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SRW-SEED_ビアンSEED氏_第65話

Last-modified: 2008-09-01 (月) 22:04:36

 ビアンSEED 第六十五話 『ボアズ陥落《前章》』

 
 

 風も無い。光も無い。闇も無い。
 踏みしめるべき大地も
 頬を撫でて行く風も
 潮の香りと押しては引いてゆく波のさざめく海も
 時にうららかに時に容赦なく照りつける太陽の光も
 交わすべき言葉も触れ合う指も見つめ合う瞳も無い。

 

 世界中のあらゆる色の絵具をぶちまけて、気まぐれな子供が不規則な鼻歌を歌いながらかき混ぜているような空間だ。
 誰もいないどこかで、シンはぼんやりとした意識のまま体を投げ打ち漂っていた。粘度の高い液体に包まれたように鈍重な思考は、九穴から血を流し、間断なく襲い来る苦痛を闇が遮ってくれたのが最後の記憶だとかすかに告げていた。
 だが、それがどうしたというのだろう?
 自分の生死も、その後の事も、ステラの事もスティングやアウル、タスクやレオナ、マユ達の事さえ思い浮かばぬシンにとっては、途切れた記憶も今の自分がどういった現状にあるのかさえどうでもよい。
 いや、そもそも思考する事自体がすでに停止して久しい。この場所に時の流れというものがあるのかは不明だが、シンは確かに、ココに来てからゆっくりと何も考えず、何もしなくなっていた。
 息を吸い吐く事も、誰かを想い胸を焦がす事も、怒りに歯を食いしばる事も、苦痛を捩じ伏せて折った膝を不屈の思いで伸ばす事も、あらゆる感情を抱く事さえ忘れて行った。
 もう、自分とはなんなのか。自分とそれ以外を区別する境界さえ曖昧で、シンにとっては自分が『シン・アスカ』である事も、なかば忘れ果てた事であった。
 地に落ちた一葉や生物の死骸が、長い時の中に降り積もった灰や塵といった堆積物に埋もれ、分厚い地層の中に包まれてその存在の痕跡を地上のすべてから忘れられ、消されるように。
 だから、そんなシンの目の前に、いや周囲のすべてになにかが映し出されたのは、シンがそのまま自我を失い、精神的な死に至る事を由としない誰かがいる事を証明していた。
 『それら』は白でも黒でもなく万色が入り混じり、絶えず流動し膨張し収縮し破裂し結露し、あたかも外宇宙の脅威にも似た人類の理解の範疇を超えたこの空間にもたらされた、シンの為の『記録』だ。
 母の胎内にいた頃の記憶が蘇ってくるような安らぎに似た虚無の中で、シンの半ばまで下ろされた赤い瞳に、無数のソレが映し出された。
 影のように薄い長方形のモニター状の画面が、数える事ができぬほど無数に折り重なりシンの周囲をぐるりと囲んでいる。一斉に灯された画面の映像のすべてがシンのふたつの瞳に映っていた。
 シンの足下にある画面の映像も、背後にある画像も、頭上にある画像も、どう考えてもシンには見えぬ筈の画像も全てが映される。尋常ではない物理法則に支配される世界ではやはり相応しい現象ではあったろう。
 シンの瞳は映像を映しはすれどもそれを見てはいない。だがソレに構わず映像は目まぐるしく動き出す。

 

―空から落ちた一筋の光に吹き飛ばされたマユの右手を前に慟哭し、泥と涙でぐしゃぐしゃにした顔で、黒煙たなびく蒼穹の空を仇の如く仰ぐ自分。
 リリカルでロジカルを撃ち抜く熱血魔砲少女達と出会い、時に血の滲む過去と向かい合い、時に未来へ歩む決意を胸に秘める自分。
 奪われた新型の機体を前に、今度こそ守るために得た力“衝撃”で対峙する自分。
 埼玉県春日部市で、そこで出会った家族と人々達との交流の中、失った筈の家族の絆と平穏に身を浸す自分。
 青き星へ落ち行く悲しき墓標を巡り、過去にとらわれ続け、今を生きる事が出来なくなってしまった者達と戦い、嫌っていたはずの男に手を貸す自分。
 ニュータイプという妄執を打ち破った少年と少女と交流し、成長し挫折し、それでも前に進んでゆく自分。
 死した人々への慰めの為に建てられた碑を前に、過去の過ちや悲劇から目を背け、花で綺麗に飾る事で過ぎ去ったはずの痛みを忘れさろうとしているようで、嫌悪の情を拭えぬ自分。
 勇気ある警察の一員となり、生けるハーメルンシステムと化したラクス・クラインを逮捕する為に、心を持ったロボットである仲間達と立ち向かう自分。
 なぜあんな所に? そう問うた男が力を得て自分の前に姿を現し、確かに認めざるを得ないその力を、なぜか受け入れられずことある毎に反発しつつも、心の底では徐々に『彼』を認めて行く自分。
 かつて生命を宝と謳った勇者に敗れた悪と共に、宇宙海賊業に精を出し、妹マユと共にザフトやファントムペインと銃火を交える自分―

 

 ココではないどこかで、今ではない何時かで紡がれる『シン・アスカ』という少年の人生を紡いだタペストリー。
 決して交わらぬ筈の、限りなく近く極めて遠いあらゆる世界で描かれる、『シン・アスカ』という因果の絵物語。
 無限に増え続ける交差する世界の映像が、声が、匂いが、心が、ぬくもりが、触れる手の感触が、想いがシン・アスカに届けられる。
 何の為に? この少年を立ち上がらせる為? 安らぎを与え、傷を癒す為? それともこの『シン・アスカ』が得られなかった可能性を見せつけ、絶望させる為?
 けれど、シンの瞳はガラス玉に変わってしまったようにソレらの運命を映すだけだった。
 『シン・アスカ』という種子が芽吹いたいくつもの世界の『運命』を。

 
 

 エターナルを中心に、アークエンジェルやスサノオ、クサナギ、その他ネルソン級やローラシア級などザフトや、地球連合で運用されている多種多様な艦艇がとある廃棄コロニーの港湾施設に集結していた。
 ザフトの宇宙ステーション基地ベルゼボをはじめとした防衛網の援護と、地球連合の補給ルートを叩きに出動していたノバラノソノの艦隊だ。
 今回の各地での戦闘の結果、数隻の艦艇とMS、人材を失いつつも、三十に届く艦船の数と百を超すMSを保持している事は、一武装組織としては極めて強力な戦力といえる。
 作業用のポッドやミストラル、キメラといった旧式のMAがあちらこちらに散らばり、先程からぷかぷかと浮いているコロニーの残骸や、発電施設などをはじめとした資材をせわしなく運び回っていた。
 アーチボルドの裏切りと前後する時期に本拠地としていたノバラノソノを解体し、それらの各パーツをジャンク屋ギルドをはじめとした複数のルートを経由して、またこの場所に集めて、ノバラノソノを再構築しているのだ。
 場合に応じて分解・組み立てを行い、その所在と構造、規模を自由に組み替える事が可能というのがノバノラノソノの特徴の一つだ。
 優先して組み立てられた生活スペースや工廠施設では、互いの生還を喜ぶスタッフ達の再開を祝う声や、破損したMSの修理の為に交わされる怒号がひっきりなしに飛んでいた。
 今頃アーチボルドの情報でノバラノソノを強襲した連合の艦隊は、ただのデブリしか浮いていない宙域を必死に捜し回っているだろう。
 いずれ内通者によって自分達が窮地に陥った場合を想定し、ダコスタをはじめとしたノバラノソノ建造に関わったクライン派の面々に、ラクスが多少無理を言って備えさせた機能のお陰だ。
 ノバラノソノは、地球に存在する浮きマスドライバー同様に移動と分割が可能で、人工衛星の類がほぼ全滅し、NJが幅を利かせている戦時中に限れば、偶発的な事態や内部からの裏切り以外では発見不可能な移動拠点なのだ。
 ちょうど真ん中で引きちぎられたような廃棄コロニーの外壁の内側に、隠れるようにして建設された急ごしらえの港の中で、ノラバラノソノ首脳陣が顔を突き合わせていた。
 ラクス、バルトフェルド、マリュー、ムウ、キラ、アスラン、キサカ、ダイテツ、ショーン、カーウァイ、ウォーダン、それに傭兵部隊Xの代表という事でメリオルとカナードも同席している。
 久方ぶりに顔を合わせた喜びを分かち合う間もなく、アーチボルドの裏切りや明確にラクス・クライン一党を敵として認識しているクルーゼと彼につき従う部隊の存在、今回の行動における被害などもろもろの情報が交換される。
 特に、パトリック・ザラがラクス・クラインの活動を暗黙の内に認め、ザフト軍内部でも基本的にノバラノソノ軍への敵対姿勢は滅多な事では取られる事が無くなった昨今に、クルーゼ隊の明確な敵対行動に懸念を抱く者もいた。
 普通に考えれば国家反逆罪で指名手配されているラクスらに対し、クルーゼの取った行動は至極まともなのだが、その彼らがアーチボルドと彼につき従った離反部隊とあたかも計ったように連携を取った事が黒いしこりになっていた。
 そのアーチボルドはラクスがかねてから接触を持っていたブランシュタイン隊隊長エルザムと、その実弟ライディースの手によって討たれた。
 だが、アーチボルドの裏切りという事態はアーチボルドがもともとクルーゼとつながりがあったのか? クルーゼの意向を受けてノバラノソノに身を置いていたのか? という疑念につながり、ザフト内部にパトリックやシーゲルの目の届かぬところで暗躍する組織や個人の存在を危惧するには十分だった。
 だが、彼らの一番の話題となったのは、カガリやプラントに残っているクライン派、マルキオ導師経由のジャンク屋ギルドからの補給物資と共に伝えられてきた地球連合のボアズ侵攻の情報だった。
 この情報を知らされた時のラクスやダイテツらは、あまりに早すぎる連合の動きに、自分達の読みの甘さを認識していた。だが、それも無理からぬことではあった。
 いずれボアズやヤキン・ドゥーエ侵攻に備えて各基地や宇宙ステーションを連合の宇宙艦隊が攻撃を重ねていたが、DCやノバラノソノ、ザフト宇宙軍の精鋭たちがその度に侵攻を跳ね返し、それなりの損害を与えていたというのに、損失分を再建する間もなくボアズ侵攻を行えるだけの大戦力を維持していたのは脅威という他ない。
 ニュートロン・ジャマーの投下によってライフラインが壊滅し、国家という型枠を維持する事が難しいほど治安の悪化やモラルの低下、国民の暴徒化が進んだ地球を、今の形にまでまとめ上げた地球連合の各国の統治能力は、これまでの人類の歴史を振り返っても例がないほど優れたもので、特筆に値する。
 だが、それでもプラントの独立運動に応じて失われた工業力や、原子力発電の喪失、エイプリルフール・クライシスに伴う社会の崩壊と生活水準の停滞、億単位という人類史史上最大規模の数の死者は、そもそも地球連合にプラントとの戦争を行わせるだけの国力を奪うには十分すぎた。
 それでもなお地球連合各国は、MSには遠く及ばないメビウスや、核動力が使えぬために、倉庫の奥で埃を被っていた旧式の艦艇を引っ張り出し、開戦初期で失われた有能な人材を、質の低い新人たちで補いつつ今日まで戦い抜いてきたのだ。
 憎悪を糧にしてとはいえ、地球に住まう人々の底力はプラントのコーディネイターの想像をはるかに超えていたというべきだろう。その中に地球に住まうコーディネイターが含まれている事も、だが。
 火を入れていないパイプを咥えていたダイテツがおもむろに口を開いた。ノバラノソノの組み立て状況は四割ほどだが、艦隊や搭載するMSへの補給は終わっている。ボアズへの援護に今すぐ出撃することは可能だった。

 

「それで、わしらはどう動く? ボアズで戦闘中の連合の背後でも突くか? それとも月からの補給を断つか?」
「しかしクルー達の疲労も溜まっています。補給こそ終わっていますが、今のまま戦場に出ても十分な働きができるかというと……」

 

 控え目な意見はバルトフェルドの背後に立っているダコスタだった。クライン派・旧オーブ艦隊の台所事情と人員の疲労をよく知っている彼は、ボアズの堅牢さを考慮すれば、数日は動かず、こちらの人員の休息に充てても間に合うと判断しているのだろう。
 円形のテーブルの中央に、今回の連合軍が投じた戦力や、それに対応するザフト側の戦況が3D画面で映し出されている。
 画面をびっしりと埋め尽くす赤いマーカーが地球連合で、半分ほどの数の青いマーカーがザフトだ。
 初手の衛星ミサイルや艦砲や大型ミサイルの飽和攻撃で、ボアズの要塞砲をはじめとした対空砲火の多くが破壊され、連合の第一波、第二波の大軍をMSと艦隊がよく抑えていた。
 今のノバラノソノの戦力ならば戦況を動かす一手にはなり得ようが、これほどの大戦力が激突する戦場に介入する以上は、ただの火傷で済むはずもない。十中八九は軍事的な壊滅状況に陥るのが目に見えている。
 自分達が動く事無くザフトがボアズを防衛してくれればそれに越したことはない。かといって苦境に立たされた同胞を見捨てる事は、心情的に辛い。
 ノバラノソノ構成人員の内、三分の一はクライン派を中心としたザフト兵であり、残り三分の一は旧オーブ宇宙軍を中心としたアスハ派のオーブ兵だ。残る三分の一が傭兵や、連合などの脱走兵からなる。
 ザフト兵のほとんどはラクスの意向を第一として考えているようだから、こういった全体の行動方針を決める場においてはラクスの発言が強い影響力を持つ。
 オーブ派の代表は、本来カガリなのだが、彼女は今正統なオーブの後継者としてあちこちに働きかけていて滅多に顔を見せる事はないから、ダイテツとキサカが代理を務めている。
 ダイテツは自分の本質が軍人である事をよく自覚していたし、キサカにしても自分がリーダーに向いた人間でない事は分かっていたので、あくまでもオーブ兵達のおおまかな意見を述べる代弁者に留まっている。
 キラやアスラン、マリューなども基本的にラクスの行動方針に沿う旨である為、自然、ラクスに全員の注目が集まるのも仕方のない事といえた。
 ラクスはラクスで、自分に寄せられる期待や注目に重圧を感じ、きりりと胃が痛むのを感じていた。
 このままボアズでの戦闘を看過し、力を蓄えて自分達の力を最大限に発揮できる時を待つか。それとも自分達から出るであろう犠牲に目を瞑り、ボアズで戦う同胞たちを守る為に部隊を動かすか。
 ラクスが口を開くまでの間、鋭い針で神経を突かれるような痛みを伴う沈黙が、しばらく続いた。

 
 

「あは、アハハハ、あっはははははは!!!」

 

 シールドの二連装ビームクローを展開したゲイツが、アズライガーの全身に仕込まれた対空レーザー砲塔から降り注ぐ光の猛雨の中を果敢にも飛び込み、頭部や右腕を撃ち抜かれながらもアズライガーの巨体に肉薄する。
 アズライガーに搭載したEフィールドも、至近距離からの攻撃には展開が行えないか、あるいは攻撃の威力を殺しきれずに通してしまう。
 斬り掛かるというよりも体当たりに近いゲイツの機動は、EFの発生を許さなかった。
 口の端からよだれを垂らし、目の前で自分が行った破壊劇にばかり目を向けているアズラエルはゲイツには気づかないが、彼をサポートするソキウス達の脳髄が接近する熱源を探知し、アズライガーの巨腕をゲイツに向けて突き出した。
 ぐしゃりと装甲を曲げ、アズライガーの指がコクピットごとゲイツの胴体を貫いた。パイロットはすでに赤色に塗れた肉の塊となり、アズライガーの指先の砲口内部にへばりついていた。
 ゲイツの背から突き抜けた指と合わせ、スプリットビームガンが放たれ、そのゲイツに続かんとしていた対要塞用のD装備タイプのジン一個小隊をまとめて蒸発させた。
 障害の排除を確認した数人のソキウス達の脳髄は、それぞれが担当するガンバレルの操作へ切り替わった。メビウス・ゼロに搭載されていたガンバレルを数段上回る大火力のガンバレルは、一基ずつが並みのMSを上回る火力を誇る。
 それらを戦闘用コーディネイターであるソキウスらがコントロールし、また複数のソキウスとゼ・バルマリィの技術によって強化されたアドバンスチルドレン、ゲーザ・ハガナーの知覚領域を組み合わせたアズライガーの中枢戦闘ユニットによって統括されてもいる。
 それぞれの脳髄がX軸、Y軸、Z軸を担当し、擬似的ではあるが極めて高度な空間認識能力を有し、三百六十度あらゆる方向からの敵を把握し、知覚し、猛烈な火力で撃ち落としてゆく。
 まさしく破壊と死の化身とかした非情なる――いや、非情とはそれでも尚“情”だ。“情”に非ざる“情”といえる。
 だがアズライガーの、アズラエルのこれは違う。無情だ。かける情けなど無く、憎悪と殺意と狂執と破壊への欲求が地獄の化学反応を起こして分泌した麻薬が、アズラエルの思考をすべて支配していた。
 びくん、びくんと性の悦楽郷に入ったように全身を跳ね上げながら、アズラエルは歓喜の涙を流し続けていた。

 

 見ろよ見ろよ見ろよ見ろよ見ロヨ!!
 こ、コーディネイター、ど、共が……ぼくの手であんなに簡単に、砂の城みたいに、ガラス細工みたいに、ゴミ屑みたいに、あははははは!? 壊れレREてるよ! 壊れているんだああ!
 あははははははっはははははははっははははははははははははっは!!!!!!

 

「『どうしてぼくをコーディネイターにしてくれなかったの』? ああ、なんて愚かな事を……。こんな脆くて哀れで愚かでちっぽけなモノになりたかったなんて。ぼくはなんて愚かだったんだろう」

 

 幼い頃、母親にぶつけた苛立ちと不満が、今は途方もなく愚かな事だったと理解できる。そうだ。なぜあんな自然の摂理に逆らった不自然な、人間モドキに生まれたいなどと思ったのだ。
 あるがまま、自然のままに生を受けたナチュラルでも十分あいつらを絶滅させられるというのに……。
 アズライガーの右手に握られたゲイツが、フレームを歪めデリケートな内部の部品を装甲の隙間から零しながら、徐々に潰れて行く。圧搾するアズライガーの力はゆっくりゆっくりと、接触回線越しに聞こえる命乞いの声と共に強まる。

 

「だから、あの時のぼくの愚かさを償うために……」

 

 ああ、遂にぐしゃりという音以外何ら例える事の出来ぬ有様でゲイツは握り潰され、周囲を旋回していた一機のジン・ハイマニューバーが僚友の死に怒り、無謀な突撃を仕掛けた。
 27mm口径という、見ている方が悲しくなるようなちっぽけな鉛玉を撃ちながら、ジン・ハイマニューバーはアズライガーの左膝で唸りを上げていた超大型回転衝角カラドボルグに貫かれ、破壊の螺旋を描くドリルに巻き込まれて紙屑のように微塵に砕けた。
 推進剤にでも引火したのか、カラドボルグがオレンジの炎に照らし出されるが、それはカラドボルグの装甲に一筋の傷も作る事はなく、なんの痛痒にもなりはしなかった。
 握り潰したゲイツを放り捨てて、アズライガーの翡翠色の双眸が対峙するザフトのMSを睨み付けた。
 アズラエルの被る顔の上半分を覆うゲイム・システム用のヘルメットの表面に走るラインが、禍々しく発光している。

 

「お前ら全員、この手で!」

 

 アズラエルに応える様に、力強くアズライガーの右手が握り拳を造る。

 

「この、ぼくが!!」

 

 再び展開されるターミナス・キャノン、ローエングリン、スーパースキュラをはじめとした超異常大火力の権化達の顎。その奥から零れる目を焼かんばかりの光は、即ち死と同義である。

 

「お前ら全員、根絶やしにしてやる!!!!」

 

 三度のアズライガー・フル・バースト。濃密に張られたアンチビーム爆雷や、密集した状態でアズライガーと相対する事の愚かさをいち早く悟った、ザフト艦隊の艦長達はそれぞれ距離を置いて分散させていたが、それでも三隻が食われ、十四機のMSが落ちた。
 これで十近い部隊が、アズライガー単機によって壊滅させられ、その部隊の隊員達は文字通り一欠けらも残らず消滅していた。
 TEエンジンと複数の核動力エンジンや、艦艇用の動力を搭載したアズライガーの途方もない高火力が、それを許さなかったのだ。
 目の前に鬱陶しく動き回るコーディネイター達が消え去る瞬間を目に焼き付けるのは恐ろしいほどの悦楽だ。
 一瞬の閃光に飲まれておぞましい遺伝子改造の産物共の血肉が蒸発する様を想像すれば股ぐらが否応にもいきり勃つ。
 恋人の名を叫び、母の名を呼び、子供の名を呟きながら消滅してゆく連中の断末魔の幻聴が聞こえる度に、アズラエルはあは、あは、と笑った。

 

 なんという歓喜。
 なんという快楽。
 なんという爽快感。
 なんという興奮。
 なんという優越感。

 

 これ以上在り得ぬほどに昂り、性的絶頂と混ざり合い、溶け合い、はるかに強く、やさしいまでに甘美な、破壊と殺戮の齎す狂喜狂気凶気兇気恐気!!!
 初めてアズラエルはコーディネイターに愛しさを感じていた。
 散華する命の輝きで自分を喜ばせるコーディネイター達を。
 無残に無様に惨たらしく惨めに蹂躙されて自分を興奮させるコーディネイター達を。

 

―ああ、なんて愛オシイ。ナンテ愛ラシイノダ。キミタチハ、コーディネイターハ―

 

「さあ、さあさあさあさあさあさあさああさああああああ!!!!! ぼくの、ボクノ、僕の為にぃぃぃいいいいい、死ねよやああああああっっ!!!!」

 

 青き清浄なる世界を取り戻すためにコーディネイターを滅ぼすのではなく、ただこの世のモノならざる甘美な悦楽郷に居続ける為に、ただそれだけの為にアズラエルは引き金を引き続けた。
 ゲイム・システム、ヴァイクルから移植されたカルケリア・パルス・ティルゲム、施された様々な精神操作及び強化措置。
 そして、なによりもムルタ・アズラエルの根幹に根ざした憎悪と嫉妬を始めとした、入り混じり腐食し醗酵した莫大な感情の坩堝が出会った時、アズラエルは、人の形をした人ではないナニカに変わっていた。

 

「あははははははははははははははははっははhっははははははははああああははhhっはあ!!」

 

 アズラエルノ笑イ声ガけたけたト、アズライガーノコックピットヲ満タシタ。

 
 

 アズライガーのはるか後方に、アークエンジェル級シンマニフェルの艦影があった。本作戦における旗艦を務め、艦長席にはブルーコスモス派軍部の重鎮サザーランド大佐の姿がある。
 よもやブルーコスモスの盟主が乗っているとは露ほどにも思わぬサザーランドは、最前線で暴れ狂うアズライガーの途方もない戦闘能力に半ば身惚れ、そして恐怖していた。
 自分達ナチュラルをあれほどまで苦しめたザフトの鉄巨人どもが、四、五倍近くの巨体を持つ地球生まれの大巨人に蹂躙されている。
 子供と大人の喧嘩どころではない。いや喧嘩でもない。対峙する両者の力がああも圧倒的に開いていては、戦闘どころか喧嘩にさえなり得ない。
 赤子の手を捻る、という言葉の意味をはるかに超えて、アズライガーはその存在そのものが破壊という現象の如く、ザフトの部隊を徹底的に蹂躙し続けている。
 アームレストを震える手で握るサザーランドの後ろのオブザーバー席では、アードラー・コッホ特別技術顧問が、手元のコンソールに表示されるアズラエルのデータを満足に見下ろしていた。
 傍らの妙齢の妖女アギラ・セトメも、同じ悪鬼羅刹の企みを持つ同胞としてか、アードラーの見つめるものに興味を示していた。

 

「どうじゃな、アズラエル理事の調子は?」
「多少興奮状態じゃが許容範囲よ。それよりもソキウス共とあのゲーザとかいうチルドレンの馴れの果てと、ゲイム・システムの適合は予想以上に上手くいっておる。これならアズライガー単独でボアズを落とせたかもしれんのぉ」

 

 流石にそれは言いすぎであろうとアギラは心中で罵ったが、自分も精神操作には手をかけた作品の能力に対しては信頼を置いており、単独では無理でも、アズライガー一機で一個艦隊くらいの戦力の代替わりはできるだろうと評価していた。
 もっともこの二人は軍事的には専門家ではないので、あいまいな軍事知識と経験側からの推定でしか過ぎないから、あまり信用できる評価ではない。
 どこか恍惚とした表情で、あらぬ彼方を見やるアードラーをつまらなそうに一瞥し、アギラはアズラエル以外の作品について話題を振り返る事にした。
 あちらは、アズラエルに比べればほとんど手をつけていないようなものだが、もとの素材の能力が極めて高く、実験で示した数値もこちらの予想を上回るものだったはずだ。
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「それで、あのオレンジ頭とピンクの巻髪のお嬢ちゃんの方はどうなのじゃ? あやつらの脳波を調べた時、妙な反応があったのでなあ、あまり弄くって欲しくはないのじゃ」
「安心せい。あの二人の機体に積んだゲイム・システムは簡易版じゃ。長時間の使用に耐えられるよう機体との融和性を抑えるようにしてある。
こっちの連中との研究でシステムの作用による発狂を抑える薬も開発したからの。モニターを見るにもうしばらくは持つじゃろう。
ひひ、しかし、いややはりわしの作品達は素晴らしい。このわしが世界を導けばエアロゲイターやインスペクター共がこの世界にこようとも一蹴してくれるわ。ひひひひひ」

 

 狂気――あまりにも陳腐な、その言葉以外を思い浮かべる事の出来ぬアードラーの顔を、アギラは静かに見つめていた。

 
 

 ザフトも、このアズライガーを落とさぬ事には、それこそ単機でボアズを攻略されかねぬ勢いに半分恐怖に塗れて暴風雨の如く戦力を集中させたが、アズライガー自身の戦闘能力と、破壊の化身を守護する二機の巨神が、ことごとくそれらを撥ね退けていた。
 背から延びる、伝説に語られる禍鳥の嘴も似たパーツから同時にふた筋の白色の光線が、青と赤の螺旋を纏って放たれる度にジンやゲイツ、シグーといったMS達が貫かれ爆砕していた。
 その強大な出力から連射はできないと思われた超絶の破壊の光の槍だったが、予想を上回る連射性能と、その巨人が右手に握っていた白銀の刃、そして巨体に似合わぬ高い機動性と防御フィールドが、放たれる殺意をすべて弾き飛ばしていた。
 漆黒の闇になお鮮明に浮かび上がる深海の青の機体の威容を見よ。四つあるまん丸い満月のごときカメラアイが、黄金の輝きを無機質な殺意に変えていた。
 全高57メートル、重量550トンを誇る究極のスーパーロボットの量産型『ヴァルシオン改』である。
 オリジナルの保有していたメガグラビトンウェーブこそ持たぬが、クロスマッシャーや空間歪曲フィールド、ディバインアームなどの装備は同一で、並みのAMやPT、MSとは一線を画する存在である事はゆるぎない事実だ。
 ビアンの留守を預かるテンペスト・ホーカーの駆るヴァルシオン改の他にこのC.E.に齎された二機目のヴァルシオン改。地球連合の手に渡ったそれを操るのはまだうら若い少女であった。
 ゲイム・システム用のヘルメットを被り、全周囲モニターの映し出される敵機を補足するのと同時に、トリガーを引き、クロスマッシャーをほぼ百発百中の精度で撃ち続けている。
 補足しそこねた敵機などが時折ヴァルシオン改の周囲を飛び回り、ビームや銃弾を浴びせかけるが、どれもヴァルシオン改の防御フィールドや、神業的な機動を前にして有効打とは成り得ていない。
 アズライガーの周囲を飛び回り、近づく敵機を迎撃するのはヴァルシオン改だけではない。青い鎧を纏った魔王に比べれば、おおよそ三分の一ほどの、平均的なMSと変わらぬサイズの機体があった。
 言うまでもなくアギラ・セトメの棺桶となったはずの量産型ベルゲルミルだ。右手のマシンナリーライフルがプラズマジェネレーターから供給されるエネルギーを弾丸に変え、パイロットの技量とあいまって、降りしきる雨のように弾幕を形成している。
 DCの旗頭でもあるヴァルシオンと同じ姿をした化け物を相手にするよりは、とベルゲルミルに襲いかかるジンやシグーの姿もあったが、彼らがベルゲルミルに認識されるとほとんど間を置かずして爆散していた。
 ベルゲルミルの背にある輪のようなフレームから飛び立った六つの勾玉――シックススレイブが、翡翠色の光を飛沫のように飛ばしながら、爆焔を切り裂いて虚空に飛び回る。
 パイロットの操作によって高速回転し、遠隔操作型の打撃兵装となり、マシンナリーライフルの雷の弾丸と合わせ、アズライガーへの不可侵のフィールドを形成していた。
 もっともアズライガー自体が途方もない推進力にモノを言わせて敵陣に突っ込むせいでどうしてもカバーしきれない範囲が出来てしまうのが、玉に瑕だ。
 額に走る微弱な電流のような感覚と、ゲイム・システムによってヴァルシオン改に合わせて調整される肉体に、抑えきれぬ嫌悪感と今はまだ小さな苦痛を感じて、パイロットであるグレース・ウリジンは、眉間に皺を寄せた。

 

「ん〜〜〜」
「どうした、グレース?」
「えっと〜確かにこのヴァルシオン改もベルゲルミルも凄い機体だとは思います〜。ウィンも感じていると思うんですけど、この機体、なんだか良くないモノのような気がするんです」
「機体に搭載されている特殊なシステムが、おれ達に負担をかける事があるかもしれないと説明は受けただろう」
「そうですけど、もっと良くない事が起きるんじゃないかって気がするんです〜。それに私達のと同じシステムが積んであるっていうあの、アズライガーも、普通じゃない暴れっぷりですよ〜? システムのせいなんじゃないでしょうかぁ?」
「分かってはいるが……」

 

 グレースの感じている不安はアーウィンも等しく感じているものだ。この機体やDC、ベルゲルミルやヴァルシオン改の詳細な説明を行ったアードラー達に感じている感覚。確かにこうして存在しているのに、まるでこの世のものではないかのような違和感。
 それに取り込まれてしまうようで、アーウィンは自分らしからぬ弱気になっている事を自覚していた。
 だが、このベルゲルミルやヴァルシオン改がザフトとの戦いの雌雄を決しうるかもしれぬほどに、極めて優れた力を持っているのも確かだ。少なくとも純粋に地球連合の技術で作られたMSでこの二機を上回る戦闘能力を持つ機体は存在していない。
 目の前で暴れまわるアズライガーか、アーウィンやグレース達は知らぬ、完成したWRXくらいのものだろう。

 

「とにかく今はアズライガーの援護だ。ここまで多くの犠牲を払ってようやく来たんだ。この戦争、終わらせるぞ」

 

 失った多くの戦友、NJの投下によって荒れ果てた社会、荒んでゆく人々の心、目の当たりにしてきた戦争の地獄を思い起こし、アーウィンはそれらを終わらせる為に、あえてベルゲルミルの存在を由とした。
 万感を込め、苦汁を飲み込むアーウィンの心中を察したグレースも、一度だけ柔らかい笑みを浮かべてから、モニターを見つめ返した。
 どんな力であろうとも、この凄惨悲惨な戦争を負わせる力となるのなら、手に取ることを躊躇う必要はないと、覚悟したのだろうか。