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SRW-SEED_ビアンSEED氏_第58話

Last-modified: 2013-12-26 (木) 22:18:10

ビアンSEED 第五十八話 憎しみの産声

 
 

 連合側の艦隊旗艦『ヒュプノシス』の艦橋で、特徴的なもみあげを持った金髪の男がメインモニターに映るステーションを、どこかぎらつく目で見つめていた。野心と欲望とが手を組んで居座った瞳であった。
 人よりほんの少しだけ優れた力を、天から与えられた無二のモノと思いこみ、過剰な自信を持って自分の器に収まりきらぬ欲を持ち、夢を見る。どこにでもいる人間の眼であった。あるいは、まさしく望むがままに野心を叶える傑物か。
 連合軍内のブルーコスモス派に取り入り、この艦隊を任されたジーベル・ミステル大佐だ。本来大佐クラスが率いる事の出来る規模の艦隊ではなかったが、開戦以来の連敗で失った人材の払底ぶりが尾を引き、これだけの艦隊を大佐であるジーベルが率いるという事態になっている。
 アガメムノン級だけでも四隻、MSの運用をとりあえず可能なように改修したネルソン級や、対空砲火を徹底的に強化したドイレク級を合わせれば総数三十二隻に及ぶ大艦隊である。
 MSはストライクダガーを主に配備し、少数の105ダガーやデュエルダガー、バスターダガーを保有し、これにメビウスやコスモグラスパーを伴ったのが最近の連合側の一般的な編成だった。
 連合軍内のMSは、ストライクダガーが最も多く次いでダガーLとなり、残りが高級タイプのダガーシリーズとXナンバー、つまりガンダムないしはGと呼ばれる機体が占める。
 ジーベルが率いる艦隊もこの一般的な編成に則った部隊だ。すでに二つの中継基地を破壊し、プトレマイオス・クレーターへ戻る帰路の、最後の戦功とすべくベルゼボへ進路を向けたのだ。

 

「ふふん。今回の獲物はこいつらか。おれの華々しい戦功の一助となる事を誇りに思うがいい。各艦主砲三斉射後、MSとMAを出せ。あのステーションを跡形も無く破壊してやれ!!」

 

 自分の座るイスの座り心地ばかりに気を取られ、周りからどの様な軽蔑の眼で見られているかを、ジーベルはまったく気にしていなかった。気付いていたなら、肥大化した自尊心の持ち主であるこの男は喚き散らして、艦橋のクルー達を怒鳴りつけていただろうか。
 それとも、おれと貴様らとではデキが違うのだ、とでも自己を弁護してすぐに忘れたかも知れない。
 とはいえ、これでもコロニー統合軍でそれなりの規模の部隊を率いて闘ってきた経験は、今の地球連合軍では貴重なものだ。今の連合軍は下積みの経験を積んだまともな人材が少ない。何しろ駆逐艦の艦長を大尉や、下手をすれば中尉が務めている事さえある。シルバラードの艦長を務めるエリヤも少尉だ。
 アークエンジェル級クラスの最新鋭戦艦の艦長が、ナタルの様な少佐官というのも異例なのは事実であった。それを言ったら十九歳のレフィーナが中佐というのももっと異常な事態ではあるが。
 元々のマンパワーや国力の差でザフトよりも人的・物量の回復力は圧倒的に上回る連合ではあるが、その連合を持ってしても追いつかぬ人材の損耗はいまだ尾を引いていた。
 ジーベルの命令が各艦に行き渡り、アガメムノン級やネルソン級の主砲が一斉に光の筋を吐き出し、それらは時折スペースデブリと接触しては小さな火の玉を生んで、ベルゼボへと群がった。

 
 

 内部での爆発の揺れがようやく収まったベルゼボの中、爆破された司令室で動く影があった。スプリンクラーが作動して水の代わりに粉末状の消火剤が、空調機能と合わせて散布され、内部の火は沈下されつつある。
 もうもうと白く立ち込めるのは、爆発で発生した灰塵と消火剤だ。消火剤は人体が吸引しても問題ない成分だが、灰や塵の事があるから、あまり深呼吸はお勧めできない。
 基地司令と正面から向かい合う位置で座していたソファから投げ出され、うつ伏せに倒れていたミナが、自分を庇うように覆いかぶさっている人影に気づき、うっすらと開けていた目を見開いた。
 非常電源に切り替わり、どこかに不具合が生じたのか開きっぱなしになったドアから白い光が入り込んでいる。その光に照らされて、口元と額を血で濡らしたビアンの顔が、ミナのすぐ傍にあった。咄嗟に自分の体をミナの盾にしたのか、それとも爆風でたまたまミナの体に覆いかぶさったのか。
 だが、ミナの方の外傷が、左のこめかみに走る裂傷や、内出血、打撲などであるのに対し、口髭を真っ赤に染めている事や、呼吸の様子から臓器や肋骨にも怪我を負ったと分るビアンの状態を見れば、前者と後者のどちらが正解かすぐに分かる。
 体を跳ね起こし、ビアンの体をそっと横たえたミナは何かに耐える様に口元をきつく縛ってからようやく呟いた。

 

「バカモノが。私の代わりはいても、お前の代わりはいないのだぞ」
「……誰かが、誰かの代わりを、本当の意味でする事など、できはせん。ぐぅ、無事、か?」

 

 末期の床の人の様に、擦れた呼吸の合間合間に、ビアンは苦痛に耐えながらミナに応えていた。出血と激痛で正常な思考は保ていまい。瞳は焦点を結ばずにぼやけている。ミナはすぐさま周囲の様子を探り、粉塵に遮られた室内に声を荒げた。

 

「ビアン、喋るな。ワン、ファイブ、トゥエルブ、無事か!?」

 

 ビアンとミナの背後で護衛に徹していた筈の三人の戦闘用コーディネイター達を呼ぶ。はたして、応えはすぐにあった。どこからか医療用のキットを調達したらしいワンと、ちょうど司令がいた辺りから姿を見せたファイブだ。
 全員が全員DCの軍服姿だから、子細に観察しても区別はつかないのだが、黒衣の美女には判別が着くらしく、

 

「ワン、私よりもビアンに手当てを。トゥエルブは外だな。ファイブ、司令は?」
「いえ、即死です。申し訳ありません。我々が着いていながら」

 

 ソキウス達にはビアンやミナに比して目立った外傷がない。それを気にして、というのもあるが、やはり守るべき対象である二人を守れなかった事が何よりも辛いのだろう。
 だが、司令とビアン達が話していた最中に突如爆発が起きた際に、背後に控えていた彼らが細見の腕からは想像もつかない膂力でミナ達を引っ張り、後方に投じたおかげで即死を免れたのだと言う事を、ミナは知っていた。
 こころもち、わずかに唇をほころばせ労わる様に声をかけた。

 

「お前達の所為ではあるまい。強いて言えばザフトの連中の警備体制の甘さだ。最も内通者の可能性は我々にもあるがな。医務室へ向かうぞ。人は呼んだな? だが、油断は出来ん。爆弾で我々を処分できなかった時の手配もしてあると思え」

 

 二人のソキウス達は無言で頷いた。一通りビアンに対して止血や鎮痛剤などの投与が終わり、司令室の入り口で周囲を警戒していたトゥエルブと共にその場を後にする。ミナはソキウスらの肩を借りなかったが、重傷を負ったビアンはファイブが担いだ。
 大柄なビアンの体躯を背負ったトゥエルブの華奢な体は、いますぐにも押し潰されてしまいそうなほど頼りない。パッと見ると、ビアンを背負ったトゥエルブは、繊細なガラス細工の上に石が置いてあるような不安を見た者に与えてしまいそうだ。
 十代前半の、しかも一見病弱にも見えるソキウス達だが戦闘用に特化した遺伝子操作を受けた彼らの筋力や、身体能力は屈強な軍人にも勝るものだ。八十キロ近いと思えるビアンの体も楽々と担ぎあげる。最も、ここは真空の宇宙に浮かぶ人工ステーションだが。
 ミナ達の前をワン・ソキウス、後ろをトゥエルブ・ソキウスが固めて、すぐにその場を移動する。近くの情報端末から基地の簡易マップを呼び出し、現在位置を確認する。
 同盟相手とはいえ他国の人間であるミナらが簡単に得られる情報ではないが、司令の遺体から失敬しておいたIDパスで容易に必要な情報は引き出せた。

 

「ほかの部署に連絡は着いたか?」
「いいえ、繋がりません。何者かの妨害によるものと思われます。物理的に破壊したか、ジャミングやウィルスの類かは不明ですが」
「なるほどな。ビアンに生きていてもらっては困る――ひいてはDCが邪魔な者共の仕業か。少なくともザフトに対してなんらかの人脈を持つ手合いか。ふん、舐めた真似をしてくれるっ!」

 

 さしずめ怒れる戦美姫とでも言おうか、小さく吐き捨てたミナの美貌は怒りの朱に染まり、険しく歪められた眦から零れる峻烈な眼光は、それ自体が不埒者共の体を引き裂いてしまいそうなほど鋭い。
 だが、怒りを露わにした所で状況が好転するわけではない。用の済んだ端末から離れ、ビアンの様態を気遣いながらステーションの中を進む。無針注射器で投与した麻酔や止血・解毒・鎮痛効果のある青い特殊薬液が効果を発揮し、ビアンが苦痛の呻きを発する様子はない。
 一見すると、弛緩した安らかな顔は、苦痛から解き放たれて覚める事の無い眠りについて、光さざめく天上界へ旅立っているのでは、と見間違いかねない。
 前を行くワン・ソキウスが足を止め、顔は前に向けたまま空の左手でミナ達を制止した。
 右手には既に鈍く光る自動拳銃を握っている。旧二十世紀末の文化を懐かしむ懐古主義が跋扈する昨今、旧時代的な生活様式が尊ばれる気風は銃器にまで及んでいた。
 例えば、メンデルでクルーゼを追う時にキラが手にしたCz75などがそうだ。まともな軍隊なら使用が許されないような趣味的な品も、まともな軍隊ではないDCなら使用が許される。
 端的な例として今ワン・ソキウスが手にしている品がいい見本だ。かつて銃社会アメリカで大セールスを記録した超スタンダードモデル、スターム・ルガーのMk1:二二口径八連発。装弾数がやや心もとないが、従来の弾倉とは違い、二十連発のロングタイプを指し込んである。
 もちろん復刻版とはいえ、旧世紀のそれをそのままとはいかない。グリップ、銃身、弾丸に詰めてある火薬まですべて最新技術の品物に置き換えられてある。もともと二二口径だから反動などほとんど無いようなものだが、CEモデルの場合、その『ほとんど』という言葉がなくなる。
 詰めてある弾丸も高性能炸薬をたっぷり詰め込んだ特製だから、一発でライオンなどの大型猛獣の頭どころか堅い犀の皮膚も問答無用で吹き飛ばす。人体ならば言わずもがな、だ。既に初弾は装填済み。銃口は通路の角の向こうから姿を見せた三人のザフト兵の腹をポイントしている。
 狙うのなら頭部ではなくまず腹部。即死は期待できないが、まず人体では一番大きな的だし戦闘能力を奪うには十分だ。痛みにのたうち回る敵を撃つのは、無傷で動きまくる相手の頭部を狙うよりもずっと簡単だろう。
 ミナの背後のファイブはショルダー・ホルスターに納めていたSW・モデル659・ステンレス・オートマチックを握っていた。視線はワンと同じくザフト兵を見据えながら、背後にも目ではない気配を探る『目線』を向けている。
 前後左右上下、どこからの襲撃にも即座に反応できるよう両足はやや開き気味だ。重心の移動は光の速さで行われるだろう。
 素早い抜き打ちが出来るように、前が開くようになっているフロント・ブレイクのホルスターから抜かれたSW・M659CEモデルはダブル・アクションで旧世紀ではトリガー張力七・五キロだった所を三キロに変えてある。
 薬室・弾倉込で装弾数は十四発。中身はワンのモノとは違い、人体の内部で全パワーを放出する軟弾頭の一種シルバーチップだ。
 三人のザフト兵はそれぞれ自国産の短機関銃や緊急用の医療キット、消火器具を手に持ち、ミナ達の姿に安堵の笑みをこぼす。もっともワンとファイブの向けている銃口に気付いてすぐのその笑みを緊張で強張らせてしまう。
 先頭に立つ、短機関銃を肩からベルトで吊り下げた金髪の青年が、血相を変えてミナに向かって安否を尋ねた。

 

「御無事ですか? 早くこちらに」
「司令は助からなかった。すまんな」

 

 事務的に応えるミナに、目の前のザフト兵は小さく首を横に振った。貴女の所為ではないと無言で伝える仕草だった。
 それを認めてから、ミナはソキウス達に銃を下げるよう左手を挙げる。銃口はザフト兵達の腹部から床へと移っていた。二十代初め頃と思しい、茶色い髪の女性兵は手にもった医療キットの蓋を開いて右手を潜り込ませている。
 一番後ろの、青髪を五分刈りにした三十代後半の大男は謹厳そうな顔を引き締めてミナ達の挙動を見守っていた。手に持った短機関銃がおもちゃに見えるほど逞しい体つきをしていて、付け過ぎた筋肉が四角いシルエットを描いていた。二メートルニ十センチ、体重は百二十、三十キロと言った所か。
 ソキウス達の注意がトゥエルブの背に負われたビアンに移った時、その三人の顔にはっきりと殺意の炎がはっきりと燃え上がった。金髪の青年と大男の短機関銃二丁の銃口がミナ達を向き、女が右手を潜り込ませた、医療キットに偽装した二八口径のマシン・ピストルの引き金に指が添えられる。
 引き金を三本の指がそれぞれ引き切る時、四つの死体が生まれる。だが、死神が冥府に案内するはずの予定は崩れた。作り出された死体は三つ。床を向いていた筈のワンとファイブの銃口は、腹を撃たれ絶命したザフト兵達へ向けられていた。
 炸裂弾で胴をちぎられ、内臓を曝け出した大男は撃たれた衝撃のままに後方へと流れ、心臓を一発で撃ち抜かれた女は前屈みに崩れ落ちている。金髪の青年の額には、小さな穴が穿たれそこから赤い血が細い糸の様に流出し始めていた。
 俳優としてもモデルとしても一生食べるのには困らない青年の美貌に、死の通過を証明する穴を開けたのは、いつの間にかミナの右手へ握られていたSW・M19――通称コンバットマグナムだ。
 旧世紀の超人気怪盗漫画・アニメの主人公の相棒の一人が愛用している銃の復刻版だ。味方を装った刺客共の死体に、氷の国の女王もかくやの冷厳な一瞥をくれてから、ミナは先を急ぐぞ、と小さく吐き捨てて再び足を動かした。
 その深い色合いの黒瞳は、三名の刺客の事などもう忘れたと告げる無情の輝きが灯っていた。
 ソキウス達の抜き撃ちの平均タイムがゼロコンマ三秒であると知っていたら、死体になった三人は自分達の短慮を悔いただろうか。

 

 無数の星の煌めきが、より暗黒の深さと暗さを惹き立たせる宇宙で淡い紅色と言う古今東西無かった鮮烈な色の戦艦の艦橋は、緊張の糸が張り巡らされていた。ノバラノソノのフラグシップの一つ、エターナルである。
 艦長席に座る隻眼・隻腕の男アンドリュー・バルトフェルドは、残った片目を剃刀の刃の様に細めて、メインディスプレイに映し出された光景を凝視していた。副官であるマーチン・ダコスタが、指示を仰ぐ様にやや困惑気味の目で上官を見上げている。

 

「アーチボルドの情報通り連合がザフトの基地を攻撃しているというのは本当だったが、これは聞いた話以上の戦力だな」

 

 ノバラノソノへ向かい入れた傭兵の一人、元はユーラシア連邦所属の、英国の貴族の末裔だというアーチボルト・グリムズがもたらした情報は確かではあったが、今回これほどの連合の大戦力に遭遇するとはいささか予想外であった。
 複数の拠点が攻撃を受けている事から、ノバラノソノの艦隊をいくつかに分けてザフトの支援に割り振っていた。ベルゼボへ向かったのは最精鋭部隊と言う事で、質と引き換えに量は少なく、エターナルとアークエンジェルにナスカ級のシュリュズベリイと特務部隊Xのオルテュギア。後は後方で控えている輸送艦のみだ。
 エターナルを強奪したバルトフェルドやラクスを国家反逆罪で追うザフトも、こちらを敵性勢力として見てくるだろうし、連合とザフトを相手にたった四隻で三つ巴の戦いを挑むのは自殺行為以外の何物でもない。

 

「もう二、三隻連れてくれば良かったかな?」

 

 とはいえ、数はそれなりにあるノバラノソノ軍だが、一度戦力を失うとそれを立て直す地力が無いのが問題だ。ここら辺はやはり、一介の武装組織と国家と言うこの上ない後ろ盾を持つ正規軍との違いだろう。
 バルトフェルドの投げやりな愚痴も無理はなかったが、その分持ってきた機動戦力は現在世界最強の一角に数えても申し分ない。
 キラのフリーダム、アスランのジャスティス、ニコルの火器運用試験型ゲイツ、ディアッカのバスターにムウのストライク、カナードのドレッドノート。トールのエムリオンやオウカのラピエサージュにククルのマガルガ。止めはウォーダンのスレードゲルミルだ。
 この他にヒルダ、マーズ、ヒルベルトのゲイツやジン、シグーが加わる。量産機はともかく、それ以外の機体は核動力機や異世界からの超高性能機などで占められ、一般的なCEの戦力ならば歯牙にもかけぬ部隊構成となっている。
 カーウァイのゲシュペンストSやダイテツの乗るスサノオ、キサカのクサナギなどは他の拠点に向かわせている。
 艦長席の一段下に設けられたオブザーバー席に大人しく座っていたラクスが、小ぶりな唇を開いて自分の意見を披露した。戦闘中では自分が軍事の素人である事を自覚して発言する事など滅多にないラクスが、自分の考えを口にする事に、バルトフェルドの注意が向く。

 

「それに、この位置も問題ですわ。ベルゼボを挟んでちょうど連合の艦隊と向き合う形になります。正直に直進すればザフトの部隊と交戦しなければなりませんし、迂回するにしてもこちらに気を取られてステーションの防衛がおろそかになる可能性もあります」
「そう言うわけだな。ザフトの指揮官がこっちをはっきり味方だと思ってくれれば余計な心配で済むんだが、そうもいくまい。あれかね? ラクスの説得に効果があるのを期待して、オープンチャンネルで我々は味方だと呼びかけるかい?」
「そうしろと仰られるのでしたら、わたくしはいくらでもそういたしますけれど、あまり期待はできないでしょう」
「おや、謙虚な発言だな、君のカリスマ性をそう卑下する事はないと思うがね。こうして今ぼくらが戦場に顔を出せるのも、クライン派の同胞がプラントに居るからだろうに」

 

 バルトフェルドの皮肉とも聞きとれる賞賛に、ラクスは小さく微笑んだだけだった。その微笑みの向こう側が透けて見えてしまいそうな、どこまでも透明で、儚い笑みだった。ラクスの胸に秘められた悲哀の感情が、苦も無く読み取れてしまえるほど。それは自分の力に対してか、そうせざるを得なかった世界に対しての嘆きか。

 

(これはまずい事を言ってしまったな)

 

 余計な一言でラクスの心に傷を一つ付けてしまった事を悔いる気持ちが、バルトフェルドの胸に浮かぶ。それを糊塗する為に、とりあえず行動の指針を立てた。

 

「とにかく、こちらからザフトに攻撃を仕掛ける気が無い事を呼びかけ続けろ。無視されても続けるんだ。部隊はベルゼボを迂回する形で動かすぞ。ラクス、君はああ言ったがやはり君の存在はけっこう効く。呼びかけてもらえるか?」
「はい」

 

 悲しみの感情の一欠片も無い、気丈な、凛然とした表情でラクスが頷き返した。悲しみや後悔などとは縁がないと思わせる、鋼の芯を通したかの様に意思の強さが伝わる顔だった。バルトフェルドが、ラクスにしか聞こえない声で小さく呟いた。

 

「すまん」
「いいえ」

 

 また、ラクスの顔にあのガラスの仮面のような笑みが浮かぶ。バルトフェルドはもう何も言わなかった。代わりに、アークエンジェルのマリューとシュリュズベリイのアーチボルドにこちらの行動方針を告げて、MS隊の発進を急がせた。
 指示を受けてエターナル、シュリュズベリイ、アークエンジェル、オルテュギアから各MS隊が光の尾を引いて、新たな戦場へと飛び立って行く。総数二十余。ジーベル艦隊の、五分の一以下の戦力であった。
 先陣を切るのは、それ自体が一種の自然現象の様に阻む事叶わぬ超絶の機神スレードゲルミルと、フリーダム、ジャスティス、ラピエサージュの超高性能機だ。フリーダムの砲撃で敵機群の陣営を散らし、そこにジャスティスやスレードゲルミルが斬り込んで止めを刺す。
 これが今のところの、キラやウォーダン達の戦い方だった。ザフトの自由を守護するものとして作り出された、禁断の核動力機フリーダムを愛機とするキラは、前方で始まった戦闘に鋭い視線を向けていた。
 アラスカでの戦闘以来、初めて目にする大規模な戦闘と言える。低軌道会戦も連合軍の第八艦隊が壊滅する規模の戦いだったが、あれはまだ連合にMSが無い時期の、しかもザフト側はたった三隻の戦力での戦闘だった。
 今はすでに連合にもMSがあり、開戦当初のザフトの圧倒的な勝利の光景は地球圏にはほとんど見られなくなっている。
 ラクスやカガリの方針に従う上で、ザフトに協力する形を取っている事が、ややキラは不安ではあったが、かといって連合に降るような真似もできない。ウズミに希望を託された自分達がしている事に対する迷いめいたものが、一瞬キラの胸をよぎったが、すぐにそれを忘れた。
 キラはもう、戦場に立っているのだ。フリーダムの両脇に、アスランのジャスティスとカナードのドレッドノートが並ぶ。キラのフリーダム同様、量産型ジャスティスのデータを反映し、機体の整備性や稼働性が増したジャスティスは、外見だけで言うと一切変更はない。

 

「ダイテツ艦長達も戦闘に入ったそうだ。他のザフトの基地も連合の攻撃に晒されている。ザフト側の援軍は期待できないな」
「そう。メンデルの時もそうだったけど、ザフトの人達、多分ぼく達にも仕掛けてくるよ。大丈夫? アスラン」
「……大丈夫なようにやって見せるさ。艦の事はニコルやディアッカに任せる。おれ達はベルゼボを抜いて連合の艦隊に切り込むぞ」
「うん。分った!」

 

 紅と白の二機は、より一層強い輝きをバーニアから零しながらベルゼボから迎撃に出たジンHMの部隊を、網の目を縫うように掻い潜り、その先に展開している連合の部隊目指してルプス・ビームライフルの照準を向けた。
 ザフトの部隊に極力危害を加えまいとするキラやアスランとは正反対に、カナードは襲い掛かってくる者には一切の容赦なく苛烈な反撃を行い、瞬く間に葬っていた。
 愛機としていたハイペリオンが修復不可能な状態にある為、プレアが乗っていた核動力機一号ドレッドノートを使用している。ドレッドノートに使われている核動力と並び現状の戦局に多大な影響を与えうるドラグーンは取り外されていた。
 身体能力の全てでプレアに勝るカナードだったが、ドラグーンやガンバレルの操作に必要とされる、高度な空間認識能力は持ち合わせてはいなかったからだ。その代り、両腰のXM1プリスティス・ビームリーマーは、四散したハイペリオンのパーツを用い、アルミューレ・リュミエール・ハンディ――ビームシールドに変えられている。
 他にも、懇意のジャンク屋――というかロウ・ギュールなのだが――に依頼し、背に負っていたX字型のドラグーンを外し、アルファベットのHに似たシルエットの全距離対応武装モジュール、イータユニットを装備している。
 イータユニットは、長大な二門の砲身を可変させる事で強力なビーム砲とビームサーベルとして運用する事が出来る。
 このイータユニットとアルミューレ・リュミエール・ハンディに加え、ハイペリオンに採用されていたRFW−99ビームサブマシンガン"ザスタバ・スティグマト"へのエネルギー供給をパワーケーブルで繋いだ本体の核エンジンから行う事で、弾数制限やマガジン交換に要するわずかな時間のロスを無くす事に成功している。
 ドラグーンを外した事で一対多での圧倒的な戦闘能力は失われたが、イータユニットの装備で代わりには一対一での戦闘に適した能力を得ている。
 ジンやシグーの両手両足をザスタバ・スティグマトで撃ち抜き、コックピットに銃口を向けたが、カナードは引き金を引き無かった。脳裏に、儚いプレアの顔が浮かんでいた。

 

「ふん」

 

 不殺などと気取るつもりはないが、戦闘能力を失った相手にいちいち止めを刺す気にはならなかっただけの事だ。そう、カナードは自己に対して弁護をして、先を行くフリーダムとジャスティスへ機体を向けた。
 カナードが護衛すると言ったオウカのラピエサージュは、核動力MSを凌駕する機体性能でゲイツやジンHMを適当にあしらい、キラ達に追従している。ゲイツはもちろん、ジンHM型もエース用に改修された高機動型の機体なのだが、それを一蹴しているラピエサージュとオウカの戦闘能力はカナードをしても、凄まじいの一言に尽きる。

 

「おれの護衛なぞ必要ないかも知れんが、約束は約束だからな」

 

 自嘲気に小さく呟き、カナードはすぐさまドレッドノートイータでラピエサージュを追った。

 
 

 エターナルを始めとしたノバラノソノの部隊が姿を見せたのとは反対の方角から、ベルゼボへ向かい部隊を進める連合軍と、ザフトの間で交わされる砲火も苛烈さを増していた。 
 ザフトの主力量産機となったゲイツは、ストライダクガー相手にならまず勝ちうる機体であったが、ガンダムタイプに準ずる性能を持つダガーLや105ダガーが相手では苦戦せざるを得ない。
 コーディネイターであるパイロットの能力と、宇宙での戦闘経験から個々ではザフト側が上なのだが、数で押してくる連合側の部隊の戦法に一進二退の攻防を迫られていた。ジーベルの艦隊は錬度の高い精鋭が集められているのか、効果的な集団戦闘で一機、また一機とザフトMSを撃破してゆく。
 今もジンHMとゲイツを纏めて撃破した三機のダガーLが、エールストライカーの推進力を活かし、穴のあいた防衛線を突破してベルゼボへとりつこうと機首を巡らせる。だが、その時。Nジャマーでろくすっぽ役に立たないレーダーが、巨大な熱量を感知した。
 それに注意を向けるのと、目の前のモニター一杯に巨大な拳が映し出されるのは同時だった。少年の叫び声が虚ろな宇宙に力強く木霊するのを聞いたのも。

 

「ブースト・ナッコォオオーーー!!」

 

 ダガーLの胴体ほどもある馬鹿げた大きさの握り拳が、ひじ関節の辺りから白煙と猛烈な勢いの炎を噴射しながら、飛んできたのである。想像するのも恐ろしい破砕音を想起させる破壊の光景が現れた。
 飛来した右手の圧倒的な破壊力に、機体が耐えきれずに装甲からフレームに至るまで砕けちり、推進剤に引火して大きな火の玉に変わる。
 数瞬前まで無事だった仲間が、赤い炎の玉に変わり、その明かりに照らされて、ようやく二機のダガーLが、拳の飛んできた方向を向く。そして、それを認めて瞳を零れんばかりに見開いた。
 脳裏に閃く二文字――『特機』!!
 MSの倍どころでは済まない巨体が、背からオレンジの炎とテスラ・ドライブの翡翠色の雨を降らして、猛烈な速度でこちら側に迫ってくる。なにかの苦行に耐える様に真一文字に引き締められた人の顔を持った青い機人。後に畏怖と畏敬を持って、他の勢力から『超闘士』の二つ名で呼ばれるグルンガスト飛鳥であった。
 ディバイン・クルセイダーズの若きエース、シン・アスカの駆る新たな『飛鳥』。
 その右腕の肘から先が欠落して居る事に、片方のパイロットが気付いた。先程同僚を襲った巨拳は、あの特機のものか。
 仲間を殺された事への怒り、復讐、圧倒的な存在を前にした恐怖、死への絶望、それを遠ざける事叶わぬ暗黒色の予感。さまざまなモノが彼の脳裏をよぎったが、行った行動はひとつきりだった。
 二機のダガーLが、右手に握ったビームカービンの銃口をグルンガスト飛鳥に向け、遮二無二撃ちまくり始めたのだ。グルンガスト飛鳥の巨体は、MSに比べれば狙うのは容易な的であっただろう。

 

 だが、可変機構を泣く泣く廃した代わり(極一部の人間が)に、機体内部のスペースに余剰や重量の軽減などメリットもあり、本来の三段変形が可能なグルンガストに比べ汎用性は劣るが、より発展性のある機体に変わっている。
 例えばテスラ・ドライブや試作グラビコン・システムの搭載が挙げられる。無論、ガームリオン・カスタム飛鳥に装備されていた様々な装置や機構も搭載済みだ。
 雨あられと降り注ぐビームカービンの光の槍を、グルンガスト飛鳥は、ガームリオン・カスタムと同じかそれ以上の反応速度でかわして見せる。特機でありながら、かつての飛鳥にも匹敵する機動性と運動性プラス、シン自身の能力の向上もあるだろう。
 あれだけの巨体なのに、まるで蝶の様に軽やかにかわして見せるグルンガスト飛鳥の姿に、ダガーLのパイロット達は驚きを隠せない。その驚きが恐怖に取って代わられるよりも早く、グルンガスト飛鳥の左手首からなにかの射出口らしきものが開き、残るダガーLの片割れに狙いを定める。
 音声入力による武器選択システムを最大限に活かし、シンはあらん限りの声を絞り出した。

 

「ブレイククロス!」

 

 四方に向かって鋭い刃を伸ばした忍者の使う手裏剣の様な物体が、グルンガスト飛鳥の左手首から射出され、カカカッという小気味よい音がしそうな勢いでダガーLの胴体に深々と突き刺さる。と同時に、その手裏剣が全て一斉に爆発しダガーLの上半身は跡形も無く吹き飛んで、腰から下、下半身のみを残す姿に変わり果てる。
 三機目のダガーLを、シンが捕捉したのはブレイククロスと叫ぶ前だった。中間がやられた事に気付くのと、目の前の特機の黄金の星を模した胸部が強い輝きを放ち始めるのは同時だった。

 

「こいつで止めだ。オメガレーザー!!」

 

 MS一機を撃墜するのにはあまりある膨大な熱量が、三機目のダガーLの左半身を焼き尽くし、オメガレーザーを食らった箇所が綺麗に抉り取られる。
 三機目のダガーLの撃破を確認するのと、先程放ったブーストナックルが舞い戻り右間接に再装着されるのは同時だった。改めてグルンガスト飛鳥の戦闘能力の高さに感嘆しながら、シンの怒りの瞳は前方で扇状に展開する連合の部隊を睨み据えていた。
 不純物を取り除いた血の様な赤い瞳に、燃えたぎる紅蓮の感情が揺らめいていた。
 ビアンやミナ達の安否の定からぬこんな時に、こいつらは!!

 

「何なんだあんた達はーーー!!!」 

 

 憎悪と怒りを攪拌し混ぜ合わせた感情のままに、シンはグルンガスト飛鳥を、突進させた。
 シンに続いて出撃したクライ・ウルブズ各機も、慌ただしくザフト側と連絡を取り合いながらベルゼボ前方の宙域に展開し、連合軍を迎え撃っていた。
 脚部強化パーツや、マルチウェポンラックを装備、頭部に高性能光学センサーユニットと背部に可動式ブースター・ポッドを搭載したアドバンスド・ガームリオン・カスタムを駆るアルベロが手早く指示を出す。

 

「タスク、ジガンでタマハガネと共に盾になれ。レオナ、ジャンはおれと来い。テンザン、貴様は独自に艦隊を叩け。ヴァイクルの火力と機動性なら可能な仕事だ」
「合点承知!」
「了解。タスク、無茶をしてはだめよ」
「こちらも了解した」
「ホ! なら好きにやらせてもらうぜ」

 

 タスクの乗る紅色の守護巨人ジガンスクードが、Eフィールドを展開してベルゼボと友軍の盾になっているタマハガネに向う。ジャン・キャリーが搭乗しているヒュッケバインMk−兇函▲譽ナのガームリオン・カスタムもアルベロに続いた。
 アルベロのガームリオン・カスタムはヒュッケバインの正パイロットが決まるまでの繋ぎだが、レオナが担当しているテスト装備によって従来のガームリオンよりも一歩先を行く性能を持つ。代わりに、信頼性の低いテストパーツを運用しなければならないというデメリットもあるが。
 レオナのガームリオン・カスタムも、以前まで装備していたトライ・ブースター・ユニットとは別の換装パーツが装着されていた。
 M1の抱えていた問題の改善と、準オンリーワンクラスの性能を持つ量産機と言う矛盾したコンセプトの機体開発の為に、半ばその場しのぎとして急遽M1から回収されたエムリオンを始めとするリオンシリーズの延命策及び改修案として出された統合整備計画の産物の一つに『Gパーツ』シリーズが存在する。
 ようやくその第一号が完成し、タマハガネに補給物資と一緒に送られていた。それがMAとしても単独で運用可能な『フルドド』だ。レオナのガームリオン・カスタムにそれが装着されていた。
 装甲板を組み合わせてできたヒラメの様な外見をしたフルドドは、ガームリオン・カスタムに装着されると補助推進機として稼働するほか、左右のウィングユニットの稼働によってAMBC(四肢の稼働によって重心を移動し、複雑な回避行動が可能になる)効果も得られる。
 フルドドに装備されていたビームライフルをオクスタンライフルに装着する事で格闘戦にも使用可能な、さながらランスにも似た長大な銃身のオクスタン・ブレード・ライフルへと変わる。
 ガームリオン・カスタム・ラーと呼称されるこの形態は、背や両肩から伸びる装甲板に腰のライフルなどとあいまって、一見するとガームリオン・カスタムとは思えない外見になる。

 

「ユウキ、リルカーラ、お前達は防衛線を突破してきた連中に砲撃の雨をくれてやれ。レイブンの機動性と火力、存分に引き出して見せろ」
「了解です。カーラ、弾切れに気をつけろ」
「はいは〜い。所でアルベロ隊長、シンはどうするの?」
「奴は好きに暴れさせる。グルンガストの性能と奴の実力なら問題あるまい」
「それってシンを囮にするの?」
「そうとも言うがな。お前達には連合のMSを任せるぞ。その隙におれ達は母艦を叩いてくる。ゼオルート、タマハガネの護衛を頼む」
「ええ。私の機体ならそうするのが得策でしょうしね」

 

 ゼオルートの機体は変わらずM1のカスタム機だった。ただ機体各所のアポジモーターやバーニアの推進剤など目に見えない細かい所で改修は順次行われているからわずかずつ基本的なスペックは向上している。
 ゼオルートの発言は、自機のメインウェポンがMSサイズのブロードソードである為だ。一応オクスタンライフルも腰にマウントしてはあるが、ゼオルートの能力が百二十パーセント以上発揮されるのは、手持ち武器を用いての格闘戦だ。
 手早く指示を終えたアルベロは、DC側のエムリオンやガームリオン、バレルエムリオンが展開しているのを確認する。

 

「ザフトの動きが鈍いな。指揮系統が回復するまでおれ達が保たせんといかんか」

 

 楽な戦いは出来そうにない。最もこちら側のクライ・ウルブズの戦歴で厳しくなかった者など一も無いが。

 
 

 五人目、六人目の刺客をワン・ソキウスが手にしたスターム・ルガーで始末し、ミナらは足を進めていた。思いのほか今回の黒幕の影響力は強いのかまともなザフト兵にはいまだに遭遇して居ない。
 一人か二人捕虜にして今回の一件の黒幕を突き止めるべきか、爆破とは違う外からの振動に、現在ベルゼボが戦闘状態にある事を悟り、ミナは苛立たしく舌打ちを打った。面倒な時に面倒な事が重なるものだ。
 険しく細められたミナの視界に、曲がり角の向こうから放り投げられた親指ほどの銀色の円筒が二つ映る。
 手溜弾か!? 咄嗟に愛用している黒マントで顔面をカバーしつつ身をかがめる。ソキウス達も同様に身を屈め、ワンはミナの盾になる位置に、ファイブとトゥエルブはビアンの体に覆い被さる。
 コンマ・ゼロ秒を置いて襲い掛かったのは熱風や爆発、鉄片でもなく白い網膜を焼き切るような苛烈な光だった。

 

「フラッシュグレネードか!」

 

 瞼を閉ざすのはわずかに遅れ、ミナの視神経を白い光が埋め尽くす。手溜弾が放られた曲がり角の向こうから幾人かの影が見えた。
 強い光、それも対犯罪対人鎮圧用のものほど強力な閃光に目を焼かれた時、人間は反射的に背を丸めてしまう。黒マントで壁を作ったとはいえ一瞬よりもさらに短い時間、ミナの体は反射運動に委ねられ、コンバットマグナムの銃口を向ける時間を奪われる。
 思考だけはいつもと変わらぬ速さで動くのに、体が言う事を聞かないもどかしさ。それを拭いきれぬまま、ミナと三人のソキウス、そしてビアンの体に無数の鉛玉がめり込んだ。
 だが、ミナの耳に聞こえてきたのはタタタ、という小気味よい機関銃の銃声に紛れる苦悶の声と、肉を断つ鋼の音であった。何かの物体が軽やかに自分達の前方に降り立つ音を耳が拾い上げ、強烈な光にぼやける目を無理やり開いて降り立った誰かを見た。

 

「ステラか?」
「うん」

 

 徐々に回復した視力はDC謹製メック・ウェア(機械服)を着こんだステラを映し出した。両の手に大小の刀剣を持ち、それを、翼を広げた鳥の様に左右に開き、片膝を着いた姿勢だ。ステラの背後に、袈裟切りにされた偽ザフト兵の死体が浮遊していた。
 年不相応に実り育った体を包むメック・ウェアは、胴体は青く両手足は白いタイツとしか見えない。軍に採用されているパワード・スーツなどよりもはるかに小型で、装甲は見当たらず衣服と何ら変わりない。確かにウェアと言う呼称の方が適切だろう。
 材質は特殊加工したシリコン・ファイバーで厚さは十ミリ。その十ミリの中にMS顔負けの超精密なメカニズムが詰め込まれている。それらのメカニズムと着用者を保護するメック・ウェアの耐衝撃、耐熱、耐電能力はパワード・スーツを上回るという話だ。
 ステラはメック・ウェアの上から右手に折りたたみ式の長さ一メートルほどのハイ・チタン鋼製の刃に焦点温度一万度の小型レーザー銃と、厚さ一センチでラグビーボールの形をした盾を付属した複合兵装盾を装備していた。
 両手に握っているのは、秒間数千回で振動する超振動ブレードの大小だ。腰にまわした専用のベルトにつりさげる為のラックが着いている。右手に長さ70センチほどの大物と左手には二十センチほどの小物を握っていた。
 腰の後ろ側にも長さ三十センチになるレーザーナイフ二本と、レーザーソードを同じく二振り。レーザーを刃状にとどめる技術的ハードルの高さとバッテリーの問題から、連続使用はナイフが二十分、ソードが七分しか保たない半試作品だが、ステラの能力があればその間に正規の兵隊を何十人となく殺戮してのけるだろう。
 都合七本の剣は、対パワード・スーツ用に開発された近接戦闘用の個人携帯式刀剣群『セブンソード』だ。それぞれがパワード・スーツや作業用の重機械だろうが問答無用で真っ二つにする現代科学の大業物達である。
 これに筋力を最大十五倍まで増幅するフィードバック機構の着いたメック・ウェアの装備が、ステラを人造の超人レベルにまで押し上げている。
 ビアンのいた指令室が爆破された、という話を聞き、MSに乗って連合軍を迎撃するよりも救出を優先し、タマハガネでメック・ウェアとセブンソードを仕入れてからここまで野生の勘を頼りにやってきたのだろう。
 ステラの目が、血に塗れたビアンの姿を認めて、途端にくしゃくしゃに歪められて涙の雫が次々と盛り上がってくる。これはいかんな、と折角の援軍が戦えなくなる前にはミナがフォローを入れた。

 

「安心しろ、とは言えんが。今の所命に別条はない。薬で眠っているだけだ」
「ほんとに?」

 

 今にも大粒の涙が零れ落ちそうなステラが、しゃくりあげるのを堪えてミナを上目遣いで見上げながら言った。ほんの数秒前にどこかのだれかが放った、ザフト兵を装った刺客を葬った当人とはとても思えない幼女の仕草であった。
 ミナは努めて優しい声を出した。愛娘に言って聞かせる慈母か、手間のかかる妹が可愛くて仕方の無い姉の様だった。

 

「ああ。私がステラに嘘を着いた事があるか?」
「んーん。ない」
「なら、そう言う事だ」
「うん」

 

 ミナに対する絶大な信頼の表れか、ステラはそれだけで納得し、涙を手の甲で拭った背後を振り返った。ちょうど、ライオンや虎の様な猛獣の爪に切り裂かれた様に、顔面から胸元まで五条の爪痕を走らせた偽ザフト兵が二人、壁に叩きつけられた所だった。
 その向こうから躍り出てきた影を見て、ミナが真っ先に思い浮かべたのは、大自然が生み出した生ける芸術――豹だった。
 鋼の強さとバネのしなやかさを併せ持った優美さを併せ持った四肢は返り血で斑を描いた純白。尻の先から垂れているこれまた白い尻尾は、一種のオートバランサーの機能を持っている。
 頭からつま先まで白いタイツに覆われ、両手足首から先だけは黒一色に塗りつぶされた鋭い爪を持っていた。リニアガン・タンクなどの複合装甲も、バターを熱したナイフで裂くように切り裂く特殊合金製の爪が両手足合わせて二十本だ。
 ステラの着こんでいるメック・ウェアは常人用に合わせて作られた、いわばまっとうな肉体構造の持ち主用であるが、こちらの豹の如き四足獣を模したメック・ウェアは違う。
 世にアニミズムという原始宗教的な思想がある。
 人間の根源的なルーツを突きつめて行けば、なんらかの獣が祖先にあたるという考えだ。ステラに続いて姿を見せたメック・ウェアの開発者はこのアニミズムの信奉者で、科学と化学の叡智で持って世の心理に挑む反面、夜な夜な自己催眠や原始宗教の音楽とリズムに乗って自分を獣に帰らせる方法を模索していた怪人物だった。
 そしての趣味というか思想がもろに反映されたメック・ウェアは、装着者に人間ではなく獣である事を強要する。すなわち、今ミナとステラの前で四足を着いた白い豹である事を。
 コードネーム『バンテラ(豹王)』。ステラの身に付けているメック・ウェアと同時期に、しかし別のアプローチで開発されたものだ。
 遺伝子レベルからの解析によってアニミズム・メック・ウェアに適合する人材を選出し、強制される四足獣の挙動に耐え得る肉体と神経、適応能力の持ち主でなければ使用できないのが最大の欠点だろう。

 
 

 床に着くすれすれまで下げた頭を持ち上げ、白豹が二足歩行モードに移る。頭部まで覆っていた白い――これも豹を模した頭部――装甲が横に割れ、ぴんとたった三角形の耳が前向きに倒れて収納される。
 現れた少年の顔に、ミナが問いかけた。

 

「スティングか。メック・ウェアは三着きりだったが、此方に来たのはお前達だけか?」
「ああ。後アウルもいるぜ。他の奴らと一緒に別のルートを探ってる。こっちにはおれとステラだけだな。今、通信を送っといた。……総帥は?」
「大丈夫だ。まだ、な」
「ち、『まだ』かよ。確かに『もう』大丈夫とは言えねけど。……こんな真似してくれたのはどこの馬鹿だ。八つ裂きにしてやる」

 

 ぎりりと歯を剥き出しにしてスティングが唸る。メック・ウェア内部に仕込まれた薬液が、一種の獣憑きにも似た状態にしているせいもある。
 立った二人。だが、この上なく強力な援軍だった。

 

「不埒者共の数もそう多くはあるまい。二人とも正規のザフト兵と間違えぬよう気をつけるように。ステラ、ワンと前を固めよ。スティングは後方を頼む」

 

 偽ザフト兵の死体から通信機とIDパス、それに機関銃と予備弾倉をはぎ取り、ミナ達はふたたび止めていた足を力強く踏み出した。

 
 

 前へ前へと進み、ブレイククロスで新たに二機のメビウスを赤黒い火の玉に変えたシンが、後から後から出現する連合のMSに苛立ちを隠せない。ステラとスティング、アウルがビアンらの救出に向かい、クライ・ウルブズの戦力が足並み揃っていない事もあるが、憎悪を交えた怒りと苛立ちが、シンの心を荒だせていた。
 メンデルの時の、憎悪には決して染まらぬ純粋な怒りとは違う、精神状態が、シンの心をささくれ立たせているのだ。
 左拳を腰溜めに構え、右手の五指を開いた状態で掲げる。憤怒の相を浮かべた巨人の如きグルンガスト飛鳥の全身が眩いまでの光を放ち、オメガレーザーをはるかに上回る途方も無いエネルギーが鮮烈に輝いた。
 グルンガスト飛鳥最強の火力――

 

「グルンガストォォビィィイーーーームゥゥウウーーー!!!」

 

 グルンガスト飛鳥のシルエットそのままの巨大なエネルギーが立塞がる者全てを飲みこむ極めて強大な破壊光線となり、前方のストライクダガー三機とその後方にいたドレイク級駆逐艦をあっという間に爆発させる。
 直撃すればアガメムノン級も一撃沈める、プラズマ・リアクターだからこその超高出力の一撃だった。欠点を上げればエネルギーの消費が馬鹿にならない事と、発射態勢に入ってから無防備になる事だろう。
 一暴れし、体の中の熱をある程度放出したシンが、周囲の状況を探る。目に着く端から敵を撃退していたからか、あまりベルゼボからは離れていなかった。アルベロ達は敵機に構わず母艦の方に向っている所で、そろそろ直衛の部隊と接触するだろう。
 ビアン達の安否を確認したい衝動に駆られたが、今自分にできる事は他にあると、かろうじて残っていた理性がシンに告げた。
 レーダーに映る限りの敵機は全て片づけ、アルベロ達の後を追おうとしたシンは、接近する正体不明の熱源に注意を向けた。

 

「なんだ、ザフトでも連合でもない識別反応?」

 

 そう呟いた直後に該当するデータがあり全天周囲モニターにそれが映し出される。シンの目が驚きに見開かれる。いや、彼らの出現自体は聞いていたのだ。だが、戦場での闘争の熱がシンにそれを一時忘却させていた。

 

「フリーダムにジャスティス、それにスレードゲルミル!!」

 

 ステラを傷つけた、あの憎き青翼のMSと、自分の邪魔をした紅のMS。そして何より、相棒ガームリオン・カスタム飛鳥を奪い、獅子王の太刀を折った宿敵の出現。シンの瞳の滾る怒りが憎悪の黒にどす黒く染まってゆく。
 ビアン謀殺が乱したシンの心は、鍛え上げられた精神の箍をわずかにずらし、少年の心を曇らせていた。シンの総身から噴き出るのはこれまでのまっすぐな闘志では無かった。当たり前と言えば当たり前の、人間なら誰だって抱えている憎しみの感情。
 そおれが噴き上げる黒く淀んだ炎であった。

 

「ウォオオオーーーダンーーーーー!!!」

 

 はるか彼方に見える傷ついた剣の神の如き巨人に向かって、シンはグルンガスト飛鳥を突撃させた。ゼオルートが、ビアンが、イザヨイが、そしてなによりステラが今のシンを見ていたなら悲しみを持って彼を止めただろう。
 今のシンは、持て余した感情に突き動かされて暴れ狂う幼いケダモノでしかなかった。