Top > SEED-IF_CROSS POINT_第40話
HTML convert time to 0.015 sec.


SEED-IF_CROSS POINT_第40話

Last-modified: 2011-03-09 (水) 00:55:35
 

「SEEDを持つ者を私が見出し……彼らが世界を導く……そうだ、その時に私の前に光が………」

 

1人の男が何やら呟きながら病院の廊下を歩く。その足取りは夢遊病者の如く覚束ない。
いや如くではなく実際に夢を見ているのだろう。
種が芽を出し美しい花を咲かせる。その種を見つけ導き育てたのは己なのだという
自分が求め続けていた夢を。
全てが砕かれた今も尚、マルキオは抱き続けていた。

 

「何処へ行った? 急いで探せ!!」
「相手は盲目だ、協力者がいないならすぐに見つかる筈。落ち着いて探すんだ」
「何か騒ぎが起きるかもしれん。他の患者は自分の部屋に戻るよう徹底させろ!」

 

病院のあちこちで騒いでいる声は聞こえていない。否、聞こえてはいる筈だが認識をしていない。
今の彼にはそんな現実は必要ないのだ。必要なのは唯一つ。
人によってはそれを妄執と呼ぶ、曲解された自分にとって都合の良い事実。

 

「未来を…… 」

 

何故、監視する人間が彼から離れていたのか。
何故、部屋の鍵が開いていたのか。
何故、まともに歩くことすらままならない男を捕まえることができないのか。

 

それは己が選ばれた人間であるからに他ならない。
人類が新しい世界へと到る際の立会人として。

 

「世界を……」

 

幾度か何かに裾を引っ張られ、ようやく目的地らしき場所に辿り着いた。
目の前に感じるのは自分が求めた眩い光。
あんなに求めていた物なのに、思わず気後れして立ち止まってしまう。
けれどいつまでも立ち尽くすわけにはいかない。
背後から誰かに押され、眩しい光に向かってマルキオは駆け出した。
そして心地良い浮遊感が全身を覆う。まるで鳥になって飛んでいるかのようだ。
そうか。これこそが私にもたらせられる未来。大きく羽ばたき自由に空を舞う。
『彼』 が見せてくれるに相応しい世界。

 

「これこそが、私の……」

 
 

続く言葉は無かった。視界を闇が覆い、自分の耳に何かがひしゃげる音が聞こえ。
マルキオの意識は消失した。

 

痛みを感じる間も無かっただろう。
壊れたマリオネットのように身体のあちこちを歪に曲げたまま、
それでもマルキオの顔は笑みを浮かべていた。
残酷な現実と違い、永遠に覚める事のない夢を見続ける。
それが幸せなのかどうかは本人にしかわからない。

 
 

墜落死。
それが偽者の羽で高みを目指した男の結末だった。

 
 
 
 

第40話 『それぞれの終わり』

 
 
 
 

「時間だ。出て来い」

 

部屋の外から男に呼ばれる。どうやら今日が自分の最後の日らしい。
随分待たされたような、逆に短かったような。
アンディ=バルトフェルドはコーヒーの入ったカップを持ちながら男に言葉を返した。

 

「もう少し待ってくれ。実はまだ飲み終えていないんだ。
 最後の一杯、楽しんだらすぐに出て行く」

 

自分の言葉への返事は無いが、代わりに急かされることも無かった。
そのことに感謝しつつ芳醇な香りを楽しむ。
これが生涯最後の一杯、エスプレッソ。
あの世にコーヒーがあるとは限らない。だから今はコーヒーの風味をしっかりと覚えておきたかった。
ゆっくりと飲み干す。自分がブレンドしたものではないのが気がかりだったがそれでも美味い。
もう十分だ。愛しげにカップの淵をなぞると、バルトフェルドは今度こそ外の男に声をかけた。

 

「待たせてすまない。それじゃあ行こうか」

部屋を出て歩き出す。付き添うのは先ほど自分を呼んだ男を含めて4人。
左腕の義手は仕込み銃のない普通のものに換えられてはいるが、
それでも目の前の彼らぐらいならば逃げようと思えばいくらでも逃げれそうな気がした。
もはや意味の無いことなので行動に移したりはしないけれど。
尤も、キラが生きていればそれもありだっただろうが。

 

「おや」
「………」

 

曲がり角を曲がると、廊下の先に顔に傷をつけた金髪の男が立っていた。
かつて共に戦ったこともある男。戦友と言ってもいいその男にバルトフェルドは笑いかける。
自分と同じ、動物の名がついた異名持ち。ほんの少しだけ惹かれていた女性の夫。

 

「久し振りだね、ムウ=ラ=フラガ。見送りに来てくれたのかい?」
「……まあ、そんなところだ」

 

ムウが周りの人間に目で合図をする。彼らが2人から距離をとった。
どうやら彼が人生最後の会話の相手となりそうだ。

 

「なあバルトフェルド。何故キラを止めなかったんだ。あんたなら、もしかしたら」
「仮定の話はやめておこう。もう何の意味も無いしな。それより君1人だけかい?」
「ああ。誰かが此処に来ないといけない。そう思った」
「そうか。そいつは確かに大人の仕事だな」

 

お互い目を伏せる。よく考えるとあまり話すことが無かった。
さっきは彼にああ言ったばかりだが、仮定の話とやらをしてもいいかもしれない。
どうせもうすぐ話すことができなくなるのだし。

 

「なあフラガ一佐。さっきの言葉なんだけれども。
 ……僕たちがキラを止めなきゃいけない理由ってあったのかな?」
「なに?」
「この世界をここまで平和に導いたのって、あの2人だろう?」
「それは……」
「違うとは言わせないよ」

 

否定しようとする声をぴしゃりと切り捨てる。
実際否定されることではないのだ。その事実だけは、絶対に。

 

「確かに僕たちを含めた沢山の人間が力を貸した。その力が無ければ2人は勝てなかったかもしれない。
 ……けれどそれだけだ。僕たちは勝ち馬に乗れただけで、何かを背負ったわけじゃない」

 

マルキオはラクスが思うがまま動けるようお膳立てをしただけだった。
アスランは2人の後ろについていって、銃を手に取っただけだった。
自分もムウも、サポートばかりで最終的な決断は全て2人に託していた。

 

極端な話。キラとラクスさえ揃っていれば、それ以外はいくらでも代わりがいた。
彼らだけだったのだ。他者に委ねず己が決めた道を歩いていたのは。
そしてその道の先に平和があった。

 

「そう考えてみると情けない話さ。君もそう思わないかい?
 彼らを信じて任せたと言えば聞こえは良いが、行動はラクス、戦闘はキラにおんぶに抱っこで。
 世界が滅びに向かっていたその時に僕達がしていたことは、
 二十歳にも満たない子供2人に縋り付いてただけだったんだから」

「………」
「あの子達は本当に良く頑張った。そりゃあそのやり方を批判する者はいたさ。
 だけど世界の崩壊を救い、命を守り、人類に平和を掴ませてくれたのは確かなんだ。
 自分達もひどい目にあったっていうのにね」 

 

戦争によって傷つけられた彼らの傷が大したことなかったなんて言わせない。
他に方法はなかったのか。銃を突きつけ脅しておいて平和を語るのか。
彼らにそんな事を言った人間もいた。
しかしそんな事を言うのなら自分たちがやってみりゃいいのだ。
賭けてもいい。そんな連中の手では絶対に、一時的な平和すら訪れない。
背負ったものの重みに潰されるか、憎しみに呑まれて命を焼き合うかに決まっている。
だいたい人を非難する時に限っていつもの自分を差し置いて善人ぶるようなやつらに、
キラたちを否定する権利が何処にあるというのだろう。

 

「そんな彼らに世界が用意したものは、爆弾と、彼らの頑張りを無にする終わりの無い争いだった。
 流石に本気で怒ったよ。これでも僕は彼らのことを自分の子供の様に思っていたからね。
 ………その時思ったんだ。
 キラ1人が暴れたくらいで壊れる世界なら、いっそ壊れてしまえばいいってね」

 

もはやこの世界に愛着など無かった。
世界が1人を見捨てると言うのならば、1人が世界を見捨てても文句は言われない筈だ。
だから思った。

 

「キラが憎しみ続けるならその手助けをしてやろう。
 キラが戦いから途中で逃げたくなったとしても、それはそれで構わない。 
 まあ、それだけだよ。そんなに大した理由は持ち合わせていない」

 

かつては平和の歌を奏でていた。
自分とキラ、アスラン、マルキオ。それからラクス。
けれど指揮者の居なくなったカルテットは曲を終わらせることができずに、最後だけずっと繰り返し続ける。
1人演奏から抜けても。それが騒音だと否定されようと。
彼が彼女のことを想いながら弾き続けるのならば、自分も付き合おうと。
最後まで付き合った。ただそれだけのこと。

 

「さて、それじゃあ行こうか」

 

長話する余裕も無さそうだ。言いたいことは全て話したので行くことにした。
周囲の人間も再び集まり、死出の旅が再開される。

 

「なあ、ムウ。楽しかったなあ。ラクスのところに皆が揃ってた頃は」
「……」
「じゃあな。奥さんを大事にしろよ」
「あんたに言われなくても……そのつもりだよ」
「それは何より」

 

ムウの横を通り過ぎる。彼の表情に変化は無い。
だが強く拳を握り締める彼の姿を見て、
もしかしたら彼とは親友になれたのかもしれないなとなんとなく思った。
もう、過去の話になるけれども。

 

廊下の先には広場。そこで待っているのは不恰好な台と銃を持った軍人。そして幾人かのお偉いさん。
ただ自分の死の為だけに集まった人間たちだ。

 

その光景を見ても怖さは無かった。
これまでにアイシャを失い、ラクスが死に、キラがいなくなった。もう自分しかいない。
アイシャと共に居た時。キラやラクスと暮らしていた時。自分の周りには光が溢れていた。
だが今感じるのは胸の中で風が吹いているような喪失感。
死ねば彼らのところに行ける。
もし仮にそんな世界がなかったとしても、この喪失感を感じずに済むならそれもいい。

 

もしかしたら、キラもこんな気分だったのかもしれないな。

 

大事なものを失って。忘れられなくて。
でも託されたものがあったから、逃げられなくて。
だから、滅びに向かっていったのかもしれない。唯一の誤算はあの少女に出会ってしまったことだろうが。
死体を確認したわけではないのでできれば生きていて欲しいが、それを望むのは不相応だろう。

 

「最後に言っておくことはあるか?」
「僕自身のことについては何も。……ああいや、一つだけ。
 今回の騒ぎ、全ての責任は先日死亡したというマルキオ導師とこのアンドリュー=バルトフェルドにある。
 僕たちに付き従ってくれた者たちにはどうか、寛大な処置をお願いしたい。僕の望みは以上だ」

 

台に縛り付けられる。目隠しは拒否した。
せっかくここは光に溢れているのだ。目を閉じたままなんて勿体無い。
どうせ死んだら何も見えなくなる。
なら、自分から見ることを放棄しなくてもいいだろう。

 

「構え!!」

 

遠く、兵士たちが銃を構えた。もうすぐだ。もうすぐ逢いに行ける。
キラ。ラクス。少しだけ、自分の子供の様に思っていた少年たち。
アイシャ。心から愛していた女性。
話したいことが、土産話がたくさんあるんだ。

 

「楽しかったよなぁ……まるで、夢のようで…」

 

そう、楽しかった。
眩しくて、暖かくて、刺激的で。
一度死んだ人間が見た夢にしては、上出来すぎるほどの。

 

「本当に、楽しかった………」
「撃てーーーっっ!!」

 

体中に焼け付くような痛みが奔った。そして目の前の世界が闇に包まれていく。
全てが黒く染まりきるその瞬間。
自分に手を伸ばす女性の姿が見えたような気がした。

 
 
 

バルトフェルドが通り過ぎても、ムウ=ラ=フラガは振り向かなかった。
もう全てが終わっている。できたのはこんな事だけ。
説得も、戦闘も、決着も……今回の自分は最後まで役に立てなかった。

 

楽しかったと彼は言った。それは自分も同感だ。
だがもう終わった話。これからまた自分は明日に向かって歩いていかねばならない。
戦友をこの時間に残したまま。

 

遠くで何発かの銃声が聞こえた。そして静寂。
廊下に何かを叩きつける様な音が響く。去っていく人影。

 
 

へこんだ壁だけが、あとに残った。

 
 
 
 
 

ざわめく声。チカチカと会場のあちこちで光るカメラのフラッシュ。
満員の観衆は主役の登場を今や遅しと待っている。

 

かつてラクス=クラインの葬儀が行われた場所と同じ、プラントの首都アプリリウスのスタジアム。
今日はここで戦いの終わりと功労者を讃える式典が行われようとしている。
始まりの場所で終わりを迎えることで、少しでも長くこの戦いを人々の記憶に残そうというのが
議会の狙いらしい。
しかしいくらなんでも数が多過ぎだ。民衆を集めるにも程がある。
控え室で大勢の軍人と共にテレビを見上げながら、式典の主役たるシンは小さな声で呟いた。
めっちゃ帰りてえ。

 

「すごいですね、シンさん。見てくださいよこの観衆の数。
 これみんなシンさんの姿を見に来てるんですよ? 凄いなぁ」
「いやほんと、押しも押されぬ英雄ですよアスカ先輩。これは以前の発言本気で謝らんといかんわ」
「やめんかこっ恥ずかしい。……ここまで暗い話題が多かったからな。
 平和になったっていうことを喧伝する道化が必要なんだろ。
 まあ皆が笑ってくれるんなら受け入れなきゃいけないんだろうけど」

 

すっかりシンに対する態度が丸くなったサトー少年、
そしてちゃっかりシンの右隣のポジションに陣取ったオペレーターの少女と話しながら、
シンは軽く溜息を吐く。
イザークの思惑に自分の意思。これが最善の手だと言うことは分かっているが、
それでも気乗りなんてする訳が無い。
まったくシン=アスカも偉くなったものだ。
その名は一部の人間を除いて嫌われ軍人の代名詞だった筈なのだが。

 

「つか、本当に軍には戻らないんですか?
 前に言ってたことは納得できるんですけど、でもやっぱこの世界には先輩の力必要でしょ」
「んで、いつ第2のキラやラクスになるんだろうってビクビクしながら監視されるわけか?
 正直勘弁願いたいな。俺はそんな人生送るより、ベルリンで仲間と一緒に地に足付けて生きていたい。
 それより復興が落ち着いたらメールするから、暇があったら遊びに来ても構わないぞ」
「いいですね、それじゃメアド教えて貰っていいでぐはぁ!?」
「絶対行きます!!」

 

顔を側面から突き飛ばされ、目の前にいた少年が吹っ飛ぶ。
続いてシンの視界に入ったのは目を輝かせた少女の顔。
別にそんなに焦らなくてもメアドを片方にしか教えないとか言った覚えは無いのだが、
少女にとってそんな事はどうでもいいようだ。

 

「く、首がヤバい方向に……先輩確か医者志望ですよね? 俺の症状は大丈夫なんすか!?」
「これはもうだめかもわからんね」
「絶望した!!」
「そいつはほっといて良いですから、シンさん早く教えてください」
「それちょっとひどくね?」

 

メアド以下の扱いってのは人としてちょっと厳しいと思うんだ。

 

「て、てめー覚えてやがれよ……? 報復として嫌がらせしてやる。
 アスカさんとのツーショット写真、お前のやつだけ鼻下からのアングルで撮ってやらぁ!!」
「あ、いたの? ごめん気付かなかった。
 あらやだ首が曲がってるじゃない。治してあげるわ、反対に曲げたら元に戻るでしょ」
「やめてあげて」

 

本気で怒った少女を背後から抱えて止めるシン。
控え室は歓談の声で満ちているが、それでも自分たちは少し騒ぎ過ぎだった。
呆れか怒りの目をする他の軍人たちにすいませんと頭を下げ、
少女を引き摺りつつ部屋の隅へと移動を始める。
背後から聞こえてくるのは大人たちによる小言。
あれで軍人か。士官学校で何を習ったのやら。もげろラッキースケベ。
って最後の何だオイ。なんで俺が怒られてんの?

 

「待ちなさい。何処へ行こうと言うの?」

 

最後の発言をした人間を探すシン。首が傾いたままのサトー。瞳が濡れてきた少女。
そんな3人へ向かって静止の声がかけられる。
目にした方向ではモーゼの十戒の如く人が分かれ、その間から1人の女性が歩いてきたところ。
まるで小惑星の女帝並にカリスマに溢れたその姿に誰かが驚愕の声を上げる。

 

「ジャーン、ジャーン!!」
「げえっ、看護婦ーーっ!!」

 

語呂が悪いよ。そりゃちょっとは似てるけどさ。
てか颯爽と現れたこの人は誰なんだろう。
サトーも少女も驚いた表情をしているのでどうやら彼らの知人の模様。
2人が知ってるのならボルテールの船員なのだろうが、生憎と自分の滞在期間は僅かだった。
あの時会話をしたのは整備班とパイロットの一部にブリッジ周りの女性兵士くらい。
記憶に無いのも仕方ない……いや待て、あの顔は何処かで見た覚えがある。確か

 

「フフ、よく私の前に現れたわねシン=アスカ。どうせ私の事なんか忘れてるんでしょうけど。
 今すぐ私と拳を交えなさい。そしてその後、私を傷物にした責任をじっくりと――――」
「貴方は確か、ミネルバの医務室にいた……すみません挨拶もせずに。
 って今はボルテールにいたんですか? 声をかけてくれれば挨拶に行ったんですが。
 それと以前は申し訳ありませんでした。謝って済む問題じゃないってのはわかってますけど……」

 

間違いない。あまり医務室に行く機会はなかったけれど覚えている。
ステラの件で気絶させたあの人だ。
シンは少女の身体から手を放し、看護婦に向きなおす。
もう随分時間が経ってしまったが謝罪だけはしておかないといけない。女性に手を上げたわけだし。

 

「え、知らなかったの? てか私の事覚えてたの?」
「そりゃまあ、一緒に戦った仲間ですし。……あんな事しちゃいましたけど」
「そっか……それならいいわ、うん。
 ちなみにこの後時間とか取れる? ミネルバ時代の話とかしましょう?
 レストランとバーと部屋はもう予約してあるから、謝罪はそこで受けるわ」
「待てやコラ」

 

遊ぼうか。そんな感じで背後から彼女の肩を掴む少女。
それに対し今良い所なんだから邪魔すんなと看護婦はその手首を掴み返す。
おーいサトーよ生きてるか? 危険を感じたシンは少年をダシにその場から離脱しようとするが、
当の本人からは頼むからこっちくんなと拒絶され続けた。
周囲を気にせずわいわいと騒ぐ4人。それを見た他の軍人たちが再び面倒臭そうに溜息を吐く。
彼らの思考はただ一つ。あの看護婦がいるということは、またボルテールか。

 

「若いですねえ……」
「娘や部下の育て方を間違えたのは認めよう。しかし私は謝らない」

 

コーヒーを片手に笑うアーサー。その隣ではボルテールの艦長が背中を煤けさせていた。
眼前では若者たちの大騒ぎの真っ最中。なんだかミネルバの空気を感じさせる連中である。
一応式典の参加も仕事のうちなんだけどなぁと呟くも、当然聞く者などいない。

 

「ま、顔に傷はつけないでくれるとありがたいかな」

 

まあ平和な事は何よりだ。シンもこれからは戦場を離れるのだから軍人らしく振舞う必要もあるまい。
だから思う存分味わえば良い。自身がその手で掴んだ平和を。
出会ったばかりの時とは違って、今の彼は笑えているのだから。

 
 
 

「出てきたぞ! シン=アスカだ!!」
「あれが自由落としの英雄か。また随分と若いもんだ」
「キャーッッ!! こっち向いて!!」

 

吹奏楽に合わせてゲートが開かれる。目の前には壇上へと続く紅い絨毯。そして満員の大観衆。
誰もが皆自分に注目し手を振っていた。
流石にこれだけの視線を集めた経験は無い。
見ていると呑まれてしまいそうなので曲の始まりと共に歩き出す。
分かってはいたが周囲との温度差を強く感じる。
この式典には戦いでいなくなってしまった人たちを悼む意味合いもあった筈だ。
それに俺にとってあの戦いは辛いものでしかなかったのに。これじゃ

 

「まるで道化だな」

 

口から零れた自嘲は当然の如く歓声に呑み込まれた。
階段を上がる前に観衆たちに振り返る。再び湧き上がる歓声。
軍人席を見やるとオペレーターの少女も、サトーも、艦長も、先ほどの看護婦も、皆笑顔だった。
俺はこの笑顔に応えられる様な事をしたのだろうか。浮かんできた疑問はすぐに消えた。
とてもYesと言える気分にはなれない。

 

迷い無く自分の道を突き進むのが英雄の精神だ。世界を背負い続けるのがその定義だ。
ならばやはり自分は英雄になんて向いていなかった。力を捨てる判断は正解だった。
多分これがシン=アスカの限界なんだろう。

 

壇上で待っているのは正式に議長として就任することになったイザーク=ジュール。
シンは差し出されたその手を握り、彼と視線を合わせる。
プラントが世界に誇る2人の若き英雄、そのツーショットに会場内のテンションは最高潮だ。

 

「すまないな。こんな茶番に付き合わせて悪いとは思っている」
「別に構いませんよ」

 

きっとそれが必要だと思ったから受け入れた。
それだけのことだ。特に謝られる理由は無い。

 

「シン。お前はキラを倒した後、皆に英雄なんていらないと言ったらしいな」
「……ええ。まあ」

 

力を抜いた手は繋がったまま。握手をやめる前に言葉をかけられた。
シンは僅かに眉を顰める。イザークの握る力が少し増したからだ。

 

「俺も同感だ。人は力に憧れるが、この世界ではコントロールできた者は誰一人としていないからな。
 ブルーコスモスしかり、歴代のプラント議長しかり、そしてキラしかり。……彼らの最後は大抵悲惨だ」
「今の貴方もそれの仲間入りしてるんですよ。気をつけてください」
「そうだな……今日までご苦労だった。
 もうお前が戦うことは2度と無い。だから安心して休め」
「ええ」

 

そう言ってようやくイザークは手を放し、自分の席へと戻っていく。
シンは痺れた手をさりげなくブラブラさせながらマイクのある机へと向かった。
ここからは自分のスピーチの時間だ。
式の関係者からは好きなことを話せ、ただし現政権への批判はやめてくれとは言われているが
心のままに話せば良いとは思っていたのでぶっちゃけ何も考えてきていない。
あくまでお披露目に過ぎないので誰も内容なんか気にはしないだろうし。

 

「……?」

 

いや、もう考えなくても良いのかもしれない。
常人よりも優れたシンの目が見知った 『誰か』 を捉える。
視線の先はスタジアムの屋根の上、遥か遠く。

 
 

茶髪の青年が、ライフルを構えている。

 
 

「……はは」

 

狙撃にしても遠すぎはしないだろうか。
この距離では相手にスコープがあったとしても自分の顔が見えているとは思えない。
だが、シンはなんとなく彼に向かって笑いかける。

 
 

  パン。

 
 

次の瞬間、シンの胸に紅い華が咲いた。数瞬遅れて何かが破裂するような音が周囲に響く。
凍った様に止まる時間。何が起こったのか理解できず静まる民衆。
シンが倒れるのと、会場内に聞き覚えのある声が響いたのは同時だった。

 

『皆さん、お久し振りです。僕はキラ。キラ=ヤマト。
 今日は皆さんに告げたいことがありまして、黄泉路より戻ってきました』

 

屋根の上の人間、そしてその人物を移した大型スクリーンに視線が集まる。
映像に表れたのは間違いなくシンに倒された筈のキラ=ヤマト。
たった今までその死を悼み、そして喜んでいた筈の人間が生きていた。
観衆の混乱は未だに治まらず動くことすらできない。

 

だが、そんな彼らにも一つだけ理解できることがある。

 

ライフルを片手に長く伸びた髪を風になびかせ、いつもの穏やかな笑みを顔に貼り付けたキラ。
壇上には力無く倒れたシンの身体と広がる紅い血。
その構図が全てを物語るのだ。今、何が起こったのか。何をして何をされたのか。

 

「貴様ら何をぼんやりしてる、来賓を早く安全な場所へ連れて行け!」

 

 
停滞したままの空気がイザークの怒声によって切り裂かれる。
修羅場を潜ってきた経験からなのだろうか。誰よりも先に指示を出したのは流石と言うほか無かった。
その声に反応した護衛たちが来賓に覆いかぶさり、
シホは即座にイザークの手を取り舞台裏へと駆け込んでいく。

 

『確かに先日、僕は敗れました。プラントと地球、それぞれの力を束ねることによって』

 

今では会場内のほとんどの人間の注意が、屋根の上の青年に集まっていた。
シンを心配する者は壇上に駆け上った彼の知己の人間だけ。

 

「シン、さん……? シンさん! ――――――しっかりして、お願い!!」
「アスカ先輩!! ちょ、なんだよこれ……なんなんだよォ!?」
「そんな…これ……うそ……」
「くっ、観客は姿勢を低くしろ! 警備班は門の閉鎖とキラへの対処を急げ! 発砲も許可する!!」
「ッッ!! 君たち、シンを動かすんじゃない! 何をしている医療班、早く来るんだ!!」

 

シンに駆け寄る少女と少年。呆然とした表情で彼らを見下ろす女性。
アーサーは3人を庇う位置に立ちながら一向に来ない医療班に声を荒げ、
艦長は冷静な声で命令を下しながらもその目は怒りに満ちていた。

 

「あ……」

 

倒れたシンの視界を占めるのは涙をこぼす2人。そんな彼らに少し申し訳ない気分になる。
俺なんかの為に泣くことなんてないのに。
自分の身体を揺さぶる手の暖かさに、ついそんな事を思ってしまった。

 

「泣くなよ。死んだりなんか、しないからさ」
「当たり前です!!」
「縁起でもない事言わないでくださいよ!!」

 

少女の濡れた頬を人差し指で拭ってやるが、再び涙が零れたので意味は無かった。
まいったな。女の子の涙は苦手なんだ。いや、得意なやつなんてあんまりいないだろうけど。
もう1度優しくなぞる。また濡れた。
優しく拭う。また濡れた。
優しく。
優しく。
優し―――小さな手に包み込まれた。どうやらもう拭わなくてもいいらしい。
ただ頬に触れてさえすれば、それで。流れていくものは止まる気配すら無いけれど。
でも本人がそれを望むのならばそれ以上する必要も無い。黙って為すがままにされておく。
だが、それにしても。

 

「疲れたな」

 

これで終わりだと思うとなんだか本当に疲れた。
動くはずの己の身体がひどく重く感じる。瞼は重く身体は冷たい。
もしかしてあの時のキラもこんな気分だったのだろうか。これは確かに怖くてたまらない。
だけど戻れるんだ。これでやっと終われるんだ。戦いの輪廻から普通の日々へと。
英雄なんてガラじゃないし、この世界にはもうそんなもの必要ない。

 
 

だから今は、少し休むだけ。
そう思いながら、ゆっくりとシンは眼を閉じた。

 
 
 

『しばらくの間、僕は剣を収めましょう。ですが、人々がまた愚かな行為を続けるようなら……』

 

スタジアムに鳴り響く声と民衆の動揺に構わず、シンの周りにようやく医師達が集まる。
彼らは議長直属の医師たちである。その腕は誰も否定しようが無い。
しかし持ってきていた道具程度では撃たれた胸の処置は難しいのだろうか、彼らの表情に余裕は無かった。

 

その周辺ではアーサーが医者の輪から離れた場所で立ち尽くし、
紅服の少年は艦長に無理矢理引き離されていた。
先ほどまでシンに縋っていた少女は、ようやく近くにまで来れた女性にしがみついている。
騒然とする会場の中とは別の世界のように、この空間だけが静か。

 

そして、医者の1人がゆっくりと首を横に振った。

 

「おい、冗談止めろよ…。シン=アスカは英雄だぜ? こんなとこで、こんな死に方なんて……」
「うそ…嘘よ……。だってさっきまで元気だったのに。
 私に笑いかけてくれたのに。ベルリンに遊びに行くって約束したのに。
 私……わ、たし………言いたいことが、伝えたいことがあったのに……」

 

震える唇。止まらない涙。
それを拭ってくれた手はもう、動かない。
泣くなと慰めてくれる声はもう、聞こえない。

 

「い……」

 

眼を閉じたままの青年。
顔が青い。身体に力が入っていない。動く気配も無い。呼吸も無い。

 
 

もう、シン=アスカはいない。

 
 

「いやああああああ!!!!!」

 
 

少女の悲鳴が、1人の英雄の終わりを告げていた。

 
 
 
 

 戻る