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SEED DESTINY × ΖGUNDAM 〜コズミック・イラの三人〜 ◆1do3.D6Y/Bsc氏_第11話

Last-modified: 2013-10-25 (金) 02:31:47

 シャアのセイバーと協力して、海に墜落したグフ・イグナイテッドをサルベージした。
 そして、一先ずミネルバの甲板に安置すると、シンは急いでインパルスを降り、コックピ
ットから這い出てくるハイネの下へと駆け寄った。
 「また随分とこっぴどくやられちまったもんだなあ」
 顔を見せたハイネは、ミネルバの惨状に目を向けて嘆いた。そこへ、全力ダッシュで駆
けて来たシンが、「すんません!」と謝るなり深々と頭を下げた。
 「フリーダムを、取り逃がしてしまいました!」
 恥ずかしいくらいに大声で謝るシンに、ハイネは迷惑そうに耳を塞ぎながら、甲板に上
がってきたメカニックたちを一瞥した。
 「急に大声を出すな!」
 「でも!」
 シンは聞き分けるつもりは無さそうだった。ハイネはグフから飛び降りると、「頼む」とメ
カニックたちに収容を任せて、無理矢理にシンを引っ張って場所を変えた。
 「折角ハイネがチャンスを作ってくれたのに、俺、上手くやれなくて……」
 シンは、ラウンジに連れて来られても反省し切りだった。
 「それは、フリーダムに手も足も出なかった俺に対する当てつけか?」
 「そんなつもりは……」
 「いつからお前はそんなに偉くなったんだ、シン・アスカ? あの化け物と互角に渡り合
えただけでも、お前は十分よくやった。それとも、フリーダムなんか倒せて当たり前だと
思ってたか?」
 シンは答えなかった。沈黙は、自らの驕りを認めた証拠とハイネは受け取った。
 シンのフリーダムに対する執着は尋常ではない。異常すぎるくらいだ。それは、それだ
け鬱屈したものを抱えてきたからだろうとは分かるが、ハイネは、それがシンの足を掬う
ような気がしてならなかった。
 その時、ラウンジのドアが開いて、シャアが姿を見せた。
 「ハイネ、艦長が今後について相談したいと言っている」
 シャアは、ハイネとシンの神妙な空気を察しはしたが、あえて平静な態度で接した。
 「分かった。直ぐに上がる」
 ハイネは応じると、ポンとシンの肩に手を乗せた。
 「気をつけろよ、シン。戦場で視野狭窄に陥ると、死のリスクを高める」
 「ハイネ……?」
 「無駄死には、したくないだろうが?」
 ハイネはシンに笑い掛けると、シャアと共にラウンジを後にした。シンはそれを見送ると、
徐にソファに腰掛けた。
 「……ルナは大丈夫かな? 後で医務室に顔出すか……」
 シンは、ふと思い出したことを呟いていた。
 
 「――クワトロ、お前はどう見る?」
 「ん……?」
 唐突に切り出したハイネの質問に、シャアは咄嗟に言葉が出てこなかった。少し黙考を
して、今しがたのラウンジでの光景を思い出し、シンのことについて訊ねられているのだ
と察した。
 「ああ……人間性はともかく、パイロットとしては類を見ない逸材だと思っている。あれは
間違いなく化けるな」
 「そう思う。目を掛けてやってくれ」
 ハイネにそう頼まれて、シャアは「おいおい」と苦笑した。

 「私は一介のパイロットだぞ?」
 そう言って、言外にシンの面倒を見るのは勘弁してくれと伝える。そういう役割は、隊
長であるハイネの仕事だろうと。
 しかし、ハイネはそんなシャアに、「そうかな?」と意味深長な笑みを向けた。
 「俺は今回、ミネルバが沈まなかったのはクワトロのお陰だと思っている。俺たちがフ
リーダムに幻惑されている間、お前は冷静に連合の動きを見極めていた」
 ハイネはそこまで語ると、「過去を詮索するつもりは無いが……」と前置きをしてから、
「やってたんだろ、戦闘隊長?」と言った。
 「アイツの潜在能力を知ってしまえば、それを伸ばさない手は無い。どんなに才能が
あっても、それを認めてくれる人間がいなければ宝の持ち腐れだ。シンは、間違いなく
将来的にザフトのトップエースになれる素質を持っている。俺は、それを腐らせるつもり
はないぜ。だから、クワトロにもそれを手伝って欲しいんだよ」
 「それは分かる話だが……」
 「分かってる。アイツを導くのは、隊長である俺の役目だ。気に掛けてくれるだけでい
い。けど、俺に万が一のことがあった場合、後のことをクワトロに頼みたいんだ」
 不吉なことを言うものだ、とシャアは感じた。ハイネらしくない言葉だと思った。
 それだけ、シンを大切に育てたいということなのだろう。
 (シンのあの力に魅せられたか……?)
 思い入れるハイネの気持ちが、分からないでもなかった。覚醒したシンの劇的な変容
は、確かに童心に返ったような胸の高鳴りを覚えさせてくれるのだから。
 「それは、お互い様だな」
 そう言うと、隣で歩いているハイネが怪訝そうにシャアに顔を向けた。
 「私の方が先にやられることもあり得る」
 「そりゃそうだ」
 ハイネは苦笑して、肩を竦めた。
 その時、通路の突き当たりで交差している通路を横切るハマーンの姿が目に入った。
ハイネはそれを見ると、「ハマーンさん!」と追い掛けていった。
 (何故ハマーンには敬語なのだ……?)
 シャアはそう思ったが、ハマーンを自ら追い掛けるハイネは勇気があるな、とも思った。
 「お疲れ様です。貴女がいてくれて、ミネルバは命拾いしました」
 ハマーンは、ハイネの呼び掛けに立ち止まって応じる姿勢を見せたが、表情は固かった。
 ハマーンが気難しいと聞いて、チームワークのためになるべく気を使って可能な限りフ
レンドリーに接しようとするハイネの努力が、シャアには涙ぐましいものに見えた。
 「今後も、よろしくお願いしますね!」
 ハイネは手を差し出して、握手を求めた。だが、ハマーンはそれを一瞥すると、「馴れ
馴れしいな」と冷たくあしらって去っていってしまった。
 「……彼女はああいう女だよ」
 玉砕したハイネに、シャアは肩を叩き、感慨深げに呟いた。
 
 少しだけ休息を取ると、シャアはモビルスーツデッキに降りてセイバーのところへと向
かった。そこでは担当メカニックのマッドを中心にセイバーの整備が進んでいて、シャア
がやって来たのを見るなり、「もういいのか?」と聞いてきた。
 「問題ない」
 シャアはそう言うと、早速ミーティングを始めるようマッドに要請した。
 「働き者だな。ま、こっちの仕事も早く片付くんで、歓迎なんだけどよ」
 マッドは現金な笑みを浮かべて、慣れた手つきで電子パッドを操作した。

 戦闘データを吸い出し、そこにシャア自身の感想を加味して機体のセッティングを煮詰
めていく。それは、地味で根気の要る作業であったが、セイバーをシャアの専用機として
熟成させていく過程において、決して欠かせない重要な作業であった。
 「……取り敢えず、こんなところか。ペダルやレバーの遊びに関しては、本当に削っちま
っていいんだな?」
 「まだ反応が鈍く感じるんだ。やってくれ」
 「一応、ナチュラル用に合わせたつもりなんだがなあ……?」
 シャアは、今こそセイバーを万全にして置きたいと思っていた。
 ジブラルタルへの峠を越えたとはいえ、その代償にミネルバは満身創痍になった。充実
しつつあったモビルスーツ隊も、半数が大破、若しくは戦闘不能の状態になっている。そ
ういう現状に対して、シャアは危機感を持っておきたかった。まだ、何が起こるか分からな
いからだ。
 ミーティングを終え、操縦系統の反応を確かめると、そこから先は門外漢のシャアの出
る幕は無かった。シャアは後のメカニカルな部分の調整をマッドに頼むと、モビルスーツ
デッキを後にした。
 
 戻る途中、意外な場面に遭遇した。医務室の前を通り掛ると、ちょうどそこから出てき
たハマーンと鉢合わせになった。
 ハマーンはシャアの顔を見るなり、煩わしそうに舌打ちをすると、何も言わずに背を向
けた。
 「ルナマリア君を見舞いに来たのか?」
 訊ねるシャアを無視して、ハマーンは徐に歩き出した。その時、医務室のドアが再び開
いて、少女の後頭部がひょっこりとシャアの前に現れた。赤い髪のツインテールを揺らす、
まだあどけなさを残す少女は、ルナマリアの妹のメイリン・ホークだった。
 「あっ……」
 メイリンは背後のシャアに気付くと、一寸驚いて身を竦めた。
 「すみません――」
 そう述べるメイリンであったが、シャアに対する気はそぞろで、すぐにハマーンの背中へ
と目を転じた。
 「ルナマリア君の容態は?」
 訊ねると、戸惑いの色を浮かべた瞳がシャアを見上げた。
 「あ、はい。思ったよりも酷くなかったみたいで、二、三日もすればベッドから出られるっ
て……」
 「それは良かった。ゆっくり養生するように伝えてくれ」
 シャアはそう言って軽くメイリンの肩を叩くと、ハマーンの後を追った。
 「あ、ありがとうございます……」
 メイリンはシャアとハマーンの背中を見つめて、首を捻った。近いようで遠いように感じ
るし、遠いようで近いようにも感じる。二人の距離感は、そんな不思議な錯覚をメイリン
に起こさせていた。
 
 前を歩くハマーンの背中は、暗に付いて来るなと言っていた。決して重ならない足音は、
そんな二人の微妙なズレだった。
 「安心したか、ハマーン?」
 呼び掛けても、ハマーンは歩みを止めない。それが、ハマーンなりの照れ隠しに見えた。
 (ハマーンは、ルナマリアに最も気を許している……)
 先日、ハマーンがルナマリアと一緒に港町に上陸していたことを思い出したシャアは、医
務室から出てきたハマーンを見て、その推測が正しかったと確信した。

 「君はあの攻撃が来ると分かっていたから、最初の出撃を見合わせた。だから、あのミ
サイル攻撃で負傷したルナマリアに負い目を感じていた」
 シャアの勝手な推論である。だが、ハマーンが足を止めたのを見れば、シャアがそれが
正しかったのだと勘違いするのも無理からぬ話だった。
 「違うかな?」
 「めでたい男だな……」
 嘆息するハマーンは、やはり照れ隠しをしているようにしか見えなかった。
 ハマーンは、勝手にそう解釈して微笑むシャアを、本気でめでたい男だと思っていた。
 (何も知らないとは、暢気な男だ……)
 この分では、カミーユが出撃していなかったことも知らなかったのではないかと思った。
 しかし、それは流石に見くびり過ぎだったと、次のシャアの言葉で思い直した。シャア
は、ハマーンが思うほどに鈍くは無かった。
 「――カミーユが出ていなかったな。しかし、出撃を見合わせたのは、あのミサイル攻
撃やカミーユのことだけではないのだろう?」
 シャアはそこまで話すと、一呼吸置いて「アークエンジェル――」と指摘した。
 「君の本命は、あの戦艦じゃなかったのかな?」
 言い当てて見せたシャアが、ハマーンにとっては意外だった。シャアが、それを読み取
れるほどに自分に関心を持っていたとは考えもしなかったからだ。
 しかし、“本物のラクス”の存在までは気付いていない。それが、シャアの限界であった。
 「よく見破った……と言っておくよ、シャア?」
 「ん……?」
 「しかしな、カミーユ・ビダンのことを考えるのなら、奴はもう出てこないかも知れんぞ?」
 「どういう意味だ?」
 問い返すシャアに、ハマーンはシャアのカミーユに対する関心の薄さを感じた。
 (私に分かることが、この男には分からんのか……?)
 話を摩り替えはしたが、シャアのドライさに改めて愕然とさせられる。ハマーンは、ため
息混じりに答えた。
 「カミーユを私たちと接触させる危険性を、連中もいい加減に気づいているはずだ。危
険と分かっていて出すバカがどこにいる?」
 「確かに、それは困るな……」
 シャアは目線を床に落とした。それが心底から困っているように見えなくて、ハマーン
はその見え透いた態度に強い嫌悪感を覚えた。
 「冗談は止せ、シャア」
 ハマーンの険しい声色にハッとして、シャアは顔を上げた。
 「あからさまな猿芝居は止めろ」
 「猿芝居だと?」
 「空を使っても無駄だ。お前はもう、カミーユを始末する方向に傾きかけているだろう?」
 シャアは答えられなかった。ハマーンが言うほどハッキリとしたイメージは無いが、い
よいよ以って仕方なくなったら、そういう選択肢もあり得るかもしれないと考えていたから
だ。シャアは、ハマーンの言葉はあながち間違いではないと、一瞬だけだが思ってしまっ
たのである。
 押し黙るシャアを、ハマーンは蔑視した。
 「そういう男だよ、お前は。見切りをつけるのが早過ぎる」
 辛辣な言葉を浴びせて、ハマーンはシャアの前から去っていった。
 シャアは、最早それを追うようなことはしなかった。

 
 目を覚ました時、既に戦闘は終わっていた。モビルスーツデッキに降りたカミーユが目
にしたのは、修理中のカオス、ガイア、アビスの姿だった。
 「どういうんだ、これ……!?」
 戸惑いながらも、目を外の甲板へと向けた。バスケットボールなどで自由時間を満喫
するクルーたちの中に、スティングたちのグループを見つけた。カミーユがそちらに歩い
ていくと、それに気付いたステラが、「カミーユ!」と手を振った。
 カミーユは、無邪気に微笑むステラほどに気分は晴れていなかった。スティングが気
まずそうに顔を顰めたのを見れば、何とはなしに察しがつくというものだった。
 「どういうことなんだ、これは?」
 「いや……」
 スティングは目を逸らして言葉を濁した。
 「戦闘があったんだろ? 何で僕だけ出撃が無かったんだ?」
 苛立ちがあるから、詰問するような形になる。ステラがそれを察して、スティングを擁護
するように間に入った。
 「ネオがね、カミーユに無理させたくないからって」
 「大佐が? 僕に何を無理させたくないんだ?」
 矛先を逸らすことに成功したステラであったが、しかし、それ以上のことは答えられな
かった。
 あまりにも余所余所しすぎる。
 (何か、隠し事をしている……)
 そう直感するのは、当然のことだった。
 スティングもステラも歯切れが悪い。カミーユは、仕方無しに反りの合わないアウルに
目を向けた。そのアウルは、他の二人の反応とは違い、薄笑いを浮かべていた。とても
ではないが、いい予感はしなかった。
 「おいおい、冷てーなお前ら。しょうがねー、だったら代わりに僕が説明してやるよ」
 アウルは、腰掛けていたコンテナから立ち上がると、ゆっくりとカミーユに向き直った。
「アウル!」とスティングが語気を強めたが、アウルは構わなかった。
 「ネオは、お前じゃ足手纏いだと判断したんだ。だから、お前は“ゆりかご”に閉じ込
められて、戦闘の間お寝んねさせられてたのさ」
 「そんなバカな! 俺もみんなと同じ、エクステンデッドじゃないか! 足手纏いなん
て……」
 「お前が僕達と同じ? ハッ! 何言ってんだ、お前はなあ――」
 「バカ! お前――!」
 何かを言いかけたアウルの口を、スティングが咄嗟に塞いだ。
 その動揺が、カミーユには堪らなく不安だった。
 「……!」
 頭の中に、ピリッとした痺れを感じる。その痺れが、シャアという男や、一緒にいた女を
見た時の感覚に似ていて、嫌な焦燥感を煽った。
 アウルはスティングを振り解き、「丁度いい機会じゃねーか!」と、スティングとステラに
向かって言った。
 「そろそろ、コイツに本当のことを教えてやろうぜ!」
 「本当のこと……!?」
 スティングは強い剣幕でアウルを睨んでいた。その態度が、アウルの言葉に説得力を
持たせていた。

 「ど、どういうことなんだ……? 俺は、ロドニアの実験ラボでみんなと一緒に強化訓練
を受けたエクステンデッドじゃないのか……?」
 「だったら、その頃のこと、お前は思い出せるか?」
 「そんなの……!」
 カミーユは激しく狼狽した。胸の内に疑惑が拡がって、それに比例するように刺すような
痛みを頭に感じた。
 「うう……っ!」
 「見ろよ。苦しがってんじゃねーか、可哀相に」
 頭を抱えて蹲るカミーユに、アウルは顎をしゃくって言った。
 「楽にしてやるべきなんじゃねーの? コイツのためにもさあ!」
 「てめえっ!」
 スティングは再びアウルに飛び掛かろうとした。だが、それを遮るようにしてアウルの前
に立ったのは、ステラだった。
 「ダメ」
 短い言葉で、強い拒絶の意志を示す。柔らかなブロンドの前髪の下から覗く射るような
睨みに、アウルはギョッとした。
 「ステラ……!?」
 アウルはスティングを一瞥した。スティングも、ステラと同じような非難の目でアウルを
見ていた。
 (何でだよ……!)
 スティングもステラも、どうしてカミーユの肩ばかり持とうとするのか、理解できなかった。
 「ちょっと、こっち来い!」
 スティングは叱りつけるようにアウルに言うと、そのまま引っ張っていった。
 ステラは蹲るカミーユに駆け寄って、顔を窺った。冷や汗が玉のように浮かんでいて、
少し青ざめているようだった。
 「ステラ……」
 薄く開いた瞼から、カミーユの青い瞳が覗いた。その海よりも深い青をした瞳に見つめ
られて、ステラはそれに意識を絡め取られるような感覚を抱いた。
 「うぇい……」
 思わず見惚れてしまうほどの澄んだ瞳をしていた。険しい表情をしているのに、瞳の色
だけは不思議と穏やかに見えた。
 「頼む、教えてくれ……」
 カミーユが、両手でステラの肩を掴んできた。ステラはハッとして、身を固くした。
 「僕は一体、何者なんだ?」
 青い瞳に真っ直ぐに見つめられると、真実を白日の下に晒さなくてはいけない気にさせ
られる。しかし、その感覚に従ってはいけないと、直感的に抗っていた。
 (カミーユが知らない誰かに戻っちゃう……そんなの、嫌……!)
 ステラは、怯えたようにかぶりを振った。
 「し、知らない! あたし、何も知らない!」
 それが嘘であることは、カミーユには分かった。しかし、怯え竦んでいるようなステラを、
これ以上は追及する気にはなれなかった。
 「そうか……」
 カミーユは一言了解すると、徐にステラの前から立ち去って、司令官室へと足を向けた。
 

 「――カミーユです」
 インターホンを鳴らし、名乗ると、自動ドアが開いた。室内に入ると、すぐにデスクに向
かって事務仕事をしているネオの姿が目に留まった。前回の戦闘における報告書の作
成だろうか。その報告書に、自分の名前が記載されていないであろうことを想像すると、
とても遣る瀬ない気持ちになった。
 「どうした、カミーユ? そんな怖い顔をして」
 ネオはカミーユを一瞥するなり、軽い調子で呼び掛けた。
 (人の気も知らないで……!)
 そうでなくとも気が立っていたカミーユは、許されるものならネオの仮面をかち割ってや
りたい気分だった。
 カミーユはつかつかと歩き、暢気に事務仕事を続けるネオに、「どうしたもこうしたもあり
ませんよ!」と声を荒げて詰め寄った。
 「何故、僕の出撃がなかったんです!?」
 カミーユの剣幕に驚いたのか、ネオはその時、ようやくカミーユがご立腹である事に気
付いたらしい。
 ネオは取り繕うようにパソコンの画面を閉じると、カミーユに目線を上げた。
 「何故って……そりゃあ、お前の体調を考慮してだな――」
 「嘘ですよ、そんなの!」
 しらばっくれようとしていると見たカミーユは、バン、と両手でデスクを叩いた。
 ネオは驚いて仮面の下で目を丸くしていたが、やがて、ふぅとため息をついて肩を竦め
た。
 「嘘も何も、お前の調子が悪かったのは事実だろうが」
 「それは、あのミネルバって戦艦に乗っている妙な連中のせいだって、分かってるじゃな
いですか! “大尉”だって聞いてるでしょ! 排除しちゃえばいいんです、そんなのは!」
 「そうは言うが、お前――」
 しかし、ネオは言いかけて、ふと気付いた。
 (“大尉”、と言ったか? 今……?)
 ネオの階級は、“大佐”である。それを、カミーユは自然と“大尉”と言い間違えて、しか
も本人にその自覚は無いようだった。
 (無意識がさせたことだ……深層心理が、表出したというのか……?)
 それは、記憶が蘇りつつある兆候なのではないかと考えた。
 (“ゆりかご”の刷り込みが甘かったか? それとも、或いは――)
 「聞いてんですか、大佐!」
 バン、ともう一度デスクを叩く音に驚いて、ネオは思わず椅子から転げ落ちそうになっ
た。「何やってんです」と、カミーユから冷ややかな視線を投げ掛けられて、ネオは咳払
いをした。
 「バンバン机を叩くんじゃないよ! 法廷じゃあるまいに」
 「だから、言ってんじゃないですか! あの二人を排除してしまえば、僕はもう不調にな
らずに済むんです! みんなの足手纏いにだってなりませんよ! だったら、僕自身の
手でやらせて下さい!」
 「しかし、それはあくまで可能性の話だ。今のところ、科学的な根拠は何も無いんだぞ?
仮にその二人を始末したところで、お前の調子が戻るとは……ん?」
 ネオは話している途中で、ふと部屋の出入り口の様子に気付いた。
 ドアが、微かに開いている。そして、その隙間から大きな瞳が覗いていて、室内の様子
を窺っているのが見えた。

 途中で言葉を切ったネオが、自分の背後を気にしていることに気付いて、カミーユも振
り返った。その途端、室内を覗いていた瞳は逃げるように消えて、ドアが閉まった。
 「ステラ……?」
 急いで司令室を出て確認した時には、もう姿は無かった。
 「どういう積もりなんだか……」
 ネオは腰に手をやって、ステラの奇行に呆れているようだった。そういうネオを、カミーユ
は自身の胸騒ぎに照らし合わせて、鈍いと感じた。
 「――大佐、まだ、聞きたいことがあります」
 しかし、カミーユは、今はネオを質すことを優先した。
 「何だ?」
 「僕は一体、何者なんです?」
 ネオの仮面は、顔の上半分を完全に覆い隠し、滅多にその表情を読み取ることは出来
ない。しかし、問うた瞬間、微かにではあるが、ネオは確かに色めき立った。カミーユが確
信を持つには、その僅かな変化で十分だった。
 「アウルは、僕がエクステンデッドじゃないようなことを言ってました。それって、どういう
意味なんです?」
 カミーユの問い掛けに、ネオは言葉を失した。
 ステラを巡る三角関係をネオは把握していたが、まさかアウルが故意に口を滑らせるよ
うな真似をするとは思わなかった。子供同士がじゃれ合っているだけだと、甘く見て放置し
ていたツケが回ってきたのかもしれない。
 「そ、それは……」
 言葉に詰まるネオを見て、カミーユは確信を深めた。
 (俺は、みんなとは違うのか……)
 導かれた答えが、疎外感を生んだ。信じていたものが失われていくという感覚は、怖い
ものだった。
 しかし、カミーユにとって幸運だったのは、その恐怖を咀嚼する時間を先延ばしにでき
たことだった。突如鳴り響いた警報のけたたましい音が、カミーユから思考する時間を奪
ったのである。
 「何が起こった!?」
 ネオはインターホンから内線でブリッジを呼び出した。
 「……何だと!? ステラが勝手に飛び出して行っただと!?」
 声を荒げたネオの言葉を聞いて、カミーユは先ほどの胸騒ぎの理由を理解した。
 「すぐに追わせろ! ガイアの修理は、まだ完全じゃないはずだ!」
 ネオは内線に向かって怒鳴り立てた。その脇で、カミーユが突発的に駆け出していた。
 「カミーユ!?」
 「僕が行きます!」
 「待て、カミーユ!」
 背中からネオの制止を促す声が轟いていた。しかし、カミーユはそれを無視してモビル
スーツデッキに走った。
 「デッキに繋げ! カミーユを行かせるんじゃないぞ!」
 ネオは、モビルスーツデッキでカミーユを確保するように命令した。しかし、ネオの命令
は一歩遅く、カミーユはウェイブライダーに飛び乗ると、一目散にJ・Pジョーンズを飛び
立っていった。
 

 日が暮れると、暗くなるのが早い季節だった。つい先刻までは明るかった空が、今はも
う真っ黒に染まりつつある。
 「ガイアをキャッチできる……この辺りはニュージャマーの影響が少ないのか?」
 カミーユは高空を飛行してガイアを追っていた。
 「この方角、ミネルバが不時着してるっていう情報があった……」
 ステラが独断で出撃した動機に、カミーユは思い当たる節があった。ステラがカミーユ
とネオの会話を盗み聞きしていたというのなら、その目的は一つしかない。
 「やっぱりそうなのか、ステラ……?」
 無謀としか言いようがなかった。ステラは整備不良のガイアで飛び出していったのであ
る。
 「相手はミネルバなんだぞ……!」
 焦燥感を強めたカミーユは、更にウェイブライダーの加速度を上げた。
 
 ミネルバは鬱蒼と生い茂る森の中で艦体を横たえていた。シートや枝葉で迷彩が施さ
れた艦体は、月が雲に隠れてしまえば目視が困難なほどに木々の黒に溶け込んでしま
う。
 その付近を、パッ、パッ、と鮮やかなビームの輝きが穿つのが見えた。
 「もう始まっているのか!」
 ガイアは地上から空中のインパルスとセイバーに対抗していた。モビルアーマー形態
のガイアのフットワークと、隠れ蓑に便利な森を活用して上手く対応していたが、やがて
不完全な修理の影響が出て、遂にはその動きを捉えられてしまった。
 カミーユが現場に到着した時には、ガイアは既に戦闘不能状態に追い込まれていて、
今、正に捕獲されようとしているところだった。
 「そうはさせるか!」
 カミーユはガイアを捕獲しようとしているインパルスに不意打ちを仕掛けた。しかし、イ
ンパルスは素早い身のこなしで攻撃をかわすと、反撃のビームライフルを見舞ってきた。
 カミーユはそれを紙一重でかわしたが、直後、背後から別のビーム攻撃を受けた。
 カミーユは、条件反射的に振り返っていた。
 「シャアとかってーっ!」
 チリチリとした、痺れるような頭の痛みが教えている。夜空に弧を描いて急旋回したウェ
イブライダーの正面に姿を見せたのは、赤いセイバーだった。
 「アレを落としさえすれば!」
 モビルアーマー同士のドッグファイト。互いに正面から突っ込んで、ビームを浴びせる。
 外れたのか外したのかは、定かではない。双方は無傷のまますれ違って、カミーユは
再攻撃を仕掛けるために旋回を行った。
 だが、旋回の途中でビーム攻撃を受けた。セイバーはモビルスーツ形態に変形して、素
早く反転し、カミーユに先んじてウェイブライダーを狙撃していた。
 正確な狙いが、ウェイブライダーの翼端などを掠めた。ウェイブライダーはバランスを崩
し、カミーユはその立て直しに躍起になった。
 そこへ、インパルスが弾丸のように突っ込んできて、ウェイブライダーに組み付いてきた。
 「上に付かれた!?」
 これでは、反撃しようにも反撃できない。カミーユは撃墜を覚悟した。

 しかし、銃口を向けたインパルスは、セイバーから何らかの信号を受け取ると、徐にビー
ムライフルを収めた。
 「捕獲するつもりなのか……?」
 カミーユは、ガイアを見やった。こうしている間にステラだけでも逃がしたかったが、ステ
ラは気絶でもしているらしく、横たわったガイアはピクリとも動かなかった。
 (万事休す……!)
 だが、カミーユが観念した時だった。不意に紛れ込んできたビーム攻撃が、インパルス
から逃れる切欠になった。不意打ちを受けて動揺した一瞬の隙を突き、カミーユは咄嗟
に急加速を掛けてインパルスを振り落とした。
 「カオス――スティング!」
 目に入ったのは、モビルアーマー形態のカオスだった。しかし、主推力である機動兵装
ポッドのブースターは、煙を噴いている。
 「退くぞ、カミーユ!」
 スティングは不調の機動兵装ポッドを押してセイバーとインパルスを牽制しながら、カミ
ーユに呼び掛けた。だが、カミーユはその言葉に反発し、「何言ってんだ!?」と声を荒
げた。
 「まだステラが!」
 「ステラは無理だ!」
 その時、セイバーの反撃がカオスのウイングの一枚を吹き飛ばした。
 咄嗟にカミーユが反撃しようと機首を向けた。しかし、「構うな!」というスティングの怒鳴
り声が、カミーユの反撃を思い止まらせた。
 「形振り構ってる暇はねえ! 今は逃げることが最優先だ!」
 「でも!」
 「冷静になれ、カミーユ! 今ここで俺たちまでやられるわけにはいかねえんだよ! 奪
還のチャンスは必ずある!それを信じろ!」
 「くっ……!」
 カオスがギリギリの状態であることは、明らかだった。カミーユは、スティングの言葉に
従うしかなかった。
 「ステラ……!」
 後ろ髪を引かれながら撤退する。カミーユは、ステラを見捨てなければならなかった己
の無力を呪った。
 正面には、満ちた月が皮肉なほど美しく輝いていた。
 
 敵の追撃は無く、カミーユとスティングは無事にJ・Pジョーンズへと帰着した。しかし、そ
こでカミーユを待っていたのは、アウルのパンチと、秘匿回線によってもたらされたミネル
バからの裏取引の申し出だった。