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SEED DESTINY × ΖGUNDAM 〜コズミック・イラの三人〜 ◆1do3.D6Y/Bsc氏_第14話

Last-modified: 2013-10-30 (水) 02:53:39

 コンディションレッドがアナウンスされた艦内は、慌しかった。
 ベルリン到着目前、ミネルバにも戦況は伝えられていた。進撃を続けるデストロイの、
その圧倒的戦闘力を目の当たりにして、誰しもが緊張の色を隠せなかった。
 しかし、そんな中、ラウンジで戦況を見つめるシンが見ているものは、それではなかっ
た。況してや、ザフトの窮状でもなかった。ベルリンの危機でもない。それはただ一つ、
見失ってしまいそうなほど小さく画面に映る、フリーダムの姿だった。
 やがて、スタンバイの号令が掛かった。シン、シャア、ハイネの三人は、一斉にラウン
ジを飛び出し、モビルスーツデッキへと向かった。
 「シン」
 コアスプレンダーに飛び乗ろうとしたシンは、ふとハイネに呼び止められ、振り返った。
 「時間、無いですよ」
 「すぐ終わる」
 そう言うと、ハイネは懐に手を突っ込んで、何かを取り出した。そして、シンの手を取る
と、それを強引に握らせた。
 「お前には理性が足りないからな。危ないと思ったら、それ見て自分が何者なのか思
い出せ」
 「思い出せって――」
 シンは手を開いて何を握らされたのかを確認した。指の隙間から、銀色の煌きが零れ
た。それは、白く輝く羽のエンブレムだった。
 シンは驚きに目を丸くした。そのエンブレムが持つ意味を、知っているからだ。シンには
一生涯、縁が無いだろうと思われるフェイスの称号――その証明たるエンブレムだった。
 独自の裁量権を持つことを許されたフェイスは、同時に国からの絶大な信頼を得た証
でもある。その証明たるフェイスのエンブレムは、シンにとっては重過ぎるものであった。
 「ハイネ! こ、これって……」
 「お前は復讐で戦うな。お前の誇りの為に戦え。――信じてるぜ、シン」
 ハイネはキザっぽく手で挨拶をすると、グフ・イグナイテッドへと走っていった。
 取り残されたシンは、暫時放心していた。そして、改めて託されたフェイスのエンブレム
を見つめた。
 その輝きは、一点の曇りも無くシンを照らした。あまりにも眩しくて、値段もつけられな
いような超高級ラグジュアリーを持っている気分になった。こんな大層なもの、自分が持
つべきじゃない――シンはそう思った。
 「急げ、シン!」
 なかなか乗り込まないシンにやきもきして、ヨウランが急かす。シンは、「分かってる!」
と怒鳴り返して、フェイスのエンブレムを大事に懐にしまいこんだ。
 「後で返せばいいんだしな……」
 コアスプレンダーのコックピットに飛び乗り、シンはキャノピーを閉じた。
 セイバーのコックピットでシャアはその様子を見届けると、静かに画面を切り替えた。
 
 実際に目の当たりにしたデストロイは、想像を遥かに超えていた。普通のモビルスーツ
の倍以上はあろうかという黒い巨体が、全身からビームを発して雪景色の中を歩いてい
るのである。
 その身に注がれる砲撃も殆ど効果がないように見える。ミネルバは到着と同時にタンホ
イザーによる狙撃を試みたが、それも通用しなかった。一時的にその歩みを鈍らせただ
けである。バリアと分厚い装甲が全てを弾き返し、抵抗するザフトを蹴散らしながら、デス
トロイはベルリンに迫っていた。
 出撃したシャア、ハイネ、シンも、防衛線に加わってデストロイの進撃阻止を試みてい
た。しかし、圧倒的火力の前に接近すら儘ならず、遠距離からの砲撃に頼るしかない。
 「どうしろってんだよ、こんなの!」
 ハイネが愚痴を零したくなる気持ちは、シャアにも理解できた。今のところ攻略法すら
見出せない現状において、無駄撃ちを繰り返さざるを得ないストレスはシャアにもあった。
 「とにかく、足を止めるしかないが……!」
 デストロイは弾幕を張りつつ前進を続け、ザフトを蹂躙しながらゆっくりとその歩みを進
めていた。集中砲火を受け、バランスを崩しても進撃は止まらない。いくら直撃を浴びせ
ても、効いているのかいないのかも分からない。そういう敵に挑むというのは、戦車を相
手に自動小銃一丁で挑むような気分だった。
 「しかし、何だ? さっきからのこの感覚は……?」
 被弾しないようにセイバーを飛翔させながらそう呟いたシャアは、頭に重く圧し掛かるよ
うな圧力を感じていた。それは、“プレッシャー”と呼んでいるものである。そのプレッシャ
ーが、一帯に立ち込めているのをシャアは感知していた。
 シャアには、サイコガンダムという知識がある。データベース上で知っただけで、実際に
目にしたわけではないが、デストロイのサイズや外見から、シャアは自然とサイコガンダ
ムを連想していた。
 シャアがサイコガンダムを連想したのは、サイコガンダムがサイコミュ搭載型のニュー
タイプ専用機だからである。サイコガンダムのパイロットはニュータイプないし強化人間
であり、そういうパイロットはプレッシャーを放つものである。そのサイコガンダムを連想
させたデストロイにも似たようなシステムが積まれていて、それがシャアにプレッシャー
を与えているのではないかと推察したのだ。
 「……いや、違うな」
 しかし、シャアは暫くしてから気付いた。プレッシャーはデストロイから感じるものではな
い。シャアは、プレッシャーにどことなく覚えのある雰囲気を感じ取っていた。
 デストロイは砲撃の矢面に立ち、集中砲火を受けている。流石に少しずつダメージは通
っているようだが、足止めにまでは至っていない。決死の防衛線は地道にデストロイにダ
メージを与えながらも、しかし、確実に後退していた。シャアも、何とかデストロイを止めよ
うと接近を試みるのだが、ウインダムの妨害によってなかなか上手くいかない。
 「このままではベルリンも焼かれるな……!」
 シャアはそう口にして、自らの危機感を煽った。
 ふと、ハイネやシンはどうしているか気になって、シャアはあちこちに目を配った。
 最初に目に入ったハイネのグフ・イグナイテッドは、シャア同様にウインダムに対応しな
がらデストロイへの接近の機会を窺っている。その一方で、シンのインパルスは何やらそ
わそわして落ち着きの無い挙動をしていた。
 シャアは、シンが何を考えているのか大体分かっていた。シンは、フリーダムを探してい
るのだ。ミネルバが到着した時、出撃前はデストロイと戦っている様子が確認できたフリー
ダムの姿が見当たらなかった。だから、フリーダムに異常な執着を見せるシンは、それを
探してデストロイどころではないのだ。
 「全く!」
 辟易するシャアの前で、案の定、何処からか戦線に復帰してきたフリーダムがデストロ
イへの攻撃を再開すると、インパルスはいきり立つような仕草を見せた。だが、それに気
付いたハイネがすぐさま宥めに入り、インパルスはフリーダムを睨みつけながらもデスト
ロイの進撃阻止に力を注いだ。
 或いは、ハイネからきつい叱責を受けたかもしれない。出撃前、暗に釘を刺されていた
だけに、ハイネはシンの僅かな独断専行も決して許しはしないだろうとシャアは思った。
 「いくら見込みがあっても、あれでは……」
 しかし、そう詰るシャアも、他人のことは言えなかった。
 「……Ζ!?」
 それを目にした時、シャアは思わず声を上げて見入っていた。それまで、封印でもして
いたかのように頑なにウェイブライダー形態で戦い続けていたΖガンダムが、初めてモビ
ルスーツ形態で現れたのである。
 「カミーユ……?」
 シャアは、そこでプレッシャーがカミーユのものであったことを悟った。すぐにそう気付
けなかったのは、それまでとは少し異質な感覚があったからだ。しかし、悪い感覚ではな
い。シャアは、その異質さに予感めいたものを見出したのだ。
 だが、カミーユに気を取られたことでシャアにも隙が生まれていた。
 「後ろだ、クワトロ!」
 俄かに耳を劈いたハイネの声にハッと我を取り戻し、シャアは素早くセイバーを反転さ
せつつビームライフルのトリガースイッチに指を添えた。反転した先では、ビームサーベ
ルを抜いて猛スピードで肉薄するウインダムが迫っていた。
 「うっ!」
 ウインダムが水平にビームサーベルを振り抜く。セイバーは腰を曲げて屈むような体
勢になってビームサーベルを紙一重でかわし、その腹に二発のビームを撃ち込んだ。
 コックピットを撃ち抜かれ、パイロットは即死した。シャアはスパークするウインダムを、
デストロイに向けて蹴り飛ばした。
 ウインダムはデストロイに激突する寸前に爆散した。その衝撃で前のめりになったデス
トロイが大量のミサイルで反撃するも、シャアはそれを冷静にかわした。
 「クワトロまでどうした!?」
 「すまない!」
 ハイネに叱責気味に言われ、シャアは素直に詫びた。
 「こんなことでは、シンをどうこう言えん……」
 自戒するシャアは、デストロイの攻撃に集中するよう自分に言い聞かせた。今はカミー
ユに構っていられる時ではない。デストロイはダメージを負いつつあるとはいえ、まだ都
市を殲滅するだけの十分な力が残されているのだから。
 「フリーダムがやっていたようにビームサーベルによる直接攻撃に活路を見出すしかな
いが、そのためには一つずつ砲門を潰していくしかないか……」
 時間は掛かるが、それしか方法は残されていない。シャアはビームサーベルを抜刀状
態にしつつ、ビームライフルで迫撃をかけた。
 
 カミーユはアウル、スティングと合流し、共にデストロイに向かった。
 しかし、デストロイは芳しくなかった。フリーダムを相手に遮二無二に攻撃を仕掛け、多
くのエネルギーやミサイルを浪費していた。その上、集中砲火を凌ぐために常に展開して
いた陽電子リフレクターにも、ダメージの蓄積による不具合が見られるようになっていた。
 そして、ここへ来てミネルバが加わり、更に抵抗は激しくなった。ダメージも、かなり蓄
積されてきている。加えて、長時間の戦闘はパイロットであるステラ自身にも激しい消耗
を強いていた。デストロイの稼動限界は、確実に迫っていた。
 アビスの足取りが速くなった。アウルが焦っているのだ。そのくらい、デストロイは目に
見えて窮地に立たされているように見える。
 カミーユは一寸、赤い色のセイバーというガンダムに通信を繋ごうかと考えた。シャアに
事情を説明して、助力を請おうと思ったのだ。しかし、先日の交渉の場での記憶が、躊躇
わせた。
 (今さら……)
 騙し討ちのような形でシャアを裏切ったのだ。今さら記憶が戻ったからと言って、おいそ
れと信用が得られるとは到底思えない。カミーユとて、恥くらいは知っている。
 考えている間にもデストロイはビームを乱射し、ベルリンの市街地に接近していた。そし
て、その流れ弾が市街地に飛び込んで、街を破壊した。
 ビームは樹木を燃やし、石と鉄を溶かして蒸発させ、着弾すると爆風で周囲を吹き飛ば
した。その爆発で飛び散った破片は幹の太い木さえも薙ぎ倒し、住居やビルの壁に大き
な穴を開けた。運の悪かった何人かの避難民は、その一連の流れの中で負傷し、或いは
即死したり炭化したりした。ベルリンを焼くビームは見る間に増えていき、ベルリン外縁部
はあっという間に炎に包まれた。
 デストロイは、限界が近づいた今になって市街地に到達しようとしていた。
 人々の悲鳴や苦悶が、生理的な感覚となってカミーユの脳を刺激するように響いた。そ
の中に、甲高い動物の鳴き声のような喘ぎ声が混じっていて、それが耳鳴りのように反響
する。それが、心神耗弱に陥りかけているステラの救いを求める声であることを、カミーユ
は察していた。
 ステラを、何とかデストロイのコックピットから出したい。しかし、状況はそれを許してくれ
るほど穏やかではなかった。集中砲火を続けるザフト以上に、カミーユはフリーダムを警
戒した。
 デストロイの無差別攻撃が、ベルリンの被害を拡大していく。それを見て、手段を選んで
いる場合ではないと悟ったキラの腹積もりを、カミーユは鋭敏に察知していた。
 いくつかの砲門は焼き切れていて、デストロイに当初ほどの勢いは無かった。キラはビ
ームサーベルを抜き、砲門が沈黙したことによってできた砲撃の隙間を突いて、デストロ
イへと肉薄した。そして、素早く正面へと回り込むと、その刃を胸部のスキュラ目掛けて
振り上げたのである。
 「させるかよ!」
 刹那、カミーユは直感的にビームライフルのトリガースイッチを押していた。長い砲身か
ら、貫通力の高い、細いメガ粒子ビームが放たれて、フリーダムの眼前を突き抜けた。
 メガ粒子砲の残滓が、キラのメットのバイザーを彩った。得体の知れない悪寒がキラの
パイロットスーツの下の肌を粟立てて、咄嗟にデストロイの前から飛び退いていた。防衛
本能が、キラをそのように突き動かしたのだ。
 射線元に目を転じる。見慣れないモビルスーツが狙っているのが見えた。
 「連合の新型ガンダム……?」
 キラは呟いて警戒感を強めた。問題なのは、新型であるということではない。Ζガンダ
ムから漂ってくる異質な感覚が、キラを本能的に警戒させていた。
 カミーユは、更にフリーダムをビームで追い立てた。警戒を強めるキラは、意識をΖガ
ンダムの方にも割かなければならなかった。カミーユは、それを歓迎した。
 「アウル、スティング! フリーダムは僕が引き受ける! 二人はその間にステラを!」
 カミーユはそう叫んで、一人飛び出した。
 「よく言ったカミーユ! 骨は拾ってやるぜ!」
 「死ぬかよ!」
 アウルの茶々は、半分は本気だろうなと思いつつ、カミーユはフリーダムへと仕掛けた。
 生半可な技量の相手ではない。シャア・アズナブル、アムロ・レイと伝説級のパイロット
をカミーユは目の当たりにしてきたが、フリーダムにはその二人に比肩するほどの脅威を
感じた。
 特に、反応速度が凄まじい。時々、超高性能な自律型コンピューターが動かしているの
ではないかと思えるほどの反応の鋭さを見せることがある。機械のように正確無比で、超
人的な反射神経を持つ。
 「コーディネイターか……!」
 人間であるだけ、攻撃や動きに意思がある。カミーユはその思惟を事前に感じ取って、
フリーダムの人間離れした動きに辛うじて対応していた。
 「けど、いつまでも相手はできない……! 急いでくれよ、二人とも!」
 バラエーナの光がΖガンダムの頭上を掠めた。カミーユはその眩さに目を細めた。
 
 余裕は失われていた。絶対的な攻撃力と防御力を誇るデストロイは、猛烈な攻撃を受
けてダメージを蓄積させ続けた結果、最早機能停止寸前にまで追い詰められていた。
 「何で……!? どうして……!?」
 ビームの発射ボタンを押しても、キレの悪い小便のようなビームしか撃てなくなってい
た。ミサイルは底を尽き、半数近くの砲門は焼き切れて使い物にならなくなっている。最
初は、まるで玩具のように見えていたモビルスーツの群れが、今は腹を空かせた獰猛な
狼のように見えていた。
 「あうっ!」
 衝撃が、ステラを襲った。ベルトが身体に食い込んで、ミシミシと音を立てた。ステラは
画面を睨み付けたが、その瞳には既に恐怖の色が混ざっていた。
 デストロイの各所に三基装備された陽電子リフレクターであったが、バックパックの装
置はフリーダムに斬られた時にブレイクダウンしていた。ステラはそれを、腕部を切り離
し、遠隔操作するシュトゥルムファウストに搭載された陽電子リフレクターでカバーして
いたのだが、最早それもエネルギーが尽きたり、撃破されるなどして使用不能になって
いた。
 止められないと思っていたデストロイが目に見えて弱体化しているのを見て、ザフトは
気勢を上げていた。バクゥ・ハウンドは、陸上の機動力では比肩するものは無く、雪上で
もその機動力は変わらなかった。犬を模したような頭部の口腔部に当たる部分からビー
ムブレイドを発生させたバクゥ・ハウンドの部隊は、一斉にデストロイの足元に襲い掛かり、
一撃離脱の戦法でその足の駆動間接部分を連続で斬り付けていった。
 堅牢な装甲で守られているとはいえ、ビームで焼き切られれば金属は溶融し、ダメージ
は通る。そして、自重を支える強靭な駆動間接であってもそれは避けられず、アキレス腱
を切られたデストロイは尻餅をつくように倒れた。
 デストロイはそれでも上体だけを起こし、口腔部のツォーンや胸部の三連装スキュラで
無我夢中に抵抗した。しかし、そのビームがベルリンの街に飛び込むと、状況は更に悪
化した。空からはバビに集団で襲い掛かられ、地上ではザク・ウォーリアやバクゥ・ハウ
ンドの群れが行き交い、デストロイを攻撃し続ける。動けなくなったデストロイは、囚われ
のガリバーのように小人からの容赦ない攻撃を受け続けていた。
 「やめて……やめて……!」
 群がってくる敵、敵、敵。画面は、どこを見ても銃口をこちらに向けている機械人形だ
らけ。世界中の全ての人間の敵意が、自分だけに向けられているようだった。
 「助けて……助けて……!」
 ステラは無意識の内に懇願していた。デストロイのコックピットは、あまりにも孤独だっ
た。押し寄せてくる無機質な単眼の群れは、自分を殺しに来た殺人マシーンなのだとス
テラは思った。
 細かい振動と、時折大きな振動が起こる。ミシミシとコックピットの周辺が軋む音を立
てて、ステラはとうとう操縦桿から手を離した。
 「ひっ!?」
 何かが爆発する音がして、ステラは身を竦ませた。その拍子に失禁してしまったのだ
が、ステラはそのことを気にしている余裕すら失っていた。
 振動と、爆裂音と、軋む音。画面は乱れて、コックピット内にある無数のランプも次第
に消えていく。徐々に押し寄せてくる闇と、どこにも逃げられないコックピットの閉塞感。
ステラは膝を抱え、それに耐え続けた。
 だが、それも長くは続かなかった。
 「あはっ……あはははっ……」
 どうしようもなくなると、笑うしかなくなった。
 コックピットの軋む音が大きくなっていく。それに比例して焦燥感も煽られた。その音
は、死が近づいてくる足音だと思った。
 (死にたくない、死にたくない、死にたくない……!)
 死に抗おうと、ステラは何度も心の中で唱えた。声に出すよりも、心で念じた方が誰か
に伝わるのではないかと期待していた。
 だが、それは虚しい抵抗であった。金属がぶつかり合うような、一際大きな音がしたか
と思うと、突然正面のスクリーンが消えた。
 「いやーっ!」
 コックピットの闇が、一気に濃くなった。その瞬間、ステラは堪えきれずに悲鳴を上げ、
再び操縦桿を握り、出鱈目に攻撃ボタンを連打していた。
 沈黙していたデストロイが、再びビームを撃ち始めた。ザフトの軍勢を相手に決死の抗
戦を続けていたスティングとアウルは、それを見てステラがまだ生存していることを確信
した。
 しかし、出鱈目に撃つビームは、ベルリンの街に更なる被害をもたらした。それは、ザ
フトがデストロイへの攻勢を強めることを意味していた。
 「もう止めろ、ステラ!」
 アウルは、その状況を阻止すべく叫んだ。だが、半狂乱に陥っているステラに、その声
は届かなかった。スティングと共にデストロイの防衛に力を尽くしてはいる。しかし、それ
も焼け石に水でしかなく、寧ろアウルたち自身も窮地へと追い込まれていた。
 「後方部隊の援護は期待できねえ……!」
 スティングは横の画面を一瞥すると、チッと舌打ちをした。デストロイが弱体化し、動け
なくなったことで、ザフトは集中していた戦力を分散し、後続の詰めの連合軍部隊を封じ
込めに掛かっていた。現状、最前線のスティングたちは孤立無援の状態である。
 「くそっ! コーディネイターどもなんぞに……アウル! 無理矢理でもいいからステラ
をデストロイから引っ張り出せ!」
 スティングは窮境に苛立ちながらもザフトの攻撃に抵抗し、アウルに怒鳴った。
 だが、その時だった。スティングの前に立ちはだかったバビの頭部を、不意にビームが
一閃した。
 「な……!?」
 そして、次の瞬間、スティングが驚いている間も無く立て続けに降り注ぐ無数のビーム
が、次々とザフトのモビルスーツを射抜いていった。
 スティングは、その手口に覚えがあった。武器やスラスター、それにモビルスーツの目
である頭部など、戦闘能力だけを間引いて無力化する戦法は、もう何度も目にした光景
であり、スティング自身も体験済みの行為であった。
 「フリーダムだと……?」
 それまで連合軍の侵攻作戦の妨害に当たっていたフリーダムが、突如手の平を返し、
今度はその矛先をザフトへと向け始めたのだ。
 スティングは、その光景に唖然とした。ザフトは味方だと思い込んでいたフリーダムの
突然の敵対行為に混乱し、浮き足立っている。お陰でスティングたちへの攻撃は沈静化
したが、フリーダムの行動は全く理解できなかった。
 「スティング!」
 そこへ、フリーダムと交戦していたカミーユのΖガンダムが合流した。スティングはカミ
ーユに向かってフリーダムを指し、「どういうつもりだ、ありゃあ?」と聞いた。
 「俺たちを助けるつもりらしい」
 カミーユはそう言いながらヘルメットを脱ぐと、「全く……」とぼやいて髪をかき上げた。
 「急に目の前から消えたと思ったらアレだ……フリーダムのパイロットは、なるべく人死
にを少なくして戦闘を終わらせたいと思っている。信じられるか? 敵も味方も関係なくさ」
 「それがフリーダムの魂胆だってのか? おめでたい奴だぜ!」
 「そうだけどさ」
 そうぼやくカミーユは、いつもより愚痴っぽく感じられた。
 「何にせよ――」
 スティングは、ふと後ろのデストロイに振り返った。デストロイは暫く前から再び沈黙し、
今はその巨体を雪の上に横たえていた。
 「この状況を利用して、とっととずらかろうぜ」
 デストロイにはアビスが取り付いていた。そのアビスのコックピットは開いていて、アウ
ルがデストロイのコックピットに向かっている様子が見えた。
 
 ステラは涙も鼻水も垂れ流したまま、膝を抱えて丸くなっていた。コックピットの中は、
僅かな明りしか灯されていない。画面も殆ど死んでいる。無機質な機械音の中に、ステ
ラの鼻を啜る音が時折混じっていた。
 肌寒くて、身体が震えていた。いずれ誰かが自分を殺しにやってくるのかと思うと、怖く
て仕方がなかった。
 少しして、外側から強制的にハッチを開く音が響いた。ステラはいよいよ覚悟を決め、
震える手に銃を持った。
 ブシュッという空気の抜ける音がして、そぞろにハッチが上がっていく。そして、視界に
人のシルエットが入った瞬間、ステラは思い切ってトリガーを引いた。
 「うわーっ!」
 バァン、パァン、パァン――ステラはギュッと目を瞑り、何度もトリガーを引いた。乾いた
発砲音が響き、やがて、カチッ、カチッ、という弾倉が空になった音に変わった。
 辺りが静かになる。ステラは徐に瞼を上げ、様子を窺った。
 コックピットの入り口には誰も居ない。弾が当たったのだろうか――そう安堵した瞬間、
突然人のシルエットが視界の端からにゅっと現れた。
 心臓が止まりそうなほどびっくりした。慌ててナイフを取り出し、そのシルエット目掛け
て無我夢中に突きを繰り出した。
 「うわっ!?」
 悲鳴を上げながらも、シルエットは素早くかわして見せた。そして、再び突こうとしたス
テラの手首を掴んで、力任せに押さえ込んできた。
 掴まれた手首が締め上げられて、痛みが走った。その痛みにステラは余計に逆上して、
力の限り暴れた。まだ自由な左手で拳を作り、めちゃくちゃに相手を殴りつけた。
 しかし――
 「ま、待てっ! 分かんないのかよっ!?」
 碌に相手の顔も確認せず、思いっきり殴りつけた。だが、酷く慌てた様子で制止する声
は、良く聞いてみれば覚えのあるものである。そこに至ってステラは、ようやく相手の顔を
確認した。
 「……アウ、ル?」
 少しの間を置いて、確かめるようにその名を呼ぶ。目が慣れてきたステラの瞳に映った
のは、アウルの痣だらけになった顔だった。
 「思いっきり殴りやがって、このバカ女!」
 アウルの怒鳴り声も、あまり耳に入ってこない。ステラは固まってしまったかのようにア
ウルの顔をジッと見つめていた。
 その眼差しが、微かにアウルの頬を赤くさせた。だが、やがて何かを悟ったアウルは、
愚痴るように一つ舌打ちをした。
 「……カミーユじゃなくて、悪かったな」
 アウルは、不満そうに口をへの字に曲げつつ、ステラをコックピットから引き上げた。
 外に出たステラの目に、見慣れないモビルスーツが映った。カオスと共にデストロイを
守るように立っている。カラーリングのせいかもしれないが、ステラは何とはなしにそれ
にカミーユが乗っているのではないかと思った。
 アウルは、Ζガンダムを見上げて呆然としているステラを見て、また舌打ちをした。
 「分かっちゃいたけどさ。お前を心配してるのはカミーユだけじゃねーっつーの」
 アウルは、聞こえるか聞こえないかの微妙な大きさの声で、わざとらしく呟いた。
 「……知ってるよ」
 どうせ聞こえてないだろうと高を括っていた。だから、ステラからの反応に驚いた。
 ステラはそっぽを向いていたアウルの正面に回りこむと、にっこりと童女のように微笑
んだ。
 (コ、コイツ……)
 正視できない。アウルにとって、そのステラの穏やかな微笑みはあまりにも眩しかった。
 そして、次の瞬間、アウルの想定を更に越えた出来事が起こった。
 「えっ!? お、ちょ……」
 突然のことに、すぐには頭で理解できなかった。その実感を得られたのは、ステラの綿
のような髪がアウルの頬を撫でた時だった。気付けば、ステラが抱きついていた。
 心臓が、今にも爆発しそうなくらい高鳴っていた。全身が焼けているように熱い。ベルリ
ンは肌を刺すような氷点下の極寒なのに、自分だけ灼熱の砂漠のど真ん中にいるような
気分だった。
 微かに塩っぽい香りがした。その香りが、媚薬のようにアウルの頭をくらくらさせた。
 (よ、よし……!)
 アウルは、そぞろにステラの背中に腕を回した。華奢なその身体を想像し、一段と胸が
高鳴った。何だか、今なら行けそうな気がした。
 だが、その身体を抱き締めようとした時、不意にステラが口を開いた。
 「アウルも、カミーユも、スティングも、みんなステラを助けてくれた。仲間、仲間だよ!」
 ステラが弾むようにそう言った瞬間、アウルはハッとなって回しかけた腕を止めた。
 (そ、そういうことかよ……)
 抱擁の意味を知って、アウルは脱力した。ステラのピュアな声を耳にして、自分が酷く
不埒で破廉恥に思えた。
 (コイツが子供なだけのか、僕がふしだらなだけなのか……)
 いずれにせよ、こんな状況でステラを抱き締めることは出来ないと思った。
 「おい、お前ら」
 その時、不意にスティングから外部スピーカーで呼びかけられ、アウルはビクッと身体
を震わせた。アウルはすっかり二人の存在を忘れていて、また心臓が飛び出しそうにな
った。
 「な、何だよ!」
 アウルは振り返り、粗暴に答えた。カオスの顔が、どこか呆れているように見えるのは
気のせいだろう。
 「ボナパルトからの後退信号はとっくに出てんだ。いつまでもイチャイチャしてねえで、
とっとと帰投するぞ」
 「べっ、別にイチャイチャなんかしてねーよ! こりゃあ、ステラが勝手に!」
 アウルは惜しいとは思いつつも、スティングの茶々を否定しようとステラを乱暴に突き離
した。
 分かり易い奴だな、とスティングは内心で笑う。そうして微笑ましさに一寸だけ目を細め
ると、視線を前方に戻した。
 「……へっ! このまま連中で潰し合ってくれりゃあいいぜ」
 ザフトはもう攻めて来ない。否、攻めてくることが出来ない。何せ、あのふざけた強さを
誇るフリーダムを相手にしなければならないからだ。デストロイが沈黙したことが合図と
なったかのように、フリーダムはその攻撃対象を今度はザフトに定めた。
 傍から見ている分には、楽しめた。フリーダムは疲れた様子も見せずに相変わらずの
強さを見せつけ、ザフトを相手に大立ち回りを演じている。機体を爆発させずに、戦う力だ
けを奪っていく戦法は、さながらアクション活劇の殺陣を観劇しているようだった。そして、
何よりも中には仇敵であるミネルバも含まれている。これが、ほくそ笑まずにはいられな
かった。
 少しして、アウルとステラがアビスへの搭乗を完了した。スティングが二人に先に帰還
するように促すと、アウルは一寸訝ったが、ステラとコックピットで二人きりというシチュエ
ーションが恥ずかしいのか、慌てたように後退していった。
 それを見届けると、スティングはΖガンダムに視線を移した。Ζガンダムは、食い入るよ
うに戦闘に見入っていた。それが、スティングに違和感を与えていた。
 カオスのマニピュレーターをΖガンダムの肩に置いた。接触回線以外で、モビルスーツ
同士でこんなことをする意味は全く無いのだが、スティングはあえて擬人的な動きをカオ
スにさせた。
 「来るよな、カミーユ?」
 どこかカミーユの腹を探るようなスティングの言葉だった。カミーユが、今にもザフトとフ
リーダムの戦いに飛び込んで行きそうだったからというのもある。しかし、一番の要因は、
カミーユの雰囲気がそれまでと明らかに変わったように感じられたからだった。
 (カミーユは、記憶を取り戻してるのかも知れねえ……)
 それがスティングの腹だった。
 数拍の間を置いて、Ζガンダムの頭部が振り向いた。その双眸がグリーンの光を淡く瞬
かせると、「そりゃあ行くさ」というカミーユの返答があった。その途端、スティングの妙な緊
張は解け、安堵が生まれた。
 Ζガンダムとカオスはモビルアーマー形態に変形し、先行して帰還したアビスを追った。
 カミーユはリニアシートから身を乗り出して後方を見やり、「クワトロ大尉なら、大丈夫だ
とは思うけど……」と呟いた。
 戦闘の光は、まだ暫くは消えそうに無かった。
 
 相変わらずの凄まじい強さでザフトを蹂躙する。フリーダムは例の如く戦闘能力だけを
奪い、止めは決して刺さない。
 シャアは、その戦法が鼻持ちならなかった。その高潔な志は理解しつつも、それは高慢
な人間のすることだと思えたからだ。フリーダムは、自分以外を明らかに見下しているよ
うに見えた。
 今や連合軍は撤退していた。そして、その撤退の間にフリーダムによって無力化された
ザフトは数知れず。その結果、それまで曖昧な位置づけにあったフリーダムは、遂に完全
な敵として明確に認定されたのである。
 そのフリーダムに対し、烈火の如く果敢に挑むはシンだった。
 「アンタは一体、何なんだ!?」
 もう、何も気兼ねする必要は無い。フリーダムの暴挙も、シンにとっては自己を正当化
するための都合の良い口実でしかなかった。
 ベルリン駐屯軍は、対デストロイ戦で疲弊しきっていた。シャアとハイネはアークエンジ
ェルやムラサメの対処に当たっている。フリーダムに対抗する戦力は、己のみ。シンにと
って、願っても無い巡り合わせだった。
 ビームサーベルで何度も斬りかかる。枷の外れたシンは、衝動の赴くままひたすらにフ
リーダムを攻撃し続けた。
 対し、フリーダムは先ほどまでの一騎当千状態とは打って変わって、インパルスに対し
ては防戦一方だった。シンの攻撃に対しても、回避やシールド防御ばかりで、反撃も儘な
らない。
 しかし、それはシンに力負けしているからではない。そこには、キラの個人的な主義が
あった。
 キラは、何とかインパルスの隙を見つけて、抵抗できないように組み付いた。目的は、
接触回線による直接通信だった。
 「止めてくれ!」
 キラは必死にシンに呼び掛けた。
 「君の相手はしたくないんだ!」
 「フリーダムの声……?」
 意図してなかった呼び掛けに、シンは眉を顰めた。
 誠実そうで人当たりの良さそうな、若い男の声だった。しかし、その人畜無害な感じが、
寧ろシンの神経を逆撫でた。
 極悪非道なフリーダムのパイロットが、こんな声をしていて良い筈がない。もっと下衆
で下品な口調で罵詈雑言を浴びせてくるようでなくては――だが、シンの耳に聞こえてく
るのは、真面目そうな青年の、切実な思いが込められた声だった。
 シンは、それが気に食わなくて仕方なかった。しかし、フリーダムを無理矢理に引き剥
がそうとするも、パワーの違いかビクともしない。
 「君を相手に上手く手加減して止められる自信が無い。僕たちは、ただこの戦いを止め
させたかっただけなんだ。だから、このまま大人しく引いてくれ。もう、これ以上犠牲者を
増やす必要は無いだろう」
 「な、何だと……!?」
 「討ちたくない……討たせないで」
 シンは一瞬、我が耳を疑った。
 (コイツは一体、何を言ってるんだ……!?)
 シンにとっては、衝撃的な発言だった。キラの言い分だと、まるで自分の方が圧倒的に
実力が上で、やろうと思えばどうとでもなると言っているようにしか聞こえなかった。
 しかし、頭にきたのは、そんなことではない。
 シンはフリーダムの腹に蹴りを入れて強引に突き放し、再びビームサーベルを振るった。
 「――ふざけるなっ!」
 激昂が口から吐き出された。堪え切れない激しい憤りが、シンの身体を食い破って出て
きたかのような声だった。
 「アンタは殺したじゃないか! 何の罪も無い、無力な人々を! 何人も!」
 「な、何を……!?」
 インパルスから聞こえてきた、自分よりも若い少年の声。その理解できない、ただ事では
ない怒りに、キラは動揺した。
 インパルスの、勢いだけの斬撃。出鱈目とも思えるビームサーベルの太刀筋は、しかし、
逆に予測が難しく、キラを後手に回らせた。
 (違う……! それだけじゃない!)
 何度目かの攻撃を受けて、フリーダムのシールドのビームコーティングが次第に限界を
迎え始めた。インパルスの刃が、少しずつフリーダムのシールドを抉っていく。
 それは、シンのパイロットとしての次元が、キラに近づきつつあるということの証左だった。
 それまではフリーダムの力を当て込んで、その天才的なパイロット技術で以って他を圧
倒してきた。誰も死なずに戦いが終わるなら、それに越したことはない。
 だが、それが通用しない相手が現れた。インパルスは遭遇するたびに強く、そして執拗
になっていった。インパルスの存在は、今やキラにとって頭痛の種となっていた。
 殺す気で掛からなければ、止められない。だが、それは最後の手段であり、本意では
ない。
 (何とか戦いを避けられないのか……!?)
 キラはもう一度、シンに呼びかけた。
 「待ってくれ! 僕が一体、君に何をしたって――」
 「二年前、オーブでえっ!」
 シンの咆哮が轟く。その時、遂にインパルスのビームサーベルがフリーダムのシール
ドを切り裂いた。
 危険を察知した。インパルスが再度ビームサーベルを振り上げた姿を見た時、次にそ
れに切り裂かれるフリーダムのイメージが浮かんだ。
 咄嗟だった。キラは自分でも覚えてないほどの早業で、機体を敵に突っ込ませた。
 タックルして、そのままスロットルを全開にしてインパルスを岩に叩きつける。大きな衝
撃は、しかし、フェイズシフト装甲同士の両機にさほどのダメージを残さない。
 純粋なパワーならフリーダムの方が上だった。インパルスはフリーダムに押し込まれ、
もがき苦しむように手足をばたつかせた。
 だが、これでは何の解決にもならない。インパルスの双眸が尚も強い光を放っている
のを見て、キラは覚悟を決めたように唾を飲み込んだ。
 インパルスのマニピュレーターが、フリーダムの肩を掴んだ。ハッと息を呑んだ瞬間、
シンの地獄のマグマを啜ったような苦々しい声がキラの耳に運ばれてきた。
 「……俺はあの時、オノゴロ島から逃げてる途中だった……! みんな、必死だったん
だ……! いたんだよ、アンタが戦っている下で、俺や……俺の家族が……!」
 シンの声は静かながらも、深い憎しみと怒りに満ちていた。
 それは、いつ味わっても慣れることの無い、嫌な感覚だった。キラの脳裏に仮面の男
の顔が過ぎると、次に二年前のオーブでの戦いが蘇ってきた。
 オーブの解放を謳った連合軍の侵攻に抵抗した戦いだった。様々なことがあった戦い
だったが、その結果、オーブは連合軍に占領され、ユニウス条約が締結されるまで大西
洋連邦の支配下に置かれることとなった。
 あの時は、抵抗することだけで精一杯だった。連合軍の物量の前にオーブの防衛は絶
望的で、結局は敗走のための戦いでしかなかった。
 (彼が、あの時の当事者……?)
 回想から戻ると、いつの間にかインパルスがフリーダムを押し返す兆しを見せていて、
キラは慌てて戻しかけたスロットルを押し込もうとした。
 「でも、アンタの戦いに巻き込まれて、みんな死んだ……! 俺の両親も、妹も……俺
だけが生き残ったんだ……! ――アンタに! 家族を殺したアンタに復讐するために、
俺は!」
 刹那、インパルスの胸部チェーンガンが火を吹いていた。
 その声に怯んだからなのか。キラは驚き、思わずスロットルを緩めてしまった。
 シンはその隙を見逃さなかった。一気にフリーダムを突き放し、ビームライフルで何発
もビームを浴びせた。
 片やキラはビームサーベルを抜き、インパルスの放った直撃弾を全て弾いた。その奇
跡のような神業は、シールドを失ったが故の苦肉の策である。
 しかし、その曲芸まがいが逆にシンの怒りの炎に油を注いだ。
 「アンタが殺したんだ! あの時! そのモビルスーツで! その手で! なのに……!」
 シンは全身を強張らせた。怒りが強すぎて、身体の震えが止まらない。
 「討ちたくないとか、戦争の道具(モビルスーツ)使って甘ったれたことを抜かすなあっ!」
 シンは涙していた。こんな、戦争に対する覚悟も持たない人間に家族を殺されたのかと
思うと、悔しくて仕方なかった。
 ビームライフルを放り捨て、ビームサーベルを抜いてフリーダムに迫る。
 ビームサーベルで決着を付けることに、拘りたかった。そうでなければ、二年前にオノ
ゴロ島で死んだ家族の無念に報いることにはならないと思い込んでいた。
 「アンタに分かるか!? マユは腕だけで、血のにおいしかしなくて……あんなに……
あんなに元気だったのにいっ!」
 フリーダムはビームライフルで抵抗した。だが、最早シンに避けるという思考は存在し
ていなかった。シールドでビームを防ぎつつ、一直線にフリーダムに迫る。
 キラの狙い済ました一撃が、インパルスの左肩間接を射抜いた。しかし、左腕がもげ
落ちようとも、奥まで押し込んだレバーを持つ手は一切揺るがない。
 そして、インパルスの全加速を乗せた体当たりが、フリーダムに炸裂した。
 凄まじい衝撃がシンを襲った。ベルトが骨を軋ませるほどに食い込み、その激痛に思
わず顔を顰めた。しかし、シンはその痛みを気力で即座に克服した。
 フリーダムは雪面に倒れたのだ。またとない好機が、そこに転がっている。痛がってい
る暇など、一瞬たりとも無かった。
 「逃がさない! みんなのカタキだーっ!」
 フリーダムに向かって、大きく跳躍した。その怒りと憎しみの全てを刃に乗せて、シンは
フリーダムに止めを刺すべく躍り掛かった。
 「……あぁっ!?」
 だが、次の瞬間、シンを待っていたのは仇討ちの成就ではなく、自らに向けられた銃口
だった。
 それは、怒りに身を任せたが故の不覚だった。必要以上の大きな跳躍はキラに十分な
時間を与え、逆転を許す好機を献上する結果となった。
 インパルスは既に落下軌道に入っていた。全開のバーニアに自重を乗せた加速は、今
さら軌道を変えることも叶わず、ただ一直線にフリーダム目掛けてビームサーベルを振り
かぶる。その先に待つ、絶対的な死の予感を与えながら。
 シンの顔が凍りつく。波が引くように怒りが消えていき、そして、次に押し寄せてきた大
波は、心の全てを支配してしまうほどの絶望だった。
 (俺も、殺されるのか……?)
 避けようのない死を前に、シンは慄然とした。
 (父さん、母さん、マユを殺したのと同じ奴に……)
 ――復讐からは何も生まない。ただ、虚しさを煽るだけなのだ
 いつかのシャアの言葉が、脳裏を掠めた。
 (復讐に、殺される……)
 それが憎しみに身を焦がした者の末路なのか。悟ったシンの瞳に映るフリーダムの銃
口には、躊躇いは感じられなかった。
 キラに狙いを定めている余裕は無かった。ただ、撃たなければ自分が死ぬ。ハッキリし
ているのは、それだけだった。そして、それを意識した時、キラの指は自然とトリガースイ
ッチに添えられていた。
 (迷っている暇は……!)
 照準は、インパルスの中心を収めていた。キラは、躊躇う自分が出てくる前にボタンを
押した。
 しかし、フリーダムがビームを撃つのと、グフ・イグナイテッドがインパルスを突き飛ばし
たのは同時だった。キラの視界からは白いシルエットが消え、代わりにオレンジの陰が
紛れ込んできた。
 一閃のビームが、グフ・イグナイテッドの脇腹を貫いた。一瞬、時間が制止したかのよ
うな静寂に包まれた。
 そして次の瞬間、まるで世界が一気に色褪せていくような感覚がした。シンは、その中
でハイネの声を聞いた。
 ――お前は、復讐鬼なんかじゃねえ。ミネルバ隊所属のザフトレッド、シン・アスカだろ
うが
 シンの瞳の中で、グフ・イグナイテッドは内側から弾けるように散った。
 
 ――その瞬間、誰かが肩を叩いたような気がした。
 「ハイネ……!?」
 シャアは、それでハイネが逝ったことを悟った。
 相手はバルトフェルドのムラサメだった。いい腕をしていたが、機体の性能差は明白だ
った。シャアは今やバルトフェルドを追い詰める寸前にまで至っていた。
 ハイネが逝ったのは、そんな時だった。シャアは一人、人知れず奥歯を噛んだ。
 (分かっている、ハイネ……)
 横合いからのビーム攻撃を受ける。明らかにバルトフェルドを援護する攻撃だった。シ
ャアはそれをひらりとかわし、カメラを射線元へと向けた。フリーダムである。フリーダム
はシャアに掣肘を加えると、バルトフェルドのムラサメを伴い、アークエンジェルへと後退
していった。
 
 インパルスはグフ・イグナイテッドの残骸が落下した地点で佇んでいた。その足元で、シ
ンが四つん這いになって全身を震わせていた。
 シャアはセイバーを着陸させ、機体を降りた。シンは気付いているだろう。しかし、人目
も憚らずに嗚咽を漏らし、むせび泣いていた。
 「俺が……俺が身勝手なことばっかりやって……ハイネの言うことも聞かずに、憎しみ
でフリーダムと戦ったから、ハイネは……っ! 俺は……何で……っ!」
 焼けて黒焦げになった残骸が余熱で雪を溶かして、その周りだけ黒い地肌が露出して
いた。
 シャアはバイザーを上げ、重く圧し掛かるような曇天を仰いだ。つらつらと降る雪は、や
がてそんな残骸やシンの涙でさえも覆い隠していくのだろう。無常だな――シャアの呟き
は、誰にともなく囁きかけられた。
 「シン。君は、ハイネの遺志を継いでいかなくてはならない。君は、彼に生かされたのだ
から」
 シンは、暫くは立ち上がれそうになかった。いま少しの間は、それで構わないと思う。悔
いる心が無ければ、シンはきっと同じ過ちを繰り返す。
 しかし、戦士である以上、いつまでもこのままにさせておくわけにはいかない。例え自力
で立ち上がれずとも、無理矢理にでも立ち上がらせるつもりでいた。それが、ハイネとの
約束でもあるからだ。
 だが、そんなシャアの思いは杞憂に終わった。シンは不意に立ち上がると、シャアに促
されるでもなく、自らインパルスに向かった。
 その掌(たなごころ)に、銀色の羽を抱いて……