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SEED DESTINY × ΖGUNDAM 〜コズミック・イラの三人〜 ◆1do3.D6Y/Bsc氏_第25話

Last-modified: 2013-10-30 (水) 03:02:34

 「それにしても、あのラクス・クラインが偽者だったなんてさ」
 格納庫へ向かおうとしたシャアの足を止めたのは、喧騒が残る中から聞こえてきたシ
ンの独り言のような呟きだった。
 「納得できないのか?」
 レイが聞く。淡々としていたが、シンの態度次第では今一度説得に当たりそうな雰囲気
だった。
 シャアは浮かしかけた腰を再びソファに下ろし、報道番組を観る振りをしながらそれと
なく彼らの会話に耳を傾けてみた。
 「うーん……そういうわけじゃないけどさ。ラクスなんかには興味ないし、やり方はとも
かく、俺は議長の言ってることの方が正しいと思ってるよ。けど……」
 「けど、何だ?」
 「騙されたって気はするよな。みんなだって信じてたんだし……ルナだってそうだろ?」
 隣のルナマリアに話を振る。しかし、ルナマリアは先ほどから思案顔で、シンの呼び掛
けにも無頓着であるようだった。
 「……ルナ?」
 「えっ? あっ……」
 もう一度呼び掛けられて、ようやく気付く。平静を装ってはいたが、どことなくうろたえて
いるようにも見えた。
 「お姉ちゃん?」と、今度はメイリンが顔を覗き込んで聞いた。一同の視線が注がれて、
その微妙な空気に気付いたのか、ルナマリアは誤魔化しきれないと悟ったようで、「実は
……」と観念したように白状し始めた。
 「あたし、今のラクス・クラインが偽者だってことを、結構前から知ってたの」
 「えっ? 初耳だぞ、いつからなんだ?」
 驚いたシンが問う。一度は覚悟を決めたかのようなルナマリアだったが、それでも次の
言葉を紡ぐまでには暫くの時間を要した。
 何か弱みでも握られているのだろうか、とシャアは勘繰った。それでデュランダルの本
質が少しは見えるかもしれないと期待して、慎重に次の言葉を待った。
 ルナマリアは、シャアが聞き耳を立てているのを知ってか知らずか、徐に語り出す。
 「……ダーダネルスを越えてエーゲ海に差し掛かった辺りよ。ほら、物資の補給のため
に小さな港町に寄ったことがあったでしょ? その時、偶然に本物のラクス・クラインに会
ったのよ」
 そのルナマリアの告白は一同を驚かせ、ざわつかせた。ルナマリアの妹で、一番近し
い立場のはずのメイリンですら姉の顔を凝視して目を丸くしていた。当然、シャアも初耳
だった。
 戸惑いの中、「だったら、何で誰にも言わなかったんだ?」とシンが再び聞いた。
 「そんな一大事をさ……」
 「じゃあ、アンタは信じたの?」
 切り返すルナマリアに対して、「そ、そりゃあ……」とシンは言葉を詰まらせる。
 「ほらね?」
 返しに窮するシンを詰るように、ルナマリアは肩を竦めた。
 「言ったってあたしの頭を疑われるか、万が一信じてもらえたって大騒ぎになるだけよ。
直接見たあたしだって、その時はわけ分かんなかったんだもの」
 シャアはそれを聞いていて、果たしてそうだろうか、と思った。
 当時を述懐するルナマリアの言い分は、一見、筋が通っているように聞こえる。しかし、
やはり誰にも口外しなかったというのは流石に無理があるように感じられた。そんな重
大な秘密を知ってしまったら、普通なら怖くなって誰かに相談の一つでもするはずであ
る。それなのに、妹のメイリンですら姉が抱えていた秘密を知らなかった。これにはや
はり、違和感を覚えた。
 「でも、だったらどうしてお姉ちゃんはその人が本物のラクスだって分かったの?」
 シャアのもう一つの疑問を代弁をするように、メイリンが当然の質問を投げ掛けた。
 シャアが見る限り、本物とミーアの違いは殆ど無かった。顔も声もまるで同じ。強いて
違いを挙げるとすれば、ミーアの方が髪質に癖が無く、胸が豊かだったという程度だ。し
かし、それを一目で判別するのは困難で、本物のラクスと遭遇した時にパニックになり
かけていたと証言するルナマリアに、果たしてその見分けがついたかどうかは疑わしい。
 そういうことから、シャアは別に理由があるのではないかと推察していた。
 一同が注視する中、ルナマリアはやはり発言を躊躇っていた。他にも気掛かりなこと
があるのだろう。それを口にすることに随分と慎重になっているようだが、会話の流れで
これ以上は隠し通せないと観念したのか、覚悟を決めたようにルナマリアは口を開いた。
 「あたしには、見分けはつかなかったの。こうなってしまったからもう白状しちゃうけど、
その人が本物だって分かったのは、ハマーンさんから聞いたからなの」
 躊躇いがちに語ったルナマリアの言葉に、シャアは微かに眉を顰めた。
 「あの人が?」
 シンに念を押されたルナマリアは、神妙に頷いた。
 「あたしがずっと黙ってたのは、あの人に口止めされてたからでもあるの」
 それでシャアは合点がいった。ルナマリアがこれまで頑なに口を割らなかったのは、
背後にハマーンの圧力があったからだ。確かに彼女に脅されては、怖くて逆らえなかっ
ただろう。
 (――ということは、デュランダル議長は無関係ということか……)
 延いてはそういうことになる。デュランダルがミーアを利用している都合上、本物の存
在を厄介視して、真相を知ってしまったルナマリアに圧力を掛けていたのではないかと
いう邪推は、どうやら早合点だったようだ。
 しかし、シャアほどハマーンに詳しくないメイリンは、「そうだったんだ?」と言いつつも、
「だけど、どうしてハマーンさんには分かったんだろう?」と首を傾げた。
 その疑問は、何気ないようでいて、とても鋭いとシャアは思った。一方で、ルナマリアは
そこまでは思考が至ってなかったようで、「そういえば……」と言ったきり閉口してしまっ
た。本当に理由が分からないのだとは思うが、或いはハマーンに植えつけられた恐怖が
ルナマリアの思考を鈍くさせているのかもしれないとも想像した。
 それは他の面々も同様らしく、気が引けているのか、誰も口を開こうとしない。ハマーン
がどのように見られていたかが、良く分かるシーンだった。
 何とか糸口を見つけようとしたのだろう。思案に余って埒が明かないと思ったらしいメイ
リンが、ふとシャアの存在に気付いて、「クワトロさんは分かりますか?」と唐突に聞いて
きた。
 不意に問われて、シャアは一寸考えた。探究心の強い少女の問いには、真摯に答えて
あげたいという誠実さは持ち合わせているつもりである。しかし、生憎とニュータイプ論の
講釈を垂れたところで、宗教の説法のようになってしまう危うさも想像していたシャアは、
迂闊にニュータイプ論は語れないとも思っていた。
 シャアは、まるでそれまで話を殆ど聞いていなかったかのような素振りで、「ハマーン
のことか?」と前置いてから答えた。
 「さあ、私にも彼女のことは良く分からんよ」
 「うーん……やっぱりそうですよね?」
 あっさりと引き下がるメイリンに、多少拍子抜けさせられた。最初から大した期待はし
ていなかったのだろう。身構えていた自分がバカらしく思えたが、その淡白な対応がメ
イリンの自分に対する評価であるということは、心得ておこうと思った。
 (しかし、ハマーンはディオキアでミーアに会った時に、既に彼女が偽者であることを
知っていたようだった……)
 思い起こされるのは、ディオキアのホテルのロビーでミーアと初遭遇した時のことだっ
た。ハマーンはミーアに接近すると、耳元で何事かを囁いたようだった。ミーアが血相を
変えたのは、その直後である。その囁きの内容が、今になってシャアに想像できた。
 力の強いニュータイプであるハマーンは、洞察力に優れている。ミーアが偽者である
と見破るのは、そう難しいことでもないはずだ。
 しかし、それには本物のラクス・クラインを知っているという前提が必要である。
 (つまり、あれ以前にハマーンは本物のラクス・クラインと接触を持っていたということ
になる……)
 それは即ち、ハマーンがラクスと内通して共謀を図っていると疑われても仕方のない
ことであった。
 (ハマーンめ、何を企む……?)
 幼いミネバを擁立してまでアステロイドベルトから帰還したハマーンである。ラクスを利
用して何か良からぬことを画策しているのではないかとシャアが考えるのは、当然であ
った。
 「でも……」
 ハマーンの目論見について思案していると、ルナマリアが再び口を開いた。
 「あたし、ハマーンさんが本物のラクスを警戒してた意味が、今になって分かってきた
ような気がするの……」
 その発言を聞いて、シャアは思案を止めて再び会話の内容に耳を傾けた。
 「警戒? ラクス・クラインを?」
 メイリンが意外そうに聞く。ルナマリアは一つ頷き、不安げに眉を顰めながら続けた。
 「“敵”だって言ってたわ。それだけだって。最初はどうしてなのかさっぱり分からなかっ
たけど、さっきの放送観てたら、段々それが分かってきたのよ……」
 ルナマリアはそう言うと、レイに向き直った。
 「あたしもレイの言うとおりだと思うわ。ラクス・クラインって、プラントのアイドルのはず
なのに、まるで味方をしてくれるつもりが無いみたいじゃない?」
 ルナマリアが問うと、レイは「ああ」と言って同意した。
 「彼女はヤキンの頃から、オーブのカガリ・ユラ・アスハと懇意にしているからな」
 「あたしたちだって、好きで戦ってるわけじゃないのよ。世界の平和のためにって頑張っ
てきたのに、それを今まで行方を暗ませていた人がいきなり出てきて、一方的に否定す
るなんて……そんなの理不尽って言うか、あたしは納得できない。ラクス・クラインって、
一体誰のためにこんなことをやってるのかしら?」
 ため息混じりに語るルナマリアからは、強い失望感が滲んでいた。
 そんなルナマリアの背中を、シンが優しく叩いて慰める。
 「政治的な力を持つアイドルが気持ち悪いって思うのは、普通の感覚だと思うよ」
 「そ、そこまで酷いことは言ってないつもりよ?」
 ストレートなシンの言葉に多少萎縮してしまったのか、ルナマリアは言い繕うように訂
正する。しかし、「そうか?」と返すシンに酷いことを言った認識は無いらしく、大して気
に留めてないようだった。
 「でも、ラクスもアスハと同じさ」
 シンは気を取り直して、改めて切り出す。
 「奇麗事を言えば、みんな丸く収まると思ってる。でも、俺たちが見てきた戦場は、そん
な生易しいもんじゃなかった。何を言っても分からない奴はいるし、互いの主張が相容
れなけりゃ身を守るために戦わなくちゃならない。奇麗事だけじゃ戦争は止められない。
だから、時には力で分からせなきゃいけないことだってあるはずなんだ。それを、アイツ
らは分かってないんだよ。だから、俺たちはアスハやラクスの言葉なんかに負けちゃい
けない。俺たちは俺たちが信じるもののために戦うんだ。平和を信じて死んでいった人た
ちのためにも……」
 シンはそっと襟元のエンブレムに触れた。
 オペレーション・フューリーの終了後、帰艦したシンは疲労からか、酷く気落ちしていた。
その昨日の様子から一晩でここまで立ち直った意味を、シャアはルナマリアを一瞥して
想像した。
 (流石に野暮、か……)
 シャアは内心で笑って、それ以上を想像することを止めた。――羨ましいと思う気持ち
もある。
 (しかし……)
 シャアは思考を切り替えて、ルナマリアの証言を頭の中で反芻した。
 (ハマーンは、少なくともラクス・クラインを敵として認識していることになる……)
 その認識は、シャアからハマーンに対する疑念をいくらか払拭するものとなった。
 だが、まだハマーンがルナマリアに緘口を強いた理由に納得できたわけではなかった。
ラクスを敵として認識しているのなら、デュランダルを利用している節があるハマーンが
その存在を伏せていた説明がつかないのだ。ラクスが電波ジャックで現れた時のデュラ
ンダルやミーアの反応を鑑みるに、完全に虚を突かれていたように見えた。ハマーンがラ
クスを排除しようと考えているのなら、事前に対策が打てるようにデュランダルを教唆扇
動するのが普通だ。だが、その様子は無かった。
 シャアは、暫く思考に耽っていたが、納得の出来る答えを導き出すことはできなかった。
 「あ、まだここにいたんスか」
 その声に気付いて、シャアは顔を上げた。茶髪に赤いケチャップメッシュを入れたヴィ
ーノがラウンジに駆け込んできて、シャアのところへとやって来た。
 「マッドさんが来てくれって言ってますよ」
 「ああ、すまない。今行く」
 マッドに呼び出されていたことを思い出して、シャアはソファを立ち上がった。ヴィーノ
はそのままシンたちの輪の中に加わり、シャアはそれと入れ違いになるようにラウンジ
を後にした。
 
 格納庫まで降りると、シャアは真っ直ぐにセイバーのところへと向かった。セイバーは
所々の装甲を外され、今は数人の技術士官が作業を行っている。それを取り仕切って
いるのが、ミネルバの技術主任のマッド・エイブスだった。
 手には電子パネルを持ち、それを操作しながら細かくスタッフに指示を出していた。顔
や手は油で汚れ、作業着も黒く煤けている。眉間に寄った皺が、その苦悩を訴えていた。
 「どうだ、主任?」
 ある程度は覚悟しながら、シャアは話し掛けた。気付いたマッドは、顔を振り向けた瞬
間こそ愛想笑いを見せたものの、すぐに元の険しい顔に戻ってしまった。
 「そんなに悪いのか?」
 「悪いも何も、どうやったらこんな短期間でオーバーホールが必要になるんだ?」
 マッドはタッチペンの尻で頭を掻きながらぼやいた。
 シャアはオーブでのセイバーの異常を受けて、マッドに精密検査を依頼していた。
 出撃前は特に異常は見られなかった。それがオーブで戦闘を開始して、カミーユと接
触した辺りから様子がおかしくなり始めた。
 セイバーの整備はマッドが担当であったし、主任である彼が手を抜くなんてことは考え
られなかった。それ故、通常の整備では判別できなかった異常がセイバーに起きつつあ
ったと考えるのが妥当であろうと、シャアは考えていた。
 しかし、その予測が的中していたとしても、マッドが点検途中でシャアを呼んだというこ
とは、それだけ状態が深刻だったということである。そして、シャアの問いに対するマッド
の答えは、シャアが予想していた以上に厳しいものだった。
 「オーバーホールか?」
 念を押すと、マッドは「オーバーホールだ」ともう一度言った。
 「各駆動系の損耗も激しいが、伝達系の回路が所々で断線してやがった。出撃前のチ
ェックでは異常は見られなかったから、戦闘が始まってからイカれたんだろう。つまり、
それだけ劣化してたってことだな」
 「なぜ発見できなかった?」
 少し責めるように言うと、「耐用期限はまだ十分にあったんだ」とマッドは反論した。
 「こんなに早くイカれちまうなんて、普通はありえねえよ」
 肩を竦め、呆れたように言う。それぞれ勝手の違うモビルスーツを多数抱えるミネルバ
の技術主任が言うのだから、その発言に間違いは無いのだろう。
 シャアは自分のことながら、不思議と他人事のように思えた。「そういうものか……」と
呟く当人には、そこまで無理をさせたつもりは無かったのだ。
 「それで、直せるのか?」
 「パーツさえ揃えりゃ、コイツにはまだまだ現役を張れるだけの力がある。だが、ちょっ
と調べただけでも、かなりのダメージが内部で見つかったんだ。だからオーバーホール
をするにしても、全て点検し終えた時にどれだけの手直しが必要になるかなんてのは、
現時点ではわかりゃしねえよ」
 「ふむ……」
 シャアはセイバーを見上げた。
 これまで大きな損傷を受けたことは無い。それは自身の腕前以上に、セイバーの高水
準な性能によるところが大きかったとシャアは思っている。セイバーの限界が低かったな
ら、シャアはもっと百式の修復を待望しただろうし、レジェンドだって素直に受領していた。
それでもセイバーを使い続けたのは、その機体性能に高い信頼を寄せていたからだ。
 しかし、シャアは自覚は無いものの、些かセイバーを酷使し過ぎたようだった。時に単
独でミネルバの防衛線を張り、時に単独で陽動を務めたりもした。スタンドアローン的な
意味合いが強いミネルバ隊の中にあっても、シャアとセイバーは特に単独行動による戦
闘任務が多かった。
 シャアがそれをこなしてしまうのも、セイバーに負担を掛ける要因になった。とにかくミ
ネルバにとって、高機動力で任務遂行能力の高いセイバーとシャアは、とかく便利で使
い勝手が良かったのである。それが祟って今回、セイバーに限界が訪れてしまった。
 「今日の夕方にはカーペンタリアに入る。ここよりは設備が整ってるとは言え、それまで
に調査を終えたとしても、パーツの調達やら機材の準備やらで、オーバーホールが終わ
るのはどんなに急いでも最低一週間は掛かると思ってくれ」
 マッドは言う。実際はもう少し早く仕上がるのだろうが、想定外の事態を考慮して多めに
期間を取っているようだ。
 しかし、シャアはそれを理解していながらも、「それでは遅いな」とあえてプレッシャーを
掛けた。
 「仕上がりは、早ければ早い方が良い。オペレーション・フューリーの失敗で情勢が不
安定になっているのだから、今後の作戦スケジュール次第では、セイバーが100%でな
くても使うぞ」
 「そいつは機械屋の見地からして、お勧めできないな。整備不良で出て行くも同然なん
だぜ? アンタだって、まだ死にたくは無いだろうが?」
 「ミネルバが沈むよりは良かろう?」
 「そりゃあ、そうだがね」
 マッドもシャアの実力は認めていた。セイバーをここまで使い潰したこともそうだが、シ
ャアのこれまでの戦いは、送り出す身として全て把握している。シンの活躍に隠れがち
ではあるが、ミネルバの功績を影で支えていたのは、間違いなくシャアだ。マッドは誰よ
りもそれを理解していた。
 だからこそシャアには無理をさせたくなかった。貴重な戦力であるシャアを整備不良の
まま送り出して、万が一のことが起こってしまったら技術主任の名折れである。それは
技術職人として、到底許せるものではなかった。
 「俺たちメカニックは、アンタらパイロットの命を半分預かってんだ。無駄に命を粗末に
してもらっちゃあ困る」
 「腕でカバーして見せるつもりでいるが、その理屈は君たちには通用しないのだろうな」
 「当たり前だ」
 鼻息を荒くするマッド。シャアは苦笑した。
 「はっきり言う」
 これだけきっぱりと言われると、逆に清々しい。マッドの言うことに対しては、ある程度
は妥協してあげざるを得ないだろうと思った。
 「おたくの目から見て、アイツらはそんなに頼りないかね?」
 マッドが言うのはシンやレイ、ルナマリアといった他のパイロットたちのことだ。
 当初は全く当てにしていなかった。本当にこんな少年少女たちが最新鋭艦付きのパイ
ロットなのかと疑ったものだ。
 しかし、今やミネルバはザフトのエース艦として認知されるまでに至った。そうなれたの
は、彼らの目覚しい活躍によるところが大きいと素直に思えた。
 「いや、いいな。中でも、シン・アスカには特別にセンスを感じる。彼はもう立派なザフト
のエースだよ」
 「なら、少しは信じてやったらどうだ? アンタが無理に出張らなくても、ミネルバはもう
十分に戦える」
 マッドの指摘に、シャアは考えを改めさせられた。少し我が強く出過ぎていたかもしれ
ない。
 「分かった、降参だ。諦めよう」
 「アンタが必要ないって言ってるんじゃないぜ? 娑婆っ気が残るガキどもにゃ、アン
タのようなベテランはまだ必要なんだからな」
 「分かってるさ。――気を遣わせてしまったな?」
 シャアはそう言って、マッドのフォローに愛想笑いを返した。
 その時、不意にシャアにコールが入った。シャアは「すまない」とマッドに一言詫びて
から、懐に手を入れた。
 「クワトロです」
 シャアは通信端末を耳に当てて応答した。
 
 数分後、シャアは艦長室にいた。またいつぞやのように夜のお誘いでも持ちかけられ
るのかと冷や冷やしていたが、どうやらそういう訳では全く無いようだ。
 「……衛星軌道上で合流ですか?」
 タリアから告げられたのは、二日後に衛星軌道上のとあるポイントで、ザフトの補給部
隊と接触して欲しいという旨の指令だった。
 「たった今入った、ハマーン・カーンからの要請よ。ミネルバはカーペンタリアに入った
後は補給で動けないから、あなたにはモビルスーツ用のブースターで先行して欲しいの
よ」
 「セイバーでですか……ハマーンは私に何を言ってきているのです?」
 「百式の修復が完了したそうよ。それに伴い、彼女のミネルバ復帰も決まったわ」
 「ほお……」
 シャアは思わず感嘆していた。ハマーンの復帰にも驚いたが、それ以上に百式の修復
が終わったという報せは、正に僥倖だった。
 だが、気になる点もある。
 「それで、百式はハマーンが直々に運んでくると?」
 「そうよ」
 「そして、その受領は衛星軌道上で行う、か……」
 シャアは引っ掛かっていた。ハマーンは何故ミネルバが宇宙へ上がるまで待てないの
か。
 カーペンタリアで補給を済ませて以後、ミネルバは恐らく宇宙に上がることになる。オー
ブからシャトルで脱出したジブリール捜索の網は、今後宇宙に広げることになるからだ。
 百式を受領するだけなら、ミネルバの補給を待ってからでも問題は無い。それなのに、
ハマーンは焦ってすらいる。それはハマーンらしくないと思った。そして、それ以上に受
領場所がオーブの上空近辺だということが気になった。
 ハマーンには何か目論見がある。それは毛嫌いしている自分の手も借りなければなら
ないほどの難題のようだ。
 (しかし、これは彼女を知るチャンスかもしれない……)
 シャアはあえてその目論見に付き合おうと思った。ラクスの危険性を見抜いていた今
のハマーンなら、以前よりは信用できると感じたのだ。
 「了解しました、やってみましょう」
 「ごめんなさいね。あなたも疲れてるでしょうに」
 「お構いなく。私は何かをしている時の方が気が休まる性分なのです」
 シャアは不適に笑みを浮かべて、タリアに背を向けた。
 幼い頃より波乱万丈の人生を送ってきたシャアにとって、ララァ・スンと過ごしたほんの
一時だけが、唯一充足していた時間だった。しかし、それが失われて既に七年が経つ。
以来、シャアは生き急ぐかのように自らを先鋭化させていった。
 タリアは退室していくシャアの背中に、そんなシャアの業を垣間見たような気がした。悪
い意味で仕事人間なのだ。
 その時、かつての淡白な夜の意味が分かったような気がした。
 「本能で性欲は持てても、心底から女を求めようとしなければね……」
 一人になった室内で、タリアはポツリと呟いた。
 過去の女性との間に起こった出来事が、今現在に至るまでシャアの心に深い傷を残し
ている。そして、そのトラウマを与えた女性を、シャアはずっと引き摺ってきた。――その
昔、自らのエゴでデュランダルを傷つけてしまった覚えのあるタリアには、何とはなしにト
ラウマを抱える男の持つ雰囲気が感じ取れるのである。
 しかし、そのシャアの相手は、ハマーンでは絶対にあり得ないだろうとも考えた。二人
が険悪なのは、寧ろシャアのそのトラウマに原因があるのではないかと思えたのだ。
 「哀れな人よ、過去に囚われて……純粋なんだけどね……」
 タリアは背もたれに身体を預けると、一つ大きなため息をついた。そして、ハマーンの
ことを不憫に思うのだった。
 
 シャアは踵を返すように再び格納庫に降りた。そして、タリアから与えられた指令につ
いて説明したのである。
 当然マッドは難色を示した。オーバーホールが終わるまでセイバーの使用を封印する
と決めたのは、つい先ほどのことだったのだから。
 「ただモビルスーツを受け取りに行くだけだ。心配は要らない」
 シャアは言う。しかし、マッドの固く組んだ腕と、何よりもその仁王のような仏頂面が強
い不快感を表わしていた。
 簡単には折れてくれそうに無い。だが、百式が今すぐに手に入るという話なのだから、
情勢がどのように動くか分からない今、そのチャンスをふいにはしたくないのがシャアの
切実な思いである。
 「動くだけでいいんだ。そうすれば、セイバーのオーバーホールを待たずに百式が手に
入る」
 「衛星軌道上でか? ――どうにもな」
 「言いたいことは分かるが、ハマーンは私に百式を使わせたがっているんだ。セイバー
で無理をさせるようなことはしないさ」
 「それが楽観じゃなけりゃいいんだがな」
 マッドは頭を掻くとシャアに背を向け、不承不承、セイバーの方へと歩き出した。
 「すまない、頼む」
 納得したわけではない。しかし、それが命令である以上は割り切らなくてはならないこ
とを心得ているほどには、マッドは大人だった。だからシャアは一言だけ謝ったのである。
 かくしてミネルバは予定通りにカーペンタリア基地に入り、セイバーは即座に応急処置
が施されることになった。
 そして二日後、マッドは徹夜作業でセイバーの応急修理を間に合わせ、シャアに受け
渡したのである。
 「いいか。最低限、動けるようにしただけだからな。それ以上に使おうとすれば、どんな
面倒が起こるか保証できない。運用には、十分な注意を払ってくれ」
 マッドはそう忠告する。その意味は、セイバーに乗り込んでブースターに移動する時に
も分かった。オーブの時よりは幾分か改善されたが、それでもまだ反応が鈍い。その上、
間に合わせのパーツで駆動系を補修したという説明があったとおり、動きがどこかぎこち
ない。
 戦闘機動でもないのにこれだけの粗が目立つのだ。補給部隊と合流するだけとはいえ、
これはかなり骨が折れそうだとシャアは覚悟した。
 だが、それも百式を受領するまでの少しの辛抱である。シャアはセイバーをブースター
にセットし、その時を待った。
 全ての準備が完了し、カウントが始まった。ブースターが点火し、その振動がコックピッ
トの中のシャアにまで伝わってくる。何度味わっても慣れない感覚だった。ただジッと待
っているだけというのは、アクティブなシャアにとっては何とも歯痒い。
 「五秒前! 四、三、二、一――グッドラック!」
 加速が始まると一瞬にして凄まじい荷重が掛かって、シートに座るシャアを押し潰そう
とする。
 ブースターは銀色の尾を伸ばして、見る見るうちにセイバーを高高度に上げていった。
その間、ほぼ仰向けの状態のシャアは、空の青を見つめながらジッと荷重に耐えていた。
 やがて対流圏を抜けて成層圏に達すると、既に遮るものは何も無かった。ただ真っ青
な空が雲海のじゅうたんの上に広がっているだけである。そして、そこから更に上昇し、
成層圏をも抜けると、青かった空はいつしか黒い宇宙空間に変わっていた。
 それから暫くして、コンピューターが衛星軌道上に到達したことを告げた。その頃には
ブースターの燃料も殆ど尽き、慣性によって無重力を進んでいるだけになっていた。シ
ャアはセイバーのセッティングを予め組んでおいた無重力仕様に変更しつつ、自らの身
体もその感覚に馴染ませていった。
 目線を少し移動させれば、そこには視界いっぱいに広がる地球の姿がある。海のブル
ーと緑のグリーン、それに大地のブラウンと雲のホワイト。それらが複雑に絡み合い、大
気層の膜が仄かに発光しているように見せていた。世界で最も美しい宝石が、そこにあ
る。
 シャアは、暫しその光景に見惚れていた。
 誰もが感動を覚える光景だろう。だが、地球にしがみ付く人々は、自分が住む星がこ
んなに美しいことすら知らないのだ。だから平気で地球を汚染し続けるし、この先人類
が住めなくなるかもしれないと考える頭も無い。
 そういう人間が地球でのうのうと暮らし、宇宙移民者を支配しようとしたのが、シャアの
いた世界の地球連邦政府だった。シャアの心の中には、そういう名ばかりのエリートで
しかない人類を、いつかどうにかしてやりたいという衝動がずっと燻っていた。
 しかし、ここはコズミック・イラで、シャアが生きた宇宙世紀とは別の世界なのだ。帰れ
る保証も無いのに憂えるのは、滑稽でしかないとシャアは思い直した。
 「……このあたりか」
 気を取り直し、座標位置を確認した。ハマーンの指定したポイントは、カーペンタリア上
空からそれほど離れているわけではない。加えてブースターの打ち上げ角度が良かっ
たのか、シャアは合流予定時間よりも早くポイントに到着できそうだった。
 「丁度良い。ハマーンを待たせて機嫌を損ねても、面白くないからな」
 そんな冗談を口にしつつ、シャアはセイバーをブースターから離脱させた。だが、そこ
で改めてセイバーの不調を思い知った。
 それは宇宙に出てから、より顕著になった。重力下では誤魔化されていたバランスの
悪さが、無重力下では容赦なく曝け出された。具体的には、制動が利きにくい、思った方
向に進まない、反応が鈍いの三点である。慣性が強く働く宇宙空間において、それらの
欠陥を抱えるモビルスーツは致命的とも言えた。
 「うぬ……マッドが渋った理由がよく分かる」
 最低限、動けるようにしただけとは良く言ったものだ。バーニアが何とか機能してくれて
いるが、それすら心許ない有様である。たった二日の突貫工事では、これが限界だった
のだろう。もっとも、無理を言ったシャアに文句を言う筋合いは無いのだが。
 何はともあれ、これだけセイバーの状態が悲惨なことになっていたのなら、尚更急いで
補給部隊と合流しなければならない。シャアは機体の姿勢制御にすら難儀しながら、指
定のポイントへと急いだ。
 だが、最悪の事態が起こったのは、それから間もなくだった。
 「レーダーに反応? 識別はローラシア級が二隻と……エターナル? これは……!」
 エターナルという艦船の名称には、覚えがあった。それはまだコズミック・イラにやって
きて間もない頃、この世界の情勢について調べていた時に見た名称だ。二年前に起こっ
たヤキン・ドゥーエ戦役において、英雄的な活躍を見せた三隻同盟。その旗艦的役割を
果たしたのが、ラクス・クラインが座乗するエターナルである。
 それでシャアは気付いた。
 「どうやら話が見えてきたようだな……!」
 オペレーション・フューリーにおいて、大気圏外から突如襲来したオーブの増援。ザフ
トが撤退した翌日、雲隠れから一転、表舞台に姿を現した本物のラクス・クライン。そし
て、ルナマリアの話によると、そのラクスを危険視していたハマーン・カーン。そのハマ
ーンが指定したポイントに、エターナルの存在。全ては繋がっている。
 「――ということは、あれは降下部隊の回収のために? だとすれば……」
 問題は、既に回収が終わっているかどうかである。それがシャアの生死を分ける。
 全身に緊張が走った。嫌な予感とは当たるものである。シャアは急ぎ反転し、その場
を離れようとした。
 しかし、時すでに遅し。艦船から、シャアの予感を裏付けるように、パパパッと複数の
光が出てくる。嫌でも分かる。モビルスーツが出撃した光だ。数秒後、戦艦の砲撃と共
に複数体のドム・トルーパーが襲来した。
 ドム・トルーパーは艦砲射撃の射線軸を迂回するようにシャアに迫ってくる。戦艦の砲
撃は問題ではない。だが、別の角度から撃ってくるドム・トルーパーのビームは厄介だ
った。ただでさえ不安定なセイバーに、複数方向からの攻撃は酷というものである。
 しかし、それでもシャアはそれまで培ってきたテクニックの全てを動員して、辛くも全弾
の回避に成功した。だが、それはまだ距離があったから可能だったことで、戦艦の砲撃
が止んで四方八方を包囲されてしまえば、にっちもさっちも行かなくなった。
 オーブで交戦経験がある以上、彼らはセイバーを敵と見なしているに違いない。
 シャアはこちらの様子を窺うように周回するドム・トルーパーを目で追いながら、笑みを
浮かべていた。完全にお手上げ状態になった時に出る、諦めの笑みだ。
 「ハマーンがこちらの動きに気付いてくれるのを期待したいところだが、このセイバーで
果たしてどこまでできるか……今まで積み重ねてきた経験が正しかったことを信じるしか
ないな……!」
 まともに直進も出来ないセイバーでは、逃げることすら儘ならない。覚悟を決めるしか
ないのだ。シャアは奇跡を信じ、抵抗を決意した。
 地上戦ではホバーによる素早い移動で苦戦させられたが、空間戦闘におけるドム・トル
ーパーの機動力や運動性能といったものは、脅威ではない。ドム・トルーパーで特筆す
べき点は、その堅牢な防御力にある。
 しかし、ビームシールドもスクリーミングニンバスも、全身を覆えるわけではない。全方
向から攻撃を受ける可能性が等しく存在する宇宙空間では、ドム・トルーパーの防御力
も半減する。シャアは、そこを狙った。
 ビームライフルを構えて抵抗の意思を示す。途端、ドム・トルーパーのモノアイが光っ
たかと思うと、一斉に攻撃を開始した。
 まともに動いてくれないセイバーを、己の勘と腕だけで強引に動かす。先ほどよりも距
離を詰められた状況では、完全に攻撃を回避することは不可能だった。だが、その中で
もシャアは、全神経を集中し、シールドを駆使しつつ、紙一重で致命傷を避け続ける。
 「ふっふっふっ……!」
 シャアは笑った。四、五機で取り囲んでおきながら手間取っていることに、ドム・トルー
パーたちは明らかに焦っていた。しかも、一目で不調と分かるセイバーを相手にだ。シャ
アには、それが至極愉快だった。敵を翻弄していると思うと、痛快なのである。
 かと言って、余裕があるわけでもない。限界ギリギリであることに変わりはないのだ。
しかし、それでもシャアは針の穴に糸を通すような精密な射撃を狙い、機を窺う。
 ビームライフルでビームを散らす。反応の鈍さから、凡庸な機動力しかないドム・トル
ーパーですらまるで捕捉出来ない。だが、シャアの本命はそれではない。
 一体のドム・トルーパーが、埒が明かないと悟ったのか、ビームサーベルを抜いて接
近戦を挑んできた。その瞬間、他のドム・トルーパーは誤射を警戒して砲撃の手を緩め
る。
 手薬煉を引くはシャアである。ドムが振りかぶったビームサーベルは、しかし、シャア
の渾身の回避で空振りし、その流れで背後に回り込んだシャアは、その背中にロックオ
ンした。
 「当たれ!」
 安定しない照準でも、シャアは躊躇い無くアムフォルタスビーム砲の発射ボタンを押し
た。それまで積み重ねてきた経験が導き出した勘を、信じたのだ。
 小脇に抱えた二つの砲身から、強力なビームが伸びた。狙われたドム・トルーパーは
慌てて反転し、ビームシールドで防御しようとする。しかし、間に合わない。ビームシール
ドを展開している途中で、脇腹にビームが突き刺さった。ビームは抉るようにドム・トルー
パーの胴を両断し、物言わぬ宇宙ゴミへと変貌させた。
 「よしっ!」
 会心の一撃に、シャアは勇んで快哉を上げた。
 だが、それまでだった。満身創痍の身でシャアの無理な要求に応え続けてきたセイバ
ーは、最早息も絶え絶えの状態であり、限界の足音はひたひたと、すぐ背後にまで迫っ
ていた。
 思いがけず仲間を失って激昂するドム・トルーパー部隊は、それまで以上に苛烈な攻
撃をシャアに加えた。それでも、シャアは驚異的な粘りで何とか致命傷を避け続けた。
 しかし、シャアが入力するたびにセイバーは悲鳴を上げていた。そして、元々応急修理
しかしてなかったセイバーは、ある時、一瞬にして限界を迎え、呆気なく壊れたのである。
 セイバーの左腕が唐突に反応しなくなった。シールドで防御するために、一際酷使した
左腕が、一番早く限界を迎えたのである。その瞬間、シャアが紙一重で保っていた均衡
が遂に崩れた。
 それまで直撃が無かったドム・トルーパーのビームが、とうとうセイバーを捉え始めた。
最初の一発が当たったのを皮切りに、連鎖するように立て続けにダメージを受けた。何と
かコックピットへの直撃だけは免れたシャアだったが、嬲られたセイバーはあっという間
に機能不全に陥り、シャアのコントロールを受け付けなくなってしまった。
 フェイズシフトを維持できなくなった装甲は、その鮮やかな紅色を失った。四肢はもが
れ、頭部も半分が消し飛んでいる。正面スクリーンは既に砂嵐に変わり、左側のスクリ
ーンだけが辛うじて外の様子を映しているのみである。その画面の中を、ドム・トルーパ
ーが嘲笑を浴びせるように何度も通過した。万事休す――
 「呆気ないものだな……」
 シャアは自嘲した。突然コズミック・イラに迷い込んで、何の感慨も沸かない死を迎え
る。しかも、原因は目測を誤った自らの不始末である。そんな間抜けな自分が、つい先
刻まで人類や地球のことについて大袈裟に考えていたのかと思うと、酷く情けなくなった。
 ドム・トルーパーは艦隊に向かってモノアイを瞬かせた。そして再びセイバーに振り向
くと、徐に接近してきた。
 「これで、私も終わりか……」
 シャアは呟くと、静かに操縦桿から手を離した。
 しかし、異変が起きたのはその時だった。接近してくるドム・トルーパーの背後が光った
かと思うと、次の瞬間、光線がコックピットを貫いていたのである。パイロットは即死だっ
た。
 何も無いところから、突如光線が発射された。――否、光線が発射された以上、そこに
は確実に“何か”があるのだ。だが、それは並大抵では捕捉することすら至難の業。
 立て続けに乱れ飛ぶ光線の嵐に、ドム・トルーパーは完全に浮き足立った。そして、為
す術も無くその中で踊り狂い、儚く葬られていく。その正体を知ることも無く――
 「何だ……? 何が起こっているんだ!?」
 シャアは異変に気付き、慌ててコックピットから飛び出した。しかし、そこには既に敵の
姿は無く、ほんの数瞬前までドム・トルーパーだったものの残骸が無数に漂っているだ
けだった。
 「これは……!」
 目にした光景に驚きを隠せないシャア。だが、心当たりはある。こんな芸当が出来る人
物は、一人しかいない。
 その時、シャアの眼前を、不意に白いモビルスーツが横切った。大きく開いた羽のよう
な肩アーマー、そして蛇の目のようなモノアイが、シャアを嘲笑うかのように一瞥する。
 「やはりキュベレイ! ハマーンが間に合ってくれたのか!」
 エターナル艦隊から新たなモビルスーツ発進の光が見えた。キュベレイはそれを認め
ると、後続のザフト部隊を従えて仕掛けていく。
 ハマーンはシャアに何も言ってこなかった。だが、やるべきことは分かっている。
 「――どこだ?」
 目を凝らし、艦艇の姿を探す。ハマーンが来たということは、ハマーンが乗ってきた補
給艦も近くに来ているということだ。そして、その補給艦には、シャアが今最も必要として
いるものが積まれているはずなのである。
 「……ん? あれは!」
 その時、シャアは黒い宇宙空間に不自然な光を見つけた。明らかに星の光ではない。
それは太陽の光を強く反射し、まるでシャアのように激しく自己主張をする。シャアは一
目でそれが何であるかを理解した。
 急ぎセイバーに乗り込む。そして、その光に向かって最後の力を振り絞らせた。