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SEED DESTINY × ΖGUNDAM 〜コズミック・イラの三人〜 ◆1do3.D6Y/Bsc氏_第19話

Last-modified: 2013-10-30 (水) 02:58:08

 「何だったんです、今の?」
 シャアに問いかけるシンの声には、少なからずの動揺が混じっていた。無理もない。シ
ャア自身、その正体がカミーユの放つプレッシャーと分かっていても冷や汗が止まらな
かったのだから。
 改めて思う、カミーユ・ビダンの素質の高さ。ニュータイプではないシンにまで本能的に
警戒させる能力の高さは、自身とは比べようもなかった。
 (あれが、ニュータイプか……)
 冷静に認識する一方で、微かな羨望がある。ララァ・スンの褐色の肌に触れたシャアに
は、カミーユがどれだけニュータイプとして優れているのかが、手に取るように分かった。
 それは、シャアが決して手にすることが出来ないセンスだった。シャアは、自分がララァ
と同じ領域に踏み込むことは決してできないことを知っていた。
 それは哀しくもあり、遺憾でもあった。そして、今も残酷にシャアを惑わしていた。
 カミーユの素養は宝だ。それをここで潰してしまうのは惜しい――そう考えるシャアは、
打算を打算だとは思わなかった。
 Ζガンダムは標的をレジェンドに改めた。レイは、まだプレッシャーのショックが抜けて
いないのだろう。ビーム攻撃を受けると、易々とエクスカリバーを貫かれてしまった。
 デスティニーとインパルスが、レジェンドに加勢する動きを見せる。
 (まずいな……)
 シャアは内心で呟くと、時計に目をやり、シンに「待ちたまえ」と声を掛けた。
 「何なんです!?」
 シンは少し苛立たしげにしながらも、立ち止まった。インパルスも、それに引きずられる
ようにブレーキを掛ける。
 「作戦時間が押しているようだが?」
 シャアが指摘すると、「えっ?」とシンは慌てて時計に目をやった。
 作戦開始から、既に三時間近くが経過しようとしている。
 「これ以上ここの攻略に時間を掛けると、ターゲットに逃げられかねないと見るが、どう
か?」
 水を向けるように問う。シンは暫時、答えなかったが、どうやら思案しているようだった。
 戦いの趨勢がザフトに傾いて、それなりの時間が経っている。情勢がヘブンズベース
の司令部に伝えられて、それを聞いたロゴスの構成員たちが脱出を検討していてもおか
しくない時間帯に入りつつある。
 オペレーション・ラグナロクの本懐は、ヘブンズベースの陥落ではない。逃げ込んだロ
ゴスの構成員を確保することにある。それを取り逃がしては、元も子もない。
 「――突入します!」
 デストロイは、パイロットが気絶でもしてしまったのか、先ほどから沈黙を保っている。
レジェンドがΖガンダムを引き付けている今、ヘブンズベースの本丸への障害が全て取
り除かれたということになる。そうとなれば、シンのやるべきことは一つだった。
 「ルナは俺と来てくれ! クワトロさんには、レイのフォローを頼みます!」
 「了解した。後続の制圧部隊が入るまでの時間を考えれば、ギリギリのはずだ。急い
でくれ」
 「信じてますからね?」
 シンは、暗にカミーユのことを指摘していた。シャアは臆面も無く、「勿論だ」と答えた。
 「今日までの働きは、信じてもらいたいものだな?」
 「――ですね。行きます!」
 デスティニーとインパルスはヘブンズベースの中枢部へと向かった。シャアはそれを
神妙に見送りながらも、内心ではほくそ笑んでいた。
 (厄介払いはできた。さて、上手く立ち回れるかな……?)
 ふと、デストロイに目を向けた。相変わらず、石造にでもなってしまったかのように微動
だにしない。機能不全にでも陥ってしまったのだろうかとも考えたが、未だにヴァリアブル
フェイズシフト装甲が維持されていることが、却って不気味だった。
 (余計なことはしてくれるなよ……)
 デストロイに大人しくしていてくれと念じながら、シャアはセイバーを加速させた。
 カミーユと交戦を続けるレイには、まだ少なからずの動揺が見られた。繊細な感受性の
持ち主なのだろう。プレッシャーを放つカミーユに得体の知れないものを感じているらしく、
重力下での自由飛行が可能であるという圧倒的利点を持ちながらも、レイは不用意な接
近戦を避けようと注意を払っているようだった。
 しかし、その消極的なレイの姿勢は、シャアにとっては好都合だった。
 レイの遠距離からの攻撃が上手い具合に牽制になって、Ζガンダムへと接近するシャ
アの援護になった。シャアはレジェンドのビームをかわすΖガンダムの動きを見極めると、
ビームサーベルを抜いて飛び掛った。
 完全に不意を突いた一撃だった。しかし、カミーユの感知能力は並大抵ではない。シャ
アの奇襲に対しても、気付かないわけがなかった。Ζガンダムはセイバーが振るう光刃
を鋭く後ろに飛び退いてかわすと、すかさずビームライフルで反撃してきた。
 シャアは着地と同時にセイバーの身を深く沈めて、ビーム攻撃をやり過ごした。と同時
にスロットルを全開にし、地面を蹴って猛然とΖガンダムに突進した。
 猛烈な勢いで突っ込んでくるセイバーを、カミーユはシールドを構えて受け止めた。し
かし、そのチャージングの威力は大きく、Ζガンダムは車にひかれたようにはね飛ばされ
た。
 「クワトロさんか!?」
 レイは、その一連のシャアの攻撃を見ていて、よくもあんな気味の悪い相手に向かって
接近戦を仕掛けられるものだな、と半ば呆れながら感心していたが、Ζガンダムがバラ
ンスを崩したと見るや好機と睨んで、バックパックにマウントされているドラグーンの砲口
を全て前に向けてビームのシャワーを浴びせた。
 カミーユの頭上から、ビームが降り注ぐ。全天スクリーンの中で体験するそれは、さな
がらビームの雨に打たれているかのようだった。
 しかし、それは一粒でも当たればマグマのように身を焼く恐ろしい光である。鋼鉄のモ
ビルスーツの中とはいえ、その恐怖と緊張感はカミーユの防衛本能を刺激して、更なる
認識力の拡大を呼んだ。
 降り注ぐビームの雨を、Ζガンダムはアイススケートのように地面を滑ってかわした。
ホバーによって巻き上げられる土煙を辿って、レジェンドのビームが追う。岩のように固
い土塊が飛び散り、それは地上絵のような一本のラインを地面に引いた。
 その道筋の先端を、シャアは狙った。アムフォルタスビーム砲の激烈な光線が伸びて、
それがΖガンダムを掠めた。シールドで直撃を防いだのだろう。Ζガンダムのシールドの
黒い部分から、粒子の残滓か火花のような光塵となって散っていた。
 優れたニュータイプと言えど、人間である。人間である以上、できることには限りがある。
カミーユはレイとシャアの攻撃を読めるほどに認識力を拡大させていながらも、肉体の
反応がそれに追いつけていなかった。
 カミーユが圧倒的劣勢である事実は、覆せなかった。そのことが、次第に落ち着きを
取り戻しつつあったレイにも分かるようになってきた。不気味な相手であっても、恐れる
必要は無い。相手は間違いなく苦しいのだと。
 (それなら……)
 レイはチラとデストロイを一瞥した。未だに動き出す気配を見せないデストロイは、モ
ニュメントそのもの――まるで隙だらけであった。カミーユが切羽詰っているのなら、デ
ストロイに止めを刺すことも可能なのではないかとレイは考えた。
 セイバーのアムフォルタスビーム砲で、Ζガンダムは足を止めていた。レイはそこを狙
うことも出来たが、あえてそうしなかった。セイバーが間合いを詰めていたというのもある
が、それ以上にデストロイに止めを刺す絶好の機会であると捉えていた。
 レイはデストロイに向かって反転すると同時に、ビームサーベルを抜いた。停止してい
るとはいえ、まだバリアは健在かもしれない。レイは、確実な止めを欲していた。
 スロットルを全開にして、一挙にデストロイとの距離を詰める。肉薄されても、デストロ
イが動き出す気配は無い。
 (貰った!)
 ビームサーベルを振りかぶり、レイは心中で叫んだ。
 だが、その時、レイは何かを感じて、咄嗟に制動をかけた。すると次の瞬間、正面スク
リーンが一瞬斜めに二分割された。
 「ビーム攻撃!?」
 思わず息を呑んだと同時に、急速後退をかけた。咄嗟の直感的な反応が、レイをあと
少しのところで救っていた。
 「この状況で狙撃だと……!?」
 射線元に目を転じると、片膝を着いたΖガンダムがビームライフルを構えていた。セイ
バーの攻撃をかわして、その流れで狙ったのだろう。それは、ウサギ並みに視界が広い
か、もう一つ別方向を見る目が無ければできないような芸当だった。
 (奴にも目がある……フラガの認識能力のような何かが……)
 かつてのシャアの仲間だからと、どこか容赦する心があったのかもしれないと思った。
しかし、その手心が相手の増長を招いたのだとすれば、それは自らの誤りだったと認め
なければならない。その上、カミーユが危険な能力の持ち主であると確信を深めれば、
レイの思考は自ずと固まった。
 「……Ζは撃墜します。よろしいですね、クワトロ・バジーナさん?」
 通信回線を開き、シャアに伺いを立てる。セイバーの頭部がこちらを向いて、了解した
ように一つ双眸を瞬かせた。
 「無論だ、レイ・ザ・バレル君。私はザフトだよ」
 「……本当によろしいのですか?」
 シャアの冷血な返しに、レイは思わず念を押した。
 「カミーユが敵になるのを止めないというのなら、止むを得まい」
 シャアは、事も無げに答えて見せた。
 返答いかんに関わらず、レイはΖガンダムを排除するつもりでいた。だから、シャアの
回答に多少、拍子抜けさせられた。これまでの経緯から、もっと抵抗されるものだと予想
していたからだ。
 だが、良い返答を貰った。シャアが何の躊躇いも無く賛同してくれたお陰で、気兼ねな
くΖガンダムを攻撃することができる。もう、容赦する理由はなくなったのだ。
 (あの人も、ようやく割り切ってくれたか……)
 シャアのネックは、カミーユの存在だった。元々、シャアのパイロットとしての技術に関
しては、レイは高い評価をしていた。だから、フリーダム攻略のためのアドバイザーを頼
みもした。しかし、カミーユが絡むとなると途端に精彩を欠くシャアが、非常に勿体ないと
も思っていた。
 だから、シャアの返答は、その枷が外れた証としてレイは解釈していた。これならば、
Ζガンダムを排除することも容易いとレイは確信していた。
 ケリは早急に付ける必要がある。デストロイが、いつ再び動き出すやも知れぬ状況で
ある。レイはシャアと連携をとり、Ζガンダムを追い込んでいった。
 だが、レイには、まだカミーユに対する苦手意識があった。それでなかなか間合いを詰
められずにいるのだが、レイの攻撃を消極的にさせている要因は、もう一つあった。それ
は、シャアがスッポンのようにしつこく接近戦を繰り返していることだった。
 お陰で、誤射を避けるためにレイの攻撃の機会がいくらか失われる場面もあった。だが、
レイはその積極果敢なシャアの攻めを、未練を断ち切る決意表明のようなものだと捉え
て、あえて口を出さずにいた。
 (あの人は覚悟を決めた。なら、それに応えるためにも、俺が上手くやって見せなけれ
ば……!)
 レイは忍耐強く心中で念じ、シャアのリズムを読もうと躍起になった。
 そういうレイの殊勝さに、シャアは多少の後ろめたさを持っていた。
 (マセた少年だとは思うが、少年は少年。まだ純だな……)
 しかし、後ろめたさといえども、風が吹けば飛んで行ってしまう程度の罪悪感である。
それが、シャアの良心を痛めるようなことは無い。
 シャアは、カミーユを攻め立てる一方でレイの動きにも気を配っていた。それは、レイ
の純粋さを利用していると言えた。シャアはそうして、機会が訪れる時を待っていた。
 その目論見の断片は、最も近くで相対しているカミーユに少しずつ伝わっていた。
 (もしかして、大尉は本気で攻撃してないんじゃ……?)
 噛み合わないセイバーとレジェンドの連携を見ていて、カミーユは次第に疑念を抱きつ
つあった。それも、シャアの計算の内である。意図を共有できれば、事を容易に進めら
れる。洞察力に優れたニュータイプであるカミーユならば、必ず意図を汲んでくれるもの
と踏んでいた。
 しかし、シャアは一度侮った相手を読みきれない男だった。
 誤算だったのは、レイが急激にシャアの攻撃のリズムを把握しつつあったことだった。
レイはその殊勝さと認識力の高さで、シャアとのバラバラの連携を急速に修正しつつあ
ったのだ。
 苛烈になっていく攻撃に対して、カミーユは追い詰められている自覚があった。レジェ
ンドのビームが、確実に脅威になりつつある。その上、セイバーの攻撃に対してさえも気
が抜けなくなってきているのは、明らかに疲労による集中力の低下が引き起こしている
ことだった。
 「ここまで来て……!」
 ネオは、すぐそこにいる。だが、その僅かな距離が果てしなく遠い。
 窮境が、気力を下げている。それは、弾みだった。何気なく撃ったセイバーのアムフォ
ルタスビーム砲がΖガンダムの足元に着弾して、その爆発で大きくバランスを損ねた。
 (不味い!)
 途端、シャアは思わず声に出しそうなほどに激しく心中で臍を噛んでいた。シャアとの
連携をモノにしつつあるレイが、それを見逃すはずが無かった。
 レイは、素早く照準をΖガンダムに絞った。
 「覚悟を決めたクワトロさんのためにも、このチャンスは――!」
 照準の中心にΖガンダムを収める。後は発射スイッチを押すだけだった。しかし――
 「――んっ!?」
 その時、不意に脳裏を掠めた不安が、咄嗟に回避行動を取らせていた。
 つい数瞬前までレジェンドが存在していた空間を、一条のビームが走った。
 「うっ……!」
 何度も打ち寄せる波のように、一度は引きかけた不安が、今度は更に大きな波となっ
て押し寄せてきた。レイはそれを認識すると、更に大きく回避行動を取ってビームシール
ドを展開した。すると、その不安の大きさに比例したような強大なビームがレジェンドの付
近を通過した。
 両腕のビームシールドを連ねて防御面積を増やしていなければ、或いは致命的だった
かもしれなかった。事実、ビームシールドでカバーし切れなかった下半身の脛の辺りは、
ビームの熱によって装甲が焦げ付いていた。
 「……チィッ!」
 射線元に目を転じた先に、片膝を着いて前かがみになっているデストロイの姿があっ
た。今しがたの強力な一撃は、その背部のバックバックから伸びる、左右二連装の砲塔
から撃たれたものだった。
 アウフプラールドライツェーンは、都市の一つを軽く壊滅させられるだけの威力を誇って
いる。再起動したデストロイはレジェンドが怯んだと見るや、徐に立ち上がり、その巨体を
のっしのっしと揺らしながらこちらに向かってきた。
 「自分から来るか!」
 レイはデストロイと正対した。デストロイは右腕を失っていたが、尚も豊富な火器を有し
ている。その砲口から放たれる強力で数の多いビームやミサイルの砲撃の中を、レイは
ステップを刻むようにかわしてデストロイに迫った。
 「いいだろう! アル・ダ・フラガの呪われた遺産は、全て排除する!」
 バックパックのドラグーンを連装ビーム砲として使い、レイはビームを乱れ撃ちした。だ
が、デストロイの陽電子リフレクターは案の定、レジェンドのビームを寄せ付けない。それ
ならばと、レイはビームサーベルを抜き、接近を図った。
 デストロイは弾幕を張ってレジェンドの接近を拒んでいた。レイはビームシールドを駆使
してそれを掻い潜り、肉薄した。振り上げた光刃がしなり、デストロイの左肩の辺りを斬り
つけた。
 「――浅いか!」
 高熱の刃はデストロイの漆黒の装甲を溶断していたが、それは人間で言えば皮膚を切
られただけのようなものだった。長さが足りない。エクスカリバーよりリーチが短いビーム
サーベルでは、もっと踏み込んだ攻撃でなければ効果的なダメージは与えられない。
 アウフプラールドライツェーンの一撃が、無意識の内に及び腰にさせていたのか。レイ
は固く操縦桿を握り直し、「なら、今一度だ!」と自らに発破を掛けた。
 反撃の弾幕をかわしながら、一旦距離を置き、再び肉薄する。今度はデストロイを迂回
するように回り込み、背後から斬りかかった。
 しかし、そこをΖガンダムが狙っていた。Ζガンダムはビームライフルで迫撃すると、左
手にビームサーベルを握って、果敢にも空中でレジェンドに格闘戦を挑んできた。
 「迂闊な!」
 鳥のように自由飛行が出来るレジェンドに対し、Ζガンダムはバーニアの力を利用して
いるとはいえ、言わば跳躍しているだけ。空中戦におけるアドバンテージは完全にレジェ
ンドにあった。
 まともに相手をする必要は無い。刃を交わすことなくいなすだけで、簡単にΖガンダム
は無防備になる。後は、その背中にビームを撃ち込むだけで楽に撃墜できる――はずだ
った。
 レイは、頭の中で思い描いていた通りに実行しようとした。しかし、そのビームサーベル
の軌道を予測し、かわそうとした時、その太刀筋が不意に変化した。
 「何っ!?」
 レイは咄嗟にビームシールドで防御していた。間一髪である。ほんの一瞬反応が遅れ
ていたら、Ζガンダムのビームサーベルはレジェンドを斬っていた。
 (俺の動きを先読みしていた……?)
 そうとしか考えられない太刀筋だった。予め、レイの思考を読んでいたかのような。
 (バカな! そんな人間がいるというのか……?)
 しかし、分からない話ではないかもしれないと、レイはすぐさま思い直した。ナチュラル
でありながら、シャアの腕前はザフトのトップエースにも引けを取らない。それは、Ζガ
ンダムのような怪物が跋扈する世界の戦争を生き延びてこられたからなのだと思った。
 ビームシールドに叩きつけられたビームサーベルの干渉波が、眩い光を放ってレイの
メットのバイザーを照らしていた。レイはその光に目を細めることなく、正面スクリーンの
中のΖガンダムを凝視していた。
 (やはり、Ζは危険な存在だ……!)
 バーニアを噴かすと同時に防御している腕を押し込んで、Ζガンダムを弾き飛ばす。そ
うしてバランスを崩したところに、バックパックの連装ビーム砲の照準を合わせた。
 だが、注がれるデストロイの弾幕が、レイに発射スイッチを押させなかった。
 「貴様っ!」
 レイはその場を急速離脱し、ビーム攻撃から逃れた。
 翻弄されているという認識があった。デストロイもΖガンダムも撃墜したいという欲が、レ
イの注意を散漫にさせている。デストロイとΖガンダムは、その隙を突いて連携しているよ
うに感じられた。
 (だが、そんなはずはないのだ……)
 カオスはデストロイによって無残なことになった。そのカオスと同胞であるΖガンダムが、
デストロイと連携するはずが無いとレイは思い込んでいた。
 しかし、シャアはそうは見なかった。
 今、レジェンドに浴びせたデストロイの弾幕は、先ほどまでの見境の無い無差別攻撃と
は違っていた。明らかにΖガンダムの位置を意識した砲撃だった。
 (デストロイはレイを退けようとしたのではない。カミーユを守ったのだ……)
 その認識が意味するところを、シャアは何とはなしに理解していた。そして、延いては、
だからこそカミーユはリスクを覚悟でレジェンドに空中戦を挑んだのではないかと考えた。
カミーユは、デストロイからの援護があることを知っていたのではないか。
 本人に確かめなければ、その真相は分からない。だが、シャアの目にはそのようにし
か見えなかったというのも事実だった。
 デストロイの再起動で、状況がどのように転ぶか分からなくなってきた。再度、介入す
る必要性を感じたシャアであったが、その焦燥を煽るように妨害するビームがある。つい
先ほど、デストロイが再起動した頃に現れたアビスが、ずっとシャアをマークしていた。
 「今頃出てきて……!」
 シャアは忌々しげに呟きながら、アビスへの対応を強制させられていた。
 アビスは、戦力を拮抗させるために出現を期待していたモビルスーツだった。カオス、
Ζガンダムを見て、その存在が欠けていることに気付いたシャアは、アビスが必ず戦線
に駆け付けて来るであろうことを予期していた。
 しかし、デストロイが再起動し、あまつさえカミーユと連携するようになった今、アビスは
寧ろ単なる邪魔者でしかない。完全にシャアの誤算である。
 「ええい、小癪な!」
 アビスのビームがセイバーを掠め、シャアはつい苛立たしげに叫んでいた。そうこうして
いる間にも、レジェンドとデストロイ、Ζガンダムの戦闘は激化の一途を辿っていた。
 レイは、何かに取り付かれたかのように躍起になっている。それは、普段の冷静沈着な
レイらしくない、思慮に欠ける姿に思えた。シャアは、そのことも気になっていた。
 気もそぞろ。アビスのビームがまたセイバーを掠めて、シャアは半ば強制的に意識を正
面の敵に戻さざるを得なかった。
 アビスは火力は凄まじいが、重武装ゆえに運動性という点ではセイバーに劣る。機動力
を活かして対応すれば間違いは起こらない相手ではあるが、気が散っているシャアにとっ
てアウルは手強い相手だった。
 空中からビームを連射して掣肘すると、アビスは地面を蹴って後退した。そうして僅かな
時間を作ると、シャアは急いでレイの戦闘に目を向けた。
 「……!」
 思わず目を見張った。少し目を離しいる間に、状況が一変していた。
 経緯は分からない。が、デストロイは右前腕に続いて左肩から先も切り落とされていて、
一方、レジェンドはビームサーベルを掲げてΖガンダムに斬りかかろうとしていた。
 Ζガンダムはシールドを構えていた。しかし、滞空している状態だった。決して防御面
積が広いとは言えないΖガンダムのシールドである。自在に空中を移動できるレジェン
ドであれば、それを避けて容易に本体を斬ることができる。
 果たして、レジェンドは少し動きを変化させて、Ζガンダムの右側を狙った。Ζガンダム
も咄嗟に反応して向きを変えようとしたが、レジェンドのビームサーベルの方が幾分か早
い。
 だが、それよりも更に早かったのは、デストロイの巨躯だった。
 まるで、倒れ込むようにデストロイはレジェンドの前に入った。それが弾みだったのかど
うなのか、シャアには分からない。しかし、デストロイの巨体がΖガンダムを押し退けたの
を目撃した瞬間、シャアは咄嗟に「庇った!」と声に出していた。
 驚いている間もなく、レジェンドのビームサーベルがデストロイの右肩の内側、人間で
言うところの僧帽筋の上側の辺りから縦に斬り込まれた。
 高熱の刃が鉄を溶融しながら食い込んでいく。レイは、何故Ζガンダムではなくデスト
ロイを斬っているのか、理解できていなかった。デストロイが、自らを盾にしてΖガンダム
を守ったのだという発想が、どうしても浮かんでこなかったのである。
 だが、レイに惑っている時間は無かった。デストロイの頭部が、グリンとこちらを向いた
かと思うと、俄かにその口腔部を光らせ始めたのである。
 刹那、発射されたツォーンの光は、しかし、レジェンドを直撃することは無かった。レイ
が直前に察知して、緊急離脱していたからだ。
 その途端、デストロイの右肩の損傷部が火を噴いて爆発した。爆ぜた拍子にパーツが
飛び散り、右腕が肩口から外れて地面に落ちた。その土煙が収まらないうちに今度は膝
が砕けて、立膝をついた。まるで糸が切れた操り人形のように、項垂れたデストロイの双
眸からは光が失われた。
 
 対空掃射砲ニーベルングが破壊され、ヘブンズベースの中枢が落ちたという連絡が入
ったのは、その直後のことだった。
 
 コックピットの中には、僅かな光しかない。メインスクリーンは死に、辛うじて生き残った
機能が非常灯のようにネオ・ロアノークを照らしていた。
 割れた仮面の破片が、身体中に散らばっていた。爆発の余波はコックピット内部にも及
んでいて、その時に割れたものである。額の辺りに指を軽く当ててみると、ぬるっとした感
触がある。ネオはフッと笑うと、仮面の破片を拾い上げて弱い光に当てた。
 「皮肉なもんだな……」
 醜いと思っていた仮面が自分の命を救ってくれたのかと思うと、ネオは苦笑を禁じ得な
かった。
 ずっと、夢を見ていたようなものだったのだとネオは思う。だが、夢はやがて覚めるもの
である。仮面が砕けた時、ネオは全てを取り戻していた。
 「ロード・ジブリール……大きな貸しが出来たな……!」
 電気系統は殆ど死んでいる。ネオは炸薬によるコックピットハッチの強制排出スイッチ
を押して、ハッチをこじ開けた。
 炸薬の煙が、吸い出されるように外に流れていく。ネオは視界が晴れるとコックピットか
ら身を乗り出した。しかし、膝立ちになっているとはいえ、コックピットから地上までは尚
も二十メートル近くの高さがある。流石に、これを飛び降りることはできない。
 「昇降ワイヤーも駄目、脱出用のパラシュートも無い……チッ、これだから!」
 「そのまま飛び降りろ!」
 立ち往生するネオに、外部スピーカーで身投げを要求する声が聞こえる。直後、デスト
ロイが再び爆発を起こして、ネオは危うく落下しそうになったのを堪えた。
 迷っている時間は無い。デストロイは誘爆が起き始め、本格的に爆沈しようとしていた。
 「南無三!」
 覚悟を決めるしかない。ネオは思い切り足場を蹴ると、出来るだけ遠くへと跳躍した。
 危機一髪。ネオが跳躍すると同時に、デストロイのコックピットが噴火するように爆発し
た。ネオはその爆風にも押されるように宙を舞って、地面への放物線を描いた。
 その放物線の途中に、ネオを待ち受ける鋼鉄の手があった。鋼鉄の手はネオの肢体を
丁寧に受け止めると、滑り落ちないように柔らかく覆った。それは、Ζガンダムのマニピュ
レーターだった。
 「生きてるな、ネオ!」
 そう呼び掛けるのは、カミーユではない。ネオはΖガンダムの指の隙間から顔を出し、
その声のする方向に向かって手を振った。その先には、両腕を失ったカオスの姿がある。
立っているのがやっとらしく、膝をがくがくと震わせていた。
 おぼろげだが、ネオは自覚していた。カオスが大破寸前にまで追い詰められているのは、
他ならぬ自分自身の仕業であるということを。
 (俺は、あと少しでスティングをこの手で殺してしまうところだったのか……)
 そう思うと、身の毛がよだつ寒気がした。
 (そして、俺を悪夢から目覚めさせてくれたのが――)
 「大佐、こちらへ!」
 振り返ると、Ζガンダムのコックピットハッチが開いていて、カミーユが顔を覗かせてい
た。カミーユは操縦桿を操作してマニピュレーターを胸部コックピット付近にまで寄せると、
縁まで身を乗り出して手を差し伸べた。
 「おう、すまないな!」
 野暮なことは聞かないし、言わない。ネオは、ただ有り難く思い、その手を取ってコック
ピットの中へと飛び移った。
 リニアシートの後方に身体を横たえ、カミーユの邪魔にならないようにする。球体の内
側のコックピットは全面がスクリーンになっていて、ネオの下には十数メートルの高さか
ら望む地上の景色が見えた。まるで自分が宙に浮いているような錯覚がして、その独特
な浮遊感に尻の穴が自然と締まった。
 「よし、とっとと逃げるぜ!」
 通信回線の向こうのスティングが言う。少し離れたところでは、アビスがまだセイバー
とレジェンドを牽制している様子が見えた。
 カミーユは「了解」と応じると、ウェイブライダー形態に変形してカオスの前に着陸した。
急いでいるせいか、些か操縦が雑になっている。着陸の衝撃でネオの身体が少しバウ
ンドして、傷に障って軽く呻いた。
 「乗れ、スティング!」
 カミーユが言うと、カオスは倒れ込むようにウェイブライダーに乗った。その衝撃がまた
大きくて、ネオは、今度は少し大きな声で「ううっ!」と苦悶した。
 「痛みますか?」
 機体を浮上させながら、カミーユが聞いてくる。ネオは「ちょっとな……」と言いつつも、
「構わずやってくれ」と続けた。
 「今は、ここからの離脱が最優先だ」
 「はい。――アウル!」
 カミーユはアウルを呼ぶと、ウェイブライダーを加速させた。アビスはありったけのビー
ムをばら撒いて掣肘を加えると、同様に変形してカミーユたちを追走した。
 ウェイブライダーの加速は、打ち身や捻挫で痛んでいるネオの身体に堪えた。だが、そ
れもスピードに乗ってしまえば、殆ど緩和された。
 ネオはごろりと寝返りを打って、後方を見やった。追撃してくるモビルアーマーがある。
それは散漫なビーム攻撃を繰り返していて、その光がイルミネーションのようにネオの周
囲を彩っていた。セイバーが、追撃をしてきていたのだ。
 「いいのか?」――ネオは追撃してくるセイバーを見ながらカミーユに聞いた。
 「あの赤い機体は、クワトロ・バジーナのものなんだろ?」
 セイバーの追撃が見せかけのものだと気付いていながらも、ネオはあえて水を向ける
ようにカミーユに言った。そのカミーユは前方を向いたまま、「いいんです」と淡々とした
調子で答えた。
 「クワトロ大尉と僕は違いますから……」
 はぐらかすように言うカミーユを、ネオはそれ以上追及したりはしなかった。
 セイバーは戦域を抜ける直前で引き返していった。ネオはそれを見送りながら、心中で
シャアに礼を述べていた。
 (容易に包囲網を抜けられたのは、アイツが布陣の薄いところへ案内してくれたからだ
……)
 セイバーの追撃の意味を、ネオは洞察していた。
 
 無事にアイスランドを離れた一行は、その後、モーテルで待たせていたステラを回収し、
当初の目的どおりにオーブへと針路を向けた。
 
 ヘブンズベース本部の陥落によって、状況は制圧戦へと移行していた。一足先に帰投
を許されたレイはミネルバに帰着し、早々にコックピットを降りていた。
 「具合、どうだ?」
 デストロイのビームで焼け焦げたレジェンドの脛を、早速ヴィーノが調べていた。ヴィー
ノは訊ねるレイに向かって、「問題ねえよ」と答えた。
 「ちょっと火傷したようなものさ。ガワを取り替えるだけで済むよ」
 「そうか」
 応じながらも、レイは別のことを考えていた。
 最後のデストロイが爆沈した時、レイはそこから脱出するパイロットの姿を見ていた。長
身で、自分と似たようなブロンドの髪を靡かせて宙に躍ったその男は、想像していた外見
とは異なっていた。
 (あれは、違う……)
 それが率直な感想だった。レイには、ネオがどうしても自分と同種の存在であるとは思
えなかった。
 昇降デッキの動く音が響く。メカニックたちが慌しく動き始め、飛び交う怒号の中でセイ
バーが帰艦したことを知った。
 格納庫に降りたセイバーは、丁寧な足取りで自らの納まる場所に向かった。レイはそ
れを目で追いながら、カミーユたちに追撃戦まで仕掛けたシャアの心中を計った。
 (俺が拘り過ぎなのか? あの人は過去の拘りを捨てて見せた……なら俺も、もっとギ
ルの役に立てるようにストイックにならなくてはいけないんじゃないのか……?)
 セイバーのコックピットから顔を見せたシャアの表情は、至って平静だった。レイは、そ
ういうシャアの非情さは見習わなくてはいけないと感じていた。
 
 基地本部に白旗が上がったのは、間もなくだった。抵抗戦力を失い、戦意を喪失したロ
ゴス陣営は観念して、遂に投降の意思を示したのである。戦いは、同盟軍の勝利で幕を
下ろした。
 その後、ヘブンズベース本部にてロゴス構成員が次々と拘束されたが、過激派ブルー
コスモスの盟主を兼任する肝心のジブリールの姿は既に無く、脱出を許した後であった。
拘束したロゴス構成員を尋問しても、その行方は判明せず、デュランダルはその場で即
座に捜索令を発令した。
 オペレーション・ラグナロクの結果、ロゴスはその力を大きく減退させた。しかし、事態は
最も大きな禍根を残したまま、次の局面へと向かっていく。
 
 
 ヘブンズベース陥落の一報は、ルナマリアが作戦終了後の後始末の合間を縫って教え
てくれた。
 ルナマリアに頼んだのはラクスやアークエンジェルの動向についてだけで、本来はこん
なことまで報せる必要は無かったのだが、何だかんだと不満を持ちつつもルナマリアはハ
マーンに忠実だった。
 その後、ジブリールにだけ逃亡を許してしまったという追加報告を受けたハマーンであっ
たが、特に関心が地球に向かうことは無かった。
 ラクスがプラントに上がっていた。その事実一つに比べれば、地球での諍いなど取るに
足らないことにしか思えなかった。
 
 オペレーション・ラグナロクが終結して間もないある日、ハマーンはキュベレイの最終調
製のため、定期便にて工業コロニーへと移動していた。その機中、ハマーンは普段とは
違うざわついた胸騒ぎを覚えていた。
 乗客の殆どは、工業コロニーで勤務する労働者である。その中には、かつてオーブに
在住していた技術者もいた。以前、アーモリー・ワンにてカガリがデュランダルに、非公式
でありながら会談を申し込んでいたのは、彼らが兵器開発に関与しているという話を聞き
つけて、それに抗議するためだった。
 出港前、いつも予約している窓側の席で、舷窓から見える宇宙を眺めていると、俄かに
誰かが近づいてくる声が聞こえた。どうやら、席を探しているらしい。定期便に乗り慣れて
いないようで、ハマーンは内心で、素人が、と嘲っていた。
 「えーと……B-31、B-31っと。おっ、ここだここだ」
 浅黒い肌の、調子の軽そうな男だった。アロハシャツにテンガロンハットと白いパンツ姿
という、いかにも軽薄そうな出で立ち。しかし、帽子の陰になっている顔には、よく見ると深
い傷が刻まれていて、サングラスの下の目つきは飢えた狼のように鋭く、周りを常に警戒
していた。
 只者ではないことは、すぐに分かった。しかし、何者かは分からない。ハマーンは警戒
しつつも、暫くは大人しく様子を窺うことにした。
 だが、その時だった。
 「こっちだ。お前の席はA-32だから、そっちの通路側だ」
 浅黒い肌の男が連れを呼んで、ハマーンの隣の席を指差す。やがて誰かの気配が近
づいてきて、舷窓を見つめるハマーンの背後に立った。
 「あの……隣、失礼します」
 やや緊張した声色だった。振り向くと。そこには想像したとおりの、少年とも青年ともつ
かないような中世的な顔立ちの男が立っていた。伏目がちで、どこか自信がなさげであ
る。
 ところが、その表情がハマーンの顔を見るや、豹変した。まるで、幽霊でも見たかのよ
うな驚愕を浮かべたのである。
 ハマーンは、その意味にすぐには気付けなかった。
 「どうした、座らんのか少年?」
 ハマーンが促すと、青年は無言のまま軽く会釈をしてから座った。
 出発のカウントダウンが始まった。電光掲示板に表示されたカウントが進み、ゼロにな
ると定期便シャトルは適度な揺れと共に緩やかに加速を始め、宇宙港を出た。
 工業コロニーまでは数十分といったところである。それまでの間、起きている者もいれ
ば軽い睡眠を取る者もいる。ハマーンは前者であったが、隣の青年は些か様子がおかし
かった。身を強張らせ、やたらと居心地が悪そうにしている。
 (それはそうだろうな……)
 ハマーンは青年に流し目を送った。青年はそれに気付くと、すぐに顔を赤らめて俯いて
しまった。可愛げがある坊やだ、と思った。
 機内の時間は穏やかに流れていた。しかし、それは隣の青年には関係が無いようで、
ずっと緊張した面持ちで身を固くしていた。
 やがて、沈黙に耐えかねたのか、「あの……」と青年が徐に話し掛けてきた。
 「ハマーン、さん……ですよね?」
 青年は隣のハマーンにだけ届くような小声で聞いてきた。
 ハマーンは「ほお」と感心しながらも、問い掛ける青年に対して不敵な笑みを浮かべた。
 「だとしたら、どうする?」
 青年の頬を、冷や汗が伝った。脇腹の辺りに、何かしらの固いものが当たっているのを
感じたからだ。
 その時、ふとハマーンは違う視線に気付いた。青年の左隣、通路を隔てた向こう側の席
に座っていた浅黒い肌の男が、自分の左腕に手を掛けて、射るような眼差しでこちらを窺
っていた。その視線から、殺気を感じる。
 青年は、ごくり、と喉を鳴らした。
 「ここで撃つつもりですか……?」
 「これでか?」
 冗談っぽく笑ってハマーンが見せた銃のような形をしたものは、無重力帯で使われる携
帯用のワイヤーガンだった。
 青年の顔に、安堵の色が広がった。向こう隣の浅黒い肌の男も、それを見ると軽く肩を
竦めて姿勢を正した。ハマーンはそれを見ると、フンと鼻を鳴らして青年に目を戻した。
 「そういうお前は、ガンダムのパイロットだろう? フリーダムとか言う……」
 ハマーンは改めて青年に問い掛けた。青年――キラ・ヤマトの顔に、再び緊張の色が
広がった。
 「沈んだと聞いていたが?」
 ザフトの中でも、フリーダムは正式に撃墜されたことになっていた。エンジェルダウン作
戦後、フリーダムが沈んだ海域にて発見された残骸が、決定的な証拠として挙げられた
のである。
 確かにフリーダムは沈んだ。しかし、そのパイロットであるキラは生き延びていた。
 ハマーンの問いに、キラは目を泳がせた。どうやら、敗戦には納得が行っていないらし
い。
 (見た目に似合わず負けん気が強いな……)
 ハマーンは心中で笑った。
 「まあいい。目の前にお前がいる。それが現実だ」
 そう言って許すと、「それにしても……」と繋げて話題を変えた。
 「よく私の名前を知っていたものだな? 教えた覚えは無いはずだが?」
 「ラクスがうわ言で、あなたの名前を呼んだんです」
 キラはそう言うと、ハマーンを複雑な面持ちで見つめた。
 ある時期を境に、ラクスが寝言でハマーンの名前を呼ぶようになった。キラは、何度か
それを耳にしていた。
 最初、それが誰の名前なのか見当もつかなかった。だが、暫くして思い至った。
 地中海沿岸の小さな港町でラクスがはぐれたと聞き、急いでフリーダムで探しに出た。
ようやく見つけ出したラクスは、その時、郊外で二人の女性と会っていた。そして、その
正面に立つ女性だけを妙に熱っぽい瞳で見つめていたことを、思い出したのである。
 その女性こそ、今隣に座っているハマーンだった。
 その帰り、フリーダムの鋼鉄の手の中で西日に目を細めるラクスは、それまで見たこ
とも無いような妖艶さを放っていた。そして、ラクスにそのような顔をさせたのが、かの女
性なのだと直感した時、ハマーンがその女性だったのだと理解した。
 「ほお、ラクスはお前と枕を交わすのか?」
 ハマーンは一寸驚くと、フフフッ、と嘲笑を浮かべた。キラはハッとして、うっかり口を滑
らせた自らの迂闊さを悔やんだ。
 「あ、あなたこそ、何をしてるんですか、こんなところで……!」
 キラは気を取り直して、逆に問い掛けた。しかし、ハマーンは些かも動じない。
 「生憎、私はプラント市民ということになっている。デュランダルの計らいでな」
 そう切り返され、キラは言葉に窮した。
 「そういうお前たちこそ、何故プラントにいるのだ?」
 浅黒い肌の男にも目線をくれ、ハマーンは訊ねた。おおよその見当はついているが、確
信を得る意味であえて聞いた。
 「……ラクスが呼んだからです」
 隠し通せないと観念したのか、キラは素直に答えた。想定どおりの答えだった。
 だが、次にキラが続けた言葉は、流石にハマーンの想像を超えていた。
 「……ラクスは変わりました。あなたに会ってからです。僕は……あなたに嫉妬している
……」
 それは、キラの胸の中で燻っていた思いだった。自分が見つけられなかったラクスの魅
力に気付いた時、それを引き出したのが自分ではなくハマーンであったことが、男として
悔しく、惨めだった。
 ハマーンは暫時驚かされていたが、言葉を搾り出したキラを、やがて微笑混じりに見つ
めた。
 「正直に言うのだな?」
 辛酸を舐めたようなキラの表情が、ハマーンには微笑ましく見えた、思ったことを素直
に吐露するキラは、繊細で、裸の心を隠す術を知らない。ラクス同様、純粋なのである。
 どこか、放っておけないと感じさせるものがある。しかし、ハマーンはそういうものに惑わ
されたくない女性だった。
 「だが、それは筋違いというものだ」
 徐に続けたハマーンの言葉に、キラは顔を顰めた。
 「そりゃ、そうかもしれませんが」
 「私に何を期待しているというのだ?」
 ため息混じりに問うと、キラは少しの間、躊躇った。しかし、意を決して搾り出された言
葉に、ハマーンは思わず面食らってしまった。
 「……僕は、どうすれば彼女の心を開けるんでしょうか?」
 どこまで純粋なのかと呆れた。まるで幼子のようだ。
 堪えきれず、とうとう失笑してしまった。キラが仏頂面になって、ハマーンを睨んだ。
 「まさか、それを私に聞くのか?」
 笑いを堪えながら訊ねる。キラの眉間の皺が、ますます深くなった。
 「僕だって、あなたなんかには……」
 屈辱と知りつつも、教えを請う。趣味ではないが、そういうキラには多少は優しくしてや
ろうと思えた。
 「いいだろう、気まぐれに少しだけ教えてやる。ラクス・クラインは心に孤独を抱えてい
る。お前たちがラクスの孤独を深めているのだ」
 言うと、キラは目を剥いて「僕にそんなつもりは……!」と身を乗り出しかけた。
 「そうかな?」
 ハマーンは目で威圧してキラを押し留めると、「ならば、何故ラクスは自ら私に会いに
来たのだ?」と詰るように問い掛けた。
 キラは沈黙した。本当に思い当たる節が無かったのである。ラクスはいつもラクスだっ
た。変わらぬ様子で、常に自然体でいると思っていた。
 しかし、それは勘違いだった。ハマーンに会ってからのラクスはそれまで以上に艶やか
で、キラは本当に驚かされたのである。
 そして、ラクスが分からなくなった。
 キラは本気で苦悩していた。純粋にラクスを思うが故だった。
 だが、ラクスがハマーンに抱く感情は、男女間のそれとは違う。それに気付けない限り、
キラは永遠に悩み続けるだろうとハマーンは思っていた。キラにはキラの、男としてのや
り方がある。
 ただし、それを具体的に教えてやるつもりは無かった。ハマーンが彼らの痴情の世話を
焼く義理は無いのだから。
 やがて、定期便が工業コロニーに入港した。到着して機体が止まると、ハマーンは無重
力を利用してふわっと浮き上がり、物慣れた動きでキラの頭上を越えて通路に降り立った。
それまでジッと考え込んで黙っていたキラの目が、ハッとなってそれを追う。
 「よく考えるのだな。私もあの女に付き纏われるのは鬱陶しい。お前が何とかしてくれれ
ば、私もスッキリするのだがな」
 そう告げると、ハマーンは反対側に振り返り、浅黒い肌の男を一睨みしてから下船して
いった。浅黒い肌の男――バルトフェルドは、サングラスをずり下げてハマーンの後姿を
見送ると、「とんでもない女だ」とぼやいた。
 定期便を降りたハマーンは入管ゲートで手続きを受けている間、後ろを振り返って港内
の様子を窺っていた。下船した際、明らかに堅気ではない雰囲気の男たちが屯していた
ことに気付いたからだ。出迎えの一般人を装っていたが、ハマーンの目は誤魔化されな
い。
 その中に一際浮いた、ちょうどキラと同年代と思しき青年の姿があった。シャアのような
サングラスをかけていたが、どうやらその青年がかの集団の中心人物であることが窺え
た。
 キラたちは一番最後に下船した。そして、案の定、彼らを迎えたのはハマーンが注視し
ていた集団だった。
 キラがサングラスの青年と握手を交わした。ハマーンはそれを見届けると、気付かれる
前にゲートを抜けた。
 ハマーンは直感していた。あの集団こそが、最も忌むべき連中であると。
 「キュベレイの最終テストか……」
 予感めいた呟きを残し、ハマーンは港を後にした。