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SRW-SEED_ビアンSEED氏_第32話

Last-modified: 2013-12-26 (木) 21:12:09

ビアンSEED32話 人生楽ありゃ苦もあるさ

 旧オーブ本島ヤラファス島。かつての、そして今も政治の中心地として機能し、DC総帥ビアン・ゾルダークを始め、旧五大氏族等の集中するオノゴロ島以上に価値の高い島だ。
 旧オーブ本国の防衛はオノゴロ島の戦力が引き受けているが、それでも戦争の只中にある情勢からか、時折パワードスーツやエムリオンなどの姿が見受けられる。
 六月の末に行われた連合との大規模戦闘から既に三か月が経ち、暦は十月の始まりに差し掛かっていた。
 赤道直下である事と、二十世紀末から問題視されていた温暖化現象により、一年を通して過剰に温暖な気候のオーブでは、この季節になっても国民の格好は涼しげだ。
 戦火を免れたヤラファス島にある小さな公園では、降り注ぐ黄金の陽光に噴水の水飛沫が煌き、宝石の飛沫が散っているかの様に美しい。
 青々と茂った枝は頬を撫でてゆく緩やかな風にさわさわと音を奏で、この国が戦争の只中にあるとは信じられぬ光景だ。
 キャンパスを抱えた画家が、陽気と公園で遊ぶ人々の笑い声に誘われて一枚絵画をものす気分になれば、その題名には『平和』や『日常』の言葉が使われるだろう。
 良く弾むボールを追いかける少年達。ベンチに腰かけて他愛無いおしゃべりに興ずる恋人たち。ベビーカーに乗せた我が子を愛しげに見つめる両親。飼い犬を始めとしたペット達と戯れる孫を見つめる祖父母……。
 およそ銃器の硝煙の匂いやビームが焦がしたイオン臭、焼け焦げばらばらに爆散した肉片や死にきれず呻き声を挙げる人間達が今も生まれている世界とは信じ難い。
 これを守るために戦争に身を投じる者達も多いだろう。そんな、平穏の絵画に紛れた異物が、一つ二つと数え、三つあった。

 白く塗られたベンチと二メートル近くまで水を噴き上げている噴水のある公園の一角に、それはあった。
 旧日本国の委任統治領――ようは植民地であった歴史から未だオーブでは日本語が準公用語として認定されている。
 その日本語で言うひらがなで『たこ』、漢字で『焼き』と赤い生地に黒字で書いてあった。
 四角形に組んだパイプにガスコンロと簾や派手に染めた布を飾り、ねじった鉢巻きを巻いた、デフォルメされたタコが子供の好きそうなけばけばしい色で描かれている。
 日本特有の食文化の一つ『たこ焼き屋』だ。小麦粉の焼けるじゅーじゅーと言う音と、鰹節やソースの香ばしい匂いが風に乗って公園を流れ、道行く人やベンチに腰を下ろす人達の食欲をそそる。
 たこ焼きを竹の皮を模したパックに詰めて店の前に置き、ひと箱八個入りの三〇〇アースダラーで販売しているようだ。
 分厚い鉄板にいくつもの丸い半球の窪みを穿ったたこ焼き用の鉄板には、上質の脂が専用の刷毛で塗られてよく熱を通し、注がれる水と特性の出汁で溶いた小麦粉と刻んだネギや大きくぶつ切りにしたたこが放り込まれてゆく。
 先端の鋭い銀色の錐で、程よく火が通り焼けたたこ焼きを、店の主がくるりくるりと手品の様にひっくり返し、ひょいひょいっとパックに詰め、締めに淀みない手さばきで刷毛でソースを塗って行き器用に指でつまんだ青海苔と鰹節をまぶして行く。
 店の主は、逞しい筋肉の筋が白い安物のシャツ越しにもくっきりと浮き上がる男で、頭には一本の頭髪も無い。
 鋭い刃物で削いだようにこけた頬に反してがっしりとした顔の骨格が目立ち、眉が無く鋭い目つきがあらわな両目と言い、かなりの強面だ。
 一度火がつけば簡単には収まりそうになく、また火が着くのも至って簡単そうだ。初見ではこの風貌を怖がられて客商売など出来そうにもない。
 だが、それでも店はそこそこに繁盛しているらしく、積み重ねられたたこ焼きは時間と共に減って行き、その度に主は新たなたこ焼きを顔色一つ変えずに焼いてゆく。
 ちょうど、十歳位の男の子と、六歳位の女の子が手をつないでたこ焼きを買いにきた。
 買い慣れているのか、主の強面の顔にもひるむ様子はない。
 男の子はよく弾む元気な声で言った。
「おじさん、ひとつちょうだい!」
「む? 妹の分はいらんのか」
 兄の手をつなぐ女の子はもじもじとしながら主の目線を受けていた。男の子は少し声の調子を落として理由を告げた。
「お小遣い使ってお金がないから……」
「そうか。それでは仕方がないな」
 うつむく兄妹二人を尻目に、店の主はひょいひょいと焼きたてのたこ焼きをパックに詰めて、爪楊枝を二本添えた。
 三百アースダラーを男の子の小さな手から受け取り、たこ焼きを落とさぬように気遣う男の子の様子に、心なし横一文字に引き締められた唇はほころんだようだった。
「あれ、おじさん。たこ焼きの数が多いよ? 1、2、……16個もある」
 これでは二つ分の量だ。
 目を丸くしている兄妹にそっぽを向けて、主は乱暴に言った。
「ふん! たこ焼きの数を決めるのは店の主であるおれの一存だ。16個入っていたならそれで一つなのだ。文句でもあるのか?」
「ううん! ありがとう」
「ありがとう」
 それまで口を閉ざしていた女の子も、喜ぶお兄ちゃんの笑顔につられてちょこんと主に頭を下げた。
 肩口で切りそろえられた茶色の髪が上下に動く様は見ていて微笑ましい。
 倍の量のたこ焼きが入ったパックを大事そうに持って、二人は公園の入り口で待っている両親の所へと歩き出した。
 その背に、店主の声が重なる。
「熱いからな、注意して食えよ! お前達野蛮な地球人と言ってもまだ子供、火傷しても知らんぞ!」
「あははは、おじさんだってちきゅーじんなのに変なの」
 店主の言葉に、軽やかな笑い声が答えた。やがて四つの影が見えなくなるまで見送っていた店主はぽつりと呟いた。
「地球人か。……生憎とおれはお前達下等な地球人とは違うのだ」
 その声は、言葉を裏切る色を刷いていた。少なくとも言葉ほどに下等とは思っていないと。
 昼の少し前ごろから開いていた店は、夕暮れに沈む街並みに子供や親子連れの落す影が家路に着く頃になると片づけをはじめ、ガスの火は落とされ、主は今日も売れ残りが出なかった事にいささかの誇りを抱いていた。
 視線を落とし、鉄板の掃除に取り掛かろうとしていた主は、近づく人の気配に気づき、ぶっきらぼうに言った。
「今日は店じまいだ。食いたければ明日来るのだな」
 言葉の調子も台詞も客商売には向いていない。しかも改める気がこれっぽっちも見えないのがはっきりと分かる声だ。
「お客じゃないよ。ちょいと様子を見に来たのさ、ヴィガジ」
 ヴィガジと呼ばれた主は、むっと片方の眉(毛はない)を吊り上げて顔をあげ、声の主とその傍らに立つ大きな人影を見た。
 二十代後半か三十路に入るか入らないかという程度の女性と、ヴィガジ同様に禿頭に逞しい体つきの巨漢の二人組だ。
 女性は青い髪を肩に掛かる少し上の辺りで切りそろえ、額にアクセサリーなのか水晶のような菱型のモノを飾っていた。
 やや険が強く吊り上がった眼からは気の強さが見て取れる。言いよってくる男には困らぬ程度に美人だが、意に沿わぬ男であったなら口説き文句が出た瞬間に一発お見舞いしそうだ。しかも平手では無く握り拳を鳩尾か顎先に叩き込むだろう。
 巨漢は、ヴィガジよりも一回り大きな筋肉の鎧を纏い、骨太の印象が強く肩幅も広い。首も腕も腰も太腿も太い。特に足など華奢な女性の胴ほどもありそうだ。
 ひどく落ち着いた雰囲気とこの体つき、この男が傍らに居れば世界一の美女が裸で治安最悪のスラムを一日中練り歩いても声をかける命知らずな男はおるまい。
 ヴィガジはふん、と一つ鼻を鳴らして客人を迎えた。
「アギーハにシカログか。何の用だ?」
 女がアギーハで、傍らの巨漢がシカログという。喫茶店『愛の巣』の店長とオーナーだ。
 寡黙なシカログがカウンターに着いてコーヒーを煎り、客を客とも思わぬアギーハの勝気な態度がそれぞれ固定客を作ってそれなりに繁盛している。
「何の用だ、は御挨拶だね? ちょっと近くまで寄ったもんだから顔を見に来てやったってのにさ」
「おれが頼んだわけではない」
「なにさ、その言い草。人の好意を無駄にするもんじゃないよ」
「…………」
「シカログまで同じ事を言うな! まあいい。どうせ店じまいだからな、茶くらいなら奢ってやろう」
「あ、たこ焼きもね。ダーリンとあたいの分」
「おれは今片づけようとしているのだがな? 見えんのか」
「だから、片付け終える前に焼きなよ」
「…………」
「……金は払えよ」
 結局ヴィガジが折れた。

 仕方なく片づけようとしていた機材を並べ直し、クーラーボックスの中の食材を引っ張り出し手早く用意を整えておく。
 その間にアギーハに小銭を渡して近くの自販機で好きなモノを買って来いと告げた。
「何だい、茶位なら奢ってやるって、自販機かい? ちゃっちいねえ。器が知れるね」
「金は出してやるのだ! 文句は言うな」
「はいはい。そんな大声を出さなくても聞こえるよ。男は必要以上に喋らない方が渋くて味があるんだよ。それじゃあんた女に縁がないまま一生を終えるよ。ね? ダーリン」
「…………」
(貴様らのノロケなぞ犬にでも食われてしまえ!)
 こめかみに青筋を浮かべ、ヴィガジは鉄板に油を引いた。
 ヴィガジのたこ焼き屋の前のベンチにアギーハとシカログは密着して腰掛け、缶ジュースを口にしていた。
「しかし、あれだね。あんたの手つきも慣れてきたもんだね。最初はあんたがそれ作ってるのを見た時は二重の意味で笑ったもんだけど」
「……二重の意味とは何だ?」
「そりゃあ……ねえ?」
 とアギーハは遠慮しているようで全く遠慮していない目線をじろじろとヴィガジのつるっとした頭頂に向け、かるく吹いた。
「だってその頭でたこ焼きって……ぷ」
「笑うな!! これは禿げているのではない! 剃っているのだ! 第一、髪型はシカログとて同じだろうが!!」
「あたいのダーリンとあんたを同列に扱うんじゃないよ! あんたとダーリンじゃカテゴリーは同じでも格が違うってもんさ!」
「何がどう違うというのだ!!」
「あんたがミドリガエルならダーリンはトノサマガエルさ! あんたがドロイカならダーリンはドルーキン! あんたがメギロートならダーリンはヘルモーズ! あんたがバイオロイド兵ならダーリンはゾヴォーグの戦闘指揮官位の違いだよ! ふん!」
 立て板に水を流したようなけたたましいアギーハの口上に、首から上をあっという間に真っ赤にしてヴィガジは何とか反論しようと脳みそをフル回転させるがあまりにも怒りの感情が強すぎる為に言葉にならない。
「こ、ここここの……!」
「なんだい、今度は頭のてっぺんまで赤くして、そんなにたこ焼き売るのが好きならペンキで全身赤くして口尖らして墨でも吹いたらどうだい? さぞや受けるだろうさ! タコがたこ焼き売ってるってね!!」
「おおお、お前は、今日と言う今日は!!」
「なんだい、やるってのかい!」
 売り言葉に買い言葉のオンパレードは両者の激昂しやすい性格とあいまって互いに油、というかニトログリセリンを注ぎ合いあっという間に爆発までのカウントダウンを始めていた。
 幸いにして、そのニトロの暴発を防ぎうる人物がいた。ぬっと立ちあがったシカログがアギーハの肩に優しく手を置いて制止し、一方で飛びかからんとしていたヴィガジの顔面をぐわっと掴み止めてそのまま吊上げたのである。
「ぐおお!? し、シカログ止めるな!? というか離せ! ほ、骨が、骨が軋む!?」
 ジタバタと両足を動かし、ヴィガジは自分の顔面を捉えるシカログの両腕を何とか搬送と奮闘するも、石でできているかの様に頑健なシカログの腕はぴくりともしない。
 シカログの視線は顔を挙げたアギーハのそれと絡みあい、互いの意思を伝え合う。
「…………」
「しか、ログ、ミシミシと何かおれの骨が……」
「ダーリン……。分ったよ」
「……ぬ、おお。ひ、光が見え……」
「悪かったよ。ヴィガジ、あたいが言い過ぎた」
 頭部にシカログの指がくっきりとめり込んでいるヴィガジは、シカログの言葉で反省したらしいアギーハの謝罪の言葉を聞く事は出来なかった。だらりと下がった腕と地面を離れた足が時折痙攣している。
 流石にやり過ぎたと思ったのか、シカログが即座に手を離し、地面に崩れ落ちたヴィガジはその衝撃で目を覚ましたのか脂汗を掻きながら腕を着いて上半身を起こした。
「ちょっと聞いているのかいヴィガジ! 折角人が殊勝な態度を取ってみれば!」
「お、おれを責めるのか!? 危うく死にかけたのだぞ!」
「はん! その位でおっ死ぬようならゾヴォーグの戦闘指揮官になれたのはまぐれだね」
「貴様、アギーハ! 先程から黙っておれば好き放題言いおって! いい加減に」
「…………」
 流石にこのループでは話が進まないと思ったのか、シカログが二人の間に割り込み、落ち着くように彼自身淡々とした口調で話した。 
 沈黙の様に聞こえる、というか読めるが彼の会話は『……』以外基本的にあり得ないのだから仕方ない。
 アギーハとヴィガジもこの口論の繰り返しである事に気付き、互いに不完全燃焼気味ではあるが、一応口を閉ざして気分を落ち着ける。

 ヴィガジのたこ焼きの残りをひょいひょいと口に放り込み、ずっと手に握っていた缶ジュースの中身を煽って、アギーハはようやく気分を落ち着けた。
「ふう。まあ、あんな話をしに来たわけじゃないからね。本題に入ろうか」
「最初からそうしていればよかったのだ」
「何か言ったかい? ヴィガジ」
「いや、空耳だろう」
 ぎろりという言葉が背後に出ていそうなアギーハの視線から顔を逸らし、ヴィガジは素知らぬ顔で高い空を見上げた。
 水平線にゆっくりと降りはじめた太陽が橙色と緋色の混った色で空を染めつつあった。
 ヴィガジの視界の端から端を、暮れなずむ夕日の色に照らされた雲がゆっくりと流れてゆく。
「まあ、いいけどね。ここん所DCとザフト、連合の連中の動きがキナ臭くなってきただろう? でっかい戦いはこれからは宇宙でやるんだろうけどさ、文明監察官としてはこのまま現状調査の続行でいいのかってね」
「ウェンドロ様のお姿も無く、我々の拠点も無い現状では武力介入は厳しい事だな」
「あんたの言う通りさ。あたいのシルベルヴィントにダーリンのドルーキン、あんたのガルガウだってありゃしない。悔しいけどネビーイームとムーンクレイドルで地球人の連中にやられちまって以来だろ?」
「まあ、そうだがな」
 かつて彼らの騎乗した強力な機動兵器達の名を挙げられるに従い、なぜかヴィガジは気まずそうに顔をしかめる。隠し事でもしているかような様子だ。
 歯切れの悪いヴィガジの返答に、アギーハは形の良い眉を寄せるが、気にせず話を続けた。
「まったく、ゾヴォーグの文明監察官が雁首そろえて何もできないなんて笑い話にもなりゃしない。ヴィガジ、あんた屋台を置いている倉庫にガルガウを隠してある、位言わないのかい?」
「それは貴様らとて同じだろう。店の地下にシルベルヴィントとドルーキンを置いてはいないのか? それらとガルガウがあればこの世界程度の機動兵器ならば百や二百造作も無くひねりつぶせる」
「…………」
「そうよねえ、ダーリン。機体があったにせよ、補給の当てを付けなきゃ行動のしようも無いのよね。他に戦力も無いし。バイオロイド共の製造データでもあれば別だけどさ。
 実質戦力は手元にないし、日々の生活でも厳しいってもんだよ。最近は戦争の影響で良い豆が入ってこないし、食料品や嗜好品なんかはその内配給制になるんじゃないのかい?」
「おれの知った事か、と言いたい所だがな。小麦粉は買い溜めして置いた奴があるからいいが、切れれば次からは質を落とさねばなるまい。味が落ちてしまっては折角ついた客が離れてしまうわ! まったく地球人というものはどこの世界でも野蛮な事だ」
「ウチも商売が折角軌道に乗ってきたってのに。ダーリンが淹れてくれるコーヒーなんか看板商品になっているくらいなのに、良い豆が入ってこないんじゃねえ」
「…………」
「え? 商品の質の低下は腕で補うって? やっぱりダーリンは言う事がヴィガジとは違うね。流石はあたいのシカログだよ」
 けっきょくお前らはおれの前でいちゃつきたいだけなのか、と言いたくなるのを堪え、ヴィガジは大きく溜息をついた。
 口ほどにアギーハがゾヴォークとしての任務を重要視していないように思えたからだ。まあ、最近の流通している食料品やら生活用品やらの状況が先に頭に浮かぶのはヴィガジも同じなのであまり強くは言えないのだけれども。
 この三人ははっきりと言ってしまえば地球人ではない。ビアンやマイヤー、バンと同じ新西暦世界からやってきた死人である。
 彼らはビアンの死後地球に武力介入を本格的に始めたゾヴォークという、星間国家の派遣した監査官達だ。
 ヴィガジが名を挙げたウェンドロと言う少年を総司令に置き、ヴィガジ、アギーハ、シカログ。それに今はここに居ないメキボスを加えてわずか五人とバイオロイドという人造の兵士で地球への干渉を行い、一時期は成宙権と北米などを中心に地球の大部分を制圧して見せた。
 だが、そんな彼等もビアンとマイヤーを打ち破ったヒリュウ・ハガネ隊の奮戦により敗色を濃いものへと変え、遂には打ち破られた事でこうして今CE世界に来ている。機体を失い、今はこうしてまあ、たこ焼きを焼いたり喫茶店を経営したりしているのだが。
 生前(?)を顧みればいささか情けない現状だろう。まあ、ヴィガジの様に妙に馴染んでいたりするから案外天職なのかも知れないけれど。

 ヴィガジはしみじみと嘆息した。月に建造された人工冬眠施設での戦いから目覚めてみれば歴史が大いに異なる『地球』ときたものだ。 空間転移ならばゾヴォークでも確立された技術ではあるが、あいにくと次元転移となればまったくもってどうしようもない。
 第一ヴィガジはマシンに乗って敵対文明や監査対象を蹴散らす事の方が得意で、あれこれと知略を練るのは総司令官であるウェンドロまかせだったのだ。まさか、このまま一生たこ焼きを焼いて生きるわけにもゆくまい。
 アギーハとシカログはなんだか楽しんでいるようだが……。ヴィガジは改めて溜息を着いて空を見上げた。目に痛いほどに鮮やかな緋色の空だった。その美しさがヴィガジの心をかき乱す。
 少し、この生活を長く続け過ぎたかも知れない、と。

 場所は飛んでコロニー・メンデル。ラクス率いるクライン派の艦隊を吸収し勢力を増したオーブ艦隊は、マルキオの仲介によるジャンク屋の協力などもあって小規模な生産施設を有するまでに至った。
 現在は、プラントの通商破壊を行っている連合部隊への襲撃、定期的に巡回している連合艦隊との戦闘などが主な行動である。
 地球連合VSザフト・DCの戦力比をそうそう覆せるほどの戦力はないが、プラントの市民への食糧供給の命綱である通商航路を守る事に声を大にして反対する声は上げられなかった。
 ちなみに、そのさいに可能な限り連合製MSは修理用パーツないしは使用できるように損傷の少ないようにし、自軍の戦力として再利用している。こう言う地道な作業が、何時か実を結ぶのだ。
 アラスカ以来不殺を貫くキラのみならず、アスラン、ディアッカ、ニコル、ムウ、ウォーダン、カーウァイ、ククル、オウカといったエースクラス達も自分達の台所事情を知っている為可能な限りこれを遵守した。
 ウォーダンの場合スレードゲルミルの戦闘能力と機体サイズが大きすぎるため面倒な注文ではあったが、彼の卓越した技量ならば不可能な話では無かった。
 大きく戦況が動くまでひたすら雌伏の時を過ごす事は彼らにとって少なくない重圧と不安を与えていたが、それでも行動を移して三カ月程度しか経過していないから、そうそうクルー達同士でいざこざが起きていないのがまだ救いだろう。
 そんな中、キラは……
「は、はあっ、……し、死ぬ……」
「どうした? まだ、三セット、残って……いるぞ」
 格納庫の片隅に設けられたシミュレーターで、奇人変人超人の巣窟であった特殊戦技教導隊の総元締めであるカーウァイに徹底的に扱かれていた。
 もともと軍人として屈強に鍛え抜かれていたカーウァイが、異星人の技術によってサイボーグとして強化されているのだ。いかにスーパーコーディネイターといえども身体能力で勝ち目はない。
 シミュレーターではジンやストライクダガー、M1といった特にこれと言って目を見張る所の無い『特徴の無いのが特徴』なMSを主に使用している。これは機体の性能に戦闘能力を大きく依存するキラのパイロット特性を考慮した為だ。
 キラの場合、機動兵器の操縦に関するレクチャーなどマニュアルと開発関係者であるマリューや整備のマードックから聞いた話くらいで残りはすべて実戦で学んだ事と尋常では無い反応速度や強烈なGにも耐える強靭な肉体辺りがパイロットとしての特徴だ。
 反応速度に関しては実質オーブ艦隊において最速を誇る超人レベルの化け物だが、実戦経験にのみ突出した歪な経験が、キラにMS戦闘における基礎的な技術を築く余裕を与えず、戦闘能力を機体に依存するという癖を植え付けてしまった。
 パーソナルトルーパーとモビルスーツとでは運用法も厳密には異なるにせよ、人型機動兵器である事は変わらないだろうから、経験値においてはカーウァイに勝るものはこの陣営にはいない。
 最も基本的な行動パターンの組み立てを行った特殊戦技教導隊出身にして、どこまでも基本に忠実なカーウァイは、基礎をほとんど実戦でしか学んでいない異端な存在であるキラに、操縦技術の骨格となる者を学ばせるために最も適した人材だった。
 元々モヤシであったキラだ。サイボーグ化した事により人間の限界を超えた耐久性と体力を誇るカーウァイの、百機抜きのシミュレーション訓練に今にも死にそうになって、シミュレーターの椅子でへばっていた。
 これはMAのパイロットとしては超一級だが、MSパイロットとしてはアマチュアのムウ、アサギ、ジュリ、マユラ達を始めとしたオーブ系のパイロット達も同じで、並べられたシミュレーターの中で魂を口からはみ出している。

「た、大佐。す、少し休憩を……」
「……五分、休憩、だ。エルザムや、ゼンガーなら、この程度どうと言う事も無かったが……」
 比べる相手が悪いというべきだろう。
 いわばMSパイロットのアマチュア組はカーウァイが一挙に引き受け、ザフト系の多少なりとも経験のある連中は、あらゆる能力が高い次元で整ったオウカと、DCが繰り出してくるであろうスーパーロボットとの戦闘を想定し、ウォーダンとククルが相手をしている。
 オウカはともかく、後者二人――ウォーダンとククルの相手をする際には実機を用いるため、訓練を終えた後のパイロット達は、何年分かの寿命が縮まった思いをするのだった。
 ナチュラル達は主に戦闘経験と能力の不足という問題があり、反面ザフト系というよりはコーディネイターのパイロットの特徴的短所として言われるのが、連携行動の軽視と個人の単独行動の多発傾向である。
 努力さえすれば高い能力を発揮することを約束された彼らコーディネイターは、密に連携などの訓練を行わずともある程度のレベルで連携を取る事が出来、また戦争初戦での物量に勝る連合への圧倒的な勝利の美酒に酔ってしまった事もあり、MS運用に関して一日の長がありながら、さまざまなパターンを構築できずにいる。
 MAと連合の油断を相手にしての勝利が、明晰な筈のコーディネイターの頭脳を傲慢と驕りで鈍らせてしまったためだ。
 互いにMSという兵器を手にした今、国家・軍事組織として歴史と豊富な人的資材という骨太な骨格を有する地球各国は有効な運用法を構築し、ザフトのMSを苦しめる事だろう。
 こういった連携などの運用にはカーウァイ含めウォーダンも講師として活躍している。つまるところメンデルではコーディネイターだろうがナチュラルだろうがMSに乗る以上は基本的に毎日死の一歩手前というわけである。
 実戦に勝る訓練なしという言葉があるが、メンデルでは訓練は実戦と限りなく等しい言葉のようだった。
 カーウァイとの百番勝負を五十一番でリタイアしたキラは自室のベッドに倒れ込むやあっという間に睡魔の腕に抱かれた。オーブに残っている両親の事、双子の姉弟だというカガリとの事、これからの事。
 考える事はいくらでもあるのに、疲れ切った肉体はなによりも睡眠を優先させ、キラから考える力を奪っている。アスランやムウ、ニコル達も基本的に同じで、パイロット連中で元気なのはカーウァイやウォーダン、ククルにオウカ位だ。
 カガリは時折メンデルにも顔を出すが、今も精力的に宇宙を飛び回って協力者たちを見つけるのに奔走しており、モニター越しにも見るその顔はやつれているようにも見えたが、眼は眩しいほどに輝き、彼女が今大きな成長期に居るのがキラにも見て取れた。
 連絡を入れると必ずアスランと二人きりで話しているのは、ま、カガリも女性という事だろう。応じるアスランも毎度ドギマギしているのがキラにはおかしくて仕方ない。いい加減慣れても良さそうなものだが。
 親友は、女性の扱いが苦手なようだ。カガリを女性らしいとは評価し難いが。
「そういえば、フレイはどうしたのかな……」
 赤い髪の少女の顔がキラの脳裏をかすめた。その顔は、いつも悲しそうだった。笑顔を思い浮かべる事もある。けれどその笑顔はすぐに、父親を失った時のあの涙をこぼす顔に取って代わられる。
 フレイ・アルスター。父を失い、コーディネイターを憎んで同じコーディネイターであるキラに殺させようとした哀しい少女。戦いに傷ついたキラの心を偽りの笑顔と言葉で癒し、互いの傷をなめ合っていた二人。
 けれど、いつしかキラはその関係の歪みに気付き、フレイもまたいつしか優しくあり続けるキラに惹かれていった――。
 フレイとはオーブでアスランと相討ちになって以来会っていない。マリューやムウの話ではアラスカでナタルと配属は異なるが、アークエンジェルを降りたという。フレイはもともと大西洋連邦の高官の息女だ。
 戦火を避けるために中立のオーブの持つコロニー・ヘリオポリスに身を寄せていたが、蔑ろにされる事はないだろう。頭ではそう思い、納得させようとするが心がそれでは静まらない。
 キラにとってフレイは様々な意味で、忘れてはならない少女なのだから。
「フレ、イ……」
 眠りの暗黒に落ちる寸前、一度だけフレイの名を呼んだ。瞼の裏に浮かんだ彼女の顔は、やはり悲しげだった。

 しかし眠りの暗黒は、優しく穏やかな白い光にとって変わられた。
 キラはまるで水中の中に浮かんでいるような浮遊感の中で、穏やかな気持ちのままゆっくりと瞼を開いた。
 なぜか、不安や焦りといった感情は胸には湧かない。
(キラ、キラ……)
「誰? 僕を呼んでいるの」
 静かな声がキラを呼んだ。キラとそう変わらない少年の声だった。風の無い湖面のように静かな声だった。けれどその水底に暖かい情を感じる事がキラには出来た。
「君は、僕を知っているの? 僕も……君を知っている?」
 声の主が目の前に立つ気配を感じた。キラの視界の先に銀色の髪をした少年らしい人影が映る。なぜか、口元から額に至るまでは漆黒の影に覆われて窺い知る事は出来ない。
 人影は淡く微笑したようだった。いつかどこかで――そんな気持ちがキラの胸に新たに湧き起る。そう、自分はこの少年を知っているのだと。
(絆、というものかな)
「絆?」
(お前ではないお前とおれと仲間達の間に結ばれた絆は因果の壁をも超えるのかもしれないな)
「君は、何を……?」
(……キラ、今お前達の世界にはあるべきではない異物が無数に存在している。だがそれ自体はさしたる問題ではないのだ。なぜならそれもまた多種多様な分岐こそが、生命の進化である様に、世界そのものもまた自身の変革を望んでいるからだ)
 少年はキラが理解していない事を悟りながら、それでも言葉を続けて行く。分からなくてもいい。こうして話すという行為にこそ意味があるのだろう。
(おれがお前達の世界に飛ぶにはまだ因子が足りない。だがタイムダイバーの辿る時空を超える因果の糸は既に絡みあい、いずれ見える日は来るだろう。その時までお前達の力で世界を守ってくれ。おれもいずれ行く)
「世界を守る。……それは言われるまでもないけれど、でも君が言っているのはナチュラルとコーディネイターの争いだけじゃないんだね?」
(そうだ。だが、今世界に起きている争乱を止めるのは世界に属するお前達でなければならない。今だ飛ぶ事の出来ないおれにはこれ位しかできないが……受け取れ)
「!? これは」
 少年が差し伸べた手をおそるおそるキラは握った。細く長い、男のものとは思えぬ華奢な指だった。そしてその指と触れあった瞬間、キラの脳裏、いや魂に流れ込むモノがあった。
 それは、ストライクを駆って映画に出てくるモンスターの様な機械と戦う自分。万里の長城ほどもある巨大な龍に見知らぬロボット達と挑む自分。宇宙の暗黒を覆い尽くす億を超える破滅に挑む自分。
 世界の破滅を願い、哄笑する男にフリーダムを駆って挑む自分。一万二千年の未来でまつろわぬ悪霊を纏い宇宙の全ての支配を望む霊なる帝王との戦いに、宇宙の希望と生命を背負い、仲間と共に挑む自分。
「――君は、君は、クォヴ……」
(キラ、目覚めた時お前はこの記憶を忘れるだろう。だが、それでもおれ達は仲間だ。それだけは絶対に忘れない。お前達が忘れていても、おれの魂は覚え続ける。たとえおれという存在が消え去っても。
ゼオラやアラド、そしてαナンバーズの仲間であるお前達がおれを“人間”にしてくれたのだから)
 少年は背後から差し込む光を振り返り、動けぬキラを尻目に光の中へと消えていった。最後に、はっきりと口元に浮かべた微笑みをキラに残して。

 キラを始めとしたオーブ艦隊の主だったパイロット達が不可思議な夢を見ていた頃、警戒ラインのシフトを担当していたオウカは、予期せぬ敵と戦う羽目に陥っていた。
 メンデルへのルートは巧妙に隠してはいるが、位置からしてメンデルの位置が割れるのはそう遠い話ではないだろう。
 問題は、すでに交戦に入ってから十分。とっくに敵が友軍に連絡を入れている事だろう。今さら撃墜しても手遅れだという事だ。そして、出会った敵の戦闘能力の高さにも、オウカは手をこまねいていた。
 オウカのパイロットとしての能力と、CE技術による大改修を受けているとはいえラピエサージュの組み合わせはキラとフリーダムの組み合わせ以上に脅威的と言っていい。そのオウカが苦戦していた。
 デブリの多く浮かぶ地帯で、残留するNジャマーとの影響もあいまってレーダーは碌に役に立たない。オーブ軍のパイロットスーツに身を包んだオウカは、出会った敵の姿に凛々しい瞳を細めた。
「フリーダム! 既に量産体制に入ったのですね」
 そう、オウカと互いに予期せぬ交戦に入ったのはキラの愛機フリーダムであった。もともとザフトの開発した機体だ。量産されていてもおかしくはないが、まさかそれとこうして勝ち合うとは。
 希少な核動力機だ。その動力の秘密と秘密がもたらす高い戦闘能力をいたずらに連合側に知られたくない為にこうして、連合の手が薄い宙域を選んだのだろうが……
「お互いに不運という事かしら?」
 EモードのO.Oランチャーから放たれた光の矢は、岩塊を消し飛ばしながらフリーダムに迫る。プラズマジェネレーターの生むエネルギーはフリーダム・ジャスティスに使用される核分裂炉をはるかに上回る。
 現行の技術で施された対ビームコーティングなど無力に等しい。フリーダムは青い六枚の翼を広げ、オウカの一撃を回避し腰のクスフィアスレールガンでラピエサージュの前方にあった岩塊を砕き、砕けた岩が雨あられと漆黒の装甲に降り注ぐ。
 間接的な攻撃を回避し、オウカは左手の四連マシンキャノンで牽制の弾幕を張った。元々は五連装だったが、砲門の数が多いと射撃の際のブレが大きくなり装弾数も少なくなる為、一つ砲身を減らしている。
 フリーダムのPS装甲ならば受けても問題の無い攻撃だが、フリーダムのパイロットはそれを嫌って機体を捩じるだけで回避し、ルプスビームライフルを立て続けにはなって返礼とする。
 ビームライフルといえども、320mm超高速インパルス砲“アグニ”に匹敵する破壊力だ。CE製のMSとしては桁外れの火力だ。ラピエサージュの近くを掠めてゆく光を横目に、オウカは早く決着をつけねば、とわずかに豊かな胸の内を焦がした。
「機体の性能ならラピエサージュの方が上。私が機体の性能を引き出せれば!」
 一方でフリーダムのパイロットも、ラピエサージュの戦闘能力の高さとパイロットの腕前に舌を巻く思いだった。機動兵器での戦闘にかなり長けている。幼い頃から相当の、いや尋常ではない訓練を受けているのだろう。
「報告にあったオーブを脱出した艦隊の兵器か。DC製――ビアン・ゾルダーク博士が造られたのならば、あれだけの性能も納得が行くが……。だが、ここで落ちるわけには行かない。おれと出会った不幸を呪うがいい!!」
 フリーダムのパイロット、ライディース・V・ブランシュタインは、オウカ・ナギサの駆るラピエサージュへ五色の砲撃を浴びせかけた。

 キラ・ヤマト、アスラン・ザラ、ラクス・クライン、カガリ・ユラ・アスハ、ムウ・ラ・フラガ、イザーク・ジュール、ディアッカ・エルスマン、アサギ・コードウェル、ジュリ・ウー・ニェン、マユラ・ラバッツに
第三次スーパーロボット大戦αでの戦闘経験がちょっぴり与えられました。