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SEED-IF_CROSS POINT_第38話

Last-modified: 2011-02-25 (金) 02:52:41
 

決着は一瞬。それまでの長い戦いが嘘の様に、僅か数秒で終止符が打たれた。
シン=アスカとキラ=ヤマト。彼ら2人の全てを賭けた戦いが。

 

「キラ……」

 

画面に映るのは跪くデスティニー、そして腰を落としたまま動かないフリーダム。
長剣の一撃を受けたのはコックピットの近く。両断こそされていないが刃が食い込んでいる。
バルトフェルドはその映像から視線を外すことができない。
人の死を多く見続けてきた己のカンが告げているのだ。もう彼に戦う力は無いと。

 

明日を求めるが故に、次の瞬間の勝利の為にその時できる最善を為したキラ。
明日を求めるが故に、限界を超えてまで今に全てを込めたシン。
どちらが正しいと言うわけでもない。ただそれまで歩いてきた彼らの道のりがその方法を選んだだけで。
何が勝敗を分けたのかは分からない。それを知っているのはくそったれな神様とやらぐらいだろう。
自分に分かることなんて一つだけ。

 

「ああ、そうか。……やっぱりここだったんだな」

 

己を指し示す光は消えた。生きる理由もそれと共に。
後に残るのは本人の意思を無視して活動を続ける、力の無い身体だけ。
交差する2つの線。それは必ずどちらかが上書きされ途切れる。
確率は単純計算で50%。キラだけは特別で無敵なんて都合の良い事などありはしない。
そして今回途切れてしまったのは自分たちの方だった。ただそれだけ。
残酷な現実を受け入れ、バルトフェルドは天を仰ぐ。

 

「僕たちの、旅の終わりは」

 

胸の中を吹き抜けていく風が、戦いの終局を告げていた。

 
 
 
 

「馬鹿な……」

 

英雄を飛翔させた2人の男。
その片割れが悲しみに浸る中、残された1人は自己を保つのに精一杯だった。
それまでの堂々とした素振りは露ほどにも見せず。顔は青褪め、否定の言葉を幾度も呟いている。
憐れみすら抱くほど堕ちたその様、題名を付けるなら 『絶望』 だろう。
周囲の者たちがそう考えたほど、男は呆然としたままその場に立ち尽くしていた。

 

自らの耳が聞き取っているのは多数の降伏信号と救助作業の声。戦いの終わりの声。
自分は目が見えない。だから決着を直接見たわけではない。
しかし己には人より優れた耳がある。その場の空気や人の気配を敏感に感じ取ることもできる。
だからこれは虚偽などではなく真実なのだろう。理解と納得は別物ではあるが。
思考がまとまらない脳をそれでもフル稼働させ、マルキオは現実に直面する。

 

キラ=ヤマトが敗れた。シン=アスカの手によって。
キラ=ヤマトが敗れた。スーパーコーディネーターである筈なのに。
キラ=ヤマトが敗れた。自分に彼が見せてくれる筈だった 『未来』 を見せることなく。

 

馬鹿な。そんな筈は無い。
彼が敗れるなどと。

 

「シン=アスカッッッ!!!!!」

 

気付けば叫んでいた。いや、自分はまだ気付いてなどいないのかもしれない。
自我を自動的に再構築するために、通信席まで歩いた後手探りでマイクを掴む。
なりふり構わず。先ほどの自分の言葉を否定してまで。
自分の中で大きく音を立てて壊れていくものを繋ぎとめようと。

 

「SEEDを持つ者が世界を導く! 君は私と行動を共にすべきだ!!
 ジョージ=グレンの見せてくれる筈だった未来へと、君には世界を導く義務がある!!!」

 

違う。そんなことはありえない。
彼の後を継ぐ者は戦うことしか出来ないシン=アスカなどではない。
才能の極値。人類の究極。
そんな言葉でしか言い表せないほどの高みにある存在、スーパーコーディネーター。
すなわちキラ=ヤマトしかその座に着くことは許されない。

 

「キラ=ヤマトを倒したのがその証明だ!
 君が彼以上の存在だと言うのなら、我々は喜んで君を受け入れよう!!」

 

しかし、ならば何故彼は敗れた?
自分の見立て違いか。偶然か奇跡でも起こったのか。ただキラが手を抜いただけなのか。
いやそんなことはどうでもいい。彼は私に、目の見えぬ私に光を与えてくれるのではなかったのか。
その答えだけが、自分の納得できる答えだけが今は欲しい。

 

確かにキラはそうではなかったのかもしれない。いや自分の見込み違いだった。それは認めよう。
しかしまだ自分が望む答えは残されている。
実はシン=アスカこそが本当の継承者で、キラはその踏み台に過ぎなかったのだと。
そして使命に気付いた彼が、これから自分の手を取ってくれるのだと。
キラが自分に見せたであろう未来よりも素晴らしいものを見せてくれるのだと。

 

「今からでも遅くは無い!! 我々は手を取り合うことができるはずだ!! 」
『………少し黙れ。宗教の勧誘に興味は無いんだ』
「宗教などではない……ええい、私に触るな!!」

 

返事はかつて僅かに話したときと同じ、侮蔑の言葉だった。
背後から自分を止めようと肩を掴んだ者を突き飛ばし、マルキオは再びマイクを掴む。
頭を掻き毟り通信機を叩き壊したい気分だった。
シンが目の前にいれば手にした杖を叩き付けたい気分だった。
何故だ。何故いつもこの男は私の言うことがわからない。
SEEDを持っているのだろう。まがりなりにも彼の後を継ぐ資格があるのだろう。
ならば何故それを生かそうとしない。認めようとしない。

 

「なんと愚かな!! 無限の可能性を溝に捨てるとは、君はそれでも……!!」
『……どうやらもう、終わってんのは世界じゃなくてアンタの方みたいだな』

 

耳にシンのものであろう溜息が聞こえる。それは私に対してのものか。
ふざけるな。お前に私の何を見下せるというのか。
手にしたものの素晴らしさにも気付かない粗悪品の分際で。

 

『俺がキラ以上の存在だと? 笑わせんな。俺がアイツより上に行ける訳が無いだろ』
「謙遜も度が過ぎれば不快だ! キラ=ヤマトを討ち、我々から勝利を奪ったお前が……」
『そうだな、確かに今キラを討ったのは俺さ。それは否定するつもりは無い。
 けどな、キラから……アンタらから勝利を奪ったのはアンタ自身だろ。
 これほどの全能の力を手に入れときながら、こうも無能なアンタがな』
「………もう一度、言って貰おうか」

 

呼び方や言葉遣いにすら気が廻らず叫び続けるマルキオだったが、シンの言葉に熱が冷める。
今、この男は何を言った。私を無能だと言ったのか。

 

『キラにクライン派、これだけの条件を揃えておいてこの結末か。
 それともこれだけの力を持っていたのに何もせずに他人任せだったのか。
 アンタが何を望んでたかなんてどうでもいいけど、どっちにしてもアンタは無能だったってことだろ』

 

違う。自分が無能だと言われる筋合いは無い。
自分はザフトにも連合にもパイプを持ち恐れられた男だ。
無能だと言うならそれを使いこなせなかったキラやバルトフェルドこそが無能なのだ。

 

「私は無能などではない。私は何も間違ってはいない! 私の目指す未来に間違いは無い!!
 人は次なるステージに向かわねばならないのだから」
『よく言う。まるで今のステージを知ってるようなことを言うな?
 他人の痛みを理解できないような欠陥品が、いったい何を偉そうにほざいてんだ』
「……何?」

 

欠陥品。
欠陥品。
欠陥品?
けっかんひん?
けっかん、ひん?

 

コノ、ワタシガ?

 

『必要無いよ。アンタには未来なんて。
 必要無いよ。アンタが自分色に塗りたくった未来なんて』

 

何をバカな。この私の力がいらないというのか。
そんな筈は無い。これからの未来には私が必要だ。その筈なんだ。
絶対にそうなんだ。

 

『……必要、無いんだよ。この世界にはアンタの存在なんて。
 聞こえないってんなら何度でも言ってやろうか?』

 

やめろ。言うな。その言葉を言うな。
その続きだけは絶対に―――

 

『アンタは、いらない』

 

全てが、止まる。

 

無能。欠陥品。利用する価値も無い。
―――己の存在に意味は無い。
呆然と立ち尽くす自分を、先ほど突き飛ばした男が通信機から引き剥がす。
そして思い切り殴り飛ばされた。背中に壁らしきものがぶつかり呼吸が苦しくなる。
自分に向けられる視線は侮蔑ばかりで、咳き込む自分に誰も駆け寄ろうとはしない。
なんだ、これは。

 

見込んだ対象はいずれも消えて。
自分に媚びていた者がいつの間にか見下すようになり。
目をかけてやった女にとって、自分はただの止まり木でしかなく。
新たに光と見定めた対象には全否定され。

 

残るのは目の見えない、ちっぽけな己ただ1人。

 

口の中に広がる鉄は敗北の味がした。その時になってマルキオはようやく気付く。
自分には最初から、何も無かったのだと。

 
 
 
 

第38話 『マブシクテ マブシクテ』

 
 
 
 

かつてよく見ていた夢と同じ、真っ暗なコックピットの中。
薄く開いた自分の目にほのかな光が飛び込んできた。
光の正体は瞬く星たち。それらをバックに立っているのは紅いパイロットスーツの青年。
それを見た後小さく咳き込んで、キラは血を吐きだした。ヘルメットの中に赤い珠が舞う。

 

「えっと……」

 

なんだろう。頭がひどくぼんやりとしている。
異物の存在を感じる腹は凄く熱い。耳はノイズじみた音がうるさい。目の奥は熱いし喉もカラカラだ。
そしてそんなひどい状況なのに、さっきからひどく眠い。
これって、もしかして。

 

「……僕、死ぬのかな?」

 

否定の声を期待して、どうにか声を絞り出した。
実感が湧かなかったのかもしれない。
いきなり銃撃戦に巻き込まれようと、暗殺部隊に襲われようと、搭乗したMSが爆発しようと。
己はどんな絶体絶命な状況下に於いても生き残ってきた。
死にたくても死ねなかった時期だってあったのだ。
それを今さら死ぬと言われても。なんだ、その……困るし。
死ぬ。今までの自分には程遠い言葉。
今回もそうなんじゃないか。淡い期待を抱いて親友に聞いてみた。

 

しかしその希望は切り捨てられた。
目の前の彼はああ、と呟いたのだった。お前はここで死ぬと。

 

「……そっか」

 

その言葉があんまりにも静かだったから。
それが本当のことだとわかってしまった。

 

「そっ…かぁ……

 
 

身体が重い。おかしいな、血が流れ落ちてるのならそのぶん身体が軽くなってもバチは当たらないだろうに。
そんなくだらない思考さえままならない。
耳の中でざわめくノイズがだんだんと小さくなっていく。
これが聞こえなくなったとき、人はその存在を失うのだろうか。
このまま死ぬというのなら、死は思っていたより冷たいものでも苦しいものでもない。
だけど。

 

死にたく、ないなぁ……

 

何故か怖かった。

 

ああ認めよう。自分は弱虫だった。
どうしようもないほど、救いようもないほど弱虫だった。
数え切れないほどの死を世界に撒き散らせておきながら、この期に及んでまだ生を望んでいる。

 

死にたくないよ、シン

 

勝手なことを言っていると自分でも思う。言う資格が最も無い言葉を自分は吐いている。
誰よりも死を振りまいていたのは誰だったのか。この戦いを始めたのは誰だったか。

 

死んでしまった人間にはもう会えない。
殺された兵の遺恨は消えない。
残された者の傷は簡単には癒えない。
命に取り返しなんてつかない。

 

自分は、そんなことも分からずに人を殺してきたというのに。

 

だって、まだ僕は……

 

でも死にたくないんだ。例え死後の世界に 『彼女』 が待っていたとしても。
だって、自分はまだ――――

 

まだあの娘に、何もしてあげてない

 

いろんな所に連れて行って、楽しい思いをさせてあげたかった。
たくさんの綺麗な景色を見せてあげたかった。
美味しいものを食べに行きたかった。一緒にお酒も飲んでみたかった。
彼女の卒業式とかで泣いてみたかった。連れて来た彼氏の腕を捻りあげてやりたかった。
バージンロードも歩いてみたかった。孫の名前も付けてみたかった。

 

だからまだ、死ねないんだ

 

もっと一緒にいたかった。
あの傷つけられた少女に、君がいてくれて幸せだと伝えてあげたかった。

 

まだ……死ねな…い……

 

砂時計の砂が落ちていくように、自分の中のナニカが消えていく。
あらゆるものに縋りついて尚、届かなかった者の末路は吐いて捨てるほど見てきた。
自分はただ、強かったから。いつも埃でも払うかのように吹き飛ばしていた。
自分はただ、愚かだったから。形ばかりの憐憫だけ向けて哀れんでいた。
敗北が。断ち切られるって事が。
こんなに苦しいなんて、思いもしなかった。

 

ふと思う。こんなに苦しいのなら、自分はヒトに戻るべきではなかったのだろうか。

 

それはないな。

 

思い浮かんだ少女の笑顔がその答えだった。あれを目にして無反応だなんて考えられない。
だからもっと生きたい。傍にいたい。
だというのに、いまや全霊を込めて開けていた瞼すら閉じかけていた。ほとんどのものがぼやけて見える。
だからだろう。目の前の青年から見える筈のないものが見えたような気がした。
彼が。シンが自分の為に涙なんて、流す筈がないのに。

 

ね、え……シン………

 

でも彼が泣いているんじゃないか、自分が死ぬことを悲しんでくれているんじゃないか。
そう考えただけで一瞬、本当に一瞬だけなんだかすべてを受け入れてもいいと思ってしまって。
自分を繋ぎとめていた彼女の姿が、少しだけ途絶えてしまって。
自分の終わりを、受け入れてしまって。

 

聞いてる…………?

 

闇に沈み込むように。目の前のシンが眩しいかのように。
重たいその瞼を、閉じた。

 
 
 
 

「………聞いてるよ」

 

人の掌ってのは。自分が思っているよりずっと小さい。
何かを掴もうと手を伸ばせば、今まで手にしていたものがこぼれていく。

 

血を流して座り込んだ男を見下ろしたまま、シンは自分の掌を見つめた。
目の前にいるのは1人の青年。キラ=ヤマト。ついさっきまで自分が殺そうとしていた相手。
そして推測ではあるが、かつて自分に己を倒すよう依頼してきた相手でもある。
そんな男を、自分は今この手から取りこぼした。

 

オーブの慰霊碑で初めて会ってから随分経った気もするし、昨日のことのように感じる気もする。
ただ、こいつほど自分の中に色濃く残る存在はいないだろう。

 

―――君に戦場に戻ってもらえないかなって思っただけなんだけど

―――今日は楽しかったよ、君と話せて

 

こいつがどんなやつだったか。そんなもの一言では語りつくせる筈も無い。
そうこいつは地味に嫌なやつで俺の大切なものを奪った嫌なやつで
酒弱いくせに無理矢理飲みに連れて行った挙句介抱する自分の足元にリバースするような嫌なやつで。
絶対俺がこうやって悩むのを予想してあんなこと言いやがったに違いないのに。

 

―――あの娘を抱きしめてやるんだ

―――今なら分かるよ。光は1つだけじゃなかったんだ

―――それ、きっと間違ってないよ

 

もう引き戻せないところまで人を引き摺り込んでおいて。言った当の本人が心変わりした挙句。

 

―――死にたくないよ、シン。

 

最後にこいつはそう言いやがったのだ。それはこのフリーダム野郎の残した最後の呪い。
ただ一つ、今の自分にとって最悪の認識を生み出すもの。
消えない。消し去ることができない。この想いを本当に消したいのか、自分でもわからない。

 

俺たちは友達だったんだな、なんて。

 

死にたくない。その言葉に自分はどう答えればよかったのか。
コイツを、友達をこんなにしたのは自分だと言うのに。

 

「ちくしょう……」

 

心は泣かない。涙も出ない。
悲しみの涙など、切り捨てられていった者の痛みへの免罪符などになりはしない。
流せたところでそんなことはわかっている。
けれどもし流せたのならば、人はそれを区切りにできる。過去にするのも早まるだろう。
だから泣けるのなら泣いた方がいいのは自明の理だ。

 

でも、それをしないという事は。
自分はただ、友人を切り捨てた己を許したくないだけなのだろう。

 
 

「遅いよ、馬鹿。……遅すぎなんだ」

 

力を失ったキラの身体を抱え、デスティニーのコックピットに乗り込む。
月の重力のせいで軽く感じるのは当たり前とはいえ、こんな身体で世界を背負い込んで……いややめよう。
それを言う資格は自分には無い。こいつの辛さを哀れむのは自分ではない。
資格があるとしたら本人が言っていた『あの子』か、
悲しい声で戦いを見届けると言ったあの男だけだろうから。

 

パネルを弄り再起動。機体に色が戻り、真紅の翼を再び広げた。
もう、此処にはいたくない。こいつをこの場に置いておきたくない。

 

『待ってください』

 

飛び立とうとしたその時、デスティニーに通信が入った。
送信先はボルテール。画面にサングラスを着けた男性が映る。
つい先日別れたばかりなのに、ひどく懐かしく感じる顔だった。

 

『我々はキラ=ヤマトの遺体の確認もしなければいけません。
 彼を乗せたまま何処に行かれるつもりですか? 』
「……連れて行くんだ。誰にも邪魔をさせない場所へ」

 

艦長の問いにそっけなく返す。敬語を使う余裕も無い。
その声はどう聞いても魔王を討ち取った英雄のものではなく、友人の葬式の帰り道のそれである。

 

『貴方の気持ちもわからないではない。ですが―――』
「わかるのなら頼みがある。
 こいつも俺も………もう、休ませてくれないか」

 

艦長の言葉を断ち切る。口から毀れるのはひどく疲れた声。
当たり前だ、誰がこの状況で笑えるというのだ。

 

『オーブに……異存は無い。シン、お前の好きにしろ』
『遅刻してしまった我々連合は、口を出せる立場ではないな。
 心配するな。上には上手く言っておくさ』
『……行っておいで、シン』

 

アスランと連合の指揮官、そしてアーサーがシンの意を汲む。
その流れを受けたボルテールの艦長も、数秒後には仕方ないといった表情で頷いた。

 

『……他ならぬ貴方の願いだ、仕方ありませんね。
 ただし、議長代行とは後ほどお話をする機会を設けさせていただきますが』
「それぐらいなら覚悟の上だ。任務報告くらいはしなきゃいけないだろうし」
『その際には私に連絡を』
「ああ。……ルナ、コニール。先にベルリンに帰っておいてくれないか? 俺も、なるべく早く帰るから」

 

通信は全回線なので、シンはそのまま言葉を続ける。
戦いが終わって皆生き延びたのだ。本当ならもっと優しい声か明るい表情をしたかった。
特にコニールには自分が人を殺す所を見せたくなかった。それが己の友人なら尚更だ。
彼女がそれでどうこうなる人間ではないと知っていても、それでも。

 

『帰ってくるんなら、私は気にしないよ』
『……行ってきなさい。行き先は聞かないから』
「ありがとう。それじゃ俺は、もう行くな」
『あ……アスカさん!!』

 

自分に気を使っているのだろう。返ってきたのは優しい声。
その気持ちに感謝しつつ宇宙を見上げると、今度は別の聞き覚えのある声が自分の名を呼んだ。
場所は先ほどと同じくボルテールから。今度は艦長ではなくオペレーターの少女が話しかけてきている。

 

「……ん? 」
『すいません大きな声出して。
 今から言うのってもしかしたら余計なお世話かもしれません。けど……』
「けど?」

 

続きを促す声に少女は迷いを見せる。
だが数秒後、意を決して言った。

 

『泣きたい時には泣いた方が良いと思うんです。悲しそうな顔、してます。
 大切な人がいなくなってしまった時くらい泣いても、バチは当たりませんよ』
「泣けないし泣いてやらないって決めた。
 今日俺が撃ったやつの中にも誰かにとっての大切な人がいたんだろうし、
 それを差し置いて自分だけ悲劇のヒーローぶるのもなんだかなぁって感じでさ。
 それに悲しいっていうよりはどっちかって言うと……少し悔しいんだ。
 俺もこいつも人殺しだ。碌な死に方はしないだろうとは思っていたけど、
 それでも運命ってやつを恨みたくなる」
「アスカさん……」

 

自分を見つめる少女の表情は悲しみに満ちていた。
それを見たシンは自分の言葉が間違っていなかったことを確信する。
やはりあのマルキオという男は無能だった。
何故に人類の未来とやらを自分にではなく彼女やコニールに見出せなかったのか。
人の心を思いやれる人間と言うのは、この世に最も必要とされている超能力者だ。
悩みを推し測り相手を気遣える。悲しみを読み取り癒そうとする。
戦いの才能? SEED? それがどうした。
そんな物騒なものを抱えてる自分なんかより、彼女たちの方がよほど未来に希望が持てそうじゃないか。

 

「そうだ、大事な事を聞きそびれてたな。……君の名前は?」
『え?』
「名前だよ、君の。絶対に聞きに来いって言ってたろ?」
『は、はい。私の名前は―――』

 

予期せぬ言葉に動揺したのか、どもったりしながらも少女は自分の名を告げる。
特に変わった名ではない。ただ、彼女に合った良い名だとは思った。

 

「わかった、しっかり刻んどく。……ボルテールにいたとき、1人の俺を気にかけてくれてたよな。
 あれ、実は結構嬉しかったんだ。勿論今の言葉もだけど」
『え? あ…そんな、勿体無い……ことば……』

 

少女の目が見開かれ、そして涙が零れる。やっぱりこの子は良い子だ。
きつい事ばかりだったこの戦い。この少女に出会えたのがせめてもの救いだったように思う。
だから今は、心からの言葉を。

 

「ありがとな」
『はい………!!』

 

画面の中の少女は泣きじゃくっていた。友人らしき別の女の子たちが目を潤ませながら彼女に寄り添う。
口の中でもう1回だけありがとうと呟くと、シンはデスティニーの翼を広げた。
この場を去る前にもう一言だけ。今此処にいるのはそれぞれの軍の中心たちだ。
だからもう一言だけ、言っておきたかった。

 
 

「俺は、もう。戦わないから」

 
 

戦場に静寂が満ちる。予期せぬ言葉だったのか、それともキラの最期を見て同意見だったのか。
それぞれの想いなんて自分には分からない。だから自分の立場で、個人的で正直な思いを伝えた。

 

「英雄だとか。正義だとか。自由だとか。運命だとか。
 ……それが戦いの理由になるのなら。俺自身が戦いの起こる理由になるんなら。
 俺はそんなもの、いらない」

 

グフの青年の声は自分にも聞こえていた。彼の言うことが全てだ。
俺はもう充分怒った。充分泣いた。充分失った。―――そして、充分奪った。
これ以上、戦場 (ここ) で何をしろと。

 

「俺はもう疲れた。戦いなんて今後一切ごめんだ。
 これからは静かに、今度こそ己の大切な人たちのためだけに生きる」

 

それを依存だと言うならそう言えばいい。他人に動かされるだけの人形だというなら蔑めばいい。
さっきそう思った。それは今でも変わらない。俺は人形でもなんでも構わない。

 

ルナが。
コニールが。
アスランやメイリンが。
ディアッカやヨウランやアーサーが。
ネオやその家族や馬鹿アスハが。
今名前を教えてくれたあの少女が。
ベルリンの人たちが。

 

みんなが。
俺と共に、笑ってこの世界で生きてくれるのならば。

 

俺はただ、それだけで。

 
 
 
 

気がついたときには、全てが終わっていた。
それがこの戦いに参加した者が後に語る感想の大半である。

 

バルトフェルドの命令から死闘の決着まで、時間にして10分も経っていない。
しかし人間の限界を超えた戦いにいつしか誰もが呑み込まれ、
自由の聖剣と呼ばれたMSはいつの間にか月面に腰を落としていた。

 

その勝敗を別けたのはおそらく技量の差などではないと皆は言う。
それほどまでに2人の決着の時は悲しく、美しく、そしてあっけなかったからだ。
自分たち以外の何か、神や運命の存在を信じたくなったと語るほどに。

 

そう、全ての力を出し尽くし決着した2人の戦いは美しかった。
それは決して否定されることのない事実である。
けれどこれを見た者たちから、その場に立ち会えた喜びの声は終ぞ聞かれる事は無かった。
誰もが皆、ひどく痛感させられたのだ。
果たしてこの美しかった戦いに、意味はあったのだろうかと。
この悲しい結末に、何の救いがあったのだろうかと。

 

戦いの終わりを認識させるような、勝者の悲しげな別れの言葉が戦場に響き渡った。
見届けた者たちの目に、2度と戦場に戻る事の無いであろう真紅の翼を焼き付けて。
月面から飛び立ったMSを、戦場にいた全ての人間がぼんやりと見送り続ける。
言葉は無かった。動くことも無かった。
誰もが皆戦いも逃亡も制止も救助も助けを求めることもできず、ただ黙って見送るしかなかったのだ。

 
 

運命に弄ばれた2人の青年によって紡がれた。
哀れで美しい、ある一つの英雄譚の幕引きを。

 
 
 
 

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