横薙ぎに一閃。
ゲドラフの両足が切り飛ばされ、ゲドラフは近くの車数台をなぎ倒しながら転がり、
それきり動かなくなった。

 

敵機の機能が停止したことを確認すると、流れる様な動作で、
アビゴルはビームアックスの柄を縮めビーム刃折りたたみ腰に装着する。
一切の無駄のない動きである。
『任務完了』
全身から白い衝撃吸収材の煙を噴き出すアビゴルからは、先ほどと変わらない冷静な声。
紫電一閃。まるで一つの稲妻が落ちたかような一瞬の出来事であった。

 
 
 

「終わった……の?」
「そのようだな」
アレックスはハァ〜、と虚脱して盛大な溜息を吐いた。
前のシートに座るステラが、急に後ろを振りかえる。
「ところでさ、あたし、アンタに言いたいことがあるんだ」

 

――もう、どうでもいいや……
完全に脱力して、彼は無意識にいつもの癖で額に手をやり、前髪をいじろうとして――

 

「……あれ?」
指先が空を掻いた。そこで彼は初めて、前髪の右半分がバッサリと切られていることに気付く。
今まさに、彼の堪忍袋の緒が千切れて弾け飛んだ。

 

「どうしてくれんのよあたしのファーストキスー!!」
「どうしてくれるんだ俺の大事な前髪を――!!」
『そこのシャッコー、傭兵ギルドの者か。私は地球査察軍ディオキア基地所属、ミレイユ・ジュールだ。
 そちらの識別ナンバーと搭乗者名を答えろ。一連のテロ事件の証人として、査察軍が連行する』
アビゴルの外部スピーカーから声がした。
そのそばにはサブフライトシステムに乗った紫のゾロがゆっくりと降下してくる。

 

そのいっぽうで。
半壊したシャッコーのコックピットでは顔を紅潮させたステラと、
半泣きのまま黒の髪束を握りしめるアレックスが、お互い向かい合って叫んでいた。

 

『機体識別番号……、搭乗者コード……!?』
アビゴルの外部スピーカーからは以前どこかで聞いたような声。
だが今のアレックスはそんなことを気にしている場合ではなかった。

 

「切ったな、よくも切ってくれたな! あの姉さんも俺の髪だけは褒めてくれたんだぞ!」
「いいじゃない、髪の毛なんてまた生えてくるんだし! あたしのは初めてだったの!!」
「そういう問題じゃなーい! だったら俺の髪を、俺の命を今すぐ返せぇぇぇぇ!!」
するとアビゴルの胸が二つに割れコックピットハッチが開き、
中からパイロットスーツの銀髪の女性が姿を現した。
その女性は信じられないと言ったように何度も目をこすっている。

 

『おまえ、ニコルか! ニコル・ザラなんだな!』

 

「うるさいっ! ふざけるな、この全身脊椎女!」
「デコッパゲのくせに生意気だ! ――ところで脊椎って何?」

 

『うるさい? 二年ぶりに会ってよりにもよって"うるさい"だと?』
アビゴルから聞こえる声には怒気が含まれ始めていた。
「うるさいと言っているのがわからないのか! 俺の髪――!!」
「あたしのファーストキス返せ――!!」

 

『二度も言ったな! ニコル貴っ様ぁぁぁ! そこを動くなよ!』

 

一時間後に多数のパトカーに囲まれ、アビゴルから降りてきた査察軍女性士官が
ショットガンを乱射するまでこの騒ぎは続くこととなった。

 

そして紅の瞳の少女と出会ったこの日を境に、アレックス・ディノ――本名ニコル・ザラは
後年彼が遠い目のまま涙ながらに語る深刻な抜け毛に悩まされることになるのであった。