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SEED-IF_CROSS POINT_最終話

Last-modified: 2011-03-22 (火) 00:50:45
 

湖に置いた花束は揺れながら沈んでいき、水面は次第に曇ってきた空を映し出す。
今夜の天気予報は雪だったから、もうじき降りだすのだろう。
何で今日に限ってと思わないでもないが、そう言えば彼女が此処で眠りに就いた日も雪が降っていた。
これもめぐり合わせというやつなのか。
シンは眼鏡とコンタクトをケースにしまいながら、ゆっくりと言葉を吐き出す。

 

「さて、何から話そうかな……」

 

実はこの場所にはしばらく来ていなかった。
前回はキラとの戦いが終わってから数ヵ月後。
かつての約束通り、ムウ=ラ=フラガと2人だけで来た。
あの時は彼に遠慮してしまいちゃんとした報告をすることができなかった。
それからも此処に来ることは出来たのだろう。
けれど彼女と逢うのは自分の道を定めてからにしたかった。
だからベルリンの復興を終わらせて勉強して医師の資格も取った。
勿論資格を取ったらそれでゴールと言うわけじゃない。
戦争による影響で医師資格は成績が良ければ短い期間で取れるようになっていたが、
実力もつけねば話にならない。
寝る間も惜しんで研修に行き、勉強も続け、ローン組んで貯金もはたいて診療所を作った。
作ったら作ったで目の回る様な忙しさだった。
看護士の資格を取って自分を助けてくれた彼女たちの存在が無ければ厳しかっただろう。

 

けれど、それまでの日々は本当に充実していた。目的に近付いていることを実感できた。
自分1人の力では到底ないけれど。今なら少しは胸を張ってステラに逢えるかなと思えるようになった。
そして今日ようやく、ここに来ることが出来た。

 

話したいことはたくさんある。だから遠慮なく喋らせて貰おう。
辛かったことや悲しかったこと。
怒ったことや楽しかったこと。
また明日。君にそう言われてから今日まであった事を、全部聞いて欲しい。

 

「なあ、ステラ。この前は話せなかったんだけど……」

 

いろんな事が、あったんだ。

 
 
 
 

最終話 『光る風の中』

 
 
 
 

自分たちは働きすぎじゃないだろうか。
オーブの国家元首、カガリ=ユラ=アスハはそう思いながら茶をすすった。

 

ここはオーブ国防総省の執務室。休憩がてらに部屋の主である仲間の様子を見に来たところである。
ソファに座ってくつろぐ彼女とは別に、部屋にはもう1人人間がいた。
山の様に積み上げられた書類に必死にサインしている男性。
アスラン=ザラ。彼は今、中将に昇進していた。
別に未だに代表の座に居座っている自分の贔屓などではない。彼自身の働きによる純粋な評価である。
なんだかんだ言ってこの男、真面目に働くことが好きなのだ。

 

「ザラ中将。あまり根を詰めすぎるな」
「カガリ、いやアスハ代表。そういうわけにもいきません。時間は有限なのですから」

 

少しは休むよう勧めて見るが断られた。
確かに時間は有限だ。彼が現在行っている仕事は最優先事項の一つでもある。
それに加えてこいつは頑固だ。これ以上言っても聞きはすまい。

 

まあいいか。もう少ししたらこいつは必ず休憩に入るだろう。
何故かと言うと―――

 

「失礼します」

ペンの鳴る音と茶を啜る音のみが響く部屋。そこにスーツ姿の女性が入ってきた。
誰かと思えば退職したメイリンの変わりに入った秘書だ。
秘書になってからしばらく経つのに、まだ仕事に慣れないらしい(アスラン談)。

 

「ザラ中将、その…」
「なんだ。今忙しいんだ、報告は手短にしてくれ」
「はい、申し訳ありません。たった今奥様が娘さんを連れて会いに来ま―――ひっ!?」

 

アスランが机から、まるで蛙のように予備動作も無く跳ねた。これはまさしくアスランジャンプ。
重力を無視したかのようなこの飛翔、やられた方からしたらこれほどトラウマになりそうな物も無い。
そういえばかつての自分もこの技見たときに殺されかけたっけ。
空中で無駄に回転しながら沈み込むように着地。
その勢いで花瓶の花びらが舞いあがり、花吹雪のように降りてくる。
なんだこの演出。

 

「ちょ、ちょっと、中将!? 待ってーーー!!」
「うおおおおおおあああああああッッッ!!!!!!」

 

そして猛烈なダッシュ。そこまで娘に会いたいか。
目を血走らせて家族の許に向かう男と、それを追う秘書見習い。部屋に静けさが戻る。
別れて正解だったかなと昔好きだった男のアレな姿にドン引きしながら溜息をついた。

 

でも少し、いやかなり羨ましい。それというのも最近の友人たちの恋愛事情。
シホは近くイザークと結婚予定だし、ミリィはディアッカとよりを戻してからは上手くいっているらしい。
アスランにしてもそうだ。
娘自慢は正直ウザいしまだ結婚どころか恋人もいない自分に対する配慮も欠けている。
けれど彼は今、本当に幸せそうだった。
本心を隠さず言わせて貰えれば、やはり幸せな彼ら夫婦は羨ましいし少し悔しい。
もしかしたらあの幸せ空間の中にいたのはメイリンではなく、自分だった可能性もあったのだ。

 

「人生って、ままならないよなぁ…」

 

再び来客用のソファに腰を落とす。口から零れるのは溜息ばかり。
不意に部屋のドアが開かれた。ノックも無しに部屋に入ってくる人間は1人しか心当たりが無い。

 

「やっぱりここにいた……どうしたの、オバさん」
「せめて漢字表記しろよな、叔母さんって。ったく…アスランだよ」
「ああ、れいのぱたーんってやつね。やれやれ」

 

入ってきたのは最近生意気になってきたピンク色の髪の少女。
ミリィ経由でキラから託された、彼の娘である。
もっとも娘とは言っても血の繋がりは無く、養女みたいなものだったらしいが。
当然アスランの現状も知っているので、彼女もげんなりとしている。

 

「で、むかしをおもいだしてしずんでるんだ。だったらほかのおとこでもつかまえたら?」
「子供が知ったげに言うもんじゃないの。それにここのところ、いい男にめぐり合えない…」
「なぁんだ。ないのはいろけだけじゃなくて、おとこうんもだったのね」
「コイツ可愛くないなぁ……」

 

人の傷口を抉る幼女の言葉に、カガリはつい不貞腐れてしまう。
この年齢でこの性格。本当にキラの娘なのだろうか。せめて可愛い盛りの時に引き取りたかった。

 

つーかあんまりだ。この状況。
まだ四捨五入しても30にならないのにオバさん呼ばわりされ、男は寄り付かず。
パーティーがあるので格好つけてスーツをキメたら、熱視線を送られるのは女性ばっかりだし。
やはりこの間オーブテレビのスポーツ番組に出演したのがまずかったか。
やらせ抜きでプロスポーツ選手(男)に勝っちゃったのが。ビーチフラッグで2連覇達成しちゃったのが。
いや待て。ビーチフラッグ?
ビーチフラッグでは、周りの状況を見て旗を変えたほうが良い場合もある。これを恋愛にあてはめると……

 

イザーク:アウト (シホ)
ディアッカ:アウト (ミリィ。別にいらん)
アスラン:アウト(バカ。嫁持ち)
シン:セーフ (ある意味アウト)
キサカ:アウト (加齢臭)

 

……ってシンしかいないじゃないか。ルナかコニールかで未だにはっきりしてないあの男。
はっきり言って論外である。
あ〜でも最近丸くなって私に結構優しいんだよなぁあいつ。実はあの顔結構タイプだし。
分の悪い賭けは嫌いじゃないし、
それにあいつゲットしたら私がこの作品のヒロインということになるかも……。
ふむ、ヒロインか。懐かしい響きよ。
かつては自分もその末席に名を連ねていたことがあった。本当に過去の話だが。
弟だったり勘違いの恋だったりモミアゲだったりでろくな目に遭ってないけれども。
というか脇キャラならともかく一応ヒロイン名乗れた身なんだから
フラれても他のヒーローも宛がってくれよ。
そんなカガリの目に、遠くの方でジャージ姿の貧乏そうな女性が手招きしている幻覚が映る。
すんません、まだそっち行きたくないです。風のニルチッイルートだけは勘弁してください。

 

「ふむ、風か……」

 

乗りてえ風に乗り遅れたヤツは間抜けってんだ。
その言葉を思い出すとなんだか無性にテンションが上がってきた。
確かに戦うのは今をおいて他に無いのかもしれない。
ヒロイン、カガリ=ユラ=アスハ。
なんと聞こえのいい言葉か――!!

 

「よし、決めた! こうなったらアスカハーレムに突入してやる!」
「ちょっとなにいってるのかわかんないです」
「待ってろよシン〜! ヒロインの座、大外から私が貰った!!」

 

思い立ったら吉日。今すぐベルリンへ行ってやる。
さっきまでいた友人のように、ソファから予備動作も無く跳ねあがる。
そしてそのまま外に向かって駆け出した。

 

「うおおおおおおあああああああッッッ!!!!!!」

 

義理の姪を、置き去りにしたまま。

 
 
 

いきなりアホな事を叫んだ後、自分の保護者は出て行った。
少女は。ラクス=ヤマトは溜息を吐く。

 

「なんだかなぁ……」

 

1年以上前にオーブに来てからというもの、ずっとこの調子だ。
周りの人間の変なテンションに流され続けるばっかりで

 

「さびしがるひまもないよ、おとうさん」

窓から空を見上げる。思い出の中の声でおとうさんが言った言葉。何だっただろうか。
確か「良い子にしてるんだよ」と「帰りは遅くなる」だったはず。

 

そう、あの時おとうさんは帰りが遅くなると言ったのだ。

 

あの後ミリアリアおねえちゃんに連れられてオーブに来てから、
沢山の人たちからおとうさんの行方を聞いた。
返ってきた答えは全て同じだった。キラおとうさんはもうこの世にいないということ。
でも自分はその話をあまり信じられなかった。
だっておとうさんはあの時言ってくれたのだ。必ず帰ってくるって。
そしておとうさんは私との約束は必ず守る人だ。ならいつか、絶対に帰ってきてくれるだろう。

 

だから。その時まで。

 

「うん。わたし、いいこにしてる。だからはやくかえってきてね、おとうさん」

 

頑張って良い子にしていよう。そして帰ってきてくれたら、それをおとうさんに自慢するのだ。
そうしたらまた、頭をいっぱい撫でてくれるだろう。自分も思いっきり甘えよう。
そして、今度こそずっと一緒に。

 

空はこの上なく蒼く染まっている。おとうさんと始めて会った時と同じ、いい天気。
見ているとなんだか嬉しくなってくる。笑っても良いかな、そう思えてきた。
以前は笑えなかった。ママも自分もひどい目にあったから。
でもおとうさんのおかげで笑えるようになれた。
なら、おとうさんの事を思い出して笑うのも悪くないだろう。

 

少女は。
おもいっきり、笑う事にした。

 

「フゥハハハァーハー!! 今度こそ、今度こそヒロインの座をーー!!!」
「良く来てくれたな! パパでちゅよーー!! ちくしょう、自分の娘ながらやっぱ可愛いすぎるぞ!!
 目は俺に似てるし、鼻は俺に似てるし、髪の色も俺譲りだし!!
 やらん、絶対嫁にはやらんからなーーーー!!!」

 
 

………言っておくが、今の笑い声は私じゃない。

 
 

一気に力の抜けた体を引き摺り、ソファに腰を下ろす。
ノックの音と共にキサカおじさんが部屋を覗いてきて、あの2人は? と聞いてきた。
言葉も無く2人が行った方向を指差す。おじさんは礼を言って去って行った。

 

遠く聞こえてくるのは未だに続く自分の保護者とその友人の (変な) 笑い声。
そのあとに仕事せんかー!!というキサカおじさんの声が聞こえた。
ここにはやっぱり変な人しかいない。その最たるが自分の保護者と言うのは悲しいことこの上ないけど。
溜息を吐いた後、お父さんに向かってもう一度だけ呟いた。

 

「あ〜でもおとうさん。わたし、おとうとやいもうとはとうぶんできないとおもう」

 

わたしが男だったらゴメンである。
多分10年後くらいには国と結婚したとか言い訳してるんじゃなかろうか。
そう思いながら空を見上げると、想像のおとうさんはちょっと困った顔をして笑って―――

 
 

「空なんか見上げても、お前のおとうさんはいないぞ」

 
 

おとうさんの困った顔は、無愛想な声に掻き消された。
ラクスは声の方向に振り返る。いつの間にか部屋の隅に男が立っていた。
黒い髪に紅い瞳。この姿、何処かで見たような気がするが。

 

「あなた、だれ?」
「……シン=アスカ。お前をさらいに来た」

 

その名を聞いてニュースで見たのを思い出した。おとうさんの友達だった、シン=アスカ。
確かおとうさんと同じくもうこの世にはいないって聞いていたけど、なぜ此処にいるのだろうか。
それにさらいに来たってどういうことなのか。予期せぬ急展開に判断が追いつかない。
とりあえず大声を上げるか走って逃げるかしないといけないんじゃないだろうか。

 

「わたしを……」
「ん?」

 

ソファの後ろに隠れ身構える。近付いてくる様子が無いのに少しだけ安心するが
自分をさらうと言った目の前の男はおとうさんを殺したと言われてる人である。
オバさんもまだオーブの偉い人だし、自分を使って何か悪いことをするのかもしれない。

 

「わたしをさらって、どうするつもり……?」
「さてな。ああは言ったけど、正確には実行犯は俺じゃなくてこいつだから」

 

そうシン=アスカは言うと、いつの間にか後ろにいた男の人を指差した。
茶色の髪にサングラスをかけた男の人。
その人が視界に入った瞬間、何故か心臓がどくんと跳ねた。なんなんだろうこの感覚。
そんな戸惑う自分に構う様子も無く、男の人は微笑みながらサングラスを外して―――

 

「………え?」

 

外した、顔は。

 

「元気そうで嬉しいよ。ラクス」

 
 

今さっき思い描いていた、おとうさんの顔にそっくりで。

 
 

「背、かなり伸びたね」

 
 

自分が求めていた優しい笑顔で、こちらをみつめている。

 
 

「ほん、もの……?」

 

全細胞がその疑問に肯定を示している。けれど俄かには信じられない。
確かに生きていて欲しいと強く願っていたが、世界中の人間がおとうさんを死んだものとして扱ってるのに。
思わず頬をつねる。あんまり痛くは無いが、触ってる感触はしっかりわかる。
どうやら夢でもなさそうだった。

 

「もちろん。別に幽霊とかじゃないよ? ほら、足だってあるし」
「死人ではあるけどな」
「それ君が言うの? アレックス=ディノさん?」
「うっせー嘘つきのネオ=ロアノークの分際で」

 

アレックス? ネオ? キラじゃないのならやっぱり別人?
話の内容が読めずに呆然としている自分を無視して2人の男は軽口を叩き合う。
シン=アスカに促されておとうさんに似た人は自分の前まで歩いてくると、膝をついて目線を合わせた。
伸ばされた手が、自分の頭を優しく撫でる。

 

「約束通り、良い子にしてたみたいだね」

 

優しい声。髪を滑る指先。自分を見つめる瞳。
それらは全て過去の自分が経験したものだった。そして2人でした約束も知っている。
偽者なんかじゃない。間違いない。此処にいるのは。
目の前にいるのは―――

 

「お……おと…おと……」

 
 

「ただいま」

 
 

身体が勝手に爆ぜた。その名を口にする前に、勢い良く腕の中へと飛び込んだ。
背中にまわる腕。懐かしい匂い。暖かい胸。心臓の鼓動。
それらの全ても先ほどと同じく過去の記憶にあったものと同じ。
心のどこかで諦めていたものが今、間違いなく此処にある。

 

「うえ……」

 

約束は果たされた。
少女の願いは叶った。
張り詰めていたものが、切れた。

 

「うええ……」

 

思い切り甘えようと決めていた。おかえりなさいと言うべきなのはわかっていた。
けれど身体が言うことを聞いてくれない。

 

「うええええ……」

 

少しでも多く身体を密着させるのに精一杯だった。
その温もりを感じるのに精一杯だった。
夢ではないと自分に言い聞かせるのに精一杯だった。

 

それ以外に割く余裕なんてありはしなかった。

 

「うえええええええええん!!!」

 

少女はこの時、初めて知った。
人は嬉しい時にも泣けるのだと。

 
 
 

「まいったな……もう泣かないでよ、ラクス」
「父親が帰ってきたんだぞ。今くらい存分に泣かせてやれよバカ」

 

思う存分泣き喚き、ラクスと呼ばれた少女はようやくぐずつくまでに収まってきた。
困った顔で彼女を泣き止ませようとするキラをシンは止める。
泣きたい時には泣けばいい。それが子供で、しかも家族が帰ってきた時ならば尚更だ。

 

「父親、か。今の僕にそう呼ばれる資格はあるのかな」

 

少女を抱き締めたままキラはシンに問う。その目に見えるのは迷い。
求めていたものを無事に手に入れて急に不安になったのだろう。
だがシンはここに来て今さら泣き言かとキラを責める気にはなれなかった。
それはかつての自分の姿だ。

 

「悪いな。あの時、楽にしてやっても良かったんだが」

 
 

こいつの犯した罪は簡単なものじゃない。
例え彼女という救いが傍にあったとしても、いやあるからこそより傷付いていく。
犯した罪が消えることは無く、もうこの子の親に相応しい人間にはなれないのだから。
無論キラをこんなに慕っている彼女はそんな事を欠片も思わないだろう。
けれど彼女のことを思えば思うほど、キラは自分の犯した罪に苛まれていくのだ。
これもヤマアラシのジレンマと呼べるのだろうか。

 

あのまま月面で死んでいた方が彼にとってはまだ救いがあったのだろう。
死んでいれば少なくとも己を責める苦痛からは逃れられただろうから。

 

「でも、苦しみながら生きていくんだよ。アンタはこれから」
「………それって、良いのかな?」
「いいんじゃね」

 

けれどこいつは生きていた。
自分に残した死にたくないという言葉。
それを示すかのように意識を手放しても尚、身体が死に抗っていた。
当初自分はその抵抗を無視するつもりだった。
苦しむ姿に止めを刺してやろうと思ったことも否定はしない。
けれど銃を手にいざ行動に移そうとしたその時、友人の声が頭の中で響いたのだった。
それはかつての自分を救ってくれた言葉。

 

「どんな命だって、生きられるのなら生きたいだろう?」

 

それを聞いた途端、キラは一瞬驚いたように目を見開いた。
そして意地悪そうに笑いながら此方を見やる。

 

「シン。それって誰かからの受け売りなんじゃないの?」
「なんでそう思うんだ?」
「僕を助けてくれた 『彼』 も誰かにそう言ってたからさ」

 
 

容態が落ち着いた頃に本人から直接聞いた話だが、キラもあの花畑まで行ったらしい。
自分の時と違い目の前には川があって、その向こう岸で何人かがこっちには来るなと騒いでいたとのこと。
しかし周囲には他に誰もいないのでこれくらいの浅さなら行けるなと川を渡ろうとしたところ、
突如現れた何者かが放ったケンカキックによってぶっ飛ばされたとかなんとか。
んで目が覚めたらベッドの上だったと。

 

「……あいつめ」

 

それが誰かなんて言うまでも無かった。無愛想な金髪の少年の姿が脳裏にちらつく。
自分の時といいその件といい、あいつちょっとアグレッシブすぎだ。
心配してくれるのは確かにありがたい。ありがたいが死んだ後まで他人に尽くさなくても良いのに。
まあキラに恨みを篭めた一撃を叩き込みたかっただけという可能性は十分にあるけれども。
それに目の前のこいつも、その事に気付いても普通は知らない振りをするもんじゃないのかと思うんだが。
良い言葉には違いないわけだしさあ。もっとこう……ねえ?

 

「でもまあ、彼に言えなかったぶんも君に言っておくね」
「あん?」

 

ブツブツと愚痴る自分に向かってキラは向き直る。その目はいつの間にか真剣なものになっていた。
少女を抱き締める腕を少しだけ強め、僅かに頭を下げる。

 

「助けてくれてありがとう。生きていて、まだ生きることができて嬉しいよ僕は」

 

完全な不意打ちだった。シンは僅かに頬を染め顔を背ける。
こいつに此処までストレートに感謝されたのは初めてだった。
これじゃ本当に、俺たちが友達みたいじゃないか。

 

「ばかやろ、アンタが死に掛けたのは俺のせいだぞ。礼を言う相手が違うだろ」
「いやだから彼に言えなかったぶんもって先に断ったじゃないか」
「それは聞いたけど、でもやっぱり俺に言う必要は……ん?」

 

キラと会話を交わすうち、涙を目の端につけたままぼんやりとこっちを見ているラクスと目が合った。
その瞬間シンは肝心なことを忘れていることに気付く。
なんだか2人して勝手に盛り上がっていたが、彼女の意思を聞いていなかった。
とりあえず彼女の前まで歩き、キラと同じく片膝をついて視線を合わせる。

 

「えーと、その。……まあ、そういう訳なんだ。大人しくこいつにさらわれてやってくれないか?」
「え……?」
「こいつは、君と一緒にいたいって言ってる」

 

英雄キラ=ヤマトはあの戦いで死んだ。だから今のこいつは死人だ。
戸籍は用意したが顔をいじったりしない以上、しばらくは人目のつかない場所で暮らすしかない。
となると彼女がこのままアスハの許で暮らし続けた場合、当然2人が逢うことは難しくなる。
世間がキラの事を忘れるまで最低でもあと5年。生き残ってしまったキラにとってそれは酷だ。
少女の方は歴史の表舞台には立っていないので、書類を少し弄ればいくらでも融通は利く。
だから2人が共に暮らすにはこれしかなかった。
勿論それは無理強いさせるものではなく、彼女の合意が必要ではあるが。

 

少女はキラから離れ向き直る。
そして目の前の父親の目をじっと見つめ、言った。

 

「おとうさん。わたしも……わたしもおとうさんといっしょにいく!!」
「いいのかい? 皆としばらく会えなくなるよ?」
「おとうさんがいるならそれでいい!」

 

そう言うと再びキラに抱きつくラクス。もう離さないとばかりに手に篭もった力は強い。
その姿を見たシンとキラは軽く頷く。
結論は出た。そして此処はあまり長居して良い場所でもない。

 

「それじゃお言葉に甘えて、今から君をさらうからね。よっと」
「ひゃっ!?」

 

キラはラクスをお姫様抱っこの形で抱え上げ、窓へと向かって歩き出す。
しゃんと伸びた背中。その歩みに迷いは無い。
自分の選択は間違いではなかったのかなと思いつつ、シンはその背中に声を掛ける。

 

「これからお前、どうするんだ?」

 

振り返らぬまま、キラは答えた。

 

「そうだね……僕は、この子と一緒に生きるよ。とりあえずはそれが全てだから。
 一緒にいろんな所に行って、美味しいものでも食べて、
 この子が連れてきたボーイフレンドの腕を捻りあげて……。
 その間にもう一度じっくり考えてみるよ。そのための時間はきっと、いくらでもある筈だから」
「突っ込まないからな」

 

いろいろと台無しだった。
馬鹿は死ななきゃ治らないとは言うが、
1度死んでも治らなかったこいつの馬鹿は結構凄いのではないだろうか。

 

「じゃあね」
「とっとと行け。他の奴らにゃ俺から言っとく」

 

歩みを再開するキラ。
彼らの目の前に広がる青空は2人の心の様に晴れやかだった。
窓を開くと部屋に風が入り、机の上の書類が何枚か宙に舞う。

 

「行くよラクス!!」
「うん!!」

 

チラリと背後の自分を見やり、そして窓から飛び降りたキラ。
ラクスは自分に初めて満面の笑顔を見せながら手を振り、そして視界から消えていった。

 
 

「………」

 

シンはぼんやりと2人が消えた窓を眺め続ける。その目は眩しいものを見た様に細められたまま。
実際眩しかった。それは反射された日光が目に入ったからではない。
飛び散った書類を拾い集め、溜息を吐く。

 

「俺も、偽善者なのかもな」

 

どんな命だって、生きられるのなら生きたいだろう。
先ほど言った言葉。それは数え切れないほどの命を奪った自分たちが言って良い台詞ではない。
かつての自分ならばまず間違いなくそう思っていた筈だ。
けれど今の自分たちには大切なものができた。生きる理由ができた。
ならば背負った罪で道を決めるのではなく、決めた道で罪を背負うべきなのだ。
悲しみや後悔の涙など、切り捨てられていった者の痛みへの免罪符などになりはしない。
そして奪った果てが辛気臭い後ろ向きの生なら、それこそ奪われた命への冒涜にもなる。

 

……加害者の言う台詞じゃないなぁ。やっぱり。

 

大切なものの存在を言い訳にして、自分の罪を忘れてしまおうというふうにも聞こえる。
人を殺しておいて、尊い犠牲だったみたいな事をぬかしてるように感じる。
過去の悲しみを薄め、目先の幸せばかり美辞麗句で肯定する偽善者。
今の俺をそう言わずに何と言う。

 

「けど」

 

脳裏を過ぎるのは2人の女性の笑顔。紅い髪と茶髪のポニーテールが揺れる。
彼女たちの傍にいられるのなら。たとえなんと罵られようと。

 

「それでも一緒に生きていたいんだよな。あいつも俺も」

 

視線の先、遠くで弾むように走っているのは2人の親子。
父親の足取りは軽く、娘は笑いながら抱きついてその揺れを楽しんでいる。
その光景を目にしたシンは、彼らの幸せな未来を幻視した。

 

きっと男は2度と戦場には戻らずに、ごく平凡な父親として一生を全うするだろう。
娘と共に笑って泣いて怒って喧嘩して仲直りして彼氏の腕を捻りあげて結婚式で泣いて孫の顔を見て。
そして暖かいベッドの上で、多くの家族に悲しまれながら静かに眠りにつく。
傍らにいる最愛の娘にありがとうと感謝の言葉を述べた後、穏やかに微笑みながら。

 

これからの人生、犯した罪を赦されることは一生無い。
死んでからの土下座行脚も確定してる。
ただその時までに、そんな救いもあったって良いんじゃないか。

 
 

俺はそう、思うんだ。

 
 

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