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SEED DESTINY × ΖGUNDAM 〜コズミック・イラの三人〜 ◆1do3.D6Y/Bsc氏_第02話

Last-modified: 2013-06-08 (土) 00:14:03
 

 第二話「遭遇」

 

 オーブ連合首長国は、太平洋の南海上に浮かぶソロモン諸島に存在する島嶼国である。
かつてのオーブ解放作戦により一時は大西洋連邦の管理下に置かれたが、
ユニウス条約の締結により現在は主権を回復させている。
ミネルバがオーブに接近した際に、オーブ国防本部からの警告が発せられた。
寄港目的を伝えると、ならば迎えの艦艇を出すから領海の外で引き渡しを行ってくれと打診された。
しかし、タリアはこれを拒否した。
デュランダルからの指令は、オーブに入国して直接カガリを送り届けるべし、とのことだったからだ。
 「どういうつもりなんだ、国防本部は!」
カガリはあからさまに不機嫌な態度を取って言った。
アレックスは、ミネルバに乗り込んで以来、カガリの機嫌がすこぶる悪いということを分かっていた。
きっと、あの黒髪の新米兵士――シン・アスカという少年の言葉が脳裏に焼きついてしまっているのだろう。

 

 オーブ解放作戦の時、シンはオノゴロ島にいた。
島民には避難指示が出されたが、間に合わずに多数の死傷者が出てしまった。
その時、シンの家族も全員、死亡したのだという。
シンは当時の実質的指導者であったウズミ・ナラ・アスハ――カガリの養父であり、
彼女が実父のように敬愛する人物を激しく憎んでいた。
そして、その精神を継いだカガリに対しても、変わらぬ憤りを抱いていた。
シンにとって、オーブという国そのものが許せなかった。
それは、現国家元首であるカガリにとっては辛いことだった。

 

 ミネルバと国防本部との交渉のやり取りは、平行線のまま進んだ。
その間にもミネルバはオーブへとじわじわ接近しており、領海ぎりぎりになってようやくオーブ側が折れた。
カガリがミネルバに乗っている限り、主導権はミネルバにあるからだ。
こうしてミネルバは、大手を振って堂々とオーブへと入国したのである。

 

 故郷のオーブの土を踏んだ。しかし、カガリの機嫌はますます悪くなる一方だった。
その原因は、出迎えに出てきたひょろ長い男にあった。
身なりは整っている。いいとこのボンボンといった風で、言動も軽い。
オーブの行政を取り仕切る五氏族の一つ、セイラン家の嫡男であるユウナ・ロマ・セイランだった。
ユウナはカガリの事をハニーと呼び、馴れ馴れしく肩を組もうとした。
しかし、カガリはそれを辛らつに払い除けると、厳しい眼差しでユウナの顔を睨み上げた。
カガリは、ユウナの軽い言動と態度が嫌いだった。
 「おかえりなさいませ」
 出迎えの中には、恰幅のいい禿げ上がった初老の男の姿もあった。
ユウナの父であるウナト・エマ・セイランである。
ウナトは公用車のドアを開けると、カガリにそれに乗るように促した。
「――厄介なことになりましたな」
 車の後部座席で、カガリの左手側に座ったウナト・エマ・セイランは、
わずらわしそうにミネルバの巨体を見やりつつ、カガリに呟いた。
「どう、厄介なんだ?」
カガリが問い返すと、ウナトはため息をつきつつ、答えた。
「アーモリー・ワンでは、大変だったようですな」
「それがどうかしたのか?」
勘が鈍いカガリに、「全く」とウナトは嘆息した。
「よろしいですか? プラントは、あなたを送り届ける名目で、ザフトを進駐させてきたのです。
 このきな臭い情勢下でその様なことをしてきたということは、オーブがプラント寄りであることを
 強くアピールするためなのです。それでは、連合諸国が黙っては居りますまい」
「えぇっ!? それは、困る!」
 助手席に座ったユウナが振り返り、唐突に声を上げた。
「だったら、今すぐにでも疫病神には出ていってもらって、
 我々がザフトとは何にも関係ないことを 急いで先方に伝えなくては!
 こんなことで連合に睨まれるなんて、御免だよ」
ユウナは口を尖らせて言いたいことを言うと、前に向き直った。
「はあ……」
 カガリは、臆病風を吹かすユウナに脱力して車窓へと視線を移した。
こんな男が、勝手に決められていたこととはいえ、自分の婚約者なのだと思うと頭が痛かった。
(コイツに、オーブ五氏族としての矜持は無いのか……?)
 ユウナの軟弱さに、カガリは自分がしっかりしなくてはならないと強く思った。

 
 

 ミネルバがどこかに到着したらしいことは、シャアにも何とはなしに分かっていた。
しかし、シャアが閉じ込められている船室には舷窓は無く、現在地が一体何処にあるのかはトンと知れない。

が、別段、焦る必要性を感じていないシャアにとっては、どうでもいいことだった。
船室に閉じ込められているとはいえ、モビルスーツのコックピットに比べれば遥かに快適だからだ。
体が鈍らない程度に運動が出来れば、それで事足りるのである。
 しかし、そんなシャアのところに一人の人物が訪れた。
先日、黒髪の少年と一緒に自分を連行した、ブロンドの少年だ。
少年は私服に着替えていて、シャアにも着替えを渡してきた。
レイ・ザ・バレルと名乗った少年は、監視付きの条件でオーブへの上陸許可が下りたと告げたのである。
戦時下でないとはいえ、捕虜同然の扱いの人間に対して随分と寛大なことだなと思っていると、
そのシャアの疑問を紐解くようにレイは説明した。
「ギル……デュランダル議長のお計らいです。議長はあなた方に大変興味をお持ちになられ、
  丁重にもてなすべしと、秘密裏に通達なさったのです」
 デュランダルという男が、科学者出身という、政治家にしては少々変わった経歴の
持ち主であるということは調べがついている。
昔の虫が騒ぎ出したのか、変に強い好奇心が、些か軽率だと思った。
「では、ハマーンも?」
「はい。彼女の方には、ルナマリアが付きます」
あの黒髪の少年じゃないのか、と、ふとシャアは思った。
名前の響きからして、そのルナマリアなる人物は女性らしいが、どちらにせよ、
あのハマーンの相手をしなければならないのだから、他人事ながら心配になった。
 「……気の毒にな」
 シャアは着替えつつ、未だ見ぬルナマリアという女性のことを哀れんだ。
そんなシャアを、レイは不思議そうな目で見つめた。

 

 シャアより一足先にオーブの土を踏んだハマーンは、照りつける太陽の光に目を細めた。
騒々しい場所は好かないと言って、オノゴロ島からアカツキ島へと移動したハマーンは、浜辺を歩いていた。
「もう、好き勝手に動くんだから! 自分の立場を分かってないのかしら!」
砂に足を取られながら追随する少女がいた。しかし、ハマーンはそれを全く気に留めず、
じっくりと砂を踏みしめながら歩き続けた。
足の裏に、確かな地面の感触がある。コロニーの薄い大地ではない。
それが、これほど力強いものなのかと、宇宙暮らしのハマーンは感動した。
空気も水も造る必要は無い。汚染が進んだとはいえ、地球は尚も自然に溢れ、
何もしなくても当たり前に生物が生きていける環境がある。
コロニーの老朽化を心配する必要も無い。
そこに感じるのは、強い安心感だった。
それこそが地球に住むということなのだと、ハマーンは思った。
(俗物だから地球にしがみ付くのか、それとも、地球の重力が俗物に変えてしまうのか……)
ハマーンはそんなことを考えながらも、頭の中にはミネバの面影があった。
 終戦後にアクシズで生まれたドズル・ザビの忘れ形見は、
アステロイドベルトの冷たさと貧しさの中で育った。
物心が付く前に母親のゼナと死別し、ハマーンの父でアクシズの指導者であったマハラジャの病死後は、
実質的にハマーンがミネバの後見人となっていた。
 そのミネバを、地球に降ろすという計画があった。ゼダンの門を潰す際にエゥーゴに自治を認めさせた
サイド3を経由し、アクシズの艦隊が地球圏から離脱した後に地球に向かってもらうという計画だ。
一部、ミネバの側近の侍女であるラミアにはその話はしてあったが、その後どうなったのか、
ハマーンは気掛かりだった。

 

 「……?」
ハマーンは、ふと背後を振り返った。いつしか、ルナマリアとはぐれていた。
「迂闊なことだ……」
新兵とはいえ、これなら戦い慣れしていなかったグワダンの将校の方がいくらかマシだっただろうと思う。
少し、日が傾きかけていた。微かにオレンジを含んだ陽光は、
それでもまだ肌を焼くだけの熱を持っていた。
 ふと、子どもたちの声が聞こえてきた。その声は次第に大きくなってきて、
元気一杯に砂浜を駆ける少年少女たちが、ハマーンを通り過ぎていった。
遊ぶことに夢中になっていて、ハマーンの存在も気にならないようだ。
 その後方から、不思議な雰囲気を持つ女性が現れた。
長い桃色の髪を持ち、ドレスのような衣装を身に纏った、可憐な印象を与える女性である。

 

 「……!」

 

 思わず息を呑んで、立ち尽くした。目を見張ったのは、見目麗しい容姿に対してではない。
ニュータイプが持つものとは違う、異質なプレッシャーを感じた。
本能が、この女性には絶対に接触してはならないと警鐘を鳴らしている。
 (何者だ、この女……!?)
 動揺させられていた。女性は、そんなハマーンにしゃなりしゃなりと近づいてくると、
前で立ち止まって、「ごきげんよう」と丁寧にお辞儀をして見せた。
 刹那、ハマーンはその女性が持つ特異なプレッシャーの正体を垣間見た。
ぐらりと、思わず心を許してしまいそうになるような、甘美で柔らかな声。
無防備で、純真無垢そのものといったその女性は、まるで生まれついての女王のようだった。
 ハマーンは理解していた。世界を統べるには、力を示す必要がある。
そうしなければ、民衆は従わない。
だが、この女性は違う。戦争などというまどろっこしい手段を用いずとも、
その気になれば言葉だけで世界を支配できてしまうのではないかと思わせる、
絶望的とも言える魅力があった。
そして、その自覚が無いからこそ、この女性は一点の曇りもない、水鏡のような純真無垢な心を持っていた。
それは、ハマーンにとっては信じられないことだった。
 (こんな人間が存在するのか……!?)
 コーディネイターという、遺伝子改造をされて生まれてくる人種のことは知っている。
だが、この女性が持つ異質さは、そういうことではないように思えた。
何か、天啓のような、そんなオカルトめいた想像さえしてしまうような空恐ろしい感触を味わった。
「……」
 一刻も早くこの場を離れるべきだと思った。
ハマーンは無言のまま、まるでその場にその女性が存在していないかのような素振りで歩き出した。
横を素通りすると、その桃色の髪の女性が振り返ってハマーンを見送った。

 

 「あの方の眼差しは……」

 

 そう呟いた女性――ラクス・クラインは、雷に打たれたような衝撃を受けていた。
名も知らぬ、自分と似た桃色の髪と、鋭い目を持った女性。
その目が自分を見据えた時、網膜が映す実像を透かして、
何か心の奥まで見られてしまったかのような錯覚を抱いた。
 恥部を見られてしまったかのようだった。自分さえ知らない心の深淵を覗かれたような気がして、
それを意識した時、ラクスの中に恥じらいが生まれた。
まるで、ずっと守り続けてきた貞操を、強引に奪われてしまったかのような気持ちになった。
 そんな感覚は、初めてだった。キラとの初めての時でも、こんな意識は生まれなかった。
ハマーンの視線には、自分を恍惚とさせてしまう、何か特別な力がある――
――ラクスは、理屈ではない本能的な部分でそれを感じていた。
 そんな自分を、信じられないと思う。初めての経験だし、何より相手は女性である。
こんな感情を抱いてしまうなんて、自分にはレズビアンの気があるのだろうかと自問した。
 問題なのは、全く嫌な気がしなかったことだった。
無防備な自分の心を覗かれたのに、ラクスはそこに性的なものに似た興奮を見出してしまった。
まるで、それを待ち望んでいたかのようにである。
 一時の気の迷いだと、ラクスはかぶりを振った。いずれ、すぐに忘れてしまうことだと言い聞かせた。
 しかし、その衝撃はいつまでも居座り続けた。
まるで、あの衝撃を忘れることを拒んでいるかのような身体の反応に、ラクスは激しく困惑した。
 「どうしたの?」
 普段と様子が違うことに気付いて、キラが優しく訊ねてくる。
ラクスは、「大丈夫です、何でもありません」と平静を取り繕ったが、
しかし、全身の内側を駆け巡る衝撃は消えなかった。

 

 その日の夜、皆が寝静まった後、ラクスは一人、ひっそりと自分を慰めた。
 恋とは違う。それは分かっている。しかし、この感情が何なのかと問われれば、
ラクスはそれに当たる言葉を持ち合わせていなかった。

 
 

 オノゴロ島は、かつてのオーブ解放作戦で激戦区となった地域である。
その最たる理由が、半国営企業である、オーブの国防兵器の大半を手がける
モルゲンレーテ社の存在であった。
モルゲンレーテ社はその技術力の高さを内外から評価されており、
それゆえに本社が存在するオノゴロ島が優先的に狙われたのである。
そんなオノゴロ島は、オーブ島嶼の中では最も発展した島だった。
モルゲンレーテに代表されるオーブの企業の大半がオノゴロ島を拠点にしており、
それに伴って人が集うことで商業も発展した。繁華街は賑わいを見せ、観光客で溢れていた。
シャアが訪れた時は、まだ日も高く、澄み切った青空が広がっていた。
だからだろうか。それまで船室に閉じ込められ、そうでなくともコロニーレーザーを巡る激戦から
碌に息抜きもできていなかったシャアは、珍しくハメを外したい気分だった。
つまり、酒が飲みたくなったのである。

 

 監視役という名目の付添い人であるレイに検索を頼み、
昼間でもアルコールを提供してくれるような店を探してもらった。
そうして一件だけ該当したバーに入店し、カウンター席に腰を下ろした。
シャアは、ウイスキーの氷割りを注文した。レイの前には、何も言わずともホットミルクが差し出された。
マスターと会話を交わしながら、それとなくコズミック・イラの情報を聞き出す。
レイはシャアの目論見に気付いているはずであったが、何も言わなかった。
それよりもレイが気に食わなかったのは、サービスで出されたホットミルクだったらしく、
レイは始終、それを不機嫌そうな眼差しでジッと見つめ、遂に最後まで手を付けることはなかった。
どこか達観した雰囲気のある少年だが、年相応な部分もあるのだな、とシャアは思った。
 そうして五杯ほど呷って、程よく気分が良くなったところで店を出た。
 空は、いつしか青と朱色のコントラストに彩られていた。
思ったよりもマスターとの会話が弾んでしまったようだ。
レイにとっては苦痛の時間でしかなかっただろうな、とシャアは少し申し訳なく思った。
 そのレイが時計を見やって、「まだ少し時間がありますが」と言った。
そろそろ他のバーも店を開く時間で、はしごしたい気分であったが、
しかし、苦痛を強いてしまったレイに気を使って、もうミネルバに戻ることにした。

 

 その帰途、海沿いを行く道を車で走っていると、ふと気になる場面に出くわした。
波がぶつかり飛沫を上げる、波止場のようになっているところの突端に、碑のようなものが見えた。
そして、そこに二人の人影が見えた。
「シン」とレイが呟いた。手前側の黒い髪の少年の後姿には、シャアも何とはなしに見覚えがある。
酒が入っているのもあった。だから、つい、こんなうらぶれた寂しげな場所で、
一体何をしているのだろうかと気になって、レイに車を止めてもらった。
物言いたげなレイの視線をかわし、車を降りたシャアはそぞろにそちらへ向かった。
呆れ返りながらも、レイもそれに続く。
 奥の方にいた一人が、歩き出してこちらに向かってきた。
アッシュブラウンの髪を潮風に靡かせて、その青年はどこか儚げで虚ろな表情をしていた。
シャアの姿に気付くと、すれ違いざまに軽く会釈をして、そそくさと逃げるように去っていく。
シャアはその青年の背中を見送って、年齢の割りに濃い影を落とした、暗い青年だなと思った。
 ――その時、レイの目がその青年をジッと追っていたことに、シャアは気付かなかった。

 

 「アンタは――」
 不意に姿を見せたシャアに、碑の前で佇んでいたシンが呼び掛けた。
アッシュブラウンの青年を見送っていたシャアは振り返りつつ、「あぁ、すまない」と返した。
「君の姿が見えたものでね。気になって、寄ってみたんだ。迷惑だったかな?」
「物好きだな」
 シンは、ぶっきらぼうに言い放った。しかし、シャアはそんなシンの態度も大して気にはならなかった。
酔って、少し陽気になっているからだろう。だから、今現在の自分がいかに自由であるかを、
シラフの時以上に実感していた。

 

 シャアの苦難は、父ジオン・ダイクンの暗殺の時より始まった。
ジオン・ダイクンの側近であったジンバ・ラルに連れられて、妹のアルテイシアと共に
サイド3を出奔したのは、まだ10歳の頃だった。
そして、そこからジンバにジオン・ダイクンの死がデギン・ザビによる暗殺であると刷り込まれ、
シャアの人生はザビ家への復讐へと大きく振れ出す。
シャアはジンバよりザビ家への復讐を託され、そうすることこそが自らの正義であり義務であると信じ、
一年戦争の時までそれに腐心することとなった。
己の身一つでジオン公国軍に潜り込み、復讐の機会を窺う――それが、シャアの最初の苦難だった。
 苦節の末、ザビ家の大半は鬼籍に入り、その血統はミネバを残すのみとなった。
しかし、シャアはその中で、生涯を捧げても良いと思った女性を失った。そして、
更にシャアを苦しめたのは「赤い彗星」の名が大きくなり過ぎていたことだった。
 赤い彗星のシャアは、ジオン・ダイクンの遺児のキャスバル・ダイクンであるという図式は、
一年戦争後、常識化した。凄腕のエースパイロットであり、宇宙移民者のカリスマであった
ジオン・ダイクンの嫡男であるという肩書きが、シャアに本人が思っている以上のカリスマを与えていた。
 クワトロ・バジーナを名乗ったのは、そんな周囲の期待から逃れる意味もあった。
しかし、ブレックスにしろ、アムロ・レイにしろ、様々な人間がそんなシャアの仮面を容赦なく剥ぎ取った。
それは、本人にしてみれば過大とも思える期待で、重荷でしかなかった。
本当は、そんな期待を背負えるほど立派な人間ではないと叫びたかった。もっと、つまない人間なのだと。
 今のシャアには、そんな柵は無かった。
コズミック・イラでは、ジオン・ダイクンの名もシャアという名も何の意味も持たない。
それは、真にシャアが自由を得られた瞬間であった。
そういう気分が、シャアを饒舌にさせた。

 

 「寂しい、場所だな」
 ジッと碑を見つめたまま佇んでいるシンには、拒絶の意思が宿っていた。
シャアは誰に語り掛けるでもない調子で、徐に目線を碑へと向けた。
その袂には、先ほどの青年かどちらかが持ってきたであろう献花が供えられていた。
シンは少しの間、沈黙していた。会話を拒否しているかのようであったが、
しかし、夕陽が水平線の彼方へと沈もうとした頃、躊躇いがちにその口を開いた。
「慰霊碑なんだ。前の戦争で死んだ人の……」
 潮風に掻き消されそうなほどの小さな声で、シンは語り始めた。
「バカなアスハのせいで逃げ遅れて、流れ弾が飛んできてみんな吹っ飛んで……
  俺の両親も、まだ小さかったマユも……みんな、俺の目の前で……」
シンはそこで言葉を切ると、喉を詰まらせ、肩を震わせた。
戦争の話だ。そんな話を、シャアはいくらでも耳にしてきた。
だから、シンには悪いと思ったが、その言葉にシャアは感じるものは無かった。
そういう感覚が、死んでしまっているのだろう。
或いは、復讐を誓ったあの時に封印してしまったものなのかもしれない。
しかし、妹のアルテイシアが生きているという事実がある分、
シンよりはいくらか幸せかもしれないとも思った。
 シンは、グッと袖で目元を拭った。
「こんな慰霊碑なんかで誤魔化そうとしてるんだ。俺は、絶対に許さない」
 シンがこの国の出身だという話を、小耳に挟んだことがあった。
シンはいわゆる戦災孤児で、戦後にプラントに渡り、ザフトに入隊したのだという。
どこか、昔の自分に重なるような気がした。ザビ家への復讐を胸にジオン軍へと志願した自分と。

 

 「復讐からは何も生まれない――」
 語り出したシャアが思い出していたのは、ガルマ・ザビのことだった。
士官学校時代からの盟友であったが、ザビ家であるという理由だけでシャアの標的となった。
そんなガルマを謀殺しようとした時、シャアは毛ほどの躊躇いも見せなかった。
当時は、それが自分の人生で生き甲斐だと信じていたからだ。
 だが、ガルマのガウ攻撃空母がホワイトベースの攻撃によって沈んだ時、
シャアが得たのは束の間の爽快感だけだった。
シャアが得たかったものは何も得られなかったし、何も取り戻せなかった。

「――ただ、虚しさを煽るだけなのだ」
シャアは当時を思い起こしながら、黄昏の空に言葉を投げかけるように静かに言葉を結んだ。
 その瞬間、シンがバッと身を翻した。釣り上がった目が、シャアに強い敵意を投げかけていた。
「復讐だって……? ――アンタに何が分かる!
 そんなの、家族を殺されたことの無い奴が言う、奇麗事じゃないか!」
波の音を掻き消すほどのシンの怒鳴り声が、オーブの高い空に響き渡った。
家族のことで鼻息を荒くするシンが、些か羨ましいと思った。
シャアには、もうこのような感情は失せてしまっていたからだ。

 

「……私の手は、既に復讐で血に染まっているよ」
シャアの言葉に、一寸、シンが怯んだ。
「アンタが……!?」
「私の青春は復讐だった。その成れの果てが、今の私だ。
 復讐を胸に生き、目的を果たして、虚しくなった。そして、虚しさを覚えた瞬間から人は腐り始める。
 だから、人はもっと生産的な生き甲斐を持って、より良く生きねばならん」
「偉そうに!」
「復讐とは、憎しみで人を殺すことだ。君は、ご家族の死に対して憎しみで報いようというのか?」
「……っ!」
 シンは言葉を詰まらせた。だが、すぐに「うるさい!」と声を上げた。
「だからって、アンタに俺の気持ちが分かって堪るか!」
シンは大きく身振り手振りをして、シャアに吠え掛かった。
「腕だけだったんだぞ! ……マユの……妹の……! それをアンタはっ!」
激したシンには、いっそのこと全て綺麗に吹き飛んでくれていれば、という思いがあった。
シンは肩でシャアを突き飛ばし、駆けていった。シャアは、それを追うようなことはしなかった。
レイが、鋭い眼差しでシャアを睨みつけていたからだ。流石に、口が過ぎたと思った。
 (年寄りの嫌な癖が出たな……若者を見ると、つい、ああしろこうしろと言いたくなる……)
 自省が必要な酒は、良い酒ではない。
こういうのを悪酔いと言うのだと、シャアは深く反省した。

 
 

 ミネルバに戻ると、疲れ切ってうな垂れている少女の姿が目に入った。
ラウンジで椅子に腰掛けていた彼女が、ルナマリアなる人物なのだろうと直感的に分かった。
 案の定、随分と辛酸を舐めさせられた様子だった。ルナマリアはレイを見つけるなり、
「ちょっと聞いてよ」と愚痴を零し始めた。
女性が「ちょっと」と言う時は、大抵長くなるものなんだよな、とシャアも適当に椅子に腰掛けた。
 ルナマリアはレイに不満の限りをぶつけた。
ストレスの捌け口にされたレイはうんざりした様子だったが、
ルナマリアはまるでお構いなしに、矢継ぎ早にしゃべり続けた。
 言うことを聞かないのは当たり前。勝手に動いて危うく見失いかけることはしょっちゅうで、
挙句、そのせいで軍人としての資質を疑われて詰られる始末。
その上、アカツキ島への移動運賃を払わされて、ただでさえ寒い懐事情が余計に寒くなった等、云々。
出るわ出るわの愚痴の大盤振る舞いで、傍で聞いているシャアも流石に参った。

 

 そうして10分ほど一方的に話し続けると、ようやく愚痴を吐きつくしたのか、
「アンタは良いわよね」と急に話題を切り替えた。
「クワトロさんの方が楽そうでさ。今度の時は替わってよ」
 ハマーンはもう懲り懲りだと言う。愚痴に付き合わされたレイも懲り懲りだろうな、とシャアは思った。
 そのシャアの心の声が聞こえてしまったのか、ルナマリアが不意に顔を振り向けて、
「あの、いいですか?」と話しかけてきた。
シャアは内心、何故もっと早くこの場を離れなかったのかと臍を噛みながらも、
「何かな?」と冷静に返した。
「どういう人なんです、あの人?」
 それを聞いて、どうやら愚痴を聞かされるわけではなさそうだと安堵する一方、
それは難しい質問だなとも思っていた。
シャアは、「そうだな……」と前置きして、頭の中を整理してから言葉を選びつつ、慎重に話し始めた。
「怖く見えるが、基本的には優しい人だ。あれで、けっこう子煩悩なところもあるようだ」
 シャアは、無理矢理ハマーンを持ち上げるようなことを言った自分を、心の中で笑った。
だが、ミネバがハマーンを頼り切っていた様子を鑑みる限り、それもあながち間違いでは
ないような気もした。育て方に問題はあったが、ハマーンはミネバには優しかったのだろう。
そう思うと、寧ろ不甲斐ないのは途中でアクシズを離れた自分の方ではないかと思えてきた。
「色々と苦労を重ねてきた経緯があってね、中々、他人と打ち解けるということが苦手な女性なんだ」

 

 シャアの説明に、「そうなんですか?」とルナマリアはさして理解してない様子で相槌を打った。
 無理もない。例え詳細に説明したところで、本当の意味で彼女の苦労を理解することなど
できはしないだろう。
ハマーンがルナマリアたちと同じ年頃から過ごしてきた青春は、あまりにも貧しく、世界が違いすぎる。
 才能もあっただろうが、少女が組織を率いるということは、並大抵ではない。
だから、力を示す必要があった。絶対的な力を。
そのために重ねた努力は、想像を絶するものがあったはずである。
 そうさせてしまったのは自分なのかもしれないと、ふとシャアは思った。
ハマーンの才能を褒めそやし、その気にさせておきながら自分は地球圏へと流れた。
それがハマーンを孤独にして追い詰める結果になったのだとしたら、
その判断は間違っていたということになりはしないか――
そう思うと、シャアの中に苦い思いが沸き起こってくるのである。
 ハマーンをあのようにしてしまった責任は、ハマーンを支えてあげなかった自分にあるのかもしれない。
しかし、例えそうだったとしても、シャアに地球圏の不穏な情勢を看過するという選択は、
あり得ないことだった。

 
 

 オーブからの出国要請が舞い込んできたのはその翌朝で、突然のことにミネルバは慌しくなっていた。
「それがアスハのやり方なんだ!
 自分を送り届けさせて、用済みになったら手の平を返しやがるんだよ!」
 声高に主張するのは、シン・アスカだった。
「分かったから配置に就け!」と、チーフメカニックのマッド・エイブスに注意される。
事の経緯は、ウナトが懸念した通りだった。ザフトの最新鋭艦であるミネルバが入国したことを
快く思わない連合国側が、オーブに抗議の電話を入れたのである。
連合国側は、デュランダルの意図を分かっていた。だから、中立を標榜しているとはいえ、
それを信用していない連合国側は、オーブがプラントに取り込まれる前に早めに手を
打って置こうと考えたのである。
内容は不明だが、カガリがデュランダルと極秘会談の場を設けていたという情報もキャッチしていたため、
そのことが疑惑に拍車を掛けていた。

 

 連合国側の動きは素早かった。そして、その手段は強硬なものだった
脅しまがいの艦隊の派遣は、かつてのオーブ解放作戦を思い起こさせ、
オーブ全体を恐怖で震え上がらせたのである。
 当然、カガリは連合国の動きに反発した。こんな横暴があって堪るか、と。
しかし、興奮するカガリを諌めたのは、ユウナの言葉だった。
「国民感情というものもあるんだよ。君は、もう一度オーブを焼くつもりか?」
 その言葉に、カガリは黙すしかなかった。そして、「ここは連合に従いましょう」というウナトの言葉に、
沈黙を以って肯定するしかなかった。

 

  公海上でミネルバを待ち受けるのは、連合国軍第81独立機動部隊――
――通称ファントムペインと呼ばれている部隊だった。
 隊を指揮するのは、ネオ・ロアノークという長身の男である。
黒の制服に奇妙な仮面を被り、裾から長く伸びた癖のあるブロンドの髪を靡かせている。
 旗艦J・Pジョーンズの艦橋で佇んでいるネオのもとに、一通の内線が届けられた。
通信端末を耳に当てると、およそ上司に対して取る態度とは思えない喧々囂々とした声が、
怒鳴り立てるようにネオの耳を劈いた。だが、そんな相手にも、ネオは慣れた様子で応対した。
「今回、お前たちの出番はない」
 開口一番にそう言うと、更にがなる口調で捲くし立てられて、仮面の下のこめかみに青筋が浮かんだ。
「だから、まだ弾薬とか予備のパーツが間に合ってないっつってんだろうが!
 ……ああ、そうだ! 然るべき時にお前たちには出てもらう! だから、その時まで大人しくしてろっ!」
一方的に通信を終えると、ネオは疲れた様子で通信端末をオペレーターに渡した。
「子守も楽じゃありませんね」
「誰がくたびれた保父さんだ!」
「言ってませんよ、そんなことっ!」
オペレーターを小突くと、ネオは振り返り、「しかし……」と誰にともなく呟いた。
("ゆりかご"の調整は行った……今は安定してるように思えるが、
  もし、それが偽りだったとしたら……?)
ネオの脳裏に、一寸、嫌な予感が過ぎった。
 「……まさかな……」
口元に浮かぶ笑みは、自身を宥めるためのものでしかない。
そうして、「今回は出撃させないのだから……」と言い聞かせると、前に向き直って声を張り上げた。
「ザムザザーの出撃準備を急がせろ!我々の任務は、オーブから出てくるザフトの新型戦艦の撃破である。
 戦時下ではないが、名目は上がいくらでもでっち上げてくれる。遠慮なく叩け!」
ネオはそう号令を掛けると、後のことを艦長であるイアン・リーに委任し、
自らも出撃するために艦橋を後にした。

 

 ミネルバの背後からは、オーブ海軍が追随していた。そして、ミネルバが公海へと出ると同時に、
威嚇射撃を浴びせてきた。転進しての再入国は認めないという意思を示す砲撃だった。
前門の虎、後門の狼。ミネルバは進退が窮まったのである。
 ファントムペインから、ミネルバへ通告がなされた。無条件での艦船及びモビルスーツの放棄である。
形式的とはいえ、こんな冗談みたいな要求を突きつけてくる相手を、タリアは恥知らずだと思った。
 後退が許されないなら、かくなる上は敵を撃破して突破するしかない。
敵は旗艦を含めて空母や巡洋艦が複数隻。
苦しい状況だが、ミネルバの戦力を信じるしかないとタリアは判断した。
 ミネルバの砲塔が次々と開かれていく。
同期して、搭載されていた三機のモビルスーツの展開も行われた。
すなわち、シン、レイ、ルナマリアの三人である。

 

「まだ撃つなって、どういうことだよ!」
フォースシルエットにて出撃したシンは、オペレーターを担当するルナマリアの実妹である
メイリン・ホークから告げられた内容に憤慨した。
それに対し、メイリンも「まだ戦争になったわけじゃないんだから」と反論した。
「だから、こちらから仕掛けると、国際世論的に不味いのよ」
「そりゃ向こうも同じだろ! ――ったく! 艦長命令なら、従うけど……!」
 シンの目に、相対する艦隊から次々とモビルスーツが発進するのが見えた。
相手側は、明らかにこちらを攻撃する意図を持っている。
「――馬鹿馬鹿しい!」
 シンは、やきもきした。どの道、戦闘になるのは分かりきっているのだから、
先制攻撃を加えた方が得だという思いがある。
それなのに、攻撃されてからではないとトリガーを引けないなんてナンセンスだと思った。
 結局、シンが睨んだとおりファントムペインはミネルバに攻撃を加えた。
そして、その攻撃が被弾して威嚇でないことが判明して、初めてタリアからの迎撃命令が下された。
 対応が鈍すぎる、とシンは腹を立てていた。
こんな囲まれてから迎撃を始めても、窮境に追いやられるだけだと憤慨していた。
事実、機先を制されたミネルバは、早速敵のモビルスーツ隊に取り囲まれていた。
タリアからの指示は、それの撃退だった。
 「こんなんで、本当に突破できるのかよ!」
 ミネルバを囲むのは、見慣れない型のモビルスーツだった。
ダガーの発展型と思しきそのモビルスーツは、アカデミーで習った地球軍のモビルスーツの性能とは、
一味違った。
 「けど、この程度なら!」
 シンにとって、手に負えない相手ではなかった。
同じく最新鋭機であるインパルスは、高性能を追及したワンオフ機である。
例えるなら、ノーマル車とカスタムされた車ほどの性能差がある。
多対一の状況でも、遅れを取ることはなかった。
タリアが突破に自信を見せるのは、そういった理由もあった。

 

 ミネルバには、新兵が多いとはいえ、選抜されたスタッフが乗り込んでいる。
そして、ザフトの新たなフラッグシップとなるべく建造されたミネルバには、
最新の技術が惜し気もなく注ぎ込まれていた。
 その中でも象徴的な兵器が、一撃必殺の巨砲タンホイザーだった。
それは連合軍側で言うところのローエングリンであり、一度の発射で数隻の艦船を沈めることも
可能な威力を誇っていた。
 起動さえ出来れば、後は撃つだけで局面を打開できる。
ところが、誤算だったのはタンホイザーを起動する暇が中々見つけられないことだった。
対空迎撃を続けているのだが、敵新型モビルスーツの性能が存外に良く、
空中戦が可能なインパルスは兎も角として、甲板から迎撃するしかないレイとルナマリアの
ザク・ウォーリアが苦戦を強いられていた。
 タンホイザーは、その威力に比例するように起動から発射までに時間が掛かる。
包囲されている状況で強行すれば、間違いなく狙われる。
その様な本末転倒の愚を犯すわけにはいかなかった。
 (彼らが見ていると言うのに……!)
 タリアは、チラと背後のゲスト席に目をやった。そこには、シャアとハマーンが座っていた。
タリアが、その戦いぶりを見せ付けようと招待したのである。
裏には勿論、二人を懐柔しようというデュランダルの思惑がある。
 しかし、それは却って逆効果だったかもしれないと、タリアは臍を噛んだ。
 「フッ……」
シリアスなミネルバのブリッジに、シニカルなハマーンの嘲笑が響く。タリアには、それが耳障りだった。

 

その時、「シャア」と嘲笑混じりにハマーンが隣に座るシャアに話しかけた。
二人で笑いものにでもしようというのかと思っていると、次に出てきた言葉に、思わずタリアは耳を疑った。
 「苦戦しているみたいだぞ。手を貸してやったらどうだ?」
意外な提案にすぐさま反応したのは、副長のアーサー・トラインだった。
「本当か!」と咄嗟に立ち上がったアーサーの現金な反応に、それを見たハマーンが更に嘲笑を重ねた。
 嘲笑を浴びたアーサーは、よく意味が分かってないようだった。それを横目で見やって、
「そりゃそうよ……」とタリアは内心で頭を抱えた。
「それはやぶさかではないが……」
シャアが一同を見渡しながら、遠慮がちに切り出した。
「私の百式は使えないはずだ」
 そう懸念を伝えると、「それとも、キュベレイを使わせてくれるのか?」と続けた。
するとハマーンは、「まさか」と返した。
「今出ている他にも、まだ一機、残っているだろう」
ハマーンは、クルーの誰にともなく呼び掛けた。オペレーターのメイリンが、
「確かに、アーモリー・ワンの襲撃の時にアスハ代表を収容する際に持ち込まれたザクが一体、
 残ってますけど……」と答えた。
「使えるのだろう?」
「一応、メンテはしてあると報告は受けてますが……」
「十分だ」
ハマーンが言うと、シャアはすっくと立ち上がり、タリアに視線を投げ掛けた。
「――後は許可をいただければだが、艦長?」
シャアはタリアに要求した。

 

 ブリッジには、妙な緊張感があった。シャアとハマーンが特別なゲストであるとはいえ、
ナチュラルであるという事実が一同の心に引っ掛かっていた。
タリアにもその懸念はあった。しかし、これは逆にチャンスでもあるのではないかと思った。
タリアはシャアに顔を振り向け、「でも――」と切り出した。
「クワトロ殿に、この世界のモビルスーツが扱えて?」
ワン・クッションを置くように訊ねると、「この男ならできる。私が保証しよう」と
ハマーンから返事が飛んできた。シャアはそんなハマーンを見やって、苦笑を浮かべた。
「……分かりました」
こうしている間にも戦況は進む。ならば、決断は早い方がいいとタリアは判断した。
「クワトロ殿に助太刀を頼みます。デッキのザクを使ってもらって構いません」
「賢明な判断だ、艦長……」
ハマーンはそう言って、「くくく……」と意味深長な含み笑いをした。
タリアは直ちにモビルスーツデッキに連絡を取り、ザク・ウォーリアの出撃準備をするように内線で伝えた。

「本気ですかい!?」とマッドが驚愕していたが、タリアは局面を打開するためだからと言って押し切った。
やや揉めたのが気になったのか、「本当によろしいのかな? グラディス艦長」と
シャアが気を利かせた様子で確認を取ってきた。
侮られてると感じたタリアは、「勿論よ」と何事も無かったかのように微笑みで返した。
シャアは、そのタリアの微笑に女性の胆力を感じた。
(なまじの艦長ではないということか……まったく、女という生き物は……)
シャアはそうは思いながらも、出番が訪れた事に高揚していた。
苦戦している様子を見せられると、戦士としての血が騒ぐのだ。
実のところ、シャアはずっと加勢したくてうずうずしていた。
ハマーンは、そんな心の内を見透かしていたのだろうか――サングラスの下から盗み見たハマーンは、
既に足を組んで観戦モードに戻っていて、その意図を汲むことは出来なかった。

 

(まあ、いい……ウイスキー代の分くらいは、働いて見せるさ……)
「こっちです!」
シャアは迎えに来た浅黒い肌の若いメカニックに連れられて、勢い良く艦橋を飛び出した。