Top > SEED-IF_CROSS POINT_第22話
HTML convert time to 0.015 sec.


SEED-IF_CROSS POINT_第22話

Last-modified: 2010-04-28 (水) 10:24:50
 

第22話 『膝を抱えるための昨日までの両手』

 
 

アロンダイトを抜き放ち、シンは切っ先を目の前のミーティア、そしてディーヴァへと向けた。
ここから先は行かせない。先程の言葉を現実のものにするために。

 

「どうした? 来いよ。俺を落とせって虎あたりから言われたんじゃないのか?」

 

返事代わりにミーティアのアームから収束火線砲が火を噴く。
戦艦の主砲にも匹敵するその威力、直撃すればどんな機体でも例外無く終わってしまうほどだ。
その一撃を避けると、今度は別のミーティアがビームソードを振りかぶり飛び込んできた。
速い。そして鋭い。流石にミーティアに乗るだけのことはある。
しかし負けてやるわけにはいかない。前に出ろシン=アスカ。

 

「でやぁぁぁっ!!!」

 

まるで幽霊のように斬撃をすり抜けるデスティニー。
その瞬間、ミーティアの右のアームが本体から切り落とされた。
そのまま爆発するよりも早く背後に回りこむ。止めの一撃をミーティアごとストライクに叩き込もうとして、

 

「ちぃっ!!!」

 

舌打ちと共に横からの砲撃を避ける。その隙を逃さずに、傷ついたミーティアは距離を取った。
今ので仕留められなかったのは痛い。
ダメージを与えたのは右のアームだけで、まだ左も胴体のミサイルも残っている。
艦隊に少しでも意識が向いているうちに数を減らす、その予定が狂ってしまった。
どうやら全機追撃を中断して本格的にシンに狙いを定めたようだ。
デスティニーの周囲を周り始める5つの流星。
その姿はまるで、海中で獲物を見つけ追い詰める鮫のよう。
そしてタイミングを合わせて攻撃を仕掛けてくる。

アロンダイトの間合いには入ろうとしない。
油断も慢心も容赦も無し。
おまけにこいつら連携の取り方も上手い。

ミサイルの雨を潜り抜け、火線砲をぎりぎりで見切る。
外から見る者がいればデスティニーのその動きに感嘆することだろう。
だがいつまでもそれが続くとは限らない。仕切りなおすために距離をとった。

 

「ちっ……」

 

分かってはいたつもりだったがやはりきつい。
片腕しか使えないというのがこんなにハンデになるとは思わなかった。
構造上パルマかアロンダイトか、どちらかしか使えないのだ。
しかも残された武装は、それだけで複数のミーティアと戦うには無理があるものばかりだった。

通常のパルマフィオキーナでは若干力不足。散弾は距離が離れるほど威力が落ちる。バルカンなど論外だ。
というわけで残された選択肢はアロンダイトしかなかった。
しかしこの長剣も攻撃力なら引けをとらないが、ミーティアのビームソードの方がリーチが長い。
なのでスピードで掻き回しつつ懐に潜り込む戦い方しかなさそうだが、攻撃の瞬間に側面を突かれてしまう。
長引けば長引くほど、こちらが不利になるだろう。

 

「一気に行くしかない、か」

 

結論は単純なもの。最高の力と速力をもっての各個撃破。
ひねりが無い作戦だが、他に手があるなら教えて欲しい。できれば今すぐ。

コンソールを叩く。敵を威嚇する様にデスティニーの翼が大きく開かれた。
シンの瞳孔が再び開き、同時に世界の全てがクリアになる。
別に大したことをするわけじゃない。ただ、キラと同じ事をするだけ。
一瞬のミスが死に繋がるこの世界の、さらに限界を超えた領域。それを自分のものにするだけだ。
こんなふうに。

 

「ついてこれるか……!?」

 

時の進むのが遅く感じる。
残像を残しながら閃光を回避し、1機目のミーティアを長剣で両断した。

 

自機性能の低下をもどかしく感じる。
だがそれでも2機目も難なく撃破。振り下ろされるソードをアームごと切り落とし、返す刃で胴を切り裂く。

 

恐慌からか途端に相手の動きが鈍くなる。
ミサイルの雨を軽く潜り抜け、当然のように3機目のコックピットを貫いた。

 

まだだ。先程キラにパルマを撃ち込んだ時の力はこんなもんじゃなかった。
もっと早く。誰も反応できぬ程に。
もっと鋭く。誰も耐えられぬ程に。
もっと―――

 

4機目のミーティアにアロンダイトを突き刺す。手応えあり。残りはあと1つ。
動きの止まったミーティアから剣を引き抜き、後ろに飛んだ。今まで居た位置を紅い閃光が通り抜ける。
この一撃で持っていかれたのか気付けばアロンダイトの実剣部分が中程から無くなっていた。
しかし気にするほどでもない。剣を失ったのは痛いが、残りは1機だ。この勢いのまま一気に屠る。
大きく旋回するミーティアの懐にデスティニーが飛び込んでいく。
パイロットもそれを読んでいたのだろう、至近距離でミサイルの全砲門が開いた。
だがシンは動揺することなく、半分以下になったアロンダイトの残骸を投げつける。
そしてそれは発射したばかりのミサイルとぶつかり激しい爆発を起こした。
発射口から飛び出る瞬間のミサイルにも誘爆し、ミーティアが火花を上げる。
あわててパージするストライク。デスティニーはその隙を逃さず、更に間合いを詰め―――

 

ストライクを、パルマフィオキーナの一撃が貫いた。

 
 
 

「ぷはぁっっっ!! ……ハア、ハア、ハア…………」

 

無意識に呼吸を止めていたらしい。シートに体重を預けて獣の様に息を荒げる。
ヘルメットを外して座席の後部に放り投げた。
体力精神力共に限界。SEEDも閉じた。でももう十分だろう。
ミーティアは全機倒したし、自軍は離脱した。後は自分が追加されるであろう追跡部隊から逃げるだけ。

 

―――ピッ

 

レーダーに反応。思わずその方向に振り向くシン。その目が驚愕で開かれる。
口が僅かに開くが、掠れた様な声しか出ない。

 

「………いや、多すぎだろ」

 

近付いてくる幾つもの光。ディーヴァから再びミーティアの群れが出撃していた。
MS1機と戦うにしては、多すぎるほどの。

 
 

「4、5、6……」

 

遠くに見えるのはいくつもの輝く光。
とても綺麗だが、その一つ一つが自分を殺しに来る凶星だということを忘れてはならない。
それにしても多すぎる。数を数えてはいるが両の手では足りないほどだ。
さっきの奴らをなんとかして半壊にしたほうが、救助するぶん数が減って良かったかもしれない。
まあ、そんな余裕は全然無かったのだが。

 

「…9、10………ハッ、数えるだけ無駄か」

 

数えるのを止め、再び現在の装備を確認。残っているのは右手のパルマと頭部のバルカンのみ。
ここまで無茶をしすぎたのかコックピット内には異常を示すランプが数多く点灯している。
万事休す。これは流石に撤退するしかない。敵に背を向け飛び立つデスティニー。
翼を広げるが、本来のスピードには程遠かった。
このままでは追いつかれ……いやもう遅い。ついに敵が攻撃を開始し始めた。

 

「ちょっとこれは、かっこつけすぎたかな……?」

 

ミサイルを全弾回避するのは諦めよう。装甲に頼りながら致命傷だけを防ぐしかない。
そう判断してそのビームの雨を紙一重でかわしていくシン。しかしこれも果たしていつまで避けられるか。
いや、そもそも何処へ逃げればいい?

 

「泣き言を言う暇も無しかよ、ぐぁっ!?」

 

右肩にミサイルが直撃した。
激しい衝撃を何とか耐えるシンだったが、左には回り込んできたミーティアの姿。
サーベルを大きく伸ばし振り下ろす。横に回転しながらそれを避けるシン。
しかし、その背後にいた別のミーティアの銃口がこちらを捉えていた。咄嗟に右掌を構えるデスティニー。
放たれたパルマフィオキーナはストライクの顔を撃ち抜くことに成功するが、
ミーティアから発射された2つの閃光はデスティニーの左の翼と右腕を貫き、機体を大きく吹き飛ばす。
そして3機目のミーティアが体勢を崩したデスティニーに、火線砲の照準を合わせた。

 

意外とあっけないな。

 

思考よりも先に感覚が理解した。これはもう避けきれまい。
近距離で機体は無防備、しかもロックオンまでされている。

 

脳裏に浮かぶのは2人の女性。自分に向かって笑顔で手を上げている。
今わの際に思うのが彼女たちへの未練か。当たり前と言えば当たり前だが。
何だかんだ言いつつも、自分の心はその奥底でしっかりと彼女たちに捕らわれていたらしい。

 

まいったなぁ。今更言うことじゃないけれど。
もう一度あいつらに逢いたかった。やっぱりあの時抱いてりゃ良かった。
せめて一言、お礼を言いたかった。

 

「……散り際すら格好つけれないのか、俺は」

 

まぁこればっかりは仕方が無い。
いつだって自分は、大切なものに気付いたときにはもう遅いのだから。
そう自嘲するシンの目の前で、収束火線砲が光を宿したその瞬間―――

 
 

『させるかよ』

 

―――ミーティアのアームを、紅い閃光が貫いた。

 
 

「え………」

 

視線の先、遥か遠く。MS隊を引き連れた黒いザクファントムが長大な銃を構えている。
そしてその周囲のMS隊から銃撃の雨が降り注ぎ、デスティニーを囲んでいたミーティアたちが散開した。
予期せぬ形で死地から脱出したデスティニーのコックピットに、聞き覚えのある声が響く。だがこの声は

 

『グゥレイト!! 俺もまだまだ捨てたもんじゃないぜ!!』
「ディ、ディアッカぁ!? それにあの武器はまさか……」

 

ネオジェネシススーパーフリー負債仕様ジェネシス砲ではないか。完成度高けーなオイ。
羽クジラ襲来に対抗する為に開発され倉庫でスタンバッていたはいいが
設定がお蔵入りされたため結局倉庫に眠ったままという悲劇の不発弾。
持ち主に似て相変わらずしょーもないネオジェネシスではあるが、それが何故こんな所に……。

 

『いろんな意味で違ーう! これは前にデスティニーが使ってたビーム砲だ!!
 つか注目するところはそこじゃねえだろ!!
 まあそれだけボケれれば大丈夫……そうじゃないな。お前もう下がってろよ』
「何で、アンタが」
『俺だけじゃないぜ』

 

話の最中の隙を突いて、別のミーティアがデスティニーに襲いかかる。両側部の副砲が光を放った。
避けようとした瞬間、2機の間にMSが割って入る。ビームシールドを展開、光弾を受け止めた。

 

『待たせたなシン。後は俺たちに任せておけ』
「セイバー……。この声、アスランか?」

 

返事は無い。セイバーは紅いザクファントムと共にミーティアに襲い掛かる。
……あれ、紅いザクって、おい?
考えようとする暇もなく今度はレーダーに反応、友軍。
見覚えのあるこのコードは、まさか懐かしいあの艦か。
そしてコックピットの中に聞き覚えのある声が響いた。

 

『こちらミネルバ。シン、生きてるか!? 無事だったら返事しろ!!』
「やっぱりミネルバか……ってちょっと待てやオイ。コニール、お前何しに……」

 

画面に写ったのはザフトの緑服を身に纏ったポニーテールの少女。
シンが今1番逢いたくて、そして1番逢いたくなかった2人組みの片割れだった。

 

『シン……良かった、無事だったんだな!! 待ってろ、今行くから!!』
「聞けや」
なんで彼女がこんな所にいるのか聞きたかったシンではあるが、
疑問の声は作業を始めた彼女にスルーされてしまった。
そしてデスティニーに誘導ルートのデータが届く。黙って戻れということか。
自分の背後では、アスランの指揮の下で援軍とミーティアが交戦に入った所だった。
ザクはほとんどガナーとブレイズで構成されており、惜しげもなくビームやミサイルを乱射している。

 

『ガナー隊、ブレイズ隊は火線を集中させろ!! 俺への誤射は気にしなくて良い、
 ミーティアとは必ず距離を取れ。
 ルナマリア、ディアッカ、俺が切り込むから2人はガナー隊の護衛を頼む。やられるなよ!!』
『了解!!』
『こんなとこまで来てやられるかよ!!』

 

MAに変形しビームを乱射しながら突撃するセイバー。
それを避けるかのように散開したミーティアのブースター部分に、紅い閃光が突き刺さる。
ディアッカとアスランのコンビプレイだ。
見た限り、彼らならやられる事はあるまい。いやむしろ自分を守る為に負担が掛かるかもしれない。

 

「わかったよアスラン、後は任せる。……すまないコニール、誘導頼む」
『任せろ』

 

送られてきたデータを基に機体を操り、デスティニーをミネルバへと向けるシン。
護衛のMSをよこすほど余裕は無いようだが、MSたちは道を開けてくれたので
それに沿ってようやくカタパルトへと辿り着く。
これで、最低限の自分の役目は果たした。

 

「終わったな……」

 

振り返る。遥か遠く、白く輝く舞姫に向かってフリーダムが飛んでいくのが見える。
傷付いた機体に3機のドムが合流し、守るようにその周囲を固めた。
どうやらミーティアも後退を始めたようだし、あそこまで離れてはもう捕らえきれまい。
追撃を諦めたセイバーやザクもそれぞれの艦に戻り始めた。
今回の戦いはここまでのようだ。

 

「……いや、これから始まるのか」

 

ゆっくりとデスティニーの歩を進めながらシンは呟く。
今回はお互いに痛み分け。問題が先送りになっただけだ。
俺もキラも、傷が癒えればまた戦場で出会うだろう。

 
 
 
 
 

「ずるいよ、シン」

 

ミネルバへと向かうデスティニーをぼんやりと眺めながら、キラはぼそりと呟いた。

 

頭の冷えた今なら分かる。彼が見せた最後の一撃。
あれは自分と同じ力ではない。
『今』 に縛られ 『今』 に生きることで高みに上る自分の力とは違う。
彼の力は未来へと踏み出す者特有のものだ。それも自分に匹敵するほどの。

 

そう、先ほどのシンの力は戦前に自分が期待していた 『自分を殺せる力』 だった。
だから喜ぶべきことの筈だった。戦闘中の失望は否定され、眠りにつける可能性が出てきたのだから。
なのに何故今の自分はこんなにやりきれないのか。彼を妬ましいと思っているのか。
答えは簡単だった。

 

「……君だけは、僕と同じだと思ってたのにさ」

 

半身を奪われた自分が次に縋ったのは、自分と同族である(と思っていた)
シンの存在だったということだ。
この闇の中には彼もいる。同じ存在がこの世にいると思うことで、少しでも安心しようとした。
だがそれは否定された。断言しても良い、今の彼の中に狂戦士はいない。
つまり、自分はこの世界に1人きりだということで。

 

赤いスラッシュザクと黒いガナーザク、そしてセイバー。
乗っているのはおそらくアスランにルナマリア、ディアッカ。動きを見た限り彼らで間違いないだろう。
シンの元に集うかつての仲間たちを、キラは目を細めて見つめる。

 

眩しいなぁ。
なんで自分は、ああじゃないんだろうか。

 

かつて、自分は周りの人達のように誰かを照らす存在なのだと、そう思っていた。
だがそれはとんだ思い違いだった。彼女を失って初めて気付く。
おそらく自分はラクスやカガリが放つ光を浴びているうちに、
自分も光を放っていると勘違いしただけなのだろう。
全ての色を混ぜ合わせると光は白くなるが、絵具なら黒くなってしまうということを聞いたことがある。
だから、ほら。彼女たちがいない今の自分の周囲は、漆黒の闇に包まれてこんなにも暗い。
自分の中には光なんて無かったという何よりの証拠だ。

 

もう、自分を嘲笑うことすら上手く出来なかった。

 

道が見えない。目印もない。温もりも感じず冷たい夜の中を1人歩く。
闇を照らそうと周囲にビームを撒き散らしてみたものの、
その光が照らすのは返り血で黒ずんだ自分の姿だけ。
こんなはずではと狼狽し、嘆く。

 

認めたくはない。けれど認めざるを得ない。
これが今の自分の現実なのだと。

 

光の眩しさに心を焼かれながら、キラは思った。

 
 

ディーヴァへ着艦してバルトフェルドに退却を命じると、キラは猛烈に休息が欲しくなった。
MSハッチに迎えの少女の姿は無い。
先刻まではエターナルに戻る予定だったので、それが当たり前といえば当たり前だが。
失望と悲観、戦闘の疲れと重なって、これまでに無いほどの重さを感じる。
早く熱いシャワーを浴びてベッドに入って、暖かい毛布に包まれたかった。
身体を引き摺り自室まで辿り着き、ドアを開ける。無駄に広いだけで生活感の無い部屋。
あまり他人の事は言えないなと思いつつ中に入ると
いつものように、ベッドの上にはピンク色の髪の少女がいた。

 

「ただいま、ラクス」

 

こちらもいつものように帰りの言葉を告げる。
しかし何だか様子がおかしい。近くに寄って来たのは普段通りだが、
いつもなら自分の服なり手なりを掴んでくる筈の少女が今は苦しそうに俯いたままだ。

 

う……ううっ………

 

顔を上げ口を開く。だがその口からこぼれるのは雑音。どうやら何か言葉を喋りたいようだ。
そう言えば出撃前にも何か頑張ってたっけ。多忙で聞きそびれてしまったけど。

 

うあ…う……お………
「?」

 

この子は何を言おうとしているのだろう。
そんなに苦しそうにしてまで、こんな自分なんかに伝える言葉があるというのか。
なんだか見ているこちらも辛くなってきた。
辛いなら無理しなくてもいいから。そう言おうとして

 

お…かえり……な…さい……
「え……?」

 

息を呑む。

 

ず…と……まって…た…
「待ってたって……僕を?」

 

こくりと頷く少女。そして再び苦しそうに、しかし必死に言葉を続ける。

 

ずっと……言い、た…かった……

 
 

ずっと待っていた。おかえりなさいとずっと言いたかった。
そんな事を伝えるためだけに、彼女はこんなに頑張ったというのか。
しかも待っていてくれた。こんな自分を、大したこともしていないこんな保護者を。

 
 

おかえりなさい。帰りを待っていた人が、帰ってきた人に告げる言葉。
友人や部下から言われたことはあるが、こんなに心のこもった迎えの言葉を
キラはここ数ヶ月聞いたことがない。
最後に聞いたのは彼女と暮らしていた頃。
あの頃は帰る場所があった。言葉を返す人がいた。
もう二度と、誰からも聞ける筈はないと思っていた。

 

めまいがした。胸の奥を風が吹き抜けた。身体中の血が循環を再開したような気がした。
居場所はあった。ずっとここにあったんだ。

 

最強のスーパーコーディネーターでもなく、ラクス=クラインの伴侶でもなく。
自分自身を。ただのキラ=ヤマトを必要としてくれている。
普通の人にとってはありふれた事。
だけど、今のじぶんにとってそれは。なんと言う幸せだろう。

 

「ああ」

 

返事を、しなければならない。彼女に応えなければならない。

 

「ただいま、ラクス」

 

瞼の裏が熱い。上手く呼吸ができなくて、喋り方すら一瞬忘れてしまった。
思い通りにならない身体をなんとか動かし、どうにかその言葉だけ吐き出す事ができた。
だが足りない。こんな言葉では足りない。どうすればこの想いを伝えられる。
そう考える間もなく、少女を強く抱き締める。
やってみれば簡単だった。

 

おずおずと少女の両手が背中に回る。キラは密着の度合いを強くしたあと口を開いた。
この感謝の気持ちが届くように。涙が、見えてしまわぬように。
そして自分もずっと言えなかった、おそらくずっと前から言いたかった言葉を彼女に告げた。

 

「待っていてくれて、ありがとう」

 

「うん……!!」

 

少女の抱き締め返す力が強くなる。
自分の中の闇に、光が差した。
そう、キラは感じた。

 

疲れ果てた青年と傷付いた少女。
凍えるのを防ぐようにお互いのぬくもりを分け合うその姿からは、
英雄や反逆者といった言葉はまず浮かんでこないだろう。
今の彼はそれほどまでに弱々しかった。
いつものキラならここまで乱れる事はなかった筈だ。
しかし今の彼はシンの周囲にある光を見たばかりだった。
だから自分の現状に失望した。シンの存在に希望を抱けなくなった。
そして死ぬほど渇望していたから、満たされた瞬間に舞い上がってしまった。
だから少女を抱き締めた。自分に向けられる好意を、その小さなぬくもりを貪った。

 
 

自分の中の何かが、壊れる音も聞こえないままに。

 
 
 

 戻る