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SRW-SEED_ビアンSEED氏_最終話

Last-modified: 2013-12-26 (木) 23:01:26
 

ビアンSEED
最終話 『終わらない明日へ』

 
 

 それは異形であった。
 それは魔物であった。
 それは悪魔であった。
 それは亡者であった。
 それは生者であった。
 それは魔であった。
 それは聖であった。
 それは神であった。
 それは死であった。
 それは命であった。

 

 両肩を守る白い獣の首。背から延びている竜頭の様なパーツからは左右に六枚の翼が大きく広げられている。多くの人々が思い描いてきた天使の様な純白の翼と、天空を悠々と羽ばたく猛禽の翼、そして落とす翳が人々に不吉を齎す悪魔の背にこそ相応しい翼。
 胸部を灰色がかった白い装甲で覆い、四肢や腰部の真紅の装甲に金色の装飾が成された黒金の鎧をさらに厚く鎧っている。右手に握る二百メートルに及ぶ長大な剣は、斬艦刀をベースにディバイン・アームとZOサイズを取り込んだものだ。
 斬艦刀の青い刀身は銀色に変色し、長巻の様な長い柄はディバイン・アームとZOサイズが融合したもので、柄尻には十倍近く口径が巨大化したラアムショットガンが内蔵されている。
 背から延びていたスタビライザーはケレンやザナブの尾と融合し、異様に太く巨大化し伝説の中で猛威を振るう竜の尾の様に太く長い。
 ヴァルシオンタイプが有している四つのカメラアイの上に、緑に光るディス・アストラナガンのカメラアイが追加されていた。
 四倍近い巨体へと変わったディス・ヴァルシオンは、超自然的な威圧感を纏い、戦場にいたすべてモノの達の意識を奪った。
 それは真ナグツァートの出現の際に誰もが胸に抱いた理解できない存在への畏怖と、神や魔と言った超越的な存在への畏敬を、見る者達に等しく抱かせていた。
 直径百メートルほどで安定していた疑似ブラックホールの中から二倍半近い巨躯を伴って生まれ落ちた機神は、ゆっくりと蒸発してゆく暗黒の子宮から立ち上がったまま、六つの瞳で真ナグツァートを睥睨した。
 ヴァルシオン系列と思われる機体の識別信号が、ネオ・ヴァルシオンとグルンガスト飛鳥、ヒュッケバインの三機分をまとめて発している事に気づいたミナやスティング、アウル達が急いで通信を繋ごうとした。
 家族も同然の三人が死んだと思っていただけに、生存を確認したいという欲求を覚えるのは当然の事だろう。

 

「シン、ステラ、総帥、そこにいるのか!?」
「返事しろよ、返事!」
「そんなに怒鳴らなくても聞こえてるって」
「スティング、アウル! シンもステラも無事だよ。おとうさんも一緒!」
「シンにステラか、無事なんだな」
「はああ〜、ビビらせんなよなぁ」

 

 心の底から安堵した様子のスティングとアウルの返答に、くすりとステラは小さく笑った。動きを止めたナイトガーリオンとアカツキの近くに、ミナシオーネとその護衛であるフェアリオン三機が降り立つ。
 ミナシオーネのコックピットに、口元を血で濡らしたビアンの顔が映った。蒼白の顔色は今すぐにでも病院に力づくで連れ込みたい衝動を覚えさせるが、負傷する前と変わらず強い光を湛えた瞳がそれを拒んでいた。
 はっきりと安堵の息を吐き、かすかに緩んだ目元を引き締めて、ミナがビアンに声をかけた。

 

「ビアン、無事なのだな?」
「なんとかな」
「それはなによりだ。まったく、寿命が縮んだ思いをさせおって……。ところでその機体は何だ?」
「私にもよくは分からんのだ。科学者としては失格だが、原理は分からんが『使える』という代物でな」
「『使える』か。あの腐れバケモノを塵一つ残さず滅ぼせる程度には使えるのだろうな?」
「おそらくな」
「ならよい。いろいろと詳しい話は後で聞かせてもらおう。指揮系統はかろうじて生きている。100メートル級のヴォルクルスはすべて仕留めた。残りは細かい連中とあの大物だけだ」

 

 ザフトWRX、連合WRX、無明、ガルムレイド、サーベラスらの活躍によりヴォルクルス分身体は全て撃破されている。残るはルオゾールの魔力がある限り無限に出現するデモンゴーレムや死霊の操るMS達だ。
 ディス・ヴァルシオンの六つの瞳が真ナグツァートの視線と交差する。諸共に魔性の者達が崇める王か神のごとき威厳の衣を纏っていた。
 ルオゾールが下賤、逸脱したと思っていた人間の生物的な本能が、一キロメートルを超す巨体を構成する全細胞に恐怖を伝え、慄き震えた。アレは、自分を滅ぼしうる敵だと。
 それまでアストラルシフトと莫大な魔力に掘る魔術障壁という無敵の防御と、ヴォルクルスの無限再生細胞に支えられた耐久力、億万人を超す死者達の魂を糧とする持久力を兼ね備え、ネオ・グランゾンとサイバスターにわたりあっていた余裕は既に無かった。
 まずい。単体ならばまだこちらに分があるかもしれないが、シュウとマサキに加えてあの機体が力を合わせて牙を剥かれたら――!!

 

「かああああ!!!」

 

 真ナグツァートの巨体に開かれる六万の瞳、刻まれる五万の肉の割れ目、牙を剥く四万の口。ファントムビュレット、アストラルバスター合わせて十六万の死者の魂を媒介に放たれたおぞましき死霊魔術の連続攻撃。
 その内の四割ほどを、シュウがワームスマッシャーで撃ち落とすが、それでも残る十万に及ぶ紫光の霊魂や六芒星の魔法陣がディス・ヴァルシオン目掛けて宇宙を飛んだ。
 真ナグツァートとディス・ヴァルシオンを結ぶ直線に存在するすべての物質を、粉砕し、呪い殺す怨霊の奔流は、留まる事を知らなかった。
 サイバスターの中のマサキが、ミナが、スティングが、アウルが、思わず目を見開き視界を埋め尽くす死者の苦痛の表情に心を縛られる中、シュウとディス・ヴァルシオンの搭乗者達はまるで恐れる風もなく死者の奔流を静かに見つめていた。
 ビアンとシン、ステラはそれぞれ別のコックピットに居る。元から搭乗していたそれぞれの機体のコックピットと内装は変わっていないようだが、メインコントロールはネオ・ヴァルシオン部分に集中しているらしい。
 その三人に、ディス・ヴァルシオンの他の搭乗者の声が聞こえた。内線と言うよりも直接脳内に響く精神感応に近い感覚であった。特に、肉体こそ衰弱死寸前ながらチャクラの回転により知覚能力の向上しているシンにはより鮮明に聞こえている。
 その声は、どこか人間的な感情の豊さに乏しくはあったが、決して欠落した声ではなかった。ディス・アストラナガンの主クォヴレー・ゴードンはただただ、厳かに言葉を紡ぐ。

 

「ディス・レヴ、魂をあるべき輪廻の流れの中に戻せ」

 

 ディス・ヴァルシオンの胸部を覆っていた白い装甲板が左右と下方に展開し、その奥に隠されていたネオ・ヴァルシオンの三つの球形のパーツが覗き、そのさらに奥に白く輝く光の塊があった。
 かつてゼ・バルマリィ帝国宰相シヴァー・ゴッツォが試作した霊的動力機関ディス・レヴだ。その特徴は、死者の霊魂の力を借りて現界に強大無比な力を顕現する事。
 おそらく誰よりもルオゾールこそがその光景に驚愕し、それまで確かに存在していた足もとが崩れ去ってゆく錯覚に襲われたに違いない。ディス・ヴァルシオンに群がっていった死霊が余すことなく姿を見せたディス・レヴへと吸い込まれ無力されて行くのだ。

 

「ばかな、我が身に食らった者達の魂まで」

 

 それはディス・ヴァルシオンに向かっていった十万余の霊魂のみならず、シュウが撃ち落とした約六万の霊魂、宇宙に漂っていた戦死者の魂達、そして真ナグツァートの巨体からも無数の霊魂が淡く光を放ちながら零れ出し、吸いこまれ始めたのだ。
 まっ暗闇にぽっと灯った蛍の光に似て、どこか悲しげな白い光を纏う霊魂達は全てがディス・レヴへと渦を巻きながら吸収され、その度に苦痛からの解放に対する感謝の思いを告げていった。

 

「きれい……」
「これは?」

 

 それまで血の涙を流し自らに降りかかった不幸を叫び、自分とおなじ苦痛を知らぬ者はすべて敵だと呪詛を振りまいていた死者達が、いちようにして安らいだ笑みを浮かべている。
 呪わしき怨嗟の頸木から解き放たれた彼らが昇天する様を、ステラとシンは見つめ続けた。
 ルオゾールがエイプリール・フール・クライシス以前に、このコズミック・イラの世界に召喚されてから貪り続けたこの地球圏の死者達実に十億超の霊魂が、ディス・レヴによって本来あるべき輪廻の流れへと帰還したのであった。
 死者の霊魂を力の供給源にしていたルオゾールは、その供給源を根底から奪われたのだ。同時に、ゾンビー化していたMS達も憑依していた死霊達が浄化された事により一切の動きを停止し、瞬く間に無力化する。
 真ナグツァートの弱体化に加えてルオゾール率いる死霊軍団を無力化し戦死者の死霊化を阻止。ディス・レヴは単純に存在それ自体が、この異世界の邪神に対する極めて有効なものだった。
 いや、そればかりか、ルオゾールが弄んでいた死者達の力がそっくりそのまま、とは行かぬがディス・レヴを介してディス・ヴァルシオンのモノとなっていたからだ。
 自機の、言葉通り桁違いの出力にビアンの眉間が少なくない動きを示した。グランゾンと同等クラスの出力を誇っていたネオ・ヴァルシオンでさえ比較にならない。
 ディス・レヴの起動以前からインフィニティシリンダーやガンエデン、クストースらを取り込んだ事で、正直信じ難い程のエネルギーを発生させていたが、ここにきてさらにそれが跳ね上がっている。
 思念というものを扱う武術を学んだシンが、ディス・ヴァルシオンの力を増大させている者達が何かを直感的に理解し、同じ機体のどこかにいるであろうクォヴレーに問うた。

 

「あのヴォルクルスとかいう化け物と同じ事をしているのか?」
「死者の力を使っている点では同じだ。だが、ディス・レヴはあくまであるべき輪廻の流れに戻った死者達から、わずかに力を借りているに過ぎない。決して死せるもの達を束縛したり、苦しめるものではない」
「そうか。それなら良いけど、なんかすごく悪役に見える気がする」
「機体の外見も外見だからな」

 

 もともとヴァルシオンが知的生命体に対して威圧感や恐怖を呼び起こさせるコンセプトを持って造られた機体であるし、融合したディス・アストラナガンも悪魔王などという畏怖を伴う称号を持った機体だ。
 ましてや生ある者にとってはどうしようもなく死に対する、もっとも原始的な恐怖を呼び起こさせるディス・レヴを起動し、死者の霊魂を吸い取っているように見える状況は、誰が見ても正義の味方とは思ってくれまい。
 そういった機微は分かるのか、クォヴレーはどこか苦笑するようにシンに同意した。やがて、ディス・レヴによって解放される魂が途切れるや、音もなく胸部の装甲が元通りに収まり、周囲に元の沈黙が戻る。

 

「これで奴の半永久的な力は失われた。だが気は抜くな。ヴォルクルスそのものとルオゾール自身が持つ魔力自体は変わらないし、アストラルシフトもいまだ健在だ」
「構わん。奴の魔力とやらの補充が無くなっただけでも雲泥の差よ。シン、ステラ、スティング、アウル、ミナ、奴を叩く。分子、否、原子すらももはや残さぬ。あの化け物を滅ぼし尽す。私に続け!!」

 

 DC全軍とザフトにビアンの無事と、新たに出現した機体が味方である事を繰り返し通達していたミナや、ディス・レヴの起こした現象に呆気に囚われていたスティングとアウルがビアンの声に気を取り直し、おう、と威勢良く答えた。
 ぶん、と手にした斬艦刀をひと振りし、テスラ・ドライブ、グラビコンシステム、さらに加えてガンエデンやクストースらの推進機関が一斉に火を噴き、ディス・ヴァルシオンが加速する。
 遅れてアカツキ、ナイトガーリオン、ミナシオーネもテスラ・ドライブの翡翠色の粒子をまき散らして追従する。
 目指すは残る最後の敵、真ナグツァート。向こうも同じ腹積もりらしく、ネオ・グランゾンとサイバスターとの戦闘を再開しながら、物質化しそうな殺意と共にこちらに意識を向けている。
 存在そのものが反則と言っていいディス・ヴァルシオンの前に立ちはだかったのは、残っていたデモンゴーレムのおよそ半数、二百余りだ。スペースデブリが漂っている隕石から急きょ造り出した分も相当数含まれているだろう。

 

「シン!」
「はい!」

 

 ビアンの声にシンが応じ、ディス・ヴァルシオンが振り上げた一刀は、まさしくシンが飛鳥に振るわせていた渾身の一刀そのものとなってデモンゴーレムの群れを割った。
 もともとディバイン・アームの有していた衝撃波発生機構に、斬艦刀の電光石火を組み合わせたものであろう。振るった刃の軌跡をさらに十数倍の規模に拡大化したエネルギーが飛翔し、触れたデモンゴーレムを片っ端から斬り捨ててゆく。

 

「ステラ!」
「んっ」

 

 二百の内百を斬り捨てた、シンの飛ぶ斬撃を逃れた残りのデモンゴーレムにディス・ヴァルシオンの左腕が動く。
 トリガーはステラのヒュッケバインのものと同期していた。クロスマッシャーと融合したブラックホールキャノンの砲身内部に瞬く間に黒い渦を巻く球体が出現し、砲身の先で直径五十メートルほどに膨れ上がるや、唐突に消失する。
 グランゾンのワームスマッシャーを元に装備していた空間歪曲及び転位機能によって、生み出したブラックホールは群れなすデモンゴーレムのど真ん中に出現し、瞬く間にデモンゴーレムを吸い込み、消滅してゆく。
 射程距離内であれば如何なる障害も無視して指定した着弾点にブラックホールを転移させられるのだろう。斬艦刀を用いた近接戦闘ではシンが、ヒュッケバインの武装を用いる時は瞬時に二人にコントロールが移譲されるようだ。
 瞬く間に殲滅されたデモンゴーレムはもとから戦力外と見ていたか、ルオゾールは動揺した様子はなく、その巨躯をくねらせてディス・ヴァルシオン目掛けて突進すると同時に、先端にいくつもの牙が生えそろえた口を備えた触手七百本を伸ばした。

 

「カナフ、ザナヴ、ケレン」
「……!」

 

 涼しげなナシムの声と共に、ディス・ヴァルシオンの一部と化した三体のクストースが同時に嘶きの声を高らかと響かせ、同時に両肩と六枚の翼の内の二枚が発光する。
 カナフは炎を、ザナブは稲妻を、ケレンは水を生み出してディス・ヴァルシオンをコーティングした。それぞれのクストースが持つ最強の攻撃を同時に発生させ、さらにグラビコンシステムが重力の幕を上乗せする。
 秒速三千メートルを超す速度で迫る真ナグツァートの触手を回避する動作は一切なしでそのまま突っ込み、素粒子レベルで強化処置を施したグランゾンの装甲も砕く触手の群れは、ディス・ヴァルシオンを包む四重の力場に触れるや悉く弾かれる。
 本来なら逆に触手の方が触れる端から焼き潰されるなりする筈なのだが、触手自体もアストラルシフトの恩恵を受けているようで傷一つ付いてさえいない。
 それを確認し、ビアンはいまだアストラルシフト破りが叶っていない事を確認する。
 シンとステラは、防御と攻撃を同時に体現したはずのこちらに触れて一切ダメージの無い様子に動揺しているようだが、ビアンはそれをあえて無視し、ネオ・グランゾンに呼びかけた。

 

「シュウ!」
「準備は整っていますよ。アストラルエネルギーは先程から貯えておきましたからね。マサキ、サイバスターの調子はどうです? 精霊憑依を行っている状態ならアストラルシフトにも有効打を浴びせられるはずです」
「さっきは効かなかったじゃねえか」

 

 そう文句は言いつつも、マサキもまたダメージを負ったサイバスターを操りながら、サイフィスとサイバスターとの一体化する感覚を強めてゆく。
 サイバスターの機体にも対アストラルシフト破りの為の術式は施されているし、精霊憑依を行った状態でのサイバスターの持つ霊力はヴォルクルスの放つ魔力を破るのに大きな助けとなる。

 

「三機でかかれば、というわけですよ。ビアン博士、こちらはいつでも」

 

 ネオ・グランゾンとサイバスターの準備が整っているのを確認したビアンが、即座に融合前にディバイン・アームに仕込んでいた慶雲鬼忍剣のプログラムを起動させる。分かってはいた事だが、前回に起動させていた時をさらに上回る想定威力だ。
 これならば十分に真ナグツァートのアストラルシフトを打破し得るだろう。同時にクォヴレーとガンエデンの声が聞こえた。

 

「奴の死者の衣は剥がした。奴をこちら側の次元に引きずり込むのに、おれも力を貸す」
「貴方がただけでも十分とは思いますが、念には念を入れて」
「お前達が何者かは知らぬが、礼を言うべきだろうな」
「気にするな」
「必要があってしている事です」

 

 二人の声が消えて、ビアンはシンとステラに移譲していたメインコントロールを戻し、プログラムを起動した斬艦刀を、急速に迫りくる真ナグツァートへと突きつける。
 ネオ・グランゾンは胸部の装甲を展開してブラックホールクラスターを、サイバスターはアカシックバスターの発射態勢に入る。
 既に二機からの同時攻撃を受けてもアストラルシフトに耐えきった実績からか、ルオゾールはディス・ヴァルシオンの破壊を目指し動いている。
 クストース達の放っていた三種の攻撃をキャンセルし、斬艦刀を右下段に構えたディス・ヴァルシオンから、この場にいる強念者達へナシム・ガンエデンの思念が届く。
 ヴァイクルを駆るリュウセイ、TL105ダガーのアヤ、ラーズアングリフ・レイブンのユウ、ランドグリーズ・レイブンのカーラ、ジガンスクードのタスク、ガーリムオン・カスタムTBのレオナ。
 いずれも強力な念動力の素養を秘めた者達の脳裏に、水晶の鈴を鳴らしたように美しいナシムの声が響き渡る。

 

《私の声を聞く強念の者達よ》

 

「なんだ、この声?」
「え、女の人……」

 

《念じなさい。あの悪しき存在を斃すと言う意思を強く》

 

「念じるだけで斃せるなら誰も苦労はせん」
「それ位お安い御用だけど」

 

《願う事、祈る事、念じると言う事、それを現実のものとする力を貴方達は持っているのです。そう、無限力、絶対運命にさえ抗う事が出来るほどの。人の思いとはそれほどに強いのです》

 

「ここまで来たなら藁にだってなんにだって縋っても良い気分ね」
「へへ、それで少しでもなにかが良くなるってんなら構わないけどよ」

 

《では思い描いて下さい。貴方達が望む未来を。手にしたい願う幸福を。さあ、強き念の力を与えられた者達よ、念じなさい。そして地球を救うのです》

 

 ナシム・ガンエデンという世界に二人しか存在しない完全なサイコドライバーの導きによって、すでにサイコドライバーに準ずるだけの力を身に付けつつある五人とややそれに劣る一人が、念じる。
 最後の最後に立ちはだかった障害であるヴォルクルスを斃した後に望む世界を。平和な未来を。強く、強く、そうして生み出された思いを、ナシムが宿るガンエデンが増幅し世界に反映し、物理法則さえ変化させてゆく。
 ディス・ヴァルシオンの百メートル手前で、自らの体を縛る不可思議な力にルオゾールが驚愕の表情を張り付け、真ナグツァートの動きが見えない鎖と杭によって封じられたように虚空に止められる。
 いや、それどころか念の力だけでも陽炎のように揺らいでいた体が徐々に色を帯び、確たる質量を備えた存在へとシフトしてゆく。

 

「ば、ばかな神たる我が力が、人如きによって封じられるなどと……!?」
「貴方は神などではありません。地球の守護神であるこの私もまた、特別な力を得たと言うだけでただの人間に過ぎません。だからこそわかるのです。貴方は自分の力に酔いしれて、想い上がっただけであると」
「貴様、貴様がビアン・ゾルダークに小賢しくも力を与え、我を縛るものか!」
「そして貴方を葬る剣のひと振りです。滅びなさい、人間でいる事を自ら辞め、人間でさえなくなった者よ」
「ぬがあああっ」

 

 ルオゾールは自らを縛る念の鎖の一部を引きちぎり、蝙蝠に似た紫色の翼が大きく広げられるや、たちまち骨格と肉の構成を変えて巨大な鉤爪を備えた腕と変わり、ディス・ヴァルシオンへと振り下ろされる。
 ディス・ヴァルシオンの内部のどこか、淡い白い光に包まれたガンエデンの中で祈るように指を組んでいたナシムが、閉じていた瞼を開き、すべての人々に慈愛を与える聖母の如き笑みを浮かべた。

 

「ガンエデンの祝福を」

 

 どこまでも穏やかで優しいナシムの声と共に、ディス・ヴァルシオンの竜頭の様なパーツが巨大な腕と変わり、打ちつけられた腕を容易く受け止めて見せる。白い硬質の皮膚におおわれ鋭い爪を備えた腕は軽々と掴み止めている。
 ゆっくりとその腕の間から、神々しさと途方もなく強大な力を併せ持っている事が見るだけで分かるものが顔を覗かせる。竜の頭部である。
 もとは雄々しい翼が両手の代わりに生えている女神の彫像の様な姿をしていたガンエデンが、その最大の力を発する時、女神は幻想の世界に置いて最強の生物とされる竜へと姿を変える。
 その竜へと変わったガンエデンの腕が、真ナグツァートの翼を受け止めているのだ。

 

「ぬおおお、は、放せえええ!?」

 

 動揺を露わにするルオゾールへ、氷の国を支配する雪の女王でさえ身の内側から冷えてゆく感覚に襲われるほどに冷たい声が届く。先ほどまでの優越感は消え果て、ルオゾールは覆い隠せぬ恐怖と共に彼を見つめた。

 

「さて、ルオゾール。覚悟は良いですか」
「し、シュウ、様……」

 

 いつのまにか恐れと共にシュウを様づけで呼んでいる事にさえ気付かぬまま、ルオゾールは人間であった頃にシュウに対して抱いていた恐怖を思い出していた。
 片腕を失いつつも、その総身から放つ威圧感は変わらず、音もなく狭霧の様に立ち上る魔力はむしろより一層強くなっていた。
 シュウとルオゾールの構図は、明らかに取るに足らぬモノを見下ろす王者と見下ろされる路傍の石のようであった。
 やっぱこいつおっかねえな、と傍らのマサキは内心で思っていたが、それを口にする事は憚られた。すでにプラーナは十分に高まり、サイフィスの声は一刻も早くルオゾールと真ナグツァートを討つべしと告げている。
 ネオ・グランゾンが展開した胸部装甲の奥に存在する、かつて特異点を内包していたブラックボックスとなっていた内臓機関が剥き出しになり、あらゆる物質を呑みこみ捕えて離さぬ暗黒の牢獄を生み出す。
 サイバスターはすでにサイバードへと姿を変え、前方の空間に炎によって描かれた魔法陣を展開している。
 そして、ディス・ヴァルシオンは右手に握る斬艦刀を振り上げ、鈍色に輝く刀身に破邪の呪文が明滅してゆく。

 

「おごおおおおおおおっ!?」

 

 三者が放たんとする三つの攻撃が、自らの破滅に直結している事を悟ったルオゾールはスーパーソニックウェーブを放とうと巨体のあらゆる箇所に開いた口を、大きく開くも不可視の念の拘束が、念動フィールドへと変化し内側から外部への干渉を遮断する。
 本来念動力を備えたパイロットが、専用のシステムを搭載した機体に乗る事によって発生させる防御の為の力場だが、それを対象を閉じ込める為にナシムが展開したのだろう。

 

「さあ、今度こそ貴方の不遜な自信の源の一つを払ってあげましょう。ブラックホールクラスター発射!」
「いっけえええ、アカシックバスター!」
「まずは我らと対等の立場に立ってもらおうかっ。偽神!」

 

 ネオ・グランゾンの胸部から放たれたブラックホールが、サイバスターが変形した炎の不死鳥が、ディス・ヴァルシオンの振るった破邪の太刀が、真ナグツァートへと直撃してその無敵の防御を打ち破らんと猛り狂う。
 必死の思いで破られてしまったアストラルシフトの再構築を行い、自分の命綱である魔術の防御を守ろうとするも、それを打ち破らんとする三機の破壊力の方がはるかに上回っている。
 しかもアストラルシフトの再構築と維持に消費する魔力の補充源であった死霊達は、今やディス・ヴァルシオンの力となっている。
 サイコドライバー達によって存在をこちら側の次元に固定されかけていた所に、これだけの負荷をかけられて尚アストラルシフトを維持する事は、人外の存在となったルオゾールをしても不可能な事だった。
 ブラックホールクラスターの闇とアカシックバスターの炎、慶雲鬼忍剣の剣光が霧散した時、そこにはもはや陽炎の用に揺らぐ事の無い、確たる質量を備えてこちら側の次元に固定された真ナグツァートの姿があった。

 

「アストラルシフトを失った貴方がどれほどのものか試してあげますよ。ルオゾール」
「ぐ、ぐぐぐ。だが、まだ私にはヴォルクルスの力がある。貴様らを叩き潰す事など」
「造作もないと言いたいわけですか。では実践して御覧なさい」

 

 まるで諭すようなシュウの言葉に、互いの関係が逆転している事が認め難く、ルオゾールが先程からガンエデンに受け止められている腕に力をこめ、このような事態を引き起こしたディス・ヴァルシオンを破壊せんと目論んだ。

 

「滅びの時です。招かれ人よ。テトラグラマトン……」

 

 傍目にも数倍近い太さに巨大化した真ナグツァートの腕とガンエデンの掌との間に、突如網膜を焼き尽くすほどに強烈な光が生まれる。それこそまるで小さな太陽がそこに生まれたのかと思うほど苛烈な光だ。
 その光は、瞬く間に腕の根元までを粉砕し、ヴォルクルスの細胞の再生能力も追いつかぬほどのダメージを真ナグツァートに刻みこむ。主たるガンエデンに続いて、カナフとケレンがテヒラー・レイ、ザナブがサンダー・ラアムを一斉に放つ。
 真ナグツァートの全身を光と雷が彩って汚らわしい色彩に塗れた皮膚や羽毛の生えそろった蛇体のあちこちを弾き飛ばしている。

 

「ちいいいいっ」

 

 死者の霊魂こそディス・レヴによって奪われたものの、ヴォルクルスとの融合によって飛躍的に増大したルオゾールの魔力それ自体は変わらない。全方位に魔力を破壊エネルギーへ変換した破壊の波を放射する。
 淡い紫の色を帯びた魔力波は、それだけでもアガメムノン級戦闘空母も沈めるだけの破壊力を秘めていた。
 ディス・ヴァルシオンの胸部装甲が展開し、内部の球形パーツが強く発光する。

 

「させぬ。メガ・グラビトンウェーブ!」

 

 オリジナルヴァルシオンが装備していた重力操作による漆黒の嵐を巻き起こす武装だ。だが、ディス・アストラナガンやガンエデンとの融合、ヒュッケバインのブラックホールエンジンを取り込んだディス・ヴァルシオンが起こした現象は比べ物にならなかった。
 低い音を立ててディス・ヴァルシオンの六つのカメラアイが赤く発光した時、機体を中心に渦を巻いて漆黒の嵐が巻き起こり、光の速さでルオゾールの魔力波と激突すると、コンマ一秒と掛からずに紫の波が漆黒の嵐に吸い込まれて消失したのだ。
 ネオ・グランゾンのコックピットの中では、パワーアップしたメガ・グラビトンウェーブを計測していたシュウが感嘆の色を隠さずにいた。

 

「あの嵐全てが極小のブラックホールで形成されているようですね。しかも魔力さえも吸収する特性まで得ている。既存の物理法則を逸脱しているようですが、ネオ・ヴァルシオンに融合した何者かの力ですか、実に興味深い」

 

 数十兆個の極小のブラックホールが形作るメガ・グラビトンウェーブの直撃に、ルオゾールは真ナグツァートを守るヴォルクルスの魔力障壁を最大限に展開し、なんとか耐え抜いていた。

 

「まだだ、神は不滅。永遠。かような事で滅びはせぬわ」
「そうは見えねえぜ、おっさん! くらええ、サイフラーッシュ!!」

 

 敵味方の識別機能と広範囲への先制攻撃機能を備えるが故に脅威となるサイフラッシュも、単純な攻撃力はあまり高くはない。だが、今真ナグツァートの機体を浄化する光の激しさは、真ナグツァートの装甲をまるでハリボテと嘲笑うかの如く消滅させてゆく。

 

「サイフラッシュが、これほどの威力を!? サイフィス、二度ならず三度も我に抗うか!?」
「三度? なんだ? 昔にもサイバスターと戦った事があるのか」

 

 マサキの疑問にサイフィスもルオゾールも答えはせず、真ナグツァートは大きく抉られた各所に、新たな肉の瘤をぼこぼこと泡立たせ、欠損を埋めてゆく。ある程度の防御を捨てて再生能力の向上を選んだのであろう。
 その真ナグツァートの巨体に四方八方から無数のビームやミサイルが殺到し、アストラルシフトが破れた肉体に無数の小さな穴が開いてゆく。

 

「小虫どもめ、分身体を斃したのからといって調子に乗って」
「アストラルシフトを失った貴方など、図体が大きいだけの的。下等と断じた人間に痛みを与えられる気分はどうです? ルオゾール」
「シュウ・シラカワァ!!」

 

 グランワームソードの一振りで、乱れ交う触手の群れを薙で斬り、グラビトロンカノンで圧殺したシュウが、どこまで冷たく、どこまで妖しい微笑と共にルオゾールに問いかける。
 ぎりぎりと真ナグツァートの頭部に浮かんでいた二十メートルを越すルオゾールの顔は、この上ない侮辱にわなわなとふるえ、どこにでもいる人間のものと変わらぬ様になっていた。
 その間も、ゲイツやダガーL、リオンをはじめとしたMSや、各軍の艦艇からの砲撃は絶え間なく降り注ぎ、真ナグツァートの巨体を削り続けている。
 賢者の石とエクトプラズムに、ヴォルクルスの体細胞を取り込んだ機体は、それ自体が極めて優れた装甲であり、自然と纏う魔力障壁は容易く並みのMSの攻撃などと押しはしなかった。
 だがそれでも絶望と恐怖に屈さずに戦い抜いた人々の思いが込められているようで、ルオゾールの精神を少しずつ削り、すり減らして行く。無力な人間、ただ糧となるべき人間と侮った者達の見せる絶望の淵での強さ。それが、ルオゾールをさらに追い詰める。
 ドミニオンやゲヴェル、アークエンジェルのローエングリンの一斉放射が巨体に大穴を穿ち、ガルムレイドやサーベラスがターミナス・エナジーを利用した高純度の破壊エネルギーを叩きつける。
 テューディ、リカルド、フェイルロードといった生前に多少なりともルオゾールと因縁のあった者達は、死した後の世界でなお続いたこの邪神と因果を断ち切る為にありったけのプラーナを燃焼させる。
 地球連合、ザフト、DC、ノバラノソノ、あらゆる勢力の生ある者達全てが、邪悪に堕ちた魔神官の運命に終わりを告げようとしていた。
 ディス・ヴァルシオンの出現と共に、因果律の番人の存在を感じ取っていたイングラムが、変形したR−GUNパワードの中で、これまで隠蔽していたR−GUNパワードのシンの力を覚醒させる為のパスワードを入力していた。

 

「ムジカ、グレン、ジョージー」
「なに、イングラム教官?」
「これからWRXの本当の切り札を開放する。機体制御と出力制御に細心の注意をはらえ。ターミナス・エナジーとは比較にならん」
「え? は、はい」

 

 イングラムの言葉を十全に理解したわけではないだろうが、モニターの向こうのムジカは頷いてみせた。それを見てから、イングラムはパスワードの入力を再開する。

 

「ファイナルコード『SRXチーム』……。さあ、真の鼓動を刻め。トロニウム・エンジン解放」

 

 それまで偽装されていたR−GUNパワードの本来の動力機関トロニウム・エンジンが、長い眠りから目覚めた獣の咆哮を挙げる。同時に、これまでの数倍近い出力を叩きだすWRXの状態に、イングラム以外の三人が驚きの声を隠せない。

 

「なんなのですか、これは!? 出力が五〇〇パーセントを超えている」
「『ハイパー・トロニウム・バスターキャノン』だぁ。トロニウムってなんだよ?」
「ムジカ、トリガーを預けるぞ」
「あ、は、はい」

 

 グレンらの疑問の声は無視し、イングラムが常と変わらぬ冷静な声でムジカに声を掛ける。そのイングラムの声に導かれる様にして、ムジカは改めてHTBキャノンのトリガーに指を添える。
 イングラムが秘匿していたこの武装について質問を重ねるよりも、今はこれだけの超エネルギーを誇る武装で討つべき敵がいる事は、言われるまでもなく分かっていたからだ。
 この引き金を引けば、この戦いが終わるかもしれない。そう思えば、イングラムへのささやかな疑惑などどこかへと吹き飛んで行った。
 だから、ムジカは普段なら羞恥心を覚える様な叫び声を上げて、思い切り引き金を引いた。イングラムへの疑念を忘れたいと言う衝動が強かったのかもしれないと、気づく事はなかった。

 

「行って、ハイパー・トロニウム・バスターキャノン!!」

 

 巨大な砲身へと変形していたR−GUNパワードから、ヴォルクルス分身体を葬った時とは比較にならない巨大なエネルギーが、一直線に飛翔して真ナグツァートを貫いた。
 クォヴレーの出現を感じ取り、真ナグツァートを滅ぼす好機を悟ったのはイングラムだけではない。映し鏡の存在とも呼べるヴィレッタもまた、同じようにザフトWRXのラストジョーカーを切る決断を下していた、
 ただし、イングラムと違うのはこちらはイザーク達も知っていた切り札である事だろう。R−GUNパワードのシホと、WRXのイザークにWRXのラストジョーカーの使用を通達し、ファイナルロックであるヴィレッタのみが知っているパスワードを入力する。

 

「ファイナルコード『ガイアセイバーズ』。さあ、準備は整った。最後の引き金は貴方に委ねるわ、イザーク」

 

 WRXが右手に握っていたR−GUNパワードの砲身部分が四方に広がり、そこにヴィレッタの乗ったR−SWORDパワードがコネクター部分を細かく変形させながら接続される。
 R−ウェポン二機の合体によってより高出力の兵器となる、WRXの現時点におけるラストジョーカーであった。改めて二機の合体した巨大な剣とも砲とも見える武器をWRXの右手に握らせ、イザークはセンターマークの内側に真ナグツァートを捉える。
 同時に、R−SWORDパワードの刀身部分が勢いよく回転をはじめ漏れ出したTEが翡翠色の渦を巻いてゆく。WRXとR−GUNパワードからも供給されるTEは、回転数が増すごとにより一層流出量を増し、WRXの右腕そのものがドリルになったかのようだ。
 これぞWRX最強最大の一撃必殺兵器ハイパー・ターミナス・エナジー・スパイラルソード。天上天下念動螺旋剣とでもどこかの誰かだったなら名付けそうな武装に、ザフトの慣例にならい冠せられた神話に関する名は――

 

「これで終わりだぁ! エヌマ・エリシュ!!!」

 

 アッシュールバニパルのニネヴェ図書館より発掘されたという、バビロニア神話の創世記叙事詩の名を与えられたHTESソードを勢いよく前方へと突き出し、最大回転数を維持していた刀身からは、竜巻の如きターミナス・エナジーが溢れだす。
 本来のトロニウムのエネルギーを取り戻したHTBキャノンに負けず劣らず、恐るべき威力を秘めた翡翠の竜巻は、イザークの烈火の如き気迫を伴ってHTBキャノンに貫かれ悶えていた真ナグツァートを、反対側から抉ってその巨体を貫く。
 図らずとも十字に交差する形で二機のWRXの最強最大最高兵装の攻撃を味わった真ナグツァートは、全長一二〇〇メートルを超す巨躯の後ろ半分を跡形もなく吹き飛ばされる。
 蛇のようにくねっていた下半身を喪失し、消滅した下半身との境目であった箇所は、超エネルギーに晒された余波で今も焼け爛れる範囲を広げている。
 漏れ出す苦痛の声もなく、眼を見開きぱくぱくと口を閉口しているルオゾールにかすかな慈悲の欠片も与える事はなく、ビアンはディス・ヴァルシオンのあらゆる兵装を開放した。
 ディス・ヴァルシオンの背部装甲の一部が開くと、内部に収納されていた二十メートルほどの六つの物体が飛び立つ。それは、まるで拳銃になにか悪霊の様なものが取りついて
悪魔の翼を与えた様な物体だった。
 ディス・ヴァルシオンの六つの眼の内額にある二つが、血によく似た色に輝いていた。

 

「お前はもう逃げられない。行け、ガン・スレイヴ」

 

 ディス・アストラナガンがアストラナガンから受け継いだガン・ファミリアの事だ。形状それ自体変化はないが、ガン・スレイヴのサイズは明らかに巨大化し、銃口から射出されるエネルギー弾の破壊力も段違いに跳ね上がっている。
 クォヴレーの思念を受けた銃神の使い魔達は次々と弾丸をまき散らして真ナグツァートに更なるダメージを重ねてゆく。
 ナシムもまた竜から元の女神の姿へと戻したガンエデンの両腕から、マヴェットゴスペルと呼ばれる蒼白いエネルギー弾を次々と放ち、下僕たるカナフらもテヒラー・レイの弾幕をとぎらせる事はない。
 ネオ・グランゾンも同時に最大65535の多目標を攻撃可能という能力を遺憾なく発揮し、ワームスマッシャーの雨を浴びせかけている。もはや真ナグツァートとの戦いは一方的な掃討へと変わりつつあった。

 

「ぬおおおおおお!!」

 

 シンの咆哮と共に大上段に振り上げられた二百メートルを超す大斬艦刀とでも言うべき超ド級の大剣が、はるか音速を超えて振り下ろされ、直径百五十メートルを超す真ナグツァートの無数の触手の一つを叩き斬る。
 さながらウォーダン・ユミルが乗り移ったかの如き、鬼神さえも怯むであろう怒涛の迫力。これが、今や七割まで棺桶に体を預けた少年の姿と誰が信じられよう。
 全力を込めた一刀を振り下ろし、若干の隙が出来たディス・ヴァルシオンの背後から、残っていたデモンゴーレムと直径三メートルほどの無数の触手が襲いかかった。
 純粋な破壊衝動の塊ともいえるヴォルクルスの体細胞が、ルオゾールの意識とは別に敵対するもの全てに対する攻撃行動を自動的に行っているのだ。
 背後から襲い来たヴォルクルスの手先たちは、目も眩むような閃光と共に砕け散っていた。ディス・ヴァルシオンの右脇から大斬艦刀の柄尻が覗き、そこに開いた穴から無数のエネルギーが散弾となって放たれ、デモンゴーレムらを破壊したのだ。
 本来ディス・アストラナガンの武装であるラアムショットガンだ。しかしその威力は本来のモノをはるかに上回っている。これ一発で宇宙怪獣の高速型をまとめて数十体は粉砕出来る事だろう。
 もとよりディス・レヴとインフィニティシリンダーから供給される無限に近いエネルギーによって高い威力を誇る武装であったが、今は十億を越す死者達から力を借り、ガンエデンやネオ・ヴァルシオンとの融合で、驚くほど威力が上昇している。
 本来の使い手たるクォヴレーでさえ少なからず目を見張る破壊力は、予想をはるかに越えてこの進化した大魔王の戦闘能力が高い事を証明していた。
 冥府の銃神、地球の守護神、守護神の三体の下僕、真紅の大魔王、超闘士、凶津鳥……彼らの融合は確かに世界の存続それ自体を揺るがす途方もない存在を産み落としていた。

 

「ぜあああっ!」

 

 振り下ろした大斬艦刀がシンの技量によって飛燕も斬り落とす精妙さで翻り、ディス・ヴァルシオンの周囲二百メートルに万物斬断の斬殺空間を形成する。
 ディフレクトフィールドやGウォール、空間歪曲フィールドを展開するまでもなく大斬艦刀とそれを振るうシンの技量だけで絶対に近い領域が作られている。シンは恐るべき戦闘の才能を開花させつつあった。
 ディス・ヴァルシオンを左右から押しつぶすべく、さらに巨大な鉄槌を模した腕が真ナグツァートから伸びた。左右からの挟撃、十分に対応できる。シンがひどくさえた思考で対応しようとしたとき、彼方から飛来したビームと影とが、その腕を弾き飛ばした。
 一つはマガルガ。神代の時代に造られた守護神とそれを駆る姫巫女であるククル。
 もう一つはラピエサージュ。複数の機動兵器のデータから生み出された継ぎ接ぎの巨人と、今と過去と失った記憶と今ある記憶との狭間で苦しむ少女オウカ。
 かつてガームリオン・カスタム飛鳥を駆っていた時に戦った事のある強敵と、いつかであったなら救わねばと思っていた少女の出現に、シンとステラが大きく目を見開いた。

 

「オウカおねえちゃん!」
「その声、ステラ!? その機体に乗っているの」
「うん、シンも一緒」
「シンも……」

 

 O.Oランチャーで腕やデモンゴーレムを撃ち抜きながら、オウカは聞こえてきた声に驚きの顔を隠さない。すでにウォーダンからグルンガスト飛鳥に乗っているのがシンだと聞いて知ってはいたが、ステラがどの機体に乗っているかまでは知らなかったからだ。
 一方でククルも、ウォーダンが斬艦刀を託した少年が生きている事に我知らず安堵していた。男女の情ではないが友情めいたものを抱いていたあの男が最後に選んだ少年の行く末を、見てみたいと心の何処かで望んでいたからだろう。
 シンは顔を映さず声だけオウカと繋いだ。

 

「オウカさん」
「シン君、久しぶりね」
「はい。孤児院の皆が心配していましたよ。特にマサキ」
「マサキ? あの子が」
「ほら、噂をすれば」

 

 とシンが言うとおり、ラピエサージュめがけてそう遠くない位置で真ナグツァートに攻撃を続けていたサイバスターが接近していた。
 サイレント・ウルブズとはかかわりが薄かった為に思わず警戒しかけるオウカだが、開かれたウィンドウに見慣れた顔が映るや肩の力を抜いた。孤児院で特に世話を焼かされたやんちゃ坊主だったからだ。
 無論、精霊憑依状態を維持したままのマサキだ。さぞやサイバスターの中が鍔まみれになっているに違いないくらいの勢いだ。サイフィスも眉を顰めている事だろう。

 

「ようやく見つけたぜ。オウカ、どうしてこんな所でそんなモンに乗っているか」
「それは私も同じよ。マサキ、その話は後にしましょう。それよりも先にしなければならない事があるのは、貴方も分かるでしょう?」
「〜〜ちっ、分かったよ。その代り、この化け物を倒したら絶対に話を聞かせろよ」
「ええ」

 

 すっかり手綱を握られた弟と姉の構図がそこにあった。テューディがこの場にいたら別の方向に勘違いして嫉妬の炎を燃やしかねない。
 ディス・ヴァルシオンの周囲を固めるアカツキとナイトガーリオンに、ラピエサージュとマガルガを加え、いよいよ真ナグツァートへ最後の一撃を加える時は近づいていた。
 ぐずりぐずりと、秒瞬の間もおかずに加えられる攻撃は砂上の楼閣が崩れる様に真ナグツァートの巨体を破壊して行き、残る六百メートル余の肉体も端々から砕け散っていた。

 

「ばかな、ヴォルクルスの、破壊の神の力がこのような者共に……」
「そうやって、己の力を過信し過ぎる事が貴方の過ちですよ、ルオゾール」
「ひ、シュウ・シラカワ……」
「お前がこれまでしてきたことへの報いだ。大人しくあの世に行きな」
「マ、マサキ・アンドー」
「どうやら、我々の勝ちの様だな。ルオゾール」
「おのれ、ビアン・ゾルダークぅぅ……!!」

 

 開かれたネオ・グランゾンの胸部装甲にブラックホールクラスターさえ凌駕する超絶の破壊の閃光が閃いた。アストラナガンと全力で戦った時、宇宙の半分が壊滅すると言わしめた力の一端が、顕現しようとしている。

 

「縮退砲……」

 

 サイバスターの周囲に四つの光球が灯り、そこに風の精霊の力とマサキのプラーナが無限に集約される。高められた莫大なプラーナと風の力は空間さえ歪めるほどのエネルギーを蓄える。

 

「コスモ……!」

 

 そして胸部装甲を展開して再びディス・レヴを露出したディス・ヴァルシオンがいた。内部から光を溢れだし、ディス・レヴが物理法則に介入し究極の攻撃手段の一つを発生させるべく稼働しはじめる。
 ディス・ヴァルシオンのどこかで銀の髪を青い色に変えたクォヴレーが、静かに口を開く。時空間に干渉できるインフィニティシリンダーを備えるディス・アストラナガン最大の武器。いや、もはや武器とも呼べぬ領域の代物だろう。

 

「ディス・レヴ、オーバードライブ。さあ、回れインフィニティシリンダー。アイン・ソフ・オウル……」

 

 三機の放つ光を前にもはや神の威厳もなく、魔性としての恐怖もなく、ルオゾールは震えていた。世界各地に万が一の事態に備え、ヴォルクルスの細胞を散らした事で、時を経ればまた蘇る事が出来るとはいえ、目の前に迫る破滅は恐怖以外の何物でもなかった。

 

「発射!!」
「……ノヴァ!!」
「デッドエンドシュート!!」

 

 とある世界では一撃で星系を破壊し尽す縮退砲。次元の狭間に落とし込み無数の星々を叩きこんで対象を撃破するコスモノヴァ。そして時間逆光によって敵を存在しなかった時間にまで逆行させて消滅させるアイン・ソフ・オウル。
 およそこの世界、この時点では考えうる最強の攻撃の三種が、真ナグツァートに直撃する。
 縮退砲の一撃はあらゆる慈悲なく真ナグツァートの機体を粉砕し、コスモノヴァの清浄なる光は魔術障壁を突破し、アイン・ソフ・オウルは時間逆光という同種の能力を持たぬ限りは防御不可能な現象となって真ナグツァートの存在をなかった事にしてゆく。
 真ナグツァート全体に罅が走り燃え尽きる寸前の炭の様にぼろぼろと崩壊が始まる。言葉にならぬ怨嗟に染まるルオゾールの顔へ、クォヴレーが判決を下す終末の天使のように冷酷に告げた。

 

「貴様がこの世界に撒いたヴォルクルスの種子もお前と同時に消失する。既に発生した事象は変わらんが、貴様とヴォルクルスという存在そのものはこの世界に存在しなかった状態まで還元される」
「ば、ばかな。では、我は完全に滅びると言うのか!?」
「それがお前の結末だ。因果地平の果てに消え去るがいい」
「そ、その、そのような事が認められるかあああああああ」
「!?」

 

 滅び行くルオゾールの残る全魔力を乗せて、真ナグツァートが自分の残骸と化しつつある機体を用いて魔法陣を描く。自分自身を媒介にした魔法攻撃だ。
 最大の攻撃を放った直後の三機が動けぬ代りに、アカツキ、ナイトガーリオン、ラピエサージュ、マガルガが動いた。
 O.Oランチャーやビーム、ミサイル、マガルガの放った神通力を凝縮した光球が次々と命中するが、真ナグツァートの描く魔法陣は崩れる様子を見せない。それどころか魔法陣から溢れる莫大な狂気を伴う魔力の前に、立ちはだかった四機が弾かれる。

 

「■■■■■―――――■■■――――――!!!!!」

 

 この世のものと思えぬ絶叫をまき散らしながら滅びの道連れにディス・ヴァルシオンを選んだルオゾールが、最後最後にその口元に笑みを浮かべる。自分一人が滅びるなど認められぬ。お前も、お前も地獄に落ちてゆけと、その笑みが語る。
 その顔面にいち早く体制を立て直したラピエサージュが、O.Oランチャーや左腕ガトリングガン、Hスプリットミサイルを撃ち続ける。
 少なからずルオゾールは苦痛の表情を浮かべるが、それでも魔法陣は乱れず、高まった魔力がディス・ヴァルシオンに放たれるのは時間の問題であった。

 

「あれは、アラドとゼオラの?」

 

 驚きの声を挙げるクォヴレーの目は、無謀な突撃を行うラピエサージュを見つめていた。

 

「私の妹と弟と、その恩人を貴方などに傷つけさせはしません」
「小娘ェエエエ!?」
「オウカさん、ダメだ!」
「オウカお姉ちゃん!!」
「オウカ、やめろおおおお!?」
「オウカっ!」

 

 シンとステラとマサキ、そしてククルの制止の声にオウカは透き通ってしまいそうなほど美しく儚い笑みを浮かべ、一度だけ振り返った。それだけだ。何も言わず、何も告げず、ラピエサージュを真ナグツァートの変じた魔法陣へと機体を突撃させた。
 コックピット内のコンソールから秘匿されていたコードを打ち込む。DCで回収された時に外された筈の機能は、イーグレット・イフによって再装備されていた。

 

「コード“DTD”。塵は塵に。あの方たちを貴方などの道連れにする事はできません。その代り私が貴方に引導を渡してあげます」

 

 やめろ、と誰もが口にするより早く、ラピエサージュの内側から溢れ出た苛烈な光と爆炎が、オウカとルオゾール、そして魔法陣を呑みこんだ。溢れる光と炎に飲み込まれながら、オウカは死にゆく自分が残して行く者達の事を思った。
 いや、前にも同じ事をした気がする。誰だろう? いつだったろう? あの時も、私は。

 

「ああ、そうか。アラド、ゼオラ、ラトゥーニ……私は――」

 

 失った過去の記憶と共に、自分がこの世界で得た過去と今が脳裏にフラッシュバックし、
そして置いて行ってしまう人々を思った。孤児院の皆、そしていま自分の最期を看取っている――

 
 

「シン、ステラ、マサキ、ククル……さよなら」

 
 

 自分を姉と慕ってくれた孤児院の子供達の笑顔が瞼の裏にも描かかれて、オウカは涙を一粒零し、炎に焼かれながら呟いた。

 
 

「だめなお姉ちゃんで……ごめんね」

 
 

 爆発してゆくラピエサージュを見て、シンとステラが叫ぶ。アウルとスティングが叫ぶ。マサキが叫ぶ。ククルが叫ぶ。それが、血を吐くような叫びが、あまりに痛ましくて、ビアンは即座にトリガーを引いた。
 ラピエサージュの起こした爆発の向こうに崩れながらも輝く魔法陣へ、ディス・ヴァルシオンの左腕が突き出される。放たれるは

 
 

「これで終わりだ。クロスマッシャー!!」

 
 

 青と赤の二重螺旋と共に白い光条が放たれる。ヴァルシオンタイプの象徴的な一撃が、オウカを犠牲にしてもなお未練がましく、存在しようとしているルオゾールの魔法陣を貫き破壊しつくした。
 これまででも比較にならない多くの犠牲と引き換えに、ようやく、アズライガーから始まった強敵との戦いが終わりを迎えようとしていた。
 引き剥がす様にして操縦桿から指を離し、ビアンが背もたれに体を預けた。ディス・ヴァルシオンからガンエデンとその下僕達、ディス・アストラナガンが分離し、それぞれが光の塊になると宇宙の何処かへと消えてゆく。
 残されたのは、子を庇う様父親の様にネオ・ヴァルシオンに抱かれた大破状態の、ヒュッケバインとグルンガスト飛鳥だった。
 オウカの死を前にして叫ぶシンの声が絶えていた。シンの身体状況が改善したわけではなかったのだ。ステラの泣き叫ぶ声は変わらず続いているのが、その無事を証明しているのは皮肉だろう。
 だが、ビアンもそれは同じだ。瞼がひどく重たい。指先の感覚どころかすでに四肢の感覚がおぼろげだ。血を失いすぎたのだろう。体の中を流れる血液が全て氷水に変わった様に冷たい感覚ばかりが残っている。
 ここでまだ死ぬわけには行かない。まだ、ビアンにはやる事があまりに残っていた。だが、それを理解してなおビアンは落ちてゆく瞼を止める事はできそうになかった。
 その瞳に、宇宙で起きた死闘など知らぬ様子で青く輝く小さな星が映った。この宇宙から見れば砂漠の砂粒にも劣る様な小さな星。それでも数え切れぬほど多くの命が生きる偉大な星。
 乾いた血で赤く汚れた口元を動かし、数言を呟いた。

 
 

「地球よ……お前は、美しい……」

 
 

 それ以上言う事は出来ず、ビアンはゆっくりと眠る様にして瞼を閉じた。

 

   ▽   ▽   ▽

 

「うっ」

 

 ひどい頭痛と共に、意識が目覚めた。ぼやける視界の中に見慣れたディスプレイが映った。なぜ? 自分はあの時、二度目の死を受け入れたのではなかった。
 夢だったのだろうかと、見まわすと、自分が身に着けているのが着慣れたオーブ軍のパイロットスーツである事に気づく。ならばあれはやはり夢ではなかったのだろう。

 

「ここは?」

 

 ひょっとしたら三度目の生を与えられたのだろうかと、状況を把握しようと周囲を調べ。それを見つけた。

 

「ッ!!」

 

 地球圏に出現したエアロゲイターの要塞ホワイトスターを巡る戦いは、激化していた。
 エアロゲイターの次に出現した異星人インスペクターに占拠されたホワイトスターには、異次元の軍隊シャドウミラーがくみし、なぞの生命体アインストシリーズも姿を見せていた。
 そのホワイトスターを巡る戦いに挑むのは地球連邦軍の最精鋭部隊ヒリュウ・ハガネ隊であった。たった二隻を母艦とする小規模部隊ながら、あらゆる高性能機や試作機、特機、超一流レベルのパイロットが集められた部隊は、連邦最強の呼び声も高い。
 三つ巴の戦いが繰り広げられる中、小型のPTがシャドウミラーのPTに追い回されていた。女性的、しかも幼い十代初め頃の少女のスタイルを模したシルエットの機体で青いスカート状のリアアーマーや縦ロールの髪の様なキャノンを頭部に備えている。
 半ば開発者の趣味を交えてテスラ・ライヒ研究所で開発されたフェアリオンだ。ビアンが夢にヒントを得て開発した極めて特異な機体のオリジナルである。青い超音速の妖精を駆るのは、ラトゥーニ・スゥボータ。オウカが何度も夢に見た血のつながらぬ妹だ。
 地球連邦標準のパイロットスーツに身を包んだラトゥーニはコンビを組むシャイン王女を敵の追撃から庇った代償に、四機のエルアインスと呼ばれるPTに囲まれ、窮地に陥っていた。
 被弾こそまだだが、高い能力と非人間あるが故の冷徹な連携行動を可能とする人造兵士の駆るエルアインスの包囲は隙がなく、いずれ撃墜されるのも時間の問題でしかなかった。
 それぞれのエルアインスの構えたメガ・ビームライフルやG・レールガン、ツイン・ビームキャノンの砲口を向けられる。
 すぐれたパイロットであるが故にこの攻撃を回避する事が不可能であると悟ったラトゥーニは、身を強張らせた。生命の危機は何度も、それこそ戦場に出る前のスクールの実験でも味わってきた。
 でも今感じている死への恐怖は今までのモノよりもずっと強い。あのころよりもずっと、生きていたい理由が増えたからだろう。
 エルアインスがトリガーを引く指さえ鮮明に見えた。自分の中でいちばん死にたくない理由を、思わず口に出していた。

 

「リュウセイ!!」

 

 しかし、起きた爆発はフェアリオンが破壊されたためのものではなかった。彼方から飛来したビームと超高速の弾丸によって、四機のエルアインスは撃ち抜かれていた。
 あのタイミングで自分のフォローに入れる味方はいなかった筈。
 自分の命が助かった事に気づき茫然としたのも一瞬、ラトゥーニは周囲を見回して忘れる事の出来ない機体を見つけた。
 忘れる筈が無い。スクールでいつも自分を庇い、守り、最後には命さえ捨ててくれた大切な家族の乗っていた機体を。記憶にあるものとは多少形を変えていたが、それは間違いなく

 

「ラピエ……サージュ」

 

 コズミック・イラの追加された腰部のクスフィアス・レールガンや、背のウィングバインダーに内蔵されたリニアガンと、もともと持っていたO.Oランチャーによって、ほとんど同時にエルアインス四機を撃墜して見せたのだろう。
 機体こそ忘れられぬものであったが、それを操るパイロットまでそうとは限らない。ラトゥーニはなんと言えばよいのか分からず、小さな口を開いては閉じていた。

 

「あ、あの」
「私の妹たちを傷つけようと言うものは」
「あ、ああ。オウカ、姉様……」
「スクールの長姉たるこの私が許しません」

 

 そこには、常に妹たちを守り続けた姉の姿があった。

 

「シン、ステラ、マサキ、ククル……。貴方達がどうなったかは分かりません。ですが、貴方達なら決して負ける筈がないと信じています。ですから、私は今自分の出来る事をします」

 

   ▽   ▽   ▽

 

DC!! DC!! DC!! DC!! DC!! DC!! DC!! DC!!

 
 

 割れんばかりにDCの呼び声が響いている。ヤキン・ドゥーエに参戦したあらゆる勢力の戦力が壊滅状態になったといっても過言ではない戦いの後、DC、地球連合、プラント間で休戦条約が締結され、一時の平和が訪れた。
 だが、それは極めて短い“一時”である事は、どの陣営の者も知っていた。締結されたのは飽くまで休戦条約に過ぎず、終戦条約の締結すらされていないのだ。いわば、次の戦争の為の平和とさえ言えた。
 この戦いで地球連合を構成する各国でも解体再統合の話題もあり、中立を謳っていた勢力なども、自らが着くべき勢力を見定め直す時期でもあった。
 ザフト内部の分裂勢力でもあったノバラノソノの兵士の多くは、そのままカガリ・ユラ・アスハがラグランジュ2の宙域で起こした『正統オーブ政府』に亡命した。
 首魁であったラクス・クラインは自らプラント政府に投降し、その処遇に関しては議会と世論ともに大きく荒れて、いまも自宅に軟禁状態のままが続いている。
 シーゲル・クライン、パトリック・ザラ達旧最高評議会の議員の多くは辞職し、政治の道から離れていた。
 旧オーブのみを領土としていたDCはバン・バ・チュンが統合したアフリカ大陸、エドワード・ハレルソンとローレンス・シュミットが掌握した南アメリカ合衆国、そして赤道連合を傘下におさめて、東アジア共和国に匹敵する国力を持った巨大勢力へと成長していた。
 青空の下、式典用に装飾を施されたMSがずらりと並ぶ中、DC所属の兵士達の万の歓声が轟く中に、クライ・ウルブズやサイレント・ウルブズの面々の顔触れもあった。
 その中には、傍らにステラを伴い車椅子に乗ったシンもいた。
 壇上に設けられたスピーチ用の席に、DC副総帥ロンド・ミナ・サハク、ロンド・ギナ・サハクを伴ってその男が立った。赤いコートの裾をたなびかせた、力強さに満ちた足取りだ。
 手を挙げて兵士達の歓声を制し、辺りが静寂に満ちた事を確認してから、男は厳かに口を開いた。

 
 
 

「はじめまして諸君。いや、すでにまみえた事のある人もいるかな?
 私がディバイン・クルセイダーズ総帥、ビアン・ゾルダークだ」

 
 
 

 そして、ビアンは不敵に笑った。

 
 

   ―THE END―