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SRW-SEED_ビアンSEED氏_第39話

Last-modified: 2013-12-26 (木) 21:26:03

 ビアンSEED 第三十九話 戦い終えて後

 

 メンデルの存在する宙域にまた一つ新たな爆発の光芒が生まれ、光の花弁を開いた。
 戦場を飛ぶ鳥という意味と操者の名を与えられた鋼の巨人が、今、たった今、滅びたのだ。
 スレードゲルミルの一刀により、機体を両断されてなお放った最後の反撃の一刀も虚しく砕け、銀の欠片はスレードゲルミルの眼光を浴びて煌きながら虚空に散る。
「シンっ」
 M1カスタムで周囲の敵機を掃討していたゼオルートの口から、弟子の安否を気遣う声が零れ出る。
 シンの前にスレードゲルミルが立塞がった時、ゼオルートの脳裏にはスレードゲルミルに斬り伏せられる飛鳥の姿が鮮やかに描かれていた。
 『剣皇』とまで称えられた希代の剣士は、自らの弟子とその前に立つ巨人を駆る男との力量の差をシン以上に理解していたのだ。
 だが、制止の声はその喉から出る事はなかった。シンの敗北を予感すると同時に、獅子王の太刀を構える飛鳥の総身から立ち上る陽炎の如き剣気を感じ取った。
 ゼオルートは、新たな弟子の実力が戦場で花開いて行くのを知ってしまった。自らが手塩を掛けて育てる弟子が、強敵を前にみるみるその実力を高めてゆくのを知ってしまった時、ゼオルートはシンがどこまで行けるのか、見たくなってしまったのだ。
 そしてシンはゼオルートの想像をはるかに超える実力を見せ、スレードゲルミルに、その操者ウォーダン・ユミルに肉薄して見せた。
 それは育てるものとして無上の喜びであった。そして思った。
 剣を交えてみたいと。育てる為ではない。力量を確かめるのでもない。
 純粋に剣の道を行く者として、シン・アスカという剣士と、ウォーダン・ユミルという剣士と、己れの魂までも擦り果てるまでどこまで戦えるのか。無性に、剣士としての本能を掻きたてられた。
 それは渇望にも似た羨望であり、嫉妬でさえあった。
 胸に湧きでたどうしようもない根源的な欲求が頭をもたげた時、シンは、ゼオルートの予想以上の実力を見せながらも、やはり予想通りにウォーダンの前に敗れ去った。
 この場に居た誰よりも二人の死合いに魅入られていた為に、ゼオルートが誰よりも早くシンの敗北に反応した。飛鳥の爆発の光芒の中から、コックピットブロックが射出されたのを確認し、M1カスタムを走らせる。
 弟子の危機にもかかわらず、その剣がどこまで高まるのか見惚れてしまった自分に歯噛みしながら、ゼオルートは剣士たる己を悔やんだ。
「シン、こんな所で死ぬんじゃありませんよ!」
 焦燥は熱く速く胸を焦がし、不安は心に渦巻く。M1カスタムが飛鳥のコックピットブロックに届くまでの間は、ゼオルートにとって人生で最も長く感じた時間の一つだった。

 

 目の前で爆発した飛鳥の残骸を見つめ、スレードゲルミルの中でウォーダンは口を閉ざしていた。
「……」
 おもむろにスレードゲルミルの左手が動き、胸にまで食い込んでいたシシオウブレードの折れた刀身をゆっくりと引き抜く。
 マシンセルの再生能力が失われたスレードゲルミルの装甲はいっかな修復の様子を見せず、飛鳥の最後の一太刀が刻んだほれぼれするまでの斬痕を残している。
「見事」
 小さく、しかし確かにウォーダンは呟いた。その眼は射出されたコックピットブロックを捉えていた。猛烈な勢いで迫るDCの機体をレーダーが捕捉していた。ウォーダンの目から見ても感服する剣技を披露していたM1カスタム機だ。
 一手交えたい衝動がわずかに鎌首をもたげるが、ウォーダンはそれを制した。今は、ただ幼い剣士に確かな敬意を抱き、この場を離れた。
 そっと、シシオウブレードを放る。虚空を漂う折れた獅子王の太刀は、どこへ行くともなくその場に留まる。
 スレードゲルミルと飛鳥が死闘の時を過ごしている間に、アークエンジェルからの撤退信号が打ち上げられていた。
 ウォーダンがエルザムのジャスティス・トロンベと飛鳥に抑えられていた事で、戦況はアークエンジェル側が若干不利になっていた。
 スレードゲルミルの圧倒的な戦闘能力を核動力機とは言えこの世界の機体で捌いていたエルザムの力量は凄まじいの一言に尽きる。
 飛鳥とジャスティスに時間を割き過ぎたとウォーダンが歯噛みをした時、エターナルの艦橋からラクスがスレードゲルミルに通信を繋げてきた。
 エターナル、スサノオ、クサナギ、シュリュズベリイ、アークエンジェルはザフト・連合側でもなく一路デベリベルトを目指していた。
 メンデルの周囲を漂うスペース・デブリが集まった一帯で、確かに両軍の追跡を振り切るには適した方角ではあるが、戦艦が通るにはあまりにも危険な地帯だ。
 ラクスからの要請は、かいつまめばそれを何とかしろというものだ。
『お願いできますか? ウォーダン』
 ラクスはモニターの向こうから、星でも輝いていそうな大粒の瞳でまっすぐウォーダンを見つめていた。人の奥深い所まで見通すような、年不相応な、見ずに済むのなら越した事はないものを見てきてしまった瞳だった。
 彼女の心が、随分と疲れている事を、ウォーダンは知っていた。
 平和の歌を歌うにはあまりに血濡れの世界。硝煙の匂いが空を曇らせ、恨みの断末魔が風を濁らせる。海を汚すのは機械のオイルと人血、悲哀の涙。差別と憎悪と軽蔑とが満ちるナチュラルとコーディネイター。
 両者の共存を願うには、確かに辛い世界だろう。だが、絶望に心を挫かれて夢を、理想を、希望を諦めてしまうにはまだ早いと、ラクスの瞳の中の光が語る。故に、ウォーダンは彼女の剣となる事を由としているのだ。
「承知。道はおれとスレードゲルミルが切り開く。ラクス達は、ただまっすぐに進め」
 ラクスは、わずかに微笑んだ。心からのものと分かる、そんな微笑みだ。
『よろしくお願いします』

 

 飛鳥に背を向けるスレードゲルミルを見送り、M1カスタムは飛鳥のコックピットブロックを無事に回収した。
 中の様子を確認しようと、通信を繋げて呼びかけるが、返事はない。最悪の想像が一瞬ゼオルートの脳裏を奔った。
「早くタマハガネにっ」
 飛鳥の爆発を確認したスティングやアウル達も、慌ててこちらへ集まりつつある。アルベロとエペソが戦列を維持すべく、慌ただしく指示を出していた。
 ステラとシン。この二人の敗北は大きな戦力ダウンという他ない。
 同時に、デブリベルト目掛けて動くアークエンジェルらの不可解な動きも気になっていた。
 エペソ達だけではなく、ウィクトリアのタリア、クルーゼ、ゲヴェルのレフィーナ、ドミニオンのナタル達もマリューらの意図が読めず、眉を寄せている。
 厄介なのは、なんの冗談だと思いたくなるようなふざけたサイズの巨剣を構えた特機を抑えていたDCの機体が敗れたことで、連合とザフト側でなんとか対策を立たねばならない事だった。
 特に連合側としてはアークエンジェルらの特機用に用意したヴァイクルとガルムレイドが抑えられているのが痛い。
 ザフトと連合両者の目的がアークエンジェルとエターナルに搭載された核動力機およびそれぞれの反逆者である以上、自然にアークエンジェルらを追う形で艦隊が動く。
 ラクスの要請を受けたスレードゲルミルは友軍の誰よりも先に先頭に立っていた。この機体の戦闘能力を考えれば殿を務めさせるのが妥当だろうと考えていたエペソやタリア、レフィーナら指揮官クラスは、寄せていた眉間の皺をより深くした。
 だがその皺は、まもなく驚愕に開かれる事になる。
 デブリベルト目掛けて猛進していたスレードゲルミルは斬艦刀を横に倒す。
 アークエンジェルらを追い始めていた全ての機体・戦艦に通信越しにウォーダンの口上が轟いた。誰もが耳を押さえるほどの気合いだった。体の芯から揺さぶられる強さだった。
「我はウォーダン。ウォーダン・ユミル! ラクス・クラインの剣なり! この戦場に在る全ての者よっ、我が斬艦刀の一太刀を活目して見よ!」 斬艦刀の構えはそのままに、スレードゲルミルの背のドリルの回転はさらに高まり推進エネルギーが変わった赤い飛沫は虚空に先決の如く散ってゆく。
「伸びよ、斬艦刀っ!」
 斬艦刀の青い刀身が歪み、霞の様に一瞬輪郭がぼやける。青い霞の中から触れるモノ全てに斬断の運命を与える無慈悲な刃が、雷光と化して現れる。
 たちまち斬艦刀を構成していたマシンセルは、神の落した轟雷の如きエネルギーに変わり、ウォーダンの命に従うようにその刀身を伸ばして行く。
 百メートル、二百メートル、五百メートル……。伸びる。伸びる。伸びる! さながら世界を支える為に巨大な枝葉を伸ばした世界樹の様に、星のきらめきを無数に輝かせる宇宙を照らしだすマシンセルのエネルギー光。
 姿を現したのは、遂には数千メートルを超える斬艦刀の青い雷光刃!
「星屑を薙ぎ払い! 道を切り開かんっ!! 斬艦刀究極奥義、一閃!! 星薙ぎの太刀っっっ!!! ぬおおおおおおおおおおおお!!」 刃の様に鋭い爪先を持ったスレードゲルミルの足がそれまでの突進を止めて虚空に踏ん張る。踏みしめる大地があったなら抉られた大地の傷跡は深く長く刻まれていただろう。
 エネルギーに変化し、MSどころか特機でさえ扱うにはあまりにも長く伸びた刀身が、スレードゲルミルを支点に龍の尾の如くしなりながら振われる。
 それは、星薙ぎの太刀という名に相応しい超常の一太刀。いや、それを太刀と言って良い物か。人には抗えぬ自然現象の様なものだ。立ち向かうにも抗うのも虚しくなってしまい、怯え震えて通り過ぎるのを待つしかない。
 自然とは穏やかな、優しい面以上に不自由を生きる者に強いる厳しさを併せ持ち、そこに生きる者達は、概ね、それに不平を告げる事は出来ても抗う事は出来ぬものなのだから。
 スレードゲルミルの咆哮が世界を震わせ、斬艦刀の一太刀は世界を薙ぐ巨人の刃となる。しなりながら横殴りに振われた星薙ぎの太刀が星屑達を飲み込み、斬艦刀の光刃に触れる端から莫大なエネルギーに晒されて消滅してゆく。
 世界に別れを告げる光がいくつも星薙ぎの太刀の軌跡に追従するように生まれては消えゆく。全長数十キロに渡って広がっていたデブリのすべては、斬艦刀の一薙ぎによって跡形もなく消滅していた。
 計測するのも馬鹿馬鹿しくなるような桁外れのエネルギーそのものだった斬艦刀の、太古の大神が作り出し、地上の邪悪を滅ぼしてきた雷光の如き刃は、斬艦刀を振り抜いたスレードゲルミルの握る柄に収束する。
「我が斬艦刀に……断てぬもの無し!!」
 デブリの一欠片もなくなった宇宙の道を大天使が行く。遮るものなくなった星の海を永遠が行く。誰もが呆然とする中、悠悠と神剣が行く。巨人が切り開いた無窮の空を荒神が行く。新たな天地を目指し盲目の魔術師が行く。
 誰がそれを止められよう。彼らには星を薙ぐ刃携えた巨人の守りがある。剥き出しになった左の隻眼はその輝きだけで敵対する者全てを射殺せそうなほど。巨人はただ静かに、ただ厳かに敵対する者たちすべてを睥睨していた。
 この場の支配者、最強が誰であるか。その姿が何よりも雄弁に物語っている。

 

 ドミニオンの艦橋で、目の前にした光景が信じられず呆然とするナタルの横で、唐突にアズラエルが笑い出した。
「あ、あははははっはは!! あーはははっはっは!! 凄い、凄い凄いよ!?」
「……アズラエル理事?」
 その狂態に、ナタルを始めとしたブリッジクルーの誰もがアズラエルに目をやる。自分に集まる視線に気付いたのか、アズラエルはくっくと笑いを手で押さえる。抑えきれぬ笑みが肩を揺らしていた。
「いやいや、あれだけ飛び抜けていると笑うしかないじゃないですか? いや、ホント凄い! あんなのを隠し持っていたんですねえ、ピンクのお姫様。ああ、これじゃあヴァイクルやガルムレイドでも抑えられませんねエ? あっはっはっは。あ〜あ、仕方ない。ここは退くとしましょう」
「は? よろしいので?」
 これまでのアズラエルの傍若無人ぶりに悩まされていたナタルは、初めてブルーコスモスの盟主と意見が合い、思わず戸惑う。もっとも、あんなものを見せられては仕方が無いとも思うが。
 ナタルに対し、アズラエルはひどく軽い調子で答えた。
「うん、そう。さっさと月基地に戻りましょう。あれは駄目ですネ。あんなのこっちに使われたら全滅するのはあっという間でしょう。ぼくもまだ三十路に入ったばかりで死にたくありませんしね」
「それはそうでしょうが」
 確かにアズラエルの言う事ももっともで、即座にゲヴェルのレフィーナに通信を繋げて、撤退を告げる信号弾を打ち上げた。
 アズラエルは去りゆくアークエンジェルと守護神の様に立って斬艦刀を構えるスレードゲルミルを見つめていた。
「さて、WRXはどこまでやれますかねえ?」
 それは期待しているようにも、まるで期待していないようにも聞こえた。WRX以外にもまだ何か切り札を隠し持っているのだろうか? 
 あんなものを見せられて尚不敵な笑みを崩さぬアズラエルに、初めてナタルは畏怖に似た感情を抱いた。

 

 スレードゲルミルの一撃に衝撃を受けていたのは連合ばかりではない。ザフトもまた同様に兵士達の間に衝撃が走っていた。
「おい、どうするんだよ、追跡するのか!?」
「馬鹿を言うな、連合だっているんだぞ! 第一あんな化け物の相手なんかできるか!」
 通信回線に飛び交う友軍兵士の動揺しきった声を聞きながら、エルザムはゆっくりと息を吐いた。
 受領したばかりのジャスティスは、左腕と左足首から先を失い、機体各所に受けたダメージを原因とするエラーの表示がモニターにいくつか浮かんでいる。
 ゼンガー本人としか思えぬあのウォーダン・ユミルとの戦闘の結果がこれだった。エルザム自身は不甲斐無さを覚えていたが、この場に居る彼以外のザフトパイロットではとっくにスレードゲルミルに両断される運命しかなかっただろう。
 どうやらライのフリーダムもあのラピエサージュという機体とほぼ互角に渡り合っていたようで、機体の損傷自体は微々たるものだ。ヴィクトリアから出撃し部下達のシグーは一機撃墜されたものの、パイロットは無事回収されている。
 不幸中の幸いか、トロンベ隊での戦死者は無い。
「クルーゼ隊の通常戦力は七割近く撃墜されているか……。グラディス艦長、ウィクトリアの方はどうか?」
 ジャスティス・トロンベのモニターに、つとめて表情を引き締めたタリアの顔が映る。
「多少被弾はありますが、航行及び戦闘に問題はありません。エターナルを追いますか? エルザム隊長」
「……いや、我々の本来の目的はジャスティスとフリーダムのテストだ。エターナル追討は良い機会だと思ったが、それが裏目に出たかも知れん。ジャスティスがこの様ではな」
「エルザム隊長だからその程度で済んだと私は思いますわ」
「そういってもらえると助かる」
 気休めに呟かれたタリアの言葉に、微苦笑し、エルザムはジャスティスをウィクトリアへと向けた。ラピエサージュと互角の戦いを繰り広げていたライのフリーダムも、ジャスティスに続けてウィクトリアへと戻り出していた。

 

 キラの中破したフリーダムは専用運用艦であるエターナルではなく、アークエンジェルに着艦していた。コックピットの中で今もしっかりとキラの首に手をまわしたフレイの事を慮っての事だった。
 フリーダムの惨状に、つなぎを着た無精ひげの、胴長短足のがっしりした体格の整備主任のコジロー・マードックが眉を顰めていると、そのフリーダムの横に、本来DC側の兵器であるはずのエムリオンが足を着ける。なぜか戦闘の途中でフリーダムを支援した機体だ。
 DC側に居たアスハ派の兵士が叛意でもしたのだろうか。実際キラ達に協力するオーブの兵士の多くはビアン・ゾルダークではなくウズミに心酔するアスハ派のオーブ軍人だ。
 キラがフレイを片手に抱いたままフリーダムのコックピットから降りてきた。フリーダムの損害はなかなかのものだが、幸いキラの方には怪我などはないようで、マードックはとりあえず安堵の吐息を吐いた。
 キラとフレイは、ワイヤーに足を掛けて格納庫の床に降り立ち、エムリオンから降りてくるパイロットに視線を注いでいた。敵性勢力の機体から降りてくる相手だ。すでに銃を構えた兵士達がエムリオンのパイロットを囲んでいる。
「銃をおろしてください。そのパイロットは、仲間、友達なんです!」
 その様子に慌ててキラが声を挙げた。流石にフレイも抱きしめられた状態から離れ、キラの左手を握るに止めていた。フレイもキラ同様にエムリオンのパイロットの正体に気付いているのか当惑した視線を注いでいた。
 死んだと聞かされたキラが生きていると分った時と同じ種類の戸惑いだ。
 エムリオンのパイロットはヘルメットを取り、向けられている銃に多少引き攣った笑みを浮かべながら、キラとフレイに片手を上げて声を挙げた。
「キラ、フレイ! 無事かっ」
「トール!」
 茶色い髪の温和そうな顔立ちの少年だ。ヘリオポリスでキラ達と同じカレッジに通っていた同級生だ。
 ヘリオポリスの崩壊以来アークエンジェルのブリッジクルーを務め、オーブ近海でのアスラン率いるザラ隊との戦いにてスカイグラスパーで出撃した。
 その後の戦いで、アスランのイージスに撃墜されMIA扱いとなり、キラ同様に死亡したと思われていた少年だ。
 コーディネイターである事を気にせずキラと接してくれた友人であり、またヘリオポリスの学生たちの中でも温和な性格もあり慕われていた。自分の力が足りずに死なせてしまったと思っていた友人の姿に、キラの瞳に新たな喜びの涙が浮かんだ。
 フレイも同じ様子だ。彼女の場合はキラの姿とアークエンジェルに帰って来た事の喜びも大きい。
 トールの姿に、マードックも唖然とした表情を浮かべた後に喜びの表情に変わる。
「トール、どうして君が?」
「なんだよ、おれが生きていちゃだめか? はは、冗談だよ。あの後オーブの人達に拾われてさ。そのまま入院していたんだよ。なんとかアークエンジェルに連絡取ろうと思ったんだけどさ、クーデターが起きたもんでキラ達が宇宙に行っちゃったからさ。
前にアークエンジェルに乗っていた経験買われたのと、取り敢えずMSの扱いに慣れておこうと思ってDCに入ったんだ。その時にキラが撃墜したブリッツのパイロットとも知り合いになったんだぜ?」
「ニコルと?」
 ブリッツのパイロットと言う事は、ラクスの味方としてメンデルに来たニコル・アマルフィの事になる。キラがあの日、殺した筈の少年。アスランと心の底から殺しあった闘いのきっかけの一つ。
 トールは、そうだと頷く。ニコルがこの陣営に居る事をあらかじめ知っていたのか、あまり驚いた様子はない。
「ああ。アークエンジェルに乗っている頃はさ、いつもいつもしつこく追いかけまわせている敵としか思わなかったけど、会ってみればおれ達よりも年下の奴で、いくらコーディネイターて言っても驚いたよ。それに色々話してみて、プラントにはプラントの考えや、正義って奴があるんだって分った」
「そう、だね。あの頃の僕らは、生き残る事に精一杯で、自分達の事でも上手く出来てなかったから」
「キラ……」
 キラの胸に蘇る思い。それを考え、フレイは慰めるように、あるいは謝罪するようにほんの少し、キラの手を握る手に力を込めた。
 そのままどこか遠い所へキラが言ってしまうような、そんな不安に襲われてしまったからだ。
 フレイの様子に気付いたキラは、大丈夫と、どこか儚い笑みで答えた。彼が望まなくとも彼の生まれが、能力が戦いを呼ぶ。争いを招く。平穏を乱す。少年の肩には、随分と重いモノが架せられているようだった。
 トールは、そんなキラの不安を吹き飛ばす様に明るく言った。
「これからはさ、おれも一緒に戦うよ。へへ、結構才能あったみたいで、あのエムリオンを任されていたんだぜ。アークエンジェル討伐なんて話聞いて大慌てで参加させてもらったんだ! お陰でまたこうして戻って来れたよ」
「DCに。でも、本当に良かった。フレイもトールもみんな、みんな無事で……」
「はは、なんだキラは変わらないなあ。相変わらず泣いてばっかでさ」
 ほどなくして、格納庫に少年達の明るい笑い声が満ちた。
 格納庫から船体内部に繋がる扉の一つが、勢いよく開き、笑い声が一時止まる。瞳に涙を浮かべた少女が、息を切らせていた。
 トールが少女の名を呼んだ。
 少女がトールの名を呼んだ。
 一年の月日にたった一度だけの逢瀬を許された天の男女の様に。引き離された恋人が、神の慈悲を賜り、あり得ぬ邂逅を果たした喜びを謳うように。
「ミリィ!」
「トール!」
 二度と巡らぬ筈だった再会の一時を迎えたのはキラとフレイばかりでは無かった。目の前の自分達の様に喜びに心を満たす二人を前にして、キラとフレイは小さく微笑んで互いを見詰め合った。
 犯した間違いを償う為に、また新たな日々を築く為に、明日の為に、少年達の瞳には優しく、そして暖かい光があった。
 だがこの時、フレイはクルーゼに渡された戦争を終わらせるための鍵を、あのジンの中に置いて来た事を忘れていた。それが、後ほどとてつもない後悔をもたらす事になるとは、露ほども思わずに。

 

 アークエンジェルらの討伐に失敗し月基地に艦の進路を取ったゲヴェル艦隊では、今回の作戦で失われた戦力に、レフィーナとナタルが頭を抱えていた。
 アズラエルが用意したという援軍のストライクダガーは全滅。105ダガーといった高級機も半数近くが撃墜されるか撃破されている。
 基地の一つ二つなら容易に落とせる戦力が失われてしまったのだ。頭の一つ二つ抱えたくもなるというものだ。せめてもの救いはカイの率いる強化人間部隊やイングラムのWRXチームもザフトに多大な損失を与え、その有能ぶりを発揮した事だろうか。
 連合製特機であるガルムレイドとヴァイクルも、その能力は圧倒的でパイロットも優秀なのだが、DC、ザフトのエースに抑えられてしまい通常戦力の消耗が著しい結果を生む事になってしまった。
 今後の戦いではああいったMSでは対処できない強力な戦闘能力を持った機体をどれだけ保有しているかが、勝敗を決める事になるかもしれない。
 それにしても、あのスレードゲルミルという機体。ウォーダンというパイロットも随分とふざけていたが、なんの冗談なのだろう。星薙ぎの太刀とか言ったが、アニメーションの中の様なネーミングだが、あんなものを見せられては一笑に伏す事もできない。
 これからの戦いがより苛烈な、これまでの常識が通用しないものとなりそうな予感にナタルとレフィーナは揃って溜息をついていた。

 

 艦橋を辞したアズラエルはドミニオンの私室で、あのフレイという少女が乗せられていたジンを回収し、その中から発見されたデータディスクを、備え付けのコンピュータ―に差し込み膨大な量のデータを読み取らせていた。
 一つの予感があった。戦争を終わらせる鍵。ラウ・ル・クルーゼ。核動力。そしてアズラエルは自分の予感がほぼ当たっていると確信していた。そして、その確信が当たっている事を、ディスプレイに表示された各種のデータが保証した。
 フリーダムとジャスティス。宇宙でさんざん連合の邪魔をしていたあの二機の機体のデータが表示される。アズラエルの口元が、ひきつる様に吊り上がる。それは悪魔との契約が成功した事を確信した愚か者の笑みに似ていた。
 契約がもたらす破滅を知りながら嬉々として、自らの血潮で契約書にサインする者がいたら、こんな笑みを浮かべるかも知れない。
 だがアズラエルの求める破滅は彼では無く宇宙に浮かぶ砂時計に住む人間モドキ達にこそ訪れるべきものだ。いや、彼がもたらすべきものだ。
 次から次へとデータを切り替え、やがて目的のものへとたどり着く。
 ――NJキャンセラー。画面の中、この単語はアズラエルの視線を吸いこむように集め、宝石の様に輝いていた。
 確かに鍵だ。これが戦争を終わらせる扉を開く。アズラエルは、興奮に震えたまま笑い始めた。やはり自分は正しい。あの二機が鍵だと最初からわかっていたではないか。
 失われた核の力。それを復活させる鍵が、今この手の内にある。
 核分裂を抑制するニュートロンジャマーにより封印された熱核兵器の封印が遂に解けるのだ! 
 そもそもザフトの連中の、MSにNJCを搭載させるという鹵獲された時の事を考えているのか怪しいコンセプトに目をつけて、なんとかあの二機を手に入れようとした努力は無駄になったきらいはあるが、それももうどうでもいい。これで採算が着くと言うものだ。
 地球では極秘裏にDCが開発した核融合炉の発電施設につられて、連合に対する反感情の強いユーラシアの一部や南米、アラビア、アフリカ、アジアの一部でDC側に偏る勢力も出てきている。
 DCのMSが、ここ一、二ヶ月で急激に戦闘能力を向上させたのも、MSサイズの核融合炉が開発されたからだろうという意見はアズラエルも耳にしていたし、実際鹵獲機に搭載されてもいた。
 だが、鹵獲機の動力源はブラックボックス化され、細部までを完全に解析ないしは再現や複製、また機動兵器に搭載し戦闘に耐え得る出力と安全性、稼働性を獲得させたものを開発するのには、多少の欠陥に目を瞑るにしてもかなりの時間が必要と結論が出されている。
 アズラエル個人としては少なくともカラミティなど新型のG、及びWRXチームの機体や特機には搭載したかった。
 だが、核融合炉の開発コストと今起きている戦争を終わらせることを第一に考えれば、より高出力の核融合炉といえども、NJさえ無効化できれば今にも再稼働できる発電施設や核兵器の方が現実的な手だ。
 特にすぐに核兵器が実用出来るのがイイ。空に浮かぶ不愉快な砂時計を跡形もなく吹き飛ばせるのだから。
「あはははははは! いぃやったああああァァアア!!!」
 座っていた椅子から立ち上がり、勝利を叫ぶ。間違いない。あんな馬鹿げたスーパーロボットがいようと関係ない。これでこの戦争は自分達の勝ちだ。
 失われた核の炎が、ナチュラルにとって勝利の福音となる。コーディネイター共を焼きつくす、人が放つメギドの火だ。
 コーディネイター共め、自ら作り出した装置によって破滅するがいい!
 アズラエルの哄笑は無機質な部屋の中、彼こそが悪魔の化身であるとばかりに、邪悪に木霊していた。

 

 DC、ザフト、地球連合の各勢力がメンデルから退いた後のコロニーに、たった一つだけ生命の息吹が残されていた。エターナルに乗艦せず、メンデル内部の遺伝子研究施設に身を潜めていた男の息吹だ。
 後頭部で括った青い長髪。長く伸びた顎に爬虫類の様にどこか熱を感じさせぬ冷たい瞳。その瞳の中で輝いているのは純粋な知的好奇心に突き動かさる科学者にありがちな、狂気と紙一重の光だった。
 純度が高まればそれは輝きを増すが、それが必ずしも善きものとは限らない。この男の瞳を見ればそれが分かる。自分の望みを果たす為なら悪魔との契約も嬉々として行うと、一目で分かる。
 人はかくも狂えるのかと知る事の出来る瞳。
 その瞳を持つ男は、その名をイーグレット・フェフと言った。
「ふふ、色々と面白い話が聞けたものだな。ラウ・ル・クルーゼ、キラ・ヒビキか。まったくこうも興味深いものが満ちているとはな。まるでおれの為に誂えられた様な世界だな、ここは。そうは思わんか? お前達?」
 イーグレットは足元の冷却液の中に沈む人工子宮の中の、死せる胎児達に囁いた。だが、何をしているのだ、この男は?
 死者に何を語った所で答える言葉などあろうはずが無い。それが生ける者と死せる者を遮るこの世の真理だ。死者は生者と交わらぬ。生者は死者と交わらぬ。死者の声に耳を傾ければそれは冥府への入り口に立つことを意味する。
 ならば、イーグレットの声にこたえる様にわずかに蠢いた胎児達は何だと言うのだろう? 死人ではなく生きているというのか、とうに破棄されたはずの生まれる事さえ許されなかった子らよ。
 イーグレットの含み笑いは深く暗いものになる。街に出ればすぐに見つかる、欲望に脂ぎった人間の醜悪な笑みであった。そのくせ、悪魔のように狡猾な、底知れない狂気に塗れている。人間とは悪魔と等しい存在なのだろうか。
 イーグレットの足はやがて、研究施設の地下深くへと向けられた。その足が歩みを刻む度に周囲の光景は異形へと変わってゆく。なにか金属を芯から犯す細胞の様なものが蠢き、それは金属そのものが生命を持っているかの様だ。
 確かに硬いのに柔らかい感触を持った床を歩む足が止まる。元は研究資材や大掛かりな機械を運び込む搬入施設だったのか、広大な空間である。確かに壁も天井も見通せるのに、まるでそのまま吸い込まれてしまいそうな錯覚を覚える尋常ならざる空間であった。
 直径が二メートルはある太く蠢く触手がびっしりと詰められた床を歩き、イーグレットはその中央に存在する金属の大樹のような物体を見つめた。これこそ、イーグレットの狂気の根源の一つ。
「順調なようだな。メイガス。とはいえ、もう少し時間はかかろうがな」
 メイガス――かつてエターナルに秘密裏に運び込んだコンテナの中に秘匿していた金属の薔薇。それは今やこの広大な空間の床から天井を通じ、施設そのものに根を張る異形の大樹へと育っていた。その中央で、メイガスは蕾の様な姿へと変わっている。
「くくく、マシンナリーチルドレンを超えるおれの子を生みだす為の完全な母体。まるで天啓だな。異世界の未来で完成し、破壊されたお前がおれの前に現れたのだから。
 ザフトも連合も好きに争うがいい。滅ぼし合うがいい。その方がおれにとっては好都合だ。おれとおれの子らが新たな世界を創造するのにはな。その為にも早く完全となるがいい、アウルゲルミルよ」
 イーグレットの声にこたえる様に、メイガスと一体となったアウルゲルミルの中で、胎児の様に眠る漆黒の異形が蠢動した。
 それは、イングラムが、ヴィレッタが見たならば目を見張ったであろう。それは、それこそは、失われたはずの――。アウルゲルミルの中に巣食う異形のその正体は――。

 

 プラント首都アプリリウス。執務室でメンデルでの戦闘についての報告を受け取ったパトリック・ザラは厳めしい顔に険しい色を刷いた。
 メンデルでのエターナル討伐の失敗とエルザムのジャスティスが中破した点が特に彼にとっては歓迎しかねる。
 連合打倒の切り札である核動力機は製造コストの問題から数が少ない。その希少な機体が損傷してしまったのだ。不機嫌な顔になるのも仕方の無い事だった。
 またラクスの強奪した核動力機も結局は彼女の手に残っている。
 だが、エターナル強奪後のラクスの行動を鑑みたパトリックやシーゲルにはある程度ラクスの行動の指針、意図が朧げながら見えていた。
 もし、ラクスの行動の意図がパトリックそしてシーゲルの予想通りだとしたら、なんとも愚かで無謀な、しかし覚悟に満ちた行動だ。
 親達は彼女を見くびっていたとしかいえず、子等にそのような覚悟をさせた己を不甲斐無く思う他ない。
 彼女はザフト内の穏健派と強硬派の軋轢を解消するために、強引にもほどがある手で、自分から憎まれ役を引き受けたのだ。
 シーゲル・クラインの娘として穏健派の中でも独自の勢力を築き、表向きにも国民的アイドルとして影響力の強い彼女が、穏健派の兵士達を扇動し反旗を翻す事でプラントとザフトの内部は強硬派によって占められ、強固な一枚岩体制になる。
 それも、パトリック自身に和平を目指す考えと理性的な考えが残されている事を見越した上でだろう。
 でなければ穏健派の有能な軍人たちが左遷され、それまでザフトの戦線を支えていた歴戦達が不当な扱いを受ける可能性も低くない。
 それをせぬだけの分別を、パトリックは残していた。
 あの少女にそこまで見抜かれていたのかと、パトリックは密かに唸っていた。
 シーゲルやアスランでさえも、自分がナチュラルを殲滅しようとしているのではないかと疑っていたと言うのに。これはこれで情けない話だ。
 もちろん穏健派をまとめたラクスの離反によるザフトの戦力の低下は免れない。それを見越した上で連合とのパワーバランスが崩れぬように、ザフトの保有する正規ルートの情報網とは別の、ジャンク屋組合や裏のルートを用いた情報網で、巧みに地球連合の艦隊に攻撃を仕掛けていた。
 一つ一つは小規模ながら、極めて能率的・効果的に繰り返される襲撃は確実に連合の戦力を減らし、物資を削り、人員を消耗させ、彼らの作戦行動を妨害している。
 正直な話、ラクスらの行動のお陰で、地上からかなりの数の兵員を引き上げる事に成功した。
 皮肉にもザフトから流出した情報を元に、連合の眼が地上からの引き上げ部隊に行かぬよう陽動作戦を行ってくれていたのだ。なんともはや、大胆かつ無謀な事をする。
 おまけにあのスレードゲルミルとか言う化け物をどこで調達してきたのか。提出された戦闘データを目にしても、性質の悪い冗談としか思えない。
 だが、反逆者は反逆者。そしてパトリックは国防委員長でありプラント最高評議会議長。
 その双肩に掛かる責任を果たす義務があり、決意と覚悟がある。なにより、子供らにより良い未来を残す責任が大人にはあるのだ。
 豪奢な黒檀のデスクの前に揃ったクルーゼ、エルザム、ヴィレッタ達に険しい視線を向ける。
 ヴィレッタだけは、モニター越しである。今WRXチームはDCの宇宙拠点アメノミハシラに居る。
 パトリックの視線を受け止めるだけの胆力はある三人だ。並の人間なら肝の縮む思いをするほどに力のある視線を、平然と受け止めている。
「……これだけのメンツと戦力を揃えて成果は無しか。大したものだな」
「申し訳ありません。ザラ議長閣下。思いのほか、ラクス・クラインに加担する我が軍の兵も多く、またオーブを脱出したアスハ派の戦力といった不確定要素がありましたもので」
 仮面の下半分に覗く顔は無表情ながら、声には冷笑の響きを交えたクルーゼが、どこか不遜に答える。クルーゼの視線は、執務室の椅子に座っていたシーゲルに向けられた。
 ラクスのエターナル強奪やフリーダム強奪の件で投獄中であったが、パトリックの特命によって無罪となり、オブザーバーとして評議会にも顔を出している。今も、政治関係の相談事をパトリックに持ちかけられていた所だった。
 クルーゼの視線は、無論娘ラクスの反逆が諸悪の根源だと伝える為だ。シーゲルも流石にこればかりは事実に近いものなので、所在なさげに俯いていた。
「ジャスティスも損傷か。WRXチームは無傷なようだが……」
「自分の力量の不足故です。議長閣下。ジャスティスの性能は既存のMSとは一線を画している事は紛れもない事実です」
「トリプルエースを超えるパイロットは残念ながら、ザフトにはいない。お前に力不足と言われては、ぐうの音も出ん」
 殊勝なエルザムの言葉に、パトリックは憮然としていた。クルーゼに対するのと違う反応は、人徳の差だろう。最後に、パトリックは一人ザフトの軍服とは著しく異なるデザインの軍服を纏ったヴィレッタに目を向けた。
 プラント防衛、そしてコーディネイター勝利の為の切り札の一つ『WRX』を預ける相手だ。自然と視線に込められる威圧感も増す。
 モニター越しの青い髪の美女は、涼やかな目元をそのままに、静かにWRXチームの初陣について報告を始めた。
『R−1を始め、各機の戦闘データは提出したとおりです。R−1の可変機構、R−2のTEエンジン、R−3のドラグーンシステム。また、サーベラスのTEエンジンも想定の範囲内で安定した稼働を見せています。今後の運用にも問題はないでしょう。プラスパーツも二週間以内にロールアウトします』
「では、ヴァリアブル・フォーメーションは?」
(ヴァリアブル・フォーメーション? パトリックめ、まだ手札を隠し持っているという事か。思ったよりも憎悪に目を曇らせてもいないようだし、もう少し背中を押さねばならぬかな?)
 予想よりも冷静なパトリックの様子を訝しみながら、クルーゼは初めて耳にしたキーワードに、なぜか胸騒ぎを覚えていた。それが、自身の望みを大きく塞ぐ巨岩であるとでも言うように。
 メンデルでの戦いで感じ、目覚め始めた新たな感覚は元々理屈では説明できなかった異様な勘の鋭さを、別次元の『何か』に変えていた。直感の鋭さと言う点では同じだが、それ以外の何かが芽生えているのだ。
『そちらも、DCから転用したEF機構とPS装甲の併用で実用に目処をつけています』
「連合のWRXと思しい機体についてはどんな見解を持っている? ヴィレッタ・バディム」
『それはなんとも言えません。偶然の一致と言うにはあまりに機体コンセプトが似通っています。一部に差異は見受けられますが、接触した機体は我々ザフトのRシリーズと全く同じものです。やはり、情報の漏洩と見るのが比較的現実的な考えかと』
「お前主導の下進めた極秘プロジェクトだ。フリーダムとジャスティス以上にセキュリティは厳重な筈だがな。いや、だったと言うべきか。
 我々ザフトの情報機密の甘さ、情報戦に関する歴史的バックボーンの薄さからくる欠陥。結局矯正できずにここまで来たツケが出たとするには、いささか大きすぎる代償だ。一刻も早くWRXを完成させろ」
『はっ!』
 パトリックの意を受けて執務室を三人が辞した後、入れ違いに一人の女性が入室してきた。二十代後半か、三十に届くかどうかと言う程度の美女だ。技術開発局所属の才媛エルデ・ミッテ博士だ。
 茶色の髪を髪留めで纏め、最低限の化粧だけで留めた顔立ちは、望めば男などいくらも作れそうなのに、そんなものに興味はないと無言で告げる冷たい雰囲気を纏っている。かつてアクアが名をあげた、TEエンジンの開発者だ。
「エルデ・ミッテか」
「サーベラスとR−2の戦果はいかが? ザラ議長閣下」
「開口一番それか。礼儀と言うものを知らんな。マッド・ドクめ」
「褒め言葉として受け取っておきますわ」
 礼儀もへったくれもないエルデ・ミッテの、他人など知らぬと言った素ぶりに、パトリックはあからさまに不快の色を浮かべるも、やはりエルデ・ミッテはエルデ・ミッテであるが故に、気にとめない。
「報告書には目を通した。出力制御に若干の問題を残しているが、核動力機にも勝る出力は評価しよう」
「自己修復する装甲素材さえ開発できればメンテナンスフリーの機体さえ可能とするのがTEアブソーバーです。そしてそれを制御するOS、私の『AI1』。装甲素材は今だしですが、AI1はザフトに勝利を約束するでしょう」
「搭載した機体間でリアルタイムに情報を共有し、より優れた戦闘データを選別・改善し反映させるOSか。MSの実用を検討していた頃から研究していたが、お前の提出したAI1の方が遙かに優れている事は認めよう。すでに各機に搭載するよう指示は出してある」
「御安心を、AI1は優秀ですわ。例え学徒兵が乗っても、十分に戦うでしょう」
 戦場に出る学徒兵達の命を憂うのではなく、AI1の優秀さを表す為の指標として学徒兵の事を話題に上らせたエルデ・ミッテの冷酷さに、流石にパトリックが声を荒げる。
 如何にプラントが十五歳で成人と認めているとはいえ、それでもやはり子供は子供なのだから。
「学徒兵が戦場に出る現状が問題なのだ!」
 椅子を蹴って立ち上がり、デスクを思い切り叩いたパトリックを、エルデ・ミッテはつまらぬ劇を演じる役者を侮蔑する評論家の目で見ていた。
 この女にとって人間らしい感情など路傍の石にも等しい。いや、等しくなければいけないのかもしれない。
「それは私の関与する所ではありません。お言葉ですが議長閣下と先代最高議長閣下の指導の結果ではございませんか?」
「っ、言ってくれる!」
「私の用件は済みましたので、では、また後ほど」
 そればかりは優雅に、エルデ・ミッテは一礼して執務室を後にした。
 苛立たしさを隠さず、椅子の背もたれに乱暴に背を預けるパトリックの様子に、それまで押し黙っていたシーゲルがおもむろに声をかけた。
「個人主義の行き着く果ての無関心かな? エルデ・ミッテは」
「己の研究以外には興味の欠片もない研究者の一例に過ぎん。我々コーディネイターにもよくありがちなタイプだ」
「しかし、実力はあるのだろう? ターミナス・エナジーに関しては私が議長の椅子に座っていた頃から報告を受けていたが、これまでの常識を覆す画期的な発見だ。今は戦争の道具だがな」
「皮肉を言うな。必要だからしている事に過ぎん。いずれ連合がNJCを開発する事は目に見えた現実だ。その時までに切れる手札は多いに越した事はない」
「TEアブソーバー、WRXか。連合も全く同じものを揃えるとはな。本当に情報の漏洩だと思うか?」
「いっそ偶然の方が正しいと言いたくなるほどの一致と言いたいのか? 諜報部に厳命を下す事に変わりはない」
 それもそうだな、とシーゲルはそれだけ呟いた。ザフトの抱える内憂外患も、ラクスの荒療治で多少マシになったが、まだ病巣となりうる種は残っているようだった。

 執務室を後にし、与えられた専用の研究施設に戻ったエルデは、彼女以外の人間は入る事の出来ぬ秘密の空間に居た。
 MSを二、三機は格納できる空間だ。がらんと虚しく開けたそこに、天井と床に備え付けられたスポットライトを浴びる鋼の骸が一つあった。
 アルベロがこの場に居たならば、それを指してこう呼んだだろう。
 メディウス・ロクスと。
 現在ザフトが量産している高性能MSメディウス・ロクスではない。今エルデが前にしているのはそのオリジナル。最初にして最後のメディウス・ロクス。
 原形をほぼ留めぬそれは、まるでおとぎ話か神話に出てくるような異形の怪物の面影をわずかに残している。
 ねじくれ醜く肥大した筋肉の様な筋。さまざまな色彩が入り混じった。病魔に侵された皮膚の様な装甲。
 だが、それが徐々に元の形を取り戻しつつあると知ったならば、目にした者はそれを全力で阻止しようとするだろう。それは世界に災いをもたらす悪魔や邪神の復活にも等しいおぞましさを滲ませていた。
 おそらく世界で唯一それを歓喜でもって迎える存在――エルデ・ミッテだけは、愛おしげにメディウス・ロクスを、そしてその中に搭載した己が愛し子『AI1』に囁くように語りかけた。あるいはこの女なりの子守唄であったかも知れない。
「今度こそ、今度こそ貴方に完全な肉体を与えてあげる。そして本当の貴方の成長を私に見せて? 『AI1』。人間の感情に負けたあの子は、本当のAI1ではなかった。貴方こそが本当のAI1――All In 1なのよ」
 メディウス・ロクスの胸部の装甲に愛しげに頬を寄せて、エルデは心から囁いた。狂おしいまでの愛情だ。それは狂気に等しく間違いなく愛でもあった。己の意に沿う内は惜しみなく注ぐ愛情。
 メンデルに残ったイーグレット・フェフと同じ光を宿す人間が、ここにも一人。