HTML convert time to 0.015 sec.


SEED DESTINY × ΖGUNDAM 〜コズミック・イラの三人〜 ◆1do3.D6Y/Bsc氏_第07話

Last-modified: 2013-10-25 (金) 02:29:38

ミネルバはガルナハンを離れ、一路ディオキアへと向かった。
 スエズ基地、通称ローエングリンゲートが落ちたことで、地球連合軍はヨーロッパ地区
における主要補給路を断たれた。ザフトは、時に連合に不満を抱く民衆の求めに応じて、
各地の都市の解放作戦を展開した。黒海沿岸都市ディオキアも、その一つである。
 戦闘の跡が残るディオキアではあるが、中世期の面影を残す街並みは健在であり、現
在、ザフトが駐留している状態だった。
 「本当かよ!?」
 ディオキアに入ると、クルーの間であることが話題に上った。
 「地球に降りてるらしいぜ」
 「ここでライブやるんだってさ」
 「慰問ってことは、俺らも見に行けるんだろ?」
 「ひゅー! 楽しみだなー!」
 彼らの話題を独占していたのは、プラントの絶対的アイドルであるラクス・クラインの
ことであった。ラクスは現在、前線の兵士を労うために各地を巡っているのだという。
 シャアにはいまいちピンとこない話題であったが、ディオキアに集ったザフト兵士たち
の熱気を見るに、その人気が凄まじいものであることは分かった。
 シャアも社交辞令的にライブに誘われたりはしたが、丁重に断わった。流石に、場違い
だと思ったからだ。
 シャアはマッドに許可を貰い、車を一台借りた。上陸許可が出ていたので、気晴らしに
ディオキアのクラシックな街並みでも眺めながらドライブでもしようと思い立ったのだ。
 だが、運転席に乗り込み、いざエンジンをスタートさせようとした時だった。
 「乗せろ」
 不意に助手席側のドアが開いたかと思うと、ハマーンが突如、乗り込んできたのである。
 「何をしている。出せ」
 突然の事に閉口しているシャアに、ハマーンはさも当然であるかのように命令した。
 (どういう風の吹き回しなんだ……?)
 デートでもしようというのか、と推測したが、あまりの愚論にシャアは自らを罵りたく
なった。第一、そうであるならハマーンのこの険しい表情の説明がつかない。流石のハ
マーンも、そういう時はもう少し可愛い顔をするものだ。
 (ハマーンには、何か目的がある……)
 シャアはエンジンをスタートさせながら、横目でハマーンの表情を窺った。ハマーンは
車窓の景色を見やったまま、思索に耽っているようだった。
 (だが、それを聞いても答えてはくれないのだろうな……)
 隣に座っていながら、まるで目を合わせようとしないハマーンを見て、シャアはそう思
っていた。
 こうして、シャアとハマーンの奇妙なランデブーは始まったのだった。
 
 街中を適当に流していた。ハマーンは特に指示するでもなく、車窓からジッと街の様子
を眺めていた。会話も、全く無い。重苦しい空気が、車中に充満していた。
 (これでは拷問だよ……)
 ハンドルを握るシャアは、チラと横目でハマーンの様子を窺いつつ、心の中で独りごちた。
 憂いを帯びたハマーンの横顔には、麗しさが漂っている。若くしてアクシズの指導者と
して君臨してきたその容貌には、苦労を重ねた女の哀愁が放つ色気がミックスされた美し
さがあった。
 しかし、シャアはそれに気付こうともしなかった。シャアのハマーンを見る目には曇ガ
ラスのようなフィルターが掛かっていて、それがハマーンの実像を見えにくくしているか
らだ。シャアは、未だにミネバのことでハマーンを許せずにいた。

 静かな車内は、ステレオから流れてくる音楽が矢鱈と大きく響いていた。現在、ラクス・
クラインのコンサートライブが始まろうとしていて、その中継が流れていた。
 「静かな〜、この夜に〜」
 ステレオから、ラクスの歌声が流れてきた。可愛らしい歌声で、溌剌としていて張りの
ある曲調は、シャアには幼く感じられた。
 しかし、その途端、ハマーンは急に血相を変えて、車内モニターの中継の様子を凝視し
た。その不可解な行動に、シャアは何事かと訝ったが、ハマーンはやがて平静を取り戻す
と、再び街の景色へと目を戻した。
 元々、苦手な女性ではあったが、今日のハマーンは特にシャアの理解を超えていた。何
も語らない上に、今しがたのように理解不能な反応を見せたりもする。
 シャアはこの時、無性にハマーンが考えていることを知りたいと思った。しかし、車中
を包む重苦しい空気が、シャアの口を開かせてはくれなかった。
 居心地の悪いドライブを続けながら、いつしか海岸線に沿って走っていた。崖の上に敷
設された道路で、曲がりくねったカーブの多い道は交通量も多くなく、今はシャアが運転
する車だけが走っていた。
 シャアは、鬱屈した空気を紛らわせるようにアクセルを開けて、スピードを上げた。
 ――少し進んだところでハマーンが急に口を開いた。
 「スピードを落とせ」
 そんな気分ではなかったが、シャアは言われるがままにアクセルを緩めた。
 ハマーンの目が、何かを見つめていた。その視線の先には、一台のオープンカーと、崖
下を覗き込んでいる一人の少年らしき後姿があった。
 ハマーンがその近くで車を止めるように言うので、シャアはその通りにした。ハマーン
が車から降りると、ドアを閉める音で短髪の少年が振り向いた。シャアも車から降り、少
年のところへと歩み寄った。
 「連れが気になったものでね。どうかしたのかな?」
 シャアが聞くと、少年は一瞬だけ鋭い眼光を放ったが、すぐさま普通の若者の顔つきに
戻った。
 (この少年は……)
 シャアは少年のことが気になりつつも、ハマーンの方へと目をやった。ハマーンは、先
ほど少年がしていたように崖下を覗いている。
 「仲間の一人が、うっかり海に落ちてしまいまして」
 少年がそう言って、ざっくりと説明をしてくれた。
 「それは大変だ」
 崖の付近には、脱ぎ散らかされたウェアが散乱していた。鑑みるに、あと二人はいそう
だった。
 その時、崖下から「おーい」と少年の呼ぶ声が聞こえてきた。短髪の少年が、「ちょっ
と待ってろ!」と応じると、自分たちが乗ってきた車からロープを取り出して、それを崖
下に投じた。
 「そんなんじゃ、全然足りねーよ!」
 下まで届かなかったらしく、崖下からはそんな文句が聞こえてきた。しかし、もうそれ
以上長いロープは無いらしく、短髪の少年は「参ったな……」と呟いた。
 「私たちのを使えば良い」
 見かねたシャアは、自分の車から牽引ロープを持ち出し、それを結んで長さを足すよう
に言った。少年は、「ありがとうございます」と言ってロープを受け取って、言われた通り
に結んだ。
 やがて、ブロンドの髪の少女が、水色の髪の少年に抱えられて上がってきた。少年も少
女もずぶ濡れになっていたが、特に少女の方は酷く憔悴し切った様子だった。「大丈夫か
な?」と声を掛けると、「何だ、おっさん」と少女を抱えた少年がシャアを睨んだ。

 「お前らを助けるために協力してくれた人だぞ」
 短髪の少年が咎めるも、少女を抱えた少年は「そーかよ」と素っ気ない。
 「すみませんね」
 短髪の少年が、愛想笑いを浮かべてシャアに詫びた。
 「いや、助かって何よりだ」
 シャアはそう返しながらも、目線はハマーンを追っていた。短髪の少年も、そのシャア
の目線の行方に気付いて、同じ方へと目をやった。
 「奥さんで?」
 「まさか……」
 シャアは苦笑しつつ、「それより、もう一人いるのだな?」と訊ねた。
 「ええ、そうですけど……」
 ハマーンはまだ、崖下を覗いていた。その目的が、“もう一人”であることは明らかだった。
 最初に少女を担ぎ上げた少年から一、二分ほど遅れて、もう一人の少年が崖を這い上が
ってきた。ハマーンはその顔を認めると、やおら笑みを浮かべた。
 「ようやく御目文字がかなったな――」
 崖縁から身を乗り出し、少年が顔を見せた。シャアはそれを目にした瞬間、思わず目を
見張った。
 「カミーユ・ビダン」
 ――それは、一瞬の出来事だった。短髪の少年が懐から素早く銃を抜き出し、ハマーン
へと狙いを定めた。そして、それとほぼ同時にシャアも銃を抜いて、銃口を短髪の少年へ
と向けた。
 その場が、一瞬にして凍りついた空気に支配された。
 「チッ……!」
 ハマーンの舌打ちが、無粋だと言わんばかりに響いた。その足元では、崖縁に這ったま
まの少年が、目を大きくしてハマーンを凝視していた。
 「カミーユ……」
 シャアは短髪の少年に銃を向けながらも、呟くようにその名を呼んでいた。その呟きが
聞こえたのか、カミーユは一寸、シャアの方にも目をやったようだった。
 その顔は紛れもなくカミーユ・ビダンだった。しかし、その瞳はシャアを見ても懐かしむ
わけでもなく、寧ろ深い敵意に満ちているように見えた。
 「何を驚いている? だから、車を出したのだろう?」
 当惑するシャアに、ハマーンが顔を振り向けて言った。しかし、シャアはそれには答え
られなかった。
 予感はしていた。だが、それは最初からではない。車をレンタルしたのは、本当に気晴
らしのつもりだった。カミーユの存在を予感したのは、車を降りて短髪の少年に違和感を
持ってからだった。それまで、シャアはカミーユを感じることができなかったのである。
 一方で、ハマーンは最初から気付いていた。だから、気の進まないシャアとのドライブ
も止む無しとした。シャアは、そんなことすら想像できなかった。
 黙すシャアを、ハマーンは一笑に付した。その余裕が、シャアにはもどかしかった。
 「うっ……! ううっ……!」
 カミーユは頭を抱えて呻いていた。ハマーンは、そんなカミーユを虫けらでも見るかの
ような目で見つめた。
 「いい眺めだな、カミーユ?」
 「……ようやく分かりましたよ……!」
 そう言って、カミーユは抗うように顔を上げた。
 「この不愉快さは、あなたたちが居たからですね……!」
 「だとしたら、どうなんだ?」

 カミーユの鼻先に爪先を突きつけ、蹴り落とさんばかりにハマーンはにじり寄る。カミー
ユは、そんな挑発的なハマーンを睨みはしたが、反発は控えた。そんなことは無いだろ
うと思いながらも、蹴落とされる可能性を完全には捨て切れない苛烈さを、ハマーンから
感じたからだ。
 「――ったく、ネオの命令で敵情を探りに来てみればこれだ……!」
 短髪の少年――スティングは、シャアの銃口に注意を払いながら、忌々しげに呟いた。
すると、少女を介抱していた少年――アウルが、それに呼応するように「カミーユの奴が
気分が悪いとか抜かすからじゃねーか!」と怒鳴った。
 「それでスティングが甘やかして休憩だなんて言い出すもんだから、その間に暇を持て
余したステラが一人でタコ踊りでもしてりゃ、このバカ女が足を踏み外して落っこちること
はあるだろーが!」
 「うるせえっ! そこまで想像できるか! お前は文句垂れる前に、この状況をどうにか
することを考えろ!」
 口論を始めた少年たちを見て、シャアはこの隙にどうにか出来るのではないかと考えた。
 だが、シャアが狙いをスティングの銃に定めようとした時、俄かにハマーンがスティン
グに向けて制するように手を掲げた。それは同時に、シャアをも制しているようであった。
 「案ずるな。ここでお前たちと事を構えるつもりは無い。私はただ、カミーユ・ビダンを
見に来たかっただけだ」
 「カミーユを見に来ただと……!?」
 「そうだ」
 スティングには、まるでカミーユの居場所を知っていたかのようなハマーンの言い草が、
信じられなかった。
 「……何者なんです?」
 カミーユが問う。しかし、ハマーンは微かに嘲笑するだけだった。
 「哀れだな、カミーユ。己を見失い、与えられた幻想の中でお友達ごっこかい?」
 「何を言ってるんだ……?」
 「命じられるままに戦う操り人形……それが今のお前だろうが?」
 「耳を貸すな!」
 叫んだのは、スティングだった。シャアがそれに反応して、トリガーに掛ける指に力を
込めた。
 ハマーンが、そんなシャアを指差した。
 「お前がどうなろうと私は構わんが、シャアはどうかな?」
 「女! それ以上はしゃべるんじゃねえ! 撃ち殺すぞ!」
 スティングが激昂して銃を構え直した。しかし、ハマーンは動じない。
 「シャア……? くっ、ううっ……!」
 カミーユは、両手で再び頭を抱えた。ハマーンはそんなカミーユを、冷めた瞳で見つめ
た。
 (ニュータイプと言えど、こんなものだ……)
 苦しむカミーユは、壊れかけの玩具のようだった。
 ニュータイプに覚醒しても、人類の膨大なエゴからは逃れられない。結局は、戦争の道
具に成り下がるしかない。それは、自身もニュータイプであることに対する、ハマーンの
自虐でもあった。
 シャアは、人類全てがニュータイプに覚醒すれば、世界は正しい方向へと向かうと主張
した。それは、コロニー・レーザー内の劇場跡でのことだ。シャアは、人類がそうなる時ま
で待つと言った。

 しかし、それは見果てぬ夢だと思った。例えそうなれるとしても、その前に人類のエゴが
地球を食い潰すだろうという確信が、ハマーンにはあったからだ。それが、ニュータイプを
恐れ、戦争の道具としてしか考えられない貧困な発想の地球連邦政府の限界だと悟って
いた。それは、本末転倒というものである。だから、ハマーンはそんな地球連邦政府に代
わって、人類を正しく統治できる絶対者が必要だと考えた。それを、ザビ家の名の下に行
おうとしたのだ
 シャアも、それを分かっているはずだった。しかし、シャアの胸の内は、その黒いサング
ラスが表情を隠しているように、読むことが出来ない。
 (シャアは、ニュータイプに幻想を抱き過ぎている……)
 ハマーンは、カミーユを見て思っていた。ニュータイプであることが、必ずしも人を幸せに
するわけではない。寧ろ、すれ違うことの方が多いのだと、カミーユとの経験で思い知って
いた。
 自分か他人かよく分からない感覚は、気持ち悪いだけだった。相手の心を覗く代わりに、
否応なしに自身の心をも暴かれていくのは、苦痛でしかなかった。
 シャアは、それを知らないのだ。それを実感できるだけの素養を持てなかったシャアに
は、知り得なかったことだったのだ。それ故に、ララァとアムロの関係に嫉妬したことが反
発となり、シャアをニュータイプへの強烈な憧れに駆り立てたに過ぎない。童貞が未だ見
ぬセックスに過剰な夢を見るのと同じ心理だ。
 (分かるか、シャア? これが、ニュータイプの成れの果てだよ……)
 ハマーンはカミーユを見下ろしながら、心の中でシャアに語りかけた。
 「あ、あなたたちは、一体、僕に何を……!」
 カミーユは呻くように言った。ハマーンは、フンと鼻を鳴らすと、カミーユに背を向けた。
 「いいものを見せてもらった。もういい」
 ハマーンは踵を返すと、銃口を向けるスティングの前を些かも気兼ねすることなく横切
り、さっさと車に乗り込んでしまった。その図々しいほどに堂々たる足取りに、スティング
は思わずトリガーを引くのも忘れた。
 シャアはそれを見て、自らも銃を収めた。そして、名残惜しむようにカミーユを見やった。
 正気に戻す余地はあると見た。カミーユは、シャアやハマーンを見て反応を示したのだ
から。
 (ならば、ここは退くか……?)
 シャアはスティングたちの身のこなしを見て、強化人間かもしれないと見当をつけていた。
それならば、ハマーンにその気が無い以上、この不利な状況でわざわざ無理をする必要
も無いと思い至った。ここで退いて見せれば、彼らもこれ以上カミーユに無理な記憶操作
を施すことも無いだろうと読んだのだ。
 彼らがディオキアにいたということは、本隊も近くにいるということである。ディオキアを
出れば、ミネルバはその部隊と接触する可能性が高い。だとすれば、その時に改めて
洗脳を解けば良いとシャアは考えた。
 (しかし……)
 シャアが引っ掛かっていたのは、スティングたちの態度だった。スティングがハマーン
を黙らせるために激昂した時、彼らがカミーユをどのように扱っているのか、分からなく
なったのだ。
 (彼らは、カミーユをどこまで受け入れているのだ……?)
 ここで、本当に見逃してしまっても良いのだろうか――シャアは、迷ったのである。
 その時、プァーンとクラクションの甲高い音が鳴った。早くしろ、というハマーンの催促
である。
 シャアは仕方無しに踵を返し、車に乗り込んだ。自らの判断の正否も分からぬままに……
 

 「カミーユがいることを、最初から分かっていたのだな?」
 車を走らせながら、シャアはハマーンに訊ねた。ハマーンは頬杖をついて、流れる景色
を眺めたまま無言を貫いていた。シャアは、それを肯定と受け止めた。
 辺りはすっかり夕闇に包まれていた。通り過ぎていく街灯の明かりが、ストロボのように
ハマーンの表情を何度も浮き上がらせた。
 氷のように冷たい瞳の奥には、拭い切れない孤独がある。儚く脆い心を、ハマーンは凍
てつかせることで保ち、生きてきた。ハマーン・カーンは、その裏にどうしようもない寂しさ
を隠している、少女のような女性だった。
 そのことに目を向けられないシャアに、ハマーンを理解することなどできはしなかった。
 
 戻る途中、ミネルバから連絡を受けた。ラクスと共にディオキアを訪れていたデュラン
ダルが、二人を晩餐会に招待したいとの達しがあったのだという。
 「いいな、ハマーン?」
 シャアが聞くと、ハマーンは気だるそうに片手を上げて答えた。シャアは了解すると、
ナビに教えられた住所をセットして、そこに向かった。
 ディオキアの街並みにマッチした、中世期の城のような高級ホテルの中庭に乗り付け
ると、出迎えのスタッフが現れた。シャアはスタッフの一人に車を任せると、ハマーンと二
人で別のスタッフに案内されて高級ホテル内に入った。
 バルコニーに辿り着くと、既に準備が整っていた。長テーブルには先に呼ばれていたタ
リア、シン、レイ、ルナマリアが横一列に並んで座っていて、それと向かい合って一人の
男が座っていた。
 黒い長髪の男である。目つきは鋭くありながら、どこか温和な雰囲気もある、不思議な
男だった。
 (あれが、ギルバート・デュランダルか……)
 デュランダルは二人を見つめて、柔和な笑みを浮かべていた。シャアは、それは政治家
が使う嫌な愛想笑いとは違うようだと思った。もっと、子供染みていると感じたのだ。
 「クワトロ・バジーナです。本日は、デュランダル議長閣下にこのような催しにお招きい
ただき、真にありがたく存じます」
 シャアはそう述べて、恭しく頭を下げた。
 その途端である。
 「はっはっは!」
 デュランダルは痛快に笑ったのである。その理由は、シャアもデュランダルの笑い声を
聞いた瞬間に理解した。
 「報告の通りだね、クワトロ・バジーナ? まるで、私がしゃべっているようだった」
 「恐縮であります。私も、議長閣下のお声を拝聴して、同じことを思いました」
 「君なら、いざという時に私の代わりが務まるかもしれないね?」
 「ご冗談を……」
 シャアが苦笑していると、「どうぞ、お掛けください」と、デュランダルの傍らに立つ、オレ
ンジの髪をした青年将校が二人を促した。ボーイが椅子を引き、シャアはタリアの右隣に、
ハマーンはそのシャアの更に隣に腰掛けた。
 「ね? 言ったとおりでしょ?」
 タリアが、得意気にシャアにそっと耳打ちをした。今なら、タリアが最初に自分の声を聞い
た時の反応も納得できるとシャアは思った。
 「全員、御揃いのようです」
 青年将校は、そうデュランダルに告げると後ろへ下がった。デュランダルは、「うむ」と頷く
と一同を見渡した。
 「まずは乾杯と行こうじゃないか」
 デュランダルが乾杯の音頭を取り、各々はグラスを交わした。

 暫くは、和やかに食事を楽しんだ。ハマーンも、乗り気ではないにしろ、高級ディナーと
いうだけあって、それなりに興じてはいるようだった。もっとも、このような場に慣れていな
いシンとルナマリアは、食事の味を楽しむ余裕も無さそうではあったが。
 「こうして食事が出来るのも、君たちがローエングリンゲートを落としてくれたお陰だ。君
たちは、期待以上の働きをしてくれている」
 賛辞を述べるデュランダルに、タリアが「ありがとうございます」と一同を代表して応じた。
 デュランダルの話によると、スエズ基地が陥落したのを機に、ヨーロッパ戦線が好転しつ
つあるのだという。一方、宇宙の方では緒戦以来は膠着状態を堅持していて、月の周辺で
小規模な戦闘がある程度だという。
 「しかし、このまま戦況をひっくり返して、一気呵成に、とは行かないだろうね」
 デュランダルはそう言って、楽観ムードを否定した。
 「何故でしょうか?」
 「イデオロギーの対立に便乗する商売というものがある」
 問うタリアに、デュランダルはそう返した。
 「戦争がすぐに終わってしまっては困ると考える人間も、いるということさ」
 「そんな……何でですか!?」
 咄嗟に口を挟んだのは、シンだった。シンは僭越なことをしてしまったと気付くと、す
ぐに「すみません」と申し訳なさそうに俯いた。
 「よい。それがまともな反応だ」
 畏まるシンに、デュランダルはそう言って宥めた。
 「だが、戦争には碌でもない側面もあってね。そう……例えば、あの機体――」
 デュランダルはそう言って、ホテルの中庭に佇んでいる巨人を指した。それは全身をオ
レンジに塗装されたモビルスーツで、ザフト系統らしい単眼の意匠ではあったが、見慣れ
ない型をしていた。
 「ZGMF-2000、グフ・イグナイテッドという。ロールアウトしたばかりの機体なのだがね、
あれを一機建造するのにも、莫大な資本が要る。それだけではない。運用するのにも
コストが掛かる。ミサイル一発にしろ、推進剤にしろ、損傷した時の予備パーツのことも
考えなければならない。そして、破壊されればまた新しいものが必要になり、より強力な
武器を求めて新兵器の開発も進められる。無論、これは武力行使に限っての話なのだが、
それだけでも途方もない金が動く。インフラなどのことまで考えれば、尚更だ。戦争の中
では、そういった破壊と創造のサイクルが凄まじいスピードで繰り返されていく。つまり、
戦争をするということは、一方でそういう見方もあるということなのだよ」
 「戦争を食い物にしているってことですか?」
 シンの問い掛けにデュランダルは、「身も蓋もない言い方をすればね」と苦笑した。
 「所謂、“死の商人”と揶揄される人々のことだ。そういう人間ばかりではないが、彼ら
が力を持てたのは、そうやって戦争を利用して莫大な富を築けたからなのだよ。そして、
今回の戦争の影にも、間違いなく彼らの存在がある。私は、彼らをどうにかしない限り、
地球側との本当の和平は無いと考えている」
 「デュランダル議長は、開戦前からそれをご存知だったんでしょうか?」
 「その通りだ、シン・アスカ。私は今回のような事態を想定して、前々から準備を進め
てきた。戦争をする為にだ」
 「……!」
 シンはハッと息を呑んだ。自分を見据えるデュランダルの瞳に、白刃が放つような鋭い
輝きを見たからだ。
 「戦災孤児である君の身の上については、知っているつもりだよ。だから、そういう意
味では、私は君に残酷な仕打ちを強いてしまっているのかもしれない」
 「いえ、自分は……」

 「忌憚のない意見をぶつけてくれても構わんよ。君の今の正直な気持ちを聞かせてくれ
ないか?」
 デュランダルが問うと、ハマーン以外の注目がシンに集まった。シンはそれを意識して
少し身を固くし、若干の間を置いてから徐に口を開いた。
 「……戦うべき時に戦わなければ、守りたいものは守れません。それに、仕掛けてきた
のは向こうです。だから、自分は戦います。少しでも、自分と同じ思いをする人を少なく
するために」
 「よく言ってくれた、シン」
 頬を緩めたデュランダルの目に、もう鋭さは無かった。柔和な笑みは、先ほど迎え入れ
てくれた時と同じだった。
 (この人、こういうオンとオフを切り替えられる人なんだ……)
 ポンと肩を叩くレイの顔には、珍しく笑みがあった。「シン!」と呼ばれて顔を振り向け
れば、ルナマリアの嬉しそうな顔があった。デュランダルの言葉と二人の笑顔が、自分
の言葉に間違いが無いと思わせてくれた。
 デュランダルは、その若者たちの結束を微笑ましく見つめた後、やおら盗み見るように
目線を動かした。
 視線の先には、ハマーン・カーンの姿がある。
 「食事は、楽しんでいただけているかな?」
 呼び掛けると、ハマーンはナイフとフォークを置き、ナプキンで口元を拭いた。
 「議長閣下は、随分と軍産を目の敵にしていらっしゃるようで」
 「そう聞こえたかね?」
 「はい。企業心理も解せぬ議長には、失望いたしました」
 ステーキにフォークを突き刺したシャアは、それを聞いた瞬間、咄嗟に肉切れを口に運
ぶ動作を止めてハマーンを見やった。
 気温が下がったように感じるのは錯覚だが、気のせいではない。暴言にしか聞こえない
ハマーンの辣言は、一瞬にして和やかな会食の空気を凍りつかせた。
 「ちょっと、クワトロ……」
 タリアが小声で囁き、シャアに何とかしろと促す。
 ハマーンは元は敵同士であるが、知らぬ仲でもない。シャアは、ハマーンが苛立ってい
ることには気付いていた。原因は、恐らく先刻のカミーユとのことだろうとの察しはついた。
 「手厳しいね」
 デュランダルはそれでも、流石に感情的になったりはしなかった。そういうデュランダル
の人柄に、救われているという自覚がある。パトロンというものは、大事にしたいものだ。
 (ハマーン……履き違えるなよ……)
 シャアはそう心の中で念じて、「議長」とデュランダルに呼び掛けた。
 「軍需産業複合体ともなれば、経済界に与える影響力は甚大です。それを解体、ないし
潰すおつもりであるならば、その後の地球経済のことまで考えなければなりません。プラ
ントは取引相手が無ければ立ち行かないのですから、彼女は、そのことを心配して申し上
げたのです」
 シャアを睨むハマーンの頬は、微かに紅潮している。何杯あおったかは知らないが、ハ
マーンは随分とワインが進んでいたようだった。
 「なるほど……」
 デュランダルは、そう呟いて微笑した。それが本当に納得しているのかどうか、その微
笑からは窺い知ることは出来ない。デュランダルの中にある無邪気さが、邪魔をしている
ように思えた。
 「では、君たちはブルーコスモスのことは知っているかね?」

 「対コーディネイター強硬派の思想集団であると存じております」
 「排斥派だよ。彼らが連合軍の軍事行動にまで口を出せるのは、ロゴスを母体としてい
るからなのだよ?」
 「ロゴス?」
 「彼らの通称だよ。ブルーコスモスは、ロゴスの資金力によって支えられている。なら、
ブルーコスモスを排除したとして、その根を絶たなければブルーコスモスは何度でも蘇る
ということになる。それでは、結局は今回のように戦争の繰り返しになってしまう」
 デュランダルはそこまで話すと、目線をシャアからハマーンへと移した。
 「私はね、その輪廻を断ち切りたいのだよ。勿論、それが経済に破滅的な影響を与えか
ねないことは承知している。しかし、戦争が半永久的に繰り返されるようでは、人類の未
来は絶望的だ。どちらかが滅びるまでこのサイクルが続くというのなら、そこから逃れら
れる道を模索したいのだよ、私は」
 反目し合う二つの人種が、戦争の禍根となっている。その根本的解決の為に、デュラン
ダルはまずブルーコスモスの土台となっているロゴスをどうにかしたいと言う。
 シャアは思う。エゥーゴとして地球連邦の内情にもそれなりに通じることが出来た。腐
敗は、ティターンズの台頭を許した連邦政府の有り様を見れば明白だった。
 ブレックス・フォーラは、それを地球の重力に魂を引かれた人々のエゴだと評した。そ
の表現は、当たっているのではないかとシャアは思う。
 ならば、コズミック・イラでの禍根をロゴスであるとするデュランダルの言葉に該当す
る、ユニバーサル・センチュリーにおける争いの禍根は何であるかを、シャアは考えた。
 アースノイドとスペースノイドの格差は、地球に住んでいるかそうでないかで分けられ
ると言っても過言ではない。そうであると仮定すれば、その格差を是正して人類を平等に
するには……
 「――これからも、君らには厳しい任務を課すことになると思う」
 デュランダルが言葉を継いで、一同を見渡した。シャアは思案を止め、目線を上げてデュ
ランダルに注目した。
 「しかし、本当の平和のために、諸君らには一層の奮励努力を期待したい。そこで……」
 デュランダルが後ろを振り返って顎をしゃくると、待機していた先ほどの青年将校が前
に歩み出てきた。
 「少しでも諸君らの負担を軽減するために、優秀な増員を手配した」
 デュランダルに紹介された青年将校は、ピシッと背筋を伸ばして立ち、見事な敬礼を決
めて見せた。
 「ハイネ・ヴェステンフルスです。デュランダル議長の命により、この度ミネルバに配属
となりました。以後、よろしくお願いいたします」
 ハイネと名乗った青年将校は一同を見渡すと、それまでの軍人然とした居住まいから一
転して、人懐っこい笑みを浮かべた。
 
 ハマーンの発言で冷や冷やさせられる場面もあったが、晩餐会が和やかな雰囲気の内に
終えられたのは、デュランダルの寛大さがあったからだろうとシャアは思う。
 その帰り際、ホテルのロビーを出ようとしたシャアに、駆け込んできた誰かがぶつかった。
 一目で分かるほどに女性だった。長い桃色の髪を靡かせて、その少女はシャアにぶつか
った衝撃で転倒しそうになった。シャアは咄嗟に腕を伸ばして、転倒寸前の少女を抱き止
めた。
 「も、申し訳ございません」
 近くで見ていたルナマリアが、「あっ!」と声を上げた。少女は、ラクス・クラインだった。

 ライブの時の衣装のまま、シャアにしなだれ掛かるようにしているラクスは、息を弾ま
せながら顔を上げた。
 「あなたは……」
 黒いサングラスに映った自分の顔を見て、ラクスはハッとした。夜中にサングラスとい
う奇妙な出で立ちでありながら、それを魅力に変えてしまうような端正な顔立ちとスマー
トな体躯は、シャアの姿を、あたかも夢の中に出てくる王子様のように見せていた。
 「お気をつけて。プラントの宝石であるあなたに怪我をさせてしまったら、私はプラント
国民全てから恨まれてしまいます」
 見惚れているラクスに、シャアは少し気取った言い回しで優しく呼び掛けた。すると、そ
の声にハッとなったラクスの瞳が途端に色めき立った。
 「デュランダル議長ですの?」
 「いえ、声は似ていますが、違います」
 「まあ! では、あなたもデュランダル議長に?」
 ラクスは熱い瞳でシャアを見つめ、ずいずいと迫ってきた。シャアは、その想定外の反
応に戸惑い、それとなく後ずさりした。だが、最終的には壁際に追い込まれ、ラクスは逃
れられなくなったシャアに身体を密着させるように迫った。
 「……人目があります。お止めください」
 人目が無かったらどうするつもりだったのかしら、とルナマリアは思う。
 シャアはラクスの肩に手を置いて、押し退けようとした。しかし、ラクスはそれに抵抗して、
ますます迫った。
 「胸が当たっているのですが……」
 「嫌ですか?」
 シャアは返答に困った。
 ラクスは確信犯的にシャアに身体を寄せて、反応を試しているようであった。そういうこ
とが分からないシャアではなかったが、衆目の前でもあるし、同僚の目だってある。こうい
う場面を恥ずかしいと思う気持ちはシャアにもあるし、初めて会う女性にこうも積極的に迫
られるというのも、おかしな気分だった。
 シャアはラクスの衣装に目をやりつつ答えた。
 「感心はいたしません。ショーの時ならこれもアリでしょうが、そのような格好で異性の前
で無防備になられるのは危険です」
 「だって、今までお仕事だったのですから、仕方ありませんわ」
 「そういうことではなく……」
 「あなたなら、わたくしと同じ思いを共有できると思って……」
 その時、コツコツとハイヒールの踵が床を叩く音が鳴り響いた。
 ルナマリアが、阿呆のように口を開いて冷や汗を流していた。ハマーンが、二人のもとへ
と近づいていたのである。
 シャアは内心で肝を冷やしていたが、ハマーンの目はそんなシャアを無視してラクスだ
けを見ていた。そしてラクスの顎を掴むと、顔を自分の方に向けさせた。
 「な、何ですの? あなたは……」
 困惑するラクスの顔を、ハマーンは構わずにまじまじと観察していた。そして、やがて
納得がいったのか、一つ含み笑いをすると、徐にラクスの耳元に顔を寄せて、何事かを
囁いた。
 その途端、ラクスは急に青ざめて、顔を引き攣らせた。
 「あ、あなたは……」
 ラクスは、目を丸くしてハマーンを凝視した。ハマーンは、そのラクスの反応を楽しむ
かのように微笑を湛えていた。
 「安心しろ。誰にも言うつもりは無い」

 狼狽するラクスにハマーンはそう告げると、薄ら笑いを浮かべたままホテルを後にして
いった。
 ハマーンが去っていった後も、ラクスは落ち着きを取り戻せずにいた。必死に取り繕お
うとするも、その努力が却って余計にうろたえているように見えた。
 (ハマーンは、何を言ったんだ……?)
 その狼狽振りを見るに、何か決定的なことを言われたに違いないことは分かった。しか
し、ならばそれは何なのかと言うと、シャアには全く想像もつかなかった。
 ともかく、哀れに思ったシャアはラクスを気遣い、優しくその背に手を添えた。
 「連れが、何か無礼をいたしたようで」
 「い、いえ……お優しいのですね」
 いくら平静を装うとも、隠しきれない動揺が端々に溢れていた。そんなラクスを、シャ
アは気の毒に思った。
 興が冷めたのか、ラクスは徐にシャアから離れた。
 「お名前、お聞かせ願えますか?」
 「クワトロ・バジーナと申します」
 「クワトロ様……またお会い致しましょう」
 そう言って別れを告げると、ラクスは追いついてきたマネージャーを伴い、「次のお仕
事がありますので」とホテルの奥へと消えていった。
 
 翌日、ミネルバの格納庫では休暇を返上した数人のメカニックが、以前にシャアが使っ
たことがあるザク・ウォーリアのオールペンを行っていた。白と紫のツートンに塗り分けら
れたそのカラーリングは、ハマーンの注文によるものであった。
 前日、ホテルでの会食の後、ハマーンはタリアに自身も戦闘部隊に加わる旨を告げた。
無論、それを望んでいたタリアは二つ返事で了承したが、ハマーンの急な変心の理由につ
いては、特に追及はしなかった。迂闊な質問でへそを曲げられたくは無いからである。
 そのことをタリアから打ち明けられた時、シャアはその変遷に思い当たる節があった。
ハマーンの苛立ちの理由を考えれば、その答えは単純明快。洗脳されたカミーユを実際に
目の当たりにして、ハマーンの中で何かしらの心境の変化があったのは間違いなかった。
 「良かったですね!」
 そう快活な声でシャアに言ったのは、ハマーンが戦列に加わると知ったルナマリアだっ
た。しかし、その満面の笑みを見るに、本当に嬉しいのはルナマリア本人の方なのではな
いかと思えて、不思議で仕方なかった。
 (彼女は、ハマーンと何かあったのだろうか……?)
 シャアは、そんなルナマリアが変な宗教にはまっていくように見えて、些か心配だった。

 オールペンが行われているザク・ウォーリアの隣に、搬入されてくるモビルスーツがあっ
た。ホテルの中庭に駐機していたグフ・イグナイテッドというモビルスーツである。新たに
配属になったハイネ・ヴェステンフルスの搭乗機として、共に配置となったのだ。
 勿論、厳密にはシャアの知っている旧ジオン軍のMS-07Bとは違う。しかし、シルエット
はやや先鋭的でありながらも似ていて、名前まで同じなのだから驚かされた。ザクといい、
流石に気味が悪いと思った。

 ただ、パイロットであるハイネ自身は、非常に気さくな好青年だった。ハイネはミネルバ
に配属されると、戦歴を考慮されて戦闘隊長に任命されることになったのだが、早速執
り行われたパイロット同士のミーティングでは、軍隊的な堅苦しさが性に合わないと言っ
て、自らを呼び捨てにするよう、若いシンたちに命令したのである。そこには、チームワー
クを円滑にこなせるようにとの、ハイネ流の配慮があった。
 ハイネは、シャアに対しても遠慮が無かった。そういう気の置けない関係というものは、
シャアも嫌いではない。出会って間もないが、気の良いハイネには気を許してもいいと思
えた。
 「不思議なこともあるもんだよなあ。パラレルワールドか」
 シャアはハイネと甲板で語らっていた。鉄柵に背中を預けたハイネが、カモメが鳴く海
を眺めながら潮のにおいを嗅いでいた。
 「まだ、そうと決まったわけではないのだが」
 「いいじゃん、別に。ここにこうして存在してるってことは、そういうことが起こったって
証明なんだし」
 深くは考えないタイプなんだろうな、とシャアは思う。竹を割ったような性格なのだろう。
 シャアはサングラス越しの風景に目を細めた。記憶の中の地球の自然と変わらない風
景のはずなのに、どこか違う景色に思えた。
 「確かにな。俄かには信じられないことだが、こうして現実を突きつけられると、つくづく
思い知らされる」
 「嫌なのか?」
 「そうではない。ただ、なぜ私がこの世界に迷い込んでしまったのかが、腑に落ちない
んだ」
 それはハマーンであり、カミーユも同様である。どうしてこうなってしまったのか、その
根本的な理由を、シャアは知りたかった。例え分からずとも、納得のできる答えが欲し
かったのだ。
 ハイネはカモメが遠くに飛び去っていくのを見送ると、徐にシャアに向き直った。
 「“えん”や“ゆかり”って言葉があるだろ? そういうのって運命的なものでさ、理由
なんか無くたって、男と女はくっつくものなんだ。しかも、それで一生を添い遂げたり
もするんだぜ。そんなものにさ、もっともらしい解釈を見出そうだなんて、野暮だと思わ
ないか?」
 「同じだと言うのか?」
 「割り切れよ。その方が楽だぜ」
 ハイネにそう言われて、確かに考え過ぎなのかもしれないとシャアは思った。否、考え
るべきではないのかもしれない。途方もないことばかりを考えていると、目の前の現実に
対応する能力が衰えていくような気がしたのだ。それはナンセンスだと思った。
 「……そうだな」
 シャアはハイネの言葉をよく噛み締めてから答えた。
 依然としてカミーユの問題が残っている。ハマーンも、違った意味で問題だ。
 しかし、ハイネと話して、少しだけ気が楽になったような気がしていた。