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SRW-SEED_ビアンSEED氏_第15話

Last-modified: 2013-12-26 (木) 20:52:45

SRW-SEED_ビアンSEED氏_第15話
第十五話 ステラ・シン・マユ

 オウカの容態を確認したその帰りにオノゴロの地下国防本部にビアンとミナは顔を出した。
 一刻の猶予も無く迫りくる連合艦隊迎撃に向けて可能な限りの戦力を集結させ、勝利を得る為の作戦が練られている事だろう。
 ビアンの姿に気付いた者達が敬礼するのを手で制し、自分達の作業に戻るよう伝えてから、ミナを伴ったままある一室に腰を落ち着けた。
 室内にはビアンの他、DCの高級将校たちが顔を揃えている。ソガ、シュミット、またクライウルブズを束ねるアルベロとタマハガネ艦長のグレッグ、ギナなどなど。
 この場にいない防衛ラインの艦隊司令クラスもモニター越しに顔を画面に浮かべている。

「待たせたな。余計な話は良い。単刀直入に聞こう。連合艦隊が再びオノゴロに姿を現すのはいつ頃になる?」

 椅子に着くなり口を開いたビアンにソガ一佐が席に座したまま空中立体スクリーンを展開して説明を始める。
 無駄を省き切るビアンのやり方はDCの末端にまで浸透している。

「先立っての戦闘の様にオノゴロ島近海に艦隊を展開すると仮定した場合、残り五日ほどと報告が上がっています。
第一次防衛ラインで警戒しているタケミカズチとタケミナカタの哨戒部隊が何度か連合艦隊の航空機と接触し交戦しています。
また、五時間ほど前にアカツキ島まで少数の艦隊の侵入を許しています。
現状の戦力で展開している防衛ラインの隙間を突かれたか、あるいはたまたま、か。どちらにせよ、軽視出来る事態ではありません。
新たに航空機による哨戒部隊とMSパトロール部隊を編成し、領海内の警戒レベルを上げて対処しています」

 もっとも、国土が戦場に直結する旧オーブだ。オノゴロ島などを始めとする主要な島々に連合の上陸を許せば一気に国土と国力が疲弊する事態になる。
 故に、通常他国の領内に引かれる防衛ラインに沿って、連合艦隊を迎撃する予定である。
といっても前の戦いには間に合わなかった切り札の一つが完成した為、それを設置した海域にまで誘導するかそこで決戦を行う予定だ。

「彼我戦力差はもはや改めて言うまでもあるまい。連合も以前の戦闘以上の戦力を持って我らDCとの戦いに臨んでいる。
小国に過ぎぬオーブを母体としている我らに大仰な事だ」

 言葉とは裏腹に、圧倒的な戦力差を前にしてなお揺るがぬ自信を声に込めたのはギナである。
 もともとそういう性格というのもあるが、それに伴う実力を持っているのも事実だ。
 彼の配下に着いた三人のソキウス達だけでも三十機のストライクダガーを相手にして不殺で勝利できる実力を持っている。
 クライウルブズを筆頭としたDCのエース達だけでも百機以上のMSに匹敵するかそれ以上の戦力といえるだろう。

「ザフトと連絡を取り、カーペンタリアから援軍を要請しては?」

 慎重派で知られる将校の一人が一応、という形で口を開いた。前回の戦闘でもあったが、今水面下で行われているザフトとの交渉の重要事項の一つだった。
 アラスカで投入した戦力の八割を失い、地上の支配権を著しく失ったザフトとしては、オーストラリアのカーペンタリア基地を守る為の防衛拠点としての役割をDCに求めているのだろう。
 目論見がどうであれ、ザフトと連携すれば連合艦隊の迎撃ははるかに容易なものとなる。DCとザフトの戦力とで連合艦隊を挟撃し、一気に撃滅できる可能性も無きにしも非ずだ。
 これに応えるのはビアンであった。何度か以前にも語ったのと同じセリフを言う。

「いや、今回の戦闘までは我ら単独で連合を退けねばならん。我らの力を示すもっとも簡潔な方法としてな。地上の連合の戦力は既に報告に受けた段階から大きな変動はあるまい。
では宇宙、軌道上の方はどうだ? 大気圏外からの降下部隊に本島を制圧されては意味がない」

 ビアンの視線の先に、DC宇宙軍総司令マイヤーの映るモニターがあった。
 現在CEにただ一隻のみが存在するアルバトロス級宇宙戦艦・改『マハト』に乗艦してアメノミハシラから出撃し、オーブ軌道上で連合の降下部隊を迎撃する任に着いているのだ。
 副官であるリリー・ユンカース一佐が傍らにいるのが画面越しに写っている。

『地上での動きに合わせ、月から艦隊が出撃しているのを確認した。我が方の迎撃の用意は整っている。トロイエ隊のコスモリオンとコスモエムリオン、それにロレンツォのアレもある。
軟弱な連合共の兵を一人、MSの一機たりとも地上には降ろさぬ。そちらこそ、宇宙を守りきっても地上がおとされては本末転倒。守りきれるか?』

「相変わらずの言いようだな、マイヤー。今度の戦いは私もヴァルシオンで出る。今後を考えればこちらの通常戦力を消耗するわけには行かぬゆえ、ミナやソキウス達に負担を掛ける事になる」

 ただ目前の勝利のみを見ていてはDCの目的は果たせない。
 頼りにしていると言外に告げられたミナは微笑していた。

「望む所だ。私達の力を披露するには申し分の無い相手、というには少し質が低いが数は申し分ない。この戦いでDCが勝利すれば地上のパワーバランスも変わる。この戦い以降の動き如何でザフトと連合の決戦が宇宙に移るかどうかの鍵も握っているようなものだ」

 ミナの言う事にも一理ある。すでに宇宙戦力の強化を決定したザフトは地上戦力を順次宇宙に引き上げ、連合もまた決戦を宇宙と見定めて戦力の配備とマスドライバーの確保を進めている。
 このタイミングで連合の海洋戦力の大多数を注ぎ込んだDC討伐艦隊が壊滅に近い損害を出したとなれば、ザフトにもまだ地上での戦いようがあるという光明が差すのだから。
 流石に地上に残された戦力で連合相手に勝利を収めることはできまいが、来る宇宙での決戦までの時間を稼ぐ事は出来るだけでも価値はある。

「だが未来を見据えるには現在を勝たねばな。三日後、タケミカズチとタケミナカタを中心に艦隊を組み、我らから連合の艦隊に仕掛ける。皆精気を養い、決戦に備えよ」

 いくつかの議題を話し終えた末に、ビアンがそう締めくくり参加者の多くは自分達の仕事へと戻った。
 残ったのは、ビアンとグレッグだ。ミナとギナも席をはずしているあたり、余人には聞かせられぬ話であると分る。
 ビアンと対峙する位置に座ったグレッグは、厳めしい顔のまま溜息をついた。ビアンはその様子に小さく笑う。

「ふふ、どうした? 慣れぬ艦長職は疲れたか、グレッグ。ラングレー基地で指揮を取っていた方が性に合うかな?」

「それもあるがな。よりにもよってDCの傘下にいる今の状況にいまだに違和感を覚えているだけだ、ビアン・ゾルダーク。
連邦の将校だった私が、連邦に反旗を翻したお前のもとで指揮を取っている。それも異世界でだ。どういう冗談だこれは? と、思うくらいは構うまい?」

「それは認める。だが現実に我々は新西暦とは異なる世界で息をし、言葉を話し、意志を交わしている。認めざるをえまい。新西暦で死した者達のうち幾人かがこの世界に辿り着いている事はな。それに連合とザフトのどちらにも属さずDCに協力する事を選んだのだろう?」

「消去法だ。ただ、戦場に立つのがあまりに早い子がいるのは、少し堪えるな」

「シン達の事か。あの子たちの力を借りなければならぬほど、我らは強くはないという事だ。歯痒いがな」

 しばしかつて対立した陣営にいた二人は沈黙を共有した。少なくとも胸の内に悲しみを宿しているのは間違いなかっただろう。
 もっともただ罪の意識を感じているだけでは何の意味もないが。

「ふ、ここで顰め面を突き合わせていても仕方あるまい。さて、グレッグ。やはり艦長職は合わんか?」

「……そうだな。私にはやはる艦長席より基地司令の椅子の方がしっくりくる。シロガネのダイテツ艦長でもいてくれれば安心して任せられるがな。誰か良い艦長の当てでもあるのか?」

「できればリリー・ユンカース一佐に努めて欲しいが、彼女は宇宙でマイヤーの傍らにいる事だしな。一人、心当たりがある。ただし、だいぶ危険な賭けでもある……」

「お前がそこまで言う相手、か。まさか? エアロゲイターの?」

「今の彼は我々地球人類――この世界の場合そういってよいものかどうかは、少し考えねばならんが――について知りたいと感じているようだ。
彼の世界において勝利した地球人の力の、その根底的な源となるもの。精神、心についてな。そういう意味では、我らDCという存在は利用する価値があるだろう」

 ビアンの言葉を、グレッグも不承不承認める。新西暦であって新西暦ではない世界からのエトランゼ。
 その素性を知った時、ビアンもグレッグも驚愕した。そしてその彼の世界での出来事にも。

「ビアン、この宇宙にも人類の逃げ場はないか?」

「……」

 ビアンは答えない。重く深い沈黙はやがて……。

 目を覚ましたオウカは自分がどう言った状況にあるのか、孤児たちやマルキオは無事なのか、という事も考えたが、なによりも目の前、それこそ鼻がくっついてしまいそうな距離から自分を見つめている女の子に、どう反応すればよいのか困った。
 金色の細くふわふわした髪の、オウカよりいくらか年下の女の子だ。どこか危うい、儚さが滲んでいる。
 どうしよう? とりあえず目の前の少女は、自分に対して悪意や害意と言ったものを抱いてはいないらしいというのは分る。だが、どうしろと言うのだ?
 この少女は勿論ステラである。エクステンデット用の治療設備も同じ施設にあるから、適当に歩き回っている内に辿り着いたのかもしれない。

「大丈夫、どこか痛くない?」

「え、ええ。大丈夫よ。……私はオウカ。貴女の名前は?」

 外見よりも幼いステラの口調に、オウカは知らず口元を緩めて優しく名前を聞いた。
 取り戻せないが、それでも幸福な夢の余韻が、まだその胸の内にあったのかもしれない。

「ステラ、ステラ・ルーシェ」

「そう、ステラと言うのね? ステラ、少し教えて欲しいのだけれど、ここはどこかしら? 病院?」

 そう、自分はあのDCのMSに乗って闘っていたはずだ。ビアン・ゾルダークのDC結成の演説の時に映っていた映像の中に出てきた連合のMSを相手に、戦ったのだ。
 どうしてMSの操縦など出来たのか? そして、DC――ディバイン・クルセイダーズ、ビアン・ゾルダーク……。どこかで聞いた事があるような気がする。
 だがなによりも、孤児やマルキオの安否を確かめたかった。逸る気持ちを抑えて、ゆっくりとした口調でステラに問い、ステラは小さく頷いて答えた。

「ここは、ステラ達みたいな人の為の病院。セロを呼んでくるから待ってて」

 そういうや否やくるりと踵を返して部屋を出て行ってしまったステラの背を見送って、オウカは嘆息し、自分が横になっていた円形のカプセルの様なものから上半身を起こした。
 ワンピースは、白い病院着に着替えさせられている。
 天井から淡い照明の光が降り注ぐ部屋をオウカは見渡した。自分が眠っていたベッドらしいものが他に四つ。
 出入り口は一つで、その横にはガラスで仕切られた部屋の外が見えた。多分、そちら側で部屋の中の様子をモニターして治療するのだろうか?
 少し腕を伸ばしたり曲げたりしてみたが、とくに痛みが走るような事も無かった。
 わずかに頭の中になにか空洞があるような奇妙な感覚がするが、いつもの内容を覚えていない夢を見た後は大抵こうなるから、気には留めなかった。
 所在なく腰掛けたままでいると、ほどなくして先程のステラと言う少女が、一人の男性を連れて姿を見せた。彼がステラの言うセロなのだろう。

「やあ、ステラが驚かせたみたいですまないね。具合はどうだい?」

 人当たりの良い、優しい口調だ。

「いえ、とくに痛みもありませんし……。あの、ここは?」

 多少警戒を含むオウカの声にクエルボは、ようやく気付いた、そんな顔で説明を始めた。
 オウカが自分を含め新西暦での出来事を忘れてしまっている事は知っているから、自分には反応を示さないのは分っていた。

「ここはオノゴロ島にあるDCの病院だよ。君がDCのMSに乗って連合の機体と闘った後すぐに友軍機が駆け付けて、なんとか連合の部隊は退けた。
ただ、君が気を失っていて、それに孤児院にも戦火が及んでしまったから、こっちの避難施設まで一緒に連れて来たんだよ」

「そう、ですか。あの、皆は無事ですか?」

「ああ。あんまり元気がいいからね。私達の手には余るかな。少し君の容態を調べさせてもらうよ。その後に連れて行ってあげよう」

 とりあえず孤児達は誰も怪我をしていないと教えられてオウカは安堵した。それから、不意にクエルボの顔を見つめて、ぽつりと呟く。

「あの、失礼ですが、どこかでお会いしたこと有りませんか?」

 久方ぶりの機動兵器での戦闘が、肉体に過負荷を与えただけであって、新西暦で受けた処置が悪影響を及ぼしたわけではないようだ。

 わずかに、クエルボの体が強張った。記憶を取り戻しつつあるのか?

「君が、マルキオ導師の所に行くまで旧オーブの病院に入院していただろう? 私もその時そこで働いていたからね。君は覚えていないだろうけれど、初対面ではないんだよ」

 そう取り繕ったクエルボの言葉を、オウカは疑うような様子は見せず、そうですか、と納得したようだった。
 それから簡単な触診と質疑応答、それに機械で検査を済ませ、これといって問題がないことが分かった。
 久方ぶりの機動兵器での戦闘が、肉体に過負荷を与えただけであって、新西暦で受けた処置が悪影響を及ぼしたわけではないようだ。

「よし、これなら大丈夫だ。ステラ、オウカをあの子たちの所に連れて行ってあげてくれるかい?」

「うん。一緒に行こう」

 ステラはかなりクエルボに懐いているらしく、彼の言う事に従い、オウカの手を握って部屋を出る。
 部屋を出ようとするオウカを、ついクエルボは呼びとめた。

「何か?」

「……いや、なんでもないよ。早く元気な所を見せてあげると良い」

 結局、アラドやゼオラ、ラトゥーニ達スクールの子らの事について聞く事は出来なかった。
 オウカがあの子たちの事を思い出しても、この世界では二度と会えないのだ。なら、忘れてしまったままでいる方がオウカの為なのではないか。
 クエルボは、一人残った部屋で懊悩した。

 クライウルブズの隊員となったシンは、通常の三倍の給料と春・夏・冬の年三回のボーナスなどの特別待遇を受けていた。
 といってもまだ扶養される側であるシンの場合、給料は両親経由で口座に振り込まれている。
 久し振りの休みをもらい、実家に戻ったシンは初給料を財布に入れて、家族へのプレゼントは何を買おうかな、とオノゴロ島内部のショッピングモールを練り歩いていた。 両親は戦争で稼いだ金で買ったプレゼントなど嫌がるかもしれない事が、ややシンの胸を重くしていた。
 とはいえ、そんな不安も傍らにいる妹のマユの笑顔が取り払ってくれる。
 久しぶりに兄と一緒にいられる事がうれしいらしいマユは、ひっきりなしにシンに喋りかけてくる。
 兄妹水入らずで腕を組み、シンは戦争を忘れ、荒んだ心を癒していた。マユは買い物よりもシンと一緒にいる事が嬉しいらしく、組んだ腕を放そうとしない。

「ねえ、お兄ちゃん、次はあのお店見に行こう」

「またあ? さっきから窓越しに見るだけで買ってないじゃないか? 折角給料もらったのに……」

「いいの、それでもマユ、楽しいもん。お兄ちゃんずっと家にいないし、久しぶりに会えたんだから一緒にいたいんだよ?」

 そこまで言われてはシンも返す言葉が無い。口元を綻ばせて、一人きりの妹の好きにさせてやりたい気持ちになる。
 結局、シンはそのままマユの気の向くままにあっちこっちを歩いて見て回った。
 片手にマユの買い物をぶら下げていたシンは、ふと聞き覚えのある声に足を止めた。兄の突然の停止に、マユは不思議そうに小首をかしげた。

「どうしたの? お兄ちゃん」

「ん? いや、知り合いの声が聞こえた気がしたんだけど」

「お兄ちゃんの知り合いって……」

 シンの知り合いが何を意味するのか気付いたマユは表情を暗くした。
 それは、DCの――兄を戦争に駆り立てる人達だと、マユは悟ったからだ。自分の一人しかいない兄を連れて行ってしまう人。
 幼い心が、拒絶と嫉妬、敵意が覚えても仕方の無い事だったろう。
 きゅっと小さな手が、シンの腕を少しだけ強く握りしめた。シンは、それに気付かない。
 ほどなくして向こう側から、十四人位のグループがにぎやかに姿を見せた。
 十歳にならない位の子供達がほとんどで、子供達を引率しているのが、シンの見知った面々だった。
 あっちもシンを見つけてちょっと驚いた顔をしていた。スティングにアウル、ステラ、それにビアンやアルベロの言っていたオウカがいた。
 まあ、オウカはシンの事は知らないけれど。

「シンじゃん。なんだ、買い物するんなら声掛けろよ。そっちの子誰? シンの妹?」

 腰にしがみつく五歳位の男の子にヘッドロックを軽くかけていたアウルが、シンと腕を組んでいるマユに目を向けて口火を切った。
 少し下がった所で迷子が出ないか見ていたスティングは手を挙げて挨拶代わりにした。お兄さん役と言った所か。
 子供達の中心にいるオウカが、傍らで自分より五歳は年下の女の子と手を握っていたステラにこう、聞いた。

「ステラ、あの子はあなた達のお友達?」

「うん。シンていうの。でもあの女の子は知らない」
 
 小さく首を横に振るステラを見てから、オウカは小さく微笑んでシンとマユに声を掛けた。向けられた笑みに思わずシンは見惚れてしまう。
 年上の美女にはミナという例が居るが、オウカの様な包容力のある母性的な女性に微笑みかけられる経験はない。
 シンの背中に隠れていたマユも、オウカの『お姉さん』という言葉がぴたりと当てはまる慈愛の笑みに、ちょっとだけ前に出た。
 子供の目は余計なものを見ない。だからだろう。

「はじめまして。私はオウカよ。シン君と? 貴女は?」

「あ、あの。……マユ・アスカです」

 マユってこんな人見知りだったか? とシンは少し気になるが、まあ人数が人数だから、仕方ないかなと考えなおした。
 マユが名前を告げたのを皮切りに、アウル達や子供達も次々と自分の名前を告げ始めた。
 一通り名前を聞き終えた後で、シンは一番事情が分かっていそうなスティングに聞いてみた。

「どうしたの、これ?」

 スティングは苦笑を浮かべたまま両肩を竦めた。おれに聞くなよ、という気持が半分くらいはありそうだ。

「ステラがマルキオ導師の子供達ん所にオウカさんを連れて行ったんだが、子供達を外に出したいって言いだしてよ。どう言うわけがおれ達も一緒に行く事になってたんだよ。
ビアン総帥直々に言われちまっちゃあ、断れないさ。
……おれ達の情操教育の意味もあるんだろう。特にアウルやステラはあれ位の子供達と触れ合うことなんかなかったからな」

「そっか」

 ステラやスティング達が、孤児院の子供達位の年の時、どんな日々を送っていたか詳しい事情を、シンは知らない。
 でも、スティングのどこか翳を帯びた顔つきと声の調子から、そう簡単に触れていい話でない事は分った。
 だから、少し白々しくても明るく言った。

「じゃあ、スティングがしっかりしないとな。アウルやステラにとっちゃスティングが頼れる兄貴なんだからな」

「ふ、シンに慰められるとはな。まあ、おれはそういう役だよな?」

 片方の眉を下げて、悪戯ぽく言うスティング。どうやら、シンの気遣いを理解したらしい。

「シン、スティング、置いてくよ!」

「ん? ああ、すぐ行く。悪いな、妹さんと二人っきりだったんだろう? どうやら、おれ達も一緒に行く流れになっちまったみたいだ」

「いいよ。十分マユと一緒に過ごしたし。マユに友達が増えるのは良いことさ」

「……友達、か。そうだな」

 スティングは、慣れぬ言葉にどこかくすぐったいような感覚を覚えながら、その言葉を宝物のように噛み締めていた。

「友達か、おれ達に……。少し前だったら夢みたいな話だったな」

 大所帯になったシン達はその足で海岸に向かった。以前戦場になったのとは反対の海岸だ。
 二日くらい前まではMSや沈んだ艦艇の破片などが浮いていたが、今はまあ、水平線の彼方に時折ぷかぷかと浮いている位か。
 その内、座礁した戦艦に白いイタチを退治に行くネズミ達が立ち寄って、薬缶を母体とした潜水艦を造るかもしれない。
 とはいえそんな事とは関係の無いシン達は砂浜をのんびりと散策し、今が戦時であるという事を忘れてしまうような時間を過ごしていた。
 そんな時、シンと離れてステラの横に並んで歩いていたマユが、幼い顔立ちを夕暮れに照らされながら、ぽつりと呟いた。

「ねえ、ステラさん」

「なあに?」

 以前来ていたのと同じ水色のワンピースのステラは、海岸で拾った薄い桃色の貝殻から目を離して、傍らのマユを見つめた。
 俯いたマユは、ひょっとしたら自分よりも幼い印象を覚えるステラに意を決したようにして口を開いた。
 ステラはマユの様子に、この子が大切な事を話そうとしていると感じて、黙ってマユの言葉を待った。

「……」

「お兄ちゃん。また戦争に行くんですよね?」

「……うん。シンは、守るためになら戦える。ずっとそう言ってた。シンが守りたいのは、マユとシンのお父さんとお母さんだと思う」

 守る、シンが常に口にする言葉。殺す為、戦う為に戦う自分達とは違う言葉。
 守るという行為も見方、言い方を変えれば殺す事と闘う事と変わる事はないかもしれない。
 けれどシンがそれを口にする時、彼の思い描く人々の幸せと平穏な日々を守りたいという思いがある事は確かだった。
 名誉欲でもない。英雄願望でもない。人間が備える根底的な、親しいものへの無償の自己犠牲。それに近いと言えるだろう。
 シンの場合は無鉄砲な所が過ぎてあぶなっかしいだけであって、本人は自己犠牲云々と言われてもなんのこっちゃ? という顔をしかねないが。

「でも、マユ達の為にお兄ちゃんが危険な目にあっていいなんて、お父さんもお母さんも思ってない!
 私達の事守れなくてもいいから、傍にいて欲しいんです。ステラさん、お兄ちゃんが戦争に行かなきゃ、負けちゃうんですか? 
 そうじゃないんなら、お兄ちゃんを戦争になんか連れて行かないでください! こんな事、ステラさんにお願いするのはおかしいってマユも分かっています。
 でも、他にどうすればいいか分からなくて。お願いします、お兄ちゃんを戦争になんか連れて行かないでください」

 俯いたマユの瞳から零れ落ちた涙が、砂地にぽつぽつと滴っては小さな染みを作る。
 ステラは、その涙を止めてあげたかったが、どうすればいいのか分からなかった。
 シンが本来戦場に立つべき立場ではない事は分る。元々ビアンとて今回の戦争でシンを実戦に立たせることになるとは考えていなかった。
 ただ、シンには才能があった。機動兵器のパイロットとしての類希なる才能が。
 事実既にシンは連合のMSを十四機以上撃破し、撃墜数も十一機とDCのエースの一人として軍内では知られている。
 戦場に立つ事を望んだのはシンの意思だ。だがそれをお膳立てした形になったのは紛れもなくビアンに責任がある。
 シンを無理やりにでも説得し、MSパイロットとして今戦役に参加させずに済ます事も出来た。
 だが、それをしなかった。どう言う意図があろうと十四歳の少年を戦場に立たせた責任はある。それを非難する権利がシンの家族にある事は確かだ。
 ただステラにそれを問う事が、間違っているとはマユにも分っている。だが、言わずにはいられなかった。
 目の前に兄を戦争に連れて行ってしまった人達がいるのだ。堰を切ったように言葉が溢れるのを、留める事など出来ようか。

「マユ、ごめんね? ステラにはシンがMSに乗るのを止められない。シンが家族を守りたいって思うのが、よく分かるから。それに、羨ましいから」

「羨ましい?」

「うん。ステラもアウルもスティングも、自分のお父さんやお母さんが誰だか分からない。今は、お父さんはいるけど、本当のお父さんじゃない。
だから、本当の家族がいるシンが羨ましくて、家族の為に戦いたい、そう思うシンは、ステラには止められない」

「ステラさん」

 涙を流し続ける瞳でマユは自分を見つめるステラを見上げた。夕陽を背に、ステラは淡く微笑していた。
 夕陽の光を宝石のように煌かせて反射する金色の髪。どこまでも透き通った海の青を湛える瞳。
 マユは、ステラに見惚れていた。ステラの浮かべる笑みがどこか悲しそうだと思いながら。

「だから、約束する。シンは止められないけど、シンはステラが守る」

「ステラさんが?」

「うん。シンの事が大切なマユやシンのお父さんとお母さんが悲しまないように、シンを守る。マユ達を守るシンをステラが守る。絶対に」

「……ありがとうございます。でも」

「……ダメ?」

 ステラの言葉にどこか安堵したような、ふっきれた笑みを浮かべたマユの“でも”という言葉の続きが拒絶・否定であったら、とステラはたちまち泣きそうな顔になった。
 そんなステラの表情の変化が面白かったのか、マユは小さく笑い、鈴を転がしたような軽やかな笑い声が零れる。

「ふふ、ダメじゃないです。でも、普通はお兄ちゃんがステラさんを守るんだと思います」

「……そうなの?」

 きょとんとした顔のステラに、マユはそうですよ! と言った。
 胸の中の不安や恐怖はまだ渦を巻いて巣食っているが、そこに一筋の光明が差し込み、負の感情が作る暗い闇の蟠りを優しく照らし出していた。
 大丈夫、お兄ちゃんはきっとお兄ちゃんのままでマユ達の所に帰ってくる。そう、信じる事が出来るような気がした。