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SEED DESTINY × ΖGUNDAM 〜コズミック・イラの三人〜 ◆1do3.D6Y/Bsc氏_第13話

Last-modified: 2013-10-30 (水) 02:53:14

 ファントムペインとの交渉は決裂した。その上、捕虜のステラまでも奪い返され、誰の
目から見てもミネルバ側の一方的な敗北だった。
 「申し訳ありませんでした、グラディス艦長。私の見通しが甘すぎました」
 シャアは艦長室での報告の際、開口一番に謝罪の言葉を述べた。
 交渉の立案者として、今回の失態の責任を痛感していた。アビスの潜伏を予想せず、
シンに警戒させなかったのは明らかに自分のミスだと思っていた。
 カミーユさえ引きずり出せれば何とかなると思っていた過信が、シャアの目を曇らせた。
ハマーンへの対抗心もあっただろう。ハマーンの前でカミーユを正気に戻し、引き込むこ
とで、ハマーンの言葉を否定して見せたいという強い欲求があった。
 しかし、その結果は惨憺たる有様だった。ファントムペインを交渉の場に引きずり出した
時点で万事上手く行くと思い込んでいたシャアの自信は、ものの見事に木っ端微塵に砕
け散った。
 (冷静さを欠いていた……。焦りがあったのか……)
 シャアは、自らの有様に失望した。ハイネが励ましてくれたが、惨めとしか思えなかっ
た。ハマーンの軽蔑の目は、当然だった。
 シャアは一通りの報告を済ませると、最後にもう一度頭を下げた。タリアは最後まで黙
って聞いていたが、シャアが言葉を切ると、徐に深いため息をついた。
 「被害が無かったことが幸いと言うべきかしらね。捕虜の件はまだ本国には報告してい
なかったから、内部告発でも無い限り問題にはならないだろうけど……反省はしなけれ
ばならないわね」
 許可をした私もね、と付け足したタリアの慰めは、シャアの耳には入っていなかった。
 
 
 カミーユが癖のように頭に手をやっている姿が目に付くようになった。交渉の一件以来、
カミーユがすこぶる調子を落としていることを、ネオは気にしていた。
 ネオにとっても賭けだった。ミネルバが取引の対象にカミーユを指定してきた以上、あ
る程度のリスクは覚悟しなければならなかった。カミーユがシャアやハマーンと接触する
ことの危険性は、スティングたちの報告で明らかだったからだ。
 当初、ネオは応じるべきか否かを迷っていた。ステラかカミーユの二者択一を迫られて
いるように思えたからだ。
 しかし、そんなネオに、ステラを見捨てることは出来ないと言って交渉に応じるように勧
めたのは、他ならぬカミーユ本人だった。
 それを見てネオは、もしかしたら、と思った。一方的にステラを奪還できる可能性が見
えた気がしたのだ。それは博打であったが、ネオはカミーユにベットしようと考えた。
 果たして、ネオの目論見は達せられた。ステラは戻り、カミーユもミネルバの手に渡る
ことは無かった。
 しかし、その代償として、カミーユは今までにない不調に陥ることになってしまった。シャ
アやハマーンとの接触は、ネオやカミーユ本人が想定していた以上の精神的負荷を強い
ていた。
 そんな折、ファントムペインをある人物が訪問した。ブルーコスモスの盟主にしてロゴス
のメンバーでもある、ロード・ジブリールであった。その手に、大き過ぎるほどの手土産を
持参しての視察であった。
 その手土産の噂を、ネオは予てより耳にしていた。が、実際に目の当たりにしたそれは
圧倒的で、つい感嘆を漏らさずにはいられなかった。
 全高は並のモビルスーツの二倍以上はある。全身に火器とバリアが内蔵された、文字
通りの化け物。デストロイと呼称されるその怪物は、フェイズシフト装甲展開前の鈍い銀
色を湛えていた。
 「どうだ、ネオ・ロアノーク?」
 感想を求めるジブリールに、ネオは「はっ」と慇懃に応えた。
 「スペック以上のものに見えます」
 「そうだ。上手く活用しろよ? デストロイの生体コアには、最も相性の良いものを組み
込むのだ」
 ジブリールはデストロイを前にし、ネオにそう命令した。
 “コア”という物言いに、鼻持ちならないものを感じた。しかし、ネオはそんな態度をおく
びにも出さず、ジブリールの命令に従順に応じた。内心で、そんな自身を情けないと恥
じながら。
 「――あれが拾い物か」
 ふと、ジブリールが言及したのは、カミーユのことだった。
 「コピー不能の核融合炉といい、パイロットまで普段からあの調子では、話にならんな」
 ジブリールはカミーユを一瞥すると、吐き捨てるように言った。
 カミーユは壁にもたれかかり、頭を抱えて苦しんでいた。最近のカミーユは、万事そん
な調子である。色々と手を尽くしてはみたのだが、快方に向かう気配は一向に見られず、
症状はますます悪化する一方で、ネオも気を揉んでいた。
 しかし、ある意味では幸運だったかもしれない。お陰でジブリールの眼鏡にかなわなか
ったのだから。
 「記憶が戻りかけているようでして、それで混乱しているようです」
 言ってから、ネオは余計なことを口にしてしまったと後悔した。迂闊にこのようなことを
言えば、ジブリールのような人間がどのような反応を示すのか、容易に想像できるから
である。
 果たして、ジブリールはネオの予想と違わぬ反応を返してくれた。これほど嬉しくない
正解があるのだろうかと、ネオは内心で臍を噛んだ。
 「何だ。原因がはっきりしているのなら、さっさと余計な記憶を消してしまえば済む話で
あろう」
 「は……」
 ジブリールの身も蓋も無い言葉は、しかし、ネオにある種の決断を迫っていた。
 ネオは再調整を避けていた。科学技術班からも、カミーユの状態を改善するには再調
整するのが望ましいと散々提言されていたが、ネオの良心が今までそれを拒んでいた。
 しかし、悶え苦しむカミーユを見ていると、とうとう再調整も止む無しかと思わされるので
ある。過去の記憶がカミーユを苦しめているのなら、いっそのこと、そんなものは失くして
しまった方が幸せかもしれないと。
 その後、三人のエクステンデッドにテストを行い、その結果、デストロイのパイロットには
ステラが選定された。ステラには、よりデストロイとの親和性を高めるための調整が施さ
れ、そして、それと同期してカミーユの再調整も実施された。
 ネオはその調整の様子を見つめながら、激しい自己嫌悪に陥っていた。カミーユとステ
ラの精神が破壊されていく様子を見なければならないのは、ネオにとっては拷問のように
感じられた。
 しかし、それから目を逸らすわけにはいかなかった。罪の意識があるからこそ、ネオは
最後まで見届けなければならないと強く感じていた。
 
 調整を終え、ステラからは捕虜にされていた時の記憶を削除した。そして、再び記憶を
消去されたカミーユは新たに記憶を刷り込まれ、それによって精神が安定したかに思わ
れた……
 
 
 ミネルバはイベリア半島の南端に位置するジブラルタル基地に入った。ジブラルタル基
地は、カーペンタリア基地と並んでユニウス条約以降にも地球上に存在が許された純ザ
フト基地であり、設備も豊富で広大な敷地面積と規模を誇っていた。
 それまでミネルバで埃を被っていた百式とキュベレイが、搬出されてジブラルタル基地
工廠に運び込まれていく。解析と研究を許可したのは、他ならぬハマーン・カーン本人だ
った。
 「君がキュベレイを預ける気になったのが、私には未だに信じられんよ」
 シャアの率直な感想だった。プライドの塊のようなハマーンが、愛機であるキュベレイを
赤の他人に委ねるなど、どうしても想像できなかったのである。
 ハマーンにしてみれば、そんなシャアの物言いはレッテル貼りもいいところだった。シャ
アが考えるよりも、ハマーンは柔軟なつもりである。
 アークエンジェルの存在が、近い将来の懸念材料として常にハマーンの中で燻ってい
た。そして、フリーダムの存在を勘案した時、ザク・ウォーリアではなく、キュベレイの存
在が不可欠であると結論付けた。ハマーンがキュベレイを研究材料としてプラントに提供
する気になったのは、全てラクスに対抗するためである。
 しかし、それをシャアに言うつもりは無かった。
 「お前に私が理解できるものか」
 ハマーンはそう言って、シャアを突き放した。
 シャアの中には、決して色褪せることの無い女性が住み着いている。ハマーンはそれ
を理解していた。
 シャアにとってその女性の存在は絶対的だった。一途ではあるのだが、しかし、それは
悪い意味で純粋であった。シャアは、ララァ・スン以外を心底から愛することができない
男だった。
 それを知ったからこそ、かつてシャアに惹かれていた自分を惨めだと思うし、その気持
ちがシャアへの強烈な憎悪に繋がっていた。シャアをアクシズに引き止めておくことがで
きなかったのである。それは、生身である自分がシャアの思い出の中の女に敗北したこ
とと同義であると、ハマーンは思っていた。
 ――ララァの魂は地球圏を漂っている。火星の向こうにはいないと思った
 かつてアウドムラのエレベーターでアムロ・レイに語った言葉こそが、シャアの本音だっ
た。
 
 数日後、ハマーンのプラント行きが決まった。ジブラルタル基地の工廠施設では、キュ
ベレイの研究や百式の修復が難しいということが判明したからだ。
 名目上は、キュベレイを運用可能にすることと百式の復元である。が、先日の交渉の件
でカミーユに見切りをつけたことも、プラント行きを決めた一因であった。
 シャトルの発着ステーションでは、ミネルバのクルーの何人かがハマーンを見送りに来
ていた。その中には、先日の戦闘で負傷したルナマリアの姿もあった。頭には包帯が巻
かれ、ギプスで固められた左腕は三角巾で吊るされている。
 「ハマーンさん!」
 発進の時間が近づき、ハマーンが搭乗口に向かおうとした時、ルナマリアは咄嗟にハマ
ーンに声を掛けていた。
 「何だ?」
 「クワトロさんと離れてしまっていいんですか?」――とは聞けなかった。ルナマリアは声
を掛けてはみたものの、「あの、その……」と歯切れ悪く口ごもるばかりだった。
 そんなルナマリアを見かねたのか、ハマーンは一つ含み笑いを零すと、徐に歩み寄っ
た。そして、そっとハグをするように身を寄せて、ルナマリアの頭を抱き寄せたのである。
 熱を感じた。ハマーンの体温だ。その温もりに反応して、カッと身体が熱くなった。
 これほどまでにハマーンを近くに感じたことは無かった。緊張して、膝が笑った。
 (相手は女性なのに……)
 そう考えると、ルナマリアは自分の身体の反応が信じられなかった。
 ハマーンはそっと口元をルナマリアの耳に寄せた。傍から見ていた者にとっては、それ
はキスをしているようにも見えて、ざわめきが起こった。妹のメイリンが、阿呆のように口
を開けて目を見張っている。
 ルナマリアは戸惑い、舞い上がっていた。顔が上気して、火が出そうだった。しかし、次
にハマーンが囁いた時、その熱は一瞬で失われ、炎熱のような緊張は厳寒へと変わった。
 「アークエンジェルのラクスには、細心の注意を払うのだ。何かあったら、すぐに私に報
告しろ。良いな、ルナマリア?」
 吐息には熱があった。だが、ルナマリアにはそれが冷たいもののように感じられていた。
 顔を離したハマーンには、微笑が浮かんでいた。それが作り物であることを分からない
ほど、ルナマリアは鈍くはなかった。囁いた時、どんな顔をしていたのだろう――想像す
るだに、ルナマリアはハマーンを畏れ、つい凝視していた。
 ハマーンは、そんなルナマリアの緊張を知ってか知らずか、「生き延びるのだな」と励ま
すようなことを言った。
 「さすれば、宇宙(そら)で会うこともあろう」
 「は、はい……分かりました……」
 言外に含まれている意図を汲み取り、ルナマリアはそう返した。ハマーンはそれを聞く
と、微笑を浮かべたまま背を向け、シャトルの搭乗口へと向かっていった。
 
 こうして、ハマーンはプラントへと旅立っていった。
 しかし、ハマーンは知らなかった。ハマーンが気に掛けているラクスもまた、プラントへ
と向かおうとしていたことを。送迎艦の舷窓から宇宙を見つめるハマーンには、知る由も
無かったのである。
 
 ジブラルタル基地に東ヨーロッパ戦線の危機が告げられたのは、ハマーンがプラント
に向かってすぐの頃であった。連合軍が新型巨大機動兵器を用いて電撃的にモスクワ
を襲撃し、圧倒的な戦力で以って駐屯部隊を殲滅、制圧したというのである。そして、そ
の部隊はそのまま西進を始め、次はワルシャワに攻め入ろうかという構えを見せていた。
 東ヨーロッパには親プラント的な風潮があり、ザフトの進駐も比較的好意的に受け入れ
られていた。過激派であるブルーコスモスの盟主ジブリールはそれを快く思わず、デスト
ロイを投入し、東ヨーロッパを解放してジブラルタルに攻め入る足掛かりにしようと目論ん
でいた。
 ザフトはこの危急の事態に、連合軍の進撃を食い止めるべく、ジブラルタルからの増派
を決定。ワルシャワ戦線には間に合わないとの観測結果を受け、最終防衛ラインをベルリ
ンと定め、高速艦ミネルバを先行してそこへ向かわせたのだった。
 
 
 再調整を受けたカミーユは、安定していた。その成果は、目に見えて明らかだった。モス
クワではそれまでの不調を払拭するかのような活躍を見せ、ネオの苦渋の決断は、良い
方向に実を結んだかに見えた。
 しかし、それは一時的なことだった。好調だったモスクワでの戦闘の後から、カミーユに
再び異変の兆しが表出し始めたのである。
 原因は分からなかった。科学技術班からは、確かに以前の記憶を完全消去し、新たに
記憶を植え付けたと聞いていた。しかし、カミーユは日毎に調子を落としていった。
 (記憶操作を重ねた代償なのか……?)
 ネオはそう推察したが、それだけではないように思えた。
 (カミーユは、殊更にデストロイに嫌悪感を抱いている……)
 繊細な少年なのだろうとネオは思った。
 モスクワで初陣を飾ったデストロイは、その圧倒的スペックを余すことなく証明して、モ
スクワの都市を焦土に変えた。無数のビーム兵器とミサイル、それに堅牢なボディを更
に陽電子リフレクターで覆って、デストロイは正に動く要塞だった。
 そして、それを動かすのは、まだあどけなさを残す少女、ステラ・ルーシェである。
 そのデストロイの破滅的な力と、あどけないステラの組み合わせを、カミーユが生来持
つ潔癖性が受け付けないのだろう。その生理的な嫌悪感は、ステラにそれをやらせてい
るネオも理解できる感覚だった。
 (アイツは、何でモビルスーツなんかに乗るようになったんだろうな……?)
 そういう繊細な潔癖性を持つカミーユが、なぜ戦争をやるようになってしまったのか、ネ
オは過去のカミーユに思いを馳せてはみるものの、その根本に思いが至ることは無かっ
た。
 
 ワルシャワ戦線でも、デストロイの勢いは止まるところを知らなかった。ステラも、多少
は消耗しつつも、今のところは安定して成果を出している。一方で、その活躍に比例する
ようにカミーユは益々デストロイに対する嫌悪感を募らせ、スティングの報告によれば、デ
ストロイに対する不満を露骨に口にする場面がかなり目立つようになってきたのだという。
 それでも、一度戦場に出れば、その影響はまだ限定的だった。デストロイを気にして集
中力が散漫になるような場面はあるものの、カミーユが本来持つポテンシャルは発揮さ
れていた。
 しかし、それが逆に判断を難しくさせていた。カミーユを休ませるか否か、ネオはそれを
決めかねたままワルシャワを攻略し、僅かな休息を挟んでベルリンへと進軍を続けた。
 カミーユがネオに直訴してきたのは、そんな時だった。
 「大佐、僕はデストロイには反対です」
 カミーユは艦橋のドアの外で待ち伏せしていて、ネオが出てくるなりそう訴えた。
 「何故、反対なんだ?」
 ネオは歩きながら聞き返した。カミーユはそれに追随しながらも、「何となくです……」
と歯切れの悪い応答をした。
 ネオはチラと斜め後ろを付いて来るカミーユを一瞥した。カミーユは目を伏せ、床に視
線を落としていた。
 (自分でも理由が分かってないのか……?)
 カミーユのデストロイに対する嫌悪は、直感的なものである。ネオは、それが生理的な
ものであり、払拭しがたいものであることに理解を示しながらも、それに執着して直訴ま
でしてきたカミーユの神経までは理解することが出来なかった。
 自身が生粋の軍人であるという記憶を刷り込んだ。軍人として、決定が下された作戦に
異議を唱える不義は承知しているはずだった。
 (何をそんなに拘るのだ……?)
 そこに、カミーユの不調の原因があるのだろうか――ネオはため息をつきつつ、「何と
なくじゃ、聞いてやれないな」と言った。
 「ここは軍隊だぞ。上から下された決定に異議を挟むのは慎め」
 「しかし大佐、これ以上あれに乗せてたら“フォウ”が……」
 「“フォウ”……?」
 聞いたことも無い名詞が急に飛び出してきて、ネオは思わず足を止めてカミーユに向
き直っていた。
 「“フォウ”、というのは何なんだ、カミーユ?」
 「“フォウ”……?」
 しかし、問うネオに対して、カミーユは目を丸くして首を捻るだけだった。
 「誰です? 知りませんよ僕は。僕が言ってるのはステラのことで――」
 (誰……?)
 ネオは、その反応で“フォウ”というのが人の名前なのだと理解した。
 その上で、ネオは再度「いや……」とカミーユに確認を取った。
 「確かに今はっきりと……」
 「えっ? 僕が言ったんですか?」
 驚くカミーユ。冗談を言って、からかっているようには見えなかった。
 「お前……」
 ネオは、思わずカミーユの肩を掴んでいた。カミーユはそれに驚いて、「な、何です?」
と狼狽した。
 以前、ネオのことを“大尉”と呼んで間違えたことがあった。その時と同じだと、ネオはす
ぐに分かった。無意識に出た名前は、完全に封じられたはずの過去の記憶から零れ落
ちてきたものに違いない。
 (自覚が無い……。また、カミーユの記憶が戻りかけているのか……?)
 その切欠に、ネオは思い当たる節が無かった。あの交渉での一件以来、シャアにもハ
マーンにも接触させてないどころか、ファントムペインはミネルバにすら接触していない。
カミーユが記憶を刺激させられるような要因は、何一つとして無いはずだった。
 考え得る要因は、ただ一つ。デストロイに異常なほどの執着心を見せていることが、カ
ミーユが再び記憶を取り戻そうとしていることと関係しているのかもしれなかった。
 「デストロイは、パイロットに戦いを強要するマシーンなんです」
 「パイロットに戦いを強要する?」
 詰め寄るカミーユに、ネオは唖然として答えた。
 「あれに、そんなシステムは積まれてないぞ?」
 「そんなはずはありません! デストロイは、記憶を餌にしてパイロットを戦わせるマシ
ーンでしょ!?」
 声を荒げるカミーユに驚いて、ネオは思わず尻込みした。
 「そんなのに、ステラみたいな子を乗せるなんて!」
 「わ、分かったよっ!」
 ネオは慌てて感情的になるカミーユの肩を放した。
 「次の作戦が終わったら、上に掛け合ってみる。それでいいか?」
 ネオはそう言って、幕引きをはかった。
 カミーユの言動がおかしいことに、ネオは気付いていた。しかし、それを指摘するのは
危険に過ぎると思った。カミーユが異常な反応を示しているのは確かで、それが複数回
に渡る記憶操作の弊害である可能性は十分に考えられたからだ。それ故、下手に刺激
してカミーユの精神をかき乱すようなことは避けなければならなかった。
 「あ、ありがとうございます!」
 立ち去るネオに、カミーユは敬礼を決めた。その爽やかさが、逆に皮肉に思えた。
 (これで、本当に再調整が成功したと言うのか……?)
 振り向いて一瞥したネオは、カミーユが本当に軍人としての記憶を植え付けられたのか
どうか、疑わしくなった。
 
 ベルリンではザフトが手薬煉を引いて連合軍を待ち構えていた。早い段階でワルシャワ
戦線に見切りをつけ、後退したワルシャワ駐屯部隊を吸収して、現在のベルリン駐屯軍は、
ヨーロッパにおけるザフトの最大規模の戦力に膨れ上がっていた。
 しかし、それでもデストロイは止められなかった。陸上艦ボナパルトからリフトオフしたデ
ストロイは、そのまま歩みを止めることなく突き進み、ザフトをゴミのように駆逐しながらベ
ルリンの市街地へと攻め上がっていった。
 郊外にてデストロイの侵攻を食い止めようと画策していたザフト側の目論見は、脆くも崩
れ去った。このままではベルリンまでもが立て続けに制圧され、ヨーロッパ戦線は完全に
崩壊してしまう。最早、ヨーロッパにおけるザフトは風前の灯だった。
 しかし、状況はあらぬ勢力の介入で不測の事態へと転がり込んでいく。連合軍が、今正
にベルリンに侵攻しようとした時、突如としてアークエンジェルが出現した。そして、出撃し
たフリーダムが敢然とデストロイに立ち向かい、その進攻の足を鈍らせに掛かったのであ
る。
 誰も止められなかったデストロイを相手に、流石のフリーダムは善戦した。圧倒的機動
力と技術を以って攻撃をかわしにかわし、持てる火器の全てを駆使してデストロイのベル
リン侵攻を阻止する。
 「何だコイツ! 何だコイツ!」
 蚊トンボのように周囲を飛び回るフリーダムに、ステラは激しく苛立った。いくら追い払お
うとしても、しつこく纏わりついてはチクチクと攻撃をしてくる。
 「目障りだ!」
 ステラの苛立ちは頂点に達した。通信回線から、何度もフリーダムは無視しろとの命令
が飛んでいても、頭に血が昇ったステラの耳には届いていなかった。デストロイは標的を
完全にフリーダムに定め、侵攻の足を止めてしまったのである。
 ボナパルトの艦橋で通信機を握っていたネオは、そんなデストロイの暴走にため息をつ
いた。パイロットであるステラの精神的な幼さが出た。
 「しかし、それにしても……」
 ネオは、一方でアークエンジェルに目を向けた。オーブもいないのに、何故介入してくる
必要があるのかと。
 「正義の徒のつもりなのか?」
 アークエンジェルを見ていると、ネオは何故か言い知れない不安に駆られる。宿敵であ
るミネルバに対する感情とは違う感覚である。ユウナの差し金で、散々作戦を邪魔された
からだろうか――否、それだけではないように感じた。
 (怖い……のか? 何に怯えているんだ、俺は……?)
 圧倒的なデストロイが沈むはずが無い。しかし、そう思えば思うほどに不安が大きくなっ
ていく。フリーダムがデストロイを越えるほどの脅威であることを、ネオはもっと身近に知
っているような気がした。
 「あまり、よろしくない展開ですな」
 イアン・リーの呟きに、ふと我に返る。
 「フリーダムに構い過ぎています。エネルギーの心配は無いでしょうが、いくらデストロ
イといえど、このままではベルリン侵攻に支障を来す恐れがあります」
 イアンは暗に対応を迫っているのだ。階級ではネオの方が上であるが、遠回しにせよ、
このように遠慮なく進言してくれるイアンを、頼もしく思う。
 「そうだな……スティング、アウル、カミーユの三人を援護に向かわせる。――伝えろ。
小うるさいフリーダムを今度こそ叩き落とせとな」
 ネオの命令は通信兵を通じて、早速、三人のもとへと届けられた。

 指令を受け取り、三人はデストロイの援護に向かった。
 「デストロイに援護なんて要るか?」
 アウルのぼやきに賛同する気持ちはあっても、ネオの判断も決して間違いではないか
もしれないという思いが、カミーユにはある。
 フリーダムは、デストロイの圧倒的火力をものともせずに飛び回り、しつこく攻撃を仕掛
けている。鉄壁のデストロイは、そんなフリーダムの攻撃をほぼ完璧にシャットアウトして
いたが、しかし、ステラはあまりにもフリーダムに気を取られ過ぎているように見えた。
 今のところ、互いに決定機を見つけられずにいる。フリーダムは接近できずに遠距離か
らの射撃を繰り返すのみ。一方のステラも、素早いフリーダムに照準を合わせることすら
儘ならない。デストロイは鈍重であるが故に、狙い済ました一撃というものが苦手な面が
あった。
 いずれ、フリーダムはデストロイの砲撃に慣れて、致命的な一撃を加えてしまうのでは
ないか――カミーユは直感的にそんな懸念を抱いていた。
 「相変わらず絶好調みてえだな、フリーダムの奴は」
 回線の向こうでスティングが鼻を鳴らす。
 「だが、今度は前の時のようにはいかねえ。――いいな、二人とも? 掛かるぞ!」
 「りょーかい!」
 スティングの号令で、一斉に戦闘速度を上げる。
 カオスが機動兵装ポッドを分離してフリーダムに襲い掛かった。アビスも変形を解き、雪
原に着地してありったけの火力をフリーダムに注ぎ込む。
 カミーユもそれに倣い、操縦桿を握る手に力を込めた。しかし――
 「掛かる……って、どっちに……?」
 途端に、腕が金縛りにあったかのように動かなくなった。カミーユは、自分が何を口走っ
ているのか分からなかった。
 (何だ!?)
 白いモビルスーツと黒い巨大モビルスーツが戦う姿に、デジャヴを覚えていた。そして、
一瞬だけ違うモビルスーツの幻がオーバーラップした瞬間、カミーユは鮮烈なショックと
共に意識が跳躍していた。
 (こ、この光景を、知っている……!?)
 知らないはずなのに、知っている。表層的な意識では否定していても、脳の奥深くでは
ハッキリとそれを記憶していた。カミーユは、これと似た光景を知っている。
 それは、一人の少女との記憶でもあった。
 淡い少女のイメージが、脳裏に浮かんだ。刹那、時間や空間から切り離されてしまった
かのような不思議な感覚に包まれ、カミーユは激しく狼狽した。
 (何だ……これ……!?)
 景色は失われ、白いモビルスーツと黒い巨大モビルスーツの戦いだけがカミーユの意
識を支配した。見覚えがある似たような二機が、何度もフリーダムとデストロイの姿にオ
ーバーラップした。
 (あれは、Mk-兇肇汽ぅ灰ンダム……!)
 そう知覚した時、カミーユは戦慄した。自分の中に、もう一人違う自分が潜んでいる――
そんな感じがした。
 (俺、何で……!?)
 「何やってんだカミーユ! てめーもさっさと仕掛けろよ!」
 スピーカーから聞こえてきた、割れんばかりのアウルの怒鳴り声に我に返る。その瞬
間、消し飛んでいた景色が戻ってきて、カミーユは現実に引き戻された。
 かぶりを振って正気を取り戻す。その時にはもう、仕掛ける相手がフリーダムであると
いう認識は持てるようになっていた。しかし、それでも謎の幻影は常にカミーユの視界に
チラついていた。
 「あれが、俺を惑わせるんだ!」
 苛立ちが、激しい頭の痛みへと変わっていく。その痛みが、更にフリーダムへの敵意へ
と変わっていった。
 しかし、三人で取り囲んでもフリーダムは揺るがなかった。イエローカラーのムラサメが
フリーダムを援護し、邪魔をしているというのもあった。だが、それを加味した上でも、フリ
ーダムはまるで無敵のバリアでも持っているかのように、土砂降りのような圧倒的な火線
の中で、憎らしいほどに華麗にステップを刻み続けた。
 キラ・ヤマトのポテンシャルは、想像を絶していた。普通のパイロットであればひとたま
りも無く、一流のパイロットですら何とか逃げ回るのが精一杯である火砲の中で、キラは
次第に感覚をそのビームの嵐の中に馴染ませていった。
 慣れが余裕を生み、それがキラを反撃に転じさせた。一瞬の間隙を縫い、ビームライフ
ルを撃ってカオスの右腕を破壊すると、立て続けにバラエーナで地上のアビスを撃ち、地
面に降り積もった雪を巻き上げてその視界を奪う。そうすると、素早くデストロイの背後に
回り込み、ビームサーベルでバックパックを縦に斬り付けたのである。
 (ああーっ!)
 その瞬間、カミーユの脳天を突き破るような悲鳴が聞こえた。それは、確かにステラの
悲鳴のはずなのに、別人の悲鳴のようにも聞こえた。
 (これは……そうか!)
 それは、幻聴だったのか――考えた瞬間、答えは出た。論理的に理解したのではない。
ただ、直感したのだ。そして、それだけで十分だった。
 「止めろーっ!」
 突き動かす衝動が間違っているかどうかなど、判断している暇はなかった。恐れはあっ
た。しかし、自分の中で確実に蠢いている何かが、どうしようもなくカミーユを突き動かそ
うとしてくる。
 カミーユは、無我夢中でウェイブライダーの鼻先をフリーダムの脇腹に突っ込ませた。
激しい衝突の衝撃は凄まじい反発力を生み、一瞬にしてフリーダムを彼方へと突き飛ば
した。
 ウェイブライダーの先端部分は、即ちΖガンダムのシールドである。特に強固に作られ
ているそれとフェイズシフト装甲が衝突した衝撃は凄まじく、リニアシートに固定されてい
るカミーユも危うく投げ出されそうになった。
 しかし、それでは終わらない。フェイズシフト装甲の機体に物理的なダメージは通らな
いのだから。フリーダムは依然として健在であった。
 フリーダムを止めなければ、ステラが死ぬ。漠然とした認識でありながら、確かなこと
としてカミーユは認識していた。
 フリーダムが視界から消えたことで、ステラは落ち着きを取り戻した。一時は足止めを
されていたデストロイは、ネオからの命令を受けて、ベルリンに向けて移動を再開した。
 それを食い止めようと、ザフトやバルトフェルドが抗戦しているが、他の連合軍の動きも
あって思うようにならない。フリーダム抜きの防衛線は、デストロイが相手ではあまりにも
脆かった。
 雪原に墜落していたキラは、防衛線の危機を察知し、戦線への復帰を急ごうとした。し
かし、そこへウェイブライダーからのビーム攻撃が注がれ、キラはそれへの対応を強い
られた。
 「あなたたちは!」
 通り過ぎるウェイブライダーの後姿に向かって、キラは声を荒げた。その間にも、デス
トロイは進攻を続けている。それを横目で気にしつつ、再び襲い来るウェイブライダーに
キラは業を煮やした。
 「こんな破壊を続けることに、何の意味があるって言うんだ!」
 ウェイブライダーは旋回すると、再び機首をフリーダムに向けた。キラは、戦うしかなか
った。
 傍受したキラの声は、カミーユの耳にも届いていた。キラの言うことは、もっともだと思
う。この侵攻作戦は、コーディネイターに与する愚かしさを知らしめるための見せしめの
意味が大きい。そういう作戦を嫌悪する道義心は、カミーユも持っているつもりだった。
 しかし、それ以上に駆り立てるものがあった。フリーダムとデストロイに見た幻や、今も
自分の中にある衝動が、容赦なく真実を突きつけていた。カミーユは、もう自分が何者な
のか、分かりかけていた。
 恐怖はある。今の自分とは、まるで違う自分になってしまうのではないかという不安が
ある。
 しかし、いくら恐怖したところで、もう流れは止められない。封印されていた記憶の扉は、
既に開きかけている。それは受け入れなくてはいけないことなのだと、カミーユは理解し
ていた。
 だからこそ、カミーユはフリーダムへの攻撃を続けた。それは、ひとえにステラを守りた
い一心からだった。やがて、近い内に消えてしまう今の自分が残っている間に、一番の脅
威であるフリーダムだけでも排除しておきたい。そうすることが、ファントムペインで過ごし
た今の自分が生きた証になると信じた。
 頭痛は相変わらず酷い。しかし、それとは裏腹に、感覚はより研ぎ澄まされていった。ス
ティング、アウルと三人で掛かってようやく互角だったフリーダムを相手に、今は一人で渡
り合えている。
 皮肉なものだった。今の自分が失われていくことで、ステラを守る力が増していくのだか
ら。
 「でも、コイツさえ沈めてしまえば!」
 感覚が鋭くなっていく自分を感じる。リニアシートに収まる自分の身体が、より馴染んで
いく。機体が、自分の手足のように思い通りに動く。次第に攻撃がフリーダムに通用する
ようになる。それは、本来の自分を取り戻しつつあるという証拠である。
 フリーダムを捉える確信が、次第に膨らんでいく。加速度的に手強くなるウェイブライダ
ーに焦りを感じ始めたキラに対し、カミーユは勝利への予感を高めていった。
 だが、それは視界の片隅にデストロイの姿を収めた時、一瞬にして逆転した。
 デストロイはビームを垂れ流しながら、ゆっくりとベルリンに向かって歩を進めていた。
そのデストロイに向けて、夥しい数の火線が注がれている。いつの間にか現れていたミネ
ルバからも、凄まじい砲撃を受けていた。
 堅牢な装甲と陽電子リフレクターが、その砲撃の殆どを無効化していた。それでも、猛
烈な砲撃による衝撃で、デストロイの巨体も流石にふらついていた。
 大量の砲火に晒されながらも、デストロイはビームを垂れ流しながらフラフラと歩き続
けた。それは、あたかも少女がべそをかきながら歩いているようだった。
 ――なら、敵になるのを止めて! あたしに優しくしてよ!
 ――もう、苛められたくないんだ……
 (あれ、は……!)
 青緑色のショートカットの少女が過ぎった。紫のゆったりとした上着に、同じ色の口紅が
印象的だった。その唇の感触が、カミーユの口元にはまだ残されている。
 「……フォ、ウ……!」
 その名を呼んだ瞬間、内側で堰き止められていた全てのものがカミーユの全身に溢れ
返った。雷に打たれたようなショックが全身を駆け抜け、刹那、カミーユは全てを悟った。
 だが、束の間、大きな衝撃がカミーユを襲った。カミーユが全てを取り戻した瞬間の、本
当に僅かな異変を、キラは見逃さなかったのである。
 ビームライフルから放たれた狙い済まされた一閃が、フライングアーマーの翼端を射抜
いていた。そして、バランスを崩したウェイブライダーに、キラはすかさずシールドで体当
たりしたのである。
 立て直しが不可能なほどにバランスを崩したウェイブライダーは、あえなく雪面へと叩き
つけられた。その衝撃で、リニアシートと繋がっているノーマルスーツのアタッチメントが
外れ、カミーユは身を投げ出されてコックピットの内壁に衝突した。
 フリーダムはカミーユを退けると、ウェイブライダーの状態を確認する間もなく戦線へと
復帰して行った。
 「くっ……!」
 カミーユは身を起こし、よじ登るようにシートに座りなおした。
 「フリーダムは……?」
 全天スクリーンを隅々まで見渡し、フリーダムの姿を探す。そして、墜落による身体の
痛みが大したことが無いことを確認すると、徐に操縦桿を握った。
 不思議と落ち着いていた。カミーユを苦しめていた頭痛は治まり、今は全てが晴れやか
だった。
 「……行けるぞ……!」
 天を仰ぐ。灰色の低い雲が降らせる雪は、相変わらず視界を白く濁らせている。そんな
視界不良の空の中に、カミーユはフリーダムの姿を知覚した。
 フリーダムの姿は風雪の中に溶け込んでしまっていたが、そのバーニアの光は微かに
見えた。カミーユはそれを認めると、レバーをゆっくりと引いた。
 ウェイブライダーが形態を変える。各ブロックが複雑に連動し、やがて人の姿へと形を
整える。最後に頭部が飛び出すと、ツインブレードアンテナを広げてグリーンの双眸を鋭
く瞬かせた。
 Ζガンダムが、勢いよく中空へと躍り上がる。カミーユの視界を遮るものは、何も無かっ
た。