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SEED DESTINY × ΖGUNDAM 〜コズミック・イラの三人〜 ◆1do3.D6Y/Bsc氏_第10話

Last-modified: 2013-10-25 (金) 02:31:19

 エーゲ海からクレタ海にかけて、島嶼が点在する。ファントムペインとオーブの連合軍
は、そこを最終ラインと決めてミネルバを待ち構えていた。
 ミネルバにとっては最後の関門と言えた。ここを抜けて地中海に出られれば、ジブラル
タルまではあと一息だった。逆に連合軍にしてみれば、ジブラルタルに入る前にミネルバ
を叩く最後のチャンスである。
 コックピットに座ったまま、ハマーン・カーンは動かなかった。コンディションレッドの発
令はなされている。ハイネを始め、シャアや他のモビルスーツ隊は既に出撃を終え、戦
闘を開始していた。しかし、ハマーンは目を閉じたまま指の一本も動かさず、黙している
だけだった。
 やがてハマーンは目を開き、コックピットから降りてしまった。それを見咎めて、「どうし
て出撃しないんだ!?」と、マッド・エイブスが声を荒げた。
 「シャアではないのだ。私がそうそう戦ってやると思うな」
 ハマーンは唾棄するように言って、格納庫を去っていった。
 ミネルバが大きな揺れに見舞われたのは、その直後だった。
 
 ミネルバの艦体からは、無数の煙が立ち昇っていた。装甲には、小さな傷ではあるが、
夥しい数の穴が開けられていて、各所で火災も発生していた。
 甲板で迎撃をしているはずのルナマリアのザク・ウォーリアは、大破寸前にまで陥って
いた。一方のレイのザク・ファントムにも、軽微であるが損傷の痕がある。
 それらは、ファントムペインから放たれたミサイルによる損害だった。一度は全て撃破
したはずだったのだが、その後、拡散して土砂降りの雨のように散弾がミネルバに降り
注いだのである。これにより、ミネルバの砲門の殆どが使用不能に陥ってしまった。
 ルナマリアとの通信が途絶えたことで、メイリンが取り乱していた。タリアはその様子を
見やりつつ、正念場を迎えていることを悟った。
 ミネルバ本体は迎撃の術を失った。タンホイザーが辛うじて生き残っているが、連合艦
隊もそれを警戒して、かなりワイドに展開していた。
 焼け石に水かもしれないが、使わないよりはマシだろうか、とタリアは考える。しかし、
既に敵機動部隊がミネルバの近くにまで展開しているとなれば、起動にすら時間の掛か
るタンホイザーは格好の的にされるのがオチである。遅きに失したのだ。今となっては、
もう使えるはずがなかった。
 航行に支障は無い。しかし、ミネルバが受けたダメージは軽くはなかった。そこへ、ファ
ントムペインが牙を剥く。
 先鋒として姿を現したのは、ムラサメの編隊だった。既にユウナの目論見を看破してい
るネオの差し金である。前回の戦闘で殆ど戦いに参加しなかったオーブは、今回も同じよ
うにとはいかなかった。
 ユウナは、今は悔しがっているしかなかった。艦長のトダカが、そんな落ち着かない様
子のユウナを見て声を掛けた。
 「ユウナ様は司令官でいらっしゃる。もっと鷹揚としていて下さいませんと」
 ユウナの目が、ジロリとトダカを睨んだ。
 「バカ言うんじゃないよ。僕は今、最高にイライラしてるんだ」
 ユウナは苛立ちを隠そうともせずに放言した。
 ネオにオーブ軍を好き勝手に使われているという認識があった。それは前回の仕返しな
のだろうが、ユウナにはそれが許せない。他人を利用するのは好きだが、利用されるのは
大っ嫌いなのである。
 そういう幼児性の部分がユウナの欠点なのだと、トダカは内心でため息をついていた。
 ユウナの軍靴が、鉄の床を小刻みに叩く。その苛立ちの矛先は、ネオともう一つ。
 「アークエンジェルはまだなのかい? 全く、使えない連中だね!」
 待ち望むユウナに吉報がもたらされるのは、その少し後だった。
 
 ミネルバの迎撃システムが沈黙してしまった以上、空戦部隊のシャアたちの負担はより
重みを増した。レイがまだ継戦可能な状態であるが、ミネルバを守る戦力は今や彼一人に
なってしまった。
 しかし、それは困難なことだった。高性能機を揃えているとはいえ、空戦において、たった
三機の防衛線は決して厚いとは言えない。どれだけ抗戦しても突破を許してしまうこともあ
る。
 ミネルバの戦力が充実しつつあっただけに、よもやこのような窮境に追い込まれるとは思
いもしなかったシャアは、ムラサメ部隊を迎撃しつつ、窮状打開のための方策を考えていた。
 「彼女はどうして出ないんだ!?」
 テンペストソードでムラサメのウイングを切り飛ばしたハイネは、戦闘の合間を縫ってシャ
アに問い掛けてきた。
 ハイネの言う“彼女”とは、ハマーンのことである。ハマーンは、ミネルバが窮地に陥ってい
る今も、まだ出撃する気配を見せていなかった。
 「何とも言えんな! だが、何か考えがあるのかもしれない」
 シャアは、突破してミネルバに仕掛けようかというムラサメに向かってビームライフルを向
けた。一発、二発とリズムよく放たれたビームは二体のムラサメに立て続けに命中し、海に
叩き落した。
 「ピンチだって時に! 考えって、何なんです!?」
 シンは少し苛立っている様子だった。しかし、インパルスの動きはすこぶるキレが良く、突
破を試みるムラサメにチェーンガンを叩き込むと、続けて別のムラサメには上から圧し掛か
り、海に蹴り落としていた。
 「レイ一人だけじゃ、ミネルバは持ちませんよ!」
 シンの焦りは、もっともだった。今はまだムラサメ隊だけだから何とかなっているが、こち
らの消耗を見越して、直にファントムペインの部隊も加わってくる。そうなった時、流石に三
機だけでは防ぎきれない。
 ハマーンとて、ミネルバが沈めば自身の命が無いことは分かっているはずである。では、
どうして未だに出撃しないのかを、シャアは考えた。
 (カミーユの気配を感じない……)
 シャアは意識してカミーユの気配を探ろうと試みたが、不思議と感じることが出来なかった。
 (カミーユは出てないのか……?)
 それが、ハマーンのやる気を削いでいるのかもしれないと思った。
 ハマーンは、正式にザフトとなったのではなかった。特別待遇でモビルスーツを貸与され
ているだけであり、命令系統から外れた独立した権限を有していた。気難しいハマーンが自
ら戦列に加わると申し出た好機を逃すまいと、タリアがその破格の条件を受け入れてしまっ
たのである。
 だから、戦列に加わる切欠がカミーユであったならば、そのカミーユが出撃していない戦
場にハマーンが出てくる道理は無い。
 (……果たして、そうなのか?)
 何かが違うとシャアは思った。単純に違和感を覚えた。
 ハマーンのセンシビリティは、シャアには感じ取れない、もっと別のものを感じ取っている。
それは、シャアには決して推し量ることのできないことであった。
 
 アークエンジェルが姿を現したのは、それから少ししてからだった。牽制のビーム攻撃が
両軍の戦いに水を差して、戦闘を中断させた。
 フリーダムの姿もある。シンはそれを認めると、カッと頭に血が昇るのを感じた。

 「あいつら!」
 「まだだ、シン!」
 シンは咄嗟に飛び掛ろうとした。しかし、ハイネの怒鳴り声がそれを許さなかった。
 「落ち着け、シン。ミネルバの安全が確保されるまでは、勝手な行動は慎め」
 「は、はい……」
 前回に犯した独断専行の手前もある。シンは逸る気持ちを抑えて、ハイネの命令に従っ
た。
 「――再度警告する。我々はオーブ軍の即時戦闘中止と退却を求める。受け入れられな
い場合、今回は実力行使による阻止も辞さない覚悟である」
 アークエンジェルは、そう宣言して恫喝してきた。
 「実力行使だって……?」
 その宣言を耳にしたシンは、ギリッと歯を軋ませた。
 「やれるものならやってみろ! オーブさえ良ければ後はどうでもいいって連中が!」
 シンは吼えた。その激情は、今はまだ行き場が無い。しかし、それをぶつけるべき相手は、
ハッキリしていた。
 
 「やはり出てきたか」
 ネオ・ロアノークに焦りは無かった。アークエンジェルの出現は、折り込み済みだったから
だ。
 そして、だからこそ今回はオーブに先鋒をやらせたのである。
 「相手にするな。オーブ軍には、ミネルバへの攻撃に集中しろと伝えろ」
 アークエンジェルには、ユウナの息が掛かっている。そうとなれば、アークエンジェルがオ
ーブ軍を攻撃するようなことは無いだろうとネオは睨んでいた。
 しかし、それが自身の読みの甘さだったということを、ネオは直後に思い知った。
 ネオの要請に従って、オーブ軍がミネルバに攻撃を再開した途端であった。ネオが想像も
できなかった、ユウナの仕込んだトリガーが発動したのである。
 フリーダムが前進して、青い六翼を開いた。そして、両肩からバラエーナを迫り出し、両腰
のクスィフィアスを前に向け、ビームライフルを構えて砲撃態勢を取った。
 ネオはそれを見ても、まだハッタリだと信じていた。
 だが、フリーダムはオーブ軍に向けて砲撃を行ったのである。五門の火器がそれぞれに
火を噴き、無数の弾丸の嵐がオーブ軍を巻き込んだのだ。
 「バカな!」
 ネオは目を疑った。それは、全弾が命中したからではない。その全てが致命傷を避けて
いたからでもない。それ以前の問題である。ユウナの息が掛かっているはずのフリーダム
が、何故オーブ軍を攻撃したのか――
 「怯むな! 我が隊にも攻撃命令を出せ! オーブと連携して、一気にミネルバを叩く!」
 ネオは動揺を払拭するように発破を掛けた。惑わされてはいけないと思ったのだ。
 「フリーダムの行動……一見、矛盾しているようにも見えるが、そうではないはずだ……」
 ユウナの人を食ったような卑しい笑みが、頭の中にチラついていた。
 フリーダムは遂に動き出した。ネオは双眼鏡を取り出し、その様子を注視した。ファインダ
ーの中では、フリーダムの圧倒的スピード、そしてパワーによる無双演舞が繰り広げられ
ていた。ファントムペイン、オーブ問わずに、抵抗も儘ならずに戦闘能力だけを間引かれて
いく。
 ネオは仮面の下で眉を顰めた。一寸、もしやアークエンジェルはユウナの思惑とは関係
ないのではないかと疑った。
 しかし、ネオの慧眼はすぐさまに見抜いた。
 (もし、これが全て奴の計算の上だったとしたら……?)
 そう考えた時、答えは導き出された。

 「そういうことか、ユウナ・ロマ!」
 ネオは俄かにシートから立ち上がり、双眼鏡のレンズをタケミカズチの艦橋部へと転じ
た。倍率を高くしてピントを合わせていくと、果たして、そこに愉悦に歪むユウナの表情が
見えた。それは、ネオの推測が正しかったことを裏付ける顔だった。
 そのユウナも、同じようにJ・Pジョーンズへと目を向けていた。ユウナも、ネオをそれほ
ど侮っているわけではない。そろそろ気付く頃だろうと思っていた。
 しかし、意に介さない。何故なら、それを見抜けたとて、ネオには何もできないことをユ
ウナは知っているからだ。ユウナは、腕を組んで鷹揚と高みの見物を決め込んでいれば
良かったのである。
 「今回は、最初から驥足を展ぶてくれているみたいだね」
 フリーダムの圧倒的戦闘力は、ユウナの期待通りではあった。
 「分かるかい? 人前で仮面も外せない恥ずかしがり屋さんのネオ・ロアノークに。戦い
が避けられないなら、自ら牙を折るまでさ。オーブを……僕をそうそう好きにできると思う
なよ」
 キラ・ヤマトというコーディネイターを駒に持つからこそ可能な策だった。ユウナはキラ
の腕を見込んで、人的被害を出さずに戦闘能力だけを間引くように指示していた。そうや
って自ら戦闘不能状態に陥ることで、戦線を離脱せざるを得ない状況を作り出すことこそ
が、ユウナの巡らした最後の策だった。
 ネオはアークエンジェルがユウナの手引きによるものだと分かっていても、ユウナの尻
尾を掴めない限り追及することはできない。そして、全てをアカツキ島でのやり取りで終
えている以上、今からユウナとアークエンジェルが通じている証拠を掴むのは、ほぼ不可
能なのである。
 しかし、それは自爆まがいの最終手段である。当然、そこに大きなリスクが伴うことを、
ユウナは承知していた。内心では、外見から読み取れるほどの余裕は、ユウナには無か
った。或いは、策の要であるフリーダムが封じられる可能性は、前回のことを思えば否め
ないのだから。
 ユウナは賭けたのだ。オーブを戦線から退かせるために、危険な判断であることも厭わ
ずに。ネオは、それが単なる若気の至りだとは思えなかった。狂気と紙一重の強い執念を
感じたのだ。
 「そこまでやるか、ユウナ・ロマ・セイラン! ……ならば!」
 ネオはスティング、アウル、ステラの三人を呼び出した。
 「お前たちの目標は変更だ。あのクソ生意気なフリーダムを、海の底に沈めてやれ!」
 ネオは親指で首を掻っ切って下に向ける仕草をした。
 最たる脅威はフリーダムである。他のアークエンジェルや二体のムラサメは、フリーダ
ムほどの脅威ではない。それなら、フリーダムさえ落としてしまえば、ユウナの策は封じ
たも同然であると睨んでいた。
 「任せろよ!」
 意気揚々とスティングが応じると、三人はフリーダムへと一挙に襲い掛かった。
 ダーダネルスの海戦では、カオスとアビスだけでフリーダムと渡り合えていた。今回は、
そこにガイアを加える。ネオは、この三人のエクステンデッドであれば磐石であると踏ん
でいた。
 しかし、ユウナはそのネオの目論見を看破した上で、その自信を嘲笑った。
 「馬鹿だねえ。その程度で、本当にアレを止められると思っているのかい?」
 ユウナの嘲笑は、間もなく現実のものとなった。

 機動兵装ポッドを展開して仕掛けたカオスは、一発も弾を当てられずに機動兵装ポッド
を撃ち抜かれて戦線を離脱した。海中から攻撃していたアビスは、海面から飛び出したホ
ンの一瞬を狙われて、頭部を破壊された。グリフォンビームブレイドで飛び掛かったガイア
は、逆に四肢を切断されて返り討ちに遭った。
 ネオが自慢にしていた三人が、歯牙にもかけられずに戦闘不能に陥ったのである。その
様を見せ付けられて、ネオは甚く悔しがった。煩わしいユウナの嘲笑が聞こえた気がした
のだ。
 「化け物め……!」
 しかし、ネオにフリーダムだけにかまけている暇は無かった。メインターゲットはアークエ
ンジェルではなく、あくまでミネルバであるのだから。
 アークエンジェルの介入は、戦場に混沌をもたらした。ネオにとって痛手だったのは、フ
リーダム対策のために、カオス、アビス、ガイアの三体の手駒が使えなくなったことだった。
 そして、これを好機と睨んだのがタリアだった。
 「タンホイザー、照準!」
 オーブは、先のフリーダムの攻撃で弱体化している。ファントムペインの部隊に対しては、
ハイネを中心として何とか侵攻を食い止めている。それならば、タリアが狙うのはただ一点。
 ミネルバの艦首を、オーブ艦隊へと向けさせた。タリアは、そこが最も手薄であると見抜
いたのである。
 だが、キラの目がそれを見逃さなかった。カオスらを撃退した直後、ミネルバの動きを察
知したキラは、すぐさまそちらにターゲットを移したのである。
 モビルアーマー並みの加速で、フリーダムはミネルバに迫る。仰天するハイネたちは、そ
のあまりの速度に阻止することも儘ならなかった。
 「レイ!」
 ハイネは叫んだ。その声を聞くまでもなく、レイはフリーダムを待ち構えていた。
 フリーダムは、起動したばかりのタンホイザーに気を取られている。レイのザク・ファントム
の存在には、目もくれようとしない。
 (気に入らんな……!)
 まるで眼中に無いと言われているようだった。それが、レイのプライドを刺激した。
 「その余裕が命取りだ、フリーダム! 落ちろ!」
 レイは上空のフリーダムにビームライフルを連射した。その正確な射撃の一発がフリーダ
ムの左の脛を掠めて、火花が散った。
 「……!」
 キラも油断していたわけではない。白いザク・ファントムの存在は、確かに認識していた。
それは決して侮っていたわけでもなかった。
 しかし、ザク・ファントムにぼんやりとした違和感を覚えた時、キラは不意に込み上げてく
る不快感を味わった。
 (何……!?)
 知っている感覚なのだろう。だが、記憶の扉は、それを思い出すことを固く拒んでいるか
のように開かない。
 キラは、ホンの一瞬ではあるが、原因不明の不快感に囚われていた。だが、タンホイザ
ーのことを思い出して我に返ると、白いザク・ファントムに言い知れない苛立ちを感じた。
 「邪魔をしないでくれ!」

 半ば八つ当たりに近い。キラはビームサーベルを抜くと、ザク・ファントムの迎撃を掻い
潜って肉薄し、鬱憤を晴らすかのような凄まじい早業でその両腕を両断した。
 「くっ……! フリーダム――ぐあっ!」
 離脱の際、キラはザク・ファントムを踏みつけるように蹴っていた。両腕を失い、バランス
の崩れたレイのザク・ファントムは、その衝撃で容易く甲板に転がった。
 キラは簡単にレイを片付けると、ハイネたちに掣肘を加えてミネルバの艦首へと回り込
んだ。そして、そこから浮き上がってエネルギーチャージを始めたタンホイザーの砲身に、
ビームを一閃した。
 チャージが開始されていたタンホイザーは、大きな爆発を起こした。ミネルバの艦体は
その爆発で激しく揺れ、砲身のあった部分の周辺は、爆発の熱と衝撃で黒く抉れてしまっ
た。
 「これでオーブは――」
 キラは一寸、オーブ艦隊の方を見やりつつも、すぐにミネルバに目を戻した。
 ミネルバの装甲には、先のファントムペインのミサイル攻撃による被害で、まだ煙が立
ち昇っている部分もあった。そして、今のタンホイザーの爆発で、ミネルバの美しい艦体
は、無残な姿に変わり果ててしまった。
 キラは、自分がやったこととはいえ、黒くひしゃげた艦首の装甲板を見つめて、事の他
大きな被害を与えてしまったと思っていた。
 「でも、オーブを討たせる訳には……」
 キラは、その自分の呟きが言い訳なのかもしれないという自覚があった。もし、これが
切欠でミネルバがここで沈むようなことがあったら――そう考えると、キラは一抹の不安
を覚えた。
 「ミネルバをここで沈めないためにも、次は連合軍の方を抑えなくちゃ」
 キラはそう決意して、ミネルバを離脱しようとした。
 だが、その時である。俄かに鳴り響いた警告音が、キラの鼓動を早めた。
 「新たなザフト機の反応……!? ――下っ!?」
 ハッとなって、咄嗟にミネルバに振り返る。刹那、キラの目に飛び込んできたのは、見
慣れないカラーのザク・ウォーリアだった。
 白系統のカラーリングは似ているが、先ほどのザク・ファントムはまだ甲板に転がって
いる。そのザク・ウォーリアには、アクセントのように紫があしらわれていた。
 その白と紫のツートンカラーのザク・ウォーリアは、巨砲オルトロスを構え、寸分の狂い
も無い狙いでフリーダムに照準を合わせていた。
 ドクン、とキラの心臓が鼓動した。
 「――沈め」
 発射と同時に、強烈な反動がザク・ウォーリアの駆動間接を軋ませた。が、それはキラ
が関知する範疇ではない。キラは、その砲口が光を放つ前に射線上から逃れなければな
らなかった。
 「くっ……!」
 ビームは、フリーダムの脇を掠めていた。間一髪だった。後一歩、反応が遅れていれば、
間違いなく致命傷を受けていた。キラは、久方ぶりに戦場の中で戦慄を味わった。
 白いザク・ファントムとは、また違う脅威を感じる。しかし、機体の性能差がある。
 「抵抗しないで!」
 これ以上、ミネルバを傷つけることは忍びなかった。それでも、白と紫のザク・ウォーリア
を捨て置けないと感じたのは、キラの直感でしかなかった。
 だが、その直感が正しいということを、キラは身を以って体感することになる。
 射撃でミネルバを傷つけることを懸念したキラは、ビームサーベルによる接近戦を挑んだ。
ザク・ウォーリアはオルトロスで迎撃したが、今しがたの不意打ちとは違い、今度は十分に
狙いを読む余裕がある。それをかわすのは、キラにとって造作も無いことだった。

 迎撃を抜けて間合いを詰めたキラは、先ほどのザク・ファントム同様に両腕を切り落と
そうと目論んだ。ザク・ウォーリアは、肉薄するフリーダムのスピードに慄いたのか、ビー
ムサーベルを振り上げた途端に後ろにバランスを崩しかけた。
 それは、キラにとっては誤算だった。不意な出来事に、流石のキラも反応できず、肩口
を狙って振り下ろしたビームサーベルは思惑から外れて、ザク・ウォーリアの左爪先を斬
っていた。
 斬り飛ばされたザク・ウォーリアの爪先――キラの視界の先で、尻餅をつきそうになっ
ているザク・ウォーリアが、顎を引いてキラを見据えていた。そして、その単眼が微笑むよ
うに瞬いた時、自分は爪先を“切らされた”のだと気付いた。
 刹那、ザク・ウォーリアのバーニアスラスターが点火した。最大出力である。それが、背
中を着きそうになっているザク・ウォーリアの機体を、一挙に押し上げた。
 「あっ――」
 キラが叫ぶ間もなく、フリーダムとザク・ウォーリアは激突した。軽いパニックである。キ
ラは反射的にフリーダムを後退させた。
 追撃のオルトロスは、些か照準が甘かった。相手も、焦ってくれたからだろう。キラは、
ホッと胸を撫で下ろし、すぐに冷静さを取り戻した。
 しかし、キラの受難はそれで終わりではない。ミネルバに仕掛けたということは、即ち、
その覚悟を求められるということである。
 索敵レーダーが新たに仕掛けてくる敵の存在を警告した。
 「彼か……!」
 キラは頭の中を切り替えると、その方向へと目を向けた。
 「ようやく敵になってくれたな!」
 シン・アスカは、この時を手薬煉を引いて待ち侘びていた。タンホイザーの破壊、そして
レイとハマーンとの交戦で、フリーダムは明らかな敵対行為を示した。ハイネからのGO
サインが出た以上、もうシンを縛るものは何も無かった。
 猪突猛進するインパルスを、フリーダムは待ち構えていた。
 「くくっ! 相手してくれるってのかよ!」
 シンは喜びを隠さない。インパルスは、シンの激情を推進力としているかのようにフリー
ダムへと迫った。
 バックパックから抜き出した柄から、ビームの刀身が伸びた。初撃。シンは、その思い
の丈をぶつけるように、力任せに叩きつけた。
 ビームサーベルが、フリーダムのシールドに激突して、その形を歪めた。刀身を固定す
るコロイド粒子の格子が歪んで、その隙間から溢れたビームの粒子が花火のように派手
に飛び散った。
 ビームの爆裂現象。幻想的な光のシャワーでありながら、その粒子に触れればノーマル
スーツを着た人間でさえ一瞬にして焼き尽くす。インパルスとフリーダムは、その光の爆
発に弾かれるようにして間合いを離した。
 インパルスのビームサーベルは、瞬時に刀剣の形を取り戻した。そして、間髪いれずに
再度フリーダムへと挑みかかった。
 インパルスの双眸が、グリーンの光を灯していた。グリーンは優しい光である。しかし、
インパルスのグリーンには、キラは血のような赤と同じ激しさを見た。
 それはパイロットの気迫が表れたものだ。特攻と同じように、自らの命を削る気迫だ。
 何がインパルスのパイロットをそこまで駆り立てるのか知れない。しかし、命懸けで立ち
向かってくる相手に、前回のようななまじの対応は禁物であった。

 「君がどうしても立ち向かってくるなら……!」
 剥き出しの闘争心。インパルスに、フリーダム以外の標的は見えていない。対し、キラ
は冷静だった。
 フリーダムの双眸が、黄金色の光を放つ。キラの覚醒は、即ち、シンの敗北を意味して
いた。
 インパルスは、ビームサーベルを大きく振りかぶった。それは、シンの剥き出しの感情
の表れである。言うなれば、隙だらけ。覚醒したキラに、その動きはスローだった。
 振り下ろされるビームサーベルを、キラは体捌きのみで軽くかわしてみせる。一見、紙
一重。しかし、キラの余裕は絶対的だった。
 両腰にマウントされているビームサーベルの柄に手を掛ける。フリーダムは、それを引
き抜くと同時に、居合い切りのようにしてインパルスの右腕と頭部を切り飛ばしていた。
 「なっ……!?」
 シンは目を剥いた。前回も似たようなことがあったとはいえ、今回もまた、その太刀筋
を見切ることができなかった。アラートが激しく鳴り響く中、シンは激しく乱れるスクリー
ンの中のフリーダムに圧倒的な迫力を感じていた。
 「くそっ!」
 残った左手に、もう一本のビームサーベルを抜かせようとする。しかし、刹那、シンは
フリーダムの双眸に目を奪われた。フリーダムの金色の目は、そのシンの思惑を見通
しているかのように映ったのである。
 それは、正しかった。フリーダムは、返す刃で、ビームサーベルの柄に手を伸ばそうと
するインパルスの左の二の腕の辺りを切り落としたのである。
 「ううっ……!」
 アラームはけたたましく、鳴りっぱなしだった。しかし、シンはその音すら耳に入っては
いない。絶望的な力量差を前に、パニックを起こしかけていた。
 フリーダムの双眸は、まだインパルスを見ていた。それは、装甲を透過して、コックピッ
トのシンを直接見ているのではないかという錯覚を起こさせた。
 死の恐怖が眼前にある。しかし、それを超越するほどにシンの執念は強固だった。
 「こんな事でーっ!」
 ほぼ無意識だった。シンは咄嗟に分離の操作を行い、チェストとレッグのパーツを遺棄
した。
 インパルスの胴体部が分離して、核となるコアスプレンダーが脱出した。キラは小型の
戦闘機が離脱するのを見て、インパルスを完全に無力化したものと思い込んでいた。
 しかし、それは尚も立ち向かってきた。青空に弧を描いたかと思うと、コアスプレンダー
は機首をフリーダムに向け、ノーズから機関砲を連射しながら突っ込んできたのである。
 キラには、そのシンの行為が信じられなかった。モビルスーツの状態で、力の差は見せ
付けたはずだった。その時よりも圧倒的に不利であるコアスプレンダーの状態で、何故こ
うも戦おうとするのか。
 「そんな戦闘機じゃ無駄だって、分からないのか!」
 シンの行為は、キラの理解を超えていた。自分の想像も及ばない事象に遭遇した時、キ
ラはそれに対して憤りに似た深い苛立ちを覚えた。
 「無謀な!」
 コアスプレンダーは弾丸をフリーダムに浴びせると、そのまま猛スピードで通過して行っ
た。キラは、そのコアスプレンダーに向かって素早く反転して、ビームライフルを向けた。

 命を無駄にするような無謀さを、キラは嫌忌する。
 「僕が相手じゃなかったら、君はここで死んでいたんだぞ!」
 コアスプレンダーの背後に、キラは照準を合わせた。狙いは、右翼。海面に不時着する
程度のダメージを与えればいい。 
 だが、その照準は突如狂わされた。
 「何だ!?」
 「チャンスはお預けってことだ!」
 何かがぶつかってきた。カメラが即座に動作して、キラに異変を伝えた。スクリーンに表
示された情報は、オレンジ色をした単眼のモビルスーツだった。
 ハイネのグフ・イグナイテッドが横合いからタックルをし、そのシールドでフリーダムがビ
ームライフルを持つ右腕をかち上げていたのだ。
 そのグフ・イグナイテッドの単眼が、スクリーン越しにキラを見たかと思うと、妖しく光を放
った。ゾクッとする悪寒は、直感である。
 グフ・イグナイテッドは、フリーダムの右腕をかち上げている左腕を振り抜いた。フリーダ
ムの右腕は外側に弾かれて、胴体部ががら空きになった。刹那、グフ・イグナイテッドは、
半身になって隠し持っていた右手のテンペストソードを、そのがら空きになったフリーダム
の胴体部目掛けて振り上げた。
 キラの目が、その軌跡を追った。辛うじて見切れる――そう直感した瞬間、キラはそのテ
ンペストソードの一振りをかわしていた。
 「バカな!?」
 ハイネの受けたショックは、絶望的だった。フリーダムの動きは、それまでハイネが経験
してきたモビルスーツの動きとは一線を画していた。ハイネは、フリーダムのように動くモビ
ルスーツを知らないのである。それほどまでに、フリーダムは次元が違った。
 ハイネがショックで硬直していたのは一瞬であったが、キラにとってはそれで十分だった。
フリーダムはビームライフルの銃口をグフ・イグナイテッドの右前腕に押し付けて、ゼロ距
離射撃で撃ち抜いた。
 右前腕の半分以上がビームの熱で抉れて、テンペストソードを握ったままもげ落ちた。
 しかし、ハイネはパニックには陥らなかった。元オレンジショルダー隊の隊長として、自分
が少しは名の知れたパイロットであるという矜持がある。その矜持がある限り、ハイネの心
は折れない。
 「分かってたことだが――!」
 それでも、相手は数多くの伝説を残すフリーダムである。敵わないことは、最初から承知
の上だった。意地で見舞った左手の四本指から放たれるドラウプニルビームガンの連射も、
フリーダムには当然であるかのように通用しない。同じようにビームで左肩を一閃されて破
壊されたのは、予定調和にも似た帰結であった。
 「やっぱ強いな、クソッたれっ!」
 悠然とこちらを見下ろすフリーダムの姿は、巨人のようだった。歴然たる力量差を骨身に
染みるほどに感じた時、ハイネはもう笑うしかなかった。
 誰も、この化け物(フリーダム)には敵わない。それが、ハイネの実感だった。
 (だが、一人だけ、或いは間違いを起こせる奴がいるはずだ……!)
 ハイネは、まだその才能の片鱗を見ていなかった。しかし、何故か期待する気にさせてく
れる。
 「――ったく、さっきみたいなしょうもないやられ方したら、承知しねえぜ。俺が時間を稼い
でやったんだ。あの時のお前の自信がハッタリじゃなかったってことを、証明して見せろ――」
 海面に向かって落下を続けるグフ・イグナイテッドのコックピットの中、ハイネはそう呼び掛
けながら天空を仰いだ。その視線の先には、太陽に重なった一体のモビルスーツのシルエッ
トがある。

 「――シン・アスカ!」
 声を上げた瞬間、グフ・イグナイテッドは海に墜落し、大きな水飛沫を上げた。
 陽光を反射する水玉の一つ一つが、真珠のようにキラキラと輝いていた。キラは、その
水飛沫の先に、復活したインパルスの姿を見た。
 「あのガンダム、そういうモビルスーツなのか……」
 核となるコアスプレンダーが破壊されない限り、予備のパーツが続く以上、インパルス
は何度でも蘇る。キラは、そういう相手を非常に厄介に感じた。完全に黙らせるには、コ
アの部分を破壊するか、予備パーツが尽きるまで何度も戦わなければならないからだ。
 シンはグフ・イグナイテッドが墜落した海面をチラと見やった。墜落で出来た大きな波
紋は、もう波に飲まれて掻き消されていた。シンは目線をフリーダムに戻し、キッと睨み
付けた。
 「アンタが奪ったフリーダムは、返してもらう!」
 シンは見得を切ると、ビームライフルを構えて迫撃した。
 直情的な突進による攻撃――馬鹿の一つ覚えのようにインパルスは突っ込んでくる。
 「そんなんじゃ!」
 それは、キラにとっては対応を易くさせるだけの要素になるはずだった。しかし、キラ
が冷静にインパルスのビームをかわし、距離を取りながらバラエーナで反撃した時であ
る。バラエーナのビームはインパルスの左側を掠めて火花を散らしたように見えたのに、
キラはそこに違和感を覚えた。
 最大加速で迫るインパルスに小回りは利かない。バラエーナが掠めたのは、そのせい
だ。インパルスにしてみれば、それは冷や汗ダラダラものの紙一重の回避だったはず。
 (でも、あの紙一重が確信犯だったら……?)
 ふと、そんな考えが思い浮かんだのは、キラが冷静である証拠だった。インパルスの
パイロットの中で、何かが芽吹こうとしている――そんな予感を抱いたのだ。
 インパルスは間合いを詰めると、ビームライフルを投げ捨ててビームサーベルを抜いた。
相も変わらず接近戦に拘ろうとするのは、激情に縋るシンの性。キラにとって、与し易い
はずの性である。しかし、キラがビームサーベルを抜いて、その斬撃をいなし、反撃の構
えを見せた時、インパルスは劇的に変化した。
 「そう何度も同じ手を食うかーっ!」
 シン・アスカ、覚醒の瞬間だった。
 抑圧されていた何かが解放される。シンの見ていた世界は、その瞬間に変わった。
 何度見切ろうとしても見切れなかったフリーダムの太刀筋が、見える。シンが操縦桿を
操作すると、それとシンクロしてインパルスの腕が連動した。
 振り下ろす自身のビームサーベルの太刀筋を、キラは見ていた。しかし、その刃がイン
パルスの左肩口に切り込まれようとした瞬間、視界の外から別のビーム刃が突然、飛び
込んできた。
 キラに、特に驚きは無かった。こうなることを、予感していたからだろう。
 交差したビームサーベルが、互いに干渉して凄まじい光を放つ。歪む刀身からビーム
粒子が飛び散って、微かではあるが海面に落ちて白い水蒸気を上げた。
 ビームサーベルが反発して、互いに弾かれる。反動の影響が少なかったのは、切り掛
かったキラの方だった。キラはシンに一歩先んじて、もう一度ビームサーベルを振るった。
 しかし、機先を制したはずのキラを、シンは逆転した。インパルスは急加速を掛けて突
進し、シールドを押し付けるようにしてフリーダムのビームサーベルを防いだのである。
 「うおぉーっ!」
 シンは咆哮して、がら空きになったフリーダムの胴体部を蹴っ飛ばした。
 

 ――シャアは、ゾクッと肌が粟立つのを感じた。オーブ沖での海戦、ザムザザーに対し
てやって見せたような煌きを、フリーダムと戦うシンに見た。
 戦場は混沌としていた。アークエンジェルはミネルバを援護するように連合軍側に攻撃
を仕掛けている。その連合軍は、あくまでもミネルバをメインターゲットとしながらも、アー
クエンジェルに対しても攻撃を加えていた。シャアは、押し寄せるウインダムに対応しなが
ら、一機のムラサメと相対していた。
 自ら積極的な中立を謳っているアークエンジェルから出てきたそのムラサメは、シャア
と共にミネルバに攻撃しようかというウインダムを撃退しながら、自らもミネルバに接近し
ようとしていた。シャアは、その不可解なムラサメの思惑を、次第に理解していた。
 フリーダムが、ミネルバの近辺で捕まってしまっている。このムラサメは、それを援護
したいのだ。しかし、それを許すわけには行かないのが、シャアの立場と心情だった。
 そのムラサメのパイロットが手練れであることは見て取れた。ミネルバへ向かうのを阻
止しようというシャアの攻撃を、これまで難なく捌いてきたのだから。
 しかし、そのムラサメの動きに、揺らぎが見られた。それは、シンが覚醒した頃からだ。
 「――甘いな」
 シャアは口角を上げて、短く呟いた。
 ムラサメのパイロットは、動揺している。フリーダムに、余程自信があったのだろう。だ
から、そのフリーダムがインパルスに封じ込められている現状が信じられずに、浮つい
ている。
 若いパイロットなのだろう。破綻の少なさは流石だと思ったが、シャアを相手にその動
揺は致命的だった。
 ムラサメがフリーダムを気にする場面が、明らかに増えた。気もそぞろといった様子は、
シャアにとっては恰好の獲物でしかない。
 「そこだ!」
 ムラサメがフリーダムに顔を向けたその一瞬を、シャアは容赦なく狙った。ムラサメの
右肩にビームが一閃して、そのショルダーアーマーを円形に溶融し、肩の駆動部まで抉
っていた。
 「しまった!?」
 ムラサメのパイロット、アスラン・ザラは自らの迂闊を嘆いた。キラを援護するつもりが、
逆に手痛いダメージを受けてしまった。
 セイバーからの砲撃は、更に注がれた。キラを気にしている場合ではなかった。アスラ
ンは自機のコントロールに集中し、セイバーから注がれる容赦ないビーム攻撃から辛くも
逃れた。
 ダメージは軽くない。後退を余儀なくされたアスランのムラサメは、一転、後ろ髪を引か
れながらもアークエンジェルへの帰投コースへと入った。
 後顧の憂いというものがある。アークエンジェルの存在が、今後の障害になりかねない
と予感したシャアは、この機会に一気呵成にアスランを撃墜しておきたかった。
 しかし、それを阻んだのは、ファントムペインの動きだった。レイとハイネが戦闘不能に
陥り、シンがフリーダムに掛かっている今、ミネルバを防衛できるのはシャアとハマーン
のみである。ハマーンのオルトロスは、多数を相手にするには使い回しがよろしくない。
シャアは、ミネルバの防衛に徹する必要があった。
 「チィッ……!」
 シャアは、ファントムペインの迎撃に向かった。
 
 損傷したアスラン機の収容のため、アークエンジェルは前進していた。ハマーンは、そ
れを認めると徐にオルトロスを構えた。
 長い砲身から伸びた光線は、一直線にアークエンジェルに向かい、艦橋部を掠めた。
 「うわーっ!?」
 アークエンジェルの艦橋が、オルトロスのビームの衝撃で揺れる。クルーの悲鳴が木
霊する中、しかし、オペレーター席に座るラクスだけは取り乱すことは無かった。
 ミネルバの甲板からこちらを狙い撃つザク・ウォーリアの姿がある。その白と紫のカラ
ーリングが、ラクスには何故かハマーンを思い起こさせた。それが、ハマーンの色である
ような気がしたのだ。
 だから、先日のハマーンの言葉を思い出していた。フリーダムの出方次第では、アーク
エンジェルを沈める――言葉の通りだ。狙撃するザク・ウォーリアがハマーンであること
を直感したラクスは、訳も無く確信していた。
 オルトロスのビームは何度も放たれ、執拗に艦橋部を狙った。しかし、そのいずれも直
撃することは無かった。距離があるから当てられないのではない。わざと外しているのだ
と、ラクスは思った。
 そして、ラクスはその狙撃に込められたハマーンのメッセージを理解していた。
 「これは警告だ。分かっているな、ラクス・クライン……?」
 直接、声を聞いたわけではない。それは勝手な自分の思い込みでしかないのかもしれ
ない。しかし、ラクスはハマーンが今回に限ってはアークエンジェルを沈めることは無い
と信じきっていた。
 何故、そこまでハマーンを信じられるのだろう。ラクスは、それは生理的な好き嫌いの
問題ではないかと考えた。
 「――ラミアス艦長、アスランの収容が終わったようです」
 ラクスは、下方の艦長席に座るラミアスに報告した。ラミアスは、「了解」と短く応じると、
「戦況は?」と立て続けにミリアリアに訊ねた。
 「連合、オーブ共に消耗しています」
 「ミネルバは?」
 「健在です。連合軍による散発的な攻撃は受けていますが、持ち堪えています」
 「よくも――」
 外見から見るミネルバは、相当のダメージを受けているように見えた。ラミアスは、その
状態で良く持つものだな、と感心した。
 「あの赤いモビルスーツね。たった一機でよくやるわ」
 サブスクリーンに、セイバーが孤軍奮闘する様子が映し出されていた。キラによって数
を減らされているとはいえ、ファントムペインのモビルスーツはまだそこそこの数が残って
いる。それを、セイバーは単機で食い止めていた。

 「連合軍の後退命令を傍受。連合軍が撤退を始めました!」
 ミリアリアが声を上げると、「オーブも退いて行くぞ!」とカガリも続けて声を上げた。
 それを受けて、ラミアスは即断した。
 「我々も退きます。キラ君とアンディに後退命令! 急いで!」
 
 ラミアスの後退命令はすぐさまキラに伝わり、キラはそれを了解した。
 インパルスとの戦いは続いていたが、当初の勢いは失われ、次第に地力の差が出始め
ていた。一時、キラはアークエンジェルがハマーンのザク・ウォーリアに狙撃されている状
況に焦りを覚え、インパルスに猛攻を許す場面もあった。だが、キラが扱うデバイスとして、
フリーダムは圧倒的アドバンテージを誇っていた。
 絶対的なエネルギー量の差がある。バッテリー電力をエネルギー源としているインパル
スに比べて、核分裂炉を動力源としているフリーダムのエネルギー量は無尽蔵に等しい。
フリーダムと激しい戦いを繰り広げたインパルスは、急速にエネルギーを消費し、尽きよう
としていた。
 そのタイミングが重なったのは、シンにとっては幸運ではあった。インパルスのエネルギ
ー残量が危険域に入ろうとした時、フリーダムが後退する動きを見せたのだ。
 「待てよ!」
 しかし、シンの執念だけはそれを許そうとはしなかった。なまじの手応えが、シンから判
断力を奪っていた。深追いは危険だと分かっていながら、ハイネの期待に応えなければ
ならないという思い込みが、シンを追撃へと駆り立てた。
 しかし、その判断が誤りであると、シンはすぐさま身を以って知った。キラの後退を援護
するアークエンジェルからの艦砲射撃に遭い、前掛かりになっていたシンは、危うくゴット
フリートの直撃を受けそうになったのである。
 「俺から逃げるのか、フリーダムっ!」
 シンの遠吠えは、しかし、キラの耳には届かない。アークエンジェルはフリーダムを収
容すると、素早く転進して離脱していった。
 ファントムペインとオーブの連合軍は、とうに後退していた。シンは、今になってそのこ
とに気付いて、既にメイリンが何度も帰艦命令を呼び掛けていたことにようやく気付いた。
 (また、勝てなかったじゃないか……!)
 「シン、どうしたの? ねえ――」
 メイリンの気遣う声が響いていた。シンは、無言で拳を握り、パネルを叩いた。