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SEED-IF_CROSS POINT_第28話

Last-modified: 2010-07-26 (月) 12:49:48
 

包丁でまな板を叩く音。台所から漂う朝食の良い匂い。
ベッドに寝転んだルナマリアは、いつものようにカーテンの隙間から朝日を眺めた。

 

「ふあ……んぅ……。あれ、コニールは?」
「お前がいつまでも寝てるから、もうご飯食べさせて幼稚園に連れてったよ俺が。
 まあ、たまの有休だからそんなことしてもいいけどさ」
「いつもならちゃんと起きるわよ。今日に関しては私のせいじゃないと思うけど」

 

昨日は寝るのが遅かったので、仕方ないといえば仕方ない。そしてその原因は自分ではなくシンにある。
そんな自分の言葉にわかった俺が悪かったよと意見を撤回する我が夫。
台所の火を止めて、自分が寝るベッドに腰を下ろした。

 

「でも寝過ぎだぞ本当に。あんまりだらけてちゃあの子に悪い影響を与えるかもって
 口を酸っぱくして言ってるだろ?」
「ん? シンの口が酸っぱくなったことなんてないわよ?」
「まだ寝惚けてんのか。いいから早く起きて顔洗ってこい」

 

言葉とは裏腹にその目は優しい。
やんちゃな子供でも見るような視線に、自分はもう嬉しいような悔しいような複雑な心境である。
む〜こいつめ、年下の癖にえらそうな態度取っちゃって。
なんだか困らせてみたくなったぞこんちくしょう。

 

「やだ」
「何を駄々こねてんだ……ったく。ホラ、これ飲んだらシャキッとするんだぞ」

 

差し出されたのはマグカップ。中に入ってるのはホットミルク。
身体を起こして迷うことなく口に運ぶ。熱すぎず温すぎず、砂糖と蜂蜜で気持ち甘めに。
自分の顔が笑みの形をつくるのに時間はかからなかった。

 
 

―――おい、起きろよルナ。もう食堂に行かないと朝食食べ損なうぞ

 
 

何か声が聞こえた気がするが、おそらく街の喧騒とかだろう。気にするほどではない。
それでなくても長女のコニールが生まれてから、2人きりの時間が減っているのだ。
昨晩だってひさしぶりだったし (おかげで2人して燃えてしまったが) 、
寝起きの甘い時間なんて言わずもがな。
だから今はこの時間を思う存分貪らないと。
それにしてもコニールという名は自分の邪魔をする運命でも背負っているのだろうか。
そんな思考が浮かんだが、ルナマリアはすぐに放棄した。
亡くなった人を悪く言うものではない。それが娘の名前にするほどの親友であれば尚更だ。

 
 

―――んだと? お前さっきから何を言ってんだ

 
 

「うん。ごちそうさま」
「あいよ。……それよりルナ、口の廻り」

 

ホットミルクを飲み干して満足気に息を吐く。傍らにいる夫は自身の口元を人差し指でトントンと叩いた。
ミルクが少し口の端に付いたらしい。ティッシュで拭き取ろうと箱を探すも、昨日使い切ったばかりだった。
手で拭うのもなんだし、どうしようか。答えは目の前の夫に行き着いた。

 

「ねえダーリン。こっち向いて」
「なんだよマイハニー、そういうフリやめて欲しいんだけど。キャラじゃないし」

 

言い方もなんかムー○ンみたいだしと呟くシンに、軽く顔を突き出す。
一瞬きょとんとした表情をして動きを止めた彼だったが、
そのうち困ったように笑いながら自分との距離を詰めた。

 

「俺になんとかしろって?」
「持ってきたのはシンなんだから責任を取らないと。
 それに眠ってる女性を起こすのに必要なものは知ってるでしょ?」
「やれやれ、困ったお姫様だな」

 
 

―――ちょ、寝惚けるなって。離せって

 
 

身体を密着させるシンの首に両手を回す。
そして目を閉じて唇を重ねた。

 
 

―――!!!

 
 

いつものキスと何か感触が違うなぁ。何か女物の香水の匂いがするし。
いやこれは自分の匂いが移ったのだろう。一晩中身体を密着させてればそうもなる。
それよりも今は別のことを。少し照れた表情の夫が何だか可愛い。
心の中に燃え上がるものがあって、両手を首に回したまま後ろのベッドに向かって倒れた。
ばすん。ベッドの柔らかさと彼の重みが心地良い。

 

「おーい、お姫様なら1回で起きるんじゃないのか」
「お姫様はもう終了。今ここにいるのは、しばらく恋人に構って貰えなかった1人の女の子よ」

 

お互いの顔が息が絡まるほど近い。紅い瞳が自分をみつめる。
ああ、駄目だもう。自分はこの男に心まで囚われてしまった。おそらくは一生。
そしてその事が嬉しいのだから始末におえない。

 

「午前中までだからな。午後からはデートに連れて行かなきゃいけないんだろ俺は?」
「うん、わかった。だからそれまでは―――」

 

ずっといちゃいちゃしてよう。
そう言いながら今度は濃厚なキスをしようとして、

 
 

『お前いいかげんにしろよ本当に!!』

 
 

ごちんと頭に衝撃が奔った。そして急激に意識が覚醒する。
耳に届くのは友人の声。

 

ああ、そうだ。こういうことって、たいていはそう
たいていは……

 
 
 

第28話 『 夢 』

 
 
 

「女の癖に人の唇奪いやがって! ファーストキスじゃなかったから良かったようなものの!!」
「だから寝惚けてたって謝ってるじゃない」

 

「あ〜あ、また始めやがった」
眼前で始まったいつもの光景に、ヨウランは思わず溜息をこぼす。
少女の叫び声が響いているのは朝食時間で混雑しているミネルバの食堂。
声の主は言わずと知れた、真っ赤な顔をして噛み付くコニールをいなすルナマリアである。
唇を奪っただの奪われただのと、なんだか大声で話す内容では無いように思うのは気のせいだろうか。

 

「んで、ファーストキスの相手について聞かせてもらおうか。
 コニール確かそっちの経験は無いって言ってたわよね。いつ、誰と、何処でしたのか聞かせてもらおうか。
 ……まあ予想はつくけどね」
「そ、そんなプライベートなこと言えるか!!
 大体なんだよ、ルナだって夢の中で私の事勝手に殺しちゃってるじゃないか!!
 何だかんだで友人だと思ってたのに!!」
「男が絡んだらそんなの在って無いようなもんよ」

 

見た感じ女の修羅場ではあるものの、周りにいるクルーは慣れた様子で華麗にスルーしていた。
どうせ夕食の時間になるころには仲良く喋りあっているのがいつものパターンであるのを
皆知っているからだ。
ルナとコニール、仲良く喧嘩しな。そんな感じで。

 
 

「あーおなかすいた。あなた、私のぶんも料理持ってきてもらっていい?」
「わかった、席の方は頼むな……ってまたあの2人喧嘩してるのか」

 

そんないつもと変わらぬ食堂に、仲良くアスランとメイリンが入ってきた。
最近つやつやにこにこと上機嫌な姿をよく確認されている2人は、今朝もいつもと違わず上機嫌である。

 

「おはようございますザラ少将。それとメイリンも」
「ああ、おはよう。……やれやれ、あの2人も朝から元気だな」
「いつものことですよ。そのくせ2人とも臆病だから、あの手の話はシンのいない所でしかしないし」
「でも流石にあの内容は大声で話すことじゃないわよ」

 

溜息を吐くのもめんどくさいとばかりにげんなりするアスランとヨウラン。
野郎を取り合う女の子の痴話喧嘩なんて、当事者以外の人間からすれば愉快なものではない。
しかし女性からすれば違う観点もあるようで、姉と友人の喧嘩の内容を耳にしたメイリンは
思わず眉をひそめる。
そして意を決した表情をして、言った。

 

「あの喧嘩を止めないと」

 

その決意を否定する気は無いが、あんまり事を大きくしないで欲しい。
いつも被害を受けるのは自分たちなのだから。

 

「出番よ、あなた」
「って俺かよ……」

 

やっぱこんなオチでした。そうは言いつつも素直に2人の許へ歩いていくアスラン。
嫌なら断ればいいのにと思わないでもないが、付き合いだしてからずっと
年下の妻の尻に敷かれているアスランは彼女に逆らおうという気がまるで起きないらしい。
本人曰く惚れた弱みだそうで。仲が良くて何よりですなぁこんちくしょう。

 

「なあ2人とも。周りの人間も引いてるし、そろそろ喧嘩を止めた方が 「「黙ってろ」」 すいませんでした」

 

改行どころか句読点すら挟まずに撤退するアスラン。
あっさりと一蹴され、とぼとぼと仲間の許へと戻る。

 

「効果0とお見受けします」
「わざわざ言わないでくれヨウラン。なあメイリン、そんなに止めたいのならお前しかいないと思うんだ。
 お前の言葉ならあの2人も聞いてくれるんじゃないか?」
「仕方ないなぁ……」

 

頼りにならない亭主の言葉に、ついに妻が動き出す。
仕方ないと思う気持ちはわからないでもないが、自分が行けって言っといてそれはないだろうに。
隣を抜けていくメイリンに旦那が何か言うかなと視線を向けると、
命令から解放されてほっとした顔で朝定を取りに行ったところだった。
これ惚れた弱みってレベルじゃないと思うんだが。心の底まで飼い慣らされてないかジャスティスよ。

 

「2人とももういいでしょ? 仲直りしろとまでは言わないけど、流石に止めた方が良いと思うよ」
「コニールが突っかかってくるのが悪いのよ。私は降りかかる火の粉を払ってるだけだし」
「お前あんなことしといてそれか!? がっつり舌まで」
「ハイハイそこまで少し落ち着きなさい。
 2人とももう少し慎みの心というものを持たないと男は引いちゃうって。
 そんなんだからシンにボルテールで浮気されちゃうのよ」
「「黙れ」」

 

最後の一言が余計だった。2人の手がメイリンの顔に伸び、その張りのある頬をぐねりと抓りあげる。
傍から見ても痛そうな攻撃だったが、彼女は痛みを押し殺した声で加害者に声をかけた。

 

「……ほら。怖くない」
「人をキツネリス扱いすんな」
「あんたじゃ姫さまは無理よ」

 

茶化されて腹が立ったのか、2人が自分の手を少しだけ引く。伸びる頬。
哀れなザラ夫人は顔の向きを変えることすら出来ず、じゃすてぃーす、かむひあー
切羽詰った声で夫に助けを求める。
しかし盆を持ってきた旦那は妻を助けに行かずに席に着いた。まあ無理も無いわな。

 

「あ、あなた。私が悪かったからそろそろカットに入って。もう本気で頬が伸びそう」
「がんばれメイリンお前なら大丈夫だ。トムみたいにムニューッって伸びてポンって感じで戻るさ」
「旦那をモノにしたあの時の生命力を見せてみろー」

 

いつの間に仲直りしたのか、共同戦線を取り始めたルナマリアとコニール。
頬が紅く染まり、そろそろ涙目になってきたメイリン。
パンパンと必死な妻のタップを流しつつ、席に座って緑茶をすするアスラン。
妻のピンチなのに余裕な夫と談笑する自分。

 

ミネルバは今日も平和です―――

 
 

『緊急連絡。アスラン=ザラ少将及びシン=アスカは、至急ブリッジに集まってください。
 繰り返します……』

 

スピーカーから流れた言葉に、食堂にいた全員の動きが止まる。
アスランとシンが急遽呼ばれた。それが意味することは一つしかない。

 

「すまん、聞いての通りだ。俺は先に行く」
「コニール、私たちもブリッジに行こう? どうやらいろいろと忙しくなりそうだから」
「ああ!」
「私も行こうか。一応、ゲストだし」

 

動きを止めたままの周囲とは対照的に、そう言うや否や駆け出していく友人たち。
ヨウランは4人を見送った後、コップに残っていた茶を飲み干す。
そして席を立ち、大きく伸びをしながら彼らとは反対の方向へ歩き出した。
出口の近くで彼の存在に気付いた部下たちから声をかけられる。

 

「ケント主任。今のって、やっぱり……」
「お前ら、早めに飯食っとけ。すぐに動くことになるからな」

 

そう、あの2人が呼ばれたということは、キラ=ヤマトに動きがあったということ。
それでなくてもヤツらは神出鬼没なのだ。
確かな情報を得たら、すぐにでも動かないと逃げられてしまう可能性がある。
だからちょっと様子を見よう、なんてことはできない。

 

「は、はい……主任、ちょっと顔が怖いですよ」
「あん?」

 

言われて初めて、自分の眉間に皺が寄っているのに気付いた。どうやら自分は怒っているらしい。
俺にはシンと違って戦う力なんて無い。戦いが始まるといっても、するのは機体の準備くらいだ。
デスティニーの修理は既に終わっているし、チェックもほとんど済ませた。あとは最終的な点検を行うだけ。
まあ全てのMSをとなると結構な手間になるが、それが自分が怒っている理由かというとそうでもない。

 

「まあいいや。先に行っとくな……今の言葉、整備班の他の連中にも言っとけ」
「了解です」

 

真面目な顔になった部下の横を抜けて、ヨウランは食堂を出る。
怒っている理由は一つだけ。俺は今、ミネルバで皆で過ごすこの時を気に入っていた。
シンが女誑しぶりを発揮しルナマリアやコニールがその周囲で暴れ。
メイリンが暗躍しアスランやトライン艦長がそれに巻き込まれ。
残った常識人である自分とディアッカがその騒ぎから距離を取りつつ溜息を吐く。
そんなぬるま湯じみたこの空間を、俺は気に入っていたのだ。

 

それを自分は奪われた。
そしてキラに動きがあるということは、彼に敵対する者が動いたということに他ならない。
つまりどっかの馬鹿が馬鹿な事を始めたせいで、自分は穏やかな時間を奪われたということになるのだから。
これは、怒るなという方が無理だろう。

 

「俺たちは軍人だ。んでもって今、戦う時が来た。それくらいはわかってるけど……」

 

頭に血を上らせたって仕事の効率が悪くなるだけ。
そしてそれはパイロットたちの生存の確率を下げることになる。
だから早く部屋に戻って、水でも浴びて頭を冷やさなければ。そしていつもの自分に戻らねば。
そう思いながら早足で廊下を歩いた。
その眉間に、皺を寄せたまま。

 
 

気に入らねえ。
まったくもって、気に入らねえ。

 
 
 
 
 

「月は君たちに任せていた筈だ。もう少し早く情報を掴めなかったのか?」

 

ディーヴァの艦橋にて、2人の男が通信画面の前に立っている。
声を荒げたのはバルトフェルド。その隣で静かに佇んでいるのはマルキオ導師。
キラを内外から支える両者がこの場に揃っているのには理由があった。
その理由たる通信画面の男からの報告は一つ。

 

連合による、レクイエムの復活である。

 

『申し訳ありません、向こうのガードが固かったもので……以上、報告を終わります』
「……わかった、ご苦労さん。大至急会議を開くから、今のデータを此方に送っておいてくれ」
『はい』

 

そう言うや否や、敬礼もせずにブリッジを後にするバルドフェルド。
その駆けて行く足音が遠くなるのを待って、画面の中の諜報員が残された男に声をかけた。
僅かに声を落とし、他人に聞かれまいとするような口調で。

 

『これでよろしかったのですか?』
「ええ……それよりも、例の件の手筈は整っていますか?」
『はい。こちらはいつでも対応できます』
「それは結構。ではこちらの指示があるまで待機でお願いします」

 

諜報員の言葉にマルキオは頷き、そして通信を切った。
本当は随分前にレクイエム復旧の情報は掴んでいたのだ。そしてその報告を止めていたのは自分である。
その理由はただ一つ。この戦いに勝利した後、レクイエムを破壊せずに自分たちのものにしてしまうためだ。
おそらくこの情報を手に入れた彼らなら、すぐにレクイエムを破壊しようと考える筈だ。
しかしそんなことに意味は無い。
既にヘブンズベースを単機で壊滅させたキラがダイダロスを破壊したところで大した宣伝効果は無いからだ。
それならばまだ使い道のあるレクイエムを自分たちが手に入れた方が良い。

 

「いや、あれはむしろ彼にこそ相応しいものだ。
 フリーダムは強いとはいえ所詮MS。彼にはもっと強い力を得て貰わなければ。
 レクイエムならば強さ・知名度共に申し分ない。是が非でも手に入れる必要がある」

 

その為の手配はもう済ませている。
キラがザフトと連合の艦隊を壊滅次第、連合軍に潜ませた内通者たちが基地を制圧。
レクイエムを破壊しようとする前に自分たちを迎え入れる手筈になっている。
バルトフェルドやキラにはその事を伝えていない。伝えたところで良い顔をされないのは目に見えていた。
彼らはまだ、甘い。

 

パイロットの方は都合が出来ました。
かつてそう言って白騎士と呼ばれたザフト軍人たちを見せたとき、キラが纏った空気は嫌悪だった。
裏切り者めと。力関係によって立ち位置を変える蝙蝠どもめと。
彼らに対して無難な応対をしてはいたが、そう思っているのが目の見えない自分にはわかった。
確かに普通なら彼と同じ考えを持つのが一般的であろう。
戦力が増えたと純粋に喜んでいたのはごく僅かな人間だけ。
どんなに言葉で飾りつけたところで彼らは相対するべき強大な相手から逃げ、その軍門に下ったのだから。

 

だがそれでは困るのである。
確かに彼の足りない所、裏の部分は自分が補うつもりだ。しかしいつまでもというわけにはいかない。
このままずっと人の汚さに嫌悪していてもらっても、自分の望む導き手には到底届かない。
人の美しき部分はラクス=クラインが既に十分すぎるほど見せた。
だから後は醜き部分まで全て理解して、人とはそういうものだと認識した上で
新たな世界を構築してもらわなければ。
今のこの世界を壊しつくした後に。

 

「破壊なくして創造は無い。そして世界や人を変えるには、それなりの舞台が必要になる。
 ……彼はスーパーコーディネーターでSEED因子の所有者でもある。
 名実共に世界を導く立場になったとき、その場所に順応するために必ず目覚めるはず」

 

月の情報の規制及び妨害は終了させたので、
今頃レクイエムの情報はザフトを含んだ各勢力が掴んだはずだ。
そして連合とザフト、そして自分たちによる最後の戦いの幕が上がるだろう。
3つ巴にして最後に相応しい華々しい戦いが。

 

「シン=アスカにアスラン=ザラ……そしてレクイエム」

 

最後のフィナーレを飾る、征服すべき敵は揃った。
後は英雄が、いや神がこの地に生まれるのを待つばかり。
そしてその神がレクイエムという月の玉座に鎮座したとき。自分の希望が現実へと変わる。
ジョージ=グレンが見せてくれる筈だった夢の続きを。目の潰れた自分にも見える、光に溢れた道を。

 

「ああ……」

 

身体が震えるのを抑えられない。これは恍惚。
人間は確実にくる幸福があると知っている場合、待つ時間の中にも幸福を感じる生き物である。
女も、酒も、音楽も。自分は視力を無くしたぶんだけ強く、その快楽を感じることが出来ていた。
しかし今のこの感覚を味わってしまえば、そんなものは比較にならない。
夢の叶う瞬間というものは。

 

「さあ、見せてください。貴方の怒りを。貴方の狂気を。貴方の彼女への愛を!!」

 

神は人を超越したところにある。
そして私はその神の誕生に立ち会えるのだ。

 

「そして貴方が導く未来を!!」

 

これこそが、私の生まれてきた理由と呼ぶに相応しい―――!!

 
 
 
 

ブリッジの入り口近くの廊下。その壁に背を預けたまま、バルトフェルドは溜息を吐く。
というか溜息しか出てこなかった。
まさかこの男の本心がこんなカルトめいた思考だとは思ってもいなかったからだ。
キラがこの場にいなかったのは不幸中の幸いである。

 

「………何が未来だ。馬鹿なことを言ってるんじゃないよ、まったく」

 

要するにキラを神様にでもして新しい世界を作らせ、自分が神官を気取ると言うことか。
それは自分たちの否定したギルバート=デュランダルよりもひどいではないか。
しかもそれを行うのがキラだと?
今の戦いでさえ苦しそうに行っているあの子が、
そんな世界中を背負うようなことを出来る筈がないだろうに。
ラクスと同じように考えてはいけないのだ。
彼女は人間の善性を信じていたから世界を背負うことにそこまで抵抗は感じていなかった。
しかしキラは違う。
そのラクスを殺され、人の醜い部分を見せ付けられた彼がそんなことできるわけ無いだろう。
その重圧に押しつぶされて、今度こそ心が壊れるのがオチだ。

 

「ふざけるな。あってたまるか、そんなこと」

 

それだけはなんとしても阻止しなくてはならない。
自分たちは抑止力として存在するだけでいいのであって、世界を牛耳るためにいるのではない。
やはりあの男はそう遠くない未来に処分しなければなるまい。

 

それ自体は大した手間は掛からない。目の見えない男1人謀殺するのなんて簡単だ。
抵抗なんて取るに足らないものだし、彼に追従して自分と戦うという者も大していないだろう。
唯一自分たちの弱点となりえる小さなラクスの警護は陰で強化しているし、
ドムトルーパーの3人も此方寄りだ。
だがこの男に篭絡された者もかなりの人数がいるため、
自分が権力を握るために殺したと思われては彼らの中に反感の意を表す者も出てくるだろう。
それは自分の本意ではない。
何より戦いはまだ終わっていないので、最終決戦を前に内紛を起こすわけにはいかなかった。
全てはこの戦いに勝利した後だ。

 

「……月、か」

 

全てに勝利してキラを生かすという点では、月の制圧は此方にとっても都合が良いのは間違いない。
いくら補給ポイントが多いとはいえ永遠にディーヴァで流れるというのは現実的ではないし、
プラントとも地球とも一定の距離がある月のダイダロスならば拠点として不足は無かった。
キラならばレクイエムを放つことも無いだろうし。
ただ、今だけという前提があっても、あの男の意のままに動くというのが個人的に受け入れられないだけで。

 

「夢や未来なんて、こんなに胡散臭い言葉だったかな」

 

顔の傷を撫でながら呟いた。自分の大事なものを他人の自慰で汚されたような気分だ。
視線の先にはその張本人、未だに笑う夢想家が1人。

 
 

気に入らない。
まったくもって、気に入らない。

 
 
 

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