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SIN IN ONEPIECE 82氏_第04話

Last-modified: 2013-12-24 (火) 03:34:40

 海の上に、奇妙な物体が一つ、浮かんでいた。
 巨大な魚を模した、一艘の船だ。船、と呼ぶには形がいささか個性的に過ぎ、海上建造物と呼ぶには形が船により過ぎている、表現にこまる物体である。船首に当たる部分に至ってはデフォルメされた魚の頭部が取り付けられ、尻尾まである始末。船にしては船縁が水面に対して低すぎるし、本当に表現に困る物体だ。

 なにやら、こう表現すると単なる珍妙な船に聞こえるが、この船体の形にはきちんとした理由があった。この船、東の海のグルメ達の間では、海上レストラン『バラティエ』の店舗なのだ。船縁が低いのも、店にやってくるお客様が入りやすいようにと考慮してのことだし、やたらファンキーなつくりは客に慣れ親しんでもらおうという、経営戦略なのである。

 さて、そんな船体の傍らに。
 羊の船首に麦わらのジョリーロジャーを掲げた一隻の船が停泊していた。
 食事をしにきたのだろうか? いいや、この船に限って言えばそれはない。
 ……肝心要の船長がバラティエの船体をぶっ壊してしまい、それを謝りに店内に入ってしまったのである。動くに動けないのだ。

「ルフィの奴、大丈夫かよ……雑用ただ働きとかじゃないだろうな」

 ゴーイングメリー号の甲板の上で、シンは心配そうにバラティエを見やる。傍で刀に打ち粉を振るっていたゾロは、そちらを見もせずに、

「大丈夫だろ」
「そうそう。いくら荒くれの集まる海上レストランでも、ルフィがそうそう痛めつけられるわけが……」
「いやいや、ルフィの心配じゃなくて」

 パタパタと手を振ってゾロとウソップの言葉を訂正するシン。続けて放たれた言葉は、二人どころか、離れた場所で海図とにらめっこしていたナミすら凍らせるほどに真実味にあふれていた。

「『ルフィを雇った場合のバラティエの方々』の心配をしてるんだ」
『…………』

 一同、沈黙。
 ……今までのルフィの言動を思い返してみればどれだけ無謀か分かろうというものだ。
いや、無謀というか、自殺行為である。下手すりゃバラティエ営業停止だ。

「……仲間になってくれるのかしら、ここのコック」

 ナミ、鮮やかに話題を転換するの図。その薄情とも言える姿を、ゾロやウソップはおろか、言い出したシンですら鮮やかにスルーした。
 ……考えすぎるとストレスになる事柄というのは、往々にしてあるものなのである。特にこの一味においては。それ以上に差し迫ったストレスの原因が存在する、という理由もあるのだが。

「今の私たちにとっては、そっちのほうが重要よ」
「あー、確かに切実だよなー。俺はもう嫌だぞ、シンの不味いレーション食うの」
「……拷問だろ、あれは」
「仕方が無いだろ」

 臨時の食事係であるシンが、ウソップの苦情に顔を顰めた。
 始まりは、食事の配分で悩むナミに、シンが食事係として名乗り出た時だった。
 曰く『昔、レーションの作り方を一寸習った事がある』との事。ナミは『レーション』というものを知らなかったが、(この世界には存在しない概念らしい)軍用食物であり保存性と栄養性は抜群であるというシンの言葉に飛びついた。アカデミー時代のシンは食事を作る時間すら無駄だと感じるほどに張り詰めており、大量に作りおき出来るこの手作りレーションが常食だったのである。こちらの世界の調味料でも、同じものを作るのは簡単なのだが……
 そうして出来上がった物体は……なにやら、どろどろに煮詰められたブルーベリージャムのような物体。言っておくが、シンが調理したものの中にそんな色の物体は存在しない。
 味の方は各々の反応と、あのルフィがかなり無理をしなければ食べられなかったという事から察していただきたい。
 基本的に、シンのレーションはお金の無いアカデミー時代において安上がりで長期保存の利くものというコンセプトで作られたため、保存性と栄養以外の配慮が一切なされていないのである。

「ま、確かに栄養バランスはいいみたいだけど……やっぱり、どうせ食べるなら美味しい方がいいわよねぇ」
「そうは言っても結構量作っちゃったからなぁ……」
「あれって、どのくらい持つの?」
「チーズとかと同じ発酵食品だから、理論上は十年単位で大丈夫だ」
「……食料がなくなったときの非常用にしましょ」

 言い切るナミ。正しい判断である。
 シンが仲間になってからこっち、麦わらの一味と『食糧不足』の間に築かれた強い縁は、すっぱり断ち切られていた。というのも、シンが銛もって海に飛び込めば、四人分程度の魚くらいは軽く獲ってくるので、『食料』そのものには困らないのである。
 そうなると問題になってくるのが栄養バランス。美味しくて栄養バランスの優れた料理を限られた材料で……この全てを満たすとなると、これが中々侮れない難易度である。
 そもそも、ナミが悩んだのもシンがクソ不味いレーションなんぞ作り出したのも、先日起きたトラブルで危機感に煽られたのが原因だった。壊血病になった男の姿を肉眼で目撃し、海の過酷さを再認識したのだ。
 ちなみにその壊血病になったのはゾロの昔なじみの賞金稼ぎ二人、ヨサクとジョニーである。航海中のトラブルで同行する事になったのだがこの場にはおらず、けが人のため船内で待機だ。
 ……『栄養バランスと吸収効率は良いんだから』と口にレーション押し込まれて、涅槃の彼方に旅立っているのが、待機と呼べるのか微妙なところだが。

「それより、今日のお昼だけど……どうする?」
「せっかく目の前にレストランがあるんだから、食べなきゃ損だろ!」
「まあ、シンのレーションよりかはマシだろうな」
「当たり前でしょ!」

 口々にレストラン行きに賛成する一同に、シンは引きつりながらも突っ込みを入れようとはしなかった。彼自身、自分のレーションがクソ不味いという自覚はあった。

「ちょっと様子見てくるよ」

 逃げ出すように船を飛び降りるシン。その右手には、大不評だったレーションのビンが握られていて。

(ついでだから、これの改良について相談しようかな……)

 こっそり服の中に潜ませながら、傷ついたプライドを慰めるのだった。
 ……彼は知らない。
 その行為が、彼のガラスのプライドを粉々にぶち砕く原因となることを。

 たったったっ、とシンは超人的な脚力で跳躍し、桟橋から店の入り口まで3歩で到着する。そのまま店内に顔を出そうとして……

「嫌だ! 仲間になれ!」
「だから! 人の話聞けてめーは!」

 ……ひっじょーに聞き覚えのある内容の掛け合い漫才がその耳に届いたのは、ちょうどその時だった。
 そして訪れる既視感……

(ああ、そういえば俺もああやってスカウトされたんだったなぁ)

 つい最近のことなのに、随分と昔の事のように思えてしまうのは、それから今日に至るまでの激動の日々が原因だろう。戦争という非常事態で青春を過ごしてきたシンにとってすら、海を渡る旅路は険しくそして愉しいものだった。
 すたすたと言い争う声が聞こえてくる方向へ歩を進めてみれば、三人の男が甲板に座り込んで顔を付き合わせていた。見た限りでは、二人の会話をひとりが傍観しているようだった。
 一人は言うまでもなく、船長のモンキー・D・ルフィだ。シンはその後姿に気楽に声をかけた。

「ルフィ、コック見つかったか?」
「おう! 見つかったぞ! こいつだこいつ! サンジって言うんだ!」
「請け負ってねえだろーがッ!」

 元気よく答えるルフィに力強く突っ込んだのは、黒服の男だった。さらりと流れるような金髪は、シンのかつての戦友を思わせるものあったが、その下の眉毛はくるりと渦を巻いて中々に個性的だ。
 くわえたタバコから紫煙を漂わせる姿が妙に板についており、喫煙暦が長い事がうかがい知れた。
 タバコを吸うコック、というものに違和感を感じたシンだったが、あえてそこには突っ込まずに、

「へー、アンタがそうなのか。
 俺はシン。一応、一味の中じゃ操舵手やらせてもらってる。以後よろしく」

「って、一寸マテコラ。俺は入るとは一言も……」
「……いやー、抵抗は無駄だと思うけどなー」
「テメーら、芸風か? その話しを聞かねえのは芸風なのか??」

 明らかに『仲間になった人間』に対する自己紹介を始めるシンに、サンジはこめかみを引きつらせる。
 シンは、そんな彼の前に跪き、ぽんっとその肩を叩くと、優しい目で諭した。その目と声にこもった感情は、かつて同じ目に会ったものしか出来ない代物であった。

「あきらめろ。ルフィは一度言い出したら止まらない」
「諦めてねぇで止めろ! オロすぞこのクソ赤服!」
「……って、なんで知ってんだ??」

 掛け合いの中で鼓膜に響いた一つの単語。それが、シンの目を丸くした。
 何故、自分を赤服と呼んだのか……シンの今の格好は、白いシャツにルフィのズボンと、『赤』が連想できるような姿ではないのだ。それでも赤服と呼ばれる理由としては、手配書くらいしか思いつかない。
 『赤服のシン』800万ベリー。それが、彼にかけられた『法の枷』なのだ。
 サンジはフンと鼻を鳴らすと、

「アホか。うちは海のど真ん中で店やってるんだぜ。今日日危険な相手くらい把握しとかなきゃ、商売も出来やしねえ。手配書くらい最新の奴がそろってるぜ。900万ベリー」
「へー、そうなの、か……」

 答え、感心しようとしたシンの動きが、止まった。その姿は、さながら壊れた機械のようなカクカクとしたもので。

「きゅうひゃくまんべりー?」
「おう」
「……アガッタンディスカ?」
「なんだ、知らねえのかよ」

 今度は、サンジのほうが目を丸くしてシンを見た。そして、彼にとってはこの上なく残酷な宣告を行う。

「『二槍流のジェラード』返り討ちにしたんで、危険度が上がったって話だが」

 ……どーやらルフィのとのファーストコンタクトで吹っ飛ばしたおっさんが、予想以上の大物だったらしい。

「おおっ!? シン、賞金上がったのか!? スッゲーなー!」
「…………orz」

 無邪気に喜ぶルフィをよそに、シンは、地面に手を付きうなだれて、人生の困難さを体感している真っ最中。

 ことんっ、ゴロゴロ……

 その拍子に、ポケットに入れておいたレーションが落下し、甲板の上を転がっていく音でようやく、シンはその存在を思い出した。ルフィはといえばその物体を口に含んだ記憶がよみがえったのか、文字通り苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「……なんだこりゃ?」

 それを拾い上げたのは、先ほどから会話に取り残されていた三人目の男であった。バンダナを締めた、目の下に隈のある男だ。
 たまたまこの店に食事に来ていた海軍の船に拘留されていた海賊で、名前はギンという。
飲まず食わずの兵糧攻めの末に捕らえられた上、捕らえられている間も水すら飲ませてもらえなかった。
 脱走し、食事にありつこうと店に入ったがコックに撃退され、外で飢えているところにサンジが施しを与えた……それが、彼がこの場に至るまでに歩んだ経緯だ。
 皿一杯のピラフと水だけでは飽き足らなかったのか、ジャムらしきその物体の栓を開けて、中を覗き込むギン。

「……シン、お前なんでこんなの持ってきてんだ?」
「いや、ここのコックに味の改良してもらおうと思って」
「するってぇと、こりゃジャムかなんかか」

 ギンが手にしたそれをひょいと摘み上げ、サンジはまじまじと眺めた。目の前の食物を取り上げられたというのに、ギンは一切抵抗せずにビンをサンジに渡す。
 ブルーベリー色のそれは、確かにジャムに見えなくも無い。というか、ジャム以外には見えない。

「い、一応、魚とか野菜とか保存料で煮込んだものなんだけど……」
「は?」
「さ、魚と野菜?」

 心外そうに口を開くシンの言葉に、二人は目を丸くしてから、改めてその物体を見た。
 ……よくよく見てみると、ジャムのようなその物体には、魚の痕跡らしき小骨やら何やらが浮かんでいる。ブルーベリーカラーというのは、ジャムであるという前提があればこそ美味しそうに見えるのであって、ジャムでないブルーベリーカラーの食品など、不気味な物体でしかない。

「食えるのかこれ?」
「失敬な!」

 実に率直な感想を述べるサンジに、シンは思わず叫んだ。アカデミー時代をこの物体で食いつないだ彼にとって、これは青春の思い出であり、それなりに愛着があったのである。

「ホンオ・フェやシュールストレミングを参考にして、香料を使い分ける事で臭みを抑えた、理想的な発酵栄養保存食だぞ! 理論上は10年持つ!」
『…………』

 一同、沈黙。
 ちなみに引き合いに出された二つの食品は、それぞれが魚を原料にした発酵食品であり、激・臭い事で有名な代物。
 思わず反射でC・Eでもマイナーなネタを出してしまったシンだったが、彼にとって幸運だったのは、それらの料理がこの世界にも存在していた事だろう。

「く、腐ってたのか、これ」
「あ、だから不味かったのか」

 ギンとルフィの反応はにべも無い。

「それにしちゃあ、匂いがしねえな」

 流石海のコックといったところか、サンジは発酵食品に対する偏見を一切持たずに、冷静にその物体を評価した。シンはそのお言葉ににやりと笑って、

「ああ。元々の奴は最初は臭くて不味くてはら壊すしで三重苦だったんだが、なんとか味以外の点を克服できたんだ!」
「へー。じゃあ、これお前が作ったのか」
「ああ」
「味のほう改良しろよなー」
「そこうるさい」

 不満だらだらのルフィに突っ込みいれて、シンは胸を張った。

「お前、コックもやるのか?」
「……必死で断る理由探してるのは分かるが、こいつは理由とか関係ないから」

 意外そうなサンジに、シンはルフィを指差して、肩を叩く。

「もう一度言う。あ き ら め ろ !」
「断る」

 はっきり言い切ってから、サンジは手にしたビンに指を突き入れた。それを見ていたルフィの口から吐き気をこらえるような呻きが漏れる。
 それは、サンジの中に根付く料理人としての本能だった。シンが引き合いに出した料理はその匂いから一部の人間には忌避されがちだが、アレにはアレで中々味があるのだ。これはどんな味がするのだろうか? そんな好奇心が彼を愚行に走らせた。

 指を口に入れたまま、止まる事数秒。わくわくしながらコメントを待つシンに向かって、サンジはすぐさま行動に出た。

 そこからは本当に迅(はや)かった。

「 こ の ク ソ ヤ ロ ウ ! ! ! ! 」

 どごしゃぁぁっ!!

「!!!!!!」

 電 光 石 火 。
 真上からの衝撃で、シンの頭は地面に叩きつけられ、木造の板を突き破る。首を支点に逆立ちする羽目になったその姿は、まさに犬神家の人々で。
 完膚なきまでに打ちのめした高速の攻撃……その正体は、垂直に振り上げられた長い足を高速で振り下ろす、美しいネリチャギだった。
 シン君、衝撃で飛びかける意識を必死で保ちながら、突き刺さったままで問うた。

「……な、なぜ……?」
「……クソ不味い物体に加工された食物の恨みだ」

 返すサンジの目はとことんまで据わっていた……どうやら、余りに不味すぎるレーションの味が、彼の逆鱗に触れたらしい。突き刺さったまま呻くシンの足をつかみ、引っこ抜くと、その顔をにらみつけた。
 サンジにここまで言わすほどに不味いジャムもどき、その光景を見ていて、一寸食べたくなってしまったギンだったが、自重した。
 いや、そんな事口走ろうものなら問答無用で攻撃されそうな空気だったから。

「おい雑用……クソジジイに話して、雑用の期間半分にしてやるぜ」
「! 本当か!?」
「その代わり、こいつにも働いてもらうぞ! こいつに、料理のイロハって奴を一から叩き込んでやる!!」

 完全に当人であるシンを放置して進んでいく話の内容。
 シンは、消えていく意識の中でサンジに対してこう思ったという。

 あんた、一体何なんだ……と。


 クリーク戦でシン関わらせるために、結構無茶してしまった(汗)

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