Top > SEED-IF_CROSS POINT_第5話
HTML convert time to 0.010 sec.


SEED-IF_CROSS POINT_第5話

Last-modified: 2010-01-22 (金) 01:35:15
 

第5話 『目覚めろ野性』

 
 

―――何でこんな事やってるんだっけ。

 

アスラン=ザラはそう思いながら、手の中にあるナイフを見つめた。

 
 

キラと戦うこと、そして短い休暇が貰えた事を妻であるメイリン=ザラに伝えたところ、
それならば姉達に会いに行こう、と即決されたのが一昨日の晩。
こちらにも考えていたことがあったので、素直に飛行機を準備。空港近くのホテルで一泊したのが昨日。
シン達の家に着いたのが今朝で、女性陣がショッピングに出かけたのが1時間前。
しばらくシン相手にキラの件を話していたのだが、唐突に
「外に出る。ちょっと付き合え」 と言われたのが15分前で
家の近くの広場に連れて来られ、何故かナイフを手渡されたのがつい先程。
軽く手合わせでもしようということらしい。
何故こういう流れになったのかは、さっぱり分からないが。

 

「ナイフとは懐かしいな。アカデミーの卒業前にフレッド教官とやって以来だ」
「アンタもか。俺もあれ以来やっていない」
「なんだ、お前もナイフの成績トップだったのか。……勝ったのか?」
「あんな鬼軍曹気取りに負けるかよ。それより、準備はいいのか?」
「刃を潰したナイフじゃないと危ないと思うんだが…。まあ、こちらはいつでも構わないぞ」

 

少しだけシンの冷たい目が気になるが、まあいいか。
今平和に暮らしているシンだって、本気で身体を動かしたくなるときがある。
たまにしか会えないんだし、それぐらい付き合ってやるのも年上の役目だろう。

 

「そうか。じゃあ、本気で行くぞ」

 

そう言うと同時にシンが飛び込んできた。鋭い斬撃に、俊敏なステップ。
かなりの腕前だ。ナイフの成績がトップだったと言うのも伊達ではない。
攻めに転じることができないまま、アスランはしばらく防御に専念する。

 

「どうした? 攻めて来いよ」
「言われなくても!!」

 

何合か打ち合ううちに気付いたことがある。普通はこれだけの攻撃を長い間捌き続けることはできない。
相手の攻撃を目で見てから動くまでの間に、少なからずタイムラグができるからだ。
だが今、反応できている現実。そこから考えられることは一つ。
意外にもシンの型は基本に忠実だ。
いや、忠実すぎる。だから次の動きが読めてしまう。
アカデミーの生徒や教官には斬撃の鋭さでなんとかなったのかもしれないが、自分には通用する筈が無い。
リズム良く響く剣戟の音。アスランはそのペースを急激に変えた。

 

「!?」
「甘い!!」

 

戸惑いを見せたシンに、無拍子で突きを入れる。バランスを崩しながらも受けるシン。
その隙を突いて蹴りを放つ。これも防いだか、流石だ。
だが変わった流れは止められない。
シンも必死に反撃してくるが自分のリズムを見失っているのか、攻撃に先程までのキレがなくなっている。
自然とアスランの攻める時間が長くなっていく。決着は時間の問題だろう。
攻防の中、不意にシンの腰ががくりと落ちた。足でも滑らせたのか。理由はどうでもいい。
とにかくこれで、チェックメイトだ。

 

「終わりだ!!」

 

死に体のシンに止めの一撃を振り下ろす。
これは避けられまい。
そう思いながら出した攻撃を、シンはさらに深く沈みこんで避けた。
空を切るナイフ。
そのままシンは身体を回転させつつ、アスランの両足を払う。水面蹴り。

 

「はっっ!!!」
「なっ!?」

 

背中に奔る衝撃。目に映ったのは青空。何だ? 倒されたのか、俺が?
呆ける暇もなく、仰向けに倒れるアスランにシンが襲い掛かる。
右手のナイフを横に払うシン。だが、このコースは―――

 

「ちぃっ!!!」

 

首筋に迫る刃を寝転がったままナイフで受け止める。同時に頭から血の気が引いていった。
危なかった。なんだ今のは。咄嗟に受けなかったら、怪我どころじゃ済まなかっただろう。
見下した様な視線を向けるシンに、思わず声を掛ける。

 

「お前…今の、本気で……」
「―――なんだそりゃ。それで本気かアスラン?
 ならやっぱりキラに殺される前に、ここで戦えなくなった方がいいな。メイリンが悲しまなくてすむ」
「何だと……?」

 

押し込もうとするシンを蹴飛ばして立ち上がる。どうやら先ほどの基本に忠実のくだりは罠だった模様。
アスランは注意深く距離を取った。
シンは動かずに立ち止まったまま。人を本気で攻撃した上、どこか冷たい視線を自分に向けている。
ミネルバ時代のそれが失望だとするならば、これは諦観。道端に転がった邪魔な石を見るような目だ。

 

ふざけるなよこの野郎。そんな目で俺を見るんじゃない。

 
 

体中に血が廻る懐かしい感覚。分泌されるアドレナリン。これは怒りか。
自分から本気になるような事はしない。だがこいつの今の態度だけはいただけない。
本気で屈服させたくなってしまう。

 

「どういう意味だ? シン、答えろ」
「どういう意味も何も。アンタはキラには勝てない。
 忘れたのか? 戦場じゃ迷いのある奴は、生きてはいけないって事を」
「だからって……」
「ガタガタやかましいな。さっきから能書きが多いんだよ、アンタはいつも。
 したい事、しなきゃいけない事は分かってるんだろう? なのにいつまでも迷ってさ。
 情けないんだよ。何だそのザマ。

 

 ―――本気で殺してやろうか」

 

プツンと何かが切れる音がした。今のは止めだ。
こいつ、俺の怒りのラインを思いっきり飛び越えやがった。

 

「お前、今の発言……」

 

アスランの瞳孔が開く。同時に表情が消えたのが自分でも解った。意識もクリアになっていく。
シンは変わらず、獣の様に犬歯をむき出しにしていた。アスランと同じく瞳孔が開いている。
危険な雰囲気はそのままだ。だがそんなの関係ない。

 

「後悔するぞ……」
「やってみろよ」

 

ナイフを逆手に持ち、顔の前で構えた。刃に自分の顔が少しだけ映る。
身体の力を抜いたまま、ゆっくり近付いてくるシン。視線だけは鋭いまま。

 

―――あと7メートル。

 

手加減? 怪我の心配?
知ったことか。
そんな思考は必要ない。どうせ簡単にそんな事をできる相手でもないのだ。
潰す気で仕掛けて、生き残ってた時に頭が冷えたら考えれば良い。

 

―――6メートル。

 

お互い相手から視線は外さない。アスランは少しだけ身体の重心を落とす。
右半身に構えていくシン。右手に持ったナイフが、振り子の様に揺れている。

 

―――5メートル。間合いに入ったか

 
 

「でやぁっ!!!」
「ふっ!!!」

 

シンが一瞬で間合いに入った。右手を鞭のようにしならせて、首筋へ刃を振るう。
それをナイフで受け、後ろに下がりながら左足をシンの顎目掛けて跳ね上げる。
スウェーで避けるシン。今度はアスランが前に出る。
攻守逆転。
ナイフの持ち方を変え、シンの首に向かって平突き。右に避けられるが、そのまま逃げた方向に払う。
鋭い一撃だったがシンのナイフに阻まれた。鍔迫り合いが続く。
同時に離れ、息を吐く間もなくまたぶつかり合った。

 

目まぐるしく入れ替わる攻守。ぶつかりあうナイフから飛び散る火花。
実力は拮抗しており、簡単に決着は尽きそうに無い。

 
 
 

戦いを始めてから、どれくらいたったのだろうか。
10分か。30分か。1時間は経っていないだろう。
既にお互いのナイフは折れており、先程から素手での殴り合いが続いていた。
そこらの格闘家が裸足で逃げ出すような壮絶な戦いに、
何時の間にか相当な数のギャラリーが集まっている。
尤も2人とも戦いの事で精一杯で、周囲の状況に気付いていないが。

 

「ハア、ハア……この、でこっぱちがぁ………」
「かはっ…ハッ…五月蝿い、ウサギ野郎……」
「言ったな……オラァ!!」

 

怒声と共に放たれた左ジャブを掻い潜りながらシンに近付く。
続いた打ち下ろしの右ストレートを受け止めると同時に手首を捉え、少しだけ重心を落とす。
瞬間、シンの身体が宙を舞った。

 

「うおっ!?」
「ちぃっ!!」

 

シンは驚愕し、アスランは唸った。
完璧なタイミングで放った、手首を極めながらの投げ。
そのロックをシンは、投げられながら肩を蹴り飛ばすことによって外したのだ。
シンは蹴った勢いのまま一回転しながら着地。ダメージを受けた様子は無い。
流石は戦いの申し子とまで呼ばれた男。だが姿勢が崩れている。この機は逃さない。
飛び込みながらシンの顔面に渾身のストレートを放つ。
だが、シンはヘッドスリップしながらそれを避けた。同時に腹部に衝撃が奔る。

 

「ぐっ…!!」

 

カウンターで左の中段突きを叩き込まれたようだ。今の隙すら誘いだったってのか。
思わず退がろうとするが、シンは逃がしてくれない。左足を踏み出しながら右のロングフック。
両手を交差して受ける。体重の乗った一撃に吹き飛ばされそうになり、バランスが崩れた。
次は何が――考えるまでもない、止めの一撃だ。
狙われたのは交差したガードの隙間。そこにシンの左アッパーが迫る。
喰らえば終わり。だが、

 

「まだ…まだぁ!!」

 

掠める拳。赤い線を引く頬。
そして、シンの顎にアスランの左膝が突き刺さる。手応え十分。カウンターがまともに決まった。
これは勝負ありだ。俺の勝ち―――

 

「がっ!?」

 

自分の頬に硬い何かが叩き込まれる。
シンの右拳だと理解した時には既に両足が地面から離れ、何度も地面と青空を見た。
何周かして、転がる勢いが止まる。気付けば空を見上げていた。
視界が歪む。観衆たちの興奮や応援の声が頭に響く。くそ、お前ら少し黙ってろ。
立ち上がらなくては。今の自分は隙だらけだ。急がないと追撃が―――来ない。
なんでだ。

 

「く、おお……」

 

どうにかして顔だけ起こすと、目の前にはシンがいた。
なんとか立ち上がろうと、生まれたての子馬のように膝を震わせている。

 

「ファーイブ、シーックス……」

 

観衆たちが勝手にカウントを数えているが、そんなものに付き合ってやる必要はない。
だがシンはテンカウントまでに立ち上がりそうだったので、自分も両脚に力を込める。
なんとなく、立てなかったら負けみたいな空気になっていたし。

 

「う、おおおっ!!!」

 

気合と同時に立ち上がった。周囲から拍手や叫び声、応援の声が巻き起こる。
シンも自分もグロッキー状態だが、目だけは死んでいない。
2人とも相手に向かってふらふらと近付いて行く。
シンは両手をだらりとぶらさげたまま。腕を上げる力も残っていないのだろう。
それを言ったら自分もだが。
お互いの息がかかる位の位置で立ち止まった。

 

「……」
「……」

 

蹴りは打てない。突きも下半身がおぼつかないため満足に放てない。
残った攻撃方法はただ1つ。
両者、無言で身体を軽く反る。残された最後の力を込めて―――
お互いの額を叩きつけた。周囲に嫌な音が響き渡る。

 

額をくっ付け合ったまま動かない2人。
固唾を呑んで見守る観衆。
目を逸らさずにずっと睨み合っていた2人だったが、
そのうちシンの目がいつもの穏やかなそれに戻っていく。

 

そして、溜息を吐きながら呟いた。

 

「……まあ、こんなもんで、いいか…」
「もう、いいのか?」
「ああ。もう終わりだ」

 

その言葉と同時に、シンが倒れ始める。いや彼だけじゃない、自分もだ。
同じタイミングで仰向けにぶっ倒れた。観衆が再び歓喜と興奮の声を上げる。
頭がクラクラする。視界はまだ歪んだまま。身体も節々が痛い。
だが気分は悪くなかった。
限界まで身体を動かした。何もかも忘れて、シンとの戦いに集中した。

 

身体中が今の休息を喜んでいる。心地よい倦怠感。
そういえば、こんなにクタクタになってぶっ倒れたのっていつぶりだっけ。

 

「……おい」
「なんだよ」
「久しぶりに本気で身体動かして、少しはスッキリしたか? この不完全燃焼野郎」
「黙れ2股男。……というかやっぱりそういうことか。まあ、気が晴れたのは確かだが……体中が痛い」
「お互い様だ。コラ、見せ物じゃないぞ」

 

集まっていた観衆に、散れと言わんばかりに手を払うシン。
身体に響いたのか痛そうに脇腹をさすっている。
それを見ないようにしながら、アスランは再び空を見上げた。
そもそも何で俺達はこんなことしてたんだったか。
そう、キラの件だ。少しだけクリアになった頭で考える。
そしてしばらくたってから、ポツリと呟いた。

 

「なあ、シン。俺は、逃げてるのかな?」
「―――多分な。
 気持ちは分からないでもないし、俺も人の事をあんまり言える立場じゃないけど。
 そっちに関しては答えがもう出てる。
 アイツはやりすぎた。越えちゃいけないラインを越えちまってるんだ。
 無理だよもう。……もう、昔に戻ることはできない」

 

そう、キラは変わりすぎた。
かつての心優しい少年は、今では誰も止めることのできない全知全能の狂戦士に成り果てた。
ただ1人で世界に戦いを挑めるほどの怪物へと。

 

「本当は理解してるんだ。俺達が何を言っても、もうあいつが変わることはないって。
 あいつを変えられるのはきっと、ラクスだけだろうから」

 

あの日失った、キラの大切な存在。
その隙間を埋めることができたのなら、あいつは人間に戻れるのだろうか?
いや、多分無理だ。
それはもう、自分で作り出すことも、他人から与えられることもできないもの。
キラにとっては妻であり、恋人であり、母であった女性。
そして彼女は、キラの身に巣食う狂戦士を抑えるストッパーでもあった。
力に呑まれかねない彼に、想いという道標を与えることができる唯一の存在。

 

今なら分かる。キラはあの時、人である自分を失ったのだ。

 

「俺は、あの時アイツに何もしてやれなかったんだ。だから」

 

思い出す。彼女に縋りついて泣いていた、憐れな青年。
あの時俺が何かできたなら。キラは人のままでいられたんじゃないだろうか。
消えぬ後悔。無意味な仮定。
時間は決して戻る事はないのに。

 

だが何もできなかった自分への、けじめだけは付けなければならない。

 

「アイツは、俺が止める」

 

絞り出した声は泣きそうで。
けれど、迷いだけは感じられなかった。

 
 

「すまない。かっこ悪いところ、見せてしまったな」
「構わないさ。アンタのかっこ悪いところなんか、ミネルバ時代で見慣れてる」
「お前それひどくないか?」
「事実だろ」

 

意地悪な発言をするシンに軽く抗議するが、あっさりと切り捨てられた。
いやまあ、自分でもあの頃を思い出すと恥ずかしくなってくるが。
我ながら客観的に見て痛い奴だったのは事実だし。

 

「でもまあ、正直に言うと少しすっきりしたよ。
 本当は、俺も誰かに聞いて欲しかったのかもしれないな」
「ストレスや不満を溜め込みすぎなんだよ、アンタは」

 

確かに。それはよく言われる。それから理想や綺麗なものに捉われすぎているとも。
世の中白い物ばかりではない。グレーの物や、真っ黒の物だってあるのだ。
そして時に理想を頑なに貫くよりも汚れた道を通った方が上手く行く事もある。
だが自分はそれに耐えられない。
理想を放棄した自分に失望してしまう。これで良いのかと。
もし理想を貫けたとしても、その後でもっと良い方法があったのではと考え込んでしまう。
こんな事では自分が求める正解なんて手に入るわけがない。
分かっているのだ、自分でも。

 

誰かに答えを提示してもらうと動きやすかった。だからラクスといたのかもしれない。
何しろ彼女は私欲が無い。打算や妥協など考えずに、ただ正しい事だけをしようとする。
他人の悪意など考えもせず、人の善意だけを信じて。
そんな彼女の目指す場所には、自分の求めるものがあると思っていた。
しかし今思うとそれは、考えることを止めていた、ということなんじゃないだろうか。
彼女の唱える正義に流されるまま操り人形のように力を振るい、
異を唱える者を見下す。可哀想な奴だ、と。
自分で見つけ出した正義でもないのに。

 

思考がネガティブな方向になっていく。
いかんいかん、せっかく気持ちが少し晴れたのだ。考えないようにしよう。
何か別の話題を。

 

「そ、そう言えばシン、お前はあの2人のことどうするつもりなんだ?」
「いきなりだな。どうする、って?」
「どっちを選ぶのかってことだよ」

 

からかうように質問して無理矢理話題を変えた。情けない姿を見られた仕返し。
子供みたいな手だが背に腹は変えられない。他にシンの弱味知らないし。
きっとシンは恥ずかしがりながら 「アンタには関係ないだろ」 とでも言うのだろう。
そう思って掛けた言葉だったが、シンは真面目な声で返した。

 

「………今は、何も考えられない」

 

「何も考えられないって……お前、あの2人のこと抱きたいとか、思ったことないのか?」
「あるに決まってるだろ。あいつらはいい女さ。今まで出会った女の中で、5本の指には入るよ。だけど」

 

空を見上げながら続けるシン。彼女たちのことを思い出しているのだろうか。

 

「コニールはいつかガルナハンに帰らなきゃいけないだろうし、
 ルナだっていつまでもここにいるわけにもいかない。
 そして今の俺は、あいつらの気持ちに答えられないんだ。
 アンタだって知ってるんだろ? 俺がここにいる理由を。
 結果的に、俺はあいつらを差し置いて他の女の子のことを考えてるんだぞ」
「それはそうかもしれないが…。
 いつかはお前だって吹っ切ることができて、他の誰かを愛するようになる。
 人は1人では生きていけないからな。
 あの2人なら、それまで待っててくれそうなものだが」

 

コニールとルナマリア、2人とも追いかけられるタイプじゃなくて追いかけるタイプっぽいしな。
獲物が罠に掛かるまで待つくらいはなんとも思わないだろう、彼女たちなら。

 

「そうかもな。でも考えてみろよ。あの2人、若くて綺麗でなによりいい女なんだぞ。
 それをこんなとこで、自分の気持ちに応えてくれるかどうかも分からない男の側にずっといる。
 ……それって、幸せな事か?
 普通のやつなら、そんな男やめて他の男探せって言うところだ。それに」 

 

目を閉じる。想いに答えられない自分を責めているかのように。

 

「好きな相手には、抱かれたいって思うのが普通だろ」

 

まあ確かにそうだ。例え自分に振り向いてくれなくても、1人の男を想い続ける。
そんな生き方が綺麗に見えることもあるだろう。
だが、それが幸せであるとは限らない。
しかも自分自身が原因というなら、尚更見ていられないものなのかもしれない。

 

「だけどそれじゃお前はどうするんだ。あの2人を差し置いて、一体何を目指す」
「―――医者、かな」
「医者? お前が?」

 

思いっきり想像の範疇の外から来た。シンが医者って。
こういうのも何だが、はっきり言って似合ってない。想像すらできない。

 

「ああ。俺は此処で医者になる。今まで沢山の命を奪ってきた。だから、今度は人の命を救いたい。
 このベルリンで暮らす人たちの力になり続けたい。
 ……命って、足し算引き算するようなものじゃないってことは、理解してるつもりだけど」
「それが償いか? お前自身と 『彼女』 の」
「そうなんだろうな、多分。だから俺は彼女たちと行けない。
 ―――今は。自分のことをするのが精一杯なんだ」

 

遠くを見ながら、そう呟くシン。
思わず溜息が漏れる。こいつ、前向きなのか後ろ向きなのかよくわからん。
相変わらず不器用で、自分から重い荷物背負うような真似してるけど。
未だに悩んで答えを見つけてないみたいだけど。
それでもまあ、どうにか歩いているように見えた。
俺たちとは行く道が違うが、これが彼の戦いなのだろう。
先輩らしく何か手助けでもしたかったけれど、答えを出すのは彼もしくは彼女たちだ。

 

自分の出る幕じゃないな。

 
 

「そっか。言いづらいこと聞いてしまって、悪かったな」
「別に気にしてない。それより、アンタが人のゴシップ気にするようになるなんてな。
 そっちの方が驚きだ」
「……メイリンのゴシップ好きがうつったかな?」
「なるほど、アイツが原因か」

 

自分の妻の顔を思い出す。と、遠目に本人の姿が見えた。ルナマリアやコニールも一緒だ。
噂をすれば影か。
立ち上がり、服に付いた埃を掃った。

 

「なあ、シン。一つだけ忠告させてもらう。あまり結論を急ぎ過ぎないようにしろよ?
 お前が彼女たちのことを想った末の行動ってやつが、彼女たちの望むものだとは限らないからな」
「なんだそれ。どういう意味だ?」
「彼女たちには彼女たちの答えがあるってことさ」
「……ん。まあ、わかった。覚えとくよ」

 

シンも立ち上がり、ゆっくりと彼女たちの方に歩き出す。荷物を持ってやるつもりなのだろう。
ルナマリアとコニールがシンの顔の傷に驚いている。メイリンはこちらを見た後、溜息を吐いた。
鋭い女だ。いや、今の自分達を見たら誰でも気付くか。
だが、それにしても。

 

「―――医者になる、か。やれやれ。当てが外れてしまったな」

 

本当は、シンに手を貸して貰うつもりでここに来た。
オーブとの戦いの映像を見た限りでは、ムウさんでも直接キラと戦うのは少し厳しい。
期待はするが、援護がメインだろう。
となると真っ向から渡り合うのは自分だけ。必然的に勝算が下がる。
だがシンなら。自分達に匹敵する力を持つ彼もいれば、自分にかかる負担も大幅に減るのではないだろうか。
そしてキラを殺さずに捕らえることができるのではないか。
そう思って此処に来たのだが、結局誘うことはできなかった。
こいつはもう戦いに関わっちゃいけない人間だ。
こいつにはこいつの戦いがある。そして、帰りを待つ者も。
そして自分は、もうシンにはこれ以上大切なものを失って欲しくない。

 

ならばさっき決意したように、この戦いは自分がケリをつけるしかないだろう。
再び、この手で親友を手に掛ける事になったとしても。

 
 

アスランはこの時、キラとは自分1人で対峙する覚悟を固めた。

 
 

 戻る