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SEED DESTINY × ΖGUNDAM 〜コズミック・イラの三人〜 ◆1do3.D6Y/Bsc氏_第26話

Last-modified: 2013-10-30 (水) 03:03:20

 エターナルの抵抗はまだ弱かった。ドム・トルーパーが展開しているが、それは元々
の直掩部隊だ。キラもラクスもまだ帰還していない。ハマーンの睨んだとおりだった。
 しかし、全てが狙い通りというわけではない。
 「シャアめ……!」
 本来なら先にシャアと合流して、百式を受領させてから仕掛けるつもりだった。しかし、
何を血迷ったのか、シャアはよりによって壊れかけのセイバーでうっかり先行し過ぎて、
危うく撃墜されかかったのである。ハマーンの救援があと少しでも遅れていたら、今頃
シャアの命は無かっただろう。
 お陰で段取りを台無しにされた挙句、一手間増やさなくてはならなくなった。
 ハマーンはエターナル艦隊を攻めつつ、地球方面にも気を配る。
 (間もなくか……)
 ビームサーベルでドム・トルーパーを両断する。それから護衛艦のローラシア級に何
発かのビームを叩き込むと、一旦対空砲火から逃れて後方を気にした。
 オペレーション・フューリーの結果報告をルナマリアから受けた時、オーブの増援とし
て新型のフリーダムとジャスティス、それにドム・トルーパーが現れたと聞いて、ハマー
ンはこの襲撃作戦を思いついた。主力であるキラたちが地球に降りて出払っている間
にエターナル艦隊を殲滅して、ラクスたちの力を弱体化させようと目論んだのだ。
 そのための部隊を、面目上は修復が完了した百式を届ける補給部隊と銘打って、工
面してもらいにデュランダルのもとへと足を運んだ。
 しかし、その時に代償として請け負わされた面倒が、よもやこのような形で役に立つ
とは、その時は予想だにしていなかった。
 「あの娘は上手くやれているのだろうな?」
 シャアのいる後方に目をやりながら、ハマーンは二日前のことを思い返していた。
 
 デュランダルがハマーンに課した面倒とは、ミーアの護衛任務だった。ハマーンが要
請した補給部隊の緊急編成を工面する代わりに、ミーアの雲隠れを請け負えと言った
のだ。
 デュランダルが仕掛けた世界放送の結果は、惨憺たる有様だった。その様子をホテ
ルで鑑賞していたハマーンは、大いに笑ったものだ。しかし、その尻拭いの一部を、ま
さか自分が手伝わされる羽目になろうとは思いもよらなかった。
 本音を言えば拒否したかった。偽者とは言え、ミーアの顔や声はあまりにもラクスそ
のものに過ぎる。ハマーンにとって、ミーアと四六時中行動を共にしなければならない
というのは拷問に近かった。
 それでも引き受けたのは、その拷問以上に表舞台に立ったラクスが気掛かりだった
からだ。キラやアスランといった、怪物級のパイロットを擁するラクスの勢力を弱体化
させるチャンスは、そうそう無い。背に腹は代えられなかった。
 タイミングはギリギリだった。主力の帰還までにエターナル艦隊を無力化させられる
可能性は、極めて低い。しかし、シャアに百式を使わせられれば、その可能性は現実
的なレベルにまでは上昇すると見込んでいた。
 だからそのシャアが合流前にエターナル艦隊に捕まったと知った時は、流石のハマ
ーンも焦った。百式が無駄になるだけでなく、ラクス達を弱体化する機を逸することに
もなりかねなかったのだから。
 しかし、よしんばシャアの救出に成功したとして、肝心の百式を届ける手立てが無か
った。急造の部隊では、緊急時の代替要員――いわゆる補欠までは確保できなかっ
たのである。かと言って、最低限の武装しか持たない補給艦を前に出すわけにはいか
ないし、シャアが自力で補給艦に辿り着くのを待っていたら日が暮れてしまう。百式を
他のモビルスーツで引っ張っていくという案もあったが、それだと逆にシャアの救出が
間に合わなくなって本末転倒になりかねない。
 しかし、ハマーンが受け渡し方法について頭を悩ませていた時、シャアに百式を届け
る役目に自ら名乗りを上げる者がいた。それが、ただのお荷物としか思っていなかっ
たミーアだった。
 当初、ミーアは一言も口が利けないほどに激しく憔悴していた。当然である。地球圏
全域に向けて発信された生放送で、あれだけの恥辱を味わわされたのだから。あの見
事なまでの噛ませ犬っぷりは、ハマーンでさえ同情を禁じ得なかったほどだ。
 そのミーアが、シャアのためと聞いて突如息を吹き返したかのように発奮した。それ
は、恋をしている乙女の目だった。
 (バカな娘だ……)
 率直にそう思った。見せ掛けの優しさしか示せないシャアにかどわかされ、それを心
の拠り所にしているのだ。愚かとしか言いようが無い。
 だが、内心で嘲笑う一方で抱く、ミーアの直向な恋心に対する微かな嫉妬心は、決し
て認めたくないものだった。何故なら、それはかつてハマーンが通った道でもあるのだ
から。
 ――手段は選んでいられなかった。ハマーンはミーアに百式を託した。
 
 エターナルは予想以上の粘りを見せていた。主力不在で、よくも頑張るものだとハマ
ーンは思う。万が一を想定して、有能な指揮官を残しておいたのだろう。――ハマーン
の脳裏に、ふと定期便でキラに会った時に彼に同道していた浅黒い肌の男が浮かんだ。
 しかし、戦艦程度に遅れを取るハマーンとキュベレイではない。嵐のような対空砲火
を掻い潜り、着実にダメージを与えていく。
 だが、風向きが変わったのは間もなくだった。突如キュベレイを襲う、地球方面から
のビーム攻撃。それは執拗にハマーンを追い立て、エターナル付近からの後退を余儀
なくさせられた。
 操縦桿を握る手に力が入る。ハマーンには、それが誰の仕業によるものなのかが手
に取るように分かっていた。
 「お出ましかい!」
 二つのバーニアの光が見えた。それは圧倒的な推進力で地球の引力に逆らう、フリ
ーダムとジャスティスだった。エターナルが襲撃を受けていると聞きつけ、シャトルから
緊急出撃したのである。
 状況は一変した。ドム・トルーパーを相手に善戦していたグフ・イグナイテッドやザク・
ウォーリアであっても、フリーダムとジャスティスが相手ではまるで歯が立たない。ハ
マーンでさえ、見通しの良いこの空域でこの二人を相手取るのは分が悪いのである。
 下手をすれば返り討ちに遭いかねない。ハマーンは緊張した。
 「早くしろ、シャア! お前に百式を届けたのは、このためなのだぞ!」
 フリーダムとジャスティスは、迷い無くキュベレイを狙ってきた。ハマーンはシャアに
向け、絶叫した。
 
 シャアが見つけた光は、百式のボディが太陽の光を反射した光だった。百式は、フラ
フラと危なっかしい動きでこちらに向かってくる。――シャアは微かな苛立ちを覚えた。
 「何だ、あのザマは? 誰が乗ってる?」
 あまりにつたない操縦にぼやきつつ、シャアはゆっくりセイバーを向かわせる。
 「そこでいい。止まってくれ」
 ある程度まで接近すると、シャアはそう無線で呼びかけた。これ以上は見ていられな
かったのだ。
 すると、百式は手足をばたつかせて、下手糞なバーニア制御で自転を始めてしまっ
た。何たる有様か。スピードは殆ど死んでいるものの、自転を止められなくて四苦八苦
している様子は、まるで溺れているようだ。
 「あんな素人にやらせるとは……ハマーンめ!」
 あまりの見苦しさに、シャアは吐き捨てるように呟いた。
 いくら別世界のものであっても、同じモビルスーツだけあって、操縦系統に大きな差
異は無い。だからシャアもすぐにセイバーの操縦には慣れたし、それは逆の立場であ
っても同じはずであって、優秀なザフトのパイロットがあんな醜態を晒すはずが無いの
である。
 シャアは呆れ返り、再度呼び掛ける。
 「もういい。そのまま何もするな」
 ため息混じりに告げると、シャアはセイバーから百式に向かって飛び出した。
 自転を続ける百式は、縦軸と横軸にそれぞれ運動エネルギーが加わっていて、複雑
に乱回転していた。
 シャアは百式の近くまでやって来るとバーニアでスピードを調節し、百式の回転パタ
ーンを見極めて一気に飛びついた。
 肩に取り付き、そこからコックピットまで這っていく。そして外側からハッチを開き、中
を覗き込んだ。
 リニアシートに座るパイロットはおろおろしていた。その狼狽振りは新兵以下であった
が、着ているのがパイロットスーツではなく、一般のノーマルスーツであることに気付き、
シャアは怪訝に思った。
 シャアが覗き込むと、そのパイロットは徐にシャアに飛びついてきた。何事かと一寸
焦ったが、バイザーの奥の顔を認めると、何とはなしに事情を察した。
 「ミーア……!」
 「あ、あの、あたし……その、あたし……!」
 救いを求めるようにバイザーを触れ合わせてくる。音の振動が伝わり、ミーアの、口
も回ってない今にも泣き出しそうな声が届いた。
 恐怖に怯える子どものように、ミーアがしがみ付いてくる。シャアは訝って暫時呆けて
いたが、すぐに我を取り戻して一度戦闘の光を確認すると、急いで百式の中に乗り込
んだ。
 「……どうして百式を?」
 しがみ付くミーアを引き離し、シャアは優しく語りかけながらリニアシートに腰を収め
た。しかし、ミーアはまだ不安らしく、縋るようにシャアの右腕に抱きついてくる。
 「他に人がいなかったから!」
 「ハマーンがやらせたのか?」
 問うと、ミーアは慌ててかぶりを振った。
 「ち、違うんです! あたしが、どうしてもあなたの役に立ちたいって言って……!」
 ミーアは、何かから目を逸らすようにシャアの右肩に額を押し付けた。ノーマルスー
ツ越しでも、震えが伝わってくる。
 「そうか……」
 恐怖を押し殺して勇気を振り絞ったミーアの行いは、称える価値があるものだ。――
シャアは念じ、左手をそっとミーアの頭に乗せ、優しく撫でた。
 「良くやってくれた、ミーア。私に百式を届けてくれて、感謝している」
 「は、はいっ!」
 顔を上げたミーアは、少し泣いていた。が、シャアに褒められて、笑顔も見せていた。
 「後ろへ」
 「はい」
 言うと、ミーアは素直に従ってリニアシートの後ろ側にしがみ付く。
 「いい子だ」
 茶化すように褒めると、ミーアは少し頬を膨らませたようだった。
 改めて操縦桿を握る。懐かしいスティックレバーの感触だ。
 「ここまで運んでこられたということは、モビルスーツの操縦経験はあったのか?」
 問いつつ、シャアはレバーとフットペダルの操作を連動させて、百式の乱回転をたち
どころに止めて見せた。ミーアはその見事な腕前に感嘆しつつシャアの問いに答えた。
 「はい。ライブの演出でモビルスーツを使うこともあるんですけど――」
 ハッチを閉じると、シャアはすぐさまコンソールパネルを弄って、情報を呼び出した。
ミーアは後ろから興味深そうにそれを覗き込みつつ続ける。
 「その時に、遊びで操縦の仕方を教えてもらったことがあります」
 「ほお。それであれだけ動かせたのなら、大したものだよ。――ん?」
 コンソールを弄っていたシャアが指を止め、何かに気付いた。ミーアが更にその様子
に気付いて、「あっ」と声を上げた。
 「重量、5%増しだそうです。ガンダリウム製の装甲の複製ができなかったとか何とか」
 「5%も? それは酷いな。まともに動くのか?」
 「修復した部分は殆どがザフトのオリジナルだそうですから。でも、重量増加分は他
の要素を調整することでクリアできているそうで、多少の燃費の悪化を除けば、バラン
スに問題は無いそうですよ」
 「ハマーンがキュベレイを使えているのだから、それは信じるが……」
 「この百式は核融合炉搭載型なんですよね? それって、すごいエンジンだって聞き
ました。なら、少しなら燃費の悪さも問題にはならないんじゃないですか?」
 「それはそうだが――」
 ミーアとやり取りを交わしていて、シャアはふと違和感を持った。ミーアの口振りは、
まるで修復に携わっていたかのような物言いである。メカに弱そうなミーアが、どうして
これほどに饒舌なのか、シャアは不思議でならなかった。
 「ミーアはモビルスーツに詳しいのか?」
 気になって訊ねてみる。だが、ミーアは「まさか」と首を横に振った。
 「クワトロ様に伝えるようにと、あの人に教えられただけですけど……」
 「ハマーンに? ――全部覚えたのか」
 感心しつつも、シャアはスロットルを開けて百式を加速させる。
 セイバーよりもピーキーだが、スムーズな動き出しだった。操縦感覚は、かつてシャ
アが使っていた頃と殆ど変わっていない。
 懐かしい感覚に浸るシャア。そんなシャアに見惚れつつ、ミーアは言う。
 「歌とかドラマの台詞とかありますから――」
 その時、気を良くしたシャアが急に加速度を上げた。機体に荷重が掛かり、思いがけ
ず後ろに引っ張られ、内壁に叩きつけられたミーアは「きゃっ!」と悲鳴を上げた。
 「すまない」、とシャアが手を差し伸べる。ミーアはその手を取り、引き起こしてもらい
ながら話を続けた。
 「――だからあたし、暗記は得意なんです!」
 「そうか、賢いのだな?」
 シャアが褒めると、「いえ、そんな!」とミーアは謙遜して見せた。
 「お仕事ですし、このくらいは当たり前で! ……あ、でも、もうその必要もなくなって
しまったんですけどね……」
 再びリニアシートにしがみ付いたミーアは、苦笑しながら沈痛な表情を浮かべた。理
由は先日の世界放送だろうとは、すぐに察しがつく。
 だが、案の定、掛けてあげる言葉が見つからない。
 戦闘の光は、既に目前に迫っていた。
 「……気をつけて。これから戦闘になる」
 誤魔化すように言うしかない。――だから、ミーアとはあまり顔を合わせたくなかった。
 「はい。ちゃんと掴まってますから、あたしに構わず思いっきりやっちゃって下さい!」
 ミーアのハッキリとした口調が強がりであることを、シャアは察していた。ミーアは自
らを奮い立たせて、シャアに心配を掛けさせまいとしている。
 その健気さに気付いけないほど、シャアも鈍感ではない。だから、少しだけ良心が痛
むのだ。
 ミーアの好意には気付いている。だが、気が無い女性に自分のために健気でいられ
ることを、シャアは迷惑に感じた。それが、流石に申し訳ないのだ。
 八方美人をやっている自覚はある。しかし、今はハマーンに加勢する方が優先だと言
い訳をして、シャアは百式にビームライフルを構えさせた。
 
 正確な狙いと、こちらの攻撃に対する化け物染みた反応速度。コーディネイターの中
でも際立って能力の高い二人のコンビネーションに、ハマーンは冷や汗が止まらない。
 ザク・ウォーリアやグフ・イグナイテッドがハマーンの援護に入るが、まるで援護にな
らない。それほどまでにキラとアスランの能力は、図抜けている。
 デブリ帯で交戦した時とは訳が違う。障害物が無い状態で戦うと、彼らの真の実力が
良く分かる。二人のコンビネーションから繰り出される息をつかせぬ猛攻は、ハマーン
にファンネルを使う暇さえ与えない。
 目測は正しかった。一人では、この二人に太刀打ちできない。
 「チッ……!」
 ハマーンは、フリーダムの背中からドラグーンが放たれるのを見ると、露骨な舌打ち
をした。その瞬間、ハマーンは直感したのだ。初めて遭遇した時からまだ日は浅い。し
かし、キラは恐ろしい速さでドラグーンの熟練度を上げてきている。
 「見せ過ぎたか……!」
 キラの前でファンネルを使って見せたことを思い出す。結果的に、あれが塩を送るこ
とになってしまった。キラはハマーンを手本とし、ドラグーンの制御を飛躍的に向上させ
ていたのである。
 遮蔽物は無い。展開したドラグーンは、一斉にキュベレイに襲い掛かってきた。その
容赦ない無数のビームが、キュベレイの四肢を狙う。
 思惟を感じ取れるだけ、辛うじてかわせる。しかし、先日の時とは比較にならないほど
の狙いの正確さに加え、キラはそうしながらも、フリーダム本体の動きの質を殆ど落と
さない技術を身に付けていた。
 「これがコーディネイターか……!」
 常人ではあり得ない進歩の早さを目の当たりにして、ナチュラルがコーディネイター
を妬み、憎むようになった気持ちが分かるような気がした。
 ドラグーンのビームの中で踊らされているところに、フリーダムがビームサーベルで
斬りかかってくる。それを、同じくビームサーベルでいなしてかわす。だが、敵は一人だ
けではない。間髪を入れずにジャスティスがビームライフルで迫撃し、脛に仕込んだビ
ームブレイドで蹴り上げてくる。
 ハマーンは、それをすれ違うようにかわし、ジャスティスの背後に回り込んだ。しかし、
その背中に向けて手をかざし、ビームガンを撃とうとしたその瞬間、雷に打たれたよう
な閃きが走った。
 「……っ!」
 ハマーンはビームガンによる射撃をキャンセルして、慌てて後方に飛び退いた。刹
那、一寸前までキュベレイが存在していた空間に、無数のビームが殺到した。
 フリーダムのフルバーストアタックだ。フリーダムはいつの間にかキュベレイの背後
に回り込んでいて、両手のビームライフル、それに両腰のクスィフィアスと腹部のカリ
ドゥスを構え、ドラグーンの一斉射を加えて再びフルバーストアタックを放ってきた。
 バランスを気にしている余裕は無かった。ハマーンは操縦桿を一気に引き、その場
からキュベレイを急速離脱させた。
 激流のようなビームの洪水が虚空を穿つ。キュベレイは、そこから弾き出されるよう
に逃れた。だが、その先ではジャスティスがビームサーベルを抜き、コントロールを失
ったキュベレイを手薬煉を引いて待っている。
 「くっ!」
 苦し紛れにビームガンを撃つ。運良く直撃コースに飛びはしたものの、ジャスティス
はシールドであっさりと防いで見せた。だが、ハマーンはその間にジャスティスの脇を
すれ違い、失ったコントロールをようやく取り戻していた。
 しかし、敵も甘くない。刹那、追撃するジャスティスのフォルティスビーム砲が、キュ
ベレイの大きく張り出したショルダーバインダーを掠めたのだ。
 ダメージは殆ど無い。焦げ跡が付いた程度だ。しかし、それは次第に追い詰められ
ていることをハマーンに実感させるには十分なものだった。
 「ハマーンさん!」
 ノイズの混じった音声で、不意に呼ぶ声がある。通信機から聞こえてきた、少しあど
けない声。
 「下か!」
 目を向けた時には、既にフリーダムが寸前まで迫っていた。
 咄嗟にビームサーベルを振りかざす。しかし、突っ込んできたフリーダムは、そのキ
ュベレイの腕を押さえ、更に推力を上げて押し込んできた。
 正面に見えるガンダムの顔。その双眸が、一度だけ金色に瞬く。
 「ハマーンさん……!」
 キラは、もう一度呼んだ。接触回線で、その声はハマーンの耳に届いている。
 キラの声には、戸惑いがある。迷いがあるのだ。ハマーンは、その胸中を見透かす
かのように、「なぜ、一思いに撃墜しない?」と問い掛けた。
 「……ラクスが、悲しみます」
 葛藤がある。鋭さを増すモビルスーツの動きとは裏腹に、キラの胸中ではハマーン
に対する、どうしようもないジレンマが渦巻いている。
 ハマーンさえいなければ――そう呪う反面、忠告を与えてくれたハマーンに対する微
かな信頼がある。まだその片鱗すら見えていない状況だが、前回の接触の後、バルト
フェルドやラクスが密かにキラに相談を持ち掛けた出来事が、ハマーンの言葉に信憑
性を持たせていた。
 現在、バルトフェルドの右腕であるダコスタが、サトーたちの素性を調査するために
プラントに潜入している。クライン派に所属していたという彼らの自称が、どうやら怪し
いらしいという経過報告を聞けば、いくらキラでもその気になった。
 「ハマーンさん、教えてください!」
 キラは問う。接触回線なら、会話が漏れる心配は無い。この会話は、決してアスラン
に聞かれてはならないのだ。
 「あの人たちは一体、何の目的でラクスに近づいてきたんですか?」
 「私が知るわけが無いだろう」
 「ラクスにはもう話してるんでしょ!」
 直情的な声に、ハマーンは眉を顰めた。
 キラが直情的になる理由は、分からないでもなかった。見えない脅威に備えなけれ
ばならない不安。それを抱え続けるストレスは、相当なものだとは理解できる。
 しかし、ハマーンは本当に知らないのだ。ニュータイプの勘にも理由など無い。いわ
ゆる第六感が普通より並外れて高いだけである。ハマーンはそれを教えてやっただけ
に過ぎないのだ。
 キラは尚も食い掛かるように続けた。
 「この間あなたと戦った後、一度だけラクスが行方不明になりました。彼女は誤魔化
してましたけど、本当はあなたと会ってたんじゃないですか?」
 「だとしたら、どうする?」
 「どうもしません。ラクスは一人であなたに会いに行ったんです。あなたにとっては、
彼女を殺すチャンスだったはずです。でも、ラクスは帰ってきました。何事も無かった
かのように!」
 「……それで?」
 饒舌だったキラが、そこで初めて言いよどんだ。
 ハマーンは、それでキラが言わんとしていることを察した。
 少し間を置いて、キラが再び口を開く。それは、ハマーンが想像したとおりの内容だ
った。
 「……あなたも気付いているんじゃないですか? あなたは、本当はラクスのことを」
 「気安いな」
 ハマーンの言葉がキラの言葉を遮る。最後まで言い切るのを阻むかのように。
 その瞬間、キュベレイの蛇眼が光を放った。赤々とした双眸が、キラにハマーンの拒
絶の意思を告げる。
 次の瞬間、キュベレイのショルダーバインダーの内側に張り付いているバーニアス
ラスターが一斉に火を噴き、キラの視界を真っ白に染め上げた。
 「うっ!」
 「危険と分かっていながら粛清もできぬお前たちに、この私が気を許すと思ったか!」
 キラの目が眩んでいる隙に蹴りを入れ、ハマーンは逃れる。そして、すかさず手をか
ざし、ビームガンの狙いをつける。
 しかし、そこにジャスティスのシャイニングエッジが襲来する。ハマーンは咄嗟に攻撃
体勢を解き、それをかわした。だが、ビームブーメランのそれは弧を描き、再びキュベ
レイに襲い掛かってきた。
 「小癪な!」
 ビームサーベルを抜き、翻ると同時に切り落とす。しかし、そこをジャスティスのビー
ムライフルが狙う。
 襲い来るビームを、ハマーンは急加速してかわした。が、ジャスティスは尚も執拗に
追い立ててくる。
 だが、束の間、突如そのジャスティスの攻撃を遮るようなビームが彼方から飛来した。
 直感が告げる。ハマーンは射線元に顔を振り向けた。
 「来たか――!」
 太陽の光を反射し、激しく自己主張しているかのように一際強く輝くモビルスーツがあ
る。金色の塗装は、傲慢さの象徴にも見える。
 「シャア!」
 金色の憎い奴が現れた。
 
 余裕の無いハマーンを目にすることなど、一生涯無いことだと思っていた。それが見
れたというのは、ある意味で幸運だったのだろう。
 しかし、ハマーンが苦戦するのも無理からぬ話だった。何と言っても、相手はフリー
ダムとジャスティスなのだから。たった一機でもシンとレイのコンビと渡り合い、二機が
揃えばそれを凌駕するほどの力を発揮する連中である。いくらハマーンでも、一人で
相手にするには分が悪すぎる。
 「あれって、フリーダムとジャスティスですよね?」
 ミーアは二体を目の当たりにして、恐々とした声で言った。戦場とは無縁のミーアが
知っていて畏怖するほどなのだから、やはり相当なのだろう。
 「あれと戦うんですか?」
 「他に誰がいる?」
 シャアはあっけらかんと言ってのけると、百式を更に加速させた。
 「随分ともったいぶった登場だな、シャア?」
 スクリーンに小窓が表示されて、ハマーンの顔が映った。その表情は平静を装って
はいるものの、微かに滲んだ汗が苦境を如実に物語っていた。
 (ハマーンをこれほど消耗させるとは……百式に乗ったとはいえ、油断はできんとい
うことか……)
 シャア自身、フリーダムやジャスティスと対決するのは、実はこれが初めてである。
セイバーに乗っていた時は、ミネルバの防衛やらシンの独断専行やらで機会が無か
ったのだ。
 しかし、今回はそういうわけにはいかない。シャアは気を引き締め直した。
 「すまない。だが、慣らしの相手があのガンダムたちとは、酷い仕打ちだな?」
 「良く言う。この程度で気後れするお前ではあるまい? ――この機会に、最低でも
どちらか一方は潰しておく。いいな、シャア?」
 「了解。前衛は私と百式の方が有利だ。ハマーンには後ろを頼みたい」
 「任せる」
 ハマーンの顔が消えると、シャアは一気にキュベレイを追い越し、フリーダムとジャ
スティスの前へと躍り出た。
 「少し怖い思いをさせるかもしれないが、我慢できるな?」
 後ろのミーアに問いかける。ミーアは覚悟を決めたように深く頷いた。
 「あなたを、信じていますから」
 「……了解」
 突出した百式に注がれる砲撃。そのビームとビームの隙間を縫うように、シャアは百
式を飛び込ませた。
 伊達にグリプス戦役の大半をこの機体で切り抜けてきたわけではない。ブランクはあ
っても、機体の感覚は身体に染み付いている。どこをどう掻い潜ればビームに当たら
ないか、シャアには手に取るように分かるのだ。
 ターゲットはジャスティス。理由は、接近戦が主体のジャスティスの方が与し易いと
判断したからだ。
 百式がアスランの前に迫る。そのサングラスの下から、赤い双眸が浮かび上がる。
 「金色のスーツを着て戦場に出てくるバカがいる? ――カガリじゃあるまいに!」
 その瞬間、ひりつくような殺気がアスランの肌に纏わり付いた。パイロットスーツを透
過して、針のように突き刺さる鋭い殺気を感じて、アスランは直感した。百式の金色に、
アカツキのような意味は無い。それはただ、自らの腕の確かさを誇示するためだけの
色であると。
 「いや、伊達で金色のスーツは着られない……このパイロットは本物だ!」
 アスランは、百式からキュベレイと同じにおいを嗅ぎ分けていた。だからこそ、先にビ
ームを撃って先制した。
 しかし、百式は半身になってアスランの撃ったビームをかわして見せた。最低限の動
作のみで、アスランの撃ったビームをかわしたのである。そして、そこから流れるように
ビームライフルの砲口を差し向け、倍返しをしてきた。
 素早くシールドを構える。ジャスティスの実体盾を膜のように覆うビームシールドが、
百式のメガ粒子砲を無効化した。
 コズミック・イラの平均的なビームライフルより威力のあるメガ粒子砲であるが、ビー
ムシールドの前では等しく無力である。そのシールドがある限り、百式がいくらビーム
を撃ってもエネルギーの無駄でしかない。
 シャアの判断は早かった。扱い易いビームライフルを一旦諦め、腰のマウントラック
からクレイバズーカを取り出した。ビームが効かないのなら、まずは実体弾でシール
ドを破壊する。
 「弾は?」
 シャアは、フリーダムとジャスティスのビーム攻撃を避けながらミーアに訊ねた。
 「さ、散弾が装填されてるって――」
 「散弾か……!」
 期待していなかっただけに、思いがけない返答にシャアは驚かされた。それを教えて
いたのも意外だったが、それを覚えていて、尚且つこの状況でハッキリと答えられたミ
ーアには驚嘆させられた。
 ミーアは芯の強い娘だ。シャアは素直に感心した。
 「よし……!」
 百式に注がれるビーム攻撃が弱くなる。ファンネルを展開したキュベレイが、フリーダ
ムの動きを封じているのだ。
 ハマーンのお膳立てである。しくじればどんな嫌味を言われるか分かったものではな
い。 シャアは高速でジャスティスのビーム攻撃から逃れながら、辛抱強くブレる照準
を追い続けた。
 フェイズシフト装甲に物理的ダメージが通らないことは常識である。しかし、ビーム攻
撃を防ぐためのシールドはその限りでは無いことを、シャアは知っていた。
 「――そこだ!」
 ロックオンの文字表示が現れた瞬間、シャアは微塵も躊躇うことなくトリガーボタンを
押した。長年の経験で染み付いた感覚が教えている。――当たると。
 砲身から飛び出した弾頭が炸裂し、散らばった無数の礫がジャスティスを襲う。左側
面からの攻撃に、当然のように反応してシールドを構えた。
 だが、礫がジャスティスの装甲に触れた途端、それは起きた。礫が、更に炸裂したの
である。小さな爆発であるが、無数の礫が連鎖的に次々と炸裂して、たちまち大きな爆
発に膨れ上がっていった。
 「――まだ大きくなる!?」
 無限に膨れ上がっていくかのような錯覚を覚えたアスランは、その爆発に面食らって、
思わずシールドを投棄していた。
 それを目の当たりにして、シャアは思いがけず「ほお」と感嘆を漏らしていた。普通の
散弾かと思っていただけに、良い意味で裏切られた気分になったのだ。
 「散弾の炸裂弾か! 凝っていて面白いじゃないか!」
 「こ、ここまでは知りませんでしたけど……」
 百式を修復したスタッフの粋な計らいに、シャアは愉快な心持になった。もっとも、後
ろのミーアはそれどころでは無さそうだが。
 「なら、もう一発!」
 予想外の攻撃に、ジャスティスは一時的に動揺していた。その動揺を更に大きくして、
心理的優位に立ちたいシャアは、再度クレイバズーカを構えた。
 しかし、トリガーを引く寸前、ミーアが悲鳴のような声を上げる。
 「来てます!」
 「上!?」
 直上から、二つのビームライフルを連射しながらフリーダムが迫っていた。シャアは
軽やかなステップで鮮やかにかわしてみせたが、フリーダムの突撃スピードは尋常で
はない。あっという間に、肉薄されてしまった。
 「――よくもっ!」
 クレイバズーカを向ける。刹那、それに狙いをつけたようにフリーダムの双眸が鋭く
瞬いた。
 シャアのバイザーに、その光が映り込む。次の瞬間、鋭く振り抜いたビームサーベル
が、クレイバズーカに砲弾を吐き出させること無くその砲身を切り飛ばしていた。
 その圧倒的技量に、シャアは思わず歯噛みした。慌ててヘッドバルカンを撃って牽制
するも、フェイスシフト装甲を当て込んでいるキラは些かも慌てない。そのまま怯むこ
となく、腰部のクスィフィアスを百式のどてっぱらに向けてくる。
 危険を察知したシャアの直感が、無意識に身体を突き動かしていた。クスィフィアス
が前を向いた瞬間、百式は前方宙返りをするように下半身を後方に振り上げ、レール
ガンをかわしたのである。
 キラも驚いた。コーディネイターでも、こんな未来予知のような反応は出来ない。
 「この人……なっ!?」
 驚くキラの正面のスクリーンに、更に百式の足底が迫っていた。百式はレールガン
を回避した動きの流れでそのまま前転し、かかと落しをするようにフリーダムの顔面を
踏みつけ、その反動を利用して緊急離脱したのである。
 直後、ジャスティスの撃ったビームが直前に百式が存在していた空間を一閃した。
 「ふっふっふ、失礼!」
 不敵に笑いながら、自らの粗相を詫びるシャア。ハマーンはその声を小耳に挟みな
がら、展開したファンネルを伴ってフリーダムを追い立てた。
 「シャアめ、相変わらず足癖が悪い」
 詰る言葉とは裏腹に、ハマーンの声と顔には喜色が滲んでいた。活き活きとした百
式の動きを見ていると、それに引っ張られるように自身の調子も上がっていくように感
じられたのだ。
 この瞬間だけ、ハマーンは自らの意地から目を逸らした。シャアはやはりシャアなの
だ。例え分が悪くとも、それを感じさせない余裕と動き。そういうシャアは、ずっと見て
いてもいいとハマーンは思う。
 フリーダムとジャスティスが、パイロットも含めて脅威的であることには変わりない。
しかし、百式を得て水を得た魚になったシャアの参戦が、双方の心理的優劣を決した。
 この機会を、二人が逃すはずが無い。
 並走するキュベレイの目が、シャアに目配せを送る。シャアは頷き、加速を上げてキ
ュベレイに先行して敵に仕掛けていった。
 向かった相手は、ジャスティスではなくフリーダム。
 しかし、シャアはフリーダムに攻撃を仕掛けず、少しの間、牽制するような行動を見せ
ると、あっさりと後退した。
 その時になって、キラは気付いた。百式は陽動であり、本命はジャスティスであると。
シャアとハマーンは、キラたちの動揺に付け込んでミスマッチを仕掛けたのだ。
 「まずい、アスラン!」
 キラは急ぎ百式を追撃した。
 一方、ジャスティスはキュベレイのファンネルを相手に、シールドを失ったことが影響
して、完全な劣勢に立たされていた。それでも驚異的な反応で奇跡的な反撃を繰り出
し、キュベレイに決定打を許さないが、苦境であることに違いは無かった。
 キラは、ハマーンの嘲笑が幻聴のように聞こえた気がした。決定打を出せないハマ
ーンは焦るどころか、ファンネルに踊るアスランを嘲ってすらいる。キラはキュベレイの
動きに、そんなハマーンの余裕を見たのだ。
 答えはすぐに出た。
 ファンネルの回避に神経をすり減らしていたアスランは、急に攻撃が止んだことで、一
瞬、集中力を切らしてしまった。ファンネルのビームが止んだのは、エネルギーが切れ
たからではない。機が訪れたから、戻しただけなのだ。
 アスランの集中力が途切れた、ほんの一瞬である。その一瞬で、百式はジャスティス
に肉薄し、鋭く振り抜くビームサーベルでその右腕を切り飛ばしたのである。
 「アスラン!」
 キラは加速度を上げた。だが、それを阻むように横合いからハマーンの急襲を受ける。
 咄嗟にビームシールドを展開して防ぐ。勢い良く叩きつけられたビームサーベルが、
ビームシールドと干渉して凄まじい光を放った。
 「甘いな、キラ? ――まずは、あの赤いガンダムからだ!」
 「そうは!」
 勝利を確信したようなハマーンの嘲笑と、それを跳ね除けようとするキラの絶叫。
 キラの気合に応えるように、フリーダムのドラグーンが一斉に射出される。そして、無
我夢中でキュベレイを攻撃する。
 狙いは滅茶苦茶である。しかし、その遮二無二な感情が、ハマーンの読みを鈍らせ
た。
 「こやつ……!」
 ハマーンは舌打ちして、咄嗟にフリーダムから離れた。フリーダムはそれを見ると、
背中から淡い青の光を散らしながら、凄まじい加速でジャスティスの援護に向かって
いった。
 「行ったぞ、シャア!」
 キラの置き土産であるドラグーンに対抗し、ハマーンもファンネルを展開する。アスラ
ンの救出に意識を向けるキラのドラグーンはコントロールが甘く、ハマーンは容易くそ
の全てを片付けた。
 しかし、キラは構わない。ほんの少しだけハマーンの足を止められれば良かったの
である。ドラグーンが全て落とされたとて、それは今のキラにとって問題ではない。
 片腕を失ったジャスティスは、百式の猛攻の前に劣勢を強いられていた。シャアはこ
こが好機と踏み、一気呵成に撃墜しようと前掛かりになっていた。
 だが、ジャスティスにはまだシャアが知らないギミックが残されている。それを目にし
た時、シャアは度肝を抜かれた。ジャスティスの背部のリフターがパージされたかと思
うと、それ自体が自律してシャアに襲い掛かってきたのである。
 ファトゥム01は、全体にビームブレイドが仕込まれたビームスパイクの一種である。
無線誘導によって制御され、それ自体が武器となって敵に襲い掛かるのである。
 モビルスーツの生命線とも言えるバーニアユニットを武器として飛ばすなど、とんで
もない発想だ。しかし、その意外すぎる発想がシャアの虚を突いた。そして、辛うじて回
避するシャアだったが、その隙に猛スピードで駆けつけたフリーダムにジャスティスを
回収され、逃亡を許してしまった。
 気付けば、エターナルから信号弾が上がっていた。ラクスを始めとした、オーブの降
下部隊の回収が全て完了したのだ。
 「……取り逃がしたか」
 それを見届けると、シャアはバイザーを上げて、ふぅ、と一つ息を吐いた。
 隣にキュベレイがやって来て、マニピュレーターを百式の肩に乗せた。まるで労って
いるかのような手つきに、ハマーンにしては珍しい仕草だと思った。
 「この分では追撃は無理だな。もっと本格的な艦隊が組めていれば、考えたことでは
あるが……しかし、百式のシェイクダウンにしては上出来だった。ジャスティスのあの
ダメージなら、奴らもすぐには動けまい」
 ハマーンにしては妙に穏やかな声に感じた。少しトーンが高いのだろう。
 「……珍しいな」
 「……? 何がだ?」
 「仕留め損ねたことについては責めないのか? 先ずはそのことで詰られるものと覚
悟していたのだが……」
 シャアは、その褒めているように聞こえるハマーンの言葉が却って不気味に思えて、
つい聞き返した。どうにも座りが悪く感じられたのだ。
 途端、キュベレイの目がハッとしたように急に目をそばめた。
 一転、少し重苦しい空気が流れた。キュベレイから感じる“気”が、急に冷たくなった
ような気がする。
 「……どうした、ハマーン?」
 応答が無いことを怪訝に思って再度訊ねると、ハマーンが「フン」と鼻を鳴らした。そ
れが、舌打ちをしたように聞こえた。
 「私は、それほどお前に期待していない……」
 キュベレイのマニピュレーターが百式の肩から離れ、接触回線から無線へと切り替
わる。回線状況が変わって、音質が少し劣化する。だが、ハマーンの声が急に低くな
ったように聞こえたのは、音質の劣化によるものだけではないように思えた。
 「ミネルバが上がってくるまでは、私が乗ってきた船での滞在を許可してやる」
 「あ、ああ……厄介になろう」
 「――ん!」
 キュベレイは先行して補給艦へと向かっていった。
 「……今更何を?」
 シャアはそれを見送りながら、心底から不思議そうに呟いた。
 「お、終わり、ました……?」
 キュベレイが見えなくなると、それを待っていたかのように後ろからミーアが話し掛け
てきた。どことなく苦しそうである。
 シャアは怪訝に思い、後ろを振り返ってミーアを確認した。しかし、そこにあったミー
アの顔色は、いつのも健康的で艶のある桜色ではなく、病的で血の気を失ったような
蒼白へとすっかり変わり果てていた。
 「ミーア……」
 全体的にやつれたように見える。シャアは察して、急に老け込んでしまったミーアに
慎重に語り掛けた。
 「すまない。君の言葉に甘えすぎた」
 思い返せば、途中からミーアは悲鳴すら上げなくなっていた。素人が戦闘機動のモ
ビルスーツに乗れば、こうなるのは自明の理。ミーアが言い出したこととはいえ、もう少
し配慮してやるべきだったとシャアは自省した。
 「いえ、こ、このくらい、平気、です……」
 ミーアは強がるものの、そう言った途端に「うぷっ!」と軽く戻しそうになった。
 シャアは慌てて、しゃべらないように注意した。
 「もう少しの辛抱だ。何とか堪えてくれ」
 メットを被ったままでは悲惨なことになる。かと言って外したらもっと悲惨なことになる。
 シャアは補給艦に連絡し、エチケット袋の用意を頼むと、ミーアの負担にならぬよう、
可能な限り静かに百式を移動させ、細心の注意を払いつつ、かつてないほど慎重に着
艦した。
 エアロックを抜けて格納庫に入る。すぐさまハッチを開けて、ミーアを外に出した。そ
して、急ぎエチケット袋をミーアに渡すようにクルーに呼び掛けたのだが――
 「待て! まだ早い!」
 ミーアは我慢が出来なかったのか、慌ててヘルメットを脱いでしまったのである。少
しでも早く新鮮な空気を吸って、楽になりたかったのだろう。しかし、ここは格納庫。そ
れは逆効果である。
 シャアは血相を変えて叫んだ。
 「急いでくれ!」
 エチケット袋を持ってきたクルーが、無重力の中を手足をばたつかせながら懸命に
ミーアのところに向かう。
 しかし、現実は非情であった。
 常に換気しているとはいえ、格納庫には機械油のにおいがこびりついてしまっている。
それこそ、金属が腐敗したような不快なにおいだ。ヘルメットを外したミーアは、その空
気を思い切り吸い込んでしまったのである。
 「止せ! 早まるな!」
 蒼白を通り越して、ミーアの顔色が土気色になる。白目を剥いたミーアは、限界を通
り越していた。最早、手遅れだった。
 哀れ、ミーアは間もなく両頬が爆発したように膨らみ、卒倒するように身体を仰け反
らせた。
 そして、美しく涙を散らし、決壊した。
 「オーマイガーっ!」
 クルーの悲鳴が轟く。無重力を自由自在に飛散する、吐しゃ物。ツンと鼻を突く胃酸
のにおいと、中途半端に撹拌されたグロテスクなゲル。人々は逃げ惑い、格納庫には
悲鳴が飛び交った。それは、とても言葉では言い表すことができない、阿鼻叫喚の地
獄絵図だった。
 
 それからクルーが協力して処理に当たり、事態は何とか収拾した。しかし、精神的に
大きなダメージを負ったミーアは、それからミネルバが到着するまで殆ど自室に引きこ
もったままになってしまった。