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SRW-SEED_ビアンSEED氏_第52話

Last-modified: 2013-12-26 (木) 22:11:01

ビアンSEED 第五十二話 風を抱く赤の聖母

 
 

 CE72.1月12日

 

 旧南アメリカ合衆国軍とディバインクルセイダーズの戦力を中核とする南米独立軍と、南米に駐留していた地球連合軍との間で起きたマスドライバー『ポルタ・パナマ』を巡る戦いは、DCから派遣された特殊任務部隊サイレント・ウルブズの参入もあり、一進一退の攻防を繰り返していた。
 投入された戦力の総数で言えば、攻める側の独立軍の方が劣り、また守る側である連合の方が条件的には上だ。俗に攻める側は守る側の三倍の戦力が必要という言葉があるが、それを当てはめれば独立軍の善戦は有り得ぬ結果だろう。
 それには元連合のトップエースである切り裂きエドや白鯨ジェーン・ヒューストンの存在に加え、サイレント・ウルブズの保有する既存の技術を大きく逸脱した機動兵器群の、突出した戦闘能力が大きな要因と言えるだろう。
 だがサイレント・ウルブズやエド、ジェーン、地獄の戦士の異名を持つローレンス・シュミットを除く南米軍の部隊は、装備や補給・整備状況などにおいて連合軍に一歩譲らざるを得ず、エース達を除けば戦況はなんとか互角といった所が正直な所だ。
 連合側が宇宙に上げる予定だった部隊を投入した事で、ストライクダガーやジンが主戦力だった独立軍は、ダガーLや105ダガー、デュエルダガー、Xナンバーといった高性能機を相手にしなくてはならず、真っ向からぶつかればまず勝ち目はない。
 あっという間に劣勢に立つか返り討ちにされているのが当たり前の状況を覆しているのは、全長550メートルを誇る巨大な戦艦とそれに搭載されていた機動兵器達である。
 青空を切り裂き、手にした白銀の剣で次々と戦闘機やゲタ履きのストライクダガーや、ジェットストライカーを装備したダガーLを圧倒しているのは、アギーハの駆る風の魔装機ジャメイム。

 

「はん、シルベルヴィントほどじゃないが、悪くない機体だね!」

 

 聳え立つ山の如く不動の姿勢で、両肩のブリッジトガン、ブリッジトカノンによる砲撃で次々と敵機を撃ち落とし、懐に飛び込んできた相手にはプラーナを纏った巨拳を叩きつつけているのは、シカログの乗る大地の魔装機プラウニー。

 

「…………」

 

 斧付きの長得物であるバルディッシュで敵機を切り裂き、プラーナを収束した魔法兵器ドラグショットや、ストライクドラグーンで纏めてリニアガン・タンクやソードダガーLを吹き飛ばしているのはヴィガジの操る火の魔装機スマゥグ。

 

「この程度か、地球人! スマゥグの敵ではないわぁ!」

 

 派手な動きはないが、最小限の機動と無駄弾を避ける堅実な戦い方で、両肩のリニアレールガンや対空ミサイルで地上と空の敵機を牽制し、分厚い装甲で被弾した友軍機の盾となり援護に徹しているのは、オールトが手を加えたブローウェルカスタム。

 

「マスドライバーとやらか司令部を押さえれば」

 

 五十メートルを超す巨躯からは想像もつかぬ機動性と加速で、背のGシュベルトゲベールを抜き放ち、すれ違った敵機を尽く斬り伏せ、肩から連なる遠隔誘導兵器であるタオーステイルを展開し、光の乱舞で波いる敵を駆逐しているのは、フェイルの超魔装機デュラクシール・レイ。

 

「アカハガネは前進しろ。このまま一気に押し込むぞ」

 

 地鳴りと共に地中から飛び出し、三十メートル超の機体に相応しい巨大な拳でストライクダガーの上半身を叩き潰し、背から砲身を伸ばしたエレメンタルバスターで周囲を薙ぎ払うのは、リカルドの愛機、大地の魔装機神ザムジード。

 

「調子は上々だな。……マサキの奴は」

 

 そして、リカルドの見上げる先には、漆黒の機神と共に空を飛ぶ風の白騎士の姿があった。
 だが、その動きには生彩が欠け、白騎士――サイバスターの主たるマサキの心にある迷い・恐怖・躊躇を如実に表している。
 死神の携える大鎌へと形を変えたプラグマティックサイトを振い、ダガーLの装甲を薄紙の如く切り裂き、その爆光がイスマイルの装甲を白々と照らし出す。
 同時に空中に描いた。魔法陣からはMSも飲み込んでしまうほど巨大な薄靄の様なものが出現する。
 死霊や術者の憎悪、怨恨、怒り、嫉妬と言った負の感情を増幅し、相手を呪い殺す「カーズ」である。
 目の前にした超常的な光景に一瞬気を取られたか、動きを止めたゲタ履きのストライダクガーを、魔法陣から放たれた獣の如き思念が食らいついてそのまま貪り尽くす。
 瞬く間に自らが生んだ二つの死には構わず、復讐の女神イスマイルのコックピットの中のテューディが注意を向けるのは、マサキのみであった。
 リカルドが気付いたように、テューディもまたマサキの不調に気付いていた。メンタルにおいて今のマサキは過去最悪の状況にある。
 もし乗っている機体がサイバスターでなかったら、もしテューディでなかったら、今もああして大空を飛んでいる事は出来まい。
 それほどまでにサイバスターの動きは見られたものではなかった。
 背から射出された四基のファミリアレスも、ブレイクフィールドを形成しているがその動きは場当たり的なもので、敵機の影を掠める事さえもできずにいる。

 

「くそっ!」

 

 今も、ジェットストライカーを装備したダガーLの右手を斬りおとし、アートカノンでスカイグラスパーを牽制してはいるが、まるで恐怖に駆られて追い払うかの様な動作だ。
 『殺人』を犯す事を恐れ、なんとか直撃を避ける様に攻撃することに腐心するあまりに、サイバスターの動きが鈍くなっていた。
 それを見抜いたリカルドは、舌打ちを打つと同時にサイバスターに通信を繋げる。

 

「あのバカ! ちい、おいマサキ、そんな動きしかできねえんなら後ろに下がってアカハガネの直衛に付け!」
「リカルド? うっせえ、今すぐこいつらをぶちのめせば文句はねえんだろう?!」
「マサキ! ち、通信を切ってやがる。かといって力ずくでサイバスターを下げる余裕はねえしな。タイミングが悪かったか」

 

 マサキの対人戦における初陣がこの時に重なった不運を呪いたい気分のまま、リカルドはザムジードに斬りかかってきたストライクダガー二機の頭部を殴り飛ばし、戦況を確認する。
 ところどころパナマ基地の防衛網に食い込んではいるが、今一歩攻めきれずにいる所が多い。
 エドやシュミットが単機で凄まじい戦闘能力を発揮しているが、やはり他の部隊と連携が取れていない以上は、それ以上の進撃は難しいようだった。

 

「マサキの奴はテューディに任せて、司令部を抑えるか? 殿下とヴィガジ達がいりゃ、それくらいは何とかできるな。後は、最悪マスドライバーを破壊される前に、決着を付ける事か」

 

 地球連合にとって、再建がなった大規模マスドライバーの防衛は無論重要事項ではあったが、最悪の場合――独立軍の手に渡る事を防ぐために破壊を含めた選択肢も考慮されている。
 宇宙のプラントを本土とするザフトとの決戦に向けて、宇宙に物資を送り出すマスドライバーの確保・維持は優先事項だ。
 だが、それがDCの援助を受けている南米独立軍に奪取されるとなれば、DC、ひいてはザフトの宇宙戦力の増強にも繋がる可能性もあるし、戦後の交渉材料を独立軍に与えることにもなりかねない。
 幸いケネディや日本の種子島、奪い返したカオシュン、ヴィクトリアのマスドライバーが十二分に機能している以上、ポルタ・パナマの破棄も下策ではあるが許容範囲であった。
 独立軍側としてはなんとしても、可能な限り損傷を与えずにマスドライバーを奪取したい目論見がある為、基地司令部がマスドライバー破壊に踏み切る前になんとしても制圧したい。
 MSと歩兵部隊をマスドライバーに取りつかせる為に、積極的に攻撃に出る独立軍。
 宇宙での戦いの為にも何としてもマスドライバーを渡すわけにはいかない連合軍。
 両者の間で繰り広げられる戦闘の火は、激しく巻き起こり、鋼とそれに抱かれた人間の骸を大量に産み出して行く。

 

「うおおおおお!!」

 

 マサキの怒号と共に振り下ろされた白銀の刃は、地上からビームライフルでサイバスターを狙撃していたストライクダガーの右腕を、フレーム毎斬りおとした。
 戦闘の恐怖とはまた別種の恐怖を糊塗する為の激情ではあったが、激しい感情の動きはマサキのプラーナを増幅し、ディスカッターに更なる鋭さを与えた。
 四肢の一つを失い、これで戦闘能力を奪ったと安堵するマサキの視界に、残った左手でビームサーベルを抜き放ち、斬りかかってくるストライクダガーの姿が映る。

 

「くそ、まだやる気かよ」

 

 咄嗟に掲げたディスカッターは、高熱のビームサーベルを受け止め、光の粒子を両機の間に撒き散らした。
 四肢を失った事で発生した機能不全を差し引いても、やはりサイバスターの方が圧倒的にパワーで上回り、やすやすとストライクダガーの機体を押し返して行く。

 

「もうやめろ! てめえらの負けだ」
『子供? 忌々しいコーディネイターか!』
「コーディネイターだろうがナチュラルだろうが関係ねえ。もうあんたらの負けだ。降伏してくれ!」

 

 圧倒的な優位な立場からストライクダガーのパイロットにそう告げるマサキの顔は、むしろ彼の方こそ敗者であるかのように歪んでいた。
 マサキの心は声なき声で叫んでいた――戦うな。おれに向かってくるな。おれにトリガーを引かせるな。おれに殺させないでくれ!

 

『降服だと! なめるなよ、ここで貴様らにマスドライバーを渡せば、戦火はより一層広がる。そうなれば、いずれおれの家族や友人にも害が及ぶ。彼らを守るためにも、おれは貴様らに負けるわけには行かん! 例え、この命が散ろうとも!!』
「!?」

 

 “守る為に”。それはマサキ自身の口から何度も出てきた言葉であった。それを、今、目の前の『敵』が口にした。
 その事実が、マサキの精神を横殴りに襲う。まるで、ボクシングの大会で、相手から最高のフックをもらった時以上の、最悪の衝撃だ。
 守る? 誰が、誰を? あのMSのパイロットが、その友人や家族を。おれと同じ理由で戦って……。
 “おれは家族を守るために戦う”――そう言った自分の言葉が、目の前の敵の言葉と重なった。
 おれは、おれと同じ想いを持った『人間』と闘っている! 殺し合っている!

 

「う、うわああああ!?」
『ぐわあっ』

 

 鍔競り合いの姿勢から、なかば恐慌に陥ったマサキはがむしゃらにサイバスターを動かし、サイバスターの右膝が思い切りストライクダガーの下腹部を蹴りあげ、仰向けに大地に吹き飛ばした。
 マサキは、その場から逃げるようにサイバスターを飛び立たせた。
 一方、戦車とMSの混合部隊に足を止められ、サイバスターと離れていたテューディは、ようやく敵機の殲滅を終え、凄まじい勢いで当ても無く飛ぶサイバスターを捕捉した。その様子から、マサキが尋常な状態ではない事を看破するのは容易かった。
 処女雪の白さと病人のそれに近い背徳的な魅力を滞留させる肌に、一筋いやな汗が伝う。

 

「マサキ……」

 

 新たに出現した敵機の反応に、オメガブラストを一発くれてやってから、イスマイルの推進機関に全力を命じサイバスターの後を追う。
 最高速度ではサイバスターに後れを取るイスマイルだが、マサキの混乱が原因で本来の力を出し切れずにいるサイバスターに追い付くのは造作も無い事だった。
 ある程度の距離まで迫ってから、サイバスターに合わせて速度を調整し、サイバスターに向けて左手首にある接触回線用のワイヤーを射出し、通信を繋げる。
 いつ敵機が現れるか分からない状況に、テューディもやや焦った口調に変わっている。
 いや、雑兵の百や二百、イスマイルさえあれば蹴散らして見せるがマサキの様子にテューディの意識は傾いていた。

 

「マサキ、何をやっている! まだ戦闘中だぞ」
『テューディ、か』

 

 なんて弱弱しい声を出すのだ。帰ってきたマサキの声に、テューディはこの少年を庇護しなければならないと言う女の欲求と、彼女の知るマサキ・アンドーとの違いに失望を覚えていた。
 いや、あの世界のマサキ・アンドーも初めて人を殺めてしまった時は苦悩し、傷ついていた。
 このコズミック・イラの世界のマサキも同じ壁にぶつかっただけなのだ。

 

「どうした。人を……撃ったのか?」

 

 殺したのか、とは聞かず、別の言葉を選んだ。いや、マサキの反応を恐れ、聞けなかったと言うべきだろう。

 

『いや、まだ、殺してはいないと思う。多分』
「ならどうした」
『……敵のパイロットに、投降を呼びかけた』
「……」

 

 ゆっくりと、言葉を噛み締める様に呟くマサキに、沈黙を持って先を促す。レーダーに反応、地上にストライクダガー二機からリニアガン・タンク四両が迫っている。

 

『そしたら、そいつは投降を拒んだ。おれ達がマスドライバーを制圧すれば、戦いが広がる。そうすれば、自分の家族や友人が傷つく。そいつらを守るために戦わなければならないって、そう言ったんだ』
「お前と同じだな」

 

 ストライクダガーの浴びせかけてくるビームライフルを、サイバスターとともに高度を取って回避し、テューディは冷たい口調でマサキに言い返した。
 音声のみが返ってくる向こうで、マサキが体を強張らせているのが、手に取るように分かった。

 

『お、おれは、守る為なら戦えると言った。でも、それはおれが敵だと思っていた連中も同じだったんだ! おれが守りたいものを守るためには、おれが守らないと決めた連中と戦うって事で、そ、そいつら、にも、おれとおんなじで守りたいものがあって』
「マサキ」
『……』

 

 困惑しているのがはっきりと聞きとれるマサキの声を聞きながら、テューディはマサキに呼びかけ、そしてマサキの見ている前で、地上の敵に向かい、オメガブラストを放った。 
 目が潰れるのではないかと言うほど強烈な光と、膨大な熱量、ノイズ混じりの爆音がい瞬にして出現して大気を攪拌し、大地を揺るがす。マサキはそれが何を意味するのか悟り、開いた口を閉ざす事が出来なかった。テューディは、マサキの目の前で、人を……殺して見せたのだ。
 魔装機神をも超える魔装機――超魔装機イスマイルの持つ最大火力の一つの直撃を受けた後には、何の痕跡も残ってはいなかった。
 ただ、抉られ、焼きつくされ、消し飛ばされた大地にクレーターが穿たれていた。
 そこに、ほんの一瞬前までいくつかの生命が息をしていた事など、誰にも分るまい。圧倒的な破壊が過ぎ去った爪痕が残されているきりだった。

 

『テュー……』
「これが戦争だ。これが戦いだ。これが闘争だ。相手を殺さなければ自分が殺される。相手を気遣って戦争が出来ると思っているのか?
 守りたいから戦う。大抵の者はそうだろう。好き好んで戦争などに首を突っ込み、自分の命を掛けて殺し合いを楽しむ者などまずいない。
 今この場や、そしてあのルオゾールがオノゴロやヤラファスに現れた時それでも戦っていた連中は、自分の命と相手の命を懸けてでも戦う事を選んだ連中だ。
 分るか? 殺す事と殺される事の可能性のどちらも知っている連中だ。
 それを、今更知って、尻尾を巻いて逃げる? なるほどそれも選択肢の一つだ。事実、お前と同じ様にして戦場に背を向ける者などいくらでもいる。
 マサキ、私はお前に言ったな? サイバスターがお前を戦いに引きずり込むかもしれないと。今、お前は私の言葉通り戦いの渦の中にある。サイバスターという強大な力を手にしてな。
 望めばお前も、私がしたのと同じかそれ以上の事が出来る。
 圧倒的な力で、他者の命を花を摘むように容易く手折る力がな。敵がお前の命を奪うのは行い難く、お前が他者の命を奪うのはあまりに容易い力だ。
 お前はそれを守る為に使うと私は期待していたよ。『相手を殺してでも守る為』ではない。ただ純粋に『守る為』にな。
 マサキ、お前に託した力は桁外れに強大だ。だがな、一人の人間が出来る事、背負える事などたかが知れているのだ。
 お前が今感じている苦痛や恐怖を想定していなかった私にも責任はある。お前に勝手に期待し、サイバスターを任せた私の責任がな。
……船に戻れマサキ。今ならまだ間に合う。お前の家族は私が責任を持って探しだそう。サイバスターを降りるんだ。マサキ」
『テューディ……』

 

 接触回線用のワイヤーを引き戻し、テューディはサイバスターに背を向けて一路マスドライバーへとイスマイルを進ませた。
 掠れた声で自分の名を呼ぶマサキの声が聞こえたが、振り向く事はしなかった。

 

 

 マスドライバーを目前にしたシュミットのガームリオン・カスタムとフェイルのデュラクシール・レイは、重厚に敷かれた布陣を前に二の足を踏んでいた。
 司令部の守りを捨ててまでマスドライバーの方に戦力を割いたのか、カラミティやレイダー、バスターダガーやダガーLなどの高性能機が集められ、互いに連携してこちらの進撃を阻んでいるのだ。
 デュラクシール・レイの火力を用いれば突破口を開くのは難しくはなかったが、連合側の部隊の背後にマスドライバーがあり、強力すぎる火力が仇となって決定打を打てずにいる。かといってあまり時間をかければマスドライバーに時限爆弾を仕掛けるなり、MSで直接破壊するなりして、使い物にならなくされるかも知れない。
 いや、そう言った用意などとっくにされているだろうから、こちらとしても早く特殊部隊を突入させて内部や管制塔を制圧したいのだが、いかんせん、MSや戦闘車両、歩兵部隊の残っている状態ではそうもいかない。
 何度目か突撃を図った独立軍のストライクダガーとリオンの部隊が、カラミティやバスターダガーの集中砲火に鉄屑に変えられた光景に、フェイルが、意を決っしてシュミットに通信を繋げる。

 

「シュミット三佐、デュラクシールで突破口を開く。アンチビームコーティングした特機級の装甲ならばあの集中砲火でもそうやすやすとは落ちない。三佐は部隊を纏めておいてくれ」
『……分の悪い賭けだが、そうしてもらう他なさそうだな。MSを掃討すると同時にこちらのコマンドを突入させる。内部を制圧すれば、あとは外部からの破壊を防げば良い。司令部はエドとシルベイラ中尉が抑えてくれるだろう』
「了解、三十秒後に突入する」

 

 デュラクシール・レイの両手にGシュベルトゲベールを握らせ、同時にタオーステイルの起動準備を行う。
 まずは目前のバスターダガー三機を撃墜し、次いで指揮官機らしきカラミティを狙う。多少は指揮系統の混乱を引き起こせるだろう。
 今となっては、半ばサイボーグ化した体に感謝したい。デュラクシール・レイの性能を限界まで引き出すには、人間の肉体ではいささか無理があったからだ。
 持って生まれた肉体と変わらぬ感触の、人造の体で、フェイルはデュラクシール・レイを突撃させた。
 これは連合側にとっても堪ったものではない。五十メートルを超す巨体と装備の凄まじさから、噂に聞くDCの特機タイプと、肝を冷やしていた所にこの突撃だ。
 これを迎撃したパイロットのほとんどはその場で死を覚悟したほどである。
 MSの倍以上ある機体が砲弾の如く、凄まじい勢いで迫る姿に、トリガーを引く指を強張らせたバスターダガーが、最初の犠牲者だった。
 振り下ろされた大上段からの右手の一刀に、コックピット毎真っ二つに切り裂かれ、切断面から紫電散らすのとほぼ同時に爆発の中に飲み込まれる。
 爆炎が上がるよりも一瞬早く、左手に握られた対艦刀は、もう一機のバスターダガーの胸部を深く刺し貫き、レーザーの刃は噴き出したオイルを蒸発させて白煙を纏っている。
 残る一機が両腰の砲を向けるより早く、左手のGシュベルトゲベールに貫かれていたバスターダガーが投げつけられ、至近距離からかつての仲間の骸の熱烈な激突を受け止めたバスターダガーは、まとめて左腰から右腰へと抜けたレーザー刃に両断された。
 三機を撃破しおえるのと、事態に気付いたカラミティとその護衛らしき、フォルテストラを装備したデュエルダガーが、レールガンやシュラークの砲身を向けてくるのは同時だった。
 デュラクシール・レイの巨体に降り注ぐビームと超加速を加えられて実体弾に沿う今日表面を著しく削られながらも、フェイルは砲火の雨を縫うように機体を動かし、タオーステイルを起動し、飛び立った死を告げる小悪魔達は、翠の宝玉の輝きで空中に軌跡を描きながら、襲いかかる。
 大気圏内で有線式ガンバレル以上に三次元的な機動を行う遠隔操作兵器を相手にした経験のあるパイロットは、まずいない。
 それ故に、自機らの周囲を飛ぶ小型の熱源に気付いた彼らには、それに向かって引き金を引く事は出来ても、自分達に向かって放たれた光の矢を回避する事は出来なかった。

 

「く、もう別の敵か」

 

 しかし、タオーステイルを収納したデュラクシール・レイめがけ、今度は空中からスカイグラスパーとレイダー制式仕様の編隊が銃火を浴びせてきた。
 オリハルコニウムとPS装甲をのハイブリッド装甲には致命的なダメージにはならなかったが、その足を止められてしまった。

 

「彼等も決死の覚悟と言うわけか。だが、それはこちらも同じ事」

 

 高度を取り、再びデュラクシール・レイ目掛け攻撃を仕掛けんとした部隊を、後方からの対空ミサイルとパルスレーザー、バスターキャノンの光が飲み込んで破壊しつくした。

 

「テューディに、オールトか」
『ご無事で? 陛下』
「後一押しと言う所の様だな。フェイルロード」

 

 はるか後方から、硝煙をくゆらせるブローウェルカスタムと、空中から近づいてくるイスマイルの姿をモニターが捉えた。
 傲岸なまでの口調で告げるテューディは、自ら手掛けた超魔装機の力をいかんなく発揮し、呪術攻撃であるカーズを使ってマスドライバーに被害を与えずに連合側の部隊を牽制し始める。

 

「テューディ、マサキは?」
「当てにするな」
「そうか」

 

 フェイルに帰した言葉は短く冷たい。それだけで、フェイルは答えを悟り一瞬だけ目を閉じる。
 それもまた仕方の無い事と覚悟してはいたが、やはり自分の知るマサキと同じであることを期待していた分、失望の念は覚えるのを禁じ得ない。
 湧き上がる感情を理性で押し込め、フェイルは今一度マスドライバー周辺の戦況を確認した。
 フェイルとテューディが敵機を撃破した地点を突破口に、シュミットがリオンやガームリオンを集結させ、機動性を活かした突撃を繰り返して空の連合部隊を一気に削っていた。
 それを確認したフェイルはこちらも負けじと地上に展開している連合軍の掃討に移る決意をした。

 

「異星人共とリカルド・シルベイラは司令部に向かった。だが、イスマイルとデュラクシールなら問題ない戦力だ。よもや弱音は吐くまい?」
「分かっているさ。各機、私達に続け。マスドライバーは目前だ!」

 

 随分と数の減ったエムリオン・ストライクダガー部隊は、雪崩の如くデュラクシール・レイとイスマイルの後へと続いた。

 

 

 テューディの忠告に従うわけでもなく、マサキはサイバスターを地上に下ろし、そのコックピットの中に留まり続けていた。
 すでに周囲の敵機はイスマイルと後続の独立軍の部隊が制圧し、サイバスターのレーダーに敵影はない。

 

「おれは、どうすればいい? お前を降りるべきなのか、それとも戦うべきなのか? それとも、それ以外の道を探すべきなのか。おれには分からねえ、分からねえんだ。教えてくれ、サイバスター。誰か、教えてくれよ……」

 

 答える者の無いマサキの問いは虚しくサイバスターのコックピットに響き、間もなく散った。
 光の見えない真っ暗やみの中に放り出された幼児の様に、マサキはただただ、瞳を閉じて項垂れた。
 テューディの言葉が頭の中でリフレインしている。リカルドの言葉が心で熱を持って叫んでいる。オウカやククルの顔が、彼女達を待つ子供達の顔が浮かんでは消える。
 その度に、マサキの心のどこかが疼くがそれでもマサキは立ち上がれずにいた。
 戦場で誰かを殺す。それは、そうしなければ自分の命が無いのだとしても、相手も死を覚悟した上でいるのだとしても、その家族や友人からすれば理不尽な暴力によって大切なモノを奪われる事に違いはないだろう。
 そしてそれは、マサキの両親の命を奪ったテロリストと何の違いがある? 違いがあった所で人を殺す事を許容する理由などあるものか。
 その思いが、マサキの進むべき道を暗雲の中に閉ざしていた。

 

「ちくしょう……。ちび共との約束を、守らなきゃいけねえってのに。おれは」

 

 マサキの唇から、弱弱しい声が零れ出る。答える者はいない。

 

「だけど、おれにはどうすればいいか分からねえ。サイバスター、今のおれには、お前は重たいぜ」

 

 答える者はいない。

 

「おれは、親父やお袋を殺した連中と同じになるのが嫌だ。わけのわからねえ理屈や思想なんかで関係の無い人たちを苦しませる連中になるのが、たまらなく怖い。だからって、ここで膝を抱えたままなのは悔しくてたまらねえ。おれは、何がしたいんだ? おれは」

 

 サイバスターが、動いた。吹く筈の無い風が、密閉されたコックピットの中に吹いていた。
 かつてマサキが初めてサイバスターに乗った時に感じた優しく穏やかな風であった。
 聖母の手の様にマサキの頬を撫ぜる風は、しかし、ただそうするだけで何もマサキに語りかけはしない。
 サイフィスは言った。多くの不幸な人々を生み出さない為に、マサキと同じ思いをする人を作らない為に戦えと。だが、そんな事が出来るものかとマサキは思う。

 

「今のおれが戦えば、おれと同じ人間を作るだけじゃないか! だったら、戦えるわけ、ねえじゃねえか……」

 

 風は語らない。サイバスターは語らない。コントロールスフィアに添えられたマサキの腕は震えている。

 

「……けどよ。どうしてだか、わかんねえが、こいつが叫ぶんだ」

 

 にぎりしめた拳で、マサキは自分の左胸を叩いた。何度も何度も。

 

「おれじゃねえおれが言いやがる。戦え、戦えってな。そうしなけりゃおれは前に進めねえのか? おれはただ戦いたいだけなのか? 人を殺したいのか、サイバスターの力に酔いしれたいのか?
 それとも何時か、サイフィスが言ったようにおれは戦えるようになれるのか? そうなりたいのかもしれねえ、でもそれまでこんな思いをしてまで戦い続けなきゃいけねえのか? だったら、おれは……」

 

 マサキの腕の震えは止まっていた。それは恐怖が消えた事を示していたわけではない。嫌悪感が消えたわけではない。罪悪感が消えたわけでもない。
 だが、覚悟が出来た。本当の、覚悟と言う名の鋼がマサキの負の感情に研磨され、一振りの刃として形を成したのだ。
 それはまだ未成熟な、青い覚悟であり決意だ。時には曇り、傷つき、迷う時もあろう。
 それでも、そこから始めなければ進む事は出来ない。
 マサキは前に進む為の一歩を踏みしめようとしていた。

 

「行くぞ、サイバスターGO!!」

 

 マスドライバーの最後の防衛線を瓦解させた時、シュミットは手遅れを理解した。
 この時の為に伏せていたバスターダガーと、ランチャーストライカーを装備した105ダガーが、マスドライバーを囲む形で姿を見せたからだ。
 最後の最後で、他の戦線で残っていた機体を呼び寄せたのか、元から用意しておいたのかは分からないがそれらの機体は散開しており、各機が装備した火器は狙いをつけており、それが引き金を引くよりも早く撃墜するのは、例え神のごとき操縦の腕前を誇ろうとも不可能だと悟ったのだ。
 せめてマスドライバーの被害を小さくしようと、最も近い一気に大口径ライフルの照準を合わせる。悪足掻き――頭の片隅でそう言う自分の声を聞いた。

 

「ちい! マスドライバーをやらせるわけには」

 

 その時。愛機の赤くて角付きのガームリオン・カスタムのレーダーが、音速をはるかに超えた高速で迫る機影を捉えた。
 伝説に謳われる神の鳥を模した神鋼で造られた機械神。風に愛された白銀の騎士。

 

「サイバスターか!」

 

 テューディとフェイルが、その名を呼んだ。喜びに踊っているようでもあり、凝固した血痕の様な不安を孕んでいるようでもあった。
 それでも、フェイルは今の状況を打破できる唯一の可能性に欠ける為、マサキの返答を待たずに通信を繋げた。

 

「マサキ、マスドライバー周囲の敵機を掃討してくれ! お前とサイバスターにしかできん」

 

 マサキの答えは無かった。だが、それに答える様にサイバスターの壮麗な機身から溢れ出すプラーナは天井知らずに高まって行く。

 

「行っけえええ!! サイフラーーッシュ!!」

 

 風さえも追い越す魔風となったサイバスターは、四肢に行き渡るマサキのプラーナとフルカネルリ式永久機関の力を、力持つ風に変え、その全身から解き放った。
 白く光輝く風はマスドライバーを包囲する様に布陣していたMSをすべて破壊していた。
 敵機の全撃墜を確認したシュミットは、人生の中でも片手の指ほどしかついた事の無い溜息をゆっくりと吐き出した。

 

『三佐、司令部は抑えたぜ。マスドライバーどうだい?』
「エドか。ちょうど今制圧した所だ。……作戦成功だな」

 

 シュミットの言葉通り、連合全軍に戦闘停止命令が出され、降服を申し入れてきたのはそれから間もなくの事だった。 
 戦闘停止命令に従い白旗を上げ武装解除して投降してきた連合兵や、戦線から離脱した部隊などへの対処に追われる中、パナマ基地の軍港に浮かぶアカハガネの自室に、マサキは閉じこもっていた。
 サイフラッシュによって撃墜した機体は合計七機。その内、五名の死亡が確認されている。
 マサキがパナマ基地制圧作戦で殺したと確認できる数である。
 マサキの部屋を訪れる者はいなかった。テューディが、訪れるまでは。マサキの部屋に、テューディは無言で足を踏み入れた。
 開け放たれた窓からは、熱帯雨林の熱を孕んだ風が入り込んでいる。
 床に衣服が散乱しているわけでも、食い散らかしたトレーが転がっているわけでもない。
 ただベッドに腰掛けたマサキがじっと床の一点を見つめているだけである。
 風が入っていなければ、時が止まっているのではないかと錯覚してしまいそうな場所になっていた。
 ちょうど、マサキの傍らでテューディは足を止めた。何を話せば良いか迷う色が一瞬その顔に浮かんだが、それを消したのもまた一瞬であった。

 

「食事は、ちゃんと取っているらしいな」
「……ああ」
「返事をする気力はあるか。気に病むな、とは言えんな。ただ、お前がああしなければ、今私達はここにいなかったかもしれん。お前のした事で救われた命もあるだろう。戦闘停止命令が出るのが遅ければそれだけ死人が出ていただろうしな」
「……」

 

 沈黙のままのマサキに、テューディは苛立ちと不安が増して行くの感じ、持て余していた。
 ただ憎悪のみに突き動かされていた生前に比べ、今はあまりに抱く感情が多すぎる。こんな経験は、テューディにとってはほとんど初めての事だった。

 

「なあ、マサキ。お前が嫌と言うなら、私からフェイルに掛け合って」
「テューディ」
「なんだ?」
「心配してくれてありがとな」
「い、いや、別にお前の事を心配したわけでは……」
「大丈夫だ。おれは、大丈夫さ。もう決めたんだ。おれは、サイバスターに乗って戦い続ける。おれの目的の為に、おれは戦う。逃げずに、戦うよ。そうじゃなきゃ、おれが何の為に人を殺しちまったのか分からなくなる。だからさ、そうでなきゃ、そうでなきゃいけないだろう?」
「マサキ」

 

 右手で造った拳を左手で握りしめながら、マサキの声は末尾に行くにつれて小さく擦れて行った。
 人を自分の意志で、自分の手で殺した事実から背を向けず、正面から受け止めようとしているのだ。

 

「マサキ!」

 

 考えるよりも早くテューディの体は動き、マサキの頭を掻き抱いていた。自分にも分らない衝動が、強く、強く胸の内に生まれて、体を動かしていた。
 マサキはテューディの行動に驚いたのか、テューディの胸の中で目を閉じていた。

 

「テューディ」
「なんだ?」
「悪い、しばらくこうしててくれ」
「お前の好きなようにしていい」

 

 そっと、テューディの背と腰にマサキの腕が回され、力強くテューディの華奢な体を抱きしめた。
 小さな、本当に小さなマサキの嗚咽が零れ出したのは、それからすぐの事だった。
 咽び泣くマサキの頭を優しく抱きしめながら、テューディは自分の心を満たす者が何であるかを知った。

 

(そうか。これが“愛しい”と言う気持ちか、ウェンディ)

 

 その夜、制圧したパナマ基地司令部に、シュミットとフェイル、そしてヴィガジらインスペクター三人の姿があった。
 今回の戦闘で独立軍は保有するMSの総数の約二割を失っており、途方も無い損害を出している。
 それを埋めるように接収した基地設備や未使用の武器弾薬、生産施設などの状況の確認や捕虜の処置に関しての話し合いを終えた後の事だ。

 

「では、修理と補給を終えたら君達サイレント・ウルブズは宇宙に上がるのかね?」
「ああ。そこまではビアン総帥から受けた指示通りだ。その後は我々の独自の判断で動く」
「宇宙か。何か当てはあるのか?」

 

 順にシュミット、フェイル、ヴィガジだ。シュミット個人としてはこのままサイレント・ウルブズには南米に留まって欲しいが、そうもいかぬ事情がある以上、既に断念していた。
 一方でヴィガジも、体の言い様にフェイルらに協力するのに若干の不満を残しつつも、久方ぶりの宇宙とあって、若干緊張しているようだ。
 シカログやアギーハらも腹の底ではヴィガジ同様のある思いを抱えていた。
 ヤラファスとオノゴロ島を襲ったルオゾールへの復讐である。
 天職とさえ思っていた喫茶店とたこ焼きの屋台を潰された恨みが、実はこの三人の行動の源泉となっていたりする。さしものルオゾールも考えの外にある動機だろう。
 彼らがサイレント・ウルブズと言う折に繋がれるのを良しとするのも、いざとあらばDCの首を噛み切っても良いという特権と、なにやらルオゾールと因縁のあるらしいフェイルロードがいる事を利用する為である。

 

「この前、シュウが去り際に言っていただろう? ルオゾールは宇宙にいると。ザフトと連合の決戦で姿を現し、神の威光をこの世界の人間達に知らしめるつもりなのだと」
「その時まで待ち続けるつもりか? 性に合わんな」
「それなら御心配なく。ルオゾールにとってなによりの餌が同行しますので」
「誰だ」

 

 肩から下げたエレファントライフルの引き金に指を添えたシュミットが、声の主を問うた。
 二百メートル先のコインも撃ち抜く超絶の精密射撃を可能とする技量の主だ。それが早射ちも同様である。
 一方、シュミット以外の列席者は、聞き覚えのある声に苦虫をつぶしたような表情や、動揺を見せない者まで様々であった。
 この世界で最高に最凶なイレギュラーの一人、シュウ・シラカワであった。
 ここに至るまでのセキュリティと警備の全てを無力化した青年は、常と変らぬ余裕を湛えた冷笑で入室した。

 

「シュミット三佐、初めてお目にかかります。シュウ・シラカワです」
「貴方が。ビアン総帥から名前は聞いています」
「シュウ・シラカワ、餌ってのはあんたの事かい? 確かに、あのヴォルなんたらを自慢していた奴はあんたに執着していたみたいだけどねえ」
「……」
「ルオゾールにとってもヴォルクルスにとっても私は許し難い復讐の対象ですからね」

 

 どうやってここまで来たのか、と聞く者はいない。聞くだけ無駄だと悟っているからだろう。
 しかし、数日前のイズラフェールとの戦い以来姿を消していたこの男が今さあ姿を現すとは。しかもサイレント・ウルブズに同行するとさえ言っている。

 

「どういう風の吹きまわしだ。シュウ」
「特に企みがあるわけではありませんよ、フェイル。私にとって貴方方と合流した方が都合の良い状況になったから、こうして同行を申し込んでいるのですよ」

 

 ヴィガジがシュウにとって都合の良いと言う状況を推察し、おもむろに口を開いた。

 

「今までの貴様の行動から考えて、この世界の連中の戦争に関与するつもりはなさそうだが。ふん、グランゾンの力で戦局に介入せずに済む状況を待っていたと言う事か」
「ええ。パナマ基地を制圧すれば後は貴方方が独自に動くと言う話は聞いていましたからね。グランゾンで連合とザフトを壊滅させるのはたやすい事ですが、戦力は多いに越した事はありませんので、今回の事も含め、貴方方が強くなるのに越した事はありません。忌まわしい事ですが、ルオゾールは私の予想を超えて強力なようですから」
「おれ達は貴様がルオゾールとやらを滅ぼす為に利用する手駒と言う事か。気に入らんな」
「現地の戦力を利用する貴方がたのやり方と、ビアン総帥の手法を参考にさせていただいたまでですよ。所でいかがです、フェイル? 私とグランゾンの同行を許可していただけますか」
「……分った。部隊戦力の増強については私の権限で好きにして構わないとビアン総帥から許可をもらっている。私の権限で、シュウ・シラカワとグランゾンを民間からの善意の協力者として登録しよう」
「善意の協力者ですか、言い得て妙ですね。それではよろしくお願いしますよ」

 

 ホワイトベース隊やロンド・ベル隊に参加していたスーパーロボットのパイロット達と同じ扱いに、シュウはこの青年には珍しい苦笑を洩らした。
 慇懃なシュウの言葉に、ヴィガジやアギーハらは警戒の念を抱いているようだが、フェイルはある程度の信用は置いているようで、あまり気に留めた様子はない。

 

「やれやれ、勝手に話が進むものだな。では、ビルセイア准将、貴官らの武運を祈る。我々のエースを持って行くのだ。生きて再会できなかった時には墓の前で恨み言を言わせていただく」
「ふっ、シュミット三佐もな。リカルドの事は任せてもらおう。貴方方の健闘を、私も祈るとする」

 

 部屋に閉じこもったマサキに、秘蔵のポルノ雑誌とウィスキーを渡そうとしたリカルドが、部屋の中から聞こえてくる甘い声に入るタイミングを逸したのも、ちょうどこの時だった。

 

 

 宇宙にある中立国のコロニーの港に停泊しているシャトルの唯一の乗組員である男が、安酒だけが取り柄の酒場で杯を干していた。
 旧日本国で醸造され、今でもわずかな職人が作っている焼酎と呼ばれる酒である。
 煙草のヤニと結露しそうなほど濃い安っぽいアルコールの香りが充満する酒場では、超高級品となった本物の焼酎など飲めるはずも無く、劣悪な偽酒である。風味が申し訳程度に似ているに過ぎない。
 元が初期のコロニー港労働者用の酒場だ。今や人類が宇宙へ進出して時が流れた現在では、残っている事自体が奇蹟に等しい骨董品の様な酒場であった。絶え間なく言い争う怒号が聞こえ、グラスが割れる音やホステスの挙げる嬌声が止む事はない。
 大量生産品の、プラスチック製のお猪口に手酌で入れた酒を一息に飲み、喉を焼く灼熱に、鼻息を一つ洩らす。
 酒の味を楽しんでいるのでも、場の空気に酔っているのでもなさそうだ。
 しかも終始厳めしい鬚面を顰めているから、男の周囲には近寄る者は誰もいない。
 いや、正確には近寄った連中ならば居た。その男の風貌と一人だけ場から浮いた雰囲気にいちゃもんをつけたコロニー労働者の二人組である。
 無重力下とはいえ過酷な環境で肉体と経験だけを頼りに働き続けた肉体は、鍛え抜いた軍人顔負けの実用向きな筋肉を備え、宇宙服一つで死の世界である宇宙に身を晒し続けた経験が、並ならぬ胆力を与えている。
 丸腰とはいえ、岩の塊みたいな拳は一撃で人間の顎位は砕くだろうし、分厚い筋肉は安物のナイフ程度なら表面の筋肉だけで止めてしまうだろう。
 他の客も、黙々と注文を作り続けるだけのバーテンも、気には留めなかった。二人に半殺しにされた中年の男が一人出来上がる。ここではよくある話だ。
 だが、そうはならなかった。二人の巨漢の片方が、カウンターの丸椅子に腰かけたままの男の右肩に、ミットの様に分厚く石の様に硬い手を置いた瞬間、空いていた男の右手人差し指を伸ばした形で巨漢の喉を突いて昏倒させ、その体が崩れ落ちたのと同時に男は左手に持っていたお猪口を親指で弾き、それが残る巨漢の額を打ったのだ。
 ただのプラスチック製のお猪口が男の指に弾かれた時、身長百九十八センチ、体重百三十キロの男を気絶させる弾丸と化したのだ。

 

「親父、代わりを」
「親父ではなくマスターと」

 

 いつもと違う光景を、バーテンは片方の眉を顰めただけで、代わりのお猪口を男の前に置いた。
 それからまたちびちびと、プラスチック製の徳利に入った焼酎もどきをやり出す。
 男の右手の近くに置かれた一メートルほどの細長い堤に興味を抱き、手癖には自信のある連中がそれに目を光らす事も何度かあったが、男の姿を見た途端そんな考えは吹き飛んでいた。
 なぜか、男の姿を見るのと同時に、脳天から股間まで真っ二つに切り裂かれる自分を鮮明に想像したからだ。
 この男は、人間の姿をした別の何かだと、本能的に理解したと言えるだろう。
 そんな男に、ある一人の男が粗末な衣服に身を包んだ、どこにでもいる難民風の男である。
 赤ら顔は、さんざんアルコールを摂取したことを証明し、吐く息は酒そのものの匂いを含んでいる。
 ふらふらとおぼつかない足取りは、転んだ拍子に男の席の隣に酔った男を運んだ。
 へらへらと赤い顔に笑みを浮かべたまま、酒の匂いと共に理性に支配された言葉を吐いていた。

 

「ムラタ様ですね?」
「……」

 

 ムラタは答えず、手に持ったお猪口の中の酒に移る自分を見つめていた。
 左眼に走る傷。針金の如く伸びた鬚。後ろに流し後頭部で纏めた髪。剣に生き、剣に死し、剣の為に数多の人間を殺してきた男の顔だ。
 酔っている男は、しかしまるで素面の調子のまま懐から一枚のメモリーディスクを取り出してムラタの右手の届く場所に置いた。

 

「私はマルキオの使いです。貴方様に仕事を依頼したく……」
「黙れ」
「は?」
「歌が始まる。黙れ」

 

 いつの間にかムラタの眼は、店の中央に一段高く設けられた台に向けられていた。
 すでにタキシードに蝶ネクタイ、そして本物の顔と見紛うばかりの美しい仮面を被った青年がピアノを奏で始めている。
 マルキオの使いは、唐突にある事に気付いた。誰もが口をつぐみ、店の中にはただただ、物悲しいピアノの旋律だけがあった。
 胸に腕を指し込まれ、首筋をたっぷりと唾を乗せて舐められて嬌声を挙げていたホステスも、わけのわからぬ理屈で喧嘩をしていた客も、誰もがピアノの旋律に耳を傾けていた。
 彼らの姿に、マルキオの使いは神の子を前にした敬虔な信徒の姿を重ねていた。だが、それは間違いだろう。彼らは救いを求めてはいない。
 ただ、一時の、夢のように儚い安らぎを求めているだけなのだから。
 酒場の片隅で、店のバウンサー(用心棒)もまた、静かに目をつむり耳を傾けていた。
 日に焼けた肌に、鞭のしなやかさと鋼の強さを兼ね備えた筋肉を纏った男だ。絵になるほど蝶ネクタイとベスト姿が様になっている。
 常連客やホステスによほど人気があるらしく、しょっちゅう声を掛けられている。
 これまた笑顔が男でも惚れ惚れするほどに様になっていて、匂いたつ様な男臭い魅力を持っている。笑みを浮かべた時に露わになる槍穂の様に尖った歯が特徴的だ。
 どことなく、人懐っこい野生の豹の様な男であった。
 ムラタが、全身全霊を尽くしても勝てるか分からないと心から思うほど、腕が立つ。ステージの奥のカーテンが左右に割れ、今宵の歌姫が姿を見せた。
 マイクを前にして足を止め、照明に露わになったその姿に、マルキオの使いは喉の奥で唸った。
 醜い。これが人間の顔かと思うほどだ。蒼黒く腫れ上がった瘤や、どす黒い血管が浮かび上がった顔は、どこかのB級ホラー映画の悪霊か何かの様だ。
 胸元の大きく開いた赤いカクテルドレスを身に纏った体こそ肉感的な美女のそれに相応しいスタイルだったが、吐き気を催す顔との組み合わせはアンバランスな事この上ない。
 ムラタが歌姫の素性を語り出した。マルキオの使いに聞かせると言うよりは、自分自身に聞かせるような口調だった。

 

「シノブ・ウィンドという。日系のナチュラルだ。元は芸能界の至宝と言われたほどの歌歌いだったが、事務所には力が無かった。大手プロダクションが手を回し、麻薬漬けにした上でどこぞの売春組織に売られた。
 麻薬漬けの代償があの顔だ。倒錯的な客の趣味の所為で顔を潰されたらしくてな。歌歌いにとっては命の喉も、随分前に潰されたそうだ」

 

 ゆっくりと、シノブが歌い始めた。ピアノの旋律は物悲しさから子守唄の様な優しい旋律に変わっている。
 マルキオの使いは、それきりムラタの言葉が耳に入らなかった。
 シノブの歌はブルースだった。
 数十年を歌に捧げたベテランが、いくら歌っても歌えないと血反吐を吐く思いで嘆き、まだ一年そこそこの新人が歌いこなすのがブルースだ。
 それは人の魂を歌にする。なにかたった一つの事に心底怯え、朝が来る事を待ち望む、震える魂を歌にしたのがブルースだ。
 だから、恐怖を知る者の魂を震わせ、動かすのがブルースだ。
 潰された喉から謳われる声は、とても聞けるものではなかった。声だけを聞くのならば、泣き止んだ赤子が今一度大泣きを始めてしまうような、がらがらの声であった。
 だが、これは声ではない。言葉ではない。歌である。ブルースだ。だから、こんなにも心を動かす。マルキオの使いの瞳からは絶えぬ涙の滝が流れていた。
 彼だけではない。店の中の誰も彼もが涙を流していた。
 シノブの歌は、仮面のピアノ弾きの旋律に乗り、聞く者の魂を動かしていた。心が動く、魂が揺さぶられる。きっと、それが感動すると言う事なのだろう。

 

「おい」

 

 肩を揺さぶられ、マルキオの使いはようやく気を取り戻した。ムラタのごつい左手が自分の肩に乗せられていた。

 

「ふん。ようやく目を覚ましたか。よほど彼女の歌が効いたらしいな」
「いや、これはお恥ずかしい所を」
「どこのどいつもそうなる。お前は気付かなかっただろうが、元プラントの評議員や、コロニー市長、どこぞの政府の高官もここに足を運ぶ事もある。あの歌とピアノを聴く為にな。おれは芸術には縁がないが、あれが本当の芸術と言うのだろう」
「ええ彼女が百人もいれば、世界中から戦争は無くなるでしょう」
「それではおれの食い扶持がなくなるので困るがな。で、マルキオの使いとやら、おれに何の依頼だ」

 

 ムラタの言葉にようやく、己れの仕事を思い出したマルキオの使いは表情を引き締めて態度を改める。彼がマルキオに託された仕事を果たす時が、今なのだから。

 

 ジャメイムを手に入れました。
 スマゥグを手に入れました。
 プラウニーを手に入れました。
 ザムジードを手に入れました。
 グランゾンが同行します。

 

 ポルタ・パナマを制圧しました。

 

 リカルド・シルベイラが仲間になりました。
 シュウ・シラカワが同行します。
 ムラタが???

 

 マサキとテューディが……。