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SEED-IF_CROSS POINT_プロローグ

Last-modified: 2010-01-20 (水) 01:38:15
 

それは、ありふれた式典だった。

 
 

白の軍服に身を包み、キラは空を見上げる。
風が自分の身体を柔らかく包み、以前よりも長く伸びた髪をなびいた。
いい天気だ。

 

ここは地球のとある都市。
前の大戦で、連合とザフトとの凄絶な戦闘が行われた場所のひとつ。
現在世界に平和を訴えかけるための式典が行われている真っ最中だ。
尤もラクスの演説も既に終わっているので、自分たちがする事は大して残っていない。
キラは来賓席に座ったまま、誰にも気付かれないようにあくびを噛み殺す。
吹奏楽の演奏も終わり、ラクスが再び壇上に立った。
それと同時に軍の関係者らしき女性から1人の少女が花束を受け取る。
花束の贈呈か。確か終わりに近かった筈だから、だったらもうそろそろこの式典も終わるだろう。
ラクスと同じくピンク色の髪。年は5,6歳くらいだろうか。
幼い頃のラクスはこんな感じだったのかもしれない。

 

司会者の紹介の後、花束を持った少女が嬉しそうに駆け寄って行く。
幼い声がこちらまで聞こえてきた。

 

「らくすさま、おはなをどうぞ!!」
「ありがとう。綺麗で、いい匂いがしますね。貴方のお名前は?」
「わたしもらくすっていいます!!」

 

少女の方もラクスという名前らしい。年齢的にこっちのラクスにちなんだのかは微妙なところ。
まあ宇宙も広い事だし、名前が一緒なんてのはよくある事である。

 

「まあ、わたくしと同じ名前なのですね?」
「はい! でもわたし、らくすさまみたいにおうたがじょうずにうたえないの」
「そうなのですか?では今度一緒におうたの練習をしましょう」
「ほんとう? いっしょにうたってくれるの?」
「ええ、約束です。今度時間を取って、いえプラントへご招待しますわ」
「わあい!」

 

まるで本当の姉妹がじゃれている様な微笑ましい光景。それを見ていたキラも表情を綻ばせる。
まったくラクスときたら、いくら子供好きだからって安請け合いしちゃって。
お互いに多忙のため自分たちの子供はまだ後だと考えていたが、
あんなに喜ぶのなら今度話し合ってみようか。

 

デュランダル議長を倒しラクスが議長に就任しても、世界には未だ争いが絶えない。
だが今だけはそのことを忘れてもいいんじゃないだろうか。
愛する女性と守るべき子供たちがただ幸せに微笑んでいる。この光景はまさしく平和と呼ぶに相応しい。
そうだ、これが自分が求めていたものなんだ。
力なんていらない。決められた運命なんていらない。ただ、笑顔さえあればいい。
苦難を乗り越えてようやく得たこの時間を、キラは今噛み締めていた。

 
 

――――花束の中にある黒い影。それを見つけるまでは。

 
 

咄嗟に周囲を見渡す。さっき少女に花束を渡した、あの女性の姿が無い。
嫌な予感。いや、確信。
彼女たちに向かって走り出し、叫んだ。

 

「ラクス!!」

 

血相を変えたキラの様子にようやくラクスも花束の中に気付いたのか、その表情が凍った。
咄嗟に花束を放り投げて少女に覆いかぶさる。

 

そして、爆発。

 

キラの体を轟音と熱風が通り抜けていく。目が眩み、耳もよく聞こえない。
だがそのまま無事な彼女の姿を求めて歩き出し―――

 

そして、見つけた。見つけてしまった。
血だらけで横たわる彼女の姿を。

 

「ラクス!!」

 

急いで駆け寄る。力を失った彼女の身体が赤く染まっていた。
腕の中の少女に外傷は無い。彼女がその身を盾にして守ったのだ。
きつく抱き締められた少女をラクスから離して、彼女を揺さぶる。

 

「目を…目を開けてくれ!!」

 

彼女は動かない。身体にも力が入っていない。ただ、今にも途切れそうなか細い呼吸を繰り返すだけ。
喋っている自分とは別の冷静な自分が、もう手遅れだと判断している。

 

嘘だ。
なんだこれは。

 

「あ……キ…ラ……」
「ラクス!!」

意識を取り戻した彼女を抱きかかえる。
白服に血が付いたが気にしない、そんな事よりも今は彼女を。

 

「あ…の……娘は……?」

 

こんな時まで他人の心配をするラクス。彼女らしいと言えばらしいが、今は余計だった。
安心させるように優しく話しかける。頼むからもう動かないで欲しい。
でないと、こぼれてしまう。

 

「大丈夫、君のおかげで怪我一つ無いよ。それより喋っちゃダメだ。すぐに医者を連れて来るから…」
「良か…た…」

 

笑顔を浮かべてくれたが、逆に不安になるような笑顔だった。
いつもと変わらず、いやそれ以上に美しい笑みではある。だがその笑顔には何処か儚いものを感じるのだ。
まるで蝋燭が消える最後の瞬間、眩しく輝くような。

 

「キ…ラ……こふっ」
「ラクス!! ダメだ、しっかりするんだ……何をしてる、医者はまだか!?」

 

苛立ちまぎれに周囲の人間に怒鳴りつける。だが医者らしき人間が近付いてくる様子は無い。
こうしているうちにも彼女の容態がどんどん危険な状態になっていくのが嫌になるほど理解できた。

 

「はぁ、はぁ、キラ…」
「喋らなくていいって言ってるだろ!!」
「キラ…お願い…です…ど…うか……世界…を……」
「ラクス!? そんな事を言っちゃダメだ!!」

 

自分の手を握り遺言のような言葉を吐く彼女。いや、実際遺言なのだろう。
だがそんな事を自分は認めない。
認めたくない。

 

「平和を…自由を……争いの無い世界を…」
「もういい!! 言わなくていい!! 君のそんな言葉聞きたくない!!」
「キラ……」
「いやだ…」
「お…願いです…」

 

手を握る力がなくなっていく。縋る様なラクスの瞳。
頷くことなんてしたくない。するわけにはいかない。
そんな彼女の死を受け入れる様な事をすれば、間違いなく彼女は帰ってこなくなるだろうから。
だけど。彼女のこんなに弱い目を、初めて見てしまっては。

 

「貴方…が……」
「わかった、わかったよ!! 争いの無い世界、僕が作る。約束する。だから!!」

 

その言葉を聞いて、ラクスは微笑んだ。そして力を失った手がキラの掌からすり抜けていく。

 

ありふれた三流ドラマのような光景。
あまりにもベタすぎて、そのうち誰かが「これは冗談だ」と言い出すのではないかと思うくらい。
だが、これは紛れもない現実で。

 

「ラクス?」
「………」

 

揺さぶる。身体に力が入っていない。
揺さぶる。瞳は開かない。
揺さぶる。呼吸もしていない。
揺さぶる。
揺さぶる。

 
 

いやだ。認めたくない。

 
 

「ラクス? 起きなよ。何してるんだよ」
「………」
「ラクス。みんないるんだよ? 僕達を見てるんだ。寝てる場合じゃないよ」
「………」
「わかった、もう十分驚いたよ。冗談なんだよね? 周りの皆も仕掛け人なんだろ?
 何処かに隠しカメラとかあって、これは良くできた血糊で。そうなんだろ?
 ……そうだって、言ってよ」
「………」
「ラクス、起きろよ。起きてくれよ。こんな所で寝てたら、風邪引いちゃうじゃないか。
 ほら、もうこんなに冷えて……」
「………」

 

「……う、うぁ…うああ………」

 

彼女の身体をきつく抱き締める。
何故だろう。今日はこんなにいい天気なのに。
陽の光がこんなに暖かいのに。
何故彼女の身体はこんなに冷たいんだろうか。

 
 

「うああああああああっっっ!!!」

 
 

なんで。こんなに。

 
 
 
 

夕日で赤く染まる病院のベッド。身体を清められたラクスが眠っている。
先程まで多くの人間が出入りしていたものの、気を利かせてくれたのか今は2人きりだ。
アスランも来てくれていた様な気がする。何を喋ったか、よく覚えていないが。

 

あれから片時も彼女の傍から離れなかった。
何度も彼女の名を呼んだ。結局、何も変わりはしなかったけれど。
薄く化粧を施された彼女の顔を見つめながら、その手を握る。
小さい手。細い腕。
世界を支えている人間とは、思えなかった。

 

「こんなに小さかったのか」

 

こんなに小さい手で、零れ落ちそうな平和を掬い上げようとしていたのか。
いつでも笑顔のままで。他人には辛い顔を見せないで。

 

「ちくしょう……」

 

何故だ。
確かに彼女には力がありすぎたのかもしれない。
コーディネーターを憎む人間も居なくなったわけではない。
だけど何故彼女が。世界中の人々の為にあんなに一生懸命頑張っていたのに。
手を握ったまま力なく項垂れる。
もう涙は枯れて、自分は泣くことすらできなかった。

 

どれだけの時間がたったのか。
今の自分にはよくわからないし興味も無い。
立ち上がろうとする力すら沸いてこない。
顔を上げると机の上の鏡に自分が映る。
腫れ上がったまぶたに真っ赤な目。ひどい顔だ、ラクスもこんな自分は見たくあるまい。
顔を洗いに洗面所へ向かうことにした。

 

洗顔を済ませて彼女の部屋に戻ろうとすると、途中の広場のテレビから「ラクス」という声が聞こえた。
映っているのは痩せた男性、そしてその脇には連合の制服を着た男が2人。
画面左上に「中継」の文字が表示されている。おそらく、全世界にこの放送が流れているのだろう。
場所はヘブンズベース。男達の胸には青い秋桜の徽章。彼らはブルーコスモスだとすぐに分かった。
だが途中から見たので、どんな内容かはっきりわからない。追悼番組にしては早すぎる。
ぼんやりとした頭のまま画面に近付こうとして

 

『―――そして今、傲慢なるラクス=クラインに天誅を下しました!!』

 
 
 

思わず目を見開く。
待て。こいつは今、何て言った?
男の演説は続く。

 

『平和を乱すのか、と考える方もいることでしょう。
 平和の歌姫である彼女を殺して、また戦争をするのかと。
 だが落ち着いて思い出していただきたい!!
 エイプリル・フール・クライシスを実行したのは誰の父だったか!!
 平和の歌姫と名乗る彼女の、実際にこれまでやってきた事を!!
 そして現在まで、彼女の力に逆らえる存在がいなかったという事実を!!
 ここまで言えばお解かりでしょう。
 彼女は断じて平和の歌姫などではない!!
 そして我々ナチュラルは今まで、コーディネーターどもに支配されていたのです!!』

 

なんだそれ。こいつは一体何を言っている。
支配だと? それはラクスが決定権を持っていた事か。
なんだそれ。
他の者が行うと全員が納得しないから。
ラクスなら平等に扱ってくれる筈だから。
平和の歌姫だから。英雄だから。
そう言って、誰もが皆ラクスに荷物を押し付けただけじゃないか。
誰も彼もが勝手に女神だと崇めて、彼女に縋ってただけじゃないか。

 

『力が全てが支配できるというのなら、我々ナチュラルにこの先未来はありません。
 エイプリル・フール・クライシス。そしてブレイク・ザ・ワールド。
 彼らコーディネーターに刃向かえば、あの悲劇が再び繰り返されるでしょう。
 我々に残された道は2つ。
 一つはこのままコーディネーターの顔色を窺って生きること。無論そんなものは認められるわけがない。
 ならば、残されたもう一つの道。

 

 そう、コーディネイターという種族を根絶やしにすべきであると!』

 
 

何を極端な事を言ってるんだ。
コーディネーターを根絶やし? そんなの、また戦争が始まるって事じゃないか。
彼女が必死になって世界中に広めようとしていたこの束の間の平和を、彼らが破ると?

 

いや、そんな事はもうどうでもいい。

 

そうだ。こいつらが。
こいつらがラクスを殺したのか。

 

『そのために、我らブルーコスモスが再び―――』

 

これ以上奴らの戯言を聞いてられなかった。
リモコンを画面にに叩きつける。テレビは何も映さなくなった。
それを気にせずに背を向ける。やるべき事が今、できた。

 
 
 

大至急用意させた車から降り、キラはそのまま建物の中へと歩いていく。
そして敬礼する技師やパイロット達を無視し、1機のMSの前で立ち止まった。
目の前に立ち尽くしているのはストライクフリーダム。彼女から授かった、自分の剣。
血に塗れた白服のまま、躊躇うことなく乗り込んだ。
パイロットスーツもヘルメットも必要ない。
長く伸びた後ろ髪を彼女の髪留めで留めてから、外部へのマイクをオンにする。

 

「ザフトの皆さん。頼み、いや、命令があります」

 

キラの声に即座に直立する軍人たち。
自分は滅多に命令など出さない。今までその必要がなかったからだ。
大抵の事は相手が言うことを聞いてくれたり、退いてくれたりした。
今も命令などせず願いを口に出せば聞いてくれるだろう。
だが今回ばかりは、徹底したいことが一つだけある。

 

「誰も、僕を追って来ないでくれ」

 

そう。誰にも邪魔はさせない。味方のザフトにも。
彼女の暗殺に関わった者すべて、自分の手で―――

 

飛び立つストライクフリーダム。上空でドラグーンも切り離した。
こんな地上で使えもしないデッドウェイトはいらない。外見なんかどうでもいい。
一秒でも早く。一瞬でも早く。
あの愚か者どもに制裁を。
自分から彼女を奪った彼らに、血の制裁を。

 
 

「―――これは。この戦いだけは。この怒りは僕だけの物だ!!」

 
 

止められる者がいるなら止めてみれば良い。
この絶望に、敵う者が存在するというのなら。

 

夕焼けの空に流れていく蒼い流星。すぐに建物からは見えなくなって。
その数時間後、ヘブンズベースという地名は世界から姿を消した。

 
 
 
 

ヘブンズベースの消失により、ブルーコスモスの一斉蜂起が失敗に終わってから半月後。
ラクス=クラインの国葬はプラントの首都アプリリウスで行われた。

 

広大な会場内には白く美しい花と共に、生前の彼女が写った写真がいたる所に飾られている。
一般席はザフト軍人やプラント市民で溢れ、会場の外まで参列者によって埋め尽くされていた。
遺族席には夫であるキラのみが座り、
来賓席にはカガリやアスラン等、かつて共に戦った仲間たちが並んだ。
また軍を離れていたディアッカやルナマリア、バルトフェルドの姿もあったが、
シン=アスカの姿だけは、最後まで見られる事が無かった。

 

国葬が始まった。

 

献花を捧げても遺体に縋り付いて離れられないカガリ。
階段に座り込み、肩を落としたまま立ち上がれないアスラン。
男達は空を見上げ続け、逆に女達は視線を落とし続ける。こぼれる涙を見せないように。
誰かが泣くことを、ひどく彼女は嫌っていた。
その事を皆、知っていたから。

 

式の途中で雨が降るまで、その光景は続いた。

 
 

冷たい雨の中、キラは彼女を見下ろした。
国葬ももう最後。これから彼女を送らねばならない。
優しく彼女の頬を撫でる。
白いドレスに包まれた彼女は、この世界の誰よりも綺麗で。
自分の側に居てくれたことがまるで夢の中の出来事みたいに思えてくる。

 

ずっと一緒にいることができると思ってた。
できることなら今すぐ彼女の許へ行きたかった。
だが彼女はそれを望まなかった。なら自分はまだ、生きなければならない。

 

だからこれが最後の別れ。
彼女に、そっとキスをする。
唇は冷たかった。悲しくなるほどに。
涙が一粒だけ零れて落ちた。

 

多くの人々が彼女を惜しむ中、国葬はやがて終わりを迎える。
誰よりも人々を愛し、人々から愛された歌姫の最後だった。

 
 

式が終わった直後、歌姫の伴侶は表舞台から姿を消した。
傷心か、絶望か。それは本人にしかわからない。
だが民衆はいつか彼が戻ってくれると信じていた。
彼は英雄であり、世界の守護者であり、平和の歌姫の夫であるのだから、と。
この世界の争いは絶えない。彼女の意思を継ぎ平和をもたらすのは彼しかいない、と。
だから待ち続けた。1週間。半月。1カ月。

 
 

キラ=ヤマトが世界に宣戦布告したのは、彼女の死から50日目のことだった。

 
 

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