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SRW-SEED_ビアンSEED氏_第68話

Last-modified: 2013-12-26 (木) 22:27:42

ビアンSEED 第六十八話   おれのいるべき場所、いたい場所

風の祝福を満身に与えられた少年が、無限の虚空へと叫ぶ。
魔を払う天上世界の戦士の如く凄烈に。
ただ一人で時果てるまで地獄門を塞ぐ孤高の剣士の様に痛切に。
少年は、名前をマサキ・アンドーといった。

「おおおお!!」

 真空の宇宙に銀躯の騎士が飛翔する。過ぎ去ったその後に翡翠の霧を零しながら、四基の小型自律誘導兵器ファミリアレスが従順な下僕としてつき従わせている。
 目指す先には、かろうじて人型と見える、巨大な翼と両肩に巨大な螺旋を描く巨大衝角――ドリルを伸ばす破壊巨神アズライガーの姿があった。
 銀風が騎士の姿となったかの如き機械巨神は名をサイバスター。この星とは異なる次元に存在するラ・ギアスと呼ばれる世界で、予言に謳われた滅びを齎す“魔神”に対抗するために生み出された、人造の守護者“魔装機”の最高位の一種“魔装機神”の一つだ。
 ほんの数時間前に大量に作り出されたモビルスーツのなれの果てが、無数のデブリとなって漂う宇宙空間を、サイバスターはファミリアレスに火砲による支援を行わせながら、不規則なランダム軌道でアズライガーを目指す。
 アズライガーに挑むのはサイバスターだけではない。三十メートル余のサイバスターと同等近い巨躯を誇る、闇色の装甲を持った存在しないはずの第十七番目の魔装機イスマイル。
 ディバイン・クルセイダーズ所属の最精鋭部隊の一つサイレント・ウルブズに所属する上記の二機に加え、同盟勢力であるザフトの最高クラスのエース、エルザム・V・ブランシュタインのジャスティス・トロンベ、その実弟ライディースのフリーダムの姿もある。
 ライのフリーダムは追加武装オプションであるミーティアを失っていたが、エルザムのジャスティス・トロンベはミーティア装備のままアズライガーと壮絶な砲撃戦を演じている。
 イスマイルとフリーダムは全身に無数の火器を仕込み、多対一のコンセプトをそれぞれ高水準のレベルで体現した機体だ。ミーティア装備のジャスティス・トロンベも近接戦闘に特化した機体特性に、前述の二機以上の火力を備えていた。
 イスマイルに搭乗するテューディは決して戦闘が本職ではないが、ブランシュタイン兄弟はそれぞれが天才の名を恣にするエース中のエースと言っていい。
 またイスマイル自体も単独での戦闘能力は、現大戦中最強に分類されるべき超高性能機だ。本来存在する筈の世界では、戦局を左右するレベルの戦闘能力を有し、尋常ならざる再生能力さえも有している。
 永久機関に加え、強制し強化した真性ならざるものとはいえ、最高位レベルの精霊からの加護は、並大抵のMSを数十単位で集めようとも寄せ付けぬ絶大な力と言っていい。
 であるならば、それほどの力を集めてなお今だ牙城崩れぬアズライガーは、悪夢そのものの存在と言えるだろうか。
 トランスフェイズ機構と自己再生機能を持つラズナニウムを用いた装甲、ニュートロンジャマー・キャンセラーによる核動力、自然界にあまねく存在するターミナス・エナジーを動力とし、それまでの地球連合の機動兵器から頭抜けた機体であるのは確かだ。
 その巨躯の内に『戦友』の名を与えられた戦闘用のコーディネイターの脳髄を複数納め、さらには過激なコーディネイター排斥思想団体となったブルーコスモス盟主ムルタ・アズラエルを乗せ――今は異世界からの死せる来訪者ゲーザ・ハガナーが支配していた。
 消えていた筈の自我を蘇らせたゲーザが、今はアズライガーそのものを偽りの肉体に変えて、静かなる狼達の牙共と破滅のダンスを舞い踊っている。

『てて、めええを潰せばこの頭痛も消えるだろおおお!! ああ!? ぷちぷち潰してやるってばよお!』
「コ、コーディネイターの味方する、くくくクズどもお! お前らも同罪ダヨォォオナアアア!」

 アズライガーの胸部にある計三門の大口径の超高出力エネルギー砲であるスーパースキュラが、奔流となって溢れ出す。
真正直すぎるその攻撃に当たるほど、四人は鈍間ではなかったが、いい加減無尽蔵かと思わされるほど連発される攻撃に、徒労感に似た疲労が溜まりはじめている。

「くそ、こいつどうしてこんなタフなんだよ!?」

 少なくとも二十回以上放ったアートカノンが、再びアズライガーの展開する二重の防御――エネルギー・フィールドとターミナス・エナジースフィアによって阻まれて霧散するのを見て、マサキが苛立ちを隠さぬ声を上げる。
 成功するかどうか分からぬ銀麗の魔装銃イタクァに頼るよりも、多量のプラーナ消費覚悟でアカシックバスターを撃ち込む方がまだ勝機があると、脳裏で囁く自分の声を聞く。
 ただ、こうしてアズライガーを相手に苦戦している事は決して無駄足ではなく、アズライガーによって破壊し尽くされていたボアズの防衛戦線が、多少なりとも落ち着きを取り戻し、クオルド隊とは別の核動力機部隊なども再機能し、地球連合軍と激突している。
 サイレント・ウルブズとブランシュタイン隊をはじめとするディバイン・クルセイダーズとザフトの精鋭達の到着は、少なくない恩恵をボアズの守備隊に齎していた。
 もっともアズライガーと延々死闘を繰り広げているマサキに、それに気づく余裕はない。今もサイバスターの左の翼を掠めた100mm口径のエネルギー砲ツォーンに、体の中から心臓を握られたような怖気を走らされたばかりだ。
 眼にも分かりやすい、極めてシンプルな暴力と理不尽の権化と言えるアズライガーの破壊の旋風は、ルオゾールやシュウとはまた別のベクトルの、ダイレクトに生存本能に働きかけてくる原始的なまでの暴力だ。
 理屈でも感傷でもなく、対峙するだけで思わず身が竦むほどに圧倒的なのだ。単純に視覚的な問題でも、通常のモビルスーツを大きく上回るサイバスターの三倍弱あるアズライガーの巨体は、それだけで踏み出す一歩を躊躇わせるものがある。
 自分に対しての悪意を隠そうともせずに立ち塞がる、自分の三倍以上ある上背の巨漢を想像すればいい。はるか高みから見下ろしてくるそいつの瞳はさぞや冷たく、途方もなく恐ろしいものとして映るだろう。
 また、精神的なプレッシャーを別にしても、操者の生体エネルギーであるプラーナを駆動及び武装の糧とする魔装機タイプは、MSなどと比べれば長時間の戦闘には向いていない。
 事前に、バナナ味の高カロリースティックを胃に入れておいたから丸三日は何も食べなくても栄養面では支障はないが、それでもこれまで連発したアートカノンや真・天空斬の消耗が体力的に響いている。
 つい先ほど、テューディの制止を無視して半ばヤケクソに放ったサイフラッシュの影響も大きい。代わりにアズライガーに残るマイクロミサイル全弾とビームガンバレルを破壊する事は出来たが、マサキの体力と精神力の消耗にも拍車をかけている。
 想い人のバイタルサインとプラーナ反応から、これ以上緊張状態を維持したまま硬直状態に入る事はうまくない、と判断したテューディはイスマイルの最高火砲オメガブラストで一気に片を付ける、と腹を括る。
 いかにアズライガーの誇る二重の光の壁と堅牢な装甲が相手とはいえ、こちらもまた地底世界ラ・ギアスの技術の粋たるイスマイルの全力の攻撃だ。ただで済むはずはない。
これまで堅牢無比を誇った光の壁に一孔を穿ち、その漆黒の巨躯に大穴を開けてやる、とテューディは決めていた。
 仮に機体そのものにダメージを及ぼす事は出来なくても、マサキ以外にもライとエルザムがいる。あれほどの腕の持ち主ならば、イスマイルの一撃で揺らぐアズライガーの隙を見逃しはすまい。
 これまではあくまでマサキとサイバスターに、いわば華を持たせようとサポートに徹していたが、膠着しこちらの疲労ばかりが目立つようになってきた状況がそれを許さなくなり始めていた。
 加えていえば、こちらの予想をはるかに上回るアズライガーの運動性能と、パイロットの異常なまでの操縦技術というマイナス要素もあった。あれでは仮にマサキがイタクァの操作に集中できても当てられるかどうかは、分の悪い賭けという他はない。

(止むを得んか)

 テューディは、イスマイルのコックピットにある、サイバスターとおなじ球形のコントロールスティック――この場合、コントロールスフィアとでも呼ぶべきか――を握る五指に力を込める。
 男の肌も知らぬと見えるほど透き通るような肌に覆われたテューディの指を通じ、イスマイルに多量のプラーナが供給され、制約によって束縛された精霊から強制的に力を引き出し、増幅されたプラーナと魔力は闇色の光となってイスマイルを取り巻く。
 見る者の不安を駆り立てる闇と絶望と恐怖を満々と封じ込めた邪悪の黒を纏うその姿は、魔界の深淵から地上に姿を現す背徳の魔女帝の如く禍々しく、しかし、見る者の魂を魅了する美しさがあった。
 禍々しくあるが故に美しいのか、美しささえ感じさせるほどに禍々しいのか。テューディという存在は美貌と恐怖とが等しい意味を持つ女なのかもしれない。

「マサキ、ライディース、エルザム、これからイスマイルであのデカブツに一撃を見舞う。威力は保障するが、奴の動きが早く、不規則で回避予測ができん。可能な限り私が良しというまで足を止めさせろ」
「こちらの火力で突破できん以上、そちらの提案に乗らせて頂く」
「選択の余地はなさそうだな」

 ブランシュタイン兄弟は、一瞬の間をおいてそれぞれテューディの提案に賛同の意を表した。
彼らなりの自尊心や同じ軍に身を置く同胞たちの仇は自分達が討つべき、という意識が働きかけたが、それ以上にアズライガーの撃破こそが優先されるべきだと自分自身を納得させたのだろう。

「テューディ、大丈夫なのかよ。おれとサイバスターの事を気にしてんなら、お門違いだぜ。おれもサイバスターもまだまだ戦える!」
「私の身を案じてくれるのはこの上ない喜びだが、マサキ、案ずるな。なにもカミカゼをしようというのではない。私のプラーナと魔力をあるだけ乗せたオメガブラストを撃ち込むだけだ。それまでお前が私を守ってくれれば何も問題ない」
「っ、分かったぜ。お前には傷一つ付けさせやしねえ!!」
「ふふ、少しこそばゆいな。それとも女冥利に尽きると、そう言えばいいのかな?」

 はにかむような笑みを口の端に浮かべ、テューディは烈火の激情に灯火の様に小さな喜びの感情を混ぜ、復讐の女神たるおのが愛機に獰猛な叫びを挙げさせる。

「さあ、イスマイル。この私の憎悪、嫉妬、羨望、怒りから生まれた魔装機よ。私のプラーナを貪り、貴様の力を示すがいい!」

 制約の呪いに捕らわれた精霊の呪詛の声であろうか、イスマイルはテューディの咆哮に呼応するように、その体に纏う闇色の光を強く脈動させ、貪るようにテューディのプラーナを啜り、牙を立て、血肉を喰らう餓虎の様に搾取していく。
 自らの生み出した鋼の子の呪わしき出生を悔いているのか、まるで自らに課した贖罪の如く、自分の心身を顧みぬ所業に、マサキはひどく胸が痛み、どす黒い不安が渦を巻くのを感じていた。
 マサキの知らぬテューディの過去が、テューディの現在に恨みも露わにして復讐しているのだろうか。
 愛しい恋人が進んで苦しみを味わう事を是とするような心を、なぜ持っているのか、それを知らぬ自分を、マサキは嘆き、それ以上に呪いたくなるほど怒りを覚えていた。
 サイバスター越しにも次々とイスマイルに流れ込み、奪われてゆくテューディのプラーナが分かる。まるでぽっかりと世界に穿たれた深淵の黒い穴に、休む事無く命という名の光が飲み込まれているようだ。
 テューディ自身もそれ相応にプラーナは消耗している。マサキほどではないにせよ過剰なプラーナの喪失は、生命の危機につながる。無論、マサキがそれを是とするわけもない。
 だったら、するべきこと、しなければならないことはただ一つに集約する。

「てめえをぶっ倒すぜ!! このドリル野郎!!」

 イタクァの通常弾頭を二発、三発と撃ちながら突撃し、迎撃に放たれる五連のスプリットビームガンを螺旋の機動を幾重にも描いて回避。
アズライガーの注意を惹くために真っ向から、派手に切りつけるサイバスターを援護するために、エルザムとライも左右から絶え間ない連続射撃を加えて、アズライガーの動きを牽制する。
展開した二重の防壁を解除する暇を与えぬ波状攻撃だ。三百六十度ありとあらゆる方向から攻撃可能だったビームガンバレルが残っていれば、防御フィールドを展開したままでもある程度の反撃は可能だったが、既にサイフラッシュによってすべて撃墜されている。

『ちい、ハメ技ってかあ!? ダーティープレイってやつかよ』

 いまやアズライガーを掌握しているゲーザは、三方向から加えられる攻撃に対し、もっともダメージが低いと思われるサイバスターのディスカッターの斬撃を受ける事を選択した。
 ジャスティス・トロンベとフリーダムからの攻撃はビームによるものでTP装甲があまり役に立たないが、サイバスターの実体剣ならば相転移した装甲は破格の防御能力を発揮する筈だからだ。
 前方のサイバスター以外の方向に対して防御フィールドの展開を維持しつつ、正面でディスカッターを突き込む姿勢にあるサイバスター目掛け、スーパースキュラを放つと同時にフィールドを解除。
 解除とスーパースキュラの発射までのタイムラグの間に、アズライガーの一撃必殺の反撃を見てとったサイバスターは、掴んでも手の中をするりと吹き抜けてゆく風のように素早い機動で回避して見せ、ファミリアレスの火砲がアズライガーの胸部に集中した。

「いい加減てめえの顔も見飽きたぜ! つりはいらねえ、とっときな!!」

 イタクァの純銀色の銃身内部で集束され形を与えられたエーテル弾頭が、マサキの不可視のプラーナを乗せてより強く輝きを帯び、ファミリアレスの放つ光弾と共にアズライガーへ確かに命中する。
 傍目にも大きく装甲にひびが入り、内部から小さな爆発の焔がのたうちまわる蛇の如く噴出する。

「頂く!」
「ハイマット・フルバースト……シューート!!」

 機体内部に大きな損傷を被ったアズライガーが、防御フィールドの展開を維持できずに、それまで無敵の防御を誇っていた光の壁が消え去る。
ブランシュタインの名を持つ兄弟達がその隙を見逃すはずもなく、ミーティアから延びる百メートルに届こうかという長大なビームサーベルと、フリーダムの全身から迸る五色の雷が、アズライガーの背にある大型ウイングの両翼を粉砕してみせる。

『ぐおおおおお!? てめえらああああ!!』
「まだだ、まだ、ぼくはぁあああ!!」

 このまま行けば! 確かな手ごたえを感じ、マサキはイスマイルを振り返る。すでにそこには機体から途方もない高エネルギーを発する復讐の女神の姿がある。

「堕ちろ、オメガブラスト!」

 イスマイルの中のテューディが重々しく告げると同時に、イスマイルの機体から放出される破滅の光の本流。主推進機関であるウイングを破壊され、機動がままならぬアズライガーへ無慈悲に襲いかかり、その左半身へと牙を突きたてた。

『おおおお!? おれは、こんな処で死ぬキャラじゃねえってのおおお!!!』

 オメガブラストの砲撃を受けながらも残る推進機関で強引にアズライガーを動かし、主線軸から外れるアズライガー。ついにオメガブラストの放射が終わった時、アズライガーは恐るべき事に左腕のみを失った状態で、イスマイルを睨みつけていた。

「強引に砲線から外れたか、だが、もう一撃は防げまい」

 アズライガーの満身創痍の状態を確認し、テューディだけでなくライ、エルザム、マサキも、武装の照準をアズライガーへと据える。ボアズで猛威を振るった破滅の盟主王も命運も、ようやく尽きようとしていた。
 ――その時。

「やらせねえぜ!!」

 真上からマサキ達とアズライガーの中間を凪ぐ翡翠色の光が降り注ぐ。輸送艦シルバラード所属のリュウセイ・ダテが搭乗する白い鋼の幻獣ヴァイクルだ。ゲーザが最後に搭乗し、共にこちらの世界を訪れた機体でもある。
 今はメインエンジンやカルケリア・パルス・ティルゲムを連合製のものに変えられてはいるが、そこにイングラムが一枚噛んだことで技術的な面での調和がとれて、本来の性能に近い水準を維持している。
 リュウセイと同じくシルバラード所属のWRXチームは本隊に同道して、ボアズ守備軍を相手に悪鬼羅刹の如く、一方的な活躍を見せている。
 リュウセイがこちらに回されたのは、これまで順調過ぎるほどに快進撃を続けていたアズライガーの進行が止まり、ひいては旗艦であるアークエンジェル級五番艦シンマニフェルへの脅威を憂慮したレフィーナの指示による。
 アズライガーとは反対の宙域であまたのMSを相手取っていたこともあり、多少到着は遅れたが、まさに絶好のタイミングで間に合ったと言い換える事も出来る。
 やや前に出過ぎる傾向のあるリュウセイをサポートするために、元教導隊所属のギリアム・イェーガー少佐と、イングラム・プリスケン少佐主導のWRX計画関係者であり、今はギリアムと同じ情報部所属のアヤ・コバヤシ大尉も同行している。
 ギリアムはエールストライカーを装備した105ダガーに、アヤはT−LINKストライカー装備の同機だ。
 コックピットの中で、ギリアムはアズライガーの交戦している相手に気づき、端麗な顔立ちを強張らせる。いくつもの世界を彷徨う特殊な事情に置かれている彼が、これまで何度となく共に肩を並べて戦った戦友の姿が、そこにあったからだ。

「サイバスター……操者はマサキ・アンドーか? ヴァルシオンにベルゲルミルまで、量産型とはいえ、あんなものまで用意していたのか」
「ギリアム少佐?」
「いや、なんでもない。アヤ大尉、アズライガーの退路を確保したら、我々もすぐに退くぞ。DCやザフトも消耗しているようだが、真っ向から戦える相手ではない」
「了解です。リュウ、聞いていたわね? ヴァイクルのカナフ・スレイブでうまく敵機を牽制して。できるわね?」
「任せとけよ! でもいいのか、碌に戦わないで逃げちまっても?」
「私達の任務ではないもの。それに本隊の方がボアズに取りついたから、こちら側で無理する必要もないわ」
「まあ、そういうんなら、おれもゴネる気はないけどよ。とにかく、DCとザフトの連中が相手だ。手加減はなしだぜ!!」

 リュウセイの戦意に応じ、ヴァイクルに収納されている無数の十字が飛び立つ。ヴァイクル最大最多の遠隔操作兵器カナフ・スレイブだ。MSの胴体ほどもある十字というシンプルな形状をしており、中心部の空洞に光の刃を形成して敵を貫き切り裂く。
 万人が持つと言われる『念』を特に強く発現させた異能者のみが扱う事の出来る特殊な武装で、地球連合でもこれを扱えるのは、目下リュウセイとアヤを含めて十指に満たない。
 アズライガーとの長期戦闘で疲弊していたマサキ達に、まるで嵐の如く襲いかかる無数のカナフ・スレイブ達。三百六十度ありとあらゆる方向からの攻撃を可能とする宇宙空間では、地上でこの攻撃を受けるよりも回避は困難であろう。
 テューディは、本来スペースノア級の艦首モジュールとして開発されていた広域防御フィールド『エルダー・サイン』を展開してカナフ・スレイブを防ぎ、ライやエルザム、マサキは機体の高機動性を生かして回避しつつ迎撃している。
 だが、加速性能には目を見張るものがあるものの、小回りの利かなさに関してはもはや手の打ちようが無いミーティアが、周囲を包囲するカナフ・スレイブに捕まり、エルザムはミーティアをパージせざるを得ない状況に追い込まれた。
 たちまちカナフ・スレイブが一つ二つ、三つ四つとミーティアに突き刺さり、エルザムのジェスティス・トロンベが離れた頃には瞬く間に大爆発を起こして塵と消えた。
 兄弟そろってミーティアを失った事に対し、屈辱の念を覚えたが、エルザムはついで襲いかかってきたエール105ダガーに意識を振り分ける。
 機体性能ではこちらが明らかに上のはずだが、まるであらかじめこちらの攻撃を見えているかのように回避し、そこから攻撃途へ転じる百戦錬磨という言葉が霞むような洗練されつくした動き。
人型機動兵器の存在が確立されて間もないこの世界では、どんな天才であろうとも不可能な、圧倒的な経験値を積んだ者のみが可能な領域の機動といえた。

「よもや連合にこれほどのパイロットが残っていたとはな。月下の狂犬か乱れ桜か……。全力で相手をさせていただく!」
「漆黒の機体色、ブランシュタイン家の紋章、エルザムか。ヴィレッタの報告ではお前もまた死人だというが、おれがヘリオスであった時のお前なのか?」

 牙銀、と硬質の物体同士が打ち合う鋼の音を立てて、ディスカッターが纏めてカナフ・スレイブを打ち払う。すでに展開した全四基のファミリアレスは、マサキがこの手の遠隔操作兵器の操作が苦手な事もあいまってカナフ・スレイブに撃ち落とされてしまっている。
 もう一発サイフラッシュを撃てば、一度にこの光刃の群れを破壊する事も出来るだろうが、消耗した自分自身のプラーナを考慮すれば、そもそも撃てるかどうかというレベルだ。
もう一歩であのバケモノを倒せたというのに、とマサキは奥歯を砕きかねぬ思いと共に噛み締めた。
ヴィガジやリカルドらは相変わらずベルゲルミルやヴァルシオン改と互角に近い戦いを演じており、そちらにはカナフ・スレイブが向かっていない事もあり戦況が硬直状態にある。
また、後方のアカハガネやウィクトリア他ザフト・DCの増援艦隊も、母艦を失った友軍機や救命ポッドの回収と襲いかかる地球連合艦隊本隊の迎撃に忙しく、こちらの戦闘に助けの手を伸ばす余裕はない。
アズライガーの後方に控えていた地球連合の大部隊を相手に、防御フィールドと圧倒的な火力と対MS戦を考慮した無数の近接防御火器を兼ね備えたアカハガネを中核にして、善戦しているのだから、これ以上無理は言えまい。
直衛についているのがオールトのブローウェル・カスタム一機のみではあったが、その一機の性能が段違いに高い事と、パイロットがあくまでも堅実な戦闘を好む事もあいまって、よくアカハガネを守っていた。
アヤのTL105ダガーが、T―LIMKリッパーを展開しながらビームライフルを撃ってライのフリーダムを牽制しつつ。アズライガーに近距離通信を送る。パイロットの姓名などは不明だが、それは瑣末なことだ。
アズライガーの機体の状況を考慮すればここは一端後退させるしかない。というよりもそこまで追い込まれていながら、何の反応も見せず、機能が停止したように動きを止めているアズライガーに、アヤはパイロットに何かあったのかと不安を覚えていた。

「聞こえる? 応答しなさい。状況の報告を……」
『……めえか……』
「え?」

 それは、アズラエルの声ではない。念動力を持つアヤだからこそ聞こえた、脳髄へと成り果てたゲーザ・ハガナーの狂気の一念であった。一瞬、空耳かと忘我するアヤの精神に、決壊した堤から溢れる濁流の様にゲーザの思念が流れ込む。

『てぇぇえめええええだなああああ!!! おれを、おれをおれをおれをおれを、ここ殺殺コロしたのはあ!!! てめぇえがおれの、仇ィィダナアア!?』
「っ、なん、なのこの声は!?」

 自分の全てを呑みこまれるかの様なゲーザの思念に嫌悪感と恐怖を刷り込まれ、体と心を内側から汚辱されるような感覚に、アヤは無意識の内にT−LINKシステムをカットしていた。
 そうしなければ情報部でも詳細がつかめなかった、目の前の巨大MSから放たれる思念の渦に飲み込まれ、二度と自分を取り戻す事が出来なくなると恐怖した為だ。
 手首から先を失った右手でアヤのTL105ダガーを殴り飛ばし、アズライガーの残された全砲門はヴァイクルをロックオンする。
ソキウス及びシステムが友軍機へのロックオンの認証を許すはずもないが、それをヴァイクルから移植したカルケリア・パルス・ティルゲムで増幅されたゲーザの念が強制的に無力化している。

「味方を撃つつもりなの? リュウ!!」
「なに!?」
『死ねやあ!!』

 まさか、と思うのと同時に疑惑は確信へと変わり、アヤがリュウセイへの警告を発した時には既にアズライガーの胸から、憎悪の光が群れをなしてヴァイクルに襲いかかっていた。
リュウセイは生まれ持った反応速度とT−LINKシステムに助けられ、ヴァイクルに直撃を受けることこそなかったが、突然の味方機からの攻撃に戸惑いは隠せず、カナフ・スレイブ達のコントロールに明らかな乱れが生じる。

「てめえどういうつもりだ! こっちは味方だぞ」
『殺す、殺す、潰す、潰す、てめえだけはあ! おれの頭痛を消す為にい、おれが“おれ”の仇を討つんだってのオオオオオ!!』
「がっ、なんだコイツ!? 声、じゃねえ。あいつの考えている事か!?」

 アヤ同様にとてつもない密度で渦巻くゲーザの狂気の一念を感じ取ったリュウセイは、その場で嘔吐したい衝動に突き動かされつつも、かろうじてこらえ、ヴァイクルめがけて再び火砲を乱射してくるアズライガーに気付く。
 いや、あくまでもヴァイクルこそ狙っているが、それを除けば無秩序に放たれるビームやターミナスキャノンは味方への誤射も恐れず、同士射ちなど思慮の外としか思えない乱射状態だ。
 マサキやテューディ、ギリアムやアヤ達だけでなく、魔装機と死闘を繰り広げていたグレースやアーウィンにまで飛び火し、周囲の戦闘をわやくちゃに混乱させている。

『うはあうはあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!』
「く、ギリアム少佐、これでは手がつけられません!」
「仕方あるまい、この場を離れるか……」

 アズライガーの放つ一切の倫理的な制限を失った砲撃は、敵味方に回避のみを選択させていた。アズライガーから距離を取って離れたアヤが、エルザムとの戦闘を中断しているギリアムに通信を繋ぎ、対処の是非を問う。
 ギリアムがそれに答える間も、アズライガーはひたすらにリュウセイの駆るヴァイクル目掛けて残された火器の全てを放ち続けていた。
 念動フィールド越しにかすめてゆくエネルギーに揺れるコックピットの中、リュウセイは今も脳に差し込まれるようなゲーザの念の放射を受け、苦痛にまみれながらヴァイクルの操縦を続けていた。
 飽きる事も尽きる事も知らぬゲーザの念が、リュウセイの精神を掻き乱し、ヴァイクルの操縦にも影響してその機動はおぼつかないものになっている。

「ちくしょう、何考えてやがる!? こうなったらコックピットだけ外して撃墜するか」

 執着といってよいレベルでヴァイクルを狙い続けるアズライガーの様子に、マサキやテューディ、ライやエルザムも困惑に彩られていたが、既にアズライガーには大きなダメージを与えていたし、その不可解な行動によって連合側の動きも停滞を見せている。
 一度後退し、ボアズの守備軍と合流し直すの事も選択肢に入れるべきだろう。後方でアルテミスを出港したDC軍を指揮するフェイルと連絡をつける頃合いかと、テューディは思案した。
 こう言う時にフェイルが最前線にいないとサイレント・ウルブズは迅速に行動の統一が取れないのが欠点だ。
軍人としての経歴や年齢を考慮すればオールトが指揮を取ってしかるべしなのだが、良くも悪くも軍人然とした忠義の人であるオールトでは元民間人や異星人で構成されるメンバーをまとめ上げるのは難しい。
その点フェイルなら、ラングランでクセのありすぎる魔装機操者達を指揮した経験があるから変わり者の扱いも慣れているし、身命を賭してラ・ギアス統一に動いた胆力や決断力、その際に培った経験と威厳から、まず全員が意見を尊重する。
今回の様に母艦と大きく離れた状況下での戦闘において、各機の連携や指揮をまとめ上げるリーダー役がいないのだ。このメンバーの場合能力もそうだが、個性もかなり強烈でなくてはならないのが悩ましい所だろうか。
今回の場合は、テューディがいの一番に口を開いた。とりあえずオメガブラストを一発当てたことである程度気持ちの整理ができ、周囲の状況を把握したからだろう。

「全員聞こえているな。一度退くぞ。今なら部隊を下げても追撃はあるまい」

 二、三口答えする声はあったが、全員の了承の返事が返って来たのはすぐだ。目の前では変わらずアズライガーのヴァイクルのみを眼中に置いた出鱈目な砲撃が続き、ヴァイクルや105ダガー二機も攻撃を加えるわけにもゆかず遠巻き距離を取っている。
 唯一返事の無いサイバスターに気づき、イスマイルのカメラをそちらに向けると、銀の魔銃を構えたまま回避行動をとりつつ、プラーナを高めている姿が映る。

「……マサキ?」

 サイバスターのコックピットの中で、マサキは確かにテューディの意見を理解していた。アズライガーが意図や理由は不明だが味方に牙を剥いている今の状況は確かに、部隊を退げるには絶好だ。
 だが、ここまで追い詰めた強敵をみすみす逃がすというのには素直に承服せざるものを覚えていた。ここであの機体を破壊しなければ、時を置いてまたあの猛威が振るわれる。機体そのものが破壊の快楽に彩られているかの如き暴虐が繰り返されるだろう。

「そんなのを繰り返させるくらいなら、少し無理してでもここで倒しといた方がいいだろ! 行っけええ!」

 渦巻く嵐の様なマサキのプラーナが、サイバスターの左手に握られた銀銃に収束し、輪胴に装填されたエーテル弾頭内部に圧縮される。風の魔装機神操者であるマサキの意思が、サイフィスの加護のもと弾頭そのものと繋がり、意志のままに飛翔する用意が整う。
 引き絞られる引き金。弾頭を叩くハンマー。回転する輪胴。無音の宇宙にも響くエーテルの炸裂する霊的な轟音。放たれたエーテル弾頭がマサキの瞳と同じ色に輝いている。
 アズライガーの全身から絶え間なく放たれていた数種の光線の間を、糸を縫うようにして飛翔した弾頭が狙い過たず、ツォーンを連射していたアズライガーの額に命中し、エーテルが飛散するえもいわれぬ美しい散華の光と共に破壊して見せた。
 まるで無敵を謳われた神話の世界の城塞の様に揺るぎ難かったアズライガーの頭部が跡形もなく粉砕され、アズライガーの動きがようやく停止する。
ムルタ・アズラエルの居るコックピットやソキウス、ゲーザ・ハガナーらの収められた箇所は頭部ではない。
しかしFCSや各種センサー類、カルケリア・パルス・ティルゲムの補助システムなど繊細な電子部品を積み込んだ箇所の破壊が、機体のシステムに過剰な負荷を与えたのが原因だろう。

「へっ、どうだ!! このまま、い……きに? ありゃ、力が……」
「プラーナを乗せすぎだ! 馬鹿もの!」
「わ、悪い」
「く、サイバスターはイスマイルで運ぶ。アカハガネに戻り、ボアズの軍と合流する」
『その必要はない』
「フェイル? どういう意味だ」
『……たったいまザフト司令部から通達が来た。ボアズを放棄しヤキン・ドゥーエへ後退するとな』
「……落ちたのか?」
『余力を残した状態でヤキンの部隊と合流するためだろう。徹底的に抗戦すれば連合の被害もさらに増えるだろうが、それよりはDC本体とヤキンのザフトと合流して地球連合を迎えうつ算段、といった所だろう』
「なるほどな。分かった。そちらに帰投する」

 イスマイルでサイバスターの肩を掴み後方を確認すると、こちらへの牽制としてアズライガーとの間にヴァルシオン改や量産型ベルゲルミル、ヴァイクルが位置していた。
連合側の面々にとってもアズライガーが厄介の種ではあるが、一応味方である以上見殺しにする気はないという事だろう。
 お人よし共め、と自分達毎敵を葬ろうとした味方を庇う姿に毒づいてから、テューディは母艦アカハガネを目指し、イスマイルを動かした。
 一方で踵を返すDC・ザフトの部隊を見送るギリアムやリュウセイ達は、シンマニフェルからアードラーの指示でアズライガーの回収に出撃した部隊を確認していた。
 頭部を破壊された影響が今も残っているのか、アズライガーは動く様子はなく、かろうじてパイロットの生命反応が感知されているきりだ。動力もかろうじて生きているようで、またいつ動き出して暴れはじめるか分からず、下手にその場を動くわけにもゆかない。

「なんなんだよ、コイツ! 急にこっちに砲を向けたと思ったらひたすら撃ちまくってきやがった!」
「確かに。一体何があったのかしら? 少佐、何かこの機体についてご存知ですか?」
「いや、おれのセキュリティレベルでもこの機体に関してはアクセスできなかった。情報部でもマティス部長クラスの権限が無ければ触れられん秘匿事項だ」
「こいつからなんだかすげえ敵意と憎悪を感じたんだけどよ、一体誰が乗っているんだ? この機体。あんたらは知らないのか」

 リュウセイが水を向けたのは、左腕を失ったヴァルシオン改と機体全体に細かい損傷を負った量産型ベルゲルミルだ。問いの矛先を向けられたグレースとアーウィンも、リュウセイらと同じ疑問を抱いていたから、無論答えられるわけがない。

「すまんが、おれ達もその機体、アズライガーの護衛任務を与えられたきりでな。誰が乗っているとか、そういった情報は一切知らされていない」
「必要ではないから知らされていないという事か。だが、少なくとも君達は見境なく味方に銃口を向けるわけではないようだな。私はギリアム・イェーガー少佐だ」
「リュウセイ・ダテだ。あ、階級は少尉な」
「アヤ・コバヤシ大尉よ。ω特務艦隊所属よ」
「グレース・ウリジンですー。将来はぁ、グレース・ドーウィンになる予定ですので、披露宴にはいらしてくださいね〜」
「グレース、何を言っている! 失礼しました。シンマニフェルMS隊所属アーウィン・ドースティン少尉です。ω特務艦隊の高名はかねがね耳にしています。お会いできて光栄です」
「しかし、二人とも良くその二機を使いこなせたな。MSとは全く異なる系統の機動兵器と見えるが?」
「イェーガー少佐の仰る通りですが、乗れと言われれば乗るのが任務ですので。それに新しいサポートシステムも搭載していますから、泣き言は言えません」
「ゲイム・システムって言うんですよ〜。使っているとすこぉし頭が痛くなってしまうのが欠点ですけど〜」
(ゲイム・システム。やはりアードラー・コッホの手掛けた機体か。となるとあのアズライガーにも搭載されているとみた方がいい。どちらにせよ、イングラムとヴィレッタにもこの事を告げなければなるまい)

 胸中に忌まわしきシステムを使うアードラーへの嫌悪と義憤を募らせつつ、ギリアムは敵味方に分かれた因果の鎖で結ばれた仲間達を想った。この世界での戦いもまた、過酷なものだと改めて認識したせいだけではないだろう。

(並行世界の同位体はともかく、なぜ異なる世界の死人がこの世界に、しかも機動兵器と共に現れるケースが複数確認されているのか。これもまたフラスコの中の実験か)

 遠く思いを馳せるギリアムの胸中を正しく理解できるものは、この世界にも数えるほどしかいなかった。

 ボアズ陥落の知らせを聞いたビアンは、さして驚いた様子もなく目線をロンド・ミサ・サハクへと移した。先ほどまで病室のベッドの上で体を起こし、目を通していた立体映像式モニターのハンドサイズパソコンを、テーブルの上に戻す。
 今も映し出されている画面には、次期主力量産機候補の機体が数種類挙げられていた。
実弾・エネルギー兵器を備えたオクスタンライフルの発展形として開発され、近接戦闘用の実体剣、中距離戦闘用のビームサイズ、遠距離専用の実体弾砲と高出力ビーム砲を備えた全領域対応汎用兵装ガナリー・カーバーを運用する青色のMSバルゴラ。
ノイエDCで運用され、アフリカでいまも死闘を繰り広げているバンがもたらした、ビアンの本来の世界で数年後にエルシュナイデという名前で完成する筈の、エルアインスというマルチロールパーソナルトルーパー。
新西暦世界でカオル・トオミネ博士にパーツを強奪された為に開発が途中で見送られたダイナミック・ゼネラル・ガーディアンシリーズ三号機(トオミネ博士はLIOHと名付けていたが、採用するかどうかは論議中)の、量産型開発計画。
現在DCの主戦力を務めるエムリオン、ガームリオンだが、これは途中まで形作られていたM1アストレイの生産ラインを流用する形で開発された、いわば今回の戦争に間に合わせる為の機体だ。
急場しのぎの割にテスラ・ドライブやTC−OSなどを始めとした異世界の技術を盛り込み、多少のコスト高に目を瞑ったおかげで量産機としては破格の性能を持つに至ったが、今後の戦闘を考慮しすでに開戦時から次期主力機の開発と選定が行われている。
それ以外にも極東地区にある日本の富士山麓における未知の鉱物資源の調査経過や浅間山での宇宙から降り注ぐ放射線の中に未知の者が含まれているかどうかの観測記録、エーゲ海はバードス島に眠る古代遺跡の調査報告なども盛り込まれている。
これだけでも氷山の一角で、エペソやAI1がもたらした異世界の地球に眠っていた超古代の遺産達がこの世界でも眠りについているかどうかの報告も挙げられていた。今のところほとんどが無駄足に終わっているのが、残念至極ではあるが。
他にもこちらはややビアンの趣味が入るが、DSSD(深宇宙探査開発機構)に在籍しているとある青年の提唱する有人による宇宙探査計画『プロジェクトTD』への、惜しみない技術供与なども盛り込まれている。
また、すでにテューディから出されたA級魔装機つまりは、残る二体の魔装機神開発や第二次魔装機開発計画のタイムスケジュール表に、魔装機関係で繋がりのあるバルツフィーム王国や周辺国家との今後の外交意見書もあった。
ちなみに外交に関するテューディの意見とは、もっとオリハルコンを寄越せ、というシンプルな内容である。本来魔装機に使用されるオリハルコニウムを錬成し、使用するためには、今のオリハルコンの入手量では心許ないものがあるからだ。
また、バルツフィーム王国で魔装機が徴用されるのにも一応の理由がある。話が長くなるが、宇宙クジラという外宇宙の知的生命体の発見以来、地球で発生した多くの宗教はその意味合いを失い、多くの信心深かった人々や宗教家達に道を失わせてきた。
そんな中、バルツフィーム王国を中心とした地域では、いわゆる精霊信仰というものが広く信じられるようになっている。
これは森羅万象を司る精霊を信仰し、日々の恩恵に感謝するというような原始的かつシンプルな内容で、ラ・ギアスにおける精霊信仰に極めて類似したものだ。
その成果と言うべきか、バルツフィーム王国周辺の地域では他地域に比べて精霊と契約を結んでいる魔装機の性能が、数パーセントから十パーセント前後まで底上げされる事が偶然にも確認されたのだ。
たまたま供与した水の魔装機カーヴァイルが、カタログスペックを上回る数値を叩きだした理由を調査した結果、オカルト的ではあったが消去法でそれしか理由が無いと、テューディやフェイルが断言している。
周辺国領土内での戦闘に限るが、並みのMSを上回る魔装機がタダで強化されるわけだから、バルツフィーム王国を始めとした周辺諸国では魔装機関係の技術は、ニュートロンジャマー・キャンセラーほどではないがかなりの需要があるのだ。
ミナは、うむと重々しく頷くビアンが何を見ていたのかとその瞳で画面を一瞬見た。上記までの内容はいい。いずれは必要になることであるし、ミナも報告は受けている。だが、

(テスラ・ドライブ搭載の大型ボードによる不規則機動を可能とするリフボードに、三機の戦闘機の組み合わせによって機体特性を大きく変えるスーパーロボット、高効率の燃焼機関搭載の構造がシンプルなロボットの開発案か。
 これはまだいい。ビアンの才覚ならばそれ相応のものができよう。費用がかかり過ぎるようであれば首を締め落としてでも止めれば良いだけのこと。だが、問題なのはここから先だ。
トレーディングカードゲームに、超合金製のスーパーロボットや百分の一サイズのPTやMSのプラモデル、フィギュア、ガシャポンの販売計画はどう考えてもこやつの極めて個人的な趣味だな。一度本気で脳を調査した方が良いか。……ガシャポンとは何だ?)

コレがなければなあ、としみじみと何度目になるか分からない溜息を心中で零し、ミナはビアンに気付かれぬ程度に眉間にしわを寄せて首を横に振った。
大帝国の頂点に君臨する女帝の如きこの女傑にかような、何とも言い難い『こいつだめだ』というような素振りをさせるだけでもなかなか大したものである。あまり良い意味ではないが。

そして、シンは今もなお夢とも現実もつかぬ不可思議に捕らわれたままだった。

――砂の焼ける大地で、認め難い男から寄せられる期待に困惑し、現地の少女のすがるような眼差しに奮起し、危険な任務に臨む自分。
――あまりにも鋭敏過ぎ、感受性の豊かな未成熟な時期に過度の精神的な負荷を受け、ついには最後の敵の思念と共に精神を壊した少年と巡り合い、互いに反発と共感を覚えながら戦友と呼べる中になってゆく自分。
――かつて家族と国を焼いた理念を捨て、大国の脅威を恐れるあまりに自分達に牙を剥いた、故国に憤る自分。
――男達の魂が変わったかのような星屑の煌めきの下、義を掲げる男と見事に成長を遂げた青年が激突し、その最中で狡猾に生き抜こうとする女の悲しみと苦悩を知り少なからず共感を覚える自分。
――そこに恩人がいるとも知らず、ただ憎しみと怒りに身を委ね、凶悪なまでの衝動に突き動かされて空母の艦橋を叩き潰す自分。
――逆十字の称号を持つ人外の外道でありながら、人として生き抜いて見せた男に敗れ、今一度人としての強さを求め、人でいる事に耐えられなかった弱さと対峙する男に憧憬と羨望を抱く自分。
――幾度となく戦場で対峙した敵が、自分が守ると口にした少女と知り、何とか救おうとするもどうする事も出来ず、あったかい世界へ返すと約束させ、少女が慕う仮面の男へと少女を返す自分。
――預言者の名を語る組織と男と出会い、ミネルバのクルー達と共に成長し、今まで知らずにいた現実、見ようしていなかった事実、苦い真実を知り、わずかずつでも前へと歩む自分。
――あったかい世界へ返す。その約束を反故にされ、仮面の男にもそうするしか道はなかったのだと知りつつも裏切られた悲しみと怒りに叫ぶ自分。
――数多の世界がまざりあい、驚嘆する他ない凄腕のパイロットや、似た境遇の年上の美女、同じ年頃の異世界のガンダムに乗った少年達をはじめとし、生まれも境遇も世界さえも違うのに確かな絆で結ばれた仲間達と共に歩む自分。
――恐怖に苛まれ、不安に押し潰される少女に諦める事無く声をかけ続けて少女を落ち着かせ、助ける事が出来る、そう思ったのに無残にも機体の胸部をビームサーベルで刺し貫かれ、助けだした時にはもう自分の手の中で冷たくなってゆく少女に何もできない自分。
――月面での最後の戦いに敗れ、宿敵と共に鎮魂歌の名を持つ光の中に飲み込まれて異世界へ辿り着き、そこでいる筈の無い宿敵達に対し、今度は心から信頼できる仲間達と、そして記憶を失ったクライマックスな親友と共に立ち向かう自分。
――救えなかった少女の末路に心のどこかを壊し、麻痺させ、自由の名を持つ敵を倒す事に全てを捧げ、斃した後には何もなくただただ壊れたように笑う自分。

 何もない世界に漂うシンの周囲で常に表示され続けるいくつもの世界の、『シン・アスカ』という存在の過程と結末は、いまも絶える事無くシンの瞳に映し出されている。
 そこにこの世界のシン・アスカは何を見る? 何を見出す? 何を思う?
 不意に、シンとは上下をさかさまにした姿勢で誰かが、シンの目の前に立っていた。背後に後光が差しているわけでもないのに、その姿は全身の輪郭から体の中心に掛けて暗闇に覆われている。
 華奢な体格に、体にぴったりとフィットした衣服をまとい、襟を立てている事と多少髪の毛が波打っているのが、識別できる。
 落ち着き払った少年の声とも、何百年も生き続け、疲労に塗れた老人の声とも聞こえる不思議な声が、少年の口のあたりから零れ落ちた。とうてい感情の色は伺えぬ、暖かさも、そして冷たさも感じられない声だった。
 魂も感情も生命も持たない人形がしゃべれば、こんな声になるのかもしれない。

『シン・アスカ、これはお前が無限の並行世界の中で辿った無数の軌跡の中の一部だ。今のお前はカルケリア・パルス・ティルゲムの暴走とお前が習得した武術の影響で念を暴走させて意識を失い、その意識のみが次元の狭間を漂っている』

 無論シンに答える気力も意識も思考もある筈が無い。

『ここからお前が抜け出すにはお前自身が望む世界を思い描けばいい。だが、もしそれがもといた世界でなかったならば、お前は永劫にこの狭間に囚われ、どこにも辿りつけずやがて無へと帰すだろう』

 暖かくも冷たくもない声に、わずかに色が帯び、熱が込められた。これから告げる事を、シンが果たす事を、心の底で、この少年は望んでいるのかもしれない。
それは善でも悪も、正でも負でもなく、その狭間にあるべき存在と運命づけられたこの少年の心に、確かな人間の情が根付いている事を意味している。

『この無限の選択肢の中から選ぶんだ。お前がもと居た世界を。お前の帰りを待っている人々がいる世界を。お前が守りたい人々の居る世界を。お前がいるべき場所を、お前がいたい場所を。強く、強く思い描き、帰る事を望め。そうすればお前は戻る事が出来る』

 わずかに、シンの唇が動いた。

「おれの……いるべき場所、おれの……居たい……場所。……それは」

 徐々に意志の光を取り戻すシンの瞳に、少年――クォヴレー・ゴードンは淡く、かすかに口の端を釣り上げた。それは見た者が人の善なる事を信じたくなるような、そんな暖かな微笑みだった。

――続く。