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SRW-SEED_ビアンSEED氏_第26話a

Last-modified: 2013-12-26 (木) 21:03:12

 第二十六話 魔王と魔神の邂逅

 地球連合の猛攻に陥落したカオシュン基地。港湾施設に係留されたアークエンジェル級三番艦ゲヴェルでは、新たな戦いに向けて次々と物資が搬入され、ブルーコスモスから派遣されたスウェン、ミューディー、シャムス、ダナ、エミリオ達のストライク、デュエル、バスター、ブリッツ、イージスといった機体も入念な整備を受けている。
 ブリッツのパイロットであるダナ・スニップは、無精鬚をはやし、外に跳ねた癖のある黒髪の青年で五人の中でも敵をいたぶって倒す事に喜びを覚える残虐性が強い。
 普段はノリが軽い、調子のいい奴と言えない事もないが。
 エミリオ・ブロデリックはイージスのパイロットで、コーディネイターに対する造られた憎悪が最も激しく、ザフトとの戦闘においては、コーディネイター撃破の為なら味方の犠牲もいとわぬ為に、五機のGの中では指揮用に造られたイージス向けのパイロットは言い難いとも、
 あるいは適材とも言い換えられる。勝利の為にどこまでの非道が許されるか、という観点によって評価が変わるだろう。
 アークエンジェル級の特徴である前方に突き出た、馬の馬蹄に似た船体部分で、搬入作業を見ていたカイ・キタムラ少佐は、近づいてくる人影に気付き、相好をわずかに崩した。
 カイより年かさの、逞しい男だ。既知なのか、互いに気心の知れた相手に対する表情を浮かべていた。
「よお、カイ」
「デュクロか。お前の戦車隊、相変わらず見事な指揮だな」
「よせよ、お前の所のMS隊に比べればどうって事無いさ」
「だが、戦車隊でMSと互角以上に戦えるのはお前のとこ位だろう?」
「月下の狂犬も今じゃMS乗りだからな。もっともおれだってバクゥ相手じゃお手上げだ」
「だが、地上のザフトにもう打って出るほどの戦力はもう残っていない。戦車隊も楽が出来るかも知れんぞ?」
「その分、お前さんがたの苦労が増えるんだろうがな。ところでどうだ、MSは?」
「NJがあればこその兵器だが、確かに強力だ。メビウスでは確かに荷が重いな。それを今度はザフト相手に発揮する番だがな。……そういえば、お前の甥は?」
「ああ、コーディネイターさ。プラントに住んではいないがな。カイ、お前まで“青き清浄なる世界の為に”、なんて言うなよ?」
 これには、カイも苦笑して肩を揺らした。確かに、彼らの周囲でそれを口にする人間が増えているのは確かだった。
「言わんさ。おれも娘も妻もナチュラルだが、だからといってコーディネイターを特別敵視しているわけじゃない。NJで、罪の無い人々との多くが凍えて、飢えている世界を作った事に対しては憤りを覚えるが……。 おれ達が戦っているのはザフトであってコーディネイター全てではない」
「そう言える奴が今の連合にどれだけいるんだろうな。実際、連合の兵士の多くは自分達が戦っているのはコーディネイターという、別の生物だ、なんで思っていかねん。
それに、お前の所の部下は特にそうだろう? 耳に挟んだぜ、ブルーコスモスの派遣したパイロットが集合しているってな」
「おれの部下である事には変わらん。なぜおれの下に集めたか、という意図ははっきりとせんがな。強いて言えばハルバートン派であるレフェーナ艦長やおれに対する牽制がいやがらせか、あるいはその逆だな」
「ハルバートン提督が、ブルーコスモスの動きを牽制するためにお前達を、ブルコスの上司にした、か?」
「かもしれん、という話だがな。所詮おれ達は一兵士だ。やれることは限られている。ならば、そのやれることを最大限遂行するだけだ」
「そうだな。……連合の上層部が今のままだったら、兵士ではいられんかも知れんがな」
「……かもしれんな」
 ブルーコスモスの過激派が謳うコーディネイター殲滅。もし、それの実行を命じられた時、軍人である自分はそれを遂行するのだろうか?
 暗い未来の予感に、カイとデュクロはしばし口を閉ざした。

 遠く海洋を挟み、地球連合と戦火を交える聖十字の旗がたなびくオノゴロ島に、銀の髪をした端正な顔立ちの少年のあげる、驚きの声が木霊した。
「カオシュンが陥落した!?」
「そうだ。ジブラルタルももはや風前の灯火。バン代表のアフリカ共同体に残された戦力を集結させ何とか戦線を維持しているようだがな」
 オノゴロ島にてカーペンタリアから移ってきたザフトの友軍と共に、マスドライバーでの打ち上げを待っていたイザークの耳に飛び込んできたのは、カオシュン陥落の報であった。
 イザークにそれを伝えたのは、アルベロであった。イザークと共に打ち上げの後の話をしていたクルーゼも、ほう、と感心した呟きを洩らす。友軍の危機に対し非情という他ない態度であったが、アルベロはそれを一瞥したきり。
 驚愕の表情を浮かべるイザークは、クルーゼの冷笑に気付いた様子はない。オノゴロ島でザフト軍に提供された施設の一室での事だった。
 アークエンジェル級二隻を投入し、デュエル・バスターを大量に投入した連合の戦力には、さしものアルベロとクルーゼも内心で驚きを共有していた。
 地球連合は五機のGの内、砲撃支援用であるバスターと、汎用性の高さや稼働性、バランスのとれた基本性能のデュエルを、ダガーとは別に生産している。
換装システムによって多彩な戦闘を可能とするストライクは、その換装システムのコストが問題視されて、あくまでエースなど用に、少数が生産されている。
 ブリッツは装備の特殊性から、ストライクよりもさらに少ない数が配備されるだけで、イージスなどはその複雑怪奇な変形機構などが災いし、ほとんど生産はされずにいる。
 これらGとダガーシリーズでは、互いのパーツの規格が共通のものが多く、生産ラインを平行に稼働させても相互に部品を流用できるので、無駄になるパーツというものはほとんど出なかった。
 もともとアラスカ、パナマと大規模戦闘が続き、そのどちらでも大多数の戦力を失ったザフト地上軍だ。次々とMSを戦線に投入する連合相手に、もはや地上での戦いに勝機は失われたに等しい。
 地上のザフトは残されたカーペンタリアを大洋州連合、DCとの連携で防衛するのが関の山だろう。
 整えられた端正な顔立ちに、決意の色を浮かべてイザークはクルーゼを振り返った。ゆったりとソファに座るクルーゼの傍らで、イザークはクルーゼの答えが何であろうとも決意は変わらないと瞳で告げていた。

「隊長、カオシュンから撤退する友軍への救出部隊を今すぐに編成し、出撃させるべきです!」
「ふむ。だが、カオシュンから撤退する部隊の多くは傷ついた傷兵がほとんどだ。今、我々が第一に考えなければならないのは、少しでも多くの戦える兵とMSを宇宙に上げる事……」
「では、祖国の為に戦い、傷ついた仲間を見捨てるのですか!?」
「戦力にならぬ者たちを助ける為に、戦う事の出来る者達を危険に晒すわけにはいかない。私とて心苦しいがね。指揮官というものは大局を見て判断を下さねばならん。時には意に沿わなくとも非情な決断を要するのだよ。イザーク」

 仮面に覆われて伺う事の出来ぬ瞳にどんな色を浮かべてか、クルーゼは少なくとも言葉だけは言葉通り遺憾だという感情を込めていた。
 十の為に一を犠牲にする。主戦場が宇宙に移る事はもはや決定的だ。ならば現存する地上戦力を宇宙に上げる事を最優先にする事が、最終的にプラント防衛に繋がる。それくらいはイザークとて、いや士官学校を卒業したての新兵とて分かるだろう。
 だが、今こうしている間にも必死の思いでカオシュンから後退し、生き延びようとしているであろう友軍の仲間達がどんな思いでいるか、それを考えるとクルーゼの言葉を受け入れがたいものだ。
 それに傷ついた友軍を見捨てる行為は、他の部隊の軍への不信に繋がる事がある。自分達も同じ状況に陥ったなら、見捨てられるのではないか、と。
 自らが捨て石になることを理解したうえで尚戦うものがいるのも戦争の事実だが、多くの者はそうではないのだ。
 それに、カオシュンに残されているのは、十分な訓練も受けられずに戦線に投入された新兵が多い。
 まだイザークよりも若い少年少女が、戦場の恐怖におびえながら、ここまで来れば助かると必死の思いで戦場を駆けずり回っているのだ。

「ですが! 勇敢に戦い、傷ついた同胞への報いがそれであるならば、たとえ理があろうとも不信を招きます。我々を見捨てた本国の為に戦うのかと思う兵が出るでしょう! 今やMSを戦線に投入し戦力を回復させた連合相手に、我々が一丸と成れずにいては、勝てる戦いも負けてしまいます!!」
「だが、君の望みを叶える戦力の余裕はない。すでにビアン総帥の計らいでカグヤから兵員・機体を始めあらゆる物資の宇宙への打ち上げも始めているのだよ? 部隊を再編成するのにどれだけの手間がかかるか……。
 余分なシャトルと時間はないのだ。救出とていわば手遅れの事態になる可能性が高い。そこまでする価値と結果を得られると本気で思うのかね、イザーク?」
 ばり、と噛み砕く音さえ聞こえそうなほどにイザークは強く歯を噛み締めた。胸の中で渦巻くものをなんとか抑えるには、そうする他ないのだ。
 クルーゼはこれで引き下がればと思ったようだが、イザークはいささか予想以上に頑固に出来ているようだった。
「……では救出部隊を募り、それに志願した者達だけでも行かせてください! それで部隊が編成できなければ、おれも諦めます!」
 頑と譲らぬイザークに、クルーゼは心底からやれやれと溜息を着いた。
 結果から言えば、イザークの申し出はクルーゼが渋々受け入れる形になった。イザークだけでなく、他の隊長クラスからも同様の申し出が提出されたからだ。
 地球連合の大反撃によって、その恐ろしさを実体験した事で残された友軍達の苦境が身につまされる思い理解できたからだろう。
 だがイザークに許された戦力はあまり多いとはいえなかった。ボズゴロフ級をはじめ、輸送潜水艦などが十数隻、輸送機もおおよそ同数。MSはディンやゾノ、グーンで揃えられたが、数は精々が二十〜三十程度だ。
 これではたしてどれだけの友軍を助ける事が出来るだろうか。ましてや得られるものは傷つきぼろぼろの負傷兵達ばかりなのだ。だが、それでも行かねばならないとイザークは固く思っていた。
 この戦いは、数字や理屈を超えたコーディネイターという以前の、人間としての論理を問うものなのだから。
 急遽部隊としての体裁を整えるべく慌ただしい指示が飛び交い始めたオノゴロ島の港で、イザークは固く歯を食い縛る。
 イザークはボズゴロフ級に運び込まれる自分が乗るディンを見上げた。アサルト・シュラウドを失ったデュエルは、DCが保有していたロングダガー用のフォルテストラを調整したものが既に装備されている。
 不意に、イザークは自分の左右を見た。赤い髪と、キラキラと輝いている大粒の瞳に、闊達そうな雰囲気が眩しいルナマリア・ホーク。先端に巻き癖の付いた純金の様な髪に、人形めいた風貌に起伏の乏しい感情がわずかに滲んでいるレイ・ザ・バレルがいる。
「すまんな。おれのわがままにお前達まで巻き込んで」
「何言っているんですかイザーク隊長! ここで仲間を見捨てたらザフトの名折れです。地球連合に私達の力を見せてやらないと!」
「おれもルナマリアと同意見です」
「……ふっ、士官学校を卒業したばかりのヒヨッコがよくも言ったな! そこまで言ったからにはお前達、絶対に生きて帰るぞ!」
 つい緩みそうになる口元を引き締め、思わず込み上げて来た熱いものを堪える為に、イザークは強い語調でそう怒鳴った。
 ジュール隊他、救出部隊に志願した隊長達と話を詰める為に施設に移ったイザークの耳に一つの朗報がもたらされた。
 与えられた会議室で議論を交わすイザーク達の前に姿を見せたのは、誰あろうディバイン・クルセイダーズ総帥ビアン・ゾルダークその人であった。
 目の前に現れた人物に一瞬呆然と目を見合わせたザフトの面々も、すぐさま敬礼をして、応える。いつもの様に漆黒の艶やかさを纏うロンド・ミナ・サハクを侍らせたビアンは、手でそれを制して、こう言った。
「唐突な訪問の非礼をまずは詫びよう。今回の諸君ら、ザフトの救出作戦に、我々DCも協力させてもらいたい」
 ビアンの思わぬ言葉に、その場にいた誰もが予期せぬ吉報に喜色の色を浮かべたが、突然の申し出に驚いてもいた。先のマドラス基地襲撃だけで無く、マスドライバーや基地施設の利用など多大な協力をしているDCの新たな申し出に――それも総帥直々の――、思わず何か含む所でもあるのかと勘繰ってしまったのだ。
 一人の黒服が、おずおずと口を開いた。
「それは願っても無い事ではありますが……」
「スペースノア級タマハガネ、キラーホエールの他輸送機、輸送艇も出せるだけ供出しよう。すでにカオシュンの部隊の殿は日本の伊豆基地を放棄しているとの情報が入った。間に合わせるためには一刻の猶予もあるまい」
「……分かりました。DCの友好に、ザフトを代表して感謝を。ビアン・ゾルダーク総帥」

 ビアンは重々しく頷いて答え、入室した時と同様に退室した。その道すがら――
「良いのか、ビアン? 今回の救出作戦、ザフトの点数稼ぎ意外に身入りはないに等しいぞ。貴重な装備と人員を犠牲にしてしまう可能性が大きい」
「分かっている。だが、数で劣る我らは必然的に質を高めざるを得ん。特に、これからの世代を担う剣達には様々な戦いを経て成長して貰わねばな」
「それゆえにクライ・ウルブズを投入するか。彼らには苦労を重ねるな、ビアン。シンが最後まで保てばいいがな」
「……そうだな。だが、今回はそれだけでもない。説明の出来ぬいやな予感がする」
「ほう? お前がそのような物言いをするのは珍しい。私もミナシオーネのオーバーホールが終わっていれば共に行くのだが……」
「お前には戦場以外で働いてもらっているからな。気にしなくてよい。……何か、他に情勢に変化は?」
「そうだな、後期生産型のエムリオンの生産の軌道に乗っている。以前から提案されていた余剰のリオン・パーツによるMSの生産が軌道に乗った。後は例のエンジンの開発も一区切りがついた事、スペースノア級弐番艦アカハガネも、間もなく実用に耐える仕上がりになる。 アメノミハシラのヴァルシオン・ギナ――ギナシオンが完成した。そんな所だな」
 核融合炉を搭載した後期型のエムリオンを始めリオンと名のつく各機は、連合・ザフト製MSがビーム兵器を標準装備した現状を鑑み、バイタルエリアのみにPS装甲を採用し、機体全体にはラミネート装甲とEフィールドの出力強化を施してある。
 弾数を多く確保するために小型弾頭を射出するレールガンとビームライフルを装備したオクスタン・ライフルなど、攻撃面でも強化されている。
 敵機のラミネート装甲とPS装甲に対抗する為の武器であり、弾頭の撃ち分けを瞬時に行うのはそれなりの技量が必要となるが、コンピューターサポートでカバーすれば実用に耐えるだろう。
 また、リオン・パーツの余剰から製造するMSの生産も軌道に乗っているという話だが、オーブの護りであるM1に、DC製アーマード・モジュールのリオンを換装パーツとして組み込んだエムリオンは、その製造工程故にM1部分に対してリオン・パーツに余剰が生まれる。
 実用した結果、地上戦に特化したランドリオンは生産する必要性が薄いという事から、そのパーツはほぼ生産が中止された事もあり、その分、他のパーツの生産数も増えている。それに構造的にリオンはもともと生産が簡易かつローコストである。
 余ったリオン・パーツにコックピット・ブロックなど多少のパーツを組み込めば、ほら、リオンの出来上がりというわけである。
 元々新西暦において、R−1のGリボルバー一発で落ちてしまうリオンである。その装甲の脆弱さを補う為に、エムリオンであるならM1部分に装備されるEフィールド発生機構を組み込む分、本来のリオンよりコストが割高になる面もあるが、搭乗者の生存を重視するというのがDCの機動兵器の根幹的なコンセプトなので装備するにいたった。
 今戦争中の実用が危ぶまれたアカハガネも、一通りの目処が付き後は搭乗員の選定と訓練を残す段階となっている。
 半年から一年は試験運行し様々な問題を調整したい所だが、既にタマハガネという例もある分、強行スケジュールとなるだろう。
 ビアンのヴァルシオンを手本に、CE技術で一から造り上げられたヴァルシオン・ギナもアメノミハシラでロールアウトし、宇宙には二機のヴァルシオンが存在する事になる。この二機だけでも百近いMSに相当する戦力だろうと、カタログ・スペックからは判断できる。
 どれだけ性能の高い機体も、パイロットと運用次第では性能の半分も引き出せない事はままあるが、幸いどちらのパイロットも有能だから、有効に使う事が出来るだろう。
 だが、ビアンとミナの知らぬ所にこそ不安材料は残っていた。
 ラクス・クラインが新造戦艦エターナル級を強奪し、謎の大型機動兵器スレードゲルミルを戦力としている事や、彼女らがメンデルに潜伏するオーブ艦隊と合流した情報は伝えられていなかった。
 ジブラルタルのザフト戦力の一部を壊滅させたのが、DCにおいてコードネーム“G”と呼ばれていた最強最悪の機動兵器である事もまた。もっとも、ビアンが一種の直感でそれらの出現により、世界に渦巻き始めた不穏な空気に気付いたようではあったが。

 シンはしばらく命令が無く、アスカ家に戻り、久しぶりにマユやステラ達と連れだって街に出かけていた途中オノゴロ島の街並みを見渡せる小高い丘の上に立つ家に足を向けた。
 シンが武術の手ほどきを受けている先生の家だ。オノゴロに居る時はマユも一緒に遊びに来た事もある。二階建ての家屋と、裏に小さいが道場を構えている。表札には十六夜とあった。
「先生いらっしゃいますか?」
 どことなく緊張した、そのくせ楽しそうな声でシンが玄関口で声を挙げた。周囲には風にそよぐ木立のざわめきや波の音が静かに満ちていて、自然と体に安らぎが満ちる、そんな雰囲気があった。
「なんつーか、気持ちの落ち着くところだな。ここ」
「ここの辺りだけ空気が違う、って感じだな」
「イザヨイさんの家っていつもこうなんだよ」
 上からアウルとスティングに、何度かイザヨイ邸に来た事のあるマユだ。具体的にどう違うのか、と言われれば首を捻ってしまうが、感覚的なものとして彼らは確かにイザヨイ邸の周囲がはっきりと違うと感じていた。
 いわば、空気が、いや世界そのものが澄みきっているというべきか。
 そういう、野生的な意味では一番感覚が鋭いステラなどはきょろきょろとあたりを見回してわけも無く笑みを浮かべていた。ひどく気に入ったらしい。
 その内、シンの声に応じる返事があり、ドアが開かれた。二十代半ばくらいの青年だ。爽やかな印象の黒髪黒眼の東洋系。シンやマユを認めると人懐っこい笑みで破顔して、家の中に招き入れた。
 イザヨイは茶を出そうとしてくれたが、シンがそれを辞してすぐさま道場で稽古をつけて欲しいと告げた。シンの右手には紫に染めた絹の竹刀袋に収めた阿修羅があった。
 イザヨイはシンの熱心さに呆れた様に微笑した。聞かん気の強かった坊主も、今は修行熱心な弟子に変わっていたのだ。
 小さいが静寂という言葉をそのまま雰囲気に変えたような道場に全員が移った。靴を脱ぐという風習にステラ達は少し戸惑った。
中に入ってからは壁に掛けられた木刀や竹刀、神棚に興味を惹かれもしたが、今は道場の中央で対峙するイザヨイとシンに注目を集め、胡坐をかいたり足を崩して見守っていた。
 二人が手に持つのは長さ90センチほどの瓜二つの木刀。共に名を阿修羅という。
 共に青眼に構え、鏡合わせの様に対峙する。シンは激情をその小さな体に秘めた戦士。イザヨイは凪いだ海、あるいは悠久の大空の様に揺るがない。対峙する二人を見るだけで二人の間に天地ほども開いた実力の差が理解できた。
 シンは阿修羅を握る手に力を込めた。イザヨイの体から立ち上る強大な、それでいて優しい力に、勝負が既に着いている事を全身が悟っていた。無限回戦おうとも無限回負けてしまうと。
 ――でも今はそれでいい。我武者羅に今は突っ込むだけさ。シンはすがすがしい笑みを浮かべて阿修羅を大上段に構えてイザヨイに突っ掛けた。
 頭頂に近づくほど純度が高まり、高次元の力を生みだすチャクラを、シンはまだ下位のものしか扱えない。それでも、細胞の一つ一つが穏やかに燃焼するような感覚は力強い。
 ダンと道場の床を踏みしめる音が響くよりも早くシンの阿修羅がイザヨイの頭部に振り下ろされる。
 振り下ろした切っ先はイザヨイの頭部を二つに割り、腹まで切り裂いた。
「前より腕を上げたな、シン」
「はい」
 いつの間にかシンの背後にいたイザヨイが、阿修羅を振り下ろしてシンの後頭部に一撃を見舞った。シンが切り裂いたのはその残像。
 シンとは比べ物にならない純粋化された念により体内の七つのチャクラ全てを旋回させ、螺旋の生む力が人間の限界と物理法則を凌駕した時、イザヨイはまさしく超人と化していた。
 そして、ゴンという音と共に、シンの頭に大きめのタンコブが出来た。マユはその光景に見慣れているらしく、いつの間にか救急箱片手に何時でも駆け寄れる姿勢になり、
スティングとアウルは並のコーディネイターを凌駕する自分達でさえも視認できなかったイザヨイの動きに目を見開いていた。
 ステラは、頭を押さえて痛みを必死にこらえるシンの頭を撫でて上げていた。
 その日一日、ステラ達は午後一杯、夕暮れまでシンの稽古に付きあった。
 彼らにカオシュンから撤退したザフトの救援任務が告げられるのはその稽古の帰り路の事であった。

 伊豆基地も陥落し、旧日本国も奪還した連合軍の部隊も、息を着く暇も無く敗走するザフトへの追撃部隊を編成していた。
 ゲヴェル隊にも追撃に出るよう指示が出され、補給や修理を終えるや否や再び出航となった。
 艦橋で、連日の戦闘に多少疲れが見えているレフィーナを、テツヤは気遣い休むよう促すが、レフィーナは穏やかな笑みを浮かべてやんわり断っていた。
「しかし、艦長」
「疲れているのはクルー全員が同じです。私だけ休むわけにはいきません。それよりも補給の搬入作業は?」
「……後二時間ほどで積み込みは終わるかと。我々はエスフェルと共同で任務に当たるようにと司令部からの通達です。微妙な距離ですね」
「DC、ですか?」
 レフィーナにとっても懸念材料だったようで、愁眉な眉を寄せて不安そうに呟いた。確かに現在ゲヴェルは、一戦艦クラスで考えれば連合の最高戦力と言えるほどの機体が配備されてはいる。
 だが、DCの保有する戦力の突出した戦闘能力に叶うとは到底思えない。艦長である自分がそれを表に出すわけにはいかないと思いつつも、その不安を胸中からぬぐう事はできずにいる。
「そう言えば、ジブラルタルから一機、機動兵器がこちらに回されたと聞きましたが、今はどうしていますか?」
「確かグランゾンという機体です。パイロットは開発者でもあるシュウ・シラカワ(愁 白河)博士ですが、今は私用で外出されているとか」
 手元のパネルを操作し、グランゾンのデータを照会するが、そこに記されているのはごく微細なものに過ぎなかった。
「MSとは全く違うコンセプトの機体ですね。ですが、これだけの機体を開発できる方が無名というのもおかしな話だと思いますけど」
「確かに。シラカワ博士も軍属というわけではないようですし、上層部の真意が読めませんね」
 突如命令書とともに姿を見せた紫の機体グランゾンを駆るシュウ・シラカワは、レフィーナ達への挨拶もそこそこに今はどこかに出かけているらしく、伊豆基地にその姿はなかった。
 端麗な美貌に秘めた妖しさが、人を魅了し惑わせる男は伊豆基地を離れて西新宿にある、古いせんべい屋を訪ねていた。古めかしい墨痕流麗な筆で描かれた看板には秋せんべい店と書いてあった。シュウという若者、せんべいが好きらしい?