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SRW-SEED_ビアンSEED氏_第34話

Last-modified: 2013-12-26 (木) 21:16:38

第34話 刃折れて 前編

 人の英知がいまだ辿り着かぬ無限の宇宙に浮かぶ青い星。
 広大な宇宙の中では砂粒の取るに足らぬちっぽけな星だが、そこに住む生命にとっては唯一無二のもの。
 地球を離れ自らの世界を築き上げた新人類コーディネイターの国家“プラント”と、コーディネイター絶滅主義を掲げるブルーコスモスに牛耳られたナチュラル主導の国家群“地球連合”の戦いは、CE71年が終わりに差し迫った今でも続いていた。
 6月に起きたオーブ政権転覆及びディバイン・クルセイダーズの台頭以降、プラントの自衛組織ザフトは地上戦力の宇宙への引き上げを行い、MSの実戦配備が本格的に軌道に乗った連合もまた宇宙戦力の強化を行っている。
 そんな中、プラントで極秘に開発されていた核動力機フリーダム、次いでジャスティス、専用の運用母艦であるエターナルの強奪が起き、プラントはザフトの精鋭部隊と同盟関係にあるDCの部隊による討伐艦隊を編成する。
 この動きを知る由もない地球連合であったが、アークエンジェル級三番艦ゲヴェル、二番艦ドミニオンを核とする艦隊が、ブルーコスモス盟主ムルタ・アズラエルの要請により編成され、連合を脱走したアークエンジェル討伐の任についていた。
 そして、その中には“タイム・ダイバー”イングラム・プリスケンの率いるWRXチームの姿もあった。
 今回のアークエンジェル討伐艦隊の主だったメンバーが、ドミニオンに集められていた。
 艦隊の司令はゲヴェル艦長レフィーナ・エンフィールド中佐であったが、実質的に指揮権を握るムルタ・アズラエルの乗艦がドミニオンであった為、彼の一言でドミニオンへの集合が決定したのだ。
 MS隊隊長カイ・キタムラ少佐、ゲヴェル艦長レフィーナ・エンフィールド中佐、ゲヴェル副長テツヤ・オノデラ大尉、WRXチーム隊長イングラム・プリスケン少佐、ドミニオン艦長ナタル・バジルール少佐を前に、品の良いスーツに身を包んだブルーコスモスの盟主は機嫌良さげに口を開いた。

「皆さん、これから僕達はL4にあるコロニー群を目指してもらいます。標的は、そこに居るアークエンジェルと、その搭載MSです」
「あの、アズラエル理事」
「はい、なんですか? レフィーナ艦長」

 アークエンジェル討伐に関しては前もって聞かされていたが、その所在まではまだ分からなかった筈だ。
 それが、軍属ではないアズラエルの口からなんでもないように出て来た事に、レフィーナは不信そうな顔をする。

「理事の言葉を疑うわけではありませんが、その情報はどこから? アークエンジェルはオーブ艦隊と行動を共にしています、彼らを相手にする以上我々も相当の戦力と覚悟を要します。情報が確実であるという保証がなければ、無駄足になってしまいます」
「んー、あなたの心配もごもっとも。僕としても色々と投資させてもらったこの艦隊に、一文の得にもならない事をさせるつもりはありませン。僕の情報は確かです。コレ、ザフトから提供された情報なんですけどネ」
「ザフトの?」

 この場に居たアズラエルとイングラム以外の全員の顔が疑惑の色を増す。
 自分達が戦っている相手と、まるで気安い調子で情報のやり取りをしているかの様なアズラエルの言葉が、余計に反発を抱かせる。

「では、余計にその情報を鵜呑みにするわけにはいかないのでは?」
「エンフィールド中佐の仰る通りです、アズラエル理事。プラントからの情報ならば何かの罠では? その可能性も否定できません」

 ナタルとレフィーナの反論は、しかしアズラエルにはさしたる効果も無かった。やれやれといった調子で肩を竦めて溜息をつく始末だ。

「そこは大丈夫ですヨ。プラントにもいろいろとあるんですよ。ビジネスの世界も軍事の世界も色々あるようにネ。その協力者は前から僕らに有益な情報を教えてくれていましてね。ここだけの話ザフトのアラスカ侵攻も彼からの情報で分かったんですよ」
「! アラスカの事を」
「ええ。ま、コーディネイター共の中にも僕らの役に立とうって言う少しは見所のある奴もいるって所ですか。さて、もう少しサービスして今回の目的をお教えしましょうか。
 現在ザフトはジャスティスとフリーダムというMSを目標に、三隻のナスカ級をL4コロニー群に向かわせています。僕としてはソイツらよりも早くその二機を手に入れたいんですヨ」

「ザフトの新型、ですか? ですが、これだけの規模の艦隊を編成する価値があると?」
「艦長さんの気にしている事は分りますよ。単に艦を動かすだけでも、維持するだけでもお金はかかりますしね。そのお金があれば、今ひもじい思いをしている地球の皆さんの命をどれだけ救えるかと、僕も時折悩みますので」
「……死の商人が、白々しい事を」
「キタムラ少佐」
「……すまん、イングラム。ここで言っても仕方の無い事か。“仕方がない”、嫌な言葉だな」
「お気持ちはわかります」

 道化じみたアズラエルの言葉に、地球に妻子を残すカイが怒りに震える。かろうじて声を小さくする事は出来たが、目線はかなり険しい。
 傍らのイングラムがその様子に気付いて宥め、アズラエルの言葉の続きを待った。

「さて、では地球で飢えに襲われ、夜の寒空に凍える人々がいるのはどうしてでしょうカ? そう、すべては宇宙の化け物共が落としていったニュートロン・ジャマーの所為です。あれの所為で原子炉の火は絶え、地球のライフラインは壊滅です。
 コーディネイターどもはユニウス・セブンで死んだ自分達のお仲間の死を盛んに口にしますが、奴らの所為で地球ではどれだけの死人が出たと思っているんでしょうね? 
 ユニウスではたかだか二十万だか、三十万死んだ程度ですが、こっちは十億人です。十億。しかも今もこの数字は増え続けているのです。奴らにはその十億の命への責任を果たしてもらわないといけません。
 さて、少し話が脱線してしまいましたが、僕はジャスティスとフリーダムの二機が、今の地球の情勢に光明を射す存在だと思っているんですヨ」
「MSが?」
「……アズラエル理事、もしや、その二機。核動力で動いていると?」
「ええ。流石はプリスケン少佐。僕が見込んだだけの事はありますね。良い推理です。僕の方でもプラントの協力者に確認してみましたが、この二機は核動力で動いています。DCの核融合炉とは違い、核分裂でね。この意味、分かりますよネ?」

 アズラエルの言葉の意味する所は非常に重要だ。DCがMSに装備させ、また中立国家に輸出している核融合炉は、現在地球連合の手元にはなく、また機動兵器に搭載できるほどに小型化する技術も確立されていない。
 仮に入手する事に成功しても実用化するにはいくつもの壁があるだろう。だが、核融合以外での核動力――核分裂が可能な機体となると、また話は別の意味を持つ。それは、つまりニュートロン・ジャマーを無力化する事が出来ると言う事なのだから。

「NJを無効化するシステムが搭載されているとして、それを手に入れられれば、今は沈黙している原子力発電などの施設も稼働できるようになり、地上の困窮はわずかな時間で解決されるでしょう。
 そして回復した生産力にモノを言わせれば、いまのザフトを叩き潰すなど造作もない。僕らナチュラルが本気になればコーディネイターなど敵ではないと証明できます。
 これで僕がこの二機に固執する理由がお分りいただけましたか? 民間人を守るのが軍人さんの役目なんですから、NJを無効化できるこの装置を手に入れればその役目も多いに果たせるというものでしょう? さ、皆さん、気合いを入れてくださいヨ? 場合によっては、今回の作戦で一気に戦争が終わりに近づくんですからね」
「……分りました」

 アズラエルのいちいち芝居がかった言葉の調子に、どうしても不快感をぬぐいきれないレフィーナが、それでも了解の返事をした事にアズラエルは満足したのか、子供の様に首を縦に振って頷いた。

「そうですか、それなら良いのです。では、皆さんお仕事に戻ってください。ああ、プリスケン少佐は少し残ってくださいね。お話がありますのでネ?」
「……」

 イングラムとアズラエル以外の二人が訝しげな表情を浮かべて退室する中、当のイングラムだけは無表情の仮面を被ったまま、自分を見つめるアズラエルの瞳をまっすぐに見つめていた。
 室内に二人だけが残されてから、アズラエルの方から口を開く。

「どうです? 君に任せたWRXチームは?」
「おれが選んだ人材だ。実戦はこれからだが、結果は出すだろう」
「そうでないと僕も困りますよ。ラズロ・ファーエデン参謀幕僚長の娘であるムジカ・ファーエデンにグレン・ドーキンス。どちらも無視できない問題の持ち主なんですからね。
 ムジカ・ファーエデンの方は祖父と父親の事以外は看過しても構いませんが、グレン・ドーキンス、彼は自覚がないだけ忌々しい存在である事には変わりはない。それを君の口利きでわざわざ最新鋭のMSまで与えているんだ。いいですか、結果を出さないようならすぐにでも処分したいんですよ、こっちはね」
「理事の期待に応えるようにはしている」

 語気を強く荒いものに変えるアズラエルに向けるイングラムの瞳は、凍りの冷たさを保っていた。アズラエルの言葉など意に介していないのかもしれない。あくまで淡々と当たり障りの無い言葉を選ぶイングラムの様子に、アズラエルは苛立ちを募らせていた。

「口だけなら何とでも。まあ、君の開発したRシリーズのノウハウはとても興味深いものですし、ストライクダガーや後継機の開発にも役立ってくれていますから多少の事は大目に見ましょう。
 ですが、これだけは忘れないでくださいよ。実際に戦場で戦っているのは君ら兵士かもしれないが、戦争ってのはもっと上の目線で考えている人達がいるんですよ。君らはその連中にとっては駒でしかない。下手な考えを持ち、疎まれて捨てられないようにするんですね」
「肝に銘じておこう」
「なら結構。それとWRX――Real Robot X−type。期待していますよ?」
 
 アズラエルが退室し、間もなくそれに続いたイングラムがドミニオンの中を歩いていると、アズラエルが釘を刺したムジカが待っていた。
 ムジカは、年齢の割には幼さの残る快活そうな顔に、流麗なラインを描く華奢な体つきをしている。今は士官候補生用のピンク色の軍服とミニスカート、クリーム色の二ーソックスという出で立ちだ。
 たまたまイングラムを見かけたのか、部屋から出てくるのを待っていたのかは分からないが、長い水色の髪が低重力のせいでふわふわと風に遊んでいるように浮いている。

「イングラム教官、お話終わりました?」
「ああ。グレンやジョージーはどうした」
「さっきまで一緒だったんですけどジョージーが先に戻るって言うから、グレンも一緒に行きました」
「そうか。何か話でもあるのか」
「えっと、じつはちょっとドミニオンのMSのパイロット達と会ったんですけど、なんだか普通の人と違う感じがして。イングラム教官なら何か知っているかなって思って」

 やや鋭すぎるきらいのある目をムジカに向けたまま、イングラムは口を開いた。あまりこの少女が喜ぶような話ではないと内心では分かっていたが、他の連中が言うよりは自分で告げた方がまだ宥めやすいと思ったからかもしれない。

「ドミニオンのパイロットは、シャニ・アンドラスやクロト・ブエルの事だな?」
「はい。なんか三人ともすっごく不愛想」

 ぷくっと、触ったらぷにぷにとした弾力が楽しめそうな色白の頬を膨らませるムジカは、年齢よりもずっと幼い印象に変わる。
 イングラムはそんなムジカが微笑ましかったのか、一瞬だけ淡い笑みの様な影が、その口元を過ぎ去った。

「ふっ、無愛想か。……彼らは皆パイロットという扱いではない。彼らは“生体CPU”と呼ばれている」
「生体CPU? まるでMSのパーツみたいな呼び方……」
「みたい、ではない。その通りなのだ。彼らはコーディネイターの強靭な身体、優れた運動能力を持たないナチュラルを優れたMSのパイロットとして仕立て上げる為の手段の一つ。その成果が彼らだ。
 脳内へのインプラントの設置や神経系を機械に置き換える、特殊な薬物や体内の諸器官の操作と言った方法で仕立て上げたMSパイロット。連合の上層部からすれば彼らはまさしくMSを動かす為の部品なのだ」
「そんなのって。連合がいくらコーディネイターの存在を嫌っているからって、遺伝子さえ操作しなければ後は自然に持って生まれた肉体に改造を加えても構わないなんておかしいよ! そんなの人間がしていい事じゃない」
「人間だから、する事なのかも知れんがな」
「……」
「お前が憤っても今すぐにどうにかなるものでもない。お前の父ほどの権限があれば、多少は何とかできるだろうがな」
「今のボクは、口先で言う程度の力しかないから?」
「そうだ。お前に今出来る事はせめて、その気持ちを持ち続ける事だ。おれの言う事が分かるな」
「はい」

 兄が妹に聞かせるように優しく、とはいかないが諭すように静かに言うイングラムの言葉に、ムジカは素直に頷いた。
 少なくとも今の自分が非力な小娘に過ぎず、一介のMSパイロットでしかない事を自覚はしている。
 そのままムジカを伴い、イングラムはシルバラードへと戻った。アークエンジェル討伐艦隊の出撃ももう間もなくだ。
 これがWRXチームの初の実戦となる。ムジカをはじめ、全員がMSパイロットして高い適性を発揮し、各戦線でそれなりに結果を出している。
 相手が並の部隊ならば心配など要らぬが、今度の相手はそうも行かぬ強敵だ。自然、隊長としての重荷を感じずにはいられない。
 イングラムがそれほど繊細な神経の持ち主とは言い難いが。
 白い船体と現行の連合の戦艦の中では最も優れた整備性と運用能力を持つシルバラードの私室に戻り、イングラムは休む間もなく備え付けてあるパソコンの電源を入れた。 セキュリティレベルは最高に設定してある。
 連絡を取った相手は、すぐにモニターの先に姿を見せた。青い髪をショートカットにした美女だ。

「もう間もなくL4へ出撃する。そちらの様子はどうだ?」

 答えたのは青髪の美女だ。よく観察すれば涼しげな目元や、美女の水準を大きく超えた顔立ちに、イングラムと似通った雰囲気を見つけるのは難しいことではない。

『今はアメノミハシラへ向かっているわ。クルーゼ隊とトロンベ隊は既に合流しメンデル向かっている。こちらのWRXチームの方は問題ないわ。プラスパーツももう間もなくロールアウトする』
「そうか。WRXの進捗状況はそちらの方が進んでいるな。パイロットの方はどうだ」
『皆優秀よ。少し若すぎるけれど。ただ念動力者はいない分、こちら側の技術でカバーしなければならないわね。そっちはどう?』
「念動力者がいない点は同じだが、一人面白いのがいるな。多少違う意味ではあるが、素様に恵まれている。成長すればかなり化けるだろう」
『貴方がそこまで褒めるのも珍しいわね、イングラム。気に入って?』

 からかうような調子で言う美女に、イングラムは少しだけ苦い表情に変わった。あまりこういうやり取りは得意ではないらしい。
 常に沈着冷静な印象が強いこの男も、苦手とするものはあるようだ。イングラムの脳裏に、明るく笑う水色の髪の少女が浮かんだかどうかは定かではない。
 イングラムの苦手なモノを知っているのだから、イングラムと美女とはそれなりに近しい関係らしい。

「いらぬ勘繰りは寄せ。どちらにせよビアン・ゾルダークというとんだイレギュラーは、今回も関わってくるわけだが、なにか情報はあるか」
『そうね。伝聞だけど、ビアン・ゾルダークが特に目を掛けているのはクライ・ウルブズという部隊だそうよ。イザーク達も顔見知りらしいけど、DC内でもかなりの戦力が集中しているわ。……スペースノア級を運用している部隊よ』
「なるほどな。こちらの世界でのヒリュウ・ハガネ隊と言った所か」
『懐かしい?』
「……さて、な」

 イングラムは一言だけ呟いて口を閉ざした。美女の言葉通り懐かしんでいるのか、それとも悲しんでいるのか。どちらとも取れる沈黙だった。
 その記憶がイングラムの傷に触れる事は変わりはないのだ。
 痛みと共に溢れる記憶は、決して幸福なものばかりではない。イングラムの胸に悔恨と罪悪感が鎌首をもたげていたかもしれない。

『ごめんなさい、すこし無神経だったわね』
「いや」

 イングラムの様子に、軽はずみな言葉だったかと悔む美女が口を濁す。しばし沈黙を二人が共有する。
 だが、その沈黙は長くは続かなかった。新たな人物がその会話に加わったからだ。
 美女の映るモニターに、紫色の長髪で右目の隠れた青年が映し出された。印象としてはイングラムに似て落ち着き払った、静寂の雰囲気を纏っている。
 男らしく濃い眉に、神に愛された彫刻家がただ一度彫りあげた傑作の様な顔立ち、荒々しさはないが血濡れの修羅場をくぐり抜けた凄惨さがわずかに滲んでいる。
この青年も美女とイングラム同様に、常人には及びもつかぬ時を生きてきたのだろう。

『すまない、遅くなった』
「む、いや問題ない。こちらも今話し始めた所だ」
『相変わらず忙しそうね、少佐』
『軍人が忙しいのは、あまり良い事ではないのだろうが、君らもな。それで、二人とも何か目新しい事はあったか?』
「おれも彼女もL4のコロニー群を目指す事になった。相手はアークエンジェルとザフトの核動力MSだ」
『そうか。ニュートロン・ジャマーの無効化装置はやはりザフトの方が早かったか。
 強いて言えば南アフリカのアフリカ共同体はかなり粘っている。バン・バ・チュンの手腕もあるが、合流したザフト軍とDCのMS隊の影響が大きい。こちらの決着は宇宙の決着が着いてからになるだろう』
「ほう、オノゴロから動いたのか。DCも戦力をかなり増強しているようだな。南米の方でもかなりキナ臭い動きがあるはずだが?」
『うむ。何時本格的な戦争に動いてもおかしくはない。おそらく連合内の南米出身の者達はかなりの数がそちらに着くだろう。
 問題はどのタイミングで行動に出るかだ。ザフトと連合が宇宙で決着を着ける前か後か、どちらにせよ軽視はできん。連合の情報部も神経を張り詰めて南米の動きを監視しているからな』
「後は、シュウ・シラカワとルオゾールという男の動きだが」
『シュウ・シラカワの動向は不明だ。最後にチェコに向かったのは確認できたがそれ以降はな。ルオゾールについても同じだ。だが、戦場に時折姿を現しては連合、ザフトを問わずその場にいたものを殺戮している。おそらく、連合に見切りをつけたのだろう』
「この二人の動向が確認できんのは厄介だな。この世界の異端達の中でももっとも危険な二人だ」
『おれの方でも可能な限りは追っておく。取り敢えず、二人とも次の作戦で互いを撃ち合うなんて事は無いようにな』
「ふっ、努力はしよう」
『怪しまれない程度にしておくわ。少佐も、気をつけてね』

 最後にそう言って美女がモニターから姿を消した。あちらで通信を切ったのだ。
 スイッチに指を伸ばしたイングラムが、モニターに一人残った青年の顔に気付き、わずかに目を見開いた。
 もし、美女が青年の姿を見ていたら、それを浮かべさせられた事を一生誇りにする様な、そんな笑みが、青年の口元にはっきりと浮かんでいた。青年が浮かべたのは、そんな笑みだった。

 シミュレーターの中で、スティングとアウルは久しぶりに取った休憩に、重い息を着いていた。
 AI1に記録されていた『竜騎兵』『蒼き鷹』『白い流星』『赤い彗星』を始めとした超エースを相手にして、流石に疲労が限界に来たらしい。
 途中から二人の様子を見ていたアルベロが、厳めしい顔つきのまま二人に、シミュレーター訓練に明け暮れる理由を聞いた。
 元から訓練には真面目な二人だったが、ここ最近の熱の入れ様は急激な変化だった。

「熱心なのは良いがな。体を壊しては何も始まらんぞ」
「……別におれらの勝手じゃん。余計なお世話」
「アウル、言いすぎだ。すいません、三佐。次からは気をつけます」
「口なら言えるがな。二人とも何を焦っている? お前達は十分にエース級の腕前だ。何か焦るような事でもあったか? おれにはシンに追いつかれそうで焦っているという風に見えるがな」
「……っ」

 そっぽをむくアウルの反応が、アルベロの指摘の正しさを証明していた。スティングは、あっさりと見抜かれた事に苦笑を浮かべている。こちらの方が精神的には大人だ。

「三佐の言う通りってのもありますけどね」
「はん、兄貴分のおれらが妹分、弟分のあいつらに負けてらん無いからな! この間まで素人だったシンに負けるのは特に勘弁だっつの」
(おれからすればお前も弟分だけどな)

 と小さく呟いたのはスティングだ。彼にはそういう資格があるのは、誰もが認めるだろう。

「ふん、意地と見栄か」
「なんだよ、おかしい?」
「いや。お前達らしい考えだと思ってな。それで、『赤い彗星』や『蒼き鷹』とデータとはいえ戦った感想はどうだ?」
「……どこにいんだよ、こんな化け物!! こっちが撃った時にはもう回避行動が終わってんだぜ!? 回避行動に“移った”じゃなくて“終わってる”ってなんだよ。AI1が故障してんじゃねえの?」
「ふん、貴様がそう言いたくなるのも分るが、それらのデータの主は確かに存在している。おれも戦ったからな。戦場にはそういう人間離れした連中もいると言う事だ。第一お前達も並のパイロットからすれば似たようなものだ」
「それじゃ納得いかないって事です。シンに負けちまうようじゃ、おれ達も自分達が情けないんです」
「ふっ、まあいい。だが今日はここまでで止めておけ。そろそろザフトの連中がアメノミハシラに到着する頃だ」
「またおれらの出番? 休み無しだな。まあ実戦が一番の訓練ってね」
「で、今度の相手は連合のどこの部隊なんですか? 三佐」

 アルベロの答えはスティングの予想を裏切った。針みたいに生え揃った鬚の奥で、アルベロの唇はこう動いた。

「オーブ艦隊だ」

 最近、ステラは少し不満がある。いつもなら一緒に居てくれるシンやスティング達が、忙しいからと相手をしてくれないのだ。
 ジャン・キャリーは優しいし、お菓子をくれたりするから好きだが、いつも忙しそうにしているから、あまり邪魔はしてはいけないと思う。
 テンザンは、たまに相手をしてくれるが、まずゲームやアニメの話になるのでステラには分からない話ばかりになってしまう。
 ユウとカーラは、とくにカーラの方はステラと遊んでくれるし、構ってくれるから大好き。でも、二人を見ているとなんだかステラが二人の間に割り込むのは悪い気がするから、あまり迷惑をかけてはいけないと思う。
 アルベロは、というとよく艦長さんと話をしていて、一番忙しそうだ。
 ラボの頃から兄妹の様に育てられたスティング達が、あまり構ってくれないというのはステラにとってはあまり経験の無い事で、寂しくて仕方ない。
 最近、一番傍に居て欲しくて傍にいたいシンは、ゼオルートと言うメガネをかけた優しそうなおじさんと、いつも腰に帯びている木刀で打ち合ってばかりいる。
 シン曰く修行らしい。
 戦闘訓練はステラも受けているから、仲間に入れてもらおうかと思ったが一生懸命に取り組んでいるシンの横顔を見ていると、なんだか邪魔をしてはいけない気分になってしまい、ステラは二人が修行しているトレーニングルームから逃げるように走り去ってしまう。
 ミナお姉ちゃんやお父さんはずっと地球に居るから、最近はメールでしか会えていないし、マユやオウカお姉ちゃんともまた会いたいし、ずっと喋っていない。ステラの寂しさはどんどん積もるばかりだ。
 くすんと鼻を鳴らして、一人ステラはさびしい気持ちで胸を一杯にして、シンの木刀が打ち合う音が聞こえてくるトレーニングルームの入り口の近くにあるベンチで膝を抱えていた。
 寂しさに、思わずステラは涙ぐみそうになった。ラボではいつも一人で、周りは敵かそうでないかに分けられていた。
 そんな日々が続いて、やがて周りの子達の姿が一人、また一人と減ってゆくと、いつからかスティングとアウルと三人で扱われるようになっていた。
 よく覚えていないが、なぜか二人には敵という認識を覚えなかった。
 クエルボやビアンは、そう言うように記憶操作されたのだろうと言っていたのを、なんとなく覚えている。
 それからまた時間がたって、普段ステラ達に薬を投与し、訓練を施す周りの大人達の様子が慌ただしくなり、ある日外から来た兵士達と戦いになった。
 なぜそうなったのかは分からない。
 ステラ達にひどい事をするのが嫌になったからだと、いつも優しかった女の研究者の人は言っていた。ひどい事とはなんだろう? 戦う事はステラにとって喜びだ。
 自分が強いという事を実感できる。強さとは価値があるという事だ。生きていて良いという事だ。
 それに自分の周りにはスティングがいる。アウルがいる。二人がいれば寂しくない。だから、ステラは自分が幸せだと思っていた。
 それを、その女の研究者に告げると、彼女は涙を流しながら、ごめんなさいと呟いてステラを抱きしめた。
 どうして彼女が泣くのか、ステラに謝罪するのか、ステラには今になっても分からない。ただ、その時抱きしめられたぬくもりだけは今も覚えている。
 それから、ビアンに出会い、クエルボに出会い、そしてシンと出会った。
 シン。シン・アスカ。スティングやアウル以外で、初めて会った同い年くらいの『ラボの外の』男の子。そそっかしくって、よく笑ってよく怒る子。ステラの傍にいてくれて、いつも心配してくれている。  
 シンの妹のマユに、ステラが守ると約束した男の子。マユには、シンがステラを守るのが普通だと言われてしまったけれど。
 シンと一緒に居ないだけでこんなに寂しいのはきっと、寂しくないという事を知ってしまったからだ。最初から一人きりだったら、寂しさに襲われることなんてなかったのに違いない。
 でも、もしシンやスティング、アウル、ビアン、ミナ、オウカ、マユ達と出会わなかったら?
 そんな自分を想像してしまい、ステラは不意に込み上げてきた涙を堪えるのに苦労した。
 辛い行為だった。涙を堪えるのも、誰とも出会わなかった自分を想像するのも。ステラはどうすればいいのか分からなくなって、膝に顔を埋めて啜り泣いた。

「どうしたんです? こんな所で泣いているのはよくありませんよ」

 優しい声に、ステラは涙で濡れた顔を挙げた。穏やかな笑みを浮かべたゼオルートが、ステラの目線に合わせて腰を落としてまっすぐに見ていた。
 ステラは、少しだけ体を強張らせた。ゼオルートの優しい雰囲気や穏やかな話し方は、ステラにとって好ましいものだったし、何度か話してみて好感を抱いている。でも、シンを取ってしまう人だと、今では思っている。
 シンがゼオルートとの剣術の修行に明け暮れているから、シンは自分に構ってくれないのだ。そんな風に思う自分と、でもこの人は悪い人じゃないと思う自分がいる。たぶん、これが『しっと』というものなのだと、ぼんやり頭の片隅で思った。
 何時だったか、ミナがステラにも分ると言っていたのを思い出した。

「……なんでもない」
「そうですか。でも、女の子がそんな風に泣いているのはなんでもなくありませんよ。私にも娘がいますからね、貴女が泣いていると私も悲しいです」
「……」

 やっぱりこの人は良い人だとステラは思い、ごしごしと涙をこすって自分が思っている事を話す事にした。
 ゼオルートは暖かな笑みを浮かべたままステラの話をじっと聞いてくれた。

「そうですか、シンと一緒に居られないのが悲しいと」
「うん。スティングやアウルもね、最近は構ってくれないの。忙しいのは、ステラも分るから邪魔しちゃいけないって思うから……。でも」
「なるほど私がシンを独り占めしてしまったせいですね。見込みがあるものでつい、熱を入れてしまいましたが、こんな事になるとは。私もまだまだ至らないものです。ステラ、少しお願いがあるのですが」
「?」
「今ちょうど休憩に入ったのですが、年の所為か私は疲れてしまいました。シンに、今日はここまでと伝えてもらえませんか? そうですねドリンクでも持っていてあげてください。きっと喜ぶでしょう」
「ほんとう?」
「ええ。それでシンが落ち着いたら、貴方が思っていることを素直にシンに言いなさい。そうすればシンも分ってくれますよ。私が保証します」

 優しく暖かなゼオルートの言葉に背中を押され、ステラはそれまでの泣き顔を明るく輝く笑顔に変えて、ベンチから立ち上がり駆けだした、ゼオルートは、愛娘を見送る父親の顔で、その背を見つめた。今はもう会う術のない娘の事を思い出していたのかもしれない。

「プレシアも、私が居なくてさびしがっているんでしょうかね? マサキが居れば、そんな事もないかもしれないですけど、それはそれで私が寂しいですねえ。トホホ」

 一方話題の中心になっていたシンは、床に大の字になり傍らに阿修羅を転がしていた。すっかり手になじんだ阿修羅だが、今はまだその真価を発揮できてはいない。
 さっきまでゼオルートとの修行も、一方的にシンが打ちかかり、顔色一つ変えず汗一筋かかないゼオルートに軽くあしらわれていただけだった。
 目標は限りなく遠い事を改めて思い知らされた気分だった。荒い息を着いたまま、疲れで重くなった瞼を閉じようとした時に、自分の名前を呼ぶ声が気付いた。

「シン!」
「うん? ステラ」

 久し振りに見る笑顔満開のステラが、シンの顔を覗き込んできた。星が輝いていても不思議はない大きなスミレ色の瞳に、自分が映っているのが、なぜか不思議な事に思えた。というかあんまり顔が近くて、思わず息を呑んでしまった。
 ステラの髪の甘い香りが鼻腔をくすぐり、自分が、ごくりと生唾を呑む音やけに大きく聞こえた。
 ステラは手に持っていたタオルとドリンクをシンに差し出した。

「はい」
「え、ああ。ありがとう」
「うん」

 上半身を起こし、ステラから受け取ったタオルで顔の汗をぬぐった。ステラはどこか落ち着かない様子でシンの隣に腰かけて、シンの横顔をじっと見つめている。
 なぜこっちをじっと見ているのか分からないシンは、どぎまぎしながら無垢なステラの瞳を見つめ返していた。

「えっと、おれの顔に何か着いてる? ステラ」
「ううん」
「じゃ、じゃあ、なんでそんなにじっとおれを見てるの?」

 思い切ってストレートに聞くと、ステラは少し考えるように顔を俯け、それから意を決したように顔を挙げてシンの顔をじっと見つめる。
 スミレ色の瞳と桜色の唇に思わずシンは見惚れてしまった。

「あのね……」

 ステラはぽつぽつと話し始めた。言葉が足りない事も多かったが、それでもゼオルートの言葉を思い出し、ステラが感じている事を精一杯伝える事ができるようにゆっくりとシンに伝えてゆく。
 シンは、真摯な態度でステラの話に耳を傾けていた。

「だからね、シンの邪魔になっちゃいけないと思ったんだけど」
「そんな事無い。そんな事無いよ、ステラ! いやむしろ全然おれの方が悪い位だし!」

 自分が『強さ』に固執している間に本当に守りたいステラに寂しい思いをさせてしまっていた事が、シンの頭の中で一気に最重要課題になった。
 ステラは、でも、と口籠っている。なんて言えばいいのか、良い言葉が見つからないのはシンも同じだった。

「おれがステラの事を放っておいたのが悪いだけで、ステラは全然悪くないから! スティングやアウルだってステラの事を嫌いになったりなんかしてないよ。
 おれはその、ステラ達を守る力が欲しくて強くなりたいって思ったけど、ステラに寂しい思いをさせてたんじゃ、え〜と、ほ、本末転倒? だよな。
 とにかくごめん! おれが気が利かないばっかりに」
「ううん、シンは悪くないよ。ステラが我慢できなかっただけだから」
「いや、おれが悪い」
「シンは悪くない」
「ステラは悪くないし、スティング達も悪くない。だからおれが」
「……」
「あー、うん。分ったよ、じゃあ、誰も悪くない、でいいのかな?」
「うん。シン、邪魔しないから、ステラもここに居ていい?」
「もちろん!」
「ほんとう?」
「大丈夫、ステラがいてくれた方がおれも頑張れるから」

 考えるよりも早く口から出たシンの心からの言葉を聞いたステラは、雪のように白い頬を少しだけ赤らめて小さく頷いた。

「うん。シンが頑張ってる姿、好き」

 ステラが、恥ずかしそうに上目遣いでシンにそう言った。シンは、あまりに激しい心臓の鼓動に、そのまま死んでしまうかと本気で危機感を抱いた。
 これは反則だ。可愛すぎる。今ならムラタだろうがゼオルートにも勝てそうな気がした。
 とにもかくにも恋の力は偉大なのである。